これからの患者給食と院外調理


1 今日の患者給食に求められるもの

 病院において患者等が喫食する食事(以下「患者給食」という。)は、治療の一環として、医療機関が責任を持って提供すべきものである。これは、患者給食を外部業者に委託した場合であっても同様である。また、患者に提供される食事は、療養上必要な質を満たしていることが当然の前提でもある。
 一方、今日の病院においては、患者に提供するサービスについても、単に病気の治療のみを行えば足りるという状況から、患者のニーズに応じた多種多様なサービスが求められるようになっている。また、単にサービスの種類を増やすだけでなく、今まで以上にサービスの質の向上が求められるようにもなっており、病院はできる限り幅広い選択肢の中から、患者サ−ビスの向上に繋がるものを選択することが必要となっている。
 患者給食についても、単に治療の用に供するための食事を提供するだけではなく、多種多様な患者のニーズに応えるための一つの手段として、院外調理を含む患者給食の外部委託を認める必要が生じてきた。
 これまで戦後50年余りの間、患者給食については、調理から配膳までのすべてを衛生面での配慮が行き届いた病院内の施設で行うこととされ、病院外の調理加工施設を使用すること、いわゆる院外調理については、主として搬送時の衛生面での問題から原則としてこれを禁じていた。
 しかし、昨今の調理加工技術の進歩、衛生管理技術の向上によって、病院外の調理加工施設であっても適切な衛生管理が行われているところが出現するようになり、病院内の施設で調理することにこだわる必要は乏しくなりつつある。また、クックチル等の新しい調理方式の登場により、栄養面のみならず、衛生面でも安全性が保てる見通しとなったことから、平成8年3月26日に医療法施行規則の一部が改正され、病院における患者等への食事の提供の業務のうち、調理についても病院外において実施できることとなった。
 なお、これは政府の規制緩和推進計画(平成7年3月31日閣議決定)に基づく措置でもある。

2 院外調理に対する厚生省のスタンス

 院外調理は、患者サ−ビスの向上、すなわち病院における患者給食の質の向上のための一つの手段ではあるが、決して万能ではない。院外調理が直ちに患者給食の質の向上に繋がるという期待も一部にはあるが、たとえ、院外調理を導入しても、それだけで直ちに患者サ−ビスが向上するものではない。
 患者サ−ビスの向上は、病院の施設、設備、人員等を総合したシステムとして医療を考えて取り組んでこそ、初めて達成されるものであり、病院の機能の一部である患者給食のみを取り出して、これを院外調理にしただけで得られるものではない。
 厚生省としても院外調理の導入により、患者給食の質が向上することを大いに期待しているが、院外調理の導入によって直ちに患者給食の質が向上するとは決して考えていない。また、院外調理による患者給食の外部委託を積極的に推進する意図はなく、あくまでも患者サービスを向上させるための一つの手段として、病院が院外調理を行うことを認めることとしたものである。
 なお、院外調理は衛生管理等において、従来の学校給食等よりも一段と厳しいものが要求されるため、当初は技術的な制約から参入する業者は限られてくるものと思われる。また、病院側も院外調理を行うためだけに、既存の施設、設備を大きく変更することは難しいので、直ちに院外調理を導入するとは考えがたく、院外調理が一気に普及するとも思えない。
 しかし、病院直営による患者給食において、十分に患者が満足できるだけのサービス向上が図れない場合には、自然な流れとして院外調理による外部委託が進むものと予想している。

3 院外調理と保険診療

 平成8年4月からは院外調理による患者給食についても、保険診療として認められることとなり、保険医療機関は院外調理を導入した場合でも入院時食事療養費等を請求をすることができるようになった。ただし、後述するように、衛生面での安全性を確保するため、院外調理においては、原則としてクックチルまたはクックフリーズに限るとしたために、特別管理加算、いわゆる適時適温加算は認められないこととなった。
 この点について、詳しく説明すると、入院時食事療養(T)を算定するに当たっては、医療機関における療養の実態、患者の希望等を勘案して、「適切な時間に適切な温度の食事が提供されている」ことが必要とされている。従って、単に「適切な時間に適切な温度の食事が提供されている」だけでは、特別管理加算は請求できない。
 特別管理加算の請求が認められるのは、この入院時食事療養(T)の条件を満たした上で、さらに上乗せとして、@常勤の管理栄養士(病院の職員に限る。違法な派遣職員や受託業者の職員は認められない。)が配置され、A夕食が午後6時以降に提供されており、B保温・保冷配膳車、保冷配膳車、保温トレイ、保温食器、食堂のいずれかを用いて、入院患者全員に適温の食事を提供する体制が整っている場合に限られている。この際、「電子レンジ等で一度冷えた食事を温めた場合は含まれない」こととされており、調理直後の食事をそのまま直ちに提供することが求められている。
 従って、院外調理に限らず、たとえ院内調理であっても、クックチルまたはクックフリーズによる食事の提供は、「一度冷えた食事を温めた場合」に含まれ、特別管理加算は認められない。

4 患者等の食事の提供の業務に関する基準の概要

(1)衛生面での安全確保

 食中毒等、食品に起因する危害の発生を防止するため、食事の運搬については、原則として、冷蔵(3℃以下)若しくは冷凍(−18℃以下)状態又は細菌が増殖しない温度(65℃以上)を保つ必要がある。ただし、例外的に、調理加工施設が病院に近接している場合には、クックサーブも認めることとしている。しかし、昨今、学校給食等において、食中毒事故が頻発している状況に鑑み、当面、病院に併設する老人保健施設及び特別養護老人ホームの給食施設を利用する場合に限定する方針である。
 なお、クックチルについては、既に病院内の給食施設を用いて、病院職員により実施されている例もあり、調理師等の作業量の軽減、早朝・深夜・休日出勤の減少、休暇取得の増加等のメリットが明らかとなっている。

(2)HACCPによる適切な衛生管理の実施

 委託であるか否か、院外調理であるか否かに関わらず、患者給食においては、通常の飲食業や集団給食よりも厳しい衛生管理が行われ、常に適切な衛生管理が行われている必要がある。特に院外調理により大量調理を行う場合については、食中毒の大量発生等も危惧されることから、より厳密な衛生管理が求められるものである。これらの点を踏まえて、特に院外調理においては、患者給食に係る施設、設備、食器の管理を含めて、HACCP等に基づく適切な衛生管理が行われ、衛生状態が常に良好に保たれている必要がある。
 なお、通常、市販されている冷凍食品等の調理加工済食品を使用することについては、従来から食材の購入として認められていたものであり、この取扱いについては特に変更はない。ただし、食品メーカーがある特定の病院専用に冷凍食品などを製造する場合には、これは食材の購入ではなく、院外調理による業務委託に該当すると考えられる。
 また、HACCPによる衛生管理は、院外調理に限らず、すべての患者給食について、本来、求められるべきものである。しかし、現実的な問題として、中小企業も多い患者給食業者や中小病院に対して、直ちにHACCPによる衛生管理を求めることは困難との認識に基づき、当面、院外調理を行う調理加工施設について、HACCPによる衛生管理を求めることとしている。

(3)食品衛生法との関係

 院外調理により患者給食を行う場合において、病院外の調理加工施設(セントラルキッチン)については、食品衛生法に基づく営業の許可の対象になると考えられるので、同法により定められた施設、設備基準を満たす必要がある。また、病院内の給食施設(サテライトキッチン)については、従前同様医療法による設備、構造基準が適用される。
 なお、院外調理については、食中毒の発生を防止する観点から、主として衛生面の安全を確保するために、製造管理、品質管理等のソフト面について、別途ガイドラインも示しているので、十分に参考にして欲しい。

(4)受託責任者

 受託責任者として、従事者の人事・労務管理、研修・訓練及び健康管理、業務の遂行管理、施設設備の衛生管理等の業務に責任を負う者の配置を義務づけている。ただし、受託責任者に対して、特定の講習を受講するよう求めることはせず、別途示された科目、カリキュラム等に従って、必要な知識及び技能を修得すれば、良いとされている。

5 患者給食の継続的な提供

 患者給食については、その業務の特殊性にかんがみ、継続的な提供が重要であることから、病院及び患者給食業者は患者給食の継続的かつ安定的な提供に最大限の努力を行う必要がある。特に、患者給食においては、食中毒の発生により、患者給食の遂行が困難になるということはあってはならないことであり、厳に衛生管理を徹底すべきである。
 また、一つの院外調理加工施設が複数の病院の患者に食事を提供する院外調理においては、その調理加工施設において、火災、食中毒等の事故が発生した場合には、食事の提供を受けている病院すべてが影響を被り、従来よりも多数の患者が影響を被ることになる。従って、病院外の調理加工施設においては、従来の病院内の給食施設よりも衛生面等における基準を厳しくし、事故の発生を未然に防止しなければならない。
 こうした事故防止の努力と共に、万が一、事故が発生した場合に備えて、業者は予め事故発生時等の緊急時の対処方法等を定めたマニュアルを作成する必要がある。さらに、何らかの事由により、患者給食業者が当該業務を遂行することが困難となった場合に備えて、患者給食が滞ることがないよう病院等は必要な措置を講じておくことが求められる。この場合の必要な措置としては、院外調理を行う場合にあっては、例えば、複数の調理加工施設を有する患者給食業者と業務委託契約を結ぶこと、複数の患者給食業者と業務委託契約を結ぶこと、あらかじめ代行業者を定めて代行契約を結ぶこと、病院が自ら調理を行うことができる施設及び人員を確保しておくこと等が考えられる。いずれにしても、特定の団体等による代行保証等を求めることはしていない。

6 院外調理の未来

 日本において、院外調理は根付くのであろうか。
 平成8年8月の時点では、病院経営者が別会社を設立し、給食部門を病院経営から切り放すといった一部の例外を除いて、今年度中に院外調理による患者給食の実施を予定している企業は見当たらないようである。院外調理加工施設を新たに設けるには相当程度の設備投資が必要と考えられることから、実際に院外調理による患者給食を行うことができるのは、ある程度の規模を持つ業者か、既に既存の調理加工施設を有している業者になるものと考えられるが、大手の患者給食業者の多くは院外調理を行わないか、たとえ行ったとしても、既存の冷凍食品メーカー等との提携を前提とし、自社設備として新たな調理加工施設を建設する予定はないようである。また、患者給食以外の給食業務等を行っている企業も、今のところ検討段階に留まっているのが実情である。
 しかし、院外調理による患者給食を行いたいという希望は病院、業者双方ともに根強いものがある。
 ところで、そもそも院外調理は本当に儲かるものであろうか。この答えは、ほぼ明らかになっていると思われる。すなわち、答えは否である。これは、院外調理が認められてから、半年あまりの間に具体的な事業化計画が立てられていないことからも明らかであろう。企業は儲かることしかしない。これは、善悪や是非の問題を超えて、当然の摂理である。もちろん、儲かっている企業が様々な社会奉仕や福祉活動を行うことは、しばしば見られることであるし、そうした活動によって、利潤の一部を社会に還元することも、企業の重要な役目であろう。しかし、敢えて採算を度外視し、赤字を覚悟で事業を行う企業はないし、企業であれば、採算を第一に考えるべきであろう。
 また、院外調理を導入するには、業者のみならず、病院においても、それ相当の準備が必要である。一つは、設備面での準備であり、大型の冷蔵庫、冷凍庫等が新たに必要となる。特に、長時間、安全に保存することができるよう、庫内温度を3℃で一定に保てる恒温高湿冷蔵庫は必須である。
 もう一つは、ノウハウの面での準備である。クックチルにしろ、クックフリーズにしろ、衛生管理技術としても、調理方法としても、決して万能ではない。クックチルに適する料理と適さない料理とがあることを弁えずに、従来どおりのメニューをそのままクックチルによる院外調理で提供しようとすれば、食味の面で食事の質が低下してしまう虞が強い。クックチルによって、患者に美味しい食事を食べてもらおうとすれば、提供する食事のメニューについても相当の工夫が求められることとなる。
 また、クックチルによって、安全な食事を提供するには、手洗いの励行、調理器具の使い分け等の基本的な衛生管理が完全に行われていることが前提となる。逆に言えば、衛生管理の不完全な施設においては、たとえ、クックチルを導入したとしても、食中毒等の危害の発生をコントロールすることは難しい。このため、院外調理が現実のものとなるためには、病院内の施設において既に衛生管理が適正に行われている必要がある。
 もしも、万が一にも院外調理により複数の病院において、大量の食中毒患者が発生するような大規模な事故が発生したならば、院外調理の安全性について改めて検討せざる得ないであろう。その際には、院外調理の是非そのものも検討する必要が生じるかも知れない。患者給食関係者は、今後ともなお一層、食中毒の発生防止、衛生管理の充実・徹底に努めて欲しい。

7 院外調理における栄養士の役割

 院外調理は、患者給食における選択肢の一つとして認められるものである。患者給食に関する病院の選択肢が増えるということは、病院にとって、それだけ責任が増すということでもある。院外調理の導入による患者給食は、病院の主体的かつ自主的な判断と責任において行われるものであるから、病院における患者給食の責任者に対しては、これまで以上に栄養管理等に関する専門的能力、力量が求められるものと考えられる。このため、患者の栄養管理が医学的管理の基礎であることを踏まえた上で、患者給食の重要性を認識し、なおかつ専門技術を備えた者を担当者に選定することが院外調理を行う病院には求められる。院外調理を行う病院については、必ずしも管理栄養士の配置は義務づけられていないが、患者給食に関して最終的な全責任を負うこととなる病院管理者としては、患者給食に関するすべてを任せることができるような豊富な知識と経験を有する優秀な管理栄養士等がいなければ、安心して院外調理を導入することはできないであろう。
 また、患者個々に対するきめ細かな栄養管理、栄養指導、特に病棟での栄養評価や個々の患者に対する栄養管理、いわゆる臨床栄養管理がこれからの病院にとっては重要となると考えられる。今後、たとえ、患者給食における院外調理が普及したとしても、病院における栄養士の役割は小さくなるどころか、ますます増大するものと期待されている。
 なお、病院内の給食施設、病院外の調理加工施設、いずれの施設を使用する場合であっも調理を行う場合には、栄養士を配置することが義務づけられている。栄養士等の病院の担当者は、これら患者給食業者の栄養士と随時協議し、十分な意志疎通を図ることによって、病院の栄養士が直接チェックする場合と同様の食事を患者に提供することができるよう努めて欲しい。

8 最後に

 患者給食の院外調理が認められたことにより、今後は、ある病院の給食施設を利用して、その周辺に存在する中小病院や有床診療所の患者に食事を提供すること、複数の病院、保健施設、福祉施設等に対して食事を提供するための給食施設を各施設が共同で設け、運営すること、あるいは在宅医療の普及に伴い、在宅患者に対する食事の提供を病院が行うこと等が行われるようになるとも期待される。
 しかし、どのような形態にせよ、院外調理を患者サ−ビス向上のための手段として使いこなすことができなければ、これを導入する意味はない。各病院にあっては慎重に検討を重ね、院外調理のメリット、デメリットを十分に把握した上で、大胆かつ積極的に取り組んで欲しい。
 また、院外調理の導入は、患者サービスの向上のみならず、業務の効率化をもたらすとも期待されているが、効率化とは、いわゆる合理化、すなわち職員の削減であると考えるのは早計であろう。院外調理の導入に限らず、外部委託による業務の効率化は、職員の残業時間の短縮、休日の増加、夜間休日出勤の減少等に繋がり、病院職員の勤務条件、待遇の改善を図るための手段でもあることに注目し、病院職員も、いたずらに反対することなく、むしろ自らの利益となすべく積極的に取り組んで欲しい。

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NOV. 14, 1996