大腸菌は腸内細菌科に属する大きさ1〜2ミクロンほどの細菌で、家畜や健康な人の腸内にも存在します。ほとんどのものは無害ですが、このうちいくつかのものは、人に下痢を起こすことがあり、病原性大腸菌と呼ばれています。病原性大腸菌は、さらにいくつかに分類されており、最近、食中毒事件を起こしている「病原性大腸菌O−157」は、この病原性大腸菌の一種です。(正確には、死亡者を出すような毒性の強い菌は「大腸菌O−157:H7」と細かく分類されています。
なお、病原性大腸菌O−157は家畜等の糞便中に時々見つかります。
大腸菌は、「O抗原」と呼ばれる菌の成分によりさらに細かく分類されており、「O−157」とはO抗原の157番目という意味です。(現在約173に分類されています。)。
O−157は菌の構成成分の性質によった分類ですが、大腸菌は病気の起こし方に よって、以下の4つに分類されます。
O−157は、大腸菌のうちでも毒力の強いベロ毒素を出すのが特徴です。これは赤痢菌の作る毒素(「志賀毒素」と呼ばれています。)と似ており、感染したヒトの血管に害を及ぼします。そのため、乳幼児等では、腎臓や脳に障害をきたすことがあります。
ベロ毒素はさらに、2つの型に分けられます。志賀毒素と全く同じ構造で毒性も同じ1型と、それと異なる構造を持ち1型よりも強い毒性を持つ2型の2つです。
O−157には、1型毒素のみを産生するタイプと1型毒素と2型の両方とも産生するタイプがあります。
O−157は、赤痢菌の作る志賀毒素と類似のベロ毒素を作ります。この毒素は赤痢菌と全く同じ遺伝子もしくは、よく似ている遺伝子(「ファージ遺伝子」と呼ばれています。)で作られることがあるため、赤痢菌のファージ遺伝子が大腸菌に移ったとも言われ、その意味では、赤痢菌と良く似ているといえます。
今年5月以来かってない規模で広がりを見せている食中毒事件の原因菌O−157は、1982年アメリカオレゴン州とミシガン州でハンバーガーによる集団食中毒事件があり、患者の糞便から原因菌として見つかったのが最初で、その後世界各地で見つかっています。
日本においては、1990年に埼玉県浦和市の幼稚園でO−157に汚染された井戸水が原因となって死者2名を含む268名に及ぶ集団発生が報告されたのがはじめです。その後、平成7年度までに、我が国でもこの菌により10件の集団食中毒等の事例が報告されて、合計3名の死者が出ています。
なお、厚生省の統計によると、平成7年度までに、9件のO−157による食中毒で704人の患者が発生しています。
平成8年5月28日に、岡山県邑久町において、保健所に食中毒様症状患者の届出があり、5月29日に食中毒菌「病原性大腸菌O−157」が検出されました。この事故では、468人の患者(有症者)が発生し、内2名(いずれも小学校1年女児)が6月1日と5日に死亡しました。
これに続き、1都1道2府41県で病原性大腸菌O−157により、8月19日18時現在、有症者累計9477名、入院中の者314名、死者10名に及んでいます。大阪府堺市については、8月19日16時現在、有症者累計6561名、入院中の者45名、死者2名となっています。
原因は残念ながら現在のところ分かっていません。このため、厚生省では、都道府県等と協力して原因究明を精力的に行っているところです。
食中毒は一般に、気温が高くなる初夏から初秋にかけて増加します。この時期は、食中毒菌が増えるのに適した気温であり、食品などの不衛生な取扱いなどの条件が重なることにより発生しやすくなると考えられます。O−157による食中毒も過去の事例を見るとこの時期に集中しています。
調理前の手洗いや包丁、まな板、食品等の衛生的な取扱いでかなり防ぐことができます。
O−157は感染後4〜8日の潜伏期の後症状を引き起こします。
成人では、感染しても症状がなかったり、あっても軽い下痢だけの事がほとんどですが、乳幼児、小児や基礎疾患を有する高齢者の方(以下「乳幼児等」と略します。)では、重症に至る場合もあるので、特に注意を要します。
症状としては、はじめは腹痛や水様性の下痢ですが、下痢は後に出血性となることもあります。
まれに、溶血性尿毒症性症候群を発症することがあります。下痢がはじまってから、平均1週間後といわれています。
O−157は健常な成人では無症状であったり、単なる下痢のことがほとんどですが、まれに、出血性の下痢が1〜2日続いた後、O−157の産生するベロ毒素により、「溶血性尿毒症性症候群」と呼ばれる疾患をひきおこすこともあります。これは、腎臓の機能が急速に障害される急性腎不全(尿の量が減り血尿や蛋白尿がでる。)、止血に関係する血液中の血小板の異常な減少、赤血球が急速に破壊されるために生ずる貧血の3つの症状を特徴とする重篤な疾患で、死に至ることもあります。
なお、O−157に感染しても症状終了後、15日程度経過すれば溶血性尿毒症性症候群の発生の危険は、ほぼなくなると言われています。
万一、出血を伴う下痢を生じた場合には、ただちにかかりつけの医師の診察を受け、その指示に従ってください。乳幼児等は特に注意してください。
O−157は、米国の調査では、牛、羊、豚などの家畜や人の腸管内にみられ、家畜では、解体処理時に腸管を傷つけた場合など、腸管内容物が食肉に付着することや、人または家畜の糞便が水を汚染することが感染の原因につながると考えられています。
また、感染経路としては、本菌を保有する家畜あるいは保菌者の糞便中の本菌により汚染された食品や水(井戸水等)による経口感染、人から人への感染、食品の不衛生な取り扱いなどによるといわれています。
我が国においては、原因が判明した例は少ないですが、埼玉県の事例では、汚水の混入した井戸水が原因と判明しています。
O−157は他の食中毒菌と同様熱に弱く、加熱により死滅します。また、どの消毒剤でも容易に死滅します。したがって、通常の食中毒対策で十分に予防が可能です。
次のような予防方法を確実に行いましょう。
症状からO−157の感染が疑われる場合は、治療をはじめる前に検便を受けます。O−157が便から見つかりベロ毒素の産生性が確認されれば、確かな診断ができます。また、溶血性尿毒症性症候群が疑われれる場合には、血液検査(赤血球数、白血球数、血小板数など)、腎機能検査(血中の尿素窒素、血清クレアチニンなど)、検尿、肝機能検査(GOT、GPT、LHDなど)の検査を行います。
腎機能低下等基礎疾患に留意しつつ、下痢症の一般療法として、安静、水分補給等を行います。抗生物質は、腎機能の低下等に気を付けて使用します。また、経過中は、重篤な合併症、溶血性尿毒症性症候群の兆候である蒼白、倦怠、乏尿、浮腫、また、傾眠・幻覚・けいれんなどの中枢神経症状に注意します。また、溶血性尿毒症性症候群を発症した場合には、以上の一般的な下痢症に対する治療のほか、血漿交換、輸血、血小板輸血、人工透析等を行います。
これまで、文部省、日本医師会等の関係団体と連携をとるとともに、以下の措置を講じてきました。
6月 6日 全国の都道府県等に食中毒発生防止の徹底を要請。 6月 7日 岡山県に情報収集のため、担当官を派遣(以降2回専門家等を派遣) 。 6月12日 全国の都道府県等に病原性大腸菌O−157による食中毒防止の徹底 を要請。 6月14日 食品衛生調査会食中毒部会大規模食中毒等対策に関する分科会を緊急 開催し、対策について協議。国民向けのPR資料を作成、公表。 (6月17日に、全国の都道府県、日本医師会等に生活衛生局長より 通知) 6月19日 病原菌のDNA分析により、原因究明を行うため、全国の衛生研究所 に病原性大腸 菌O−157の検体提供を依頼。 6月27日 病原性大腸菌O−157による食中毒の原因究明等を行うため、「腸 管出血性大腸菌に関する研究班」を緊急設置(7月1日第1回会議開 催)。 7月12日 食品衛生調査会食中毒部会「大規模食中毒等対策に関する分科会」を 開催。 7月14日 堺市に情報収集のため、担当官を派遣。 7月15日 堺市に原因究明等の協力のため、専門家4名及び担当官1名を派遣。 7月16日 厚生大臣が大阪府及び堺市を訪問。 「病原性大腸菌O−157対策本部会議」を設置し、検食の保存期間 の暫定延長等につき決定。 7月17日 堺市、大阪府、厚生省からなる「病原性大腸菌O−157食中毒原因 究明三者連絡 調整会議」の設置。プロジェクトチームにより原因の徹底的究明に対 応する。
今後は、研究班の成果を踏まえ、厚生大臣の諮問機関である食品衛生調査会において対策を検討していただき、それに基づいて対策を講じていきます。
腸管出血性大腸菌(いわゆる「病原性大腸菌O−157」)による感染の続発に対応し、原因の究明、発生予防及び被害拡大防止のため、緊急に「腸管出血性大腸菌に関する研究班」が設置されています。この研究班は、山崎修道国立予防衛生研究所長を総合班長、渡辺治雄同細菌部長を総合班長代理とし、以下の4つの調査研究班においてO−157について総合的な研究を行っています。
なお、本研究班の研究成果については、成果の上がったものから速やかに食品衛生調査会に報告し、対策等について審議することとしています。