テストシナリオ01 第一章第二節

第一章第二節「新暦208年8番目の月21日」

○21/alfrea(8th month)/208

 クレネリアス軍迫るという一報が巡回から戻った兵士から届けられてから一夜が明けていた。
秋が迫っているとはいえ、太陽神の化身が天に顔を出せばまだ暑いくらいであった。
そんないつもと変わらぬ朝が訪れた頃、シルバーダガーの姿がランケストの部屋にあった。
ランケストは腕組みをし、まるで睨み付けるようにシルバーダガーを見ていた。
シルバーダガーの方は示された椅子を断り、これまたじっとランケストを見ていた。
ランケストは斥候に行きたいという申し出をしてきた彼の真意をつかみかねているのだ。
確かに情報は大事な武器であり、それを足蹴に扱うつもりはない。
だが、遅くても1週間の後にクレネリアスの大軍がこの砦に殺到することは分かっているのだ。
今更何の情報を得にいこうというのだろうか?
− いや、だからこそか・・・・
 このぎりぎりの状況だからこそ一片の情報がこの部屋を埋め尽くした金よりも重要になることもあるだろう。
それに巡回の持ち帰った情報は少なすぎるのも確かだった。本当におおざっぱな兵数と敵の旗印を見てきただけなのだ。
「よかろう。シルバーダガー、君にクレネリアス軍への偵察を命じる。」
 ランケストはふだんと変わらぬ口調でそう命令した。
よしんばこれが事実上の死ねと言う命令でも同じ口調で言うだろうが。
「だが君を一人で行かせるわけにはいかん・・・・そうだな、傭兵達の詰め所にいってアビスと言う男を捜すがいい。足手まといにはならんだろう。」
 ランケストはそう言いながら紙にペンを走らせている。おそらくアビスに対する命令書であろう。
それを受け取り立ち去ろうとするシルバーダガーにランケストはさらに声をかける。
「それと3日後の夜までには戻ってきてもらいたい。たとえ2人でも200からみれば大事な戦力なのだから」
 シルバーダガーはランケストの方を振り返り、一つ頷くとそのまま部屋を出ていった。
− あいかわらず口数の少ない男だ。
 椅子に深々と体を預けると、ランケストは目を閉じ大きく息をついた。しかし彼に休息はまだ許されなかった。
 一方シルバーダガーは守備隊長の部屋を辞すると、砦の一画にある傭兵達の詰め所、とは名ばかりでここも食堂と同様酒場と化しているが、へと足を向けた。
 詰め所には昼間だというのに酒を飲んでいる輩も多かった。風紀がそれほど厳しくない傭兵隊ならではの風景であろう。もっとも飲んでいる者は皆非番の者のはずであった。
シルバーダガーは近くにいた傭兵の1人を捕まえて、なにやら聞いていたようだが、やがて詰め所の奥に入り、1人の男の前で立ち止まった。
「アビス・・・ランケストからの命で私とともに斥候に向かうことになった。すぐに支度をしてくれ。」
 用件だけを伝えると命令書を置いてシルバーダガーは立ち去ろうとする。
「やれやれ。あんたと俺と二人っきりでいくのか?」
 アビスは冗談だろうとでもいう風にそう訪ねた。
「そうだ。馬屋で待ってる。」
 シルバーダガーはそう言うとそれ以上の問答は無用だとでもいう風に酒場を出ていった。
「やれやれだぜ。まったく。」
 アビスは大きく息を付くと、支度を整えるべく自らの部屋へと向かった。

 賢者の学院を出たあと、失われし魔法の探索のために野に下った魔術師、レイ・ブラックウイングが探索の途中、このルクスの砦に来てもう二週間近くが過ぎていた。
兵士達の食堂で彼らに混じって食事をとっていると、見知った顔の傭兵が近寄って来た。
「おい聞いたか、クレネリアスの大軍が砦に迫っているらしいぞ。」
 レイは食べかけの朝食から顔を上げた、
「ツイテナイにもほどがあるぜ。せっかく戦闘地域を避けてこんな辺境を選らんだのに何でまたここでも戦をするかね。」
 彼はまだこの砦の意図を知らぬようであった
「それだけじゃないんだ、敵将はあの血塗れのアギウスらしいぜ。」
「最悪、本当かよ。」
 この砦にいる間中幾度と無く聞かされた敵将の名、極悪非道の代名詞とまで言われている、を聞いて、レイは心底自分の不運を呪った。
「だがなまだ続きがあるんだなよ。なんでもたった二人で敵軍を斥候に行く気違いがいるんだとよ。」
 傭兵は指を二本立ててそう言ったが、悪口というよりかむしろ楽しんでいる口調であった。
「だれだよ?」
「聞いて驚けよ。一人はなんとあのシルバー・ダガーだとよ。」
「あの”銀の嵐”のか?」
「おいおいほかに誰が居る?」
 男は呆れたようにそう言った。
レイは突然立ち上がって残りの朝食を目の前の傭兵に押し付けると足早に酒場を後にして守備隊の本部へと足を向けた。
ここ数年諸国を渡り歩いて”銀の嵐”の名は幾度となく耳にしたが、これまでにそのメンバーと出会った事はなかった。
こんなに近くにいるなら是非会ってみたくなった。こうなると先程までのツイテナイがとたんに悪くないに変わってしまった。

 人の影すらない街道を、このあたりでは、いやこの大陸ではどこででも珍しいであろうハーフエルフの男性が一人道を急いでいた。
何度目だろうか懐にあるものを確かめたあと、彼は立ち止まりふと天を見上げた。
彼の視界の片隅を数羽の鳥が地の上のことなど無関心に飛び去っていった。
「カラの村か・・・」
 呟いたのは、この街道をもう少し言ったところにあるエルベラン王国の最果ての村の名であった。
彼の名はギア、昨日ルクスの砦の長、ランケストよりカラの村への使者を任されたのであった。
行き倒れていたところを砦の兵に助けられて以来、常々恩返しをしたいと思っていた彼は二つ返事で使者を引き受けたのだ。
「しかし・・・・」
 ここまで来て使者を引き受けたときには気づかなかった一つの不安が彼を捕らえていた。
果たして村人は彼を、そして彼の言うことを信じてくれるだろうか?
ハーフエルフであるが故に彼は、ことあるごとに迫害されたり疑いの目を向けられたりされる事が多かったから。
「まぁ何とかなるだろう。」
 考えたって分からないことは分からない。そう呟いた彼は再び歩み始めた。
意外と楽天的な性格なようであった。
彼の目指すカラの村はもうすぐそこであった。

 ルシニアの代表が来た、という報を受けた時、ランケストは忙しい時間を割いてリューンと撤退についての議論をしている時であった。
「この忙しいときに・・・・」
 顔を上げ苦々しげな表情となり、思わず舌打ちが出そうになったが、それは思いとどまった。
元が傭兵である彼にとって戦い以外の事は煩わしいだけなのだが、今の立場ではそうも言ってられないのだ。
「すまない。すぐ戻るから待っていてくれ。」
 ランケストはリューンを執務室に残し、従卒に彼の世話を頼むとルシニアの町の代表の待つ部屋へと向かった。
 砦内の会議用の部屋の中ではルシニアの町の長、エリッシュを始め、各ギルドの長など、ルシニアの町の主立った人物が彼を待っていた。
ランケストにとってほとんどが見た顔がであったが、ただ一人顔を知らぬ巨躯の男がいた。
だが一瞥しただけで興味を失っていた。見知らぬ者の素性よりも、撤退の事、この場をどう速く終わらせるかで頭がいっぱいなのである。
「さて何のご用かな?クレネリアス侵攻の連絡はすでに行ったはずだが・・・・」
 ランケストは席に着くと、事務的な口調でそう言った。
「だからこそわざわざこんな所まで赴いているのではないか。」
 エリッシュは苦笑しながらそう言った。彼は生粋のエルベラン人である。
それゆえ傭兵上がりのランケストのことを快くは思っていなかった。
「クレネリアス軍が大挙して侵攻してきた事は分かった。して、この砦はどうするのか?」
 冒険者ギルドの長、ハンクがそう口を開いた。彼はランケストとは友人関係にある。
しかし公式のこのような場所ではそのようなことは微塵にも感じさせなかった。
「まだどうするかは決まっていない。」
 ランケストは事実のみを素っ気なく伝えた。
「戦うか引くかもか?」
「ああ、そうだ。幹部を集めて議論をしているが、な。もちろん来れば戦わざるをえんだろうが。」
 心の内ではすでに付近の住民を連れて撤退することとしているにもかかわらず彼はそう答えた。
「コロムの町へも使者は送っているのだろう?」
「援軍は要請した。しかし間に合うかどうかと聞かれたら否だろう。」
 ランケストは首を振ってそう答えた。
 コロムの町へは馬をつかっても5日はかかる。たとえ2万の大軍を率いて援軍に来ても間に合わないだろう。
クレネリアス軍はもう目と鼻の先なのだから。
「付近の住民の避難についてはどうなされるおつもりか」
 そう訪ねたのは、ルシニアの職人ギルドを預かるイルバニアであった。
「それもコロムの町に要請してある。行けば町の太守が何とかしてくれるだろう。」
  「しかし、コロムまで、足弱な老人や女子供の足では10日以上かかるではないか。その間の護衛は必要ないのか、それにクレネリアス兵に追いつかれる可能性はないのか」
 イルバニアは鋭い声でそう言った。
「それについては何ともいえん。」
 憮然としてそうランケストは答えた。
それくらいの事は彼も考えていた。砦にある馬車や馬を放出することも考えたがその数はたかがしれていた。
足りないのは明確であろう。下手をすれば取り合いとなり争いが起きるかもしれない。
それに護衛を出すほど兵力に余裕があるわけではなかった。
「わかった。避難民のとりまとめ及び道中の護衛については、ルシニアとしても全力を尽くそう。武器を持てる若者もいるだろうしな。」
 エリッシュはそう言った。仮にも国王から住民を預かる身なのだ。
それを放っておくことは彼には出来なかった。
「ランケスト殿、一つ聞きたいことがある。カラの村はどうする所存だ。」
 不意にハンクがそうランケストへと訪ねた。
「あの村へは退去勧告を行う。もうそろそろその使者が着く頃だろう。」
 ランケストは使者にやったハーフエルフの顔を思い出しながらそう言った。
朝発ったのだから早ければもう村へと着く頃だろう。
「退去しろと言うだけなのか?まさか村を見捨てるつもりではあるまいな?」
 ハンクはさらに食らいつくようにそう言った。
「そのようなことはない。言葉は選んだ方がよろしいぞ、ハンク殿。だがこの砦にあの村を守る力はないのだ。10倍の敵とまさか砦の外で戦えと言うわけではあるまいな。」
 そう言い放つランケストの目は冷たかった。冒険者と傭兵、似て非なる者の相違がここに浮かび上がっているのだろうか。
「しかしあそこには・・・」
ハンクはそう呟いたがそれ以上は言わなかった。
「あそこの住民もクレネリアスが迫って来るというのに、退去勧告を無視するほど愚かではあるまい。残れば死が待つのみなのだからな。それに行き場のない者は出来る限り砦でもうけ入れるつもりだ。」
 そう言ったランケストだが、彼にも一抹の不安がるのも確かであった。
彼は傭兵として長い間生きてきた。避け切れぬ危機が迫れば逃げる、これだけのことなのだ。
だがたったそれだけの事が、村人達には出来るのだろうかという不安があった。
 誰も発言しようとはせず、沈黙が部屋を包みこむ。
「ところで見知らぬ顔が一つあるようだが・・・・」
 沈黙を破ったのはランケストであった。
「おお、そうだな。紹介するのを忘れていたよ。」
 ハンクは思い出したようにそう言った。
「今度うちに入った冒険者で名をスラッシュという。何かと世話になるかもしれんから連れてきたのだが・・・。」
 ハンクはいったんそこで言葉を区切った。
「スラッシュです。初めてお目にかかります。」
 巨躯の男は立ち上がり、そう言って軽く頭を垂れた。
「この砦を預かっているウリウス・ランケストだ。冒険者にしておくのは勿体ないくらいの筋肉だな。」
 ランケストはそう言った。
「お前を連れてきたのは幸運だったかもしれぬ。スラッシュ。今から私より仕事を依頼したい。目的はカラの村民の避難を援護してほしい。」
 ハンクはスラッシュの方を向くと何時にない真摯な表情でそう行った。
「おい。」
 ランケストは事の意外な方向に思わずそう声を上げた。
「俺が話しているのだ。ギルドから・・いやもう時間がない。この砦の傭兵から何人か連れていっても良いし馬もやる。すぐさま発ってくれ。やってくれるな」
 しかしハンクの方はそれを許さなかった。しかしその言葉は彼の権限を越えていた。
ランケストは堅いテーブルを右手の甲でたたく。乾いた音が響き、部屋中の視線がが彼に集まった。
「私の砦で好き勝手を言ってくれる・・・・。残念ながら余分な兵はないと言ったはずだ。」
 苦々しげな表情でランケストはそう言った。
「彼に一人で行けと言うのか?」
 ハンクの方は激発しそうであった。冷静さを欠いていることは明白であった。
「そんなことはしらんよ。この砦の兵でない者を勝手に連れていくのは自由だからな。それに正式な要請があれば必要な物くらいはそろえよう。」
 ランケストの方はあくまで素っ気ない。
「・・・では、カラの村民避難の件について協力を要請する。」
 歯ぎしりが聞こえてくるような表情のまま、ハンクはランケストへとそう言った。
「承知した。必要な物があれば出来る限り用意しよう。では、これで失礼する。」
 ランケストはそう言うともう語ることはないとでもいうふうに席を立ち、さっさと部屋から出ていってしまった。
「・・・すまないが引き受けてもらえだろうか?」
 ランケストの出て行った扉をしばらく睨み付けていたハンクであったが、やがて大きく溜息をつくと絞り出すようにそう言った。
「分かった」
 スラッシュは短くそう頷いただけであった。
「大食堂に行けばこの砦の兵でない者もいるだろう・・・よろしく頼む。」
 ハンクのその言葉にスラッシュは頷いて、部屋を後にした。

 ルシニアの人間との会談の席を立ち、そのまま執務室へと戻ったランケストは、リューンとしばらく打ち合わせを行った後1人になると椅子に座り何かを考え始めた。
俯き加減でしばらくじっと虚空を見つめていた彼であったが不意に顔を上げ、従卒の1人に声をかける。
「傭兵達の詰め所に行ってジギー・リジルを呼んできてくれ。」
「はい。」
 従卒の少年が1人元気に返事をするとそのまま部屋を飛び出していった。
ランケストは彼を待つ間も休むことなく積まれている書類を裁いていった。
ジギー・リジルが執務室へと姿を見せたのは、30分ほど発ったことだった。
その間にランケストの机の上に積まれていた書類は全て裁かれて綺麗になっていた。もっともこの非常時のこと、半日も経てばまたたまってしまうだろうが。
「ジギー=リジル、”ハイエナ”ジギーの名の通り鼻が利くそうだな。」
 ランケストは彼に椅子を勧めた後、確認するようにそう尋ねた。
「自分でそう呼んでるわけではないが、鼻は利く。」
 ジギーはそう答えながら、親指で自慢の鼻をはじいた。
「ここから東に行ったところにあるカラという村を知っているか?」
「知っている。」
 彼もこの砦に傭兵として雇われて久しい。近くの地理ぐらいは頭に入っていた。
「クレネリアス軍が近づいているためその村に砦としても退去勧告を行ったし、またルシニアの冒険者ギルドの連中が村人を避難させるそうだ。近いうちに無人となるだろう。」
 ランケストが考えていたのは、無人となるはずのカラの村の利用法だった。
無人のはずの村に敵がいる、十分相手の不意をつくことが出来るし、相手の猜疑心を引きずり出すこともできるだろう。
「そこで君に命令したい仕事がある。空き家の一つに潜み、先遣隊でも良い、とにかく出来る限り敵の後方を乱して欲しい。もちろん危ない橋は渡らなくて良い。”出来る限り”だからな。」
 ランケスト自身も傭兵出身として傭兵を死地へと赴かせることはしたくなかった。
「・・・報酬は出るのか?」
 傭兵らしいと言えば傭兵らしい言葉をジギーは尋ねた。
「ああ。成功すれば報酬を出そう。」
「・・・分かった。引き受けよう。」
 ジギーはさしたる感情も表さずに頷いた。”危なくなったら逃げてもいい”というところが気に入ったのだ。
「では準備が出来次第発ってくれ。」
 ランケストは彼の能力を信用していた。そしてきっと生き残る術も知っていることも。
 ジギーはランケストに頷くと、そのまま部屋を辞していった。

 翌朝、ジェイズはベッドの上で上半身だけを壁によりかからせながら、何かを真剣に考えていた。夜明け前からこの状態なので、訪ねてくると言った娘を待っているわけではなさそうだが。
時折ぶつぶつとつぶやくが、それは声足り得ず音の域を出ないようであった。
とその時扉がノックされ外から声がかけられた。
「お父さん、起きてるー?」
 ノックをしたのは彼の娘、セミットであった。
「ああ、開いてるから勝手に入れ。」
「どうしたの。こんな時間に起きてるなんて珍しい。」
 扉が開いて姿を見せるなり、娘は父親に対してからかうようにそう言った。
「ちょっと考え事をしていてな・・・。」
 いったん大きくのびをした後、首をこきこきならしながら彼はそう答えた。
「何を?」
「いかに契約料を上げるかをちょっとな・・・。」
 自分の顎の辺りをさわりながらしれっとジェイズはそんなことを言った。
「そんなにお金を稼いで、いったい何につぎ込んでるの? どうせお酒でしょうけど。」
 全くという風にセミットはため息混じりにそう言った。
「秘密だ。そういえばこの前行き倒れの行商を助けてな、礼に女物のブローチをもらったんだが・・・。ほらこれだ。」
 自分の荷物の中をごそごそと漁り、小さな木箱を引っぱり出すとそれを開けて見せた。
「わあ、きれー・・・。」
 色鮮やかな宝石がはめられたブローチを彼女はすいこまれんばかりに見入った。
「欲しけりゃやるよ。どうせもらい物だしな。」
「本当! うれしい! お父さん大好きー!」
 セミットの方は満面の笑みをこぼしながら父へと抱きついた。
− やれやれ、半年分の稼ぎは無駄にはならなかったか・・・。
 娘の体重を支え、照れたように頭をかくジェイズであった。
「そういえばお前、仕事はどうした? 傭兵隊に配属したんだろ?」
「今日はお休みをもらったの。家族が来ているからって言ってね。」
「そうか。それじゃあ、一緒に飯でも食いに行くか。」
「うん♪」
 二人は朝食を取るために、ジェイズの部屋を出ていった。

 チャック・アイギンは東の門でクレネリアス軍を斥候に行く3つの影を見送っていた。
2000の敵のただ中へ斥候に行くという者がいると聞いて、いてもたってもいられなくなって見送りに来たのだ。
もっとも彼に斥候の手伝いなど出来はしないので、戦の神の僕として彼らの武運を祈るだけであったが。
神など信じないという2人に対し、自分に出来るのはそれしかないからと何とか無事を祈らせてもらった。
そして彼が2人を見送ろうとしたその時、行く手を阻むように1人の男が飛び出してきたのだ。
そして何を言い出すかと思えば自分も斥候に連れていって欲しい、と二人に頼み込んだのだ。
もちろん2人は断ったが、その男−レイ・ブラックウイングと名乗った−は自分の魔術は必ず役に立つの一点張りで終いには自分の腕を見てくれとシルバーダガーへ魔法の力で姿を変えて見せたりもした。
アビスは言っても無駄だと悟りどうしたものかとシルバーダガーの方を見たが、とうのシルバーダガーはじっとレイの荷物を見つめていた。
「銀の杖・・・・。」
 シルバーダガーのつぶやき通り、レイは魔法王国マグレーン”賢者の学院”の卒業生のみが持つことの出来る銀製の杖を持っていた。
− 銀の杖、エルマー・・・。そして・・・・”銀の嵐”。
「お前は賢者の学院の卒業生か?」
 鋭い視線でシルバーダガーはレイを射抜いた。嘘を許さぬ迫力がそこにあった。
「え、ええ。」
 マグレーンより遠き離れたこの地でこの銀の杖の意味を知る者は少ない。レイはとまどいながらもそう答えた。
「私の知り合いにそこの卒業生がいたことに感謝しろ。おかげでその杖を持つ者の力を知っているのだからな。」
「じゃあ・・・」
 期待を込めた目でレイはシルバーダガーを見る。
シルバーダガーはそれ以上は何も言わず、ただ頷いただけであった。
「シルバーダガー、まさかこいつを連れていくので?」
 アビスは非難するような視線をシルバーダガーへと向けた。
「ある一定以上の力を持つ魔術師はきっと使える。足手まといにはなるまい。」
 シルバーダガーがそう言うと、アビスの方は不承不承であるが承知したようだ。
肩をすくめてそれ以上何も言わなくなった。
「チャック、神官の君には申し訳ないが馬を一頭連れてきてくれ。」
 シルバーダガーに言われてもちろん彼は一も二もなく頷いて馬屋へととんでいった。
そして斥候に行く者は3人となったのである・・・
 砦の東門で3つの馬影が見えなくなるまで見送った後、チャックはきびすを返した。シルバーダガーに頼まれて、レイのことをランケストに報告しに行くのであった。

 昼下がりの午後のことである。
カラの村のラティの店の留守を預かるはずのルーリエとその母の姿は村の広場にあった。
いや彼女らだけではない。村人のほぼ全てが、それぞれの手を止めてこの場に駆けつけていた。村人はクレネリアス侵攻の噂を否定しながらも心のどこかで砦からの使者を待ちわびていたのである。
砦の守備隊長ランケストからの書状を届けに来た、というのはハーフエルフの男であった。
村人の、特に年長者の方が眉をひそめたのは無理らしからぬ事であろう。
エルフと人間の双方から祝福されざる者、忌み嫌われる者・・・それがハーフエルフとしてこの世に生を受けた者の定めとも言えた。
だが少なくとも、自称”使者”のハーフエルフは眉をひそめられたことについて気がついてないか、気にしてないか、無視している様であった。
村人達が集まったのを知ると、まず彼はぺこりと頭を下げて自己紹介を始めた。
「えーと、ルクスの砦の守備隊長ランケスト様よりカラの村宛の書状を預かってきましたギアといいます。では今から書状を読み上げますので・・・・。」
 彼は胸元から大切そうにしまわれた書状を取り出すと、朗々と読み始めた。
「カラの村にクレネリアスの大軍が迫ってきていることが判明した・・・しました。
敵軍を指揮するのは残虐さで名を知られるアギウスである・・です。
だが敵の数は多く、砦にカラの村を守る余力無し・・ありません。
よってルクス砦守備隊長として、私、ウリウス・ランケストはカラの村の住民に対し退去勧告を行う・・・ないます。
親戚縁者にあてのある者は頼るがよい・・たよってください。あての無き者は砦にて受け入れよう・・うけいれます。
新暦208年アルフレアの月21日 ルクス砦守備隊長 ウリウス・ランケスト。・・・以上です。」
 ギアは一つの仕事をやり終えた満足感からか大きく息をついた。そして村人達を見回して、たじろぎ、思わず一歩後ずさるところであった。
カラの村とルクスの砦とは今まで持ちつ持たれつでやってきたはずであった。
その砦からの裏切りともとれる書状の内容に、村人達の不審そうな視線がギアの全身を貫いていたのだ。
あからさまにあのハーフエルフは偽物の使者なんじゃないかとつぶやく者すら出ていた。
− やはりハーフエルフだから信用してもらえないんだろうか?もし人間だったなら・・・
 ギアは視線に耐えかね、うつむきつつそんな悲観的な思考に身をゆだね始めていた。
とそんな彼の前に、列の後ろの方からぱたぱたぱたとそんなルーリエが寄っていった。
 思わず顔を上げたギアににっこりほほえむ。
「貴方いい人だよね。砦からずっと急いできたんでしょ?」
「えっ。ど、どうして?」
 生まれて初めて見る羽の生えた少女にギアは大いにとまどっていた。
  「だって足、痛そう。」
 そう言ってルーリエはギアの足を示した。
  ギアの足には布が無造作に巻かれた。そして赤い染みが滲んでいた。豆がつぶれていたのである。
半日以上もの間街道を急いで歩いてきた何よりの証拠だろう。
「・・・・そうじゃな、己にとって都合の悪い真実を嘘であると言い切ることはたやすい。しかしその結果は悲劇となるじゃろう。ここはこの者を信じ、村を退去してはどうかのう?」
 村の長老格の1人である老人がそう提案した。
村人達はその場で数人ずつ固まって、話し合いを始めた。だがこの場では結論は出なかった。
 結局2/3ほどの住民がもっと奥地の遠い親戚を頼ったり、砦に受け入れてもらうために村を後にすることになった。
後の1/3は退去組の説得も聞かず村を離れたくない、ハーフエルフなぞ信用おけない、親類縁者にあてもないしかといって砦に世話になるのもいやだ、という面々で村に残ることになった。
ルクスの砦が建つ中州の北側には湿地帯が広がっている。その危険さ故に普段は人の気配すらない場所に1人の男が立っていた。
砦の傭兵の1人、アッシュ・グレーであった。彼は湿地帯の脇を何かを考えながら歩いていた。
どうやら上からの命令ではなく、傭兵としての仕事の合間をぬって来ているようであった。
− この川をどう使うかでこの砦の運命は決まるな・・・さてアギウスが使うかランケストが使うか・・・・
 彼はそんなことを考えながら歩いていた。たとえルクスが堅牢な砦だったとしても10倍の敵に攻められてはひとたまりもないだろう。
彼はそのような状況になった時を考えて脱出経路の確認をしているのだ。
川からの脱出が一番確実なことは確かだろう。流れに任せてしばらく下れば森に入り騎兵の足を持ってしてもおえないだろうから。
− あとは・・・湿地帯か・・・俺のように軽装のものなら渡れないこともないだろうが、重装備のものはどうかな・・・。これも考慮にいれるか・・
 彼がそう言って立ち止まった場所は奇しくも昨日1人のハーフリングが倒れていた場所であった。
− ふん、戦の時が楽しみだな。
 アッシュは薄い笑みを一つ浮かべると、そのまま砦の方へと足を向けた。

 今日もまた密かに見張りを変わっている最中、クリムゾンはふと進行方向にある村への先遣隊派遣のことを思い出した。
アギウスからの傭兵隊への作戦、というか命令が下ってきたときは聞き流していたのだが、今ふと思いだし急に不安を感じたのだ。
不安は生まれでると、推測を糧として人の心の中で急激に成長していくものであった
「あれ?・・・・やばいな、あいつのことだこのままじゃカラとかいう村の村人皆殺しにするんだろうなぁ・・また自分ででばって無抵抗なやつ斬って喜ぶんだろうなぁ・・・しゃぁねぇ、手をうっとくか・・・」
 クリムゾンは傭兵の1人に見張りを頼むと、そのままの足でアギウスの天幕へと向かった。
彼にカラの村への先遣隊の命令を与えてくれるよう上申しにいったのである。
クリムゾンは小一時間、アギウスが食事中だと言うことで待たされてから、ようやく謁見することが出来た。
「将軍!我々傭兵隊にぜひともカラの村の制圧を御命じ下さい!あのような小さな村、剛勇を誇る偉大なる将軍がわざわざ出向かれる必要などありません!!しかしあの村は敵の補給線、ここは我らが迅速に制圧しておくべきかと・・・ 将軍閣下は弱り切った砦の兵士どもを叩きつぶし無傷で手柄を挙げぜひとも“クレネリアスにアギウスあり”と更に名をおとどらかせ下さい」
 謁見の場で早速クリムゾンはアギウスの前で熱弁を振るった。自らの口に多くの人の命がかかっていると思えば真剣にもなるだろう。
だがクリムゾンの熱弁もアギウスは眉一つ動かさなかった。
退屈そうにクリムゾンを眺めている。まるで小鳥がさえずるのを見ているかのような視線で。
「将軍ほどのお方がわざわざ乗り出すまでもない辺境の小さな村にございます。将軍はルクスの砦の攻略という最後のごちそうをゆっくり手にする準備をしていてはいかがでしょうか?」
 数十分に及ぶ熱弁の果てにそう伺いをたてたクリムゾンに対し、頬杖をつきながら興味なさそうに聞いていたアギウスであったが、何かを思いついたようだ。
「・・・そこまでいうのなら、カラとかいう村の攻略、ぬしに任してやっても良い。」
「は、ありがとうございます。」
 クリムゾンはそう言ってきびすを返しアギウスの前から辞そうとするが、彼はそれを許さなかった。
「だが、ぬしに張り合いが出るように一つ条件を付けよう。」
 アギウスは病人のように白い指を肌の色とは対照的に紅い唇にあてて、しばし考えているようであった。
「そうだな・・・老若男女問わず全村人の首をはね、我の前に並べてみせよ。そして村を焼き払ってこい。そこまで熱望したのだ。いやとは言わせぬ。」
 アギウスの指が唇から離れたとき発せられた言葉は、常人ならば理解しがたい要求であった。
しかも彼はクリムゾンに許諾の権利を与えようとはしなかった。
「ヴェルギウス。」
「はっ。」
 アギウスの呼びかけに応じて鎧は立派だがまだ若そうな男が一人、一歩前に進み出た。
「おぬし、こやつが約定をきちんと果たすか見届けてこい。」
 アギウスは顎でクリムゾンを指し示してそう言った。はなから彼のことなど信用していないというそぶりであった。
「はっこの命にかけましても!」
 ヴェルギウスはそう言って騎士の礼をした。
「これで終わりだな。」  アギウスはそう言うと立ち上がり、真紅のマントを翻しつつ謁見用の天幕を後にした。
クリムゾンは唾を吐きたい衝動に駆られていたがぐっとこらえていた。

 一晩付き合ってすっかりディナの事を気に入ったユウは今日一日彼の後をついて行く事に決めてしまったようだ。
ディナの方も彼を気に入ったらしく、彼を部屋に残していこうなどとは思っていなかった。
「おはよーございます。」
 ディナはそう言って大食堂の調理場へと入っていった。彼はこの砦で働く調理師見習いなのだ。
「おはよーございます。」
 ユウもディナについて厨房に入ろうとするとが、ごっつい顔をした男に止められた。
「おう、ディナの友達か。どこのボウズか知らねぇが、ちょうど良い。人手が足りないんだ。ここに入るからには手伝えよ」
 そうごっつい顔のコック長のラオに言われた。
「えー。」
 ユウはそう言って頬を膨らませた。だが不満もあったが、"手伝い"という事に興味を示し、いろいろと手伝う事にしたようだ。
しばらくは洗い物をし、じゃがいもの皮剥きからなにからと、一通りすませたところでユウはラオに呼ばれる。
「お前、しばらくここにいるんだろ?だったら、砦の守備隊長殿に挨拶ぐらいしてこいや」
「挨拶?面識無いのに?」
 いかにもめんどくさそうだと言わんばかりにそう言った。
「面識あったらせんでええだろ。おーい、ディナ!こいつと一緒にランケスト様っとこに食事を持ってってくれ〜!」
「はーい、ただいま・・・。さ、ユウ行こう」
「ほいほい・・・ん?この壺ん中、酒?」
 めざとく小さい酒壺を」見つけたユウはそうラオへと尋ねる。
「ああ。この近くの村で作っているエール酒だが・・・」
「飲んでもいい?」
 喜々とした表情でユウはラオにそう尋ねた。
「だめだ。これは残りすくないからな・・・って、言ってる先から飲むんじゃない!」
 ラオはしかめっ面をしてそう言ったが、ユウは意に介さずごくごくとエールを飲んでいく。
「っか〜っ!!うまいね!これ」
 一息ついたところで大きく息を吐き、ユウはにこにこしながらそう言った。
「そりゃそうさ。カラの村のエールったらここ一番だからな・・・って、飲むのをやめろ!」
 そう言いながらラオは、さらに飲もうとしていたユウの襟首を持ち上げた。
だがこのちいさい体のどこにはいるのか、小壺の中身の1/3近くがすでに飲まれた後だった。 「ディナ。こいつにエール飲まれる前に連れて行ってくれないか?」
 ラオはディナの目の前でまるで子猫のようにユウを振った。
「はーい。」
 ディナはそう言ってラオから食事の載ったトレイを受け取る。
「あとでわけてあげるから行こう。」
 ディナはトレイを受け取った後、ユウに小声でそう言った。
「ほーい、ほい。じゃ、食事届けに行くから降ろしてくれよん♪」
 襟首の所を捕まれながらも器用に首を回してラオにそう言った。
「ああ、行ってこいや。あとで一杯くらいならやるからな。」
 ラオはユウをおろすと、賑やかに厨房をでていく二人にそう声をかけた。どうやらディナの声は聞こえていたようであった。
 ディナに連れられてランケストの所に行く。
「すいません。お食事をお持ちしましたが・・・」
 と言いながらディナが戸をノックする。しばらくし、中にいた兵が戸を開けてくれた。
ランケストは部屋の中で大きな執務用の机の向こうに腰掛けていた。
ディナは食事を近くのテーブルへと運んでいく。
「ご苦労。ん?見なれない者がいるが・・・」
 ランケストはめざとく、というかユウは騒がしくて目立っているのだが、ともかくも見慣れぬ者を見つけそうディナへと問うた。
「ユウ、あの方がランケスト様だよ」
 ディナはユウをつつき、小声でそう言った。
「ほーい。あ、ランケスト殿。おいら昨日からここの砦にやっかいになっているんだけど、居てもいいのかな?なんなら歌でも踊りでもするけど。」
 不遜というか悪びれないというか、ともかくもそんな態度、ハーフリングに備わる人を怒らせない能力を持つ者だけが許される態度、でユウはそう言った。
それを聞いてランケストは思わず吹き出しそうになる。
「居ても良いと言ってもな・・・お前はハーフリングだろ?ダメだと砦の外に放り出してもいつの間にか中に居そうだからな。兵の迷惑にならなければ良いぞ。」
  「あ、どーもあぁりがとぉ〜〜おございます☆」
 ぺこりと頭を下げて部屋を出るユウとディナ。その後ろ姿をランケストは複雑な表情で見ていた。

ルクスの砦には酒場はない。だが、夜になると、いや昼間でさえ、兵士達の大食堂に行けば大抵はカラの村産のエール酒を出してくれるだろう。
軍紀に支障が出なければ多少のことは大目に見る、これがこの砦のスタンスであった。もちろん許されない事をした者には厳罰が待っているのだが。
 ここに集まり酒を飲む者は様々である。初めての戦闘の不安に怯える配属されたばかりの若い兵士達、千でも二千でも来い、蹴散らしてくれると酒の力を借りなければ嘯けない傭兵達、この時期になぜ此処にいるのかと自らの不運を呪う旅人達。
撤退か交戦かの議論に興じる者もいれば、黙々と酒をあおり続ける者もいる。この場にいる、否この砦にいる者全ては不安なのだ。
 その中に市井の魔術師が1人いた。名をビア・エンターナという統一王朝時に失われた魔法の数々を探求している者である。
その途中、戦乱を逃れてこの砦に滞在している1人であるが、生来の性格からか、砦内に増えたにわか軍師と共に日々ランケストの取りそうな作戦や自らの作戦を話して過ごしていた。
その気になれば傭兵として砦に使えることも、運が良ければランケスト直属の者として群議に参加できるかもしれないが、そのようなものに縛られることを彼は欲してなかった。
危機に瀕した人を救うのはいとわないが、彼の本来の目的とはあまり関係ことだけに出来るならば深く関わりないになりたくは無いのであろう。
その酒場の、無作法な兵士用に頑丈に作られた厚い樫造りの扉が開き、一人の男が入ってきた。
喧騒の中、男は、落ち着いた様子で酒場を一通り見回すと、真っ直ぐに奥のカウンターに向かって歩き出した。
彼はバーテンがわりの当番兵ににエールを一杯注文し、一つ、大きく息を吸い込んで振り返った。
「みんな聞いてくれ。ルシニアの冒険者ギルド長の依頼でカラの村人の避難を援護することになった。この名誉ある任務に参加するつわものはいないか。祖国の人々のために闘う者はいないか」
 酒場は一瞬静まり返った後、冷笑と哄笑の渦で沸き返った。誰も彼の言うことなど本気で受け止めようなどとはしていない。
兵士にとって祖国のために、とは国を守ることであり、名誉ある、とは命令を守り手柄を立てることなのだから。
そしてその二つの言葉は傭兵には無用の言葉であった。
再度彼が口を開こうとするのを見たとたん、手にしていたジョッキを投げつけた者もいた。
もちろん外れるように・・・であるが。
「英雄ごっこはほかでやんな。村にはすでに退去命令がでてるはずだ。今更行ったってもぬけの空だよ。」
 どっと笑いがあたりを包む。
だがそれでも彼はその場を退こうとはしなかった。思わぬ反応に衝撃を受けていたのかもしれない。
動かぬ彼を見て血の気の多い何人かは挑発、と取ったようだ。酒場の雰囲気は一気に険悪さをました。
と、そのときどこからともなく美しい歌声が聞こえてきた。

戦うのはなんのため
故郷で待つ母親のため
戦うのはなんのため
将来を誓った恋人のため
あなたにはわからないような方法で
私も戦っているの
あたなには想像もつかないくらい
私は貴方を愛しているの
いつまでも待ってます

戦場で兵士達が好んで吟遊詩人に頼む、有名な歌である。歌っているのはプラチナの髪をした、美しいエルフの少女であった。
「いがみ合ってはお互いに良い結果は生まれませんね。」
 彼女はにこっと笑って言った。
「私はファーラン。その仕事、やらせていただきますわ。」
 彼女がそう言ったのには訳があった。彼女がカラの村に滞在していたのは、ついこのあいだのことである。
伝承を聞き、お礼に歌をうたったあののどかな村。
「見過ごすことは、できないんです。人のためじゃ、ありません。私自身の心が、後悔で壊れてしまわないように。人を潤す歌が、言葉が、哀しみに満ちてしまわないように。そして、悲しい力が、揮われないために」
 寂しげに、でもしっかりとした口調で言ったファーランの瞳は、穏やかに、凪いでいた。
いままで騒いでいた客達は不思議なまでに静まり返った。
「ありがとう。わかってくれて・・・そしてそのきれいな歌にも・・」
「いえ、こうするのが当然なのですもの。」
 ファーランはもう一度やわらかな笑顔を見せた。
完全に毒気を抜かれた兵士達は彼らを無視しはじめた。また自分たちの会話に戻っていったのだ。喧噪が食堂に満ちるのに時間はかからなかった。
そのざわめきの中、スラッシュに別の人物が声をかけた。
「よう、具体的に報酬は幾らなんだ?」  声をかけたのは壁にもたれて一人で飲んでいた男だった。今は鎧をつけてはいないがおそらく戦士だろう。青い瞳がスラッシュを冷ややかに見据えている。
スラッシュは相手の力量を推し量ろうとしたが分からなかった。何か壁のようなものに遮られているような、そんな妙な印象を受けるだけだ。ファーランも胡散臭げに眺めている。
「もし成功すれば報酬の方は十分な額がもらえるだろうし、名誉も手に入るだろう。」  スラッシュは答えた。
「残念ながら俺はここの兵士じゃないが、その仕事を成功させれば、俺を高く買いそうだな。」
「・・・そうかもしれんな。」
 スラッシュはランケストの対応を思い出しながら、そう答えた。
その可能性が0とは言わないが、難しい事は確かだろうがそれは口にしなかった。
「・・・よかろう。俺はジェイズだ。」
 ジェイズはスラッシュに近づいた。値踏みするような目でスラッシュを見る。
 「俺はスラッシュ。よろしく頼む。」
 スラッシュは手を差し出す。
 「たとえ相手が味方でも、利き腕を差し出す奴は死ぬぜ・・・。」
 しかしジェイズは握手をしようとはせず、面倒くさそうにすれ違いざまにそう言うと酒場の出口へと向かって行った。
きまり悪そうに手を引っ込める彼だっであった。
2人の冒険者を得たスラッシュが帰ろうとした矢先、もう一人から声がかかった。どうやらかなり酔っているらしいが、その男はこう言ってきた。
「待ってくれ、俺も行く。クレネリアスの連中にはいやっていうほどお世話になっているんだ。」
「ライ・・・。」
 扉をくぐりかけたジェイズが驚いたような声を出した。
「お前、生きていたのか。」
 ライと呼ばれたその男はゆっくりと近付いてきた。
彼の名はライディーズ・アーデルハイト。肉親を殺された復讐のために剣士となった男である。
「よう、ジェイズ。ずいぶんと久しぶりだな。セミットに会いに来たのか?」
「ああ、近くを通りかかったついでにな。」
「相変わらず娘にだけは甘い親だな、お前は。まあ、また仲良くやろうぜ。」
「・・・この前みたいなのは御免だからな。」
「勝手に突っ込んで敵に囲まれた事か? ならなんであの時、お前が俺のとなりにいたんだ?」
「お前につられてたんだよ。」
軽口を叩きあいながら酒場を出る二人。残された二人も慌てて後を追うのであった。
 こうして、カラの村へ行く冒険者達は4人となった。

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