テストシナリオ01 第一章第六節

第一章第六節「新暦208年8番目の月25日」

○25/alfrea(8th month)/208

 戦を間近に控えた軍の長というのはまさしく激務であった。
さらに近辺に指示を仰げるより上位の者がいないとなればなおさらだろう。軍のことの他に近隣の住民のことも考えねばならぬのだ。しかしここに来てようやくカラの村の住民が全て砦へと避難してきたので、戦場となるこの砦からクレネリアスまでエルベランの民間人は1人とていない状況となった。
初めからこうすれば良かったのだという思いは消えないが、すでに徹底した焦土作戦を行うには時機を逸していた。幸いにも”ハイエナ”ジギーの手によってカラの村の畑は焼き尽くされたので敵にこれ以上利すると言うことはなかったが。
もっともあのアギウスが十分の糧食用意していないとは思えないが、少なくとも馬草を欠乏気味にさせることは出来たはずであった。そうすれば騎兵を無力化することが出来、退却の際は有利に働いたはずであった。
− 感情に左右されて戦略を誤るとは歳を取ったか・・・。
 執務室の中でランケストは自嘲気味な表情で大きく息をついた。
 山積みとなった仕事を片づけ夜更け過ぎにようやく床に入ったランケストだが、いくらも経たない内に不意に目を覚ました。緊張で高ぶっているのだろうか?否、誰もいないはずの部屋に人の気配を感じたからだ。
ベッドの脇に立てかけてある長剣を手に取ると素早く抜き、辺りの様子をうかがう。と、闇の向こうから不意に一つの影が現れた。
「お休みのところ申し訳ないが少し話が聞きたい。」
 影はくぐもった声でそう言って、光量を落としたランプの灯りの下に立った。灯りに浮かび上がったその顔にランケストは見覚えがあった。だが、アッシュ・グレーという名までは浮かんでこなかった。
「お前は確か・・・・・傭兵隊の・・・・。こんな夜更けに私の部屋に忍び込むとはどういうことだ?まさかクレネリアスの手の者というわけでもあるまい。」
 剣先を落としてランケストは薄い笑みを浮かべつつそう言った。暗殺者が彼に気配を感じさせるような行動をとるまいし、素顔をさらすまいという考えのもとでの言葉だった。
「非は詫びる。こうでもしないと話を聞けそうにないと思ったのでな。」
 アッシュは無感情にそう言った。
普段ならばランケストも一傭兵の話を聞くのに時間を割くこともできるだろうが、今この状況下ではよほどの事でもない限り無理だろう。
「で、聞きたいこととはなんだ?」
 彼は剣を鞘へとしまいながら、そう訪ねた。もっとも彼自身剣にそれほどの自信があるわけではない。恐らく目の前のこの傭兵がその気になれば彼の人生はこの場で終わりを告げるだろう。
「あんたは砦の人間と敵からの勝利、どちらが大事なんだ?」
 いきなり核心を、というよりも単刀直入にアッシュは尋ねた。
「愚問だな・・・望みうるならば双方を、だ。」
 ランケストの動きは一瞬止まったがすぐにそう答えた。
「・・・いい返事だ・・・といいたいがこの状況では少し贅沢だな。」
 しょうがない奴だとでもいいたげな表情でアッシュはそう言った。
「いかな状況下でも完璧なものを求めなければ軍の指導者としては失格なのでな。」
 不敵な表情で言うランケストに対しアッシュもまた不敵な笑みを返した。
「・・・いいだろう、オレの考えを言おう。この状況でとれる起死回生の一撃はただ一つだ。すなわち地理を武器のする事。知っての通りここの北は湿地帯だ。そしてそのさらに奥には 川の分岐点がある。そこを堰き止める。アギウス軍がこの砦を完全に包囲した頃を見計らって 堰きを切る。ここは元々湿地帯だ、川は元の川筋とそしてこの砦めがけて一気に流れ込むだろう。 砦は壊滅だが、もちろんアギウス軍も壊滅ってわけだ。」
 いつの間に調べ上げたのだろうが、ともかくもそう流暢な口調で語るアッシュの策をランケストは静かに聞いていた。
「 ・・・・が、これじゃ、アンタの考えにそぐわないだろうから付け足す。この砦中の屋根に細工をしとくのさ。水が流れ込んだ時に屋根だけが外れて浮くようにな。 屋根には、防水用に「にかわ」でも塗っておけばいい。板張りの屋根ならうまく浮かび上がるだろう。 さらに流されないように地面にロープを括り付けるんだ。長めのロープにしとけば水に浮かび上がっても 大丈夫だ。これでもトンマな奴は水におぼれる可能性もあるがな。・・・どうだ?」
 そこまで喜々とした表情で一気に話し終えたアッシュは改めてランケストを見た。
「・・・面白い。」
 しばし静かに思いめぐらせていたランケストだが、彼はそう呟いた。
「よかろう。お前のその策、使わせて貰うことにしよう。」
 まっすぐにアッシュを見据えながらランケストはそう言って頷いた。
「いい判断だ。明日人手を10人程貸してくれ。」
 アッシュはランケストの判断に対し満足げな表情を見せながらそう言った。
「いいだろう。明日補給に携わるレムスンという男を尋ねるが良い。必要な人間、資材はそろえて貰えよう。」
「承知した。では招かれざる深夜の訪問客はこれで去るとしよう・・・・。」
 そう言って身を翻したアッシュであったが、不意に立ち止まると顔をランケストの方へと向けた。
「そうそう、名を名乗るのを忘れていた。 オレの名はアッシュ。アッシュ・グレー・・・暗殺者としての方が名が通ってるがな・・・クククッ。」
 アッシュはそう言うと再び闇へと同化した。
実際にはここに現れたその道を抜けて戻ったのだろうがが、ランケストの五感はそれを捕らえることは出来なかった。
だがランケストは彼の策にそれほど期待しているわけでは無かった。敵がこの砦に迫るまでのわずかな時間に堰が作りきれるとは思えなかったからだ。
− だが可能な限り打てる手は打つことに越したことはない・・・・。
 ランケストの目はそう物語っていた。

 戦を前に控え不夜城と化したルクスの砦は、近い将来確実にやってくるであろうクレネリアス軍という形をした厄災の到来を前に夜を迎え、まるで嵐の前のような静けさを取り戻していた。勿論、外柵沿いにはある一定の間隔毎に松明が赤々と点され、完全武装した兵士が2人一組で真剣な面持ちでひっきりなしに巡回しており、兵の上には多くの兵士らがそれぞれ敵の襲来を見逃さぬように闇をにらみつけていた。
その静けさの中、東の草原を望む見張り台の上に佇む人影があった。その人外の美しさからどうやら森妖精−エルフと呼ばれる妖精族の少女のようだが、時が移ろうことを気にかけることもなく、ずっと東に続く名も無き街道の彼方を見つめていた。
この夜更けに部屋に戻ろうとしないことを不審にでも思ったのか、巡回の兵士や傭兵達が時折声をかけるがそのエルフの少女は決してその場所を動こうとはしなかった。
この砦にカラの村からの避難者がファーラン、セミットの2人と共に無事に到着したのはもう4、5時間くらい前であろうか。
ファーランは、砦への到着と同時に傷ついたセミットを軍医とチャック・アイギンという神官に看てもらい”神の奇跡”によって人の手の届かぬ体の内側の傷を癒やしてもらうと、あとはセミットが深い眠りにつくまでずっと脇にいて看護をしていた。そしてその後、彼女は部屋を抜け出してこの場所を占めたのであった。
「もう一度会えますよね・・・」
 エルフの少女は何度そう自分に言い聞かせるように呟いただろう。それでも不安は消えず、彼女はずっと西の彼方を見つめ続けた。
どれくらい時が経過しただろうか、ゆっくりと東の空が白みつつ世界が闇から紫へと色を変える頃、ファーランの瞳は、自らの視界に動く何かを捉えた。少しづつ近づいてくるその何かを見つめる少女の表情は険しいものからゆっくりと微笑へと向かい、そしてその瞳には大きな期待に潤み始めた。初めは一つの点に過ぎなかったその影はだんだんと大きくなり、そして3つにわかれ、今はそれが騎乗した人であることがわかる。彼女は馬上の影が3つではなく、4つであることに気づいて一瞬表情を固くしたが、その人影が仲間のものであることがわかるや否や両手を振り何か叫ぼうとしたがそれは声にならなかった。それでも彼女は力一杯手を振っていた。
ようやく砦の近くへとたどり着いたスラッシュ達は門の前で馬から降た。昨晩の落馬で若干足を痛めたのか、ライディーズの後ろから飛び降りたはいいが、ジェイズは顔をしかめた。ライディーズはそのジェイズに向かって軽口を叩きつつ荒い息をつく馬のたてがみをなでている。レイも、その顔に満面の笑みを浮かべている。そして、スラッシュは、一度仲間を見渡してから門に近づき、守衛の兵士に向かって力強く叫んだ。
「我らはルシニアの冒険者ギルドより依頼を受けカラの村人の休出に向かっていた。開門を願いする。」
 彼の声に答え、砦の東の門は軋んだ音を立てながらゆっくりと開いていった。
「おかえりなさい。」
ゆっくりと開く門を待ちきれないように、スラッシュに駆け寄ったファーランはそう呟いて、そこまで口に出すのが精一杯だったのか、また溢れ出そうとする涙をこらえるのに懸命になった。スラッシュも、その彼女に対し極めて焦った様子で、少し顔を赤らめつつも彼女の肩に両の手を置いた。
「約束したじゃないか。」
 そして彼は幼子を諭すようにそう言った。
そばにいたライディーズやレイは言うに及ばず、門の兵士達もどうしたものかと顔を見合わせていた。
「感動の再開の最中にもうしわけないがな、セミットの様子を知りたいんだがな。」
 ジェイズだけはもともと気にしないたちなのか、それとも娘が心配なのかはともかくそう二人のうちの片方へと話しかけた。
我に気づいたファーランが慌ててジェイズにセミットの休んでいる場所を教えた。
「ありがとよ。」
 彼はそう言って仲間達に手を振ると足早に教えられた建物内へと消えていった。
「では私たちはハンクのところへ報告に行こう。きっと首を長くして待っているに違いないしな。」
 スラッシュも我に返り、照れ隠しのためかいつもより大きな声と手振りでそう言った。もちろん仲間達はそれに異議を唱えると言うことはしなかった。

 話は少し前へと遡る。
不夜城と化したルクスの砦であるがそれでもまだ見張りの兵士くらいしか起きていないような夜明け間もない時間、ルーリエは自らにあてがわれた砦の部屋からそっと抜出した。
 昨日も抜け出していたので見張りのいる位置は知っていた。見つからないように出会わないようにそっと廊下を走り、砦の中庭に面した小さな窓に駆け寄った。その窓にはすでに白い鳥が3羽、ルーリエを待っていた。
「お父さんを見なかった?袋を担いだ人間の男の人がこっちへ歩いてきていない?」
 雑貨屋“ラティの店”の主人であるルーリエの育ての親が、だいぶ前に仕入れに行ったまま、まだ帰ってきていないのである。このままでは戦禍の中、父親とはぐれてしまうかも知れない。はやく母親を安全なところまで連れて行きたかったが、それが怖くて親子はいまだ砦にいた。
 口早に訊ねたルーリエに鳥達はさえずりを返した。そうして窓枠に留まったまま、首を傾げじっとしている。
「そう・・・見てないのね。どうもありがとう、お前達ももうお逃げ。」
 残しておいた昨日の夕食のパンをくずしてお礼としてさしだす。
 鳥達はうれしそうに残さずついばむと、そのまま、空高く舞い上がっていった。一瞬悲しげな表情を見せたルーリエであったがすぐにきびすを返し、自らの部屋へと戻っていった。

 早朝、ようやく砦全体が起き始めた頃不意にランケストから砦にいる全ての避難者へと命令が下った。
この砦は近日中に敵の攻勢を受ける。兵士でないものは全て即刻この砦より退去し、西のコロムの町を目指せ、との事であった。
もちろんこの命令を聞いたカラの村人達をはじめ砦に避難してきていた者たちは驚きそしてざわめいた。もともとここに残っているのは他に行くあての無い者たちばかりだ。遠方に微かに血のつながりのある親戚や知己の居るものはすでにそこへ向かった者が多いのだ。だが、カラの村から出たこともないような者たちは、どこに行けばよいやら途方にくれるばかりであった。
「お母さん・・・・・。」
 ルーリエが不安そうに母親を見つめる。”ラティの店”のおかみさんは溜息をつくと、にっこりと笑った。
「しかたないねえ。ここにいて兵隊さんの邪魔をするわけにもいかないしねえ。どこにいこうか?」
「でもお父さんが・・・・」
「・・・・まあ、どこかで会えるよ。大丈夫、お前を拾ったときも、戦の中をくぐり抜けて帰ってきたんだから、あの人は。」
「でも・・・・・」
「大丈夫、きっと大丈夫」
 そう言っておかみさんはルーリエの髪をなでた。だが、その手が不安で少し奮えているのにルーリエは気が付いていた。だから彼女は決心した。必ずまた3人で暮らすのだと。
 人々は顔を見合わせしばしその場で話し合っていたが、やがて1人、2人とその場から離れていった。旅立つ支度をせねばならないし、ランケストからの命令には食料の配給も含まれていたからそれを受け取らねばならない。
こうして大部分の人間が心中は別にしてもランケストの命に従ったが、それでも幾人かの人間はそうも行かなかったようだ。

 ルクスの砦は騒然としていた。これから戦場となるべき砦であるから騒がしいことは不思議ではないのだが、この騒がしさはここ数日の兵士達が発する緊張感漂うどこか現実離れした騒々しさではなく文字通り生活感溢れる騒がしさだった。
部屋にまで届いているその騒がしさに惹かれたのか、この砦にいつの間にか潜り込んでいた1人の草原妖精−ユウ・リヴスはそそくさと着替えると、部屋を抜け出して好奇心に目を輝かせながら騒ぎの中心へと足を向けた。行きがけに厨房へと立ち寄り積んであったリンゴを一つ失敬してきたところは彼らしかったが。
 騒がしかったのは、この砦に身を寄せている近隣からの避難者達だった。
この日早々からランケストから避難民にこの砦を退去し、コロムの町へと避難せよという命が下ったのだ。
この命令に対し、数日前からこの砦に滞在していた者たちはともかく、今朝早くにようやくこの砦へと避難してきたカラの村の住民達には納得のいかないものであった。
ランケストの命令を伝えに来た生真面目さが取り柄だけというような新兵に、村人達は噛みついていた。
「・・・だから、何故ここからまた逃げなきゃならないんだ?」
「クレネリアス軍は今日にでもカラの村に到着します。村からこの砦まで徒歩で半日ほどでついてしまう距離なのですよ。明日にはこのルクスの砦に攻め込んできてもおかしくないのです。だから、そうなる前に兵士で無い方には避難していただきたいのです。」
「わしらはカラの村からきたばっかりだぞ。これ以上何処に行けと言うんじゃ!」
「ですからまずはここよりも西の、ルシニアの町を目指してください。あそこならば、貴方達全員を受け入れる体勢も整っているでしょうし・・・なによりも、このルクスでクレネリアスの軍勢を足止めしている間にも、より遠くに逃げた方が安全で・・・。」
 砦の兵士と避難民達の言い争いの声にしばらくユウはリンゴをかじりながら耳を傾けていた。彼らの言い争いはまだまだ続くだろう。だが気の向くままにこの世界を旅する草原妖精たる彼にはなぜそんな無駄な言い争いをするのか理解できなかった。
− こんなところで言い争っていたって攻めてくるものは攻めてくるのだから、とっとと逃げる準備でも始めればいいのに・・・。
 もっとも言い争っている男どもを後目に女性達の方はほどきかけた旅支度をし直していた。これはこれで釣り合いがとれているのかもしれなかった。
 草原妖精たる彼にとってクレネリアスの大軍がこの砦へと攻め寄ってくると言うことなどには全く関心がなかった。彼にとっては人間の争い事など自分には関係ないさ、としか思っていないのであった。草原妖精らしいと言えばらしいのだが・・・。
 しかし、彼はふとある少年のことを思い出した。確かに彼自身には関係なくとも、ディナにはどうであろうか?湿地帯に倒れていた自分の事を心配してくれて、声をかけてくれた彼はどうなるのであろうか?仕事熱心な彼の事だ。もしかしたら、明日にでもクレネリアスの軍勢がこのルクスに攻めて来るのを知らないで今も働いているのかもしれない・・・。
 ここまで考えた時、ユウの身体は既に行動を起こしていた。 自分に親切にしてくれた者。自分に寝場所を与えてくれた者。そんな友達の事を思い、友達にこの事を知らせるためにユウは友のいる厨房へと駆けて行った。
 草原妖精が駆け込んだのは砦の厨房であった。
「ディナぁ〜〜っ!ディナ、ディナ、ディナぁ〜っ!」
その場はいつにもまして"戦場"だった。どうやら砦の兵士達の分だけでなく、この砦を立つ避難民への食事も用意しているらしく、忙しく働いている大人達の中に、彼の友人はいた。
「ディナ!大変だよぉ〜!仕事してる時じゃないよぉ〜。」
 彼をめざとく見つけた草原妖精はちょこまかと忙しく働く人々の脇をすり抜けて、友人の元へとたどり着いた。
「ん?ユウ?あ、もし良かったら手伝ってくれないかな?今日はいつもの倍作らなきゃなんないんだって。」
 慌てふためいた異種族の友人を見ても動ずることなくディナはそういつもと同じ様な口調で言った。
「手伝う・・・んじゃあとでエールね♪・・・じゃなぁーいっ!ディナ。明日にでもクレネリアスの軍がここに来るんだってよ!」
「うん。だから、兵士以外の逃げる人に出す弁当作りが加わったから、今日はとっても忙しいんだって。ね、そこのジャガイモ剥いてくれる?」
 彼の示した先には籠一杯に積まれたジャガイモの山があった。
「ほほほぉ〜い☆皮剥きはまぁ〜かせて☆・・・って、知ってんの?ディナ、逃げないの?」
 いつもの調子でそう話しつつもユウの手はしっかりとジャガイモの皮を剥いていっている。ここのところの手伝いが、この草原小人の身体にしっかりと厨房の手伝いをを覚えさせてたようだ。もっとも手先の器用さにかけては右に出るもののいない種族である。話しながらといえ指を切るようなへまはしなかった。
「逃げるって言ったって、何処に?それよりも、今は食事を作らないとね。ちゃんと食べないと力がでないんだし。」
 そう言いつつもユウの剥いたジャガイモを切り続ける少年の額には汗が浮かんでいた。
「そりゃ、動くためにはご飯を食べなきゃならないけど・・・ディナ。もう一度聞くけど、キミは逃げないの?」
 そう言ってユウはディナの顔をのぞき込んだ。相変わらず手は動いているが。
「みんなが働いているのに、僕だけ逃げるなんてできないよ」
 そう言うディナの顔には、裏方とはいえ戦場で人のために誇りを持って仕事しているという喜びが浮かんでいた。
「ラオぉ〜っ!ねぇ、いつまで食事作るの?明日にはクレネリアスの軍が来るってのに・・・」
 この厨房の中で、一番働いているであろうその人は、何の迷いもなくこう答えた。
「ん?そりゃ、最後の食事が終わるまでさ。ほらほら!ここにいるんだったら、お前も・・・って、しっかり働いてるじゃねぇか!!よしっ!それでこそ厨房の人間だ。お父さんは嬉しいぞ!!」
 オーバーな身振りでそう言いながらラオは二人の元へと近づいてきた。
「おいら人間じゃないしラオの息子じゃないけど。」
 ユウは苦笑しつつそう答えた。
「でも、あっきれたぁ〜!他人の心配よりも、自分が逃げる事を考えるってのがヒトって生き物だって聞いてたけど・・・ここにいるヒトみんな他人のために残るってのかい?」
 またディナの方を向いてそう言ったユウは心底呆れているような表情を見せた。
「そういうユウは何で逃げないの?」
 逆にそう問うた少年の疑問ももっともであろう。もっともまともな答えが返ってくるような相手では無いが。
「だって、ヒトのクニの争いだろ?おいらには関係ないさぁ〜♪だからいるの☆それに、いつ何処で楽しい事が起こるかわからないしねん♪」
 案の定好奇心いっぱいと言った感じでユウはそう答えた。このユウという草原妖精の行動は自らの好奇心を満たすという一点につきるというのであろう。
「砦にいる事だけで、すでに関係無くないと思うけど・・・。でも、君だって他人の為に働いてるね。」
 ユウの答えに笑みを漏らしつつもディナはそう言った。
「ん?おいらは自分の為にしか動いてないぞ☆いまだって"手伝い"が楽しいからいるんだし♪」
「おいおい。さっき"ディナー"って言いながら血相変えてここに走り込んできたのは何処のどいつだい。」
 がははと笑いながらラオはユウの頭をこづいた。それに対して、ユウも何か言い返そうかとも考えたが、やめた。今はそんな悠長な事をしてる暇はないのだから。
 人々が逃げる準備に忙しく、兵士達が砦での攻防準備に忙しく。砦の長達はいかにして敵軍を砦に引き付けるかを考えているのに忙しいぐらい、この厨房も忙しいのだ。砦を守っているのは、武器を手にする兵士達だけではないのだということをユウは改めて感じ取っていた。

 リューン・リュネイルは朝食を済ませると、砦の東の門へと急いだ。
今日も砦の兵士や手伝ってくれる避難者と共にまた砦の東の河に防御用の柵を作るのだ。もっとも昨日まででほぼ出来上がっており、今日はその点検だけの予定なので昼には砦へと戻ってくる事になるだろう。
だが彼が東門へと来てみるとレムスンとその他数名しかその場にはいなかった。昨日まで手伝ってくれていた避難者達がいないのはともかくそれにしても兵士達の姿が少なすぎた。
「今日はやけに人が少ないな。」
 集まった者の中にモーリー・レムスンを姿を見つけるとそう尋ねた。
「ええ、ランケスト隊長の命令で出来る限りの人間を貸して欲しいと言われまして。」
 ばつの悪そうにレムスンはそう答えた。
「そうか、ならしょうがないな。・・・・あの人のことだ。またなんかやるんだろう。」
 この数日防御策作りに追われてランケストとは会っていないので、リューンは彼がやろうとしていることを知らなかった。そしてレムスンの方も人手を貸し与えて欲しい、という命令しか受け取っていなかった。
「・・・・他の所から人手をかき集めてきましょうか?」
 何故人手の少ないかを説明でいない自分に嫌悪感を感じているのか、レムスンはそうリューンへと言った。
「いやいい。どうせ今日は最後の確認だけだ。私1人でもいいくらいだからな。」
 いつもと変わらぬ表情でそうリューンは両手を振った。
「ではそろそろ行こうか。早く行って早く帰ってきた方がいいしね。」
 リューンはそう言ってレムスンの他の者へと声をかけた。
「あ、ちょっと待って下さい。もう1人傭兵が来るはずなのですが・・・・。」
 そのリューンをレムスンは引き留めた。
「傭兵?名は?」
 彼はレムスンの方を振り返り、そう尋ねた。
「えーっと・・・そうそう確かジギー・ジギルと行ってました。」
 レムスンはしばらくその名を思い出すのに時間がかかってしまった。
「”ハイエナ”ジギーを連れていくのか?それはまたどうして?」
 リューンはその名に興味を抱いたようだ。
「橋に人が乗ったら墜ちるような細工をするそうです。」
「そうか、橋をどうするのかなと思っていたが・・・・ジギーには最悪人が乗らなくても墜ちるようにしておいてもらわないとな。」
 リューンは腕を組みながら顎に右手をやり、少し意地の悪そうな笑みを見せた。
「すまない、遅れた。」
 と、そこへ折良くというか噂をすれば影、とでもいうかジギー・ジギルが姿を見せた。
相変わらず鼻を時折こすっている。
「よし、これでそろったな。じゃ、そろそろ行こうか。」
 昨日とはうって変わっての少人数でリューンらは砦の東門を後にした。

 砦の兵士の1人、ミナイ・ラキアは今日の歩哨もひとまず終わり、後は夜警の時間までしばしの休息を取ろうと砦内をうろついていた。もっとも行き着くところと言えば食堂ぐらいしか無いのだが。
彼も顔見知りのいたテーブルにつくと、エール−将校用の上級のエールだそうだ、を片手にとりとめのない話をしていた。
大抵はまだ姿の見えぬ、しかし確実に近づきつつある敵への威勢のいい言葉、いままでの女の事、自分の武勲−大抵は誇張されているが、などに費やされていた。
そこで彼はふと昨日砦内でぶつかった人間ならぬ種族の少女のことを思いだした。
「そないやな、だれかあの羽の生えた娘しらん?なんか、ほっそりして護ってあげたくなるような娘やねんけど。さしずめ、地上に舞い降りた天使いうとこかな?」
 うっとりとでも言う感じだろうか、まさしく最後の方は惚ける感じとなりながらミナイはそう仲間へと尋ねた。
「ああ、それなら避難者たちのところでさっきみたぞ。」
 仲間の1人がそう答える。
「ありがとさん。ちょっくら席はずさせてもらうわ。ほなまたな。」
 ミナイはぐぃっと残ったエールを空けると、そう言って席を立ち食堂を後にした。無論残された仲間達が彼のことを肴に酒を飲んだのは言うまでもないだろうが。

 ルクスの砦の傭兵アビス・ダークは欠伸混じりに砦の東門に詰めていた。昨夜、夜警であったので今はここにはいなくて良いはずなのだが何か思うところがあるらしく、門の脇にある詰め所で仮眠を取った後は欠伸をしつつ、ずっとここにいたのだ。
「ふぁ〜あ、暇だねぇ、嵐の前のなんとやらってことかい・・・。」
 今日幾度目かの欠伸をしつつぼんやりと外を眺めていた彼の前に1人、2人と人が集まりだしてきた。陣地工作でもするのだろうかという道具を彼らは手に手に持っていた。その中に見知った顔を見つけると、彼はその人物へと近づき話しかけた。
「何処へ行かれるのですか?シルバーダガー殿。」
 言葉こそ敬語を使っているが口調はとても敬意溢れているものではなかった。
「湿地帯の方だ。」
 シルバーダガーは彼の問の答えだけを簡潔に行った。
「そうですか。ではお供しますぜ。」
 彼は当然のようにそういって王を守る近衛兵のように背筋を一度伸ばすとシルバーダガーの後を追った。
「お前には関係ないだろうに。」
 シルバーダガーは苦笑しつつそういった。
「嫌だって言ってもついてきますよ、あんたが意味無く外にでたりするわきゃないからね。なに、邪魔はしませんよ、万が一の時に遺言聞く係ぐらいのことしかする気はないですから。」
 全てを見透かしているような表情で、あくまで表情だけだが、アビスはそうシルバーダガーへと言った。
「お前が遺言を残す方にならないともかぎらんがな。まあ良いだろう、ついてこい。」
 逆にそう言い返してから、来ないように説得するのは困難と見て取ったか、シルバーダガーがそう言った。
「そう来なくちゃな。」
 そう言うと彼は詰め所の兵に二、三言葉をかけ、先に歩き始めたシルバーダガーの後をすぐさま追った。
 シルバーダガーは傭兵とおぼしき男の元へといき、アビスを示しながら二、三言葉を交わした。
「余計な奴はいらんと思うがな。」
 アビスを見てアッシュは苦々しげにそう言った。本能的に彼を警戒すべき人物と見て取ったのかもしれなかった。
「戦える人間は多い方がいいだろう。万が一と言うこともあるしな。」
 珍しく、とでもいうかシルバーダガーがアビスを擁護するようにそう口添えた。
「・・・・言い争っているほど時間があるわけではないしな。ではそろそろ行くか。」
 アッシュは肩をすくめるとその場に集まった人間に対して出発の合図を送った。
 総勢20名ほどと荷物を満載した2台の荷馬車は門を抜け、北の湿地帯の方を目指して進んでいった・・・・。

 ルクスの砦に完全なる死を与えんとするクレネリアス帝国軍二千の兵は名も無き街道をエルベランへと進んでいた。ただその歩みはきわめてそれは鈍重でまるでこの軍自体がその巨体故に緩慢な動きを見せる象のようなものなのかもしれなかった。
 もっとも無意味に歩みが遅いわけではない。
第一に糧食を十分に用意したために数が多くなった荷馬車を率いつつ守りつつの行軍となっているため。第二に徹底的に危険を排除するため多くの斥候を出し、逐一安全を確認しているため。そしてなによりもルクスの砦の連中に絶望を長く味あわせたいがために・・・・・・。
 クレネリアス軍の中にクーハランという男がいた。クレネリアスの地方貴族の次男としてはありがちに軍籍に身を投じ、そこそこの手柄を立てて来た人物である。
 ほとんどコネも無い身から中隊長クラスまで出世したその能力もさることながら、彼の抱える野望もまた大きいものであった。否、クレネリアスで自らの能力に自信を持つ者ならば当然考え得るべき野望−つまりはいずれは皇帝となりクレネリアス帝国に何番目かの王朝を建てんとするものであった。
この壮大な野望、今は愚者の夢であろう。しかし未来永劫にわたって夢が夢であるとは限らないのだ。もっとも幾千万の夢の中のほんの一握りだけが夢でなくなるのだが。
 クーハランはこれまでずっと隊の後方で支援部隊を率いていた。この遠征が決まった時点で自ら志願したのである。熱意ある志願の結果か物資の調達・補給を任されその際軍資金の一部を着服しているのはクレネリアス軍で特権は利用するという習性とも言えるだろう。
もっとも本人に言わせれば「金は無いよりある方がいい。」で終わってしまうことなのだが。  この戦を彼なりにも分析していた。
敵の10倍もの兵力を投入した時点でアギウスの勝ちは動かない、との。アギウスの将としての器もこの兵力差をひっくり返すほどの無能なわけがないと。
− もし、この兵力で敗れるようなことがあったら、それは奴が無能ということ。いっそのこと配線の混乱に紛れてあんな下品なやつは消してしまうか?
 という誘惑にも駆られるのだが敗軍の将としての責務を全うしてもらわなければなとも考える始末であった。
 後方支援部隊の幹部として何度か人を介してアギウスに遅々たる行軍は補給の面から言ってもメリットはないと進言したのだがもちろん返事は戻ってくるはずもなく、行軍速度も変わらなかった。
もっともクーハランの方も腹いせか綿密なる計算の上か兵士らに”アギウスは補給のことを考えずに遅々たる行軍をしている”などと吹聴して回ったので無礼はお互い様であろう。
ともかくも彼はなにかことが起こるまでは後方で高見の見物をしゃれ込むことに決めたようだ。
「それにしても・・・。」  行軍の途中クーハランは誰に言うわけでも無しにつぶやき始めた。
「これだけの戦力差。勝敗は見えているのだからさっさと逃げればいいのに。ランケストという男、その判断もできないほど無能かそれとも何か隠し玉でもあるのかな・・・。」
 クーハランは何の行動も起こしていないように見える砦守備隊に対して皮肉ったあと、守備隊の長ランケストのことを考えながら意地悪い笑みを浮かべていた。

 昼も過ぎ、太陽も大分傾いたころ、ようやくディナの手伝いも終え、ユウはちょっとエールでも飲んで休もうかと酒場へと足を向けた。と、その途中ユウは顔見知りの兵士の姿を見かけた。もちろんミナイ・ラキアであった。
なにやら彼は一人の可愛らしい有翼の少女にあれこれと話しかけているところであった。
「ん?おっちゃん、なぁーにナンパしてるんだい♪」
 そういいながらユウはミナイの頭をどついた。普通だったら、そこでミナイから『なにすんねんっ!』と返しが来るはずなのだが、ユウの突っ込みがちょっとばかり力が入りすぎたのが原因か、はたまたミナイが油断していたのがいけないのか、ミナイの唇は、いきおいよくルーリエの可憐な額にぶつかってしまった。
「あ・・・やば・・・。」
「いちち・・・をいユウ!なにすんねん!」
 さすがにしまったという表情をするユウと、慌てて彼へと抗議の声をあげるミナイ・ラキアの2人。
ルーリエは自分の状況が理解できず突然の出来事にしばし固まったままだったが、しばらくして今自分が何をされたのかを理解してくると、一気に頬が赤らんだ。
き、き、き、き、きゃーーーーーーーーっっっ!
 彼女は目をつぶり、思いっきりルーリエはミナイ突き飛ばした。ミナイとそしてそれに巻き込まれたユウは廊下の端まで突き飛ばされてしまった。そのままルーリエは顔を両手で隠してその場から逃げ出してしまった。
「お、おまいはなにすんねん。」
 廊下の橋でユウの上に重なりながらミナイは弱々しい声でそうユウを責めた。
「わ・・・悪気は無かったんだけど・・・いちちちち。」
 ミナイの下敷きになりながらそう言ったユウの声も又弱々しかった・・・・・。

 ギア・ランシャオは砦を発つ民間人の群の中にいた。砦の西門の前の広場は砦より旅立つ準備のできた人々でごった返していた。病人や怪我人、老人や妊婦などのために砦より与えられた荷馬車も数台脇の方に止められていた。門の前ではランケストから避難第一陣の長に選ばれた男ががなり声を上げ荷馬車に乗る者、武器を持つ者、避難団の隊列などを次々に伝えていた。
 ギアはふとランケストの居室がある方を見やり、懐の短剣に手をやった。
そして先ほど、砦内でののことを思い出していた。
 西へと旅立つ準備を済ませ、砦の西門へと向かう最中にランケストに呼び止められたのである。
「村人達の護衛をかってでたそうだな。」
 何処からきいたのだろうか、彼を呼び止めたランケストはそう切り出した。
「は、はい。少しでもこの砦の人のお役に立ちたかったもので。」
 直立不動とでもいうか緊張を感じつつギアはそう答えた。
「そうか・・・・ではこれをやろう。」
 そう言ってランケストは一本のダガーを取り出して彼へと手渡した。
「・・・・・これは?」
 短剣を受け取りつつギアはそう言ってランケストの顔を見た。
「見ての通りの銀の短剣だ。シルバーダガーの宝物とは比べるべくもないがそれでも値打ち物だぞ。」
 そう言ってランケストは微笑した。
「そ、そんな物を貰うわけには・・・」
 慌てて返そうとするギアをランケストは制した。
「とっておけ、カラの村への褒美を渡し忘れていたしな。それに万が一の時の武器になるやもしれん。」
 最後の部分だけ真剣な表情でランケストは言った。そのランケストの表情に思わずギアはつばを飲み込んだ。
「では、たのんだぞ。」
 ランケストは軽く彼の肩を叩くとその場を後にした。
しばし短剣を胸に抱え、砦の守備隊長を見送ったギアであったが、自らの決意を確かめるように頷くと砦の西門の方へと足を向けたのだ・・・・。
 これから名も無き街道を進まんとするギアは短剣から手を離した。決意だけが未だ胸にあった。
「おにいちゃん、どうしたの?」
 不意に真剣な表情となって黙ってしまったギアを心配してか、カラの村ではじめに彼に話しかけてきた有翼の少女が話しかけてきた。
「いや、なんでもないよ。」
 優しい表情でそう答えると少女は安心したのか笑みを見せ、そのまま母親の所へと戻っていった。
− ルシニアの町まで何もなければいいけど・・・。
 その少女の背を見送りながら彼は心の中で呟き、ついで不安げに自らが進んでいくはずの門の向こうを見やった。

 砦の厨房でラオ達が汗だくになって作られた大量の食事も、一歩厨房外へと運ばれると物凄い速度で消費されていくのが常であった。もちろんこの日も例外ではなかった。不夜城と化した砦においてもはや食事の時間、などというのは存在せず、個々の人間が自らに与えられた職務の合間を縫って食事を取りに来ていた。
 この砦にいる者の中で数少ない神の奇跡を使える兵士、チャック・アイギンもまた見張りの交代を前に食堂へと足を運んでいた。 食事を頼んで、それを受け取ると彼は顔見知りのいるテーブルへとついた。仲間達は口々に彼に挨拶を投げかけるとまたとりとめのない話へと戻っていった。チャックは食事を取りつつ、それに混じっていたが話が戦の方に流れたとき不意に仲間達へと尋ねた。
「そういえば、今回アギウスの配下にはどういう奴らが来てるんだろう?」
「さあなぁ、詳しくは知らないなぁ。軍神の神官としてはアギウスだけじゃ相手に不足かい?」
 そう彼をちゃかしたように仲間の1人が答えるが、もちろん悪気があるわけではないのでチャックは軽く受け流した。
「そーいや他の奴らの噂で聞いたけどよ、あのクリムゾンが来てるらしいぜ。」
 他の人間からその名前がでるやいなや一瞬その場が凍り付いた。
「げっ!?それ本当かっ?」
 チャックは手にしていたフォークを思わず落としそうになった。
「あの”紅蓮の嵐”のクリムゾンか?」
 他の者も今までの軽い雰囲気は何処へやら、といった表情でそう聞き直した。
「さあな。あくまで噂だけどな。」
 クリムゾンの名を出した男はそう言って息をつき両手を広げて見せた。
「たんなるデマであってほしいところだなぁ。」
「同感。奴と戦場で敵としては会いたくないからなぁ。」
 苦々しく答える輩に同調してチャックもまた大きく頷いた。
「おいおい、お前がそんなこと言ってどうすんだよ。仮にも軍神アル=スの神官ともあろうお方が。」
 そう1人が軽口を叩くと緊張がほぐれたようにその場に笑みが戻った。
「いやぁ、そりゃそうなんだけどな。やっぱ死にたくはないからなぁ」
 チャックはばつの悪そうな表情でそう言った。
「神の奇跡を扱える割にはあまり信仰熱心じゃないんだな?」
「う〜ん、どうだろう。教義についていろいろ考えたりはするけどな・・・。そもそもアル=ス信仰は親の影響がきっかけだったから、たしかにオレのはまだ信仰と呼べるようなものじゃないのかもしれないな・・・あ、じゃそろそろ見回りだ。それじゃまた。」
 チャックはそう言って席を立った。
「おお、気を付けろよ。」
 彼は仲間達の声に軽く手を挙げながらその場を立ち去っていった。

 カラの村にクレネリアス軍の先遣隊が到着したとの報を受けて、ランケストは砦の主立った者たちを集めて軍議を開いた。来ていることは分かってもその姿が見えなかった敵がようやくその姿を見せ始めたことに、砦の軍議室に集まった面々は緊張の面もちを隠せなかった。
「いよいよ敵の先遣隊がカラの村にまでその姿を見せた。一両日中にこの砦にたどり着くことはもはや疑いの余地はない。」
 立ち上がったランケストは集まった者の顔を見ながらまずそう言い始めた。一瞬ざわめきが部屋の中を包む。
「到着は明日か、明後日か・・・民間人の退去は何とか間に合いそうですな。」
 初老の男性がほっとしたようにそう呟く。
「だが砦の防衛策の方は十分とは言えないぞ。」
 別の1人がそうその初老の男性を窘めるようにそう言う。彼らの2人を皮切りにして部屋で活発なしかし不毛な議論が始まった。ランケストはそれを止めようとせず、目を伏せじっとそれに聞き入っていた。
 と、途中不意にルシニアの冒険者ギルド長であるハンクが立ち上がって、その後ろに立つ巨躯の男と、その脇の鋭い目つきをした男とを指さした。
「今回、カラの村人を救出したのが彼らだ。いい機会だと思うから皆にも紹介したいと思って連れてきた。スラッシュと、ジェイズ。そして魔道士のレイだ。本当に使える奴らだと思う。」
 自らの選んだ者たちが成し遂げた仕事に対し、彼らを見込んだハンク自身もまた気分は上々のようであった。そう言って3人の男達を紹介した。部屋にいた者はそれぞれの話を止め、ハンクとそして冒険者達を代わる代わる見つめた。視線には非好意的なものと好意的なものが半々であったか。
「彼らは、帝国軍の奴らと実際に剣を切り結んだと聞いている。だから、この軍議に必要な話も少しは聞けるのではないかと思ってな。スラッシュ、どうだ。」
 ハンクはそう言って巨躯の男の方を見た。
「俺の話よりも、まずはこのジェイズの話を聞いた方がいいのではないかと思う。実際に斥候として敵の先遣隊をつぶさに調べたのは彼だ。」
 スラッシュはそう言って相変わらずの表情のジェイズを示した。
「少し待たれるがよい。」
 ジェイズが立ち上がり話をしようとした矢先朗々たる声でそう彼らの発言を止めたのは威風堂々とした筋骨逞しい−それでもスラッシュよりは見劣りするが−男であった。
「ハンク殿、この場がいかな場か分かっておられるのか?本来ならば貴殿といえどこの砦の兵でない者は入れぬ場所なのだぞ。その場にあまつさえ何処の者ともしれぬ輩を連れ込み、なおかつ求められぬ発言をさせようなどとは言語道断!」
 彼は口元に蓄えた美しい髭をふるわせながらそう言い放った。実直な軍人と言ったところであろうか。
「それにその者達、クレネリアスの手の者で無いという確証はあるのか?!」
 机をだんと叩きそう言ってハンクとそして三人の冒険者達を見据える。さすがにその言いぐさに隣の者が制しようと肘でつつくがなおも彼は何か言おうと口を言った瞬間にランケストが口を挟んだ。
「オルク殿、言葉が過ぎるぞ。少なくともクレネリアスの手の者でないことは私が保証しよう。」
 ランケストは静かにそう言った。それはまさしく絶妙の間であった。オルクは憮然とした表情をしながらもランケストに対し黙礼をし、それ以上何も言わなかった。
「さて、ジェイズとやら、話を聞こうか。」
 やれやれといった感じの表情を見せていたジェイズをそうランケストが促した。
 ジェイズの話自体はそれほど目新しいものはなかった。毎日の軍議で報告されている斥候隊からの情報とさして違いはなかったからだ。ただ敵の武将名等細かいいくつかの情報があったことは有意義であったろう。敵の名が分かれば、彼がどうのような戦術を得意とするかが容易に推測でき、実際の戦闘になったときにその対策をたてやすくなるだろう。
「・・・以上だ。」
 ジェイズはそう言い終えるとまた自らの席へと座った。最後に、スラッシュが手を挙げて、発言の許可を求めた。
ランケストが促したのを見てスラッシュは話を始める。
「俺からも一つだけ言わせてもらいたい。カラの村を襲った帝国軍の奴等についてのことだが、彼らの目的は「皆殺し」だった。このことは、今後、ルシニアやコロムまで人々を更に避難させるにあたって大切な情報なのではないかと思う。俺は剣闘士だから戦争のことは良くわからないが、敵の指揮官がそういう考え方、性格の持ち主だということを計算に入れた上で、是非今後の作戦を組み立てて欲しい。」
スラッシュは、一息を置いて、レイの方をちらりと見て、さら続けた。
「特に、俺達が気にしているのは、今回、俺達に獲物をとられた形となったヴェルギウスとかいう先遣隊の隊長のことだが、奴がこれからどういう動きに出るか、注意した方がいいと思われる。血に飢えた奴等が、戦略の常識を裏切らんとも限らん。帝国軍は数の上で圧倒的に優勢なのだから、正面からこの砦を攻略するのが正しいと思われるのだが・・・。そう、川を渡ってルシニアへ向かう避難民を襲うとかな・・。」
 一瞬さざ波のようなざわめきが辺りを包む。
「今更君からクレネリアス軍やアギウスについて講釈を聞く意味はないがな・・・・。ともかくもその心配はない。この砦を通らずに双頭川を渡河しようとするならばかなり上流へと昇るか巨大な橋を造らねばならない。いずれにしてもここ数日で出来ることではない。」
 皆のざわめきを鎮めるようにランケストはそう言った。確かに彼の言うとおり渡河が容易ならば砦がこの場所だけにある必要性はない。
「もっともこのことあるを予期してかなり早い時期に別働隊を出しているならば話は別だがな。」
 しかしランケスト自身はその可能性は薄いと見ていた。あくまでアギウスの目的はこの砦を落とすこと。逆にエルベラン領内に進行するには2000と言う兵力では少なすぎた。あの臆病者がそのような真似をするはずはないと考えていたのだ。
 不意に1人の兵卒が部屋の中にまさしく飛び込んできた。軍議室の全ての人間の目が彼に注がれる中、兵卒は急ぎランケストに近づき一通の書片を渡す。兵卒を下がらせた後にその書片に目を通すランケストの表情が少し険しいものに成ったのが見て取れた。
− 凶報・・・・・。
 部屋の中の誰しもがそう思ったことだろう。そしてそれは次のランケスト言葉でも裏切られる事はなかった。
「別の話の可能性が出てきたみたいだな・・・川の西岸でクレネリアス軍らしき集団が見かけられたそうだ。」
 苦々しい表情でランケストはそう言った。今度こそ本物の衝撃が軍議室の中を駆け抜けていった。

 夕方近くになり、さすがに激務が効いたのか、それともラオに休めと言われたからかディナが自室に戻って仮眠を取っている間に、ユウは不意にラオに話しかけられた。エール片手とはいえやけに神妙な表情で話すラオの話の内容は、明日ディナを連れて逃げてくれないかというものだった。
「にゅにゅ?なんでおいらなんかに頼むんだい?ラオが直接ディナに言えばいいじゃないか?」
 心底不思議そうな表情でユウはそうラオへと尋ねた。どこから持ってきたのか彼の手にもまたちゃっかりとエールの入ったカップがあった。
「お前なー・・、言って聞くような奴なら頼むわけないだろうに。今日のディナを見なかったか?あいつは俺達が働いているのをよそに逃げようだなんて思わない奴なんだよ。」
 ラオはわからんやつだと言いたげな表情でそう言った。
「うん・・・でもなんでかなぁ?なんでディナは逃げないの?ただのコック見習いじゃなかったのかい?」
 心底不思議そうな表情でユウはそう呟いた。
「実はな・・・・あいつは・・・俺の子なんだ・・・」
 そう言ったラオの表情は何処となしか照れているようであった。
「・・・・・・・・ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーっ?!」
 反応するまでのユウの一瞬の間が全てを物語っているだろう。草原妖精を驚かすなどとは普通は出来まい。それほどまでにあの繊細な少年がこのでっかい筋肉だるまの子供だというのは予想外のことであった。
「ばっ馬鹿っ!でっけぇ声だすなっ!」
 よっぽど他人には聞かれたくない話なのかラオは慌ててユウの口を押さえつけようとする。もっともそれに押さえつけられるほどユウは間抜けではなかったが。
「でもだって、ラオの子供ぉーーっ!?」
 まだ目を丸くしたままユウはまじまじとラオの顔を見て、ぽつりと言った。
「・・・奥さん美人だったんだね・・・。」
「馬鹿。本当の子供じゃねーよ。砦に捨てられてたアイツを俺が拾って育てたんだよ。」
 ちょっと照れながらラオが言う。もっとも照れるような事では無いだろうが。
「あ、捨て子だったんだ。良かった。
 なにが良かったのか分からないが、小声だったせいかどうやらラオには聞こえなかったようだ。
「で、ラオが育ての親なわけね。で、育ての親であるラオ達が働いているんだからって、ディナは逃げないの?」
「多分な。でも、俺にとっちゃーあいつは可愛い子供だ。生き残って欲しい。でも、俺が"逃げろ"ったってあいつは逃げない。そういう子供だからな。責任感がつええのは良いが、もちっと子供らしくても良いと思うんだが・・・。」
 ラオはしみじみとそう言ったがもはや息子自慢にしかなってなかった。
「うーん、そうみたいだね・・・。でも、今から逃げるったって、夜だよ?危なくって外でられないよ。」
 彼だけならともかくもディナを連れて砦を抜け出すというのは無理だろう。見つかりでもした場合最悪敵と間違われる可能性もある。
「それはそれさ。明日の朝一に、北の湿地帯の方に行ってくんねぇか?」
「湿地帯ぃ〜・・・僕が来た方向だね・・・。あっちの方行けば逃げれるのか?」
 ユウはそう言った。
「多分な。いくら残虐な軍隊だからって、2人の子供追う為に、わざわざ湿地帯に足を踏みいれはしないだろう。」
「うーん。僕は・・・ディナを助けるってのには賛成だけど・・・ラオ。他のおっちゃん達とかはどうするの?本当に最後の兵士が食事し終わるまでいるの?」
 ユウはラオの顔をのぞき込んでそう尋ねた。
「ばーか。ありゃ、ディナが居たからあんな事言ったんだ。明日になって、敵さん達がやって来りゃ俺らも戦うさ。こう見えたって、昔は雇兵やってたしな。」
 にっこりと笑って力こぶを見せる。その大きさはゆうにユウの頭ぐらいはありそうだ。
「・・・おっちゃん・・・。その筋肉は凄いけどさ。おっちゃんは何の為に戦うんだ?悪いけど、砦は落ちるんだろ?何の為に時間稼ぎをするんだ?」
「そりゃ、お前達を逃す為さ。・・・まぁ、正直ディナを逃したいからって言っちまえば終わりだがな。少しでもお前らが危ない目に会わないようにって俺は時間稼ぎをするんだよ。」
 笑みを崩さぬラオであったがその瞳の奥に息子を守るという確固たる意志が存在したのにこの草原妖精は気づいたであろうか。
「だって・・・ディナは本当の子供じゃないんだろ?」
 理解できない、とでも言いたげにユウはそう言った。
「あいつは俺の子だ。たとえ産みの親が来たってそう言ってやるさ。自分の子供に生き残ってもらいたい。そう願うのが親ってもんだろ?」
 そう言ってユウの同意をも止めたラオであったがそれに対してユウは答えなかった。
「・・・ヒトって難しいね。」
 空になったコップを器用に指先で回しながらユウはそう呟いた。
「そか?これが普通の考えだと思うけどな・・・。」
 ぐいっとエールをあおるラオ。その姿にユウは何を見たのであろうか。
 草原小人達は基本的に親心を知らない。赤ん坊を育てる時は、両親共に育て上げるのだが、その子が一人で生活出来るようになると、両親はそれぞれ自分の興味を引くものを求めて旅立つのである。だから、自分の子供の為に、己の身体を張って時間稼ぎをするという考えを、彼は理解できないでいるのかもしれない。
 ただ、今の段階で一つ分かること。それは、ラオが負の方向に思考を向けているのではないという事。ラオはディナの犠牲となるのではないという事・・・。
 エールの最後の一杯を、ユウはラオからもらった。この人と酒を酌み交わすのはこれが最初で最後になるのか。でも、この二人の間には、悲しみというものは無かった。今日まで精一杯生きたのだから。明日も精一杯生きるつもりなのだから。
 彼らに後悔の文字はない。もっとも、お気楽極楽な草原小人に始めっから"後悔"の文字があるわけがないが・・・。
 そして日が落ちた。ユウにとって、砦ですごす最後の夜が訪れた。 彼の友は、疲れが溜っているのかぐっすりと眠っている。そんな友の顔を見て、ユウは明日、うまく砦から出れればいいなーとぼんやりと考えていた・・・。

 一方のカラの村には夕刻頃ようやくアギウス率いるクレネリアス帝国軍約2000が到着していた。
兵士達によって村の近くの見晴らしの良い丘にすぐさま今日の宿営が作られ始める。兵士達も手慣れた者で2000の兵と数百の馬が今晩寝泊まりするための宿営がものの1,2時間ほどで出来上がってしまった。
彼らならば丸一日あれば堅牢さから言ってもルクスの砦とも渡り合えるほどの陣地を築き上げることがかのだろう。
 陣営の中央にはられた一際大きな天幕、これがこの軍を率いるアギウスのものであった。天幕の中はいくつかの部屋に分かれ、それぞれ謁見の場、寝室、近衛騎士の控えなどとされていた。
いまそのアギウスの天幕の謁見の間で1人のクレネリアス騎士と1人の赤髪の傭兵が待たされていた。
無論、ヴェルギウスとクリムゾンの両人であった。もっともヴェルギウスの方は心なしか緊張しているようであったが。
やがて白いマントを纏ったアギウスが姿を現し、その場にいた人間が全て頭を垂れた。その間にアギウスは自らの椅子に座り、じっと冷ややかな目でヴェルギウスの方を見た。
「ヴェルギウス、報告せよ。」
 頬杖をつきながらめんどくさそうにアギウスはそう言った。
「は、ははっ。」
 ヴェルギウスはクリムゾンに見せていた高慢不敵な態度も何処へやら、緊張のためか何度もつっかえながらもカラの村の事について説明を行った。嘘は許されないのか、その内容はクリムゾンから見ても事実に関する限り正確であった。
「傭兵・・・・我は主は村人の首をはね、村を焼き払えと言ったな?」
「・・はっ。」
 クリムゾンは下を向いたままそう答えた。
「村人達の歓迎を楽しみにしていたのにもぬけの殻であったのなら仕方がないな。ただ、2,3不手際があった様だな。」
 クリムゾンは下をを向いたままじっと押し黙っていた。
「敵の奸計にはまり我が皇帝陛下より預かった3人の命が失われた。お主はどう思う?」
 アギウスはそう言ったが失われたのはヴェルギウスの手兵と傭兵である。彼にとっては委託も痒くもない損失であった。
「敵方がこのことあるを予測していたようです。でなければ収穫寸前の畑ごと焼き払うなどということが出来るわけがありません。」
 クリムゾンはアギウスの表情を盗み見るようにしながらそう答えた。しかしそう聞いた彼の表情は微塵も変わらなかった。
「敵に策士がいたと言うことか?」
 アギウスはただつまらなそうに念押しするようにクリムゾンへと尋ねるにとどまった。
「おそらくは・・・。」
 クリムゾンは頷いた。
「まあ良い。敵の方が有能であったと言うことだな・・・・・。お主らではウリウス・ランケストの相手は務まらなかったか。」
 アギウスはそう言うと椅子から立ち上がった。もう既にこの件には興味を失っているようであった。
いやもともと彼にとってどうでも良かったのだろう。
「・・・・・無能者めが・・・・・・。」
 アギウスは去り際にヴェルギウスを一別するとそう言い捨てていった。クリムゾンは顔面蒼白のヴェルギウスが歯ぎしりをする音を聞いたような気がした。

 夜も更け、篝火の焚かれる砦の回りの他が闇に支配されても、砦の兵士達は決められたとおり厳重な警備を敷いていた。
10倍の敵が間近に迫っているにも関わらず砦には不思議と恐怖は漂っていなかった。ランケストに対する絶対の信頼がそうさせているのだろうか。それとも諦めが先に立っているのだろうか?
ともかくも夜警に立つ者の1人、”ハイエナ”ジギーは歩哨中、立ち止まると不意に東−カラの村の方をにらみつけた。
表情はいつになく険しく、そして嫌悪感を露わにしていた。
「嫌な風だ・・・奴等の匂いがする。」
 彼の言う奴らとはクレネリアス軍のことであろうか。ともかくもジギーは吐き捨てるようにそう呟くと鼻を二、三度こすりその場を後にした。

 その日の夜。食料などを備蓄している倉庫の中に蠢く一つの影があった。砦の糧食を灰にでもしようとするクレネリアス側の手の者かと思いきや、月明かりに浮かぶ人物はこの砦の傭兵、ミナイ・ラキアであった。
どうやら今日倉庫から難民に分け与える食料搬出の手伝いをしたときに鍵を一つちょろまかしていらしい。彼は仕事の合間には見せない機敏な動きで食料を物色していた。
「さてさて、戦闘準備もかまへんけど自分の脱走準備をしとかんといかんよなぁ。どうせ、今は取り放題やん♪なににしても食いもんは確保しとかなあかんやん。」
まるで自己弁護をするようにそんなことを呟きながら、彼は日持ちしそうな保存食ばかり選んで袋の中に詰めていた。
「まあ戦争の準備は上に任せた、俺は給料分働くだけ。戦争が終わった後に生き残るのは俺の責任やもんな。ぜったい生きのびてあぁいう可愛い娘を嫁にしたるぞ。」
 彼はふと手を止め、有翼人の少女の事と昼間のことを思い出し、しばししまりのない顔を見せたが、またそそくさと備蓄の横領に励み始めた。
 一方彼が一方的に思いを寄せている有翼の少女は母と共にコロムの町を目指して砦を後にしていた・・・・はずであった。
しかし何故か彼女は砦近くに姿を見せていた。いったんは砦を発ったものの、一葉の書き置きを残して野営の場を後にしたのであった。
理由はただ一つ、父が砦へと戻ってくるのではと思っただけ。
父と母とまた三人で幸せな一日を送りたいがために・・・・・。

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