公衆衛生審議会伝染病予防部会
基本問題検討小委員会

新しい時代の感染症対策について

報 告 書

平成9年12月8日

目 次

1.はじめに

2.感染症対策の見直しの必要性

(1)感染症の発生・拡大の状況の変化
(2)患者・感染者に対する医療の提供と国民の理解・協力を得た総合的 取組み
(3)現行伝染病予防法等の問題点

3.基本的方向・視点

(1)個々の国民に対する感染症の予防・治療に重点をおいた対策
(2)患者・感染者の人権の尊重
(3)感染症類型の再整理
(4)感染症の発生・拡大を阻止するための危機管理の観点に立った迅速・的確な対応
(5)上記の視点を実現するための法体系の整備

4.新しい時代の感染症対策

(1)法律の目的
(2)関係者の責務

(1)国と地方公共団体の責務
(2)医療関係者の責務
(3)国民の責務
(3)総合的対策の推進
(4)感染症対策の具体的考え方
(5)感染症発生動向調査の体制強化
(6)予防接種対策の推進
(7)良質かつ適切な医療の提供・感染拡大の防止
(1)良質かつ適切な医療の提供
(2)対応の必要な感染症の分類
(3)感染症類型と医療体制
(4)患者・感染者の人権の尊重と感染拡大防止の実効性の確保の両立
(5)原因不明の感染症に対する特例的措置
(6)感染症対策と危機管理
(7)医療費の負担のあり方
(8)動物由来感染症対策
(1)動物由来感染症の類型化
(2)各動物群についての考えられる対策例
(3)発生動向調査
(4)施設整備及び人材育成
(5)知識の普及・啓発
(6)動物取扱業者における対策
(7)関係法令との調整

5.新しい時代の感染症対策を推進していくための体制整備

(1)国と地方の役割分担

(1)国
(2)都道府県
(3)保健所
(4)市町村
(5)国立感染症研究所
(6)国立国際医療センター
(7)地方衛生研究所
(2)検疫機能の再構築と国内防疫との連携
(1)目的及び機能の再整理
(2)国際保健規則の改正への弾力的な対応
(3)研究・研修の充実
(3)感染症対策における国際協力

6.新しい法体系のあり方

7.おわりに


1.はじめに

本委員会は、平成8年7月に開催された公衆衛生審議会伝染病予防部会において、感染症対策の見直しについて検討することを目的として設置が定められた。平成8年10月に第1回委員会を開催して以降、12回の審議を行い平成9年6月30日に中間報告をとりまとめ、伝染病予防部会に報告した。
その後も審議を重ね、委員会としての審議を18回、伝染病予防部会との合同審議を1回行ってきた。
また、委員会における審議と並行して、医学、法律の各作業班(ワーキンググループ)における検討を行い、さらに、平成9年9月からは人畜(獣)共通感染症に関する作業班も設け、委員会に対して報告を行った。
本委員会は、第1回の審議の中で、全面的に公開して審議を行うことを決め、その後審議の動向を国民に見守られながら検討を進めてきた。こうした審議に加え、委員会においては、国内の感染症治療や検疫の現場を視察するとともに、米国、欧州、世界保健機関(World Health Organization、WHO)等を訪問して感染症対策の調査を行った。また、多くの参考人発言、意見陳述、意見書等の提出を得ながら審議を進め、広く国民の意見の把握に努めてきたところである。
ここに、こうした経過を経てまとめられた報告書を公衆衛生審議会伝染病予防部会に対して提出する。

2.感染症対策の見直しの必要性

(1)感染症の発生・拡大の状況の変化

近年の感染症を取り巻く状況として、エイズ、エボラ出血熱等の新興感染症やこれまで制圧したと考えられていた結核、マラリア等の再興感染症が世界的に問題となっている。国際交流の活発化や航空機による迅速大量輸送により、感染症は地球上のあらゆる地域から、事例は稀であっても、短時間のうちに国内に持ち込まれるおそれがあること、また水際防疫により海外からの感染症の侵入を防ぐことには限界があること等から、我が国においても、感染症の流行に備えて新しい対策を確立する必要がある。

(2)患者・感染者に対する医療の提供と国民の理解・協力を得た総合的取組み

過去におけるハンセン病患者をはじめとする感染症患者に対する差別や偏見が行われた事実や、らい予防法が存在し続けたことが結果として患者・入所者とその家族の尊厳を傷付け、多くの苦しみを与えてきた事実、同法が平成8年に廃止されるに至った経緯への深い反省が必要である。また、過去において重大な脅威となっていた感染症の多くがワクチン等による予防、治療等により軽症にとどまり、隔離といった対策を一律に講ずる必要がなくなってきている。こうした現状認識に基づいて、本委員会においては、患者・感染者に対して良質かつ適切な医療を提供し、早期に社会生活に復帰できる仕組みの構築が重要であると提言する。
新しい時代の感染症対策においては、まず感染症予防による国民の健康保持、患者・感染者の人権の尊重等の諸要請に応えていくことが重要である。また、原因不明の感染症の発生といった国民の健康危機に際しては、国、地方公共団体等各関係機関の連携をとった総合的な取組み及び関連情報の提供・公開を行いつつ、一般の国民、医療関係者、報道機関等の理解と協力を得ながら適時・適切な対応を図ることができる制度を確立する必要がある。

(3)現行伝染病予防法等の問題点

現行の伝染病予防法は本年で制定以来100年を経過した。この間、国民生活や公衆衛生水準の向上、国民の健康・衛生意識の向上、医学・医療の進歩、高齢者等の増加による易感染者の増加、人権の尊重及び行政の公正透明化への要請等、感染症対策の体系構築の前提となった諸環境は大きく変化している。本委員会は、現行の伝染病予防法を中心とする法体系では、新しい時代の感染症対策に対応できなくなってきていると考える。
具体的には、
(1)既に法定伝染病としての対応が不要となっている感染症が法に位置づけられている一方で、今日感染の危険が世界的に問題視されるウイルス性出血熱等への十分な対応が図られていない、
(2)法定伝染病について、法文上は発動する措置が一律で硬直的になっている、
(3)患者等に対する行動制限に際しての人権尊重の観点からの体系的な手続保障が設けられていない、
(4)原因不明の感染症の発生や感染症の集団発生といった国民の健康危機に適切に対応できる規定が設けられていない、
(5)患者に対する良質かつ適切な医療の提供の視点が欠けている、
(6)サル等の動物由来感染症に係る対策が設けられていない、
(7)検疫体制について、国内制度との連携、整合性が欠如している、
(8)個別の感染症ごとの立法が患者・感染者に対する差別・偏見につながったとの患者・感染者の意見がある、
といった点に問題を整理できる。

3.基本的方向・視点

上記の「2.感染症対策の見直しの必要性」を踏まえ、新しい時代の感染症対策を構築していく際の基本的方向・視点は次の5点に整理できる。

(1)個々の国民に対する感染症の予防・治療に重点をおいた対策
(2)患者・感染者の人権の尊重
(3)感染症類型の再整理
(4)感染症の発生・拡大を阻止するための危機管理の観点に立った迅速・的確な対応
(5)上記の方向・視点を実現するための法体系の整備
各々の視点について、以下に考え方を詳述する。

(1)個々の国民に対する感染症の予防・治療に重点をおいた対策

現行の伝染病予防法は、明治30年に「伝染病の防御の機を失せず病毒の襲来を防ぎ病勢の頓挫を期すべく予防上至上の効果を収むべきを信ずる」との趣旨で制定されたものである。現行法は、コレラの年間患者数・死亡者数が10万人を超える年もあるといった制定当時の状況を背景に、伝染病の拡大防止といった集団の感染症予防に重点を置いており、患者・感染者が良質かつ適切な医療の提供を受け、早期に社会生活に復帰できるようにするといった発想は乏しかった。
しかし、今日にあってはワクチンや抗生物質の開発に代表される医学・医療の進歩、公衆衛生水準の向上等に伴い、多くの感染症の予防・治療が可能になってきている。このため、個々の国民の感染症予防及び良質かつ適切な医療の提供を通じた早期治療の積み重ねによる社会全体の感染症予防の推進に重点を置くことが必要である。その際、感染症情報の収集・分析とその結果の国民への提供・公開を進めていくことが重要である。

(2)患者・感染者の人権の尊重

現行の伝染病予防法は、集団の感染症予防に重点を置いてきたことから、人権の尊重に配慮した法律とは言い難い。今回の見直しに当たっては、患者・感染者を社会から切り離すといった視点で捉えるのではなく、患者の人権を尊重し、差別や偏見なく一人一人が安心して医療を受けて早期に社会に復帰できる等の健康な生活を営むことができる権利、個人の意思の尊重、自らの個人情報を知る権利と守る権利等に配慮することが重要である。例えば、たとえ患者・感染者が入院治療を要する場合でも、可能な限り個人の意思を尊重し、自らの症状、入院治療の必要性等についての十分な説明と同意に基づく入院を促すといった当該患者の自覚に基づく入院を基本に考えることが重要である。その上で、入院命令やその実効性を確保する措置の発動を限定的なものとすることが必要である。さらに、限定的に、入院命令といった措置が発動される場合でも、明確な措置の発動基準に基づき所要の行政手続を通じたものとする。なお、国内に居住・滞在する外国人についても、国民と同様の取扱いとすることが必要である。

(3)感染症類型の再整理

現行の伝染病予防法においては、法定伝染病として11疾病、指定伝染病として3疾病、届出伝染病として13疾病が規定されている。しかし、既に法定伝染病としての対応が不要となっている痘そう、日本脳炎が法定伝染病に残る一方、エボラ出血熱等の対策の必要性が国際的に求められている感染症が規定されていないといった問題を有している。さらにワクチンや抗生物質の開発・普及に代表される医学・医療の進歩により、感染症に罹患したとしても多くの場合、病状が速やかに回復に向かい、感染力が早期に減弱・消失するようになってきている。したがって、一定期間の隔離といった措置を一律的に講ずる必要がなくなっていること等、感染症を取り巻く状況の変化も生じている。
感染症対策の見直しに当たっては、最新の医学的知見に基づいて、各感染症の感染力、感染した場合の重篤性、予防方法や治療方法の有効性等の再評価に基づく感染症類型の再整理が必要である。その結果に基づいて、患者・感染者の早期社会復帰を支援するための良質かつ適切な医療の提供や感染発生・拡大防止のための必要最小限で均衡のとれた行動制限を行っていくことが重要である。

(4)感染症の発生・拡大を阻止するための危機管理の観点に立った迅速・的確な対応

今日においては、1年間に数万人単位でコレラの患者・死亡者が発生するといった事態は想定し難くなってきている。しかし、国際交流の活発化や航空機による大量輸送の進展により、原因不明の感染症や感染力が強く重篤な感染症の発生・拡大の危険性が指摘されている。そのため、地球的規模の感染症発生動向調査を進めるための体制等の構築に努めるとともに、予期せぬ大災害や犯罪・事故による病原体の放出といった事態に備えて、危機管理の観点から、国・地方公共団体が連携をとって総合的な対策を迅速かつ的確に講じることができる体制の整備が必要である。

(5)上記の視点を実現するための法体系の整備

上記の基本的方向・視点を具体化するためには、伝染病予防法の改正に向けて感染症、医療機関、行動制限、手続保障等に関する施策類型の整理を行うとともに、国と地方公共団体、国内防疫と検疫について、現有の人的・組織的資源とその限界を踏まえつつ、今後のあるべき体制整備と連携を図る必要がある。特に、実効ある感染症対策を講じていく上で国内外を含めた感染症情報を継続的かつ的確に収集・分析し、その結果を国民に対して提供・公開することにより、国民自らが適切な対応を図ることができる仕組みの確立に資する法体系の整備が必要である。
また、伝染病予防法以外の感染症対策関連法規については、上記の各視点を踏まえた改正、あるいは新しい法体系への統合が考えられる。各法の目的と対象とする感染症の性質の差異、近年の改正の状況、関係者の意見、国民意識の動向等について整理した上での対応が望まれる。
以上のことから、本委員会としては、伝染病予防法の改正を中心にすえた法体系の再構築を行うことを提言する。

4.新しい時代の感染症対策

(1)法律の目的

感染症に関する新しい法律の目的には、「3.基本的方向・視点」の趣旨や過去における感染症対策の経緯を踏まえ、国民の健康の保持と公衆衛生の向上及び増進の観点から、感染症の発生予防と感染拡大防止、患者・感染者に対する良質な医療の提供、感染拡大防止措置が必要とされる場合をはじめとした諸場面での患者・感染者の人権の尊重、といった視点を盛り込む必要がある。

(2)関係者の責務

今後の感染症対策は、感染症が発生・拡大した場合に患者をその他の国民から隔離・収容するといった措置を前面に据えるものではない。むしろ、感染症の発生・拡大等に関する情報を国、地方公共団体、医療機関等が迅速・的確に収集・分析した上で、その情報を国民、患者・感染者に提供・公開し、理解と協力を求めながら感染症の発生・拡大防止を図る考え方に転換する必要がある。
こうした考え方をとりながら実効ある感染拡大防止を図るためには、国・地方公共団体においては、感染症が集団発生してから防疫措置を講ずるといった事後対応型の行政から、感染症情報の収集・分析・提供・公開の体制を整えるとともに、仮に集団発生した場合における関係機関の役割、対応等についての事態を想定しながら準備を行うといった事前対応型の行政に転換していく必要がある。また、隔離措置等を原則としない制度の実効を担保するためには、国・地方公共団体から提供される情報・要請に対して、広く国民、患者・感染者、医療機関等の関係者の理解と協力が必要となる。
もちろん、感染症情報の提供・公開といった場合にも、人権に配慮する観点から患者・感染者の個人情報は十分に保護される必要がある。また、患者・感染者が社会から差別されないよう、行政において無用に国民の感染症への不安を煽らないこと、国民においても、行政、報道機関から提供される的確な情報・要請に応えていくことが求められる。
こうした趣旨を踏まえて、具体的な規定を盛り込んでいくことが必要である。

(1) 国と地方公共団体の責務

国及び地方公共団体については、国民の安心できる感染症対策の確立に向けて、感染症予防に必要な総合的な施策を企画・実施するとともに、医療体制の整備等所要の感染症予防対策を講ずることが必要である。また、医師等の医療関係者や一般国民に対して、診療、就学、就業、交通機関の利用等の場面において患者・感染者の人権を損うことがなく、社会で共生できるよう、正しい知識を普及すること等が求められる。さらに、国は、地方公共団体が講ずる感染症予防対策の確立を人材面、設備面の両面から積極的に支援することが必要である。また、感染症に関する情報の収集・分析とその結果について医師等の医療関係者や一般国民への提供・公開を行うとともに、国と地方公共団体、地方公共団体相互の連携に努めることが必要である。さらに、国及び地方公共団体が、感染症予防のために患者・感染者の行動制限を含めた権利の制限を行うときは、必要最小限で均衡のとれたものとすることが必要である。

(2) 医療関係者の責務

医師等の医療関係者及び医療機関については、患者・感染者に対する良質かつ適切な医療の提供に進んで取り組むとともに、感染症の発生・拡大防止の観点からの国及び地方公共団体の要請に協力する必要がある。
また、患者・感染者に対する良質かつ適切な医療は、医師等の医療関係者と患者・感染者との間の全幅の信頼関係の中で可能となるものであり、特に患者・感染者の人権を損うことのないように努める必要がある。
なお、医師会等の医療関係団体においては、会員等に対して感染症予防に関する的確な情報提供及び研修を行うことを通じて、自ら感染症対策の推進に努めており、こうした機能の一層の発揮が望まれる。

(3) 国民の責務

感染症の発生及び拡大の防止に向けては、国民の側においても、感染症の予防について正しい知識を持ち、予防接種を受ける、手洗いを励行する等、感染症に対して自らが予防していく姿勢が重要である。感染症に感染した場合には、速やかに医師の診療を受けるといった自助努力が求められる。また、患者・感染者が生活の諸場面において差別を受けることがないように配慮する必要がある。
患者・感染者については、早期に回復し社会復帰できるよう適切な医療を受けられることが必要であるが、併せて感染症が社会に拡大しないように努める責務がある。医師との信頼関係の中で、医師からの十分な説明に対する同意を基本としながら、医師の指示を遵守する必要がある。

(3)総合的対策の推進

国・地方公共団体においては、感染症が集団発生してから防疫措置を講ずるといった事後対応型の行政から、感染症の発生・拡大を防止するための対応を図る事前対応型の行政に転換していく必要がある。
感染症の発生、拡大防止を可能にするためには、国、都道府県及び市町村、医師会等の医療関係団体、医療機関等の関係者が互いに密接な連携を図って総合的な対策を講じ、国民が安心できる感染症対策を確立することが必要である。例えば集団発生といった事態が生じた場合に、関係部局が緊密に連絡を図り、限られた行政資源及び社会資源を有効に活用しながら、実効ある対応を図ることが必要である。
集団発生や原因不明の感染症の発生、犯罪集団による病原体のばらまきといった事態を全て想定した上で、所要の行政権限を広範に盛り込んだ法制度は、万が一の事態のために恒常的に強力な行政措置と権利制限を国民に受忍させるものとなりかねず、適当でない。本委員会は、新しい時代の感染症対策においては、むしろ、国・地方公共団体が関係機関の協力を得ながら、感染症の集団発生や原因不明の感染症の出現といった事態を事前に想定し、こうした事態にどのように対応するかについて方針をまとめ、公表することが適当と考える。
こうした考え方に沿って、国における基本指針、都道府県における予防計画の策定といった仕組みの創設を提言する。
国における感染症予防の基本指針においては、的確な感染症情報の国民への提供・公開の方法、感染症予防に係る関係機関の取組みと連携、ウイルス性出血熱や原因不明の感染症に対しても安全で安心して対応できる医療体制の確保、原因不明の感染症の発生時や特定の感染症の集団発生に対応できる危機管理体制の確立、国民の感染症予防に対する理解と協力に向けての働きかけ等を盛り込むものとする。
都道府県における感染症予防計画においては、関係部門・市町村等との連携を図った予防対策の推進、感染症患者の集団発生時の危機管理体制の確立、二次医療圏域又は保健所圏域ごとの医療体制の確保、住民への予防啓発等を盛り込むものとする。
なお、市町村については、住民に最も身近な行政機関ではあるが、本報告において感染症の発生・拡大防止の基幹的な役割を都道府県に置いていること、都道府県の予防計画の中で市町村との連携、情報交換といった内容を盛り込むことも可能なことから、市町村としての予防計画を法律上位置付けることまでは必要ないと考える。

(4)感染症対策の具体的考え方

新しい時代の感染症対策を考えていくためには、感染症対策の全体像を捉えた上で、各論の対策を具体的に積み上げていくことが必要である。
感染症対策は、まず(1)病原体の国外から国内への侵入防止対策と(2)国内における感染症の発生・拡大防止対策に分けられる。まず、(1)病原体の国内への侵入防止対策においては、普段からの情報収集機能を向上させる観点から、国は国内関係機関、開発途上国、米国疾患管理センター(Centers for Disease Control and Prevention、CDC)、世界保健機関との連携・情報交換等が必要である。さらに病原体の国内への侵入媒体別にみた対策として、人を対象にした人検疫、食品を対象にした食品検疫、動物を対象にした検疫等の対策、鼠族・昆虫等の侵入動物対策等の推進が必要である。また(2)国内における感染症の発生・拡大防止対策としては、人から人への感染防止対策と人以外のモノ(食品等)から人への感染防止対策に大別される。人から人への感染防止対策としては、感染予防対策、感染拡大防止対策及び感染症発生動向調査について推進する必要がある。人以外のモノから人への感染防止対策としては、媒体として食品、動物、鼠族・昆虫、水、その他を念頭においた各々の媒体への対策、媒体から人への感染防止対策が挙げられる。これらの具体的な対策について、前述の「3.基本的方向・視点」を踏まえて検討を進めていくことが必要である。
本委員会では、特に感染症対策と食品保健対策の役割分担と連携が審議の対象となった。現行の伝染病予防法と食品衛生法においては、両者がそれぞれ食品媒介感染症及び食中毒の観点からの一次的対応(原因食品の究明と原因食品の拡散防止)を行う規定となっている。現実には、まず食中毒の疑いがある場合に食品保健部門が一次的対応を行い、伝染病予防法の対象感染症と判明した場合に感染症対策部門が引き続いて対応するといった運用がなされているものの、昨年の腸管出血性大腸菌感染症の集団発生時に指摘されたように、両者の調整に混乱がみられる場合もある。また、食中毒の疑いで原因究明を行う場合に、サルモネラ、ブドウ球菌等11種類の病原体(食中毒事件票に明示)を中心に対応が進められてきたため、食品媒介感染症全てを念頭に置いての初動対応が図られていないといった問題点も指摘された。
今後の基本的な方向性としては、現行の伝染病予防法及び食品衛生法の規定の関係を前提に、運用面の改善を図ることにより、食品媒介感染症対策の視点から一元的な原因究明を行うことが考えられる。食品保健部門においては、各保健所に食品衛生監視員が配置されるとともに検査体制の整備が進んでおり、件数で1,217件(平成8年)といった多数の食中毒事件への対応が図られていることから、食中毒の原因究明に関して豊富な経験、知識、技術等を有している。さらに本年5月からはウイルス性食中毒も含めて対応が図られることとなり、食品媒介感染症対策について一元的な原因究明を行う体制の整備が進められている。
したがって、食品媒介感染症の疑いの者が発生した場合には、保健所長の一元的指揮のもと、現行の食中毒事件票に明示された病原体のみを対象とするのではなく、食品保健部門が一次的な原因究明を行うことが効果的である。なお、この際に患者・感染者の診断、臨床像その他必要な情報の収集について、感染症対策部門が関与する等、両者の密接な連携を図ることが重要である。また病原体、原因食品等の究明にあたっては、保健所は地方衛生研究所、国立研究機関等との連携を図ることが重要である。病原体、原因食品等が判明した場合の一次感染の拡大防止については、必要に応じて感染症対策部門が消毒・清潔方法等の施行、食品保健部門が原因物質に汚染された食品等の販売禁止、営業者に対する許可の取消等を行うことが考えられる。さらに二次感染の発生防止については、感染症対策部門の役割が重要となる。これらの役割分担及び連携は、事件発生時はもとより、輸入食品の検査、啓発普及等の平常時の予防対策についても検討することが必要である。なお、患者が予想を超えて多数発生した場合、一次感染や二次感染の拡大の危険性が高い場合及び患者に対する医療の確保が重要な場合において、感染症対策部門、食品保健部門の両者による積極的な調査・分析及びその結果に基づく対応を行うことについても考えなくてはならない。
食品保健対策、飲用水等の生活用水対策や大気、土壌への対策、血液製剤への対策等の各媒体別の対応については、媒体に応じた法律により対応することがより効果的であると考えられるので、必要に応じて関係審議会及び関係部局における検討が期待される。

(5)感染症発生動向調査の体制強化

現行の感染症関連法における感染症発生動向調査(感染症情報の収集・分析とその結果の国民への提供・公開)については、患者等を診断した場合の届出・通報義務が伝染病予防法、結核予防法、後天性免疫不全症候群の予防に関する法律及び性病予防法に規定されている。この結果について、伝染病統計、結核の統計、エイズ動向調査として国民に提供・公開されている。これらは個別の患者等を対象とした把握や医療の提供を目的としたものである。個別の患者等のみを対象とするのではなく、一般の国民や医療関係者への情報提供に主眼を置いた感染症発生動向調査については、定点医療機関を定めて患者発生の報告を求める厚生省結核・感染症発生動向調査事業が予算事業として行われている。
本委員会の審議の中では、感染症情報を国民に提供・公開していくことにより、感染症の発生・拡大を防止していくことの重要性が指摘されており、国の責務として感染症の発生・拡大防止のために必要な情報を適時・的確に国民に提供・公開していくことが必要である。そのためには、精度管理を含めた全国一律の基準に基づいて、都道府県において情報の収集を行う必要がある。したがって、患者の全数把握を目的とした医師からの届出に加えて、定点医療機関による感染症発生動向調査等についても新しい法体系の中に位置づけていくことが必要である。また国と都道府県の役割分担については、一義的には国が全国の感染症に関する情報を一定の精度管理のもとに統一的な手法で収集、分析することが必要であると考えられる。これらの情報の収集に当たっては都道府県の協力が不可欠であること、都道府県においても当該都道府県内における感染症対策を進めていく上で、当該地域の感染症情報及び全国の感染症情報が不可欠であることから、国が主体的な立場を取りつつも都道府県が協力しながら統一的な手法で進めていくことが役割分担として想定される。
具体的には、まず結核予防法第63条の2第2項の「結核に関する情報の収集」との規定に見られるように、学会の発表情報を含めたあらゆる感染症情報の収集に向けての国等の役割を規定することが考えられる。さらに国や都道府県における感染症発生動向調査の具体的実施義務について規定していく必要がある。特に後者については、(1)国等が全数把握を必要とする届出(氏名等を必要とする場合と必要としない場合がある)、(2)感染症患者の増減の時系列的変化や国民への影響を評価するための定点医療機関等による患者及び病原体・血清を対象とした感染症発生動向調査、(3)必要に応じて国立感染症研究所、国立国際医療センター、保健所、地方衛生研究所等が積極的に感染症の流行地域等に入って情報を収集する積極的疫学調査の3種類が考えられる。感染拡大防止を迅速に図って行く上で不可欠であるにもかかわらずこれまで明確な法的根拠が設けられてこなかった(3)の積極的疫学調査について、その役割及び重要性を明らかにしていくべきである。なお、感染症発生動向調査の体制強化に当たっては、国民が調査へ積極的に協力するといった環境づくりが必要である。このため、患者等の人権への配慮と調査の信頼性の確保のために、個人情報が十分に保護されることが必要である。

(6)予防接種対策の推進

予防接種は感染症予防の最も基本的な対策である。予防接種を受けることにより、当該感染症に対する免疫を獲得し、感染・発病を免れるか、感染・発病したとしても軽い症状で経過することになる。感染症対策を考えたとき、実際に感染症に罹患した患者等に対する良質かつ適切な医療の提供、必要最小限で均衡のとれた行動制限等が重要であることは論を待たない。しかし、感染症そのものに罹患しないことが国民一人一人の健康を考えたときに重要であり、強力に推進していかなければならない対策である。このような観点から、世界的には世界保健機関を中心とした予防接種対策が進められている。我が国においても、昭和23年の予防接種法の制定以来、数度の制度改正を経て平成6年には「個人予防を目的としつつ、個人予防の積み重ねによって社会全体での感染症予防を図る」という趣旨に則った改正が行われ、現行の予防接種制度が整備されるに至っている。
新しい時代の感染症対策の基本は、個人個人の感染症予防であり、その予防の中心をなすものが予防接種であるという認識に基づいて、国民が自ら予防接種を受ける努力を促すために、必要なワクチンや予防接種に関する適切な情報を国民に提供・公開していくことが重要である。さらに予防接種の課題として、より良いワクチンの開発、高齢者等の免疫力が低下した者等の集団に対する接種、健康被害が生じた場合の迅速な救済制度のあり方が挙げられるが、厚生省において、今後引き続いて検討していくことが必要である。
なお、平成6年に改正された予防接種法の附則第2条において、「政府は、この法律の施行後5年を目途として、疾病の流行の状況、予防接種の接種率の状況、予防接種による健康被害の発生の状況その他改正後の予防接種法及び結核予防法の施行の状況を勘案し、必要があると認めるときは、新予防接種法等の規定について検討を加え、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」と規定されている。したがって、厚生省においては、見直しの必要性や必要がある場合の内容について、平成11年を目途として検討を進められることになるが、予防接種の重要性に鑑み、ワクチンや予防接種に関する専門家、医療関係者、法律関係者、地方公共団体の代表等から構成される委員会を新たに設置して、集中した審議がなされることを期待したい。

(7)良質かつ適切な医療の提供・感染拡大の防止

(1)良質かつ適切な医療の提供

感染症患者に対する医療は、抗生物質等の積極的な治療手段がない時代においては隔離等の行動制限に付随するものとしての認識がなされてきた。しかし、今日において、個人の感染症予防の積み上げの結果としての集団の感染症予防、早期社会復帰の要請、人権の尊重等に向けて、感染症患者に対して良質かつ適切な医療を提供し、重症化を防ぐといった視点が重要視されている。同時に、早期の適切な治療は、病原体の感染力を減弱・消失させるといった効果があることも考慮しておかなければならない。すなわち、患者に対して医療機関で早期に良質かつ適切な医療を提供することは、患者自身にとって不可欠であるとともに、周囲への感染拡大の防止につながり、患者と周囲の人々の人権が守られることにつながる。さらに、医療の提供に当たっては、治療を目的に入院した患者等がMRSA感染症等の院内感染の危険にさらされないような配慮、不安になりがちな患者に対して相談等を通じた精神面の支援への配慮が重要である。
以上のことから、新しい時代の感染症対策の中で「良質かつ適切な医療の提供」を中核となる柱として考えるべきである。そのため、これまでの伝染病予防法の主な対象であったコレラ、赤痢等はもちろんのこと、我が国における患者発生の可能性は極めて少なくても、ウイルス性出血熱やペスト等の重篤な感染症の患者に対して、良質かつ適切な医療を提供できる体制の整備を進めて行くべきである。さらに感染症患者を収容する病棟(床)は、単に社会から患者を隔離する場所といった考え方ではなく、感染症患者に対して良質かつ適切な医療を提供しつつ感染拡大の防止も図ることができる場所、さらに医療従事者や他の患者に対する院内感染も防止できる場所といった考え方で捉える必要がある。この点が、具体的な感染症指定病棟(床)(都道府県知事等が指定する第一種、第二種及び第三種の全てを指す。詳細は後記。)の整備に当たって関係者が留意するとともに、一般国民や医療関係者に対しても理解を求めていかなければならない課題である。
なお、現行の伝染病予防法においては、市町村の伝染病院等の設置義務が規定されているが、現実には全ての伝染病院等が入院患者の感染症の種類・病像に応じて、効果的・効率的に運用されているとは言い難い。したがって、実際の各感染症の患者発生数等に配慮した上で、現行の伝染病院等の活用も含めた感染症指定病棟(床)の再整備を進めていくことが必要である。これらの感染症指定病棟(床)については、感染症患者を適切に治療していく人材面・設備面の両面からの整備が重要であり、感染症指定病棟(床)の機能に応じた国・地方公共団体の関与が求められる。
また下に列挙した感染症指定病棟(床)等の設置・整備を行っていく上で、実際に感染症治療に携わっていく医師、看護婦等の医療従事者の教育・研修や感染症専門医の育成、薬物治療を含む感染症に関する医学教育、一般医療機関の医師等に対する生涯教育等の充実、新しい診断・治療法の開発のための研究を推進していく必要がある。

(ア)一般病棟(床)
一般病棟(床)は、感染症指定病棟(床)以外の病棟(床)とする。一般病棟(床)は、感染症指定病棟(床)での入院を目的とした保健所長による入院勧告又は患者が入院勧告に応じない場合の入院命令(以下「入院勧告又は命令」:詳細後記)に基づく医療の提供を目的とするものではないが、易感染者から引き離すことが必要な感染症患者に対して医療を提供することが期待される。したがって、医療機関の管理者と当該患者の説明と同意に基づいた入院医療を提供することが考えられる。この場合、標準的な治療方法や一定の接触制限のあり方等について予め国等の作成する指針等で定め、公表しておくとともに、適切かつ客観的な情報提供の下で患者が医師から十分な説明を受けた上での同意に基づいた入院医療が提供されることが求められる。
(イ)第一種感染症指定病棟(床)
都道府県知事の指定等により、第一種感染症指定病棟(床)を原則として二次医療圏域ごとに1カ所以上整備する方向で検討する。この病棟(床)は、コレラや赤痢等の患者に対して入院勧告又は命令に基づいて、良質かつ適切な医療を提供できる等の機能を備えることが必要であり、総合的な診療機能を有する病院に併設することが望ましい。なお、設置・整備・運営に当たっては都道府県と国が積極的に関与することが求められる。

(ウ)第二種感染症指定病棟(床)
都道府県知事の指定等により、第二種感染症指定病棟(床)を都道府県域ごとに原則として1カ所整備する方向で検討する。この病棟(床)は、コレラや赤痢等の患者はもちろんのこと、ウイルス性出血熱やペスト等の患者に対して入院勧告又は命令に基づいて、良質かつ適切な医療を提供できる機能を備えることが必要であり、総合的な診療機能を有する病院に併設することが望ましい。なお現段階においては、全ての都道府県において第二種感染症指定病棟(床)の機能を有した病棟(床)が整備されてはいない状況を踏まえ、計画的整備を進めるべきである。また設置・整備・運営に当たっては都道府県と国が積極的に関与することが求められる。

(エ)第三種感染症指定病棟(床)
厚生大臣の指定等により、第三種感染症指定病棟(床)を全国に数カ所整備する方向で検討する。この病棟(床)は、ウイルス性出血熱やペスト等の患者に加えて、原因不明の感染症の患者に対して入院勧告又は命令に基づいて、良質かつ適切な医療を提供できる等の機能を備えることが必要であり、総合的な診療機能を有するとともに集中治療室的な機能を有する病院に併設することが望ましい。また設置・整備・運営に当たっては、国立国際医療センターの活用を含めて国が積極的に関与することが求められる。
以上の第一種感染症指定病棟(床)、第二種感染症指定病棟(床)及び第三種感染症指定病棟(床)については、医師等の医療従事者や他の入院患者への感染拡大を防止できる環境の中で、入院患者に対する良質かつ適切な医療等を提供できる体制を整備することが求められており、各々の感染症指定病棟(床)に応じた必要病床数、設備・構造、必要な職員、運用等について具体的な検討を進める必要がある。

(オ)院内感染対策
院内感染は、感染症の種類に関係なく常に起こり得るといった認識を持つことが重要である。院内感染対策を考えた場合に、ウイルス性出血熱やペスト等の病原微生物の感染力が極めて強く健常人であっても必要な防備をしなければ感染・発病の危険性が生じるような場合と、MRSA等の薬剤耐性菌のように感染力がそれ程強くないが、宿主側の感染防御力の低下や医療機関における設備・消毒等の不備によって感染・発病の危険性が生じる場合の二つが考えられる。後者については、これまでも厚生省や関係学会から数多くの指針が出されており、引き続いての対応が期待される。また感染拡大防止の観点からは前者の院内感染が重要であり、医療従事者や他の患者への感染が拡大することを防止することに主眼を置いて、病院の設備・構造面での配慮はもちろんのこと、患者の診療・看護に当たって感染を防御できる衣服や手袋の着用等の個々具体的な対策が重要となる。
新しい時代の感染症対策においては、感染拡大の防止、良質かつ適切な医療の提供といった視点のみならず、医療機関といった特別の状況下(採血や手術などの観血的手技を用いる等、感染の危険の高い医療行為が行われる場所であるとともに、感染防御力の低下した易感染者が入院している場所)で起こり得る感染で、かつ医学的にも社会的にも重要な問題である院内感染の重要性を明確に位置づける必要がある。その上で、院内感染予防、病原体とその感染力、診断、症状、治療法等の情報を迅速・的確に医療関係者、一般国民に提供・公開し、院内感染防止の重要性の理解、予防と発生した場合の適切な対応に向けての努力を促していくことが重要である。

(カ)患者の搬送及び医療機関の連携
感染症患者の搬送を考えたとき、(1)入院勧告又は命令による感染症指定病棟(床)への入院が必要でない感染症の患者の搬送、(2)入院勧告又は命令による感染症指定病棟(床)への入院が必要な場合がある感染症であっても実際に入院勧告又は命令が発動される前の段階の搬送、(3)実際に入院勧告又は命令が発動された後の搬送の三つについて検討する必要がある。(1)及び(2)の搬送については、保健所長による入院勧告又は命令が出される前であることから、結果として現行の救急隊による救急搬送制度の活用が想定される。但し、搬送後に感染症患者であることが判明した場合及び疑われる場合、搬入された医療機関から搬送を行った消防機関への連絡は、次の救急搬送患者への二次感染防止のために必要な救急車等の消毒、救急隊員の感染・発病防止のための対応を図るために重要である。また、消毒方法等の指針を予め作成するとともに、感染症に関する専門的知識・技術を有する保健所は、救急隊員の感染防止対策、救急車の消毒等のために消防機関との連携体制を構築する必要がある。(3)の搬送については、保健所長の入院勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への搬送であることから、都道府県等の関与による感染症患者の医療面等での配慮がなされた搬送を行うことが考えられる。
第三種感染症指定病棟(床)での入院等が必要な患者が発生した場合において、全国各地から短時間で当該患者を第三種感染症指定病棟(床)に移送できるような搬送体制の整備が必要である。この場合、国の関与による医療面等での配慮がなされた搬送を行うことが考えられるが、このような状況は発生頻度が極めて低いことを考慮に入れた上で、国として効果的・効率的な搬送体制の整備を進めることが必要である。
さらに感染症の患者が集団で発生した場合等を想定して、各都道府県の二次医療圏域や都道府県域を越えた連携・搬送体制を含めた関係機関の協力体制を構築しておくことが必要である。

(2)対応の必要な感染症の分類

近年の新興・再興感染症の出現、感染症の病像の変化、医学・医療の進歩等に応じて、各感染症の感染力や感染した場合の重篤性に応じた良質かつ適切な医療の提供と感染症の発生・拡大防止のための必要最小限で均衡のとれた行動制限等が求められている。この要請に即した対応を図ることができる感染症類型の再整理が必要である。
また現行の伝染病予防法における法定伝染病、指定伝染病及び届出伝染病について、時代の変化に応じた変更が必ずしも適時・的確に行われてこなかった反省を踏まえ、医学・医療の進歩や生活様式の変化への対応、現段階において予想されない感染症の出現があった場合において、各感染症の取り扱いについて弾力的に追加・削除・緩和等を行っていくことが重要である。例えば、感染症の類型について一定期間(例:5年間)ごとに見直しを行い、その間の医学的知見の集積を踏まえた変更を行うこと等の検討が考えられる。
本小委員会においては、感染症に関する近年の医学的知見に基づいて、各感染症の感染力、感染経路、感染した場合の重症度、予防方法及び治療方法の有効性の再評価を行った。その上で、感染症発生動向調査の実施、良質かつ適切な医療の提供、必要最小限で均衡のとれた行動制限を考える上で必要な類型化を行い、以下にその結果をまとめた。なお、感染症類型の再整理にあたっては、法律上の分類が新たな差別・偏見につながらないように、法制度の構築・実施に向けて一般国民、医療関係者等の理解と協力が得られるように努めていくことが必要である。

○感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性が高くない感染症であることから、入院勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院は必要ないが、国等が感染症発生動向調査を行い、その結果等に基づいて必要な情報を一般国民や医療関係者に提供・公開していくことによって、発生・拡大を防止すべき感染症(1号感染症)

(例)
A群溶連菌咽頭炎、MRSA感染症、回帰熱、劇症型溶連菌感染症、髄膜 炎菌性髄膜炎、乳児ボツリヌス症、梅毒、破傷風、百日咳、ライム病、淋菌感染症、レジオネラ症、インフルエンザ、A型・B型・C型・D型・E型肝炎、エイズ、黄熱、狂犬病、腎症候性出血熱、水痘、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローム、デング熱、日本脳炎、Bウイルス病、風疹、麻疹、流行性耳下腺炎、Q熱、クラミジア肺炎、性器クラミジア感染症、つつが虫病、日本紅斑熱、発疹チフス、アメーバー赤痢、エキノコッカス症、クリプトスポリジウム症、ジアルジア症、マラリア
1号感染症については、今後、各感染症の特性に基づく検討を進め、診断・治療・予防方法等に関する指針を国、関係学会等が作成していくことが期待される。特に狂犬病、Bウイルス病等の我が国での臨床経験に乏しい感染症の患者が発生した場合には、これらの指針に基づいての的確な対応が必要である。

以下の2号感染症から4号感染症においては、1号感染症と同様に、国等が感染症発生動向調査を行い、その結果等に基づいて必要な情報を一般国民や医療関係者に提供・公開していくことが前提になる。

○感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性が高くない感染症であることから、入院勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院は必要ないが、特定の職種への就業によって感染症の集団発生を起こしうる感染症であって、状況に応じて(病原体排出患者、無症状の病原体保有者)、特定の職業への就業制限を行うことによって発生・拡大を防止すべき感染症(2号感染症)

(例)
腸管出血性大腸菌感染症

○感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性が高い感染症であることから、状況に応じて(病原体排出患者、疑似症適用感染症(例:コレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフス)の場合は疑似症患者)、入院勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院を求めることによって発生・拡大を防止すべき感染症(3号感染症)

(例)
コレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフス、ポリオ、ジフテリア

○感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性が極めて高い感染症であることから、原則として(疑似症患者、病原体排出患者、無症状の病原体保有者)、入院勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院を求めることによって発生・拡大を防止すべき感染症(4号感染症)

(例)
ペスト、ラッサ熱、エボラ出血熱、マールブルグ病、クリミア・コンゴ出血熱

○上記の各感染症類型に規定される感染症(疑似症を含む)を含めた既知の感染症ではないが、感染性が強いと考えられ、かつ当該患者の症状が重篤であるといった特徴を有し、必要な感染予防・治療法が決定されない疾病(原因不明の感染症)

(3)感染症類型と医療体制

1号感染症及び2号感染症については、入院の勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院は必要ないことから、一般病棟(床)での対応が考えられる。3号感染症については、入院の勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院が必要な場合は第一種感染症指定病棟(床)又は第二種感染症指定病棟(床)での対応、必要ない場合は一般病棟(床)での対応が考えられる。4号感染症については、第二種感染症指定病棟(床)又は第三種感染症指定病棟(床)での対応が考えられる。「原因不明の感染症」については、第三種感染症指定病棟(床)での対応が考えられる。
以上の感染症類型と医療体制の関係が基本であるが、感染症の患者が予想を超えて多数発生した場合をはじめとした緊急時の対応について、国の定める基本指針、都道府県の定める予防計画等において、予め定めておくべきである。

(4)患者・感染者の人権の尊重と感染拡大防止の実効性の確保の両立

新しい時代の感染症対策においては、感染症の蔓延時における国民に対する規制的措置を中心に据えた考え方から、各個人の感染症予防・治療対策の積み上げを通じた社会全体の感染症予防を図る考え方に重点を移すことが重要である。こうした観点からは、新しい時代の感染症対策は、国・地方公共団体から国民に対する適時・的確な情報の提供・公開、医師から患者・感染者に対する十分な説明と患者・感染者の同意に基づいた医療の提供が中心的機能を果たすものと整理できる。
しかし、感染症から国民の健康を守るためには、限定的にせよ、国民の行動制限が必要となる事態も考えられる。また、新しい法制度もそうした事態に的確に対応できるものとして整備しておく必要がある。
現行の伝染病予防法には、患者・感染者に対する入院(収容)といった行動制限をはじめ、国民が集まることの制限・禁止といった措置に至るまで、広範な規定が設けられている。この背景には、コレラによる年間患者数・死亡者数が10万人を超えることのあった時代において、行政の責任において、法律の強制で担保しながら講ずる必要が想定される措置を広範に規定したものと思われる。
今日においても、感染症予防が実効を発揮しなければならないとの要請には変わりがない。しかし、多種多様な感染症事例の全てを想定し、具体的に発動・執行し難いような強力な措置を網羅的に規定することは、法体系としては整っていても、機能的でない。本委員会では、人権尊重の要請にも応える意味から、必要最小限で均衡のとれた措置を提言するとともに、こうした措置に当たっても、明確な行政手続を規定することが必要であるとの判断に至った。但し、医療機関、保健所等による感染症拡大防止のための迅速な対応を阻害しないようにする必要がある。

(ア)人権保障の観点に立った行政手続
感染症指定病棟(床)における医療の提供が必要であり、入院勧告又は命令に基づく入院を求める必要がある場合においても、入院勧告又は命令を行う事前手続として、文書によるその理由の告知及び事後に不服を申し立てることができる旨の告知をするなど、患者の人権を保障するための規定を設ける必要がある。
実際の場面を想定すると、感染症指定病棟(床)への入院の必要性がある場合に、ほとんどの患者が入院命令といった形式的かつ強制的な手段を講じなくても、説明と同意に基づいた本人の判断による入院が期待される。したがって、まず保健所長が入院勧告を行い、入院勧告に応じないやむを得ない場合にのみ、入院命令といった手段を講じる段階的な対応が現実的である。しかし、この場合にあっても、現場での混乱や不公平が生じないよう、一律の基準を設けて客観的に運用されることが不可欠である。
さらに、入院勧告又は命令の必要性について、的確・慎重な判断を行うためには行政担当者への研修を十分に行うことが必要である。併せて、保健所長は、入院勧告や入院命令等を発動するに当たっては、状況に応じ感染症診査協議会(仮称)の判断を求めることが必要である。その場合にも、感染症患者の症状の悪化と感染症の急速な拡大に迅速に対応していくという観点を踏まえる必要があり、次の項において具体的な対応策を示した。
感染症診査協議会(仮称)は、原則として保健所単位に設置を行い、地域の医療関係者代表、感染症指定病棟(床)の医師、地域の公益代表者等(医療関係者以外で学識経験者等が含まれる。なお、法律関係者等を含むべきであるとの意見があった。)から都道府県知事が任命する委員により構成される。感染症診査協議会が担うべき役割としては、感染症に関する専門的な判断を行うことは当然であるが、さらに患者・感染者や一般の地域住民の人権尊重の視点への配慮が重要である。なお、保健所長の判断に対する不服審査の取扱いについては、保健所長の当該判断に感染症診査協議会が関与していることから当協議会が行うことは適切ではなく、他法の適用との調整を含めて、適切な運用が図られるように検討すべきである。

(イ)感染症の感染力、重篤性等による類型に応じた必要最小限で均衡のとれた行動制限
本委員会においては、現行の伝染病予防法に規定されている各行動制限の必要性についての再検討を行い、また必要な場合においてその具体的運用の見直しを行い、以下にその結果をとりまとめた。

○就業制限
就業制限が必要であり、かつ命令等に基づく入院を要しない感染症として、現行伝染病予防法においては指定伝染病として腸管出血性大腸菌感染症が指定されている。新しい法体系においても、現行の運用と同様に腸管出血性大腸菌感染症の患者及び無症状の病原体保有者に対して、特定職種への就業制限を求めることが必要である。
就業制限の取扱いについて、現行伝染病予防法においては、就業制限の認定、勧告・命令等についての法的な手続きはなく、病原体診断がなされた場合に自動的に効力が発生する仕組みとなっている。新しい法体系においては、就業制限という行動制限を求める重要性、人権への配慮の観点から、病原体診断において対象感染症であると医師が診断した場合に医師から保健所長への届出を求め、保健所長が就業制限事由に該当することについて認定するといった取扱いの検討が必要である。この場合においても就業制限の実際のあり方は、当該患者の自覚に基づく自発的な休暇、就業制限の対象職種の業務以外への一時的従事といった対応が基本となる。なお、就業制限の対象職種については、現行伝染病予防法に規定された飲食物の調理従事者等を参考に、必要最小限で均衡のとれた行動制限の原則に基づいて、さらに検討を続けるべきである。

○入院勧告・入院命令
ペスト、ウイルス性出血熱等(4号感染症)のように第二種又は第三種感染症指定病棟(床)への入院が必要な感染症については、感染力や症状の重篤性から当該感染症が疑われる患者、病原体排出患者、無症状の病原体保有者にかかわらず入院が必要である。またコレラ、赤痢等(3号感染症)のようの状況に応じて第一種又は第二種感染症指定病棟(床)への入院が必要な感染症について、まず病原体による確定診断前にあっては、現行伝染病予防法と同じく疑似症の概念を導入し、疑似症患者を患者と同様に扱う必要のある感染症(例:コレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフス)と患者と同様に扱う必要のない感染症(例:ポリオ、ジフテリア)に分類する必要がある。その上で、前者については第一種又は第二種感染症指定病棟(床)への入院を必要とするが、後者については必要としないといった客観的な対応が求められる。病原体の確定診断後にあっては、病原体排出患者については第一種又は第二種感染症指定病棟(床)への入院が必要である。しかし、無症状の病原体保有者については、周囲への感染の可能性が極めて低いこと等から、入院の勧告又は命令に基づく入院は必要ない。この場合でも、特定職種への就業制限は必要である。なお、無症状の病原体保有者が発見された場合には原因究明の必要性等の観点から、保健所への届出を求めることが考えられる。これらの規定については、現行の伝染病予防法の運用と異なることから、一般国民や医療関係者の理解を求めていくことが必要である。
入院勧告又は命令が必要な場合の発動の方法について、説明と同意に基づいた当該患者の自覚に基づく入院を基本に考える方向性が求められている。すなわち、(1)「病原体の確定診断ができる前の疑似症段階で感染症指定病棟(床)への入院が必要な場合」にあっては、まず保健所長による時限的(例:72時間以内、以下同じ)入院勧告を行うことととする。その上で、当該患者が入院勧告に応じない場合についてのみ時限的入院命令を行うといった段階的な対応が必要である。また保健所長による時限的入院勧告又は命令に基づく入院の間に、可能な限り病原体の確定診断を行い、感染症診査協議会による時限的入院勧告又は命令の事後評価、さらに引き続いての入院の必要な場合の入院勧告又は命令の要否について判断するといった段階を経ることが考えられる。(2)「疑似症段階では感染症指定病棟(床)への入院が必要ない感染症であるが、病原体の確定診断が出て入院が必要な場合」や(3)「診断が病原体の確定で初めてついた場合」にあっても、まず保健所長による時限的入院勧告又は命令を行い、その後に感染症診査協議会による時限的入院勧告又は命令の事後評価、さらに引き続いての入院が必要な場合の入院勧告又は命令の要否について判断を行うことになる。(1)(2)(3)のどの場合であっても、入院が長期に及ぶ際には、定期的に入院勧告又は命令による入院継続の必要性の再評価を感染症診査協議会が行うことが必要である。なお、入院勧告に基づく感染症指定病棟(床)への入院においては、当該患者に対する医療費負担のあり方、入院勧告から命令に切り替える基準等の各論的問題について、検討を続けることが必要である。以上の3号感染症及び4号感染症の感染症指定病棟(床)への入院に関する判断基準、判断手続等については、患者・感染者を含めた国民に広く公表・周知しておくことが重要である。
また、入院勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院が求められる場合においては、患者が精神的に不安定な状況に追い込まれないよう、例えば電話等を用いた通信、面会の自由の保障について配慮すること等を通じて、可能な限り個人としての生活を営み、通常の社会生活にも参加できるようにしていく必要がある。

○感染拡大防止措置(就業制限、入院勧告・入院命令を除く)

現行伝染病予防法においては、伝染病の蔓延を防ぐため、広範な拡大防止措置が規定されている。新しい法体系において、こうした措置について、存続、修正、廃止といった扱いについて整理する必要がある。
こうした整理は、2つの要請、即ち、(1)新しい法制度が的確に感染症の拡大を阻止できるものでなければならないとの要請と、(2)人権尊重の観点から国民の権利制限を必要最小限で均衡のとれたものとすべきであるとの要請とを両立させる形で行う必要がある。
第一の、的確に感染症の拡大を阻止する法制度とすべきとの要請のみを考えると、一見、現行伝染病予防法上の措置は基本的に存続させるべきとの結論が導き出されそうである。しかし、今日における我が国の公衆衛生水準は、現行法制定当時と比べれば、格段に向上しており、また、国民への呼びかけを通じた国民の理解・協力と関連法規との連携によって、規制と同じ効果を命令等の措置を用いないでも実現することが可能な面もあると考えられる。こうしたことから、新しい時代の感染症対策において、感染症予防のための法制度に規定する必要性に乏しい規定も多いと考えられる。
第二の、国民の権利制限を必要最小限で均衡のとれたものとすべきとの要請からは、現行伝染病予防法に規定されている措置の一部については、人権への配慮に乏しいものがある。こうした措置については今日では実際の発動はないため、現実に問題は生じていないが、新しい法制度に向けて、廃止等の形で整理することが必要である。
こうした観点を踏まえた上で、(1)感染症の原因究明のために必要な措置(例:健康診断、立入検査、死体検案)、(2)病原体に汚染されているおそれがある物品等に対する所要の措置(例:物件、食品に対する措置)、(3)強力な措置を用いないと感染力が強く症状が重篤となる感染症の発生・拡大を阻止できないような状況における一定の措置(例:水の使用停止、建物に対する措置)、について、適切な発動が可能となるように整理することが必要である。
なお、本委員会においては、感染拡大防止措置についての考え方を、今日の公衆衛生水準や昨今の感染症発生状況等を勘案しながらまとめたものである。関係機関が協力するとともに、以下に整理する措置を限定的に講ずることによって感染症の発生・拡大を阻止することができると考える。しかし、状況の変化があって、例えば、強力な措置が不可欠な感染症の拡大が現実化した場合には、その時点で追加的な措置を必要な限度において導入・実施することが望まれる。
また、新しい時代の感染症対策にあって人権制限を最小限のものとしつつ、感染症の発生・拡大を阻止するためには、国・地方公共団体等からの適時・的確な情報の提供・公開に対する国民の理解と協力が前提条件と考えられる。こうした考え方について、公衆衛生審議会伝染病予防部会をはじめとして広く国民・各界からの意見を受けて、法案が作成されることを期待する。
以下に、現行伝染病予防法の規定する措置について、存続、修正、廃止といった整理を行った。こうした考え方の整理をもとに、法案の検討を進められたい。

【健康診断】
・病原体保有者からの病原体検査の請求については、国民の自発的な感染症診断を促す意味で必要と判断されるため、存続が必要(現行法第2条の3)。
・知事が行う健康診断については、現行伝染病予防法において強制措置の規定しか設けられていないが、これを改め、人権尊重の観点から、まず健康診断の勧告を行い、応じられないといった場合についてのみ健康診断の命令を行う等の段階的な手続を規定した上で存続することが必要(法第19条第1項第1号)。

【立入検査】
・立入検査については、感染症発生の原因究明等の観点から不可欠であり、存続が必要。但し、発動要件等の整理を行う(法第14条)。

【交通・移動の制限】
・患者の発生した家等の交通遮断は、患者の入院、家屋の消毒等の措置により感染拡大防止の効果があるため、廃止して差し支えない(法第8条)。
・市街村落の交通遮断・人民隔離は、極めて大規模の感染症の集団発生等があった場合を想定した措置である。このような状況は、自然発生的な感染拡大において、現代の公衆衛生水準を考慮すると想定し難く、また、社会的に認め難い措置である。犯罪集団により人為的に病原体が放出された場合等の対応として適用することも考えられるが、こうした場合には、国民への情報提供と誘導といった措置で対応が可能である。したがって、基本的に廃止する方向で整理を行う(法第19条第1項第2号)。
・患者の移動制限については、早期に適切かつ良質な医療を受けられるようにすべきとの観点から廃止して差し支えない。但し、患者の搬送について、現状において救急隊と都道府県の役割分担の根拠条文として用いられていることから、条文上の配慮が必要(法第9条)。
・船舶汽車電車の検疫は、廃止して差し支えない(法第18条)。

【集会等の制限】
・祭礼・興行等の制限については、人権の制限が強く、また、国民の健康・衛生意識の向上により、情報の提供・公開により、同様の効果が期待できると考えられることから、廃止して差し支えない(法第19条第1項第3号)。
【清潔・消毒方法】
・都道府県、市町村の行う清潔・消毒については存続する必要がある(法第5条、法第19条第1項第7号等)。しかし、現行法においては、実施主体、状況に応じて重複した規定があり、こうした規定ぶりについては整理が必要。
・家人の消毒については、現実に家人において、適切な消毒を行わせることは困難と考えられ、廃止することが適当である(法第5条)。

【鼠族・昆虫等の駆除】
・鼠族・昆虫等の駆除については存続が必要(法第16条の2、第19条第1項第9号)。

【死体に関する措置等】
・死体の移動制限については、現代の衛生水準においては、死体を媒介とした感染拡大は考えにくく、原則として廃止して差し支えない(法第9条)。
・死体の埋葬制限、死体の火葬・改葬の許可、死体に対する処分について、墓地埋葬法との整理を行った上での対応が必要である(法第11〜13条)。
・死体検案については、感染原因の特定、感染拡大を阻止するための最も基本となる情報収集であり、基本的に存続が必要(法第19条第1項第1号)。

【物件に対する措置】
・汚染物件の使用制限、古着等の出入の制限・廃棄等については、感染症拡大防止のために物件の使用等に制限を設けるものであり、存続が必要(法第10条、第19条第1項第4号)。

【食品に対する措置】
・飲食物の販売等の制限・廃棄等については、存続が必要(法第19条第1項第5号)。

【上水の使用等に対する措置】
・上水の使用停止等について、存続の必要があると考えられるが、水道法等の他の法令による規制との整理を行う必要がある(法第19条第1項第7号)。
・家用水の供給義務については、上水の使用停止等の扱いと合わせることが必要であり、存続が必要(法第17条の2)。
・漁労、遊泳等水の使用について、権限を持って制限・禁止を行うまでの必要があるかどうか整理が必要(法第19条第1項第8号)。

【建物に対する措置】
・建物に対する処分について、火災、事故、犯罪等が原因で建物全体に病原体が拡がるといった場合においても、ほとんどの場合は消毒によって感染拡大が防止できると考えられるが、消毒では十分に対応できないといった場合には、建物の使用禁止、封鎖等必要であることが考えられ、存続が必要(法第19条の2)。

(ウ)所要の権利制限に対する補償
行動制限等の措置が講じられたことにより生ずる損失補償のあり方に関しては、現行の伝染病予防法の取扱いの趣旨を考慮しつつ、他法の取扱いとの整合性に配慮しながら検討を進めることが必要である。

(5)原因不明の感染症に対する特例的措置

近年、世界各地において新たな感染症が出現する中で、日本国内においても、感染症が疑われる原因不明の疾病が発生し、原因確定までの間に感染の拡大といった面で相当な被害を引き起こすことが想定される。こうした感染症に対して、被害の発生・拡大を極力抑えることができるよう、普段から国において海外の感染症情報等の収集、分析を行い、感染症が発生した場合にその原因を迅速に特定できるようにしていく必要がある。
しかし、万一原因不明の感染症が発生した場合に備え、原因が特定できるまでの間、良質かつ適切な医療を提供するとともに感染の拡大防止を図る観点から感染症指定病棟(床)に入院することが必要とされる感染症(3号感染症及び4号感染症)の取扱いに準じた対応ができる制度体系が必要である。その際、疫学調査等の結果に基づいて迅速な行政措置を講じることができるよう、適切な判断基準及び判断手続を予め明確にしておく必要がある。
具体的には、1号感染症〜4号感染症を含めた既知の感染症ではないが、感染力が強く症状が重篤であると想定される疾病を「原因不明の感染症」として定義づけることが考えられる。このような患者を診断した医師から届出を受けた保健所長は都道府県知事を通じた厚生省との事前協議を経て、時限的入院勧告又は命令に基づく感染症指定病棟(床)への入院を求めることが考えられる。その上で、厚生省(公衆衛生審議会伝染病予防部会)における時限的入院勧告又は命令の要否の事後評価及びその後の引き続いての入院が必要な場合の入院勧告又は命令の要否の判断を受けることになる。さらに入院が長期間に及ぶ場合においては定期的に、また当該判断や入院勧告・命令発動の前提となった諸条件が変化した場合においては随時に、厚生省(公衆衛生審議会伝染病予防部会)において、入院勧告又は命令継続の要否の再評価を行うことが必要である。
なお、原因不明の疾患で感染症が疑われる患者に遭遇した臨床医は、感染症及び関係分野の専門医と迅速、緊密に協議を行うことが重要であり、その後、「原因不明の感染症」と判断される場合には保健所長に届出ることになる。さらに、報告を受けた厚生省は速やかに都道府県、地方衛生研究所、保健所等と協力しながら、感染症の専門家(臨床医、基礎研究者、疫学者等)等を含めた対策チーム(以下「専門家による対策チーム」という。)による積極的な実態調査を行うことが重要である。実態調査の結果(感染力、病原体、感染経路、診断、症状、治療、予防、周囲への感染拡大状況等)を入院勧告又は命令を決定する際の参考とすることが考えられる。その際、原因不明の感染症としての判断の適正を担保するため、具体的に入院勧告又は命令を発動するに至った判断過程の公開を行うとともに、専門家による対策チームの調査結果を踏まえた上で、公衆衛生審議会伝染病予防部会の意見を聴くといった手続を盛り込む方向で検討すべきである。
また、「原因不明の感染症」については、専門家による対策チームの現地派遣による積極的な実態調査、患者の感染症指定病棟(床)への入院を如何に迅速に実行できるかが課題である。そのため、新しい法体系において「原因不明の感染症」の制度が設けられていることを全国の医療関係者等に事前に周知しておくことが重要である。
さらに、「原因不明の感染症」として入院勧告又は命令を行うに当たっては、予め明確化された要件に従って行政担当者が判断することになるが、感染症と疑われる原因不明の疾病が当該要件に該当するかどうかを判断することは容易ではない。その結果、行動制限の措置や注意喚起の情報提供を行う公務員が過大な権限行使をしたとして責任を追及されることをおそれて萎縮し、感染拡大を防止できないようなことが生じないようにすることが必要である。そのため、公務員が定められた手続に従って権限を行使し、故意又は重大な過失がない場合には、民事上及び刑事上の法的責任が生じないということについて、明らかにしておくべきである。

(6)感染症対策と危機管理

新しい法体系は、集団発生等の全ての想定される事態に単独法で完結的に対応するのではなく、むしろ、国・地方公共団体が関係機関と協力し、かつ、関係各法・各制度の連携を図って対応することが適当と考えられる。
ここで重要なのは、たとえ感染症が日常的には想定できないような形で発生した場合にあっても、患者・感染者に対してはその人権に配慮しながら良質かつ適切な医療を提供しつつ、全ての国民の安全・健康が守られるよう、危機管理の観点から対応できる法体系を構築すべきである。
日常的には発生が想定されない事態を例示すれば、
(ア)海外から大量の感染症患者が来航した場合、
(イ)地震、水害等により被災地で大規模な感染症の発生が危惧される場合、
(ウ)感染症の病原体が何らかの人為的な事故・犯罪等により大量に放出される場 合、
といった事態が挙げられる。こうした事態においては、新しい法体系のみにおいて危機に対応するのではなく、例えば出入国管理及び難民認定法、災害対策基本法、道路交通法といった法令との連携の中で、的確に感染症の発生・拡大防止を図ることが必要である。
具体的には、国の感染症予防の基本指針及び都道府県の感染症予防計画の策定によって、各分野の行政が国民、関係機関の協力を得ながら総力を挙げて危機管理に取り組む体制を整えることが必要である。そして実際に想定外の事態が発生した場合にあっては、国民に適切な情報提供を行いながら、指針・計画に沿った適切な対応により、感染症の拡大を阻止する必要がある。
なお、厚生省においては、平成9年3月に感染症健康危機管理実施要領を定めている。その中で、危機の段階に従って、例えば、感染症の全国的な発生の増加がみられ、緊急に対策を必要とする場合にあっては、関係省庁連絡会議の設置や、米国疾患管理センター又は世界保健機関への協力依頼を検討するといった対応を盛り込んでいる。

(7)医療費の負担のあり方

現行の伝染病予防法においては、法律に基づいて入院医療を受けた患者の医療費を公費負担としているが、その背景としては患者に対して確実に医療を受けさせる必要があったこと、伝染病に対する医療を強力に推進していくことが社会的に緊急の課題であったこと等が考えられる。一方、伝染病予防法と同様に感染症対策の関連法である結核予防法においては、平成7年に行われた法律の一部改正により、従来の公費負担の仕組みを一般の疾病の場合と同様に、まず医療保険制度を適用し、その基盤の上に公費による負担を組み合わせた仕組みに改正されている。これは近年の公衆衛生水準や医療水準の飛躍的向上、国民皆保険制度の整備と給付率の向上など公費を負担する前提となる諸環境が大きく変化したことが背景として挙げられる。
したがって、今回の感染症対策の見直しにおいても、医療保険制度の充実、伝染病院等の設置の実態、感染症患者に対する診断・治療方法等の進歩等の観点について検討すると、従来の公費負担の仕組みを改め、一般の疾病の場合と同様に、まず医療保険制度を適用し、その基盤の上に公費による負担を組み合わせた仕組みという結核予防法の取扱いに準じた内容に改正することが考えられる。この場合の医療費への公費負担の目的としては、個人の感染症予防、特に3号感染症及び4号感染症といった感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性が高い(極めて高い)感染症の患者の入院医療を支援し、その積み重ねを通じた社会全体の感染症予防に資することが基本となる。またこの結果生じた公費財源を有効に活用し、今般の感染症対策の見直しに的確に対応できるような対策を講じ、新しい時代の感染症対策を推進していく必要がある。

(8)動物由来感染症対策

近年、新興・再興感染症の問題の一つにエボラ出血熱、マールブルグ病等の動物由来感染症が挙げられているが、その背景として、(ア)航空機をはじめとした交通手段の発達による人間と動物の移動の増大、(イ)生活様式の多様化による感染機会の拡大がある。しかし現在、動物由来感染症について動物から人への感染防止を目的とした法律は、基本的に狂犬病予防法のみである。したがって、(ア)については、動物の輸入時における対策や侵入動物対策の強化、(イ)については動物由来感染症に関する国民への情報提供と実験用動物や愛玩動物などの多岐にわたる感染源になり得る動物からの感染防止対策について検討しなければならない。

(1)動物由来感染症の類型化

本委員会においては、まず動物由来感染症について、動物における各感染症の病原体の保有率、人への伝播率、人での発症率、人が罹患した場合の重篤性、治療方法の有効性及びその他の要因を総合した危害評価を行い、人への危険性からみた各動物由来感染症及び動物群の類型化を行った。

○エボラ出血熱、マールブルグ病等の人への危険性からみた重要性が極めて高い感染症を人に感染させるおそれの高い動物である霊長類(人を除く。)を第I群とした。

○ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト等の人への危険性からみた重要性が高い感染症を人に感染させるおそれの高い動物の中で、国内への侵入防止対策と撲滅対策が重要な齧歯類(ネズミ等)及び節足動物等の侵入動物を第IIa群とした。またこれらの感染症については、実験用、愛玩等に使用されるラット、マウス等の齧歯類についても人に感染させるおそれが高いが、侵入動物とは別の対策を講ずる必要があるため、第IIb群とした。

○狂犬病、クリミア・コンゴ出血熱等の人への危険性からみた重要性が高い感染症を人に感染させるおそれの高い動物の中で、他の群に属さない動物を第IIIa群とした。また犬については、狂犬病予防法に基づく総合的対策が整備されていることから、第IIIa群とは別の第IIIb群とした。

○腸管出血性大腸菌感染症、結核等の人への危険性からみた重要性がある感染症を人に感染させるおそれが高いが、と畜場法及び家畜伝染病予防法による対策が既に整備されている豚、牛等の偶蹄類や馬などの家畜を第IV群とした。

(2)各動物群についての考えられる対策例

現行の法体系においては、動物由来感染症の人への感染防止を目的とした法律が狂犬病予防法のみであり、サル等の動物に対して輸入時に安全性を確保するための方策の必要性が専門家の間で指摘されている。本委員会においては、第I群から第IV群までの動物に対して、人が動物由来感染症に罹患することを防止するための対策の検討を行い、以下にその結果を示したが、対策の実施が基本的に人の財産権に一定の制限を設けることになること、これまでの経緯や実状も踏まえる必要があることに留意すべきである。
第I群である人以外の霊長類については、エボラ出血熱、マールブルグ病等の人に対する危険性が極めて高い感染症の感染源となる可能性があり、米国、英国等においても原則輸入禁止の扱いをしており、我が国においても原則として輸入を禁止する方向で検討すべきである。但し、例外として、学術研究等の目的で輸入しようとする場合であって、輸出国における事前の健康診断の義務化と健康証明書の発行、輸入時における健康診断や国内の指定施設における一定期間の検疫、個体識別と移動先把握、取り扱う業者の認定、エボラ出血熱等の罹患動物発見時の緊急措置の発動等の対策が確保できる場合に輸入禁止を解除するという方法が考えられる。
第IIa群である齧歯類、鼠族・昆虫等は、一般的には船舶、航空機、貨物等に混入して感染症の汚染地域から国内へ侵入するおそれが高いものである。これらの動物については、港湾・空港地域等において、船舶、航空機、貨物等における発見及び駆除の対策強化が考えられる。第IIb群である学術研究等の齧歯類等については、病原体の保有実態の把握、輸入時の必要な規制等を含めて実状に即した対策の検討を進める必要がある。
第IIIa群である犬以外の狂犬病の自然宿主の可能性がある動物については、狂犬病常在地域からの輸入に当たっての狂犬病予防接種の有無の確認、必要に応じて一定期間の検疫を含む健康診断、ワクチン接種の義務化等の対策が考えられ、今後、現行の狂犬病予防法における取扱いとの調整を行う必要があると考えられる。同じ第IIIa群の中でも鳥類や希少愛玩動物は人への危険性からみた重要性が高い感染症を保有するおそれがあるが、現時点では実態が不明な点が多い動物である。これらの動物については、輸入実態の把握、病原体の保有実態調査等を実施すること等を通じて、汚染地域、感染動物種等の汚染実態が判明した場合は、一定の動物に対して必要な規制を行うことが考えられる。第IIIb群である犬については、狂犬病予防法に基づく対策を引き続いて行う必要がある。
第IV群である豚、牛等の家畜については、輸入時及び国内対策が畜産振興を目的とした家畜伝染病予防法による対応が図られている。また食用に供される場合であっても、と畜場法や食品衛生法による対応が図られている。したがって、現時点では新たな対策を必要とするものではないと考えられる。

(3)発生動向調査

動物においても、人の場合と同様に動物由来感染症の情報の収集・分析とその結果の国民への提供・公開が必要であり、侵入動物、輸入動物及び国内の動物について、動物由来感染症の発生動向調査を行い、その結果に基づいた必要な対策を講じることが必要である。
具体的には、(ア)国等が全数把握を必要とする届出、(イ)定点方式による抽出調査、(ウ)必要に応じて国立感染症研究所等の研究機関等が実施する積極的疫学調査が考えられるが、実施する場合の問題点と人への危険性の評価の衡量、実施可能性を含めて検討する必要がある。なお、実験動物施設における従事者など動物由来感染症に感染する危険性の高い動物取扱従事者については、定期的な健康診断、抗体保有状況等の調査の必要性と実施主体について検討する必要がある。

(4)施設整備及び人材育成

高度の病原性を有するエボラ出血熱等の新興感染症の原因になる霊長類(人を除く。)の輸入について、危機管理の観点からも、輸入空海港を限定し、これらの輸入空海港には少なくとも動物の一時収容施設の設置及び必要な人材の育成を図ることを検討する必要がある。

(5)知識の普及・啓発

動物が人に重篤な疾病を感染させる可能性があること、動物の種類によって人に対する危険性が極めて高い病原体を有している可能性があること、野生の動物による咬傷等で感染を受ける危険があること、危険な媒介動物の生息する地域に無防備で入らないこと等についての動物由来感染症に関する的確な情報及び知識を広く国民に提供することにより、人における動物由来感染症の発生・拡大を防止するべきである。

(6)動物取扱業者における対策

動物由来感染症の発生・拡大防止を目的としての輸入時の対策や動物取扱従事者の健康管理のためには、動物取扱業者を通じた施策の実施が有効である。したがって、安全な動物の流通と従事者の健康管理を確保するために、動物取扱業者について、認定・届出制度、動物取扱業者により構成される団体による業者の自主認証制度の導入等について、検討を進める必要がある。

(7)関係法令との調整

動物の感染症等を規制する法令には、現行では狂犬病予防法、と畜場法、食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律、家畜伝染病予防法、動物の保護及び管理に関する法律、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律等があることから、動物に対する対策を講じる際には、これら法令との調整を十分に図る必要がある。

5.新しい時代の感染症対策を推進していくための体制整備

感染症予防対策の機能的、効果的な実施を図ることができるよう、国、都道府県及び市町村においては、医師会等の医療関係団体や医療機関の関係者との協力のあり方を整理しながら、各々の役割を見直すことが必要である。また、各感染症情報の報告・相談、対策の指導・支援といった各般の連携を深めることが必要である。
また、平成9年4月に改組された国立感染症研究所及び新興・再興感染症の臨床面で知見等を有する国立国際医療センターの役割も期待される。なお、平成6年に法律改正のなされた地域保健法の中で、新たな地域保健対策上の位置づけを得た都道府県・政令指定都市設置の地方衛生研究所についても、期待される役割を明らかにすることが必要である。
さらに、感染症対策を総合的に進めていく上で、国内における感染症対策のみではなく、国外から国内への病原体の侵入防止対策が重要であり、その役割を担う検疫機能と国内防疫との連携を進めていくことが必要である。

(1)国と地方の役割分担

(1)国

国においては、国全体としての感染症対策の基本指針の作成、世界保健機関、米国疾患管理センター、開発途上国等との感染症対策に関する国際協力、感染症情報の収集・分析とその結果の国民への提供・公開を進めるとともに、感染症の集団発生や原因不明の感染症の発生に対応できる危機管理体制を確立する。
また、感染症指定病棟(床)の整備・運営への関与、感染症発生地域等への専門家の集中的派遣、集団発生時における周辺都道府県への協力要請、原因不明の感染症が発生した場合における、都道府県、地方衛生研究所、保健所等との連携を図った迅速・的確な対応体制の整備を進める。さらに、感染症対策の専門医、検査技師等の医療関係者の育成・研修は国立感染症研究所や国立国際医療センターの役割となることから、これらの機関の機能強化を図るべきである。

(2)都道府県

都道府県においては、二次医療圏域又は保健所圏域ごとの医療資源、市町村の感染症予防体制等を見渡せる立場にある。このことから、都道府県全体及び各二次医療圏域又は保健所圏域ごとの総合的対策を担うものと考える。具体的には、感染症予防計画を策定するとともに、感染症指定病棟(床)の設置について、都道府県が市町村と連携を図りながら医療体制の確保に努める必要がある。また、地方衛生研究所の感染症対策面における機能強化について、国(国立感染症研究所)、保健所との連携を図りながら進めることが必要である。
なお、政令指定都市、中核市、保健所設置市といった都市について、感染症予防に取組む組織・人材面の体制や広域的な対策を講ずる必要性といった観点から、都道府県に準じた取扱いとする業務の範囲を整理するとともに、都道府県とこれらの都市の相互の連携に留意する必要がある。

(3)保健所

保健所は、地域における感染症対策の技術的専門組織として市町村への情報提供・指導に当たるべき役割を担うべきであることは言うまでもない。新しい時代の感染症対策においては、従来より形式的には市町村の権限とされている患者の収容といった行動制限について、より専門的な知識・経験を有する保健所が感染症診査協議会の意見を尊重して判断を行い、必要な措置を講ずることを含めた地域における感染症対策の中核的機関としての位置づけを明確にすべきである。そのためには、管内における感染症患者の発生状況の把握と対策の立案、管内感染症情報の一元的把握といったことが前提となる。また、地域における感染症対策の中心となる保健所長その他の保健所職員は、感染症対策や食品保健に関する知識面、技術面での研鑽に、日頃から努力しておく必要がある。さらに都道府県においては、中期的な課題として保健所に疫学(特に感染症の疫学)の専門家を配置する等の取組みを進めることにより、実際に患者発生があった場合の必要に応じての積極的疫学調査を迅速かつ効果的・効率的に行えるように体制整備を進めていくことが期待される。

(4)市町村

市町村については、住民に最も身近にある一方、その規模によっては必ずしも専門知識を有する職員の確保が容易ではないといった実情もある。このため、基本的には、保健所からの助言・支援を得ながら地域に密着した清潔方法の指導と消毒の施行、鼠族・昆虫等の駆除、家用水の提供といった業務を中心に市町村の役割の範囲を整理する。

(5)国立感染症研究所

 国立感染症研究所は、平成9年4月に従来の国立予防衛生研究所から名称変更されるとともに、感染症情報センターや国際協力室の設置等の機能強化が図られるなど、我が国の感染症対策において疫学面・技術面の中心となる機関であり、地球規模化する感染症問題に対応するため、さらなる機能強化、関係機関との密接な連携が期待される。
 具体的には、第一に都道府県の感染症対策の技術的中心組織である地方衛生研究所との連携の重要性が挙げられる。この両者の関係は、情報の共有・人的交流によって段階的に構築されていくものである。したがって、国立感染症研究所においては、地方衛生研究所の職員を対象とした研修会の開催等を通じた知識・技術の移転と信頼関係の醸成に一層努めていく必要がある。
 第二に、感染症を引き起こす病原体はこれまでに数多く発見されており、さらに今後も新たな新興・再興感染症の出現が予想されている。このような広い範囲の感染症について、国立感染症研究所が全ての分野において最先端の知見を有することができるとは必ずしも限らない。したがって、国立感染症研究所は国立国際医療センターとの連携の下、研究協力機関として地方衛生研究所、大学等の組織の協力を得ながら我が国の感染症対策の技術的連携組織を構築していくべきである。さらに必要に応じて、重要な感染症について、国立感染症研究所は、国立国際医療センター、その他研究協力機関の専門家の中から総括担当者(仮称)等を定め、厚生省担当部局とともに国内外の各感染症の発生状況の常時把握、集団発生等の健康危機が発生した場合の現地調査等の迅速な対応を図ることができる体制の構築に努めるべきである。
 第三に、地球規模化する感染症問題に対応していくため、国立感染症研究所は、我が国の感染症対策にあたる研究機関及び国立国際医療センターをはじめとする国内関係機関とともに、海外の感染症研究機関等との情報交換、疫学調査研究等の研究協力、海外を含めた研究者の技術研修等の人的交流を通じて、国際的な感染症対策の連携体制の構築に努め、WHOの活動に協力する拠点として、感染症制圧に主導的な役割を果たしていくことが期待される。

(6)国立国際医療センター

 国立国際医療センターは、感染症その他の疾患について、適切な医療の確保のために海外における症例の収集その他国際的な調査研究並びに技術者の研修を行い、併せて医療に係る国際協力に関する調査研究及び技術者の研修を行うことを使命として、平成5年10月に設置されたものである。国際協力等を通じ海外における感染症事例の知見等を有していることから、我が国の感染症対策における臨床及び臨床に直結する先駆的研究の中心機関となることが期待される。
 具体的には、第三種感染症指定病棟(床)を整備して、4号感染症をはじめとする新興・再興感染症に対する医療を提供することが考えられる。さらに、感染症指定病棟(床)を有する施設の中心的施設として、医療従事者を対象とした研修会の開催等を通じた知識・技術の移転と相互の信頼関係の醸成を図ることが考えられる。
 このため、国立国際医療センターにおいては、我が国の感染症対策にあたる医療機関及び国立感染症研究所をはじめとする国内外の関係機関との適切な連携に努める必要がある。

(7)地方衛生研究所

 地方衛生研究所は都道府県、指定都市等における衛生行政の科学的かつ技術的中核機関として、関係行政部局、保健所等と緊密な連携の下に、調査研究、試験検査、研修指導及び公衆衛生情報等の収集・解析・提供の業務を通じて公衆衛生の向上及び増進に重要な役割を果たしてきているところである。具体的には、感染症分野に限らず地域保健、公衆衛生の広範な分野の業務を有しているが、本委員会は感染症分野における地方衛生研究所のより一層の活躍を期待し、いくつかの提言を行うものである。
 第一に、地域の感染症対策の中核的機関である保健所と密接な連携を図るとともに、国における国立感染症研究所の位置づけを参考にしながら、都道府県における感染症の技術的・専門的機関としての位置づけを明確に行い、期待される機能が十分に果たせるようにしていくべきである。
第二に、感染症発生動向調査について、都道府県における病原体・血清の感染症発生動向調査の中核的機関としての位置づけを明確に行い、患者の感染症発生動向調査との総合的解析を進める体制整備を図るべきである。その上で、国立感染症研究所をはじめとする関係機関との密接な連携を通じて、既知の各種感染症や原因不明の感染症の予防、早期発見、拡大防止等の役割を担っていくことが考えられる。
 第三に、地域に感染症の発生があった場合において、病原体の迅速・的確な特定は、患者への良質かつ適切な医療を提供する面で重要な意味を持つことは言うまでもない。しかし、感染拡大の防止を目的とした必要最小限で均衡のとれた行動制限を行う上において、患者・感染者の人権の尊重の面からも病原体の迅速・的確な特定は必要である。したがって、国立感染症研究所の協力のもと、自らの試験検査機能の向上に努めるとともに、地域の検査機関の資質向上と精度管理に向けての必要な指導が期待される。

(2)検疫機能の再構築と国内防疫との連携

 現行検疫法は、昭和26年に制定されたものであり、当時の一般的な海外からの入国手段である船舶及びその乗船者による病原体の国内への侵入阻止に重点を置いた規定となっている。また検疫伝染病として、国際保健規則(International Health Regulation、IHR)に準拠してコレラ、ペスト及び黄熱の3疾病が定められている。しかし、海外からの入国者数の増加、海外旅行の形態及び渡航先の多様化、航空機による迅速大量輸送時代の到来等、検疫を取り巻く状況は検疫法制定当時と比べて大きな変化を遂げている。したがって、病原体の国外から国内への侵入防止対策においては、感染者が症状の潜伏期間中に入国することもあることから検疫が単独で担うには一定の限界がある一方、海外渡航者(以下「渡航者」という。)の出国前から入国後までの総合的な健康管理、感染症予防の支援を通じた病原体の国内への侵入・拡大を防止するといった検疫に新しく求められている役割がある。
 新しい時代の感染症対策においては、感染症対策の総合的体系の中で検疫の再定義、位置づけを行った上で、各論的な検疫機能を構築していく必要があり、以下に具体的な提言を行う。なお、食品の輸入に係る取扱いについては、近年における国民の食生活の多様化、食品の国際流通の進展、食品の海外依存度の増加等の状況の変化を踏まえ、輸入食品監視業務の強化が図られている。また対応体制についても、昭和57年から食品等の輸入に際しての監視指導に関する業務を検疫所に統合するとともに輸入食品・検疫検査センター等の整備が進められている。したがって、今般の主な検討対象からは除外したが、今後の状況の変化に応じた機能の再構築・強化が求められる。

(1)目的及び機能の再整理

 新しい時代の感染症対策の一翼を担うために、検疫の目的及び機能の再整理が必要である。目的としては、国外からの国内への病原体の侵入・拡大を防止し、国民の健康保持に資することにあると考えられる。目的を達成するための機能としては、第一に国内における感染症対策の関連法と整合性のとれた検疫対象感染症の規定と連携のとれた一元的運用、第二に渡航者の出国前から入国後までの総合的な健康管理と感染症予防の支援が必要と考えられる。さらに、この機能を効果的・効率的に発揮していくために必要な要素として、危機の状況に応じて的確に対応できる弾力的な体制整備が挙げられるが、特にウイルス性出血熱等のこれまで日本国内では想定されなかった感染症の侵入の危険や海外での感染症の集団発生にも対応できるための体制の強化が必要である。

(ア)国内の感染症対策と整合性のとれた検疫感染症への再整理
 現行検疫法に規定されている検疫伝染病は、国際保健規則に準拠するコレラ、ペスト及び黄熱の3疾病であるが、現行伝染病予防法に規定された法定伝染病等との整合性が図られていない。国内において発生・拡大防止の必要な感染症は、国外から国内へ患者・感染者が入国する際にも発生・拡大防止が必要であり、入国時の適切な対応により、国内における適切かつ良質な医療の提供等の対策と連携のとれた感染症の発生・拡大防止を図ることが重要である。この観点からの検疫の対象となる感染症(以下「検疫感染症」という。)の抜本的な見直しが必要である。
本委員会は、感染症類型について1号感染症から4号感染症に再整理することを提言しているが、3号感染症及び4号感染症について検疫感染症として整理することが考えられる。
 まず、3号感染症については、入国時の健康相談等で疑似症適用感染症(例:コレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフス)の疑似症と診断された場合には、検疫所長による入院命令等によって国内への侵入・拡大を防止する必要がある。さらに検疫を通過し入国した者で、入国時に実施した検査の結果、当該渡航者が3号感染症の患者等であることが判明した場合にあっては、検疫所から保健所への連絡を新しい法体系の中で規定し、症状の有無の確認を含めた国内における迅速な対応につなげていくことが必要である。
 次に、4号感染症については、入国時の健康相談等で疑似症と判断された場合には、検疫所長による入院命令等によって国内への侵入・拡大を防止する必要がある。さらに検疫を通過し入国した者で、入国時に実施した検査の結果、当該渡航者が4号感染症の患者等であることが判明した場合にあっては、保健所への連絡を新しい法体系の中で規定し、国内における迅速な対応につなげていくことが必要である。
 また、3号感染症及び4号感染症に感染の可能性を想定して検査を実施したが、疑似症と診断されずに検疫を通過して入国した者について、検疫所と保健所の連携のもと、検査結果が判明した場合に速やかに連絡がとれる状態に保つことが求められる。
「原因不明の感染症」については、海外において「原因不明の感染症」の定義に合致する患者が発生し、当該患者と想定される者が入国してきた場合に国内法との整合性のとれた対応を図ることとする。
 2号感染症については、検疫感染症としての位置づけの必要はないが、入国者の希望等に基づいて入国時に実施した病原体検査の結果が陽性であった場合、入国者の了解を得た上で検査結果を保健所へ連絡し、入国者の健康管理をはじめとした国内における迅速な対応につなげていくことが重要である。
 なお、動物由来感染症対策として、輸入時における動物の検疫についても検討する必要がある。

(イ)渡航者の出国前から入国後までの総合的な健康管理、感染症予防の支援
 新しい時代の感染症対策は、個々の国民の感染症予防と良質かつ適切な医療の提供を通じた早期治療の積み重ねによる社会全体の感染症予防の推進を図るといった考え方に重点を置いたものである。検疫機能においても、従来の病原体の国外から国内への侵入を水際で阻止するといった発想のみではなく、渡航者一人一人の感染症予防の積み重ねで病原体の国内への侵入・拡大を防止するといった考え方を取り入れていくことが必要である。
 具体的には、第一に渡航者の出国前及び出国時において、渡航中の感染症の罹患・発病を未然に防止するために、渡航先で流行している感染症等についての情報を渡航者に提供することが必要である。第二に渡航者の入国時において、渡航中の健康不安を解消するとともに、必要に応じて入国後の自主的な健康管理を促すことを目的とした健康相談や必要に応じての検査(以下「健康相談等」という。)の実施、渡航していた先での感染症の発生・流行情報の提供が必要である。第三に日本国内では通常見られない希少感染症に感染・発病した患者を国内の専門医療機関へ誘導することが考えられる。これらの機能を効果的・効率的に発揮していくためには、普段より海外における感染症の流行情報等の情報収集、分析に努めるとともに、国内における感染症の専門家(臨床医、基礎研究者、疫学者等)、国立感染症研究所や国立国際医療センターをはじめとする専門的研究・医療機関との連携、情報交換が不可欠である。

(ウ)危機の状況・段階に応じた検疫機能の再構築・強化
 検疫の対象は、国内への侵入・拡大を防止すべき感染症の病原体であり、この意味において、検疫は常に危機に直面した対応が必要となる。しかし、国内への侵入が予想される感染症の種類と患者・感染者の人数を考えたとき、ウイルス性出血熱等のようにこれまで日本国内では想定されなかった感染症の侵入の危険性がある場合や世界の特定地域で特定の感染症の大流行が発生した場合において、普段の検疫体制とは異なった重大な危機に対応できる体制の確保が必要となる。したがって、諸外国の例も参考にした危機の状況・段階に応じた弾力的な検疫機能の再構築・強化が必要である。そのためには、第一に、海外における感染症による危機発生の情報を迅速かつ詳細に把握し分析できる体制の整備が必要である。第二に、普段の検疫機能では対応できない重大な危機が発生した場合に対応できる体制の整備が必要である。この対応体制については、検疫所の職員のみではなく感染症の専門家(臨床医、基礎研究者、疫学者等)の参加が考えられる。国立感染症研究所及び国立国際医療センターの機能を活用するとともに、海外からの入国者の93%が集中する4つの空港を中心とした整備を検討する必要がある。

(エ)衛生業務の強化
 鼠族・昆虫等の航空機や船舶に伴って国外から国内に侵入してくる動物等についての対策の強化が必要である。この問題は現在改正に向けての検討が行われている国際保健規則においても、対策の強化を位置づける方向で検討が進められており、重要な課題である。具体的な対策としては、鼠や昆虫を対象にした調査及び駆除、機内食や飲料水、汚水等の調査が想定されるが、国際保健規則改正の方向性・内容を踏まえつつ、検討を続ける必要がある。

(2)国際保健規則の改正への弾力的な対応

 現在、平成12年(2000年)からの施行を目途に改正作業が進められている国際保健規則の方向性を視野に入れて、今後さらに追加すべき事項があれば、必要に応じての追加措置を図るといった弾力的な対応が求められる。

(3)研究・研修の充実

 世界的に新興・再興感染症が問題となる中で、検疫・防疫に携わる者について、危機管理に対応できる専門性の確保を図っていくことが重要である。そのため、これらの者の研究・研修の充実等を行うことによる検疫所の充実強化のための方策について検討する必要がある。

(3)感染症対策における国際協力

 世界の各地においては、既に我が国では見られなくなったような感染症が現在でも猛威を振るっており、世界保健機関が把握した1995年の世界の全死亡者数の中で約33%が感染症によるものであったことが明らかにされている。一方、我が国から海外への渡航者は増加の一途を辿り、近年では年間1600万人を超える国民が海外へ渡航している実状を考えると、国民が海外で感染症に罹患する危険性はますます高くなっている。
 世界における感染症対策は、世界保健機関が主導するワクチン等による感染症根絶計画が中心であり、1980年の天然痘根絶は全世界の人々を天然痘の恐怖から解放した。またポリオ根絶計画によって近年中の西太平洋地域におけるポリオ根絶が期待されており、さらにマラリア制圧計画等の様々な根絶計画も現在進められている。我が国が、国際協力を通じてこれらの感染症根絶計画に貢献することは、我が国では既に見られなくなった感染症であっても、海外における国民の罹患の危険から解放するといった点で、長期的には我が国の感染症対策に結びつくことになる。新しい時代の感染症対策を考える上で、世界の感染症根絶計画に協力するといった地球規模の視点での感染症対策が求められている。
 なお、国際協力の推進に当たっては、国立感染症研究所と国立国際医療センターが国内の拠点となって、関係機関との連携の下、世界の感染症情報の効果的・効率的な収集に努めていくことが必要である。

6.新しい法体系のあり方

 新しい法律においては、現行の伝染病予防法及び各感染症予防関連法について、各規定の意義と課題について整理するとともに、法律の目的、人権の尊重と危機管理型の感染症対策といった今日的な課題を明確に位置づけ、課題への対応を図るためにどのように具体化していくかといった整理・検討が必要である。

 また、現行では、感染症予防に係る法律が各々の目的、適用の範囲、期待される機能をもって分立しているが、今後の法律案の作成に当たっては、個別の感染症に対する特別な法律を置くことが患者等に対する差別や偏見につながったとの患者等からの意見を踏まえ、また、新しい法体系に統合するとした場合に、各法の規定のうち、廃止統合が適当でないものがないかといった観点も踏まえ、整理を進めていくことが必要である。

 なお、法律の名称については、制度の目的が良質かつ適切な医療の提供を含めた感染症の予防であることから「予防」の用語を盛り込むべきであるとの意見がある一方、我が国の感染症対策の歴史的経緯を振り返ると「予防」の用語は適当ではなく、また、新しい法律は、良質かつ適切な医療の提供、人権の尊重等の広範な内容を含むことから患者・感染者に対する「医療、福祉」等の用語を盛り込むべきであるとの意見があったことを踏まえ、さらに法制的な観点からも検討していく必要がある。

7.おわりに

 本委員会は、これまで18回の公開審議を通じて、各検討項目の審議、関係団体等からの要望や意見書の検討、HIV訴訟原告等からの意見聴取等を行ってきた。また6月30日には「新しい時代の感染症対策(中間報告)」を公表することにより、審議の方向性についての一般国民、医療関係者、法曹関係者等からの意見を求めてきた。今般、これらの審議を総合し、可能な限り新しい時代の感染症対策が体系的かつ具体的に展望できることを目的に報告書のとりまとめを行ったものである。

 審議過程においては、伝染病予防法の全面改正を中心に、個々の国民に対する感染症の予防・治療に重点を置いた対策、患者・感染者の人権の尊重、感染症類型の再整理、感染症の発生を阻止するための危機管理の観点に立った迅速・的確な対応及び法体系の整備についての基本的方向・視点に基づいた議論が深められた。その結果、具体的な内容に言及できた点がある一方、さらに各論的に検討を続ける必要がある事項も残されている。これらの残された検討事項について、厚生省においては、今後具体的な法律案を作成する段階、法律成立後に政省令等を作成する段階等において、公衆衛生審議会伝染病予防部会に対して検討結果を報告され、意見を求められることを期待する。

 なお、公衆衛生審議会伝染病予防部会におかれては、本委員会からの報告書の提出の後にさらに必要な審議を行われ、最終的な意見書を厚生省に提出されることを期待する。

 最後に、本報告書をまとめる当たり、昨年10月の第1回委員会開催以降、委員会の場やその他の各般の場面において御意見・御協力をいただいた各分野の方々に対して、厚く御礼を申し上げるとともに、今後、我が国における新しい時代の感染症対策を構築し、実際に運用していくに当たり、幅広い観点からの意見・助言等をされることをお願いいたしたい。


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DEC. 8, 1997