ウイルス肝炎(A型、B型、C型肝炎)


  1. 肝炎ウイルスの種類
  2.  肝炎ウイルスに限らず、サイトメガロウイルス(CMV)やEBウイルス(EBV)など、様々なウイルスが肝炎を引き起こすが、これらのうち、肝細胞内で増殖するウイルスを肝炎ウイルスと呼び、現在、A型肝炎ウイルス(HAV)からE型肝炎ウイルス(HEV)までとG型肝炎ウイルス(HGV、GBウイルスとも言う。)の6種類が確認されている。この他にもF型肝炎ウイルスなど、いくつかのウイルスが存在すると考えられており、今後とも順次確認されるものと予想されている。
     肝炎ウイルスは、流行性肝炎(伝染性肝炎)を引き起こすA型肝炎ウイルス、E型肝炎ウイルス、血清肝炎を引き起こすB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、D型肝炎ウイルス(デルタ肝炎ウイルス)、G型肝炎ウイルスの2タイプに大きく分けられる。
     流行性肝炎は、感染者の糞便中にウイルスが排出され、糞便により汚染された水や食物を摂取することによって新たな感染が生じる。原則として、一過性の急性肝炎で終わり、まれに死亡することもあるが、多くは自然に治癒する。E型肝炎は、東南アジア等で感染し、帰国した例が少数見い出されているに過ぎないが、A型肝炎は東南アジアに限らず、日本国内でも毎年のように小規模の流行が生じ、年間10万人以上の患者が発生し、時に劇症化して死亡者も出ている。
     血清肝炎は、感染者の血液、精液等を介して新たな感染が生じる。B型肝炎は、成人が感染した場合には一過性の急性肝炎で終わるのが普通であるが、小児が感染した場合には、持続感染を生じてキャリアとなり、長期間の潜伏期を経て、慢性肝炎から肝硬変、肝がんへと進行することがある。また、C型肝炎は、小児のみならず、成人が感染してもキャリア化することが多く、B型肝炎よりも高頻度に肝がんへ進行する。
     なお、D型肝炎ウイルスは、B型肝炎ウイルスの持続感染者(キャリア)のみが感染する特殊なウイルスで、血清肝炎を起こすが、日本では感染者は少ない。

  3. A型肝炎
    1. 症状
    2.  感染から平均28日の潜伏期を経て、ほとんどの症例で38℃以上の発熱により、急激に発病するのが特徴である。全身倦怠、食思不振、悪心嘔吐などが通常半数以上に認められる。また、腹痛、下痢、頭痛、咽頭痛などの感冒様症状もしばしば認められる。黄疸は、成人ではほとんどの場合認められるが、小児では4分の1程度にしか認められない。さらに、小児では、一般に全身症状も軽く、下痢等の消化器症状が目立つため、感冒、風邪などと診断されていることも多い。
       A型肝炎の予後は一般に極めて良く、そのほとんどは1〜2か月で肝機能が正常化し、特に小児では、症状が軽く、回復も早い。6か月以上にわたって血清トランスアミナーゼが異常価を示すものも、まれには認められるが、いずれも最終的には正常化している。すなわち、A型肝炎には病原ウイルスの持続感染がなく、慢性肝炎、肝硬変、肝がんへの移行はない。
       ただし、成人では患者の約1%に劇症肝炎が発生する。特にB型急性肝炎が減少した近年では、劇症肝炎の半数以上をA型肝炎が占めている。しかし、たとえ劇症化しても、予後は比較的良好である。ただし、比較的高頻度に急性腎不全を伴うこともA型肝炎の特徴であり、その原因として免疫複合体の関与が考えられている。
       感染後には免疫が成立して抗体が産生され、再感染は生じない。IgMクラスの抗体は3〜5か月後には消失するが、IgGクラスの抗体は終生持続する。IgAクラスの抗体は数年持続する。

    3. 病原体
    4.  A型肝炎ウイルス(Hepatitis  A  virus:HAV)は、直径27nmの球型のウイルスで、一本鎖の線状RNAを持つ。熱に対する強い抵抗性(60℃、60分の加熱でも安定。1MのMgCl2が存在すれば、70℃でも不活化されない。)を有する。エーテル、酸(pH3.0)に対しても安定であるが、100℃5分間の加熱処理によっては不活化される。
       また一般のウイルスと同様に塩素あるいはホルマリン処理、紫外線照射などによっても感染性を失う。感染肝細胞の細胞質中で増殖する。肝臓にのみ強い親和性を持ち、肝細胞以外の細胞、肝臓以外の臓器、組織での増殖は明らかでない。培養細胞での増殖も一般には極めて悪い。

    5. 感染経路
    6.  HAVの糞便中への排泄は、臨床症状が出現する2〜3週前から血清GPTが極値に達するころまでの潜伏期の後半から発病初期にかけて起こる。通常は、HAVを含んだ糞便に汚染された食物、水を経口的に摂取することにより感染する(糞口感染fecal−oral infection)が、性行為時に相手の肛門周囲を舐める等の行為を行っても感染する。このため、アメーバ赤痢と同様、A型肝炎もSTDの一つと考えられるようになっている。
       しかし、発症後のHAV排泄量は発症前に比べて著滅することが知られており、GPT値の上昇がピークを過ぎ、黄垣が出現し始める時期には、既に他人への感染力は低下している。
       一方、HAVの糞便中への排泄時期に一致して、血中にもHAVが出現するが、その量は糞便中に比べて、はるかに少なく、また出現期間も短いため、血液を介して感染が生じることはない。また、精液を介して性行為時に感染することはないが、発症直後の患者の唾液を経口的に摂取することによって感染が生じたとの報告はなされている。

    7. 診断
    8.  かつては、急性期と回復期の患者のペア血清によって、肝炎回復後のHA抗体価の有意の上昇を証明するか、発病ごく初期の患者糞便中に HAV粒子を免疫電顕法により検出することによって、診断していた。
       現在では、血中に出現するIgMクラスのHA抗体、または糞便中に出現するIgAクラスのHA抗体を検出することによって、早期に、かつー時点での測定によって、A型肝炎の診断を行うことが可能となっている。さらに、血中のIgAクラスHA抗体測定用のRIAキットも販売されており、最近のA型肝炎の血清学的診断は、これらの方法によって行われるようになっている。ただし、これらの抗体は、肝炎の症状が最も重篤となる時期(血清GPT値の極期)の少し前から出現するが、約3〜4か月後には血中から消失することが知られており、その測定時期について注意する必要がある。

    9. 疫学
    10.  全世界に散発性あるいは流行性に発生し、特に環境衛生あるいは個人衛生が不良な地域や施設内に多発する傾向が認められてきた。幼若年層に好発し、西欧各国では秋から冬にかけて好発するが、日本では2〜5月に好発する傾向がある。
       全国各地の住民におけるHA抗体の保有状況を年齢階級別に検討した成績によると、40歳以上の年齢層では大部分が抗体を保有しているのに対して、それ以下の年齢層では保有率が次第に低下し、20歳末満では極端に低くなっている。これは、日本国内では、HAVの感染が約20年前から激減し、感染機会がほとんどなくなったためである。
       一方、東南アジア諸国などの開発途上国では、A型肝炎がなお常在伝染病となっており、すでに幼小児期からHA抗体を高率に保有しているのが認められる。これらの地域への旅行者あるいは長期駐在者に対する感染予防が重要問題となっており、予防ためのワクチンも開発されている。

  4. B型肝炎
    1. 臨床的特徴
    2.  B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus:HBV)の感染には一過性感染と持続感染の2種類がある。
       成人がHBVに感染した場合、侵入したHBVの量に比べて宿主の免疫応答が十分であれば、感染肝細胞は破壊され、肝炎の症状(体がだるい、食欲がないなど)が現われた後、数か月でHBVは体内から完全に排除されて治癒し、感染はー過性に終わる。これがB型急性肝炎であり、宿主は終生免疫を獲得することになる。
       B型急性肝炎は年間10万人程度で、急性肝炎全体の1/3を占め、主に成人が感染した場合である。好発季節は特にない。
       一方、免疫機能が未熟な小児、あるいは免疫機能不全の成人がHBVに感染した場合には、肝炎の症状を示さず、HBVは排除されずに長期(6か月以上)にわたって肝細胞内で増殖を続けることがある。これがHBVの持続感染であり、このような状態にある感染者をHBVキャリアという。大部分のキャリアは自覚症状も肝機能異常もなく、無症候性キャリア(ASC:A−Symtomatic Carrier)と呼ばれるが、約10%のキャリアは慢性肝炎に移行し、そのうちのさらに20%程度が肝硬変となる。
       B型慢性肝炎は年間40万人程度で、慢性肝炎全体の1/3を占め、そのほとんどがキャリアからの発症である。
       一過性の感染で終わるか、感染が持続してキャリアとなるかは、体内に侵入したHBVの量と、宿主の免疫反応の強さによって決まる。キャリアのほとんどは、小児期それも4才以下の乳幼児期に感染したものである。一般に年長児ほどキャリアになるためには、大量のHBVが体内に侵入する必要がある。

    3. 症状
    4.  B型急性肝炎は、感染から2か月ないし3か月の潜伏期を経て、黄疸、全身倦怠感、食思不振、悪心嘔吐などを初発症状として発症する。ときとして腹痛、関節痛、蕁麻疹なども認める。大多数は全身倦怠感、食思不振などで始まり、尿濃染、黄疸と続くが、一般に発熱を伴うことは少ない。免疫不全状態での感染を例外として、慢性肝炎へ移行することは原則としてなく、ほとんどの症例では遅くても3か月以内に肝機能が正常化して、治癒するが、まれに重症化して劇症肝炎となり、死亡することがある。
       B型慢性肝炎の大半は無自覚のままに進行し、偶然の検診時あるいは慢性肝炎の急性発症時に発見される。急性肝炎よりも症状は軽く、直接死に至ることはないが、長い年月を経て、肝硬変、さらには肝がんに進行すれば、死亡することもある。また、肝硬変あるいは肝がんによる腹水、消化管出血等の症状が出現してから発見される例も少なくない。
       キャリアから慢性肝炎、肝硬変を経て、肝細胞がんへと進展するのは、全HBVキャリアの1%に満たないものと考えられている。なお、肝硬変のうちHBVによるものは25%弱、肝がんのうちHBVによるものは30%弱であり、その他の大部分はC型肝炎(HCV)によるものと考えられている。

    5. 病原体
    6.  HBVはヘパドナウイルス属の一種で、直径42nmの球状粒子であり、デーン(Dane)粒子とも呼ばれる。直径27nmのコア(core)粒子と、これを被う外穀(エンベロープ)の二重構造と成っている。エンベロープはリポ蛋白で、B型肝炎表面抗原(HBs抗原、オーストラリア抗原とも言う。)を有する。
       HBs抗原は、デーン粒子(HBV)とは別個に、血中に直径22nmの小型球形粒子あるいは管状粒子として、それぞれHBVの500倍〜1000倍、50倍〜100倍の濃度で血中に存在している。HBs抗原には主として4つのサブタイプ(adr、adw、ayw、ayr型)があり、その型は各地城に特徴ある分布を示している。感染源や感染経路が複数考えられる場合、HBVのサブタイプを検査することにより、感染経路の推定することができる。
       コア粒子は肝細胞の核内で産生され、表面にB型肝炎コア抗原(HBc抗原)を有する。肝細胞の細胞質中でエンベロープに覆われることによって、デーン粒子(HBV)がつくられる。コア粒子は血中には存在しないが、コア粒子内の蛋白であるHBe抗原は血中に出現することがある。血中のHBe抗原の量は、産生されるデーン粒子の量を反映している。また、コア粒子の内部には2本鎖環状のHBV−DNA、DNAポリメラーゼが存在している。
       HBVはエーテル、クロロホルム、酸などによって感染性を失い、また100℃、10分あるいは50〜80℃、1時間の加熱処理によっても不活化され、塩素剤やホルマリンなどによる消毒も有効である。
       HBVはヒト以外にはチンパンジ−にしか感染せず、培養細胞内で増殖させるためには特殊な条件が必要である。ヒトのHBVによく似たDNA型ウイルスがウッドチャックやリス、あるいはアヒルなどで発見されている。

    7. HBV関連抗原・抗体
    8.  B型急性肝炎では、潜伏期の終わりころから血中にHBV(デーン粒子)、HBs抗原、HBe抗原などが出現し、続いて肝機能障害が生じる。その後、血清GPT値が極値に達するやや前までに、HBVおよびHBe抗原は血中から検出されなくなり、代わってHBe抗体が現れる。このHBe抗原からHBe抗体への交代をセロコンバ−ジョン(sero−conversion)という。さらに発病後1〜3か月の間には血中からHBs抗原も消失し、代わってHBs抗体が現われて回復期となり、治癒する。

      1. HBs抗原

         HBs抗原が陽性であれば、現在、HBVに感染していることを示す。HBVの急性感染では、HBs抗原は肝障害に先だって、血中に出現する。HBVキャリアでは、HBs抗原が6カ月以上引き続いて検出される。
         ただし、HBs抗原はHBVそのものではなく、HBVを構成する蛋白の一部に過ぎないので、感染性はない。また、HBs抗原はHBVとは別個に存在し得るので、血中にHBs抗原が存在したとしても、それが直ちにHBVが血中に存在することを意味するものではない。すなわち、HBs抗原が陽性ではあるが、HBVは陰性である血液、唾液、精液等が存在し得る。
         HBs抗原の検査法としては、逆受身血球凝集反応(R−PHA法)、酵素抗体法(EIA法)、ラジオイムノアッセイ法(RIA法)等の方法が用いられる。

      2. HBs抗体

         HBs抗体が陽性であれば、過去にHBVの感染を受けたことがあるものの既に治癒し、免疫を獲得していることを示す。通常この場合にはHBs抗原は認められず、HBVは既に体内から消失していて、他人への感染性はないことを意味する。HBs抗体は、その免疫を上回るほど大量のHBVの浸入がない限り、HBVの感染を防禦する中和抗体としての働きをする。
         HBs抗体の測定方法としては、受身赤血球凝集反応(PHA法)が簡便で感度が良いこと、抗体価を知ることができることから、広く行われている。

      3. HBe抗原

         HBe抗原が陽性であれば、血中に多量のHBVが存在し、感染性が強いことを示す。逆に、HBe抗原が陰性であれば、血中のHBV量は少なく、感染性が弱いことを意味する。ただし、HBVのタイプによっては、HBe抗原が陰性の場合、たとえ感染性は弱くとも、一旦感染すれば、劇症肝炎を起こしやすいタイプが存在する。

      4. HBe抗体

         HBe抗体が陽性であれば、HBe抗原とHBe抗体が同時に血中に現われることはないので、血中にHBV量が存在しないか、存在してもごく少なく、感染性は低いことを示す。

      5. HBc抗体(IgG型)

         HBc抗体価が高値(200倍希釈血清でのEIA法又はRIA法による阻止率70%以上、HI法で26倍以上)の場合には、1回の検査でもHBVキャリアであると推定できる。

      6. IgM型HBc抗体

         B型急性肝炎では発症から2〜12ケ月までIgM型HBc抗体が陽性となる。B型慢性肝炎でも陽性化することがあるが、陽性化しても、その抗体価は低い。

    9. HBVキャリア
      1. HBVキャリアの分布

         現在、日本人の0.9%、約110万人がHBVキャリアであると推測されているが、1970年代初期には、2.7%がキャリアであると推測されていた。この減少は、19歳以下では0.4%がキャリアであるに過ぎないことから、1970年代に入ってから小児がHBVに感染する機会が減少したためと考えられている。特にB型肝炎母子感染防止事業が始められた1985年以降に生まれた児では、キャリアは0.04%と著しく減少し、感染の機会がほとんど皆無となっている。
         HBVキャリアは広く全世界に認められるが、アジア・アフリカ地域では全人口に占めるキャリアの割合が高く、アメリカおよび西欧各国では低いという地域差がある。HBVキャリアは、全世界で約3億人と推定され、そのうち2億2千万人がアジア、5千万人がアフリカ、700万人がラテンアメリカ、400万人が中近東の住民である。その一方で、北米ヨーロッパのキャリアは200万人にも満たない。肝硬変、肝がん等のHBV関連疾患による死亡者は、全世界を通して毎年100万人と推定されている。

      2. HBe抗原陽性無症候期

         HBVキャリアは感染後かなりの期間(乳幼児期に感染していれば、10代後半から20代までの間)は、血中のHBs抗原のみならずHBe抗原も陽性であるにもかかわらず、血清GPT(トランスアミナーゼ)は正常値を持続し、無症状に経過する。この時期のキャリアは、HBe抗原が陽性であり、血中に大量のHBVが存在しているので、他人への感染性が強い。一般にキャリアといえば、この時期の感染者をいう。
         これはB型肝炎の症状は、HBVそのものが増殖して肝細胞を破壊することによって生じるのではなく、HBVが感染している肝細胞を宿主が異物として認識し、免疫反応に基づいて、HBV感染肝細胞を自ら破壊することによって生じるためである。すなわち、HBVキャリアでは、HBVが異物として認識されないため、HBVが体内から排除されない代わりに、肝炎の症状も起こらない。ちなみに、HBVに対して、免疫系が過剰に反応した場合が劇症肝炎であると考えられている。

      3. 慢性肝炎期

         HBVキャリアは年齢が進むにつれて、体内のHBVを異物として認識できるようになり、HBVに対する免疫反応が作動して肝炎が発症する。乳幼児期にキャリアとなった場合であれば、10代後半から20代にかけての時期に、この肝炎が発症するが、最近では、この時期が早まっていると言われている。
         この肝炎は6か月以上持続して慢性肝炎となるが、一般に自覚的な症状のみならず、血液生化学的検査値の軽度異常以外に客観的な症状(黄疸等)も乏しいままに経過するため、定期的に肝機能検査を実施していない限り見逃されることも多い。特に若い女性ほど肝炎は軽くて短い。しかし、ときとして急性肝炎と同様の自覚症状や黄疸を伴って発症する例(慢性肝炎の急性発症)があり、B型急性肝炎との鑑別が必要となる。
         この時期に、大部分のキャリアでHBe抗原陽性からHBe抗体陽性へとセロコンバ−ジョンを起こし、血中の抗原抗体系が変化する。HBe抗体が陽性になると共に肝炎は治まり、他人への感染性も弱くなる。しかし、キャリアの10%程度はHBe抗原からHBe抗体への変換がなかなか起こらず、肝炎が長引いたり、非常に激しく起こったりする。

      4. HBe抗体陽性無症候性キャリア期

         血清GOT、血清GPTなど、肝機能の指標となる血液生化学検査値もほぼ正常の範囲で推移し、肝炎が再発することもほとんど見られない。また、非常に長い経過でHBs抗原も陰性化し、HBVが体内から完全に排除されることがある。

    10. 感染経路
    11.  主たる感染源は、潜伏期間の終わりころから発病初期までのB型急性肝炎の患者と、HBe抗原陽性期の無症候性キャリアである。
       感染経路としては、血液、血液製剤(輸血用新鮮血を含む。)のほか、血液が付着することがある医療器具、カミソリ、歯ブラシ、タオル等などを介しての感染が考えられる。実験的には感染者の血液を経口摂取することによってもHBVは感染し得るが、現実の感染経路としては、非経口感染、それも輸血、注射その他の医療行為、あるいは針等を用いる民間療法や刺青等に伴う感染が主要な経路である。特に医療行為における事故が最も多く、感染者の1/3は医師、看護婦・士、検査技師などの医療従事者である。
       かつては輸血、特に献血によらない輸血による感染も多かったが、HBs抗原を指標としたスクリーニングが行われるようになった1973年以降は、HBVによる輸血後肝炎は激減した。また、現在、日赤血液センターではHBc抗体についても検査を行っており、輸血によって新たにB型肝炎となる確率は700万分の1程度にまで減少している。なお、現在発生する輸血後肝炎の大部分はC型肝炎ウイルスによるものである。
       成人がHBVに感染する原因として、最も多いのは性行為である。これは、血液が直接体内に入る場合を除けば、性行為に伴うような密接な接触関係がなければ、HBVが感染しないからである。なお、HBe抗原陽性キャリアと寄宿舎等で集団生活を営んだとしても、HBVに感染することは通常考えられない。
       小児では、キャリアである母親あるいは急性肝炎を発症した母親から感染することが多い。かつては出産に伴って感染することが多かったが、1985年に母子感染防止事業が始まってからは、出産に伴う感染は著しく減少した。母親以外の同居家族から感染することもあるが、その頻度は低い。

    12. 予防対策
    13.  HBVに特異的な予防法には、次の2つがある。

  5. C型肝炎
    1. 症状
    2.  感染後2週間ないし6か月の潜伏期を経てから、食欲不振、全身倦怠感、腹部不快感、悪心嘔吐などの症状が出現する。重症度はまったく症状を示さないものから、劇症化するものまで様々であるが、一般に黄疸など肝炎に特徴的な症状を欠く軽症例が多い。この時期の予後は良く、重症化したり、死亡することはまれである。
       しかし、小児に限らず、成人が感染した場合でも高率(60%以上)に慢性化し、感染状態が長く持続することが多い。このため、本人も全く気が付かないうちに感染し、特に症状を示さないままのC型肝炎ウイルス(HCV)キャリアも存在する。
       HCVキャリアの多くは慢性肝炎の増悪と軽快を繰り返しつつ、20年以上の長期の経過で肝硬変から肝がんへと進展し、最終的には死に至るものと考えられている。理論的な計算によれば、感染から約60年の時点でのHCVキャリアの死亡率は、ほぼ100%となる。ただし、実際には、それ以前に別の病気で死亡していることが多い。

    3. 病原体
    4.  C型肝炎ウイルス(HCV)はフラビウイルス科に属する直径35〜65nm(平均約55nm)の小型RNA型ウイルスである。直径約33nmのコア(core)と、これを被う外殻(エンベロープ)の二重構造を有している。
       1989年にその遺伝子の断片が見出されたことを契機として、その存在が明らかとなり、かつて正体不明の肝炎ウイルスとして、非A非B型肝炎ウイルス(NANBV)と呼ばれていたものの殆どがHCVであることが判明した。
       約9、400塩基から成る一本鎖RNAを待ち、そのほぼ全域にわたる塩基配列が決定されている。ウイルス学的な性状は既知のフラビウイルス(日本脳炎ウイルス、デングウイルスなと)等に似ている点もあるが、塩基配列上の類似点はほとんどない。塩基配列の解析から、日本には少なくとも4種類のサブタイプが存在すると考えられている。また、世界的にも新しいタイプが次々と報告されている。
       感染細胞では、初めに大きな前駆体蛋白が産生され、細胞由来のシグナレースやウイルス由来のプロテイネースにより切断されて、各々固有の蛋白が形成される。実験的にチンパンジーに感染させることが可能である。

    5. 感染経路
    6.  HCVを含む血液の輸血や血液製剤によって感染するが、針刺し事故、薬物常用者による注射針の連続使用、消毒不十分な医療器具を用いた医療行為、臓器移植などによっても感染する。家族内感染、母児感染の例もあるとされているが、その頻度は低いと考えられている。性的接触(異性間、同性間を問わない。)も感染経路の一つとして考えられてはいるが、その頻度は母子感染以上に低いものと考えられ、少なくとも出血を伴わない限り、性行為によって感染することはないとも考えられる。
       実験的に感染させたチンパンジーの血液を調べると、急性期の最初の頃、血清GPTの上昇期の直前1〜2週にHCVがPCR法で血中に検出される。従って、この時期の血中には感染性のHCVが存在すると考えられるが、C型慢性肝炎患者や無症状のキャリアの血液にも感染性があり、やはりHCVが存在すると考えられる。
       しかし、チンパンジーの感染実験によれば、血中のHCVのウイルス量はHBVに比べ格段に少なく、感染性はHBVよりもかなり低いことが知られている。すなわち、HCVキャリアの血液の感染価は、10〜10CID/mlであり、HBe抗原陽性HBVキャリアの血液の感染価10CID/mlに比べて、100分の1から10000分の1の低さである。
       ちなみに、HIVキャリアの血液の感染価は、まだ正確に測定されていないが、HCVと同程度ないし、それ以下と考えられている。

      (注) CID/ml:Chimpanzee infections Dosis ウイルスの感染性の強さを示す単位の一つ。感染者の血液を一定の倍率で希釈していき、希釈した血液1mlをチンパンジーに注射して感染させることができた時の最大希釈倍率で、血液中のウイルス量を間接的に示し、ウイルスの感染性を表す。
       例えば、10CIDと言えば、10倍まで希釈した血液1mlをチンパンジーに注射した場合には感染したが、それ以上希釈した場合には血液を注射しても感染させることができなかったことを示す。

    7. 診断
    8.  HCV抗体(感染抗体)の測定により、HCV感染の有無を知ることができる。
       HCV抗体の検査法としては、赤血球凝集法(PHA法)、ゼラチン粒子凝集法(PA法)、酵素抗体法(EIAあるいはELISA法)、ラジオイムノアッセイ法(RIA法)等の方法が用いられる。
       C型肝炎ウイルスそのものの存在は、血中に存在するウイルスのRNAを逆転写酵素を用いてcDNAとし、そのcDNAをPCR法で増幅することにより、高感度に証明できる。
       また、各種ウイルス抗原を用いてイムノブロット法の確認試験も開発されており、ウイルス抗原を効率よく検出する系も開発が進んでいる。
       HCV抗体の検査には、当初、C型肝炎ウイルス遺伝子の非構造蛋白(NS−4)を酵母で遺伝子工学的に発現させて得た蛋白(CIOO−3)に対する抗体を検出する、いわゆる第一世代の測定系が用いられていた。その後、構造蛋白(コア)に対する抗体が感染のごく早期から検出されることから、HCVの構造蛋白に対する抗体(core抗体)と非構造蛋白に対する抗体(NS抗体)とを同時に測定できる、いわゆる第二世代の測定系が開発された。現在では、第一世代の測定系よりも感度が良く、偽陰性を示すことも少ないことから、第二世代の測定系を用いることが推奨されている。
       第二世代の測定系によりHCV抗体が検出された場合には、PHA法又はPA法により、HCV抗体価を半定量的に測定し、HCVキャリアか否かを判断する。測定は、血清を希釈して、抗体の有無を検出することにより、最終希釈倍率から抗体価(2倍で表現)を求めることによって行う。

    9. 疫学
    10.  日本での調査によれば、全肝がん患者の60〜80%、すなわちHBVに感染していない肝がん患者のほぼすべてがHCVに感染していることが判明している。HCVの肝がんへの関与はイタリア、スペインなど、ヨーロッパでも確認されているが、米国ではHCVよりもアルコールの多飲等による影響の方が大きいと考えられている。
       日本のHCVキャリアの数は約160万人、全人口の1.3%と推定されており、HBVキャリアの推定数、約110万人を上回る。HCVは、HBVよりもはるかに感染性が低いにも関わらず、これほど多数のキャリアが存在することについては、過去の医療行為の関与が強く疑われている。
       HCVキャリアは高年齢層ほど多く、50歳以上では人口の2.29%を占めているが、20歳代では0.62%と低くなっている。さらに、15歳以下の若年層においては、輸血後C型肝炎の既往のある例を除けば、HCVキャリアは、ほぼ皆無である。
       全世界のHCVキャリアの数は、まだ十分には調査されていないが、北米ヨーロッパではHBV同様少なく、全人口の1%以下、中近東、アジアでは1〜3%、中央アフリカ、エジプトなどでは、これよりも高いとされており、全世界ではHCVキャリアは1億人に近いと推定されている。
       肝硬変、肝がん等のHCV関連疾患による死亡者は詳らかでないが、全世界で年間30万人以上と推測されている。

参考文献

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26 MAY, 1997