現在、日本人の0.9%、約110万人がHBVキャリアであると推測されているが、1970年代初期には、2.7%がキャリアであると推測されていた。この減少は、19歳以下では0.4%がキャリアであるに過ぎないことから、1970年代に入ってから小児がHBVに感染する機会が減少したためと考えられている。特にB型肝炎母子感染防止事業が始められた1985年以降に生まれた児では、キャリアは0.04%と著しく減少し、感染の機会がほとんど皆無となっている。
HBVキャリアは広く全世界に認められるが、アジア・アフリカ地域では全人口に占めるキャリアの割合が高く、アメリカおよび西欧各国では低いという地域差がある。HBVキャリアは、全世界で約3億人と推定され、そのうち2億2千万人がアジア、5千万人がアフリカ、700万人がラテンアメリカ、400万人が中近東の住民である。その一方で、北米ヨーロッパのキャリアは200万人にも満たない。肝硬変、肝がん等のHBV関連疾患による死亡者は、全世界を通して毎年100万人と推定されている。
HBVキャリアは感染後かなりの期間(乳幼児期に感染していれば、10代後半から20代までの間)は、血中のHBs抗原のみならずHBe抗原も陽性であるにもかかわらず、血清GPT(トランスアミナーゼ)は正常値を持続し、無症状に経過する。この時期のキャリアは、HBe抗原が陽性であり、血中に大量のHBVが存在しているので、他人への感染性が強い。一般にキャリアといえば、この時期の感染者をいう。
これはB型肝炎の症状は、HBVそのものが増殖して肝細胞を破壊することによって生じるのではなく、HBVが感染している肝細胞を宿主が異物として認識し、免疫反応に基づいて、HBV感染肝細胞を自ら破壊することによって生じるためである。すなわち、HBVキャリアでは、HBVが異物として認識されないため、HBVが体内から排除されない代わりに、肝炎の症状も起こらない。ちなみに、HBVに対して、免疫系が過剰に反応した場合が劇症肝炎であると考えられている。
HBVキャリアは年齢が進むにつれて、体内のHBVを異物として認識できるようになり、HBVに対する免疫反応が作動して肝炎が発症する。乳幼児期にキャリアとなった場合であれば、10代後半から20代にかけての時期に、この肝炎が発症するが、最近では、この時期が早まっていると言われている。
この肝炎は6か月以上持続して慢性肝炎となるが、一般に自覚的な症状のみならず、血液生化学的検査値の軽度異常以外に客観的な症状(黄疸等)も乏しいままに経過するため、定期的に肝機能検査を実施していない限り見逃されることも多い。特に若い女性ほど肝炎は軽くて短い。しかし、ときとして急性肝炎と同様の自覚症状や黄疸を伴って発症する例(慢性肝炎の急性発症)があり、B型急性肝炎との鑑別が必要となる。
この時期に、大部分のキャリアでHBe抗原陽性からHBe抗体陽性へとセロコンバ−ジョンを起こし、血中の抗原抗体系が変化する。HBe抗体が陽性になると共に肝炎は治まり、他人への感染性も弱くなる。しかし、キャリアの10%程度はHBe抗原からHBe抗体への変換がなかなか起こらず、肝炎が長引いたり、非常に激しく起こったりする。
血清GOT、血清GPTなど、肝機能の指標となる血液生化学検査値もほぼ正常の範囲で推移し、肝炎が再発することもほとんど見られない。また、非常に長い経過でHBs抗原も陰性化し、HBVが体内から完全に排除されることがある。
(注) CID/ml:Chimpanzee infections Dosis ウイルスの感染性の強さを示す単位の一つ。感染者の血液を一定の倍率で希釈していき、希釈した血液1mlをチンパンジーに注射して感染させることができた時の最大希釈倍率で、血液中のウイルス量を間接的に示し、ウイルスの感染性を表す。
例えば、104CIDと言えば、104倍まで希釈した血液1mlをチンパンジーに注射した場合には感染したが、それ以上希釈した場合には血液を注射しても感染させることができなかったことを示す。