病原性大腸菌O-157について


1 病原性大腸菌とは

 大腸菌は、人をはじめとして、家畜やペットを含む様々な動物等の腸に存在する細菌ですが、最近、世界的に発生し、死亡者まで出している大腸菌は、病原性大腸菌O-157と分類されています。(正確には、死亡者を出すような毒性の強い菌は「大腸菌O-157:H7」と細かく分類されています。)
 この菌による下痢は、はじめは水様性で、後には出血性となることが多いことから、腸管出血性大腸菌(EHEC)とも呼ばれていますが、感染すれば、必ずし血便を生じるということではありません。特に、成人の場合には、感染しても症状は軽いか、ほとんど無いのが普通です。ただし、成人でも、ごく希に死亡することもあり、牛肉の生食等をする際には注意が必要です。
 この菌は、腎臓や脳に重篤な障害をきたすことがあるベロ毒素(VT)と言われる毒素を産生することが特徴で、このためVT産生性大腸菌(VTEC)とも呼ばれています。ベロ毒素には、1型(VT1)と2型(VT2)の2種類があり、このうち1型は、赤痢菌が産生する毒素と同じものですが、毒性は、それほど強くありません。
 

2 我が国での発生状況等について

 この菌は、アメリカで1982年ハンバーガーを原因とする集団下痢症が起こったときに、はじめて患者の糞便から見つかりました。
 日本においては、1990年に埼玉県浦和市の幼稚園で汚染された井戸水により死者2名を含む268名に及ぶ集団発生が報告された以降、注意を要する食中毒の原因菌として知られています。
 これまで我が国で報告されている患者の約80%が乳幼児及び小児です。特に、5才未満の乳幼児が中心で、学校・幼稚園の給食を原因とする発生が大部分です。また、60才以上の高齢者も約10%を占めています。小児や基礎疾患を有する高齢者の方では、1万人に1人程度の頻度で重症に至る場合があり、1000人に1人程度の頻度で死亡することがあるので、注意を要します。なお、平成8年度のわが国における患者・感染者数の報告は、9187人で、そのうち死亡者は11人です。(1996年10月22日現在)
 

3 予防対策は

 病原性大腸菌を含む家畜あるいは感染者の糞便等により汚染された食品や水(井戸水等)の飲食による経口感染がほとんどです。この菌は、食中毒を引き起こす他の菌と同様、熱に弱く、加熱により死滅します。また、アルコールなどの消毒剤でも容易に死滅します。
(1)感染予防には、以下のことが有効です。
  1. 食品を冷蔵庫に保存する際には、肉類と野菜類の保存場所を分ける等、衛生的な取り扱いに注意してください。
  2. 食品を調理する際には、肉類等加熱してから食べるものを取り扱う調理器具と、サラダ等加熱せずに食べるものを取り扱う調理器具とは、確実に区別する等、衛生的な取り扱いに注意してください。
  3. 肉類等、病原性大腸菌に限らず、各種の細菌による汚染が心配されるものについては、十分に加熱してから食べてください。
  4. 食品を扱う前後には、手や調理器具を流水で十分に洗ってください。せっけんを使う場合でも、流水で十分に洗い流してください。
  5. 食事の前には必ず手を洗いましょう。せっけんを使って、10秒間以上流水ですすぐようにしてください。また、乳児がいる家庭では、家族全員について、常に手洗いを心がけてください。なお、特別な消毒剤を使う必要はありません。
  6. 飲料水の衛生管理に気を付けてください。特に、井戸水や受水槽の衛生管理には十分に注意し、定期的に点検をきちんと行ってください。また、水道水を使っていても、マンション等の集合住宅では、受水槽の管理をきちんと行ってください。
(2)なお、万一、出血を伴う下痢を生じた場合には、以下の事項に気を付けてください。
  1. ただちに医師の診察を受け、その指示に従ってください。乳幼児は特に注意してください。
  2. 患者の糞便を処理する時には、ゴム手袋を使用する等衛生的に処理してください。また、ゴム手袋等が患者の糞便に触れた時には、触れた部分を流水で十分洗い流した後、逆性石鹸や70%アルコールで消毒してください。特に乳幼児のおむつの交換時の汚染に十分気を付けてください。なお、おむつは、なるべく使い捨ての紙おむつを使い、袋に入れて捨ててください。
  3. 患者の糞便に汚染された衣服等は、他の家族の衣類や、タオル、ハンカチ等、口に触れるものとは別に洗濯し、漂白剤等で消毒したうえ、十分に乾かしてください。なお、布おむつを洗う場合には、患者の他の衣類とは別に洗い、保管場所を決め、消毒等を行うなど、衛生的な取り扱いをしてください。
(3)患者がお風呂を使用する場合には、なるべくシャワーを使うだけで済まし、浴槽に張ったお湯に入る場合には、患者よりも先に乳幼児の入浴を済ませてください。また、浴槽のお湯は毎日替えてください。
 

4 治療法は

 わが国では、症状発現後、早めに抗生物質を投与し、菌の増殖を抑えるべきと言われていますが、抗生物質の投与により、毒素が大量に放出される危険性もあり、抗生物質の選択及び投与の時期については、慎重に検討する必要があります。また、アメリカのCDC(疾病管理予防センター)やWHO(世界保健機構)では、抗生物質の投与を勧めらていません。なお、抗生物質を選択する際には、予め細菌学的検査を行い、診断を確定させた上で感受性検査を行うべきですが、通常はニューキノロンやホスホマイシンが使用されます。
 下痢による脱水症状を改善するためには、輸液等の対症療法が行われます。
 溶血性尿毒症候群に至った場合には、人工透析または輸血等の対症療法が行われることもありますが、これらの措置については有効性について疑問の声もあり、適用に際しては、十分にリスクを勘案した上で、慎重に行う必要があります。
 

5 症状は

(1)出血性大腸炎
 症状の多くは、感染から2ないし8日の潜伏期を経て、腹痛を伴う粘液成分の少ない水溶性の下痢で始まります。その後、下痢の回数は次第に増加し、1〜2日で鮮血の混入を認め、典型例では、便成分をほとんど認めない血性下痢となります。
 症状は、通常、放置していても、発症後4〜8日で自然に治癒しますが、5歳以下の乳幼児や基礎疾患を有する老人では、溶血性尿毒症症候群となるケースがあり、時に死に至ることがあります。
(2)溶血性尿毒症症候群(HUS)
 赤血球が破壊されることによる溶血性貧血、腎機能低下による尿毒症症状、血小板破壊による出血が主な症状です。血液透析や腹膜灌流など治療法が進歩した現在では、必ずしも死亡率は高くありませんが、中枢神経症状(けいれん、意識消失等)を伴った場合には、時に死に至ることがあります。

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NOV. 14, 1996