テストシナリオ01 第一章第四節

第一章第四節「新暦208年8番目の月23日」

○23/alfrea(8th month)/208

 ルーリエはいつもと同じ時間に目を覚ました。
昨日の夜は荷物の片づけならなんやらでかなり疲れたはずである。事実彼女は母親が目を少し離している間に寝入ってしまっていたのだ。寝床にいるのは母か誰かが運んでくれたのだろう。
だが目覚めの時はいつもと同じであった。
しかし寝起きはあんまり良くないのか、ともかくも目覚めの場所がカラの村のラティの店の2階の自分のベッドでは無かったことに著しい不安を覚えた。
− ここどこ?
 不安に心をかき乱されながら辺りを見回し、隣に眠る母の姿を見つけてほっと息を吐いた。
そして改めて自らが今おかれている境遇について思い出した。
− そっか、ルクスの砦にいるんだっけ・・・
 そう、彼女を含めてカラの村人の実に2/3にの人がこの砦に身を寄せ、初めての夜を過ごしたのであった。眠れぬ夜を過ごした者も幾人かいただろうが、ともかくも夜は明け、新しい日が始まったのだ。

 早朝、夜も明けるのももどかしいという風にリューンはランケストの執務室を訪れるた。ランケストは仮眠中であったがもちろん快く彼を迎えてくれた。
隣室で待たされること数分、再びリューンの前に姿を現せた彼に眠りの神の残照など微塵も感じられなかった。
− さすが・・・・
リューンは彼のそんなところに思わず感心してしまったようだ。
彼はランケストが椅子に座ると早速本題から切り出した。
「隊長殿、我々は今まで砦を使って敵を足止めすることを考えてきました。しかし、敵を足止めするには、砦にこもってはだめです。」
 リューンは今までの議論を真っ向から否定する言葉から切り出した。
「砦の守備力にはまったく問題はありません。問題なのは、敵がこちらの10倍の兵力だということです。古来、城を包囲するには守備側の4倍の兵力が必要といわれます。今回、敵は砦を包囲してなおかつ6倍の兵力を動かすことが可能です。もしこれが民間人の追撃に回ったら・・・」
リューンはそこで言葉を区切ってランケストの方を見る。ランケストの顔には明らかに不味いことを指摘された表情が現れていた。
事実この砦を捨てるつもりならば、村人達を救うつもりならば、徹底した焦土作戦を行うべきであり、早い段階で村人や旅人に撤退命令を出すべきだったのだ。だが自分はそれを行わなかった。
− どこかにこの砦への、この場所への未練があったかもしれんな。
 心の中では彼は素直にそう独白した。自らが一国の王に期待され、そして任されたこの砦に必要以上の思い入れがあっても不思議ではなかった。頭では撤退しかないと思っていても、心のどこかでそれに反対していたのかもしれなかった。
だから本来退くべき者が徹底的に取らなければ行けない策を行えなかったのかもしれなかった。
「・・・・確かにな。武器を持たぬ者を襲うなど騎士や将にとっては本来なら恥ずべき行為なのだがな。」
 ランケストが苦笑しつつ口にしたのはリューンに指摘されたことのみへの反応であった。もっともその言葉も嘘ではない。傭兵たる身であった自身の経験から言えば無抵抗で驚異でもない人間を皆殺しにするなど労力の無駄であり、何より復讐者を作り出すだけのまことに悪いことだらけの自己満足でしかないのだ。
「敵を足止めするには、やはり川を使うしかありません。水辺に柵をめぐらし、橋を渡ってくる敵を迎え撃つ・・・これしかないでしょう。在り来たりの戦術ですが、足止めには効果的です。一刻も早く、川岸と水中に柵を備え付ける必要があります。」  そういうと、リューンは大事そうに抱えていた紙を机の上へと広げた。そこには彼が徹夜で作成した柵の配置図が描かれていた。
ランケストはしばらくその図面をじっと見つめる。確かに一晩で考えたにしてはこれ以上無いくらいの策であった。
− しかし・・・。
ランケストはクレネリアスの工作技術を決して侮ってはいなかった。
「分かった。資材の方はレムスンという男に言えばそろえてくれよう。人手の方も出来る限り割くことにしよう。では早速準備にかかってくれ。」
 だがランケストは破られるであろう策でも出来る限り打っておくに限ると考えて、リューンにそう命を下した。
「分かりました。」  リューンは図面を丸めると喜々とした少年のような表情でランケストへと一礼し、部屋を後にしていった。
だがそれを見送るランケストの表情はさえなかった。

 その日定時の連絡の際レムスンはランケストにカラの村の避難者の男性には砦の補修、荷役等力仕事を女性には厨房や兵士たちの身の回りの世話をさせてはどうかという提案をした。
ランケストの方はそのあたりには関心がなかったようで、強制させなければという条件付きながらあっさりその提案を承認してくれた。
さっそく彼は村人の中から志願者を募ってみたが皆暇を持て余しているのか、恩返しのつもりなのか、不安をまぎらわしたいのかはともかくかなりの数の村人が志願してくれた。
レムスンは志願者の多さに逆に閉口しながら、ありあまっている仕事の中で彼らにできそうなものを割り振っていた。だが人相手の仕事をあまりしたことがない彼には骨の折れる作業であったようで、いつのもの様にてきぱきと処理、とはいかなかったようだ。
「レムスンどの。厨房の責任者が見えてますが・・・・」
 机にしがみついて仕事をしていた彼に部下の一人がそう言ってきた。
「入ってもらってくれ。」
 レムスンはそう言ってこれ幸いとばかりに書類の山−それでもランケストの机の上よりははるかに少なかったが−から抜け出した。
厨房の責任者、ラオは倉庫の方のエールがそろそろ底をつくことを言いに来たのであった。
レムスンはしばし考えた後、幹部用のストックの半分程度を放出することに決めた。
その旨をラオに伝えて彼を退室させると、さっそく部下に命じて厨房へとエールを運ばせる手はずを整えた。
それほどの量はないが、大酒飲みの傭兵らの分を考えてもそれでも数日分にはなるだろう。
「さて・・・・やれやれ、もう一仕事するか。」
 そう言って彼が椅子に腰を下ろしたのと、一人の男が部屋へと姿を見せたのとは、それとほぼ同時刻だった。
部下がこの男の入室止めなかったことにレムスンは軽いいらだちを覚えた。そして取り次ぎをしなかった事への非礼をたしなめようと口を開きかけたが生憎男の方が先に口を開いた。
「貴方がレムスンか?私の名はリューン・リュネイル。ランケスト隊長に君のところへ行って資材を調達してくれ、とのことだったんだが今時間の方は大丈夫かな?」
 優男、とでも言うのだろうか、その彼からク=ルム同盟では参謀の代名詞とされる男の名が出てこようとは思わなかったようだ。
− リューン・リュネイル・・・・
その名を聞いてレムスンの方はとびあがらんばかりだった。事実座っていた椅子から立ち上がりかけた。
「だ、大丈夫ですが・・・・」
「じゃあ早速だがこの図を見てくれ。砦の回りにこのような防御柵を作りたいんだが・・・・。」
 そう言って図面を広げ、まるで出来損ないの自作のおもちゃのことを得意げに話す子のように喜々とした表情で説明を続けるリューンをレムスンは不思議そうな表情で見つめていた。
やがてリューンの説明を聞き終えたレムスンはすぐに資材の手配の準備を始めた。
一方のリューンの方も作業員として出来うる限りの兵士達を借り受けるために再度ランケストの執務室へと赴いていった。

 エルベラン辺境、カラの村の近くである。まだ一番鶏が鳴いて間もない頃、村から東の方角に走っていく二頭の馬があった。乗っているのはジェイズとセミットであった。二人は、カラの村人を救出する計画の一環として、クレネリアス帝国軍の動きをつかむための斥候を目的として、丁度村を出発したところであった。
同じように、朝は村の中にもやって来る。スラッシュ、ファーラン、そしてライディーズの3人は、二人を送り出し、宿で簡単な朝食を食べ、今日からの仕事に思いを巡らせていた。
まずは村長に会うこと。彼らが宿を後にしたのはそれほど後のことではなかった。
カラの村の村長は、年の頃50代前半の初老の男性で名はドロッセンマイヤーと言った。名前から察せられるように、このエルベランの生まれではないらしい。だがそういう他所者が村長になれたのは、出身にこだわらないエルベラン人の気質もあるだろうが何よりも行き倒れた自分を救ってくれたこの村に住み、この村の人を愛し、この村の事を考えて生きてからであろう。そこを前の村長に認められ養子に迎えられたのだ。
宿の亭主は、彼が村長になってから大分経つが、あんなにすばらしい村長はないと村人の尊敬を一身に集めているとスラッシュ達に教えてくれた。その村長を説得するために、三人の冒険者達は村の他の家とさして変わらない村長の家へと赴いたのだ。
 村長、ドロッセンマイヤーは早朝からの見知らぬ訪問者を快く迎え入れてくれた。
堅苦しい挨拶をすました後で、礼儀は無用と村長に言われたのでスラッシュは早速用件を切り出すことにした。
「さっきも言ったんだが俺達はルシニアの冒険者ギルドからこの村の人々の避難を援護するためにやってきた。まだ30人以上の村人が残っていると聞いた。彼らを無事避難させるために村長さんに協力してほしいのだが・・・・。」
「彼らには私としても出来る限りの説得はしたのだが・・・・」
ドロッセンマイヤーは苦渋に満ちた表情をみせた。
「だが村と一生を共にしたいと考える者もおり、この村を出た後のことに不安を感じて残っている者もおる。確かにこの村はいい村じゃからな。そして、村に残る人が一人でもいるのであれば、村長たる私も避難するわけにはいかないのだ。」
「もう一度あなたの方から呼びかけて貰うわけにはいかないか。」
 人望のある村長から幾度か説得されれば立ち去ろうとしない村人達もあるいは、という期待をスラッシュが持ったとしても当然のことであった。
「・・・かまわんが望みは薄いじゃろうな。今、村人達の心を支配しているのは、絶望だ。ある意味誰もが生きようとなどとおもっとらんのじゃよ。」
 最後は絞り出すようにドロッセンマイヤーはそう呟いた。その時顔に刻まれたのは村長としての苦悩であろう。
「そんな・・・絶望なんて・・・。悲しすぎます」
 ファーランは悲しそうな瞳を村長へと向けてそう呟いた。
「そうだ。このままではクレネリアスの奴等に皆殺しにあうぞ。なんたって、敵の将軍は、あのアギウスなんだからな」
 畳みかけるように気色ばんでそう言ったのはライディースだった。
だがドロッセンマイヤーは困惑した表情を、ついで諦めにも似た表情を浮かべて首を振った。それもまた運命、とでも言いたげであった。
「わかった。では、俺達の仕事は、まず村の人々に生きる気力を与えるということになるな。それで村長、また話は変わるが、フェリシアという名前の女性に心当たりはないか」
「フェリシア・・。ああ彼女もまだ村に残っておるはずじゃよ。」
 そう言って村長は今までとはうってかわって明るい表情を見せる。
「仕事の依頼者から、言づてを預かってきているんだがその人は今どこに・・・」
「村の一番北側の小さな家に住んでおるよ。行ってみればすぐに分かるじゃろう。」
 村長はそう言って部屋の窓からの一方向を示した。
「わかった。行ってみることにする。・・・・村長、貴方に会えて良かった。だが俺達は村人を助けるためにここに来た、ということをわかって欲しい。そしてそのためにはあなたの助けが必要なんだ。だから、また来る。」
 冒険者達はそう言って村長宅を辞していった。
 村長宅を辞した冒険者達が村の一番北にある家を訪れた時、彼らを出迎えたのは、年の頃40代後半というところの1人の老婦人であった。
「フェリシアさんですか」
 巨躯のため相手の頭二つ分は頭上からスラッシュはそう言った。
「そうですが・・・何かご用ですか」
 鈴の音のような声にいくばかの不安と警戒心をにじませて老婦人はそう頷いた。
− でも、俺はファーランの声の方が好きだな。
 スラッシュはそんなことを心の中で呟きながらも、相手を安心させるべく自分らの訪問の意図を口にした。
「我々はルシニアの冒険者ギルド長のハンク氏の依頼をうけて、このカラの村の人々の避難の援護、そして貴方の護衛をするためにこの村へと来た者です」
「ハンク・・・。」
 その名を聞いて一瞬まるで懐かしき物を思い出すかのように彼女の瞳は遠くをさまよったがすぐに我にかえったようだ。
「あ、中へどうぞ」
 とりあえずその名を聞いて彼らを信用することにしたのか、彼女はそう言って、扉を広げてスラッシュ達を中に招き入れた。
家の中は狭いものの、整然と片づけられており、そこかしこに野の花が飾られていた。
「歩いて疲れたでしょう。いま何か飲み物でも用意しますね。」
 フェリシアはそう言うとその部屋をつと出て行った。
「おい。ど、どうするんだ」
 予想外の展開にライディーズは少々困惑気味のようであった。そう言って二人の仲間を見る
「どうするって・・・・それよりも、フェリシアさんとハンクさんってどういう御関係なのかしら」
「どういう関係って・・・」
「だって知り合いですよね。しかもかなり深そうな・・・」
 スラッシュはしばらく黙っていたがやがてこう呟いた。
「・・・・今にわかるだろうさ。」
 深慮があるのかないのか、そのスラッシュの言葉にファーランとライディーズは顔を見合わせるだけであった。
ほどなくフェリシアは陶器製のポットにいくつかの木製のカップをもって戻ってきた。そして彼らに椅子を勧め、カップにほのかに柑橘系の匂いのする水を注いでいった。
スラッシュは注ぎ終わるのを待って、口を開いた。
「ありがとうございます。ところで用件ですが、我々の任務は、村の人達と、そして貴方を無事に避難させることです。しかし、村の人は皆、絶望しているとでも言うのでしょうか、避難しようとはしないようです。貴方も避難はされないのでしょうか?」
「・・・ハンクの気持ちは本当に有り難く思います。でも、あの人・・・村長が残る限りは私も残ります。」
「失礼ですが、ハンクさん村長とは、どのような御関係ですか?」
 自らの好奇心を抑えきれなくなったのかファーランはそうフェリシアへと尋ねた。
「・・・ハンクは幼なじみでした。そして今でも最高の友達ですわ。そして村長・・・あの人とは来月ミ=ネアの祝福を受ける事になっています。」
 年甲斐もなく、というわけでは無いのだろうが頬を染めたフェリシアは気恥ずかしそうに俯いた。
ミ=ネアは婚姻を司る女神で、彼女の祝福を受けた者たちは決して別れることのないと言われているのだ。
「しかし・・・・。」
 しばしの沈黙の後スラッシュがそう言おうとしたが、彼女はそれを遮るように話を再会した。
「それから、村人達が絶望しているとおっしゃいましたが、そんなことはないかと思います。誰だって本心では生きていたいのです。しかしそれと同じほどの皆この土地が、この村が好きなんです。ここは私たちの故郷なのですから。今、この村のいる者は私を含めて葛藤しているのです。ですから、貴方がたが、本当に真摯に、心から彼らのことを考えているのであれば、きっとわかってくれるのではないでしょうか・・・」
 フェリシアはそういってじっと冒険者達を見た。だが冒険者達は彼女に言葉を返すことが出来なかった。
一言も発せぬままフェリシアの家を後にした冒険者達は、彼女の最後の言葉をずいぶんと長い間噛み締めていた。
いったん宿へと戻った冒険者達は、その夜村長の力を借りて残った村人達を村の広場へと集めた。そして村長を中心にこの村から立ち去るよう説得にかかるのもの、集まった村人全ての者が首を縦には振らなかった。逆にスラッシュらは余所者に何が分かる、冒険者風情が聞いた口を叩くなと怒声を浴びせられる始末であった。
こうして村人達の説得は不調に終わり、カラの村での二日目は暮れていった・・・。

 カラの村へと入った”ハイエナ”ジギーは村のはずれにある家畜小屋の屋根裏に仮の隠れ家を定めたようだ。
家畜は野に放たれたようで小屋はもぬけの殻だったが、屋根裏にはかなりの量の干し草が残っていた。彼はそれを使って簡単な寝床を作ると、ここでクレネリアス軍が来るのを待つことにした。
荷物の中から干し肉を引っ張り出してきてほおばり、干し草のうえにねっころがる。彼は活動の時間を夜と定めていた。ランケストの言っていたことと違い、村は無人ではなかったが、その村人達にさえ気づかれなければいいのだ。
夜ならばそれも可能だろう。それまで彼は一眠りするつもりであった。
− クレネリアスのやつらがきたら兵士の誰かと入れ替わって中から混乱させる・・・・。これで行くか。
 目を閉じつつそんなことを考えたジギーであったが、いつの間にか寝入ってしまったようだ。もっとも眠りは浅く、いつでも飛び起きられるものであったようだが。

 ユウはさすがに昨日の今日なので厨房には寄らず、一人だけで砦内を探索する事にした。挨拶がすんだせいか、ディナも外に出ることにとやかく言わなくなったのだ。
もっともハーフリングにそのことを言うだけ無駄、と言うことに気づいただけなのかもしれないが。
ユウはあっちに顔出し、こっちに顔出しと笑いを提供しては砦内をうろ付いて、最後に行き付いたのは案の定砦内の傭兵用大食堂、通称酒場であった。そもそもハーフリングたる彼が、今までここに来なかった方が珍事と言わざるを得ないだろう。
酒場は非番の傭兵達でにぎわっていた。むろん酒場と称されるだけあって昼にも関わらず多くの者が酒を飲んでいた。
もの珍しげに酔っ払い達を見るユウ。そんな彼に対して一人の赤毛の兵士が声をかけて来た。
「やい、このガキ。どこほっつきあるいてんねん。ここにおったら危ないで。早よ、おかんと避難しといたほうがええで。」
 彼は人の良さそうな笑みを浮かべてユウにそう言った。だが手にエールの入ったコップが握られていては説得力も半減だろう。
「ん?おっちゃん。めずらしぃ口調だね!オイラが何処を歩いているって?そりゃ、"石畳"の上にきまってるじゃん☆それに"おかん"って誰なのさ?」
 ユウは視線を彼の手に握られているコップに引かれながらそう答えた。
「・・・ん?ガキやとおもったらハーフリングやん。珍しぃなぁ。悪させんと仲良う頼むで。いざというときは頼りにしとるからな」
 そのユウをじーっと見て人間の少年ではないということ気づいたミナイはそういって、ぱちりとウィンクしてみせた。
「おうおうおっちゃん☆頼りになるかは知らないけど、砦にいるからは宜しくねん☆おいらはちょいと遊んでいるのさ♪」
「あそびやったらまかしとき♪ところで、あそこのベッピンさん。名前調べてくれへんか?」
 ミナイがそういって指した先にはカラの村から避難してきた村人であろうか、綺麗なお姉さんが道行く人を手持ちぶさたに眺めていた。しかし背の低いユウの目に飛び込んで来たのは、たまたまそこを通りかかったオバさん、ルーリスの姿であった。
「ん?どこのべっぴんさん・・・ってってって、おっちゃん冗談きついよ!おいら駄目っ!あの人苦手っ!あのヒトおいらの事を仔猫みたいに洗うんだもんっ!」
 あくまでルーリスの事を指してそう言ったユウは逃げ出さんばかりであった。見る人が見ればハーフリングにも苦手なものがあるのかと妙なところで感心することだろう。
「一緒に入って洗ってもらったんかいな。うらやましいガキやなぁ〜。そや、こいつをもういっぺん洗濯してもらおうか☆ちょいとそこのおねー様♪こいつをもっかい洗ったってな☆」
 そんな勘違いをしたままのミナイの声に反応したのはもちろんルーリスであった。
「ちょいとそこの赤毛さん。あたしの事を呼んだかい?あら、そこのおチビちゃんはおとつい洗ってあげた子ね。また身体を洗おうかい?」
 ルーリエは恐ろしい、いや山姥のような、いやともかくも満面の笑みを浮かべてミナイとユウの方を見た。たまらず逃げださんとするユウと、そこでやっと自分とユウとの勘違いに気付いたミナイであった。思わずユウに対して蹴りを入れようとしてしまう。
あっ、スマン思わず蹴り入れてもうた。いや、おねー様どうも人違いでした・・・ははは。えらいスンません。」
 薄ら笑いを浮かべ頭をかきつつそういったラキアであった。
「へん!そんな蹴りなんかあたらないよぉ〜ん☆」
 ユウの方はなんとかミナイの蹴りをかわすとそういってちょこまかとラキアの回りを動きまくる。ラキアはそのユウの首根っこをひっつかまえんとする。
それは呆れたルーリスは用もないのに呼び止めるでないよ、などと文句を言いながらその場を去った後も続いていた。
「ユウ〜。何してるの?」
 そんなユウとラキアの姿をこれまたたまたまランケストの所へ食事を運んだ帰りのディナが見つけてそう声をかけた。
「お〜ぅディナ☆このおっちゃんと遊んでいるんだよ〜♪」
 捕まえようとするラキアの手をすり抜けて、ユウはそうディナへと手を振った。
「このクソガキにまけてたまるか!」
 遊んでると言われ、ラキアはムキになってユウを捕まえようとする。が、ハーフリングを捕まえようというのは実に至難の業なのだ。
「ラオのおっちゃん怒ってた?」
 ミナイがむきになってるのを知ってか知らずかユウはディナと話してたりする。
「?ユウが手伝いに行かない事を?全然気にしてないよ。だって、ユウは好意で手伝ってくれているんだろ?だったら問題ないだろぅ?」
 お盆を脇に抱えながらディナはそう言った。端から見ると一種異様な光景のラキアとユウなのだが、ディナはそんなことは気にもとめなかった。
「うん、ならばいいんだけど・・・ほら、手伝えばエール飲めるし・・・」
 ひょいひょいラキアの手をかわしながらユウはそう言った。エールとは言っているものの彼自身もラオを気に入っているのだろう。もちろんもらえるエールを断ることは無いだろうが。
「だーっ!チョコまかしくさって、このガキが〜。あかん、こんなん相手するだけつかれるわ。この菓子やるから和平結ばへん?」
 いい加減疲れたのかミナイが追いかけるのを止めてユウにそう言った。かなり息が荒いので本当に捕まえようとしていたのだろう。
「・・・それにエール2杯つけてくれるよね♪」
 足を止めてそんなミナイの事をユウは上から下までじろじろと見たあとでそう言った。
「ユウ、2杯って・・・そんなに飲むの?」
 ディナはきょとんとした目でそうユウへと言った。
「よっしゃ。エール二杯で君は今日から俺のダチや。ええなぁ☆」
「ラッキ☆んじゃ、乾杯しよ♪おっちゃん。おいらユウって言うんだ。よろしくね♪ディナ。よかったな♪お前の分もおごってくれるそうだ♪」
「え?いいのかなぁ・・・」
 ディナはそう言って苦笑してユウとラキアを見る。
「おぅ、こっちのガキも一緒か。せやったら、エールを4つ注文せなあかんな。オレとこのガキが1杯ずつで、ユウが2杯やろ?遠慮せんと飲みや〜」
「おっちゃん、ちゃんと気ぃきくなぁ〜♪じゃぁ遠慮なく飲ませてもらうね♪」
 どこから取り出したのかハープをぽろろろんと引きつつ、満面の、本当に愛くるしい笑顔を見せてユウはそう言った。
「あ、どうもご馳走様です。僕、ディナっていいます。宜しくお願いします」
 ディナの方もおごってくれるくれないはともかくも、ラキアの好意に対してぺこりと頭を下げた。
「おうおう、ガキは遠慮しちゃなんねーからな☆ま、楽しくやろうや」
 ラキアの方も根がそうなのか、はたまたのりがいいだけなのかそう言うと大きな声で笑い始めた。
 こうして知り合ったユウとミナイは、もちろんディナはすぐに別れた、その日一日中酒場で盛り上がっていたようである。

 丸一昼夜以上馬を疾駆させ、クレネリアスのルクスの砦侵攻軍の本隊へとアッシュ・グレーがたどりついたのは夕方近くであった。森の中の小道を走ったとはいえ、一日ちょっとでここまでたどりつくというのはなかなか人並み外れた行為であった。もっともその代償として馬の方はかなりへばっているようであったが。
 彼は馬は休ませるために少し離れた所につなぐと、自らは単身小高い丘に身を潜めじっとクレネリアス軍の陣を見下ろした。
クレネリアス軍はすでに宿営地の建設を終え、幾多の天幕が所狭しと並んでいた。立ち上る煙はおそらく炊事のものだろう。
− 性格はともかく手腕の方は噂道理だな・・・・。
 その整然たる宿営地の姿を見て、アッシュはそう感嘆した。2000の兵、と一言で人は言うが実際の行軍は簡単なものではない。
厳しい軍紀によってか、死への恐怖によってか、はたまた欲望への期待によってかともかくもアギウスは2000の兵をまとめあげているのだ。
決して残虐さだけがうりの将でないことは見てとれた。
しかもルクスの砦まで後数日の位置である。彼が予想したとおりの場所近辺で宿営地を張っていたことから考えて、行軍自体も非常にうまく行っている様だ。
− 兵達の心をつかんでいる、という点ではランケストに分があるかもしれないが、将としてはアギウスのが上か・・・
 アッシュはそうアギウスのことを値踏みした。残虐非道さで鳴るクレネリアス軍とて血筋だけで無能な者が将となることは出来ないだろう。
いやなれるかもしれぬが、戦場でもしくは軍内部で生き残ることは出来ないだろう。
− さて、そろそろ戻るか・・・・何日も砦を開けておくわけには行かない。出来るならばあたらしいうまが欲しい所だが・・・・・
 アッシュは苦笑すると自らの馬の待つ場所へと戻るために身を翻していった。

 一昨日の朝にクレネリアス軍への斥候に旅立った3人がルクスの砦へと戻ってきたのは日が西の地平へと沈んでからしばらくしての事だった。
篝火の焚かれた砦の東門の見張りの兵の目に4つの馬影が写ったとき、殺気と微量の動揺を伴ったただならぬ雰囲気が東門一帯に走り、熟練兵たちの指示する声と金属音が辺りに響きわたる最中次々と弓兵が配置につき、城塞の兵から4つの馬影に怒声とも思える声がとんだ。
「現在、この砦を通ることはまかりならん。早々に引き返すがよい!」
 その声に反応したのかどうかはともかく4つの馬影はぴたと動きを止めた。
「私はルクスの砦の傭兵、シルバーダガー。ランケスト守備隊長の命によりクレネリアス軍の動向を伺ってきた帰りだ。」
 シルバーダガーは門の兵士らにそう大声で叫んだ。兵士らの緊張は急速に萎えていった。
 ほどなく砦内に入ったシルバーダガーらは捕虜の敵騎士を他の者へと託し、兵士らが行き交う廊下の隅で3人顔を向かい合わせた。
「ここでお別れだ、レイ。お陰で助かった、礼を言う。」
 握手こそ求めなかったものの、シルバーダガーの口調は親しい者に語りかけるそれであった。
「一緒に報告へ行っては駄目なのか?」
 心外だといわんばかりの表情でレイはそう言った。
「駄目だな。この砦のもの以外は・・・な。報償の方は守備隊長に言っておく。」
 シルバーダガーは首を横に振って冷たくそう言いはなった。そしてアビスを促しての場を後にした。
一人残されたレイはしばらく二人の背を眺めていたがやがて肩をすくめると大食堂の方へと足を向けた。
レイと別れたシルバーダガーとアビスの二人はそのままランケストの執務室へと向かった。
 シルバーダガーの報告は森の民家でのクレネリアス軍の斥候との二度の戦闘のこと、おそらくカラの村確保のためのクレネリアスの先遣隊のこと、そしてクレネリアス本隊のことと非常に淡々としていたが的確なものであった。
「うむ、ご苦労だったな、二人とも。それにしても森に住んでいた者たちには気の毒だった。」
 ランケストはじっとシルバーダガーの報告を聞いていたが、報告が終わるとそう二人をねぎらった。そして心底残念そうな表情を見せる。
人里離れた民家の事を知らないのはしょうのないことだが、それでもやはり民間人がクレネリアス軍の手にかかった、という事は彼の心に自責の念を生んだのだろうか。
「アビスには契約外の仕事をした手当を渡そう。」
 ふと気づいたようにランケストは机の上に革袋をおいた。見た目にも中身が詰まってそうな感じであった。
アビスは無言でそれを受け取った。当然の報酬なので礼の言葉も無かったがランケストは何も言わなかった。
「この砦に身を寄せているレイ・ブラックウイングという魔術師にも礼を願いたいのだが。」
 シルバーダガーはそう言った。
「ああ、チャック・アイギンから聞き及んでいるよ。・・・・そうだな、用意しておこう。」
 ランケストは唇に指を当てしばし考えた後、そう頷いた。
「二人ともご苦労だったな。今日はゆっくり休むと良い。」
 ランケストはそう言って二人に体質を促した。シルバーダガーとアビスの二人はランケストの言葉に頷いて、部屋を退室していった。
 一方二人と別れ大食堂の片隅に自らの居場所を定めたレイであったが、仕事を達成したにもかかわらず気分は低迷気味であった。
体は疲れてるはずなのに、数日とはいえかのシルバーダガーと共に仕事をしたはずなのに、幾ら酒を飲んでも酩酊状態へとは誘われなかった。
そんな彼の気も知らず回りでは傭兵達が止めどもなく話し合っている。どこかで怒声が発せられているのもご愛敬だろう。どうせ誰かが止めて殴り合いの喧嘩などにはならないのだから。
レイはしばらくそんな酒場の喧噪が耳に流れ込んでくるのをそのままにしていたが、不意にその内の一つに神経を傾け始めた。
彼のすぐ後ろの傭兵達であろうか、昨日旅だったという冒険者のうわさ話をしていた。 砦の守備隊とは別にカラの村を救おうとしている五人の冒険者達である。たしかスラッシュという名の冒険者と、この場で集められた者たちが3人。そのうち1人は森妖精の娘、旅の吟遊詩人らしかった。
自らには関係のない事だけに無関心な男達の話題に見切りを付け、ついでに酔うのにも諦めたレイはエールの酒壺を片手に大食堂を後にした。
満面の星空に闇を払う女神の御身を眺めながらレイはゆっくりとこれからどうするかを考え始めた。
1人しばらく夜風に吹かれて体内の酒精が消え去るにつれて彼の考えも徐々にまとまってきた。
このまま守備隊と、いやシルバーダガーやアビスらと行動を共にするのが生き残るのに一番確実なのだろう。しかし果たしてそれで良いのか?と自問する自分がいることにレイは気がついていた。
自分が目にした、正確には使い魔の目を通して目にしたあのクレネリアスの大軍、そしてそれを率いる”血塗れの将軍”アギウスの悪評。それらをつなぎ合せていくと行き着くところは一つしかない、大虐殺だ。しかし自分一人でいったい何ができると言うのだ。
「仲間か...」
 いつしか昔の仲間達のことを考えていた自分に苦笑してレイは酒を呷った。そしてふと、先の酒場での話を思い出した。カラの村の住民の避難の依頼を受けたという冒険者の話を。彼らも腕に覚えがあるのだろう、しかしそれとてあの4,50人から成る別動隊が相手では個々の武勇など無意味だ。
だがそれでもその顔ぶれにあと魔術師が一人加わればもしかしたら・・・・・・。
「ここは一つ賭けてみるか...」
 そう呟くとレイは身支度を整えるために自らの宿の部屋へと足を向けた。

 朝早くからクレネリアス軍への斥候に出かけたジェイズ、セミットの二人はしばらく行ったところで馬を休ませることとなった。小川のほとりで馬に水を飲ませ、草をはませる間に二人も軽い昼食を取ることにした。
  昼食を取り終え、晩夏の日差しを避け木陰でしばしの休息をとる二人。しばらく無言の時が流れていたが、おもむろにジェイスが口を開いた。
「セミット・・・お前のその槍、ちょっと見せて見ろ。」
「ど、どうしたの、急に?」
努めて平静さを装ってそう答えた彼女だが、ジェイズの言葉に明らかに動揺していた。
「いいから見せてみろ。」
 ジェイズはそういって手を娘の方へとさらにさしのべる。
「な、何よ。手入れはちゃんとしてあるわよ」  彼女は露骨に槍をジェイズの目から隠すように遠ざける。ジェイズの疑問は確信に変わりつつあった。
「いいからとっとと見せろ!」
「あっ!」
 そう言って彼女の持つ槍を力尽くで奪い去り、穂先の保護用の革製のかぶせを取り去ると彼の確信は正しい事が証明された。
「・・・・やっぱりな。」
 ジェイズは思わずそう呟いた。それもそのはずであろう、彼女の槍の穂先は刃が潰されていたのだ。
「刃を潰していやがったな。血を見たくないと言うのだろうが戦場はそんなに甘くないと前から言っているだろう。」
「・・・・ごめんなさい。」
 セミットは俯きしゅんとしてそう謝った。
「そんな甘いことでは戦場では生けていけん。お前はどこかの田舎で1人静かに暮らしているべきだったかもしれん・・・なのに何故此処に来た?」
「・・・・・・。」
 セミットはその父の問いに答えなかった。否、答えられなかった。俯いたままぐっと拳を握る
それを反抗と取ったのかどうか、ジェイズは右手を彼女の頭上へとあげた。セミットは反射的に身をこわばらせ目をつむり歯を食いしばり来るべき父の平手の衝撃に耐えんとした。
だがしかし父はその手を振り下ろさず、ぽんと彼女の頭の上に置いた。
「お前はそう言う奴だ。そして此処にいる。今更何を言ってもはじまらんな。」
 彼女がついてくることを許した事へか少し自嘲気味にそう呟いた。
「かなり時間が過ぎてしまったな。そろそろ行くぞ。」
 ジェイズは不意にそれを見上げてそう言った。そして草をはんでいる馬の方へと歩き出す。慌ててセミットもそれに続いていく。すぐに二人は馬上の人となり街道を避けて選んだ草原の上を東へと疾駆していった。
日がそろそろ傾こうかという頃、馬をだく足で進ませながらジェイズ、セミットの二人は街道へと近づいていた。
一度街道付近まで出てクレネリアス軍の部隊が近くにいないかその様子をうかがうためであった。
「あのね、お父さん。」
 不意にセミットは前を行く父に向かって呼びかけた。
「何だ?」
 手綱を裁き、馬の足を遅らせつつジェイズは振り返る。すぐに二頭の馬は寄り添うような歩みとなった。
「さっきの話なんだけど・・・・なんでここにいるのかっていうやつ。」
「ああ、それがどうかしたか?」
「うまく言えないけれど・・・・・多分退屈だったんだと思う。」
「そうか・・・。」
 ジェイズは頷いたまま何も言わなかった。太陽神の化身は空を朱に染めながらそんな二人を照らしていた。

 今日もまたヴェルギウスのお守りという精神的な苦痛から解き放たれ、クリムゾンは自らの天幕でゆっくりとくつろいでいた。
ヴェルギウスの天幕からは相変わらず馬鹿騒ぎの音が聞こえるが、稚拙な奴らの戯れ言もこちらが大人になれば聞き流せる類のものであった。
− でもいつか殺す!
 もっともそれを許すかどうかは効いている者次第と言うところであろうが。
だが彼のくつろいだ時間も思わぬ来訪者のために破られるのであった。
傭兵達の天幕が少し騒々しくなってしばらくしたころ、不意に子飼いの傭兵の1人、デュランが顔を見せる。
「クリムゾンの旦那、怪しい奴捕まえたんだけどよぉ、なんか旦那の知り合いみたいだからとりあえずつれてきたぜ。」
 そういって親指で示した彼の後ろには男と少女の姿があった。
「は? 俺の知り合いの侵入者?・・・ったくこの最悪の状況で・・だ・・・れ・・・」
 傭兵の連れてきた二人を見てクリムゾンは絶句した。
「よう、クリム。」
「お久しぶりでーす。クリムゾンさん☆」
 ジェイズ、セミット親子はやけに軽い調子でそう挨拶を口にした。捕集としてクリムゾンの前に連れ出されているのにおよそ場違いであった。
「ジェ、ジェイズ? それにセミットもか?遊びに来た訳じゃ・・・ねぇんだろ?エルベランに雇われた・・・と考えなきゃ俺の部下が捕まえるわけねえよな・・・・」
 クリムゾンはすぐに二人の事情を察した。
「話すと長いが、まあ、だいたいそうだ。」
「そう、だいたいね。」
 事実はもう少し異なるのだが今はとやかく言うような事でもなかったので、二人はほぼ同時に頷いた。もっともまるで自宅でくつろいでいるような感じでったが。
彼らを連れてきた傭兵が呆気にとられるのも無理なかった。
「お・・・お前ら・・・・余裕たっぷりだがな、俺だけならともかくヴェルギウスの能なしが・・・」
 天幕の外、正規軍側の天幕の方を気にしながらクリムゾンはそう呟いた。
「いやー、しかし運がよかったぜ。まさかお前の部隊だったとはね。」
 しかしジェイズの方はそんなクリムゾンの話を無視して自らの話を進めようとする。
「人の話を聞け!俺の話を!」
 すぐさまクリムゾンはそうジェイズへと叱責の声を上げる。
「そうよ、お父さん。人の話はよく聞かなくっちゃ。」
 セミットはそう言ってクリムゾンの方に同意する、しかし注意の方はかなりずれているようであったが。
「そういう事は時と場合によりにけり、だ。人の話は聞くものだが、時には相手の言うことを無視してでもこっちが話をせねばならん時もある。」
 もっともらしくしかめっ面をしながらジェイズはそう言った。決して自らの性格などと言う雰囲気は微塵にも感じさせなかった。
「ふーん。で、今がそうなの?」
 疑わしそうな視線を父親へと向けてセミットはそう言った。
「そうだ。」
 臆することなく、否、むしろ自信たっぷりにジェイズはそう言って頷いた。
「そうだじゃねえよ!お前らな、俺だって立場上お前らを簡単に見逃すわけにはいかない。それに離れてるとはいえ隣の天幕には、能なし陰険ヴェルギウス達がいるんだぞ!」
 知らず知らずのうちに彼ら親子のペースに巻き込まれそうになったクリムゾンは声が少々大きく荒くなったようだ。
「・・・ひでえ言われようだな、そいつ・・・。」
 ジェイズはそう言ってまるでヴェルギウスに同情するかのような表情を見せる。
「よっぽど恨みがあるのね・・・ってほら、お父さん。チャチャを入れずに。クリムゾンさんがスネちゃうわよ。」
 自分もちゃちゃを入れたことに気づかず、セミットはそういって父を肘でつついた。
「と、とにかく、敵の捕虜は当然拷問のおまけ付きで情報吐かされるんだ。セミットだって死んだ方がましだと思うような目にあわされるんだぞ!一体全体ここで何してるんだ!!」
 今現在自らが置かれている状況を無視して飄々としているジェイズに、逆にクリムゾンの方が興奮してまくしたてる。
「まあまあ、そう興奮するなって。相変わらず熱いやつだな、お前は。」
 まくし立てた後で息を切らしたクリムゾンに対し、ジェイズはあくまで落ち着きはらってそう言った。近くに水の入ったカップでもあれば絶対にクリムゾンに「これでも飲んで落ち着けと」差し出していただろう。
「お父さん、いい加減にしないと本気で怒られるわよ。あ、ごめんなさいクリムゾンさん。実は今、エルベラン王国の冒険者ギルド、ルシニア支部の要請で砦内の勇士を募って、カラの村住民救出計画を実行中なんです。それで私達も志願して・・・」
「俺は止めたんだけどな。」
 むすっとした表情でジェイズはセミットを見るがセミットの方が逆に父を窘める。
「ちょっと、チャチャ入れないで。・・・それで、他の仲間が住民を説得する間に斥候をするように言われてたんですけど、お父さんが多分クリムゾンさんがいるからって言って勝手に忍び込んじゃいまして。」
「た、多分・・・多分でお前は命掛けの行動するのか?!」
 クリムゾンは本当に頭を抱えてそう言った。もっとも奴の性格からすればこれくらいは不思議ではないと妙に納得もしていたが。
「で、見事に捕まってここにいるってわけです。」
 セミットは両手を広げて肩をすくめて見せた。どうやら彼女の方も自らの置かれている立場の深刻さが理解していないようであった。いや、クリムゾンがいるからこそこうしているのかもしれないが。
「お前がへまやったんだろうが。俺一人ならここまで簡単に来れたのに。」
 ジェイズはそう言ってあくづいた。
「また、そんな強がり言って。さっきの慌て方ったらひどかったじゃない。」
「誰だっていきなり背後で・・・・。いや、まあとにかくそういうことだ。ところで、今ここにそのヴェルギウスとやらはいないんだろ? だったらどうだろう、ひとつ俺が知っている情報はすべて話そう。その代わりと言ってはなんだが俺たちを黙って釈放してもらえないか?」
「ちょっと、お父さん! それじゃ軍人としての節度に欠けてない?」
 慌ててセミットが窘めるようにそう言った。
「俺はまだ軍人じゃねえ。それにポリシーだけじゃ食っていけねえよ。」
 ジェイズは持論というかなんというか、とにかく悟すようにそうセミットへと言った。
「はぁ・・・相変わらずの性格だな、ジェイズ。セミット・・・お前もたいへんだなぁ・・・。ま、それはともかく、デュラン、正規軍の見張りに見つからなかっただろうな?」
 しみじみとセミットへと同情したとで、クリムゾンは急に真剣な表情でそうデュランへと尋ねた。二人の事をヴェルギウスに知られたらそれこそ一大事なのだから。
「旦那、おれをあんなヘボどもと一緒にすんなよな、当然だろ?じゃ、俺は隣にいるからよ、あとは旦那の好きにしてくんな。」
 デュランはそう言ってクリムゾン用に仕切られた一室から出ていった。
「おう、すまねぇな。・・・よし、ジェイズ。話してもらおうか。そのあと俺は急に眠くなるかもしれないからな、捕虜が何をしようが気づかないわけだ・・・。」
 デュランに対しそう声をかけた後、急に声を潜めてそうジェイズへと言った。
「ありがてえ。恩にきるぜ、クリム。」
「まぁたそんな事言って。どうせ二日で忘れるくせに・・・。」
 クリムゾンはそう言って苦笑した。そして二人に座るように示し、自らも腰を下ろした。
 ジェイズが彼の知りうる限るのエルベラン側の話をしている間中クリムゾンは静かに聞きつづけた。途中何度かセミットが幾度か訂正を加えたものの全て真実を話していた。
「なるほど、全員が村を出るわけではない・・・・ということか。馬鹿な奴らだ。死にたがりめ・・・」
 やがてジェイズの話が終わると苦々しげにクリムゾンはそう呟いた。ところでもしランケストも同じ様な事を言ったことを知ったらどう思うだろうか。
「もしお前があの村にたどり着いたときにまだ俺らがいた場合なんとかしてくれないか?」
 ジェイズはそう言ってクリムゾンを見た。
  「残念だが俺はあの村を救うことは出来ない・・・・お目付役がいるからな。」
 クリムゾンは首を横に振ってそう言った。
  「虎の威を借る狐ちゃんか。後ろ盾の威光の届く場所でしか吠えられないちんけな奴なんだろう?」
 ジェイズはシニカルな笑みを浮かべてそう言った。クリムゾンは忍び笑いを漏らしつつ頷いた。
「で、実際の所お前らはどうする気なんだ?昔のよしみで教えてくれよ。」
 ジェイズは身を乗り出して人なつっこそうな、しかしずるがしこそうな笑みを浮かべつつそうクリムゾンへと尋ねた。
「あのなぁ〜、俺は傭兵だ。たとえどんなに気に入らん仕事でも敵軍のやつに情報は流すことは出来ない。わかるだろ?俺の性格。」
 クリムゾンはそう言って彼もまたいたずらっけのある笑みを浮かべてジェイズを見た。
「まあ、昔のよしみで一つだけ教えてやるよ。到着の日は熱くなりそうだからよ、水はしっかり用意しとけよ。」
 クリムゾンはわざわざ熱く、の箇所を強調するような口調でそう言った。
「はあ?暑くなるのですか?」
 なんのことか分からず思わずそう口にしてしまったセミットであった。
「セミット、お前は黙ってろ。分かった、クリム、熱くなるんだな。・・・で、そろそろ行かせてもらいたいのだが。いい加減に遊んでいられねえしな。」
 ジェイズはそう言って立ち上がった。慌ててセミットも立ち上がる。
「そうか? じゃあな。おい、デュラン。」  クリムゾンは隣に控えているはずの傭兵の名を呼んだ。案の定数瞬のうちにデュランは姿を見せた。
「こいつらを陣地の外まで案内してやってくれ。それから、セミットには手を出すんじゃねえぞ!」
 クリムゾンはこの信頼できる傭兵の性癖をしってか、それとも単なるからかい半分でか、そう口にした。
「旦那ぁ、そりゃ確かにおれは女好きですけどね、ガキに手を出すほど不自由しちゃいませんぜ。もうちょい育ってりゃいい女になりそうな素質はありますけどね。」
 デュランはそう言われて一度セミットを見た後、そう反論するようにクリムゾンへと言った。
「どーせ私は悪い女よ!フンだ。」
 幼い、と言うのだろうか、ガキと言われてセミットはそう言ってそっぽを向いた。
「デュラン・・・それはセミットに失礼だぞ。」
 苦笑しつつクリムゾンはそう言った。
「はぁ、ま、そう聞こえますかね? おれはただ単に少女より熟女が好きって言いたかっただけなんですが。」
 頭をかきながらデュランはそう答えた。
「私、半年前から成長止まってるもん!」
 セミットはさらにそう言うが、話の根本的なところからずれている事には気づいていないようだ。
「まあまあ、セミット、こいつも口は悪いがいいやつなんだ、あんまり怒らずに許してやってくれ、な?」
 クリムゾンにそう言われてセミットの方もとりあえず黙り込むが、怒っているのには変わりないようであった。
「じゃあな、二人とも。デュラン、見つからないように頼むぞ。」
 クリムが見送る中、3人は堅牢なはずの宿営地から抜け出して、夜の闇に消えていった。
 月明かりの下、街道より少しはずれた何もない草原を行く3つの人影と2つの馬影があった。
言うまでもなくジェイズ、セミット親子と彼らの案内をするクレネリアス軍傭兵のデュランであった。
彼らは先遣隊の宿営地を抜け出た後、いったん馬を取りに行き、その後クレネリアスの斥候を避けるようにカラの村の方へと歩いてきたのだ。
「ここからなら見付からないだろう。だが街道に入るのはもう少し向こうにした方がいいと思うぜ。ジェイズの旦那にセミット嬢ちゃん、だっけ?」
 ふと先頭を行くデュランは立ち止まって振り返り、敵であるはずの親子に対してそう言った。
「フンだ。」
 まだ先ほどのことを根に持っているのか、セミットは話しかけないでと言う風にそっぽをむいてしまった。
「セミット! ・・・ああ、分かった。ありがとよ。クリムによろしくな、デュランとやら。ほら、セミット、行くぞ。」
 ジェイズは今まで引いていた馬にまたがると一度デュランに手を挙げると馬の腹を蹴った。
「ベーだ!」
 真っ赤な舌をデュランに出した後、彼女も馬にまたがり先に行った父をセミットは追っていった。
「あんまり長居してると見回りが来ちまうからな!・・・まったく、クリムゾンの旦那も甘いよなあ。わざわざ敵を見逃すとは・・・まあ、俺はあの人のそんなとこが好きなんだがな・・・。」
 歩き去るジェイズとセミットの二人を見送りながらデュランはぽつりとそんなことを口にした。そんな彼の背をルテミアの化身が照らしていた・・・・。

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