■第10章 事件
それはバラナシを出発して日本へ帰る日のことだった。
このガンガーでできた友達と最後の別れを惜しんで見晴台の上に輪になって座り8人で話をしていた。
すると長さ1.5mほどの警棒を持った警官2人が現れ、おれたちと話をしていたヒロシとラジュ兄弟に向かって何か偉そうに話しだした。
どうやら
”おまえは日本人から何かを強請ろうとしているんだろう、住所はどこだ?”
と言っているらしい。
ヒロシは脅えながら自分の店を指差して質問に答えていた。
次にラジュに同じ質問をしていたようだが、ある時警官がいきなりラジュの頭をたたき、首根っこをつかんだ。
警官が来た時からやな予感はあったが、その瞬間おれたちは唖然とした。
そして警官はラジュ兄弟の後ろ襟を捕まえてどこかへ連れて行きだした。
みんなで最後の会話を楽しんでいたのにその輪は引きちぎられてしまったのだ。
おれたちはどうすれば良いかわからずおろおろしてしまった。
旅行者がその国の警察事情に口を挟むわけにもいかない、それに下手に警察に捕まると予定通り帰国できなくなってしまう。
でも何もしていない彼らが警察に捕まるところを指をくわえてただ見ているわけにもいかない。
20m位だろうか、ラジュ兄弟が離れた後おれたちは我を取り戻し、追いかけて
”彼らは我々の友人です。彼らは何も悪いことをしていない。”
と説明したが相手にしてもらえなかった。
一方連れ去られていくラジュ兄弟は
”No problem、No problem!!”
と言い残して行ってしまった。胸が裂かれる思いをした。
この出来事はあっという間に近所で有名になっており、いろいろな人たちが
”何があったんだい?”
と聞かれ事情を説明すると、みんな口をそろえて
”警官は機嫌が悪かったり、金がなくなったりするとああやって因縁をつけてその家へ行き、飯を要求したり金をせびったりするんだ。”
と言っていた。
何てことだ!!どうもこの国の警察はたちが悪いらしい。
そんなことを聞いたおれたちは嫌悪感を覚えた。
さて、行き場を失ったおれたちは人から離れた階段の途中で兄弟を待つことにした。チャイ屋の娘たちは
”いっしょに店のところへ行こう!”
と言っていたが、
”もうこれ以上トラブルの原因を作りたくない。”
と説明して、おれたちは脅えていた。
”おれたちっていつもそうだよな、最後の最後までいろいろと問題がおきるんだよなー。なんでかなー?”
とまxが落ち込んだ口調でぼそっとつぶやいた。
おれはただうなずくだけしかできなかった。そして2人はガンガーを眺めていた。
しばらくするとチャイ屋のおばさんが店からおれたちの方へ歩いてきて
”Hello JAPAN!!”
とおれたちに声をかけ、こっちへ降りてこいと手を招いた。
最初は首を振って断ったがそれでもおばさんは
”こっちへ降りてこい”
と招いた。なんだか胸が苦しくなり、2人ともバッグを持って降りていった。そして、
”この辺に座っていなさい。”
とやさしい口調で、2人並んで座ったおれたちに向かってただ微笑んでいた。
おれたちはただラジュ兄弟が無事に戻ってくるのを待った。
30分くらい経っただろうか、ラジュの弟が帰ってきた。
”兄貴は警官と家へ向かった。”
と言っていた。ラジュのことは心配だがまずは弟が戻ってきたことを3人で喜び、
”これ以上おれたちがここにいるとまた問題が起こってしまうから列車の時間まではまだ早いけれどここを去ることにするよ。”
”おれたちのお気に入りのシャツだけど、これをおまえと兄貴にやるよ、おれたちを忘れるなよ! 日本に帰ったら絶対手紙を書くからな!!”
と、弟と固い握手を交わした。
そしてお世話になったチャイ屋の家族に挨拶をするとおやじは
”どこへ行くんだい、いつここへ戻ってくるんだい?”
と聞き、
”日本へ帰らなければならない、1、2年の間お金を貯めてまた戻ってくる。”
と伝えた。するとおやじとおばさんは
”COME BACK!!”
と優しい声でおれたちに言った。
なんだか故郷を離れるような思いをしながらおれたちはガンガーを後にした。
インドを離れるまでに街角や駅、空港で警官を見る機会が幾度となくあったが、その度に恐怖と憎悪感を感じたことは言うまでもない。