予防接種法(平成6年10月改正)について


【はじめに】

 予防接種は感染症が流行することを防ぐ(社会防衛)だけでなく、予防接種を受けた個々人が感染症に罹患することを防ぐ(個人防衛)という重要な役目を担っている。これまで、予防接種は世界から天然痘(痘瘡)を根絶し、日本からポリオ(急性灰白髄炎、いわゆる小児麻痺)を一掃するなど感染症の根絶、流行防止に大きな成果を上げてきた。
 しかし、近年、生活環境の改善や衛生水準の向上、あるいは医療技術の進歩によって、重篤な感染症の発生は少なくなっている。また、稀れにではあるが、予防接種の副反応によって健康被害を被ることがあり、予防接種に関する正確な情報の提供、安全な予防接種を実施するための体制の整備、予防接種による健康被害者に対する救済措置の充実などがより強く求められるようになった。
 こうした社会状況の変化を踏まえ、平成5年12月に出された公衆衛生審議会の答申に基づき、平成6年6月に予防接種法は大幅に改正されることとなり、同年10月(一部は平成7年4月1日)から新予防接種法が施行された。

【予防接種法の概要】

 予防接種法は種痘、BCG等の予防接種を国が市町村長等に実施させるための法律として、昭和23年(1948年)に制定された。その後、結核の予防接種(BCG)に関する規定は結核予防法に移されたが、結核予防法における予防接種に関する規定は予防接種法に準じており、今回の予防接種法の改正と同時に結核予防法の予防接種に関する規定も改正された。
 予防接種の実施主体は市町村長であり、医師は市町村長からの依頼を受けて、補助者として実際に予防接種を行うが、予防接種は国の機関委任事務として行われるので、最終的な責任は国(厚生大臣)が負うこととなっており、接種医等に故意または重大な過失がない限り、接種医を含む個々の公務員の責任が問われることはない。なお、予算的には地方交付税により賄われている。
 なお、法に基づく予防接種については、定期の期間とともに、標準的な接種年齢が定められているが、この標準的な接種年齢とは、その時期に受けることが最も望ましいという意味であり、この時期を外しても定期の期間内であれば、予防接種を受けて差し支えない。ちなみに、予防接種法の対象疾病以外で、予防接種可能な疾病としては、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、A型肝炎、B型肝炎、水痘(みずぼうそう)、インフルエンザ、ワイル病、狂犬病、黄熱、肺炎球菌感染症がある。

【予防接種法改正の要点】

 平成6年改正は昭和51年(1977年)以来の大改正であるが、その主たる改正点は、これまで義務接種と言われてきた接種形態を勧奨接種に改めたことにある。
 従来、予防接種については、市町村に対して実施する義務、国民に対して接種を受ける義務が定められていたが、国民の義務については予防接種を受けるよう努めなければならないと改められた。既に、罰則規定については昭和51年の改正により削除されていたことから、従来も強制的な義務接種ではなく事実上の努力義務ではあったが、今回の改正により強制的な義務接種ではなく、努力義務であることが法文上も明記されることとなった。なお、市町村長の実施義務については従前どおりである。
 これにより、平成6年10月以降の予防接種は、予防接種法(BCGは結核予防法)に基づき市町村長が行う勧奨接種と、医療行為の一つとして医療機関が行う任意接種の二つのみとなり、義務としての予防接種は緊急時を除き存在しなくなった。また、従来、一般臨時の接種と言われていた接種形態は無くなり、予防接種法に基づく勧奨接種は、すべて定期接種として行われる。

【公衆衛生審議会からの答申】

 今回の法改正は平成5年12月になされた公衆衛生審議会の答申に基づいて行われた。この答申は平成5年3月に公衆衛生審議会に対してなされた厚生大臣からの諮問「今後の予防接種制度の在り方について」に答えるものであり、その要点は次のとおりである。

  1. 今後の予防接種制度については、国民全体としての免疫水準を維持し、国全体として感染症の発生を防止するとという面とともに、国民個々人の健康の保持増進を図るという面も重視するべきである。

  2. 予防接種は国の行政施策として国の関与と責任の下に実施するとともに、市町村等の地方公共団体においても住民の健康の保持増進のために推進に努めるべきである。また、国は広く国民に予防接種を受ける機会を提供するべきである。

  3. 今後の予防接種制度については、接種に際し予防接種を受ける個人あるいは保護者の意思を反映できる制度とする必要がある。その上で、国民は自らを感染症から守るために予防接種を受けるという認識を持ち、予防接種を受けるよう努める必要がある。そのためには、国及び地方公共団体は広報、啓発等の情報提供に努め、十分な勧奨を行う必要がある。

【改正の内容】

  1. 健康被害の救済を法の目的に追加
      予防接種による健康被害については、昭和52年の法改正より、これまでも予防接種法に基づく救済が行われてきたが、予防接種法は市町村長が行う予防接種の種類、時期、方法等の実施事務を規定する法律であるとの観点から、法律の目的には救済に関する文言は盛り込まれていなかった。しかし、予防接種による健康被害の救済は、今後とも予防接種を実施していく上で必要不可欠なものであることから、予防接種による健康被害の救済は国の責務として実施されるべきであるとの観点に立ち、「予防接種による健康被害の迅速な救済を図る」ことを法律の目的として追加することとなった。

  2. 健康被害救済措置の充実
      保健福祉相談員による定期的な訪問など予防接種健康被害者に対する保健福祉事業の推進を図るとともに、介護加算の創設、障害年金等の増額により、健康被害者に対する救済給付費の給付水準を大幅に改善した。

  3. 対象疾病、対象者の変更
      感染症の流行状況、感染時の重症度、予防接種以外の有効な予防方法の有無、効果的な治療方法の有無等の事情を個別に検討し、現在、予防接種法の対象とされている疾病のうちから、痘瘡(天然痘)、コレラ、インフルエンザ、ワイル病の4つを削除することとなった。また、三種混合ワクチンとして、予防接種が広く実施されている破傷風を予防接種法の対象疾病に追加するとともに、従来、中学女子のみであった風疹を乳幼児男女を対象とするよう改めるなど、各対象疾病の予防接種対象者も併せて見直された。

  4. 被接種者の責務の緩和
      予防接種については、いかに注意を払おうとも健康被害が生じるおそれがあるという特殊性を有することから、国民に義務を課して実施するのではなく、国民の理解と協力を求めて自覚を促すことによって、自ら進んで予防接種を受けようとの意思を国民各自が持つことが望ましいと考えられる。今回の改正においては、このような考え方に基づき、予防接種に関する被接種者の義務規定を、予防接種を「受けなければならない」から予防接種を「受けるよう努めなければならない」に緩和した。

  5. 安全かつ有効な予防接種を実施するための措置
      予防接種の効果や意義、予防接種を受けるときの注意などの正確で分かりやすい情報を国民に提供し、予防接種に関する知識の普及を図るとともに、安全な予防接種を推進するために接種医等の予防接種従事者に対する研修を行う。さらに、予防接種による健康被害に関する情報を詳しく集め、発生状況、原因等に関する調査を実施するとともに、ワクチンの改良や安全な実施方法についての研究を充実させる。

  6. 予診規定の格上げ
      従来、政令として規定されていた予診、問診に関する規定を法律の規定に格上げし、その重要性を強調することとなった。また、十分な予診、問診が行えるように、なお一層、個別接種を推進するとともに、医師が少ない等の止むを得ない理由により、1カ所に人々が集まって接種を受ける、いわゆる集団接種を行う場合にも医師による問診の時間を十分にとることとした。

  7. 個別接種の推進
      予防接種は、被接種者に感染症に対する免疫を獲得させるだけでなく、時に発熱、発赤・腫張、発疹等の副反応を生じさせることがあるだけでなく、ごく稀に死亡、重度の精神障害等の重篤な副作用が生じることがある。これまでも、こうした予防接種によって生じる副反応または副作用の発生をできるだけ少なくするために、被接種者の健康状態を普段から把握している、かかりつけの医師のところで、個人の健康状態について良く相談した上で予防接種を行う「個別接種」を推進してきたが、今後は「個別接種」をより積極的に推進する。

【最後に】

 今回の法改正により義務としての予防接種は緊急時を除き存在しなくなる。国は今後とも安全で有効な予防接種の実施と必要な情報の提供に努めるが、予防接種を受けるか否かの判断は国民各自に大きく委ねられることとなる。
 近年、予防接種の効果について疑問視する声とともに、我が国における患者発生数が減少したことから予防接種の必要性そのものについても疑問視する声が生じているが、国際的な視野から見れば、WHO(世界保健機構)が世界的な規模で予防接種の普及に尽力していることからも分かるように、感染症対策としての予防接種の重要性は変わらない。今後とも感染症の予防のために、医療関係者をはじめ国民各自の理解と協力を切にお願いする。
 なお、国が予防接種の実施体制について最終的な責任を負うこと及び、予防接種によって生じた健康被害の救済について実施者である市町村と共に誠意と責任を持って対応することについては従前と何ら変わりのないことを念のため書き添える。


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2003年04月02日