平成13年4月10日

日本外科学会
日本消化器外科学会
日本小児外科学会
日本胸部外科学会
日本心臓血管外科学会
日本呼吸器外科学会
日本気管食道科学会
日本大腸肛門病学会
日本内分泌外科学会
日本形成外科学会
日本救急医学会

診療に関連した「異常死」について

  1. 医師法第21条の「異常死」について

 近年、多くの医療機関において、患者の取り違えや投薬ルートの誤り、異型輸血などの極めて初歩的な注意義務を怠った明らかな過失による医療過誤が起こり、患者のかけがえの無い生命を犠牲にし、また、重大な健康被害を与えてしまったことは、広く報道されたところである。
 医療従事者の一人一人は深くその責任を自覚するとともに、このような現実を真摯に反省し、徹底した事故予防対策に取り組まなければならない。
 医師法21条は、医師が異常死体を検案した場合に24時間以内に所轄警察署へ届け出るべき義務を規定しているが、その趣旨は、犯罪捜査への協力にあり、これらの医療過誤事件についても、医師には届出義務があると考えられる。

 その一方、今日医療過誤として提訴される事件の中には、稀な疾患であるため診断に時間を要した場合や、高度で困難な治療が不成功に終わった場合なども含まれているが、これらについては、提訴手続の過程における専門的な文献の検討や鑑定を経て、はじめて過失の有無の判断が可能になる。
 もとより、医師は、刻々と変化する目前の患者の病態に応じて相当と考えられる医療措置を行うものであり、当初から結果が明らかなわけではない。
 特に、外科治療の中心となる手術は、患者に一定の侵襲を加えることによってはじめて成り立つ治療であり、同様の手技を行っても必ずしも全ての患者が改善するとは限らず、一定の頻度では、かえって患者の生命や身体を危険に晒す結果となる不確実性を避けることができない。
 現在では、有効な治療法の無かった疾患の治癒や改善、たとえば心臓を停止させて心臓を切り開いて処置を行う心臓外科手術や、肝臓を全て摘出して提供者の肝臓の一部で置換する肝臓移植手術、あるいは隣接臓器や大血管へ浸潤した進行癌に対する根治的合併切除手術などが可能となり、全国各地の医療機関で行われるようになり、国民福祉の増進に大きく寄与している。
 このような大手術において望ましくない結果が発生すれば、患者が死亡する危険性があることは、十分に予期されているのであるが、それを上回る利益を患者にもたらし得る可能性があるので行われる。
 そのため、医師は、手術を受ける患者やその家族に対して、手術の目的や死亡を含む予期される危険性の内容と程度、手術を行わない場合に考えられる他の治療法や疾患の予後などについて、十分な説明を行い、患者や家族の同意を得なければならないのである。

 このような外科手術の本質を考慮すれば、説明が十分になされた上で同意を得て行われた外科手術の結果として、予期された合併症に伴う患者死亡が発生した場合でも、これが刑事事件として違法性を疑われるような事件となるとは到底考えることができない。
 過誤があったかどうかは、専門的な詳細な検討を行って初めて明らかになるものであり、まさに民事訴訟手続の過程において文献や鑑定の詳細な検討を経て判断されるのが相応しい事項である。
 したがって、このような外科手術の結果として発生した患者死亡は、医師法21条により担当医師に所轄警察署への届出義務の生じる異常死であると考えることはできない。
 仮に、このような患者死亡についてまでも、警察署への届出が義務付けられ、刑事被疑事件として捜査の対象とされるのであれば、遺族との信頼関係が破壊されて誤解を生み、無用な混乱が起こることが強く懸念される。
 そうなれば、患者死亡を生じる危険性のある侵襲の大きな手術を外科医はできるだけ回避する傾向となり、手術を受けるならば回復の可能性がある数多くの患者が、手術を受ける機会を喪失し、ただ、死を待たなければならないことになってしまう。
 われわれは、このように外科医が萎縮して持てる技術を発揮できなくなり、その結果国民福祉が後退してしまう事態は、絶対に避けねばならないと考える。

 日本法医学会が平成6年5月発表した「異常死」ガイドラインでは、「診療行為に関連した予期しない死亡、及びその疑いがあるもの」を「異常死」に含めるとして、「注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡、診療行為自体が関与している可能性のある死亡、診療行為中または比較的直後の急死で死因が不明の場合、診療行為の過誤や過失の有無を問わない」とされている。
 このガイドラインは、一つの考え方として、参考資料として、作成されたものであるが、作成主体であった同会教育委員会においては、委員間でもかなり意見の相違があり、特に医療行為関連の事例については議論があったとされている。

 われわれは、現実に医療現場で患者に接して診療する臨床医の立場から、診療行為に関連した「異常死」とは、あくまでも診療行為の合併症としては合理的な説明ができない「予期しない死亡、及びその疑いがあるもの」をいうのであり、診療行為の合併症として予期される死亡は「異常死」には含まれないことを、ここに確認する。
 特に外科手術において予期される合併症に伴う患者死亡は、不可避の危険性について患者の同意を得て、患者の救命・治療のために手術を行う外科医本来の正当な業務の結果として生じるものであり、このような患者死亡が「異常死」に該当しないことは明らかである。
 われわれは、このことを強く主張するとともに、国民の理解を望むものである。

  1. 中立的機関の設立への要望

 医療過誤事件における患者の被害は速やかに救済されなければならない。また、医療過誤事件の急増する今日、同様の事件の再発を防止するために可能な方策が尽くされなければならない。
 われわれは、患者死亡が発生した場合だけでなく、医療過誤の疑いがある患者被害が発生した場合には、広く医療機関や関係者からの報告を受け、必要な措置を勧告し、さらに、医療の質と安全性の問題を調査し、国民一般に対し、必要な情報を公開していく新しい専門的機関と制度を創設するべきであると考える。

 しかし、診療行為における過失の有無の判断は専門的な証拠や資料に基づき公正に行われる必要があり、捜査機関がこれに相応しいとは考えることができない。
 学識経験者、法曹及び医学専門家等から構成される公的な中立的機関が判断すべきであり、かかる機関を設立するための速やかな立法化を要請する。


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2001年04月16日