フィリピンの危険有害廃棄物

Angelita T.Brabante
環境・天然資源省
化学品廃棄物管理部部長環境管理局

1. はじめに

 300,000平方キロメートルの国土を誇るフィリピンは、東南アジアの商業の十字路として重要な戦略拠点となっている。アジア大陸の南東沖に位置するフィリピンは、北のルソン、南のミンダナオを筆頭に、約7,100の島々からなる。同国6,900万人の人口と1平方キロメートルあたり202人の人口密度に対し、高度な教育を受けた労働力の割合は高い。国語はフィリピン語であるが、英語が幅広く使われ、政治や商業上の言語となっている。

 貿易・商業・工業・教育・金融サービス・通信ならびに国政の中心はNCR(National Capital Region)である。ここは高度に都市化された区域で、人口密度も格段と高くなっている。人口はほぼ900万人で、総都市人口の28%を占めている。NCRとリージョン3(中央ルソン)、リージョン4(南タガログ)をあわせると、従業員10人以上の登録企業で、フィリピンにおける公式な産業活動の3/4を占める。また、小規模企業や個人事業者ぺ一スも重要で、大きな特徴のない非公式な経済活動がフィリピン全土で営まれている。

 NCRあるいはより一般的に知られているところのマニラ首都圏は、伝統的にフィリピンにおける産業の拠点として好まれてきた。これは歴史的事情や比較的良好なインフラ、通信設備、大規模市場への直接的なアクセスが整っていることを反映している。金融やその他のサービス、行政へのアクセスも付加的なメリツトとなっている。1980年代には、自動車組立、精油、肥料製造、製鉄、その他の強力な前後関係を持つ産業に対する投資を促進するため、政府が援助を行う時期があつた。

 その結果、マニラ首都圏には産業が過度に集中し、環境破壊がもたらされたため、開発者に対して首都圏外に産業の立地を奨励する政策が導入された。これがきっかけとなり、マニラ首都圏郊外の産業成長回廊地帯CALABARZON、石油化学開発区(Petrochemical Development Park)、旧米軍基地のスービツク・フリーポートおよびクラーク特別経済地区、その他輸出加工区が整備されることとなった。

 同国全体としては、ハイレベルな産業成長率が見込まれている。ただし、この成長率はマニラ首都圏以外の成長を重複している。セブ、カガヤンデオロ、ダバオをはじめとする南フイリピンではエ業化が始まっている。

2. 有毒有害廃棄物に関する法律

 フィリピンは広範な環境問題に悩まされており、その多くは少なくとも過去の産業活動によりもたらされたものである。1992年、産業効率および汚染管理プログラム(Industrial Efficiency and Pollution Control [lEPC] Programe)は、大量の有毒・有害廃棄物が未管理の埋立地に不適切に処分されていたり、河川や空き地に投棄されており、それによって特にマニラ首都圏を中心に深刻な環境問題が引き起こされていることを明らかにした。当時、このようにして環境に放出された有害廃棄物の量は年間で溶剤廃棄物が2,000立方メートル、重金属・伝染性廃棄物・生物汚泥・潤滑油・処理不能廃棄物が22,000トンに上ると見られていた。

 1990年以前のフィリピンの環境法律は、大統領令984または公害管理法(Pollution Control Law)であり、有毒・有害廃棄物に関する具体的言及はほとんどなく、一般的には広範な環境ネットワークの範囲で廃棄物の管理を行うとしていたにすきない。有毒物質、有害・核廃棄物管理法(The Toxic Substances Hazardous and Nuclear Waste Control Act)(共和国法 RA 6969)は、有毒化学薬品および有害廃棄物の管理に関して、数多くの政策表明を行っている。具体的には、RA 6969の施行規則であるDENR行政令第29号のセクション24は、特に有害廃棄物に関する5つの重要政策を定めている。

  1.  有害廃棄物の国内持ち込みは通過を含めて禁止。
  2.  無害化・不活性残留物の埋立のため廃棄物抑制、リサイクル、再利用による有害廃棄物の区分制度の確立。
  3.  有害廃棄物が国民に対する公害及び危険、動植物に対する危害をもたらさず、環境の有効利用を制限することがないよう有害廃棄物の管理を義務づける。
  4.  有害廃棄物排出者に対して適切な管理および処分の責任を徹底。
  5.  有害廃棄物排出者に対して適切な保管・処理・処分のコスト負担を義務づける。

3. 産業活動によってもたらされる固形産業廃棄物の現状

 産業廃棄物全般および特定の有害廃棄物に関する信頼性の高いデータの作成は困難かつ時間のかかる作業である。その理由として、データの精度、技術的な複雑さ、対象となる廃棄物のタイプや発生源の多様性があげられる。
 したがって、DENR行政令第29号は、廃棄物排出者に対して1993年から、排出する廃棄物のタイプと量をDENRに登録した上で、1996年には最初の年次報告書を、その後1998年からは年4回の報告を義務づけている。有害廃棄物に関するデータ収集は、情報の質と量が時間の経過とともに充実することから、必然的にインタラクティブ(対話的)なプロセスとなる。また、マニフエスト制度がさらに積極的に導入されることになれば、報告されたデータの精度についてもチェックが促されることになる。

 廃棄物排出者の登録は全国的に適用されるが、本論文で取り上げるデータは主に登録書式、独自の調査データ、有毒・有害廃棄物管理プロジェクト(1997年)における推定に基づくものであり、初期確認が始まったマニラ首都圏ならびにリージョン3&4に集中している。少なくとも135社、353の廃棄物排出経路を含む同地域では、推定廃棄物発生量は年間62,593トンに達すると見られている。

 業種別には、食品・飲料・たばこ部門(PSIC31)と化学部門(PSIC35)が主な有害廃棄物排出者であり、エンジニアリング部門(PSIC38)の存在も見逃せない。同様に、廃棄物の種類で調査データの内訳を見ると、アルカリ性廃棄物と腐敗性の物をあわせると全体のほほ49%を占めている。酸、無機化学製品、廃油はそれぞれ14%を占めている。こうしたデータが限定的なのは、廃棄物排出者登録に関する回答が乏しいためである。
 業種および廃棄物の種類で登録された有害廃棄物の相関関係から、数多くの重要な廃棄物排出経路が明らかになった。ただし、サンプルの規模が小さいため、これらの数字の使用にあたっては注意が必要である。

食品・飲料部門からの腐敗性廃棄物     11,777トン/年
化学部門からのアルカリ 7,275トン/年
製鉄部門からの無機廃棄物 6,557トン/年
工学部門からの酸 6、440トン/年
食品・飲料部門からの油 6,262トン/年

 各種産業から排出される現在の廃棄物は、雇用要素をもとに算出されており、報告されていないその他の発生源をも考慮している。これには、病院の廃棄物、アスベスト、一般汚泥、および一般固形廃棄物が含まれる。下水処理および浄化槽から排出される汚泥は、重金属やその他の有害成分を含むものと考えられる。一方、一般固形廃棄物は有害物質を含んでいるが、正しく分別するか、別に扱うことによって一般ゴミや固形廃棄物によってもたらされる危険を抑制することができると考えられる。

 これらふたつの要素を考慮した上で、経済指標に基づく予測値と一致する総有害廃棄物排出量は年間232,306トンである。これによって4大製造部門が明らかになる。それは、化学(48,929トン/年)、食品・飲料(40,829トン/年)、繊維(41,143トン/年)、およびエンジニアリング(17,642トン/年)である。重要な廃棄物は、アルカリ(37,736トン/年)、固形廃棄物(31,449トン/年)、油(30,553トン/年)、および腐敗性の物(29,161トン/年)である。主に医療関連の廃棄物およびアスベストの推定排出量に基づくその他雑多な廃棄物の量(26,161トン1年)も見逃せない。

4. 他国から国境を越えて移動する固形産業廃棄物の現状

 フィリピンは、国境を越える有害廃棄物の動きを監視することを目指したバーゼル条約の加盟国である。この条約の主目的は、先進国から適切な処理・処分設備を持ち合わせない開発途上国に向けた有害廃棄物の輸出、ならびに違法な廃棄物投棄を防止することにある。バーゼル条約の実施の根幹をなす原則は「事前の告知に基づく同意」である。これは、廃棄物は受け入れ国の同意がなければ輸出できないことを意味する。次に、廃棄物の性質を完全に理解した上で同意が得られなければならず、受け入れ国は廃棄物の処理・処分設備を有していなければならない。ある国から通過国、受け入れ国へと送られる廃棄物の輸送には適切な文書情報を添付する必要がある。

 有害廃棄物を処分用に輸入することは共和国法6969で明確に禁じられている。ただし、経済的価値のある素材については、環境天然資源省(Department of Environment and Natural Resources :DENR)が1994年に、有害物質を含むリサイクル可能な素材の輸入に関する中間指針となる行政令第28号を発令している。それによると、すべての輸入業者の登録が義務づけられており、これには輸入素材の種類や量、輸入の正当な理由、取扱方法、リサイクル.回収担当企業等を詳細に記した書類の提出が伴うこととされている。こうした素材を環境に適した方法でリサイクルする能力が受け入れ企業側にあることを確認するために検査が行われる。

 また、出荷毎に輸入許可が求められる。輸入が認められるリサイクル可能な素材の当初のリストには、鉛酸バッテリーをはじめとする鉄スクラップ、固形プラスチック材、電子部品、製品・スクラップ、廃油が含まれている。リサイクル可能な素材が有害素材を含まないことを確実にするため、一定の制限条件が定められている。現在までのところ、少なくとも23の認定輸入業者が存在し、1994年以降少なくとも132件のリサイクル輸入許可が発行されている。

5. 今後必要とされる固形産業廃棄物処理技術

 DENRは、THWをより効率的に管理するために広範な技術オプションを明らかにするとともに、定量的な評価を行っている。そうしたオプションに含まれるものとしては次の名号がある。

  1.  政策順位においては廃棄物の削減が最優先される。廃棄物削減にはクリーン技術とクリーン製品の利用、広範な廃棄物抑制度術の応用、ならびに同一工程もしくは工場における廃材の再利用が含まれる。

  2.  廃棄物回収には廃棄物の回収、リサイクル、オフサイト再利用が含まれる。再利用の概念は「ある人の廃棄物は別の人の原材料である」とする政府の廃棄物交換プログラムに盛り込まれている。回収には、価値ある特定成分を回収するための廃棄物処理が含まれる。また、リサイクルの場合、廃棄物は利用価値のある別の異なる素材に加工される。

  3.  オンサイト・オフサイト両面での廃棄物処理および処分最も一般的な処分方法は、埋立であるが、現存する衛生的な埋立地は家庭および一般廃棄物用に確保されている。他の州では、埋立地は単なる投棄場所にすぎず、有害物質はもちろん産業廃棄物を扱う設備すらない。既存の処理設備の利用は明らかに当該設備の利用可能性によって制限される。既存の埋立サイトは原則的に有害廃棄物の処分に使われることになろう。

  4.  オンサイト廃棄物保管は、企業にとってより一般的な廃棄物管理の形態である。ただし、これについては明らかにサイト固有の事情があり、スペースの利用可能性と技術的・経済的理由の両方に左右される。最終的な容量は決定的に限定されている。

  5.  保管は、特に政府によって短期オプションのひとつと見られている。多くの廃棄物は中央の処理施設が利用できるまで保管される必要がある。保管オプションには廃棄物排出者によるオンサイト保管、既存の廃棄物施設あるいは利用可能な倉庫、例えば精油所の貯蔵タンク、石油貯蔵庫、その他の処理工場における保管、および有害廃棄物専用保管施設の建設がある。

  6.  フィリピン政府は広範な調査を受けて長期解決策として廃棄物排出者が利用できる大型で工業用の中央処理施設の確立を検討している。同施設は様々な廃棄物の取扱いが可能で、物理的・化学的・生物学的処理を統合するとともに、焼却設備や最終処分用の有毒・有害廃棄物専用埋立地を併設することが望まれる。同施設は年間170,000トンの廃棄物を処理能力を持たせるだけでなく、予想されるフィリピン経済の急速な成長に見合った将来の拡張性を考慮して設計されるべきである。

 長期的には、中央処理施設は多数の小型・特殊処理施設よりも多くのメリットをもたらすはずである。これは、オンサイト処理や集合施設の残留物をはじめとする様々な廃棄物の処理や処分が必要になるためである。バラエティに富んだ廃棄物の取扱いは、数多くの処理/処分オプションが利用できる大規模な中央処理施設の方が効果的である。またその方が廃棄物の取扱量に関してもより高い柔軟性をもたらし、監視も容易になると考えられる。このような有毒・有害廃棄物中央処理施設が環境浄化の動きの礎石となることが望まれる。

6. まとめ

 有害産業廃棄物の管理は技術的要求が厳しい分野であり、フィリピンにおいては関連実績は現在も蓄積中である。また、現状では最優先課題のひとつである共和国法6969を実質的かつ完全に施行する必要もある。この点に関しては、次のような実施面でのギヤツプが明らかになっている。

  1.  関係者全員を対象に有害廃棄物管理に関する政府の政策および規制を理解させるための政策・法律研修。これには、実施を支援する、特に地方自治体単位の重要政府機関の明確化が必要となる。

  2.  処理・保管・処分施設に関する最低限の規格・基準は設けられているが、産業界に実施手順やプロセスを理解させるために、さらにサイト許可手順・サイト検査手順を定める必要がある。

  3.  有害廃棄物の一貫管理に関するマニフェスト制度が全面的に実施される必要がある。これは、認定輸送業者や中間保管場所、処理・処分施設の利用可能時期のリスト作成を意味する。

  4.  廃棄物の適切な分析・確認のために必要な設備の取得をはじめとする有害廃棄物に関する研究・分析能力を酸化する必要がある。

 有害産業廃棄物の問題は、今やフィリピン全土、特にマニラ首都圏において重大な課題となっている。減少し続ける水資源の汚染といった環境衛生問題に拍車をかけるばかりでなく、不適切な廃棄物管理は漁業や農業、観光といった分野にも多大な影響をもたらしている。法律制度は解決策のひとつにすきない。西暦2000年の同国の工業化目標達成を妨げないないためにも適切な処理・処分施設を利用できる状態にしなければならない。


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2000年07月06日