epilogue

エピローグ

夢の残照 〜The End Of WERE-BUNNY Stories


 ある昼下がりのことである。
久しぶりに一人で郊外の丘へと出て佇んでいたエルフィーネであったが、山を抜け、谷を越え、森の中を吹き抜けてきたであろう風が彼女を取り巻いて吹き抜けたとき、何故か急に”村”のことを思い出してしまった。
彼女はそんな自分に少し驚いたのだが、そろそろ帰る頃なのかなと思うと何だか妙に退屈な生活に飽きてしまったはずの”村”が懐かしく思えてしまった。
そしてそう思い始めると望郷の念はもう止まらなかった。
懐かしき”村”の風景が、厳格な父の顔が、優しい母の顔が、”村”での思い出がまるで走馬燈のように彼女の脳裏へと次々に浮かび上がってきたのだ。
− 帰ろう、”村”へ。風の村、ディアクレイアへ。
 彼女は不意にそう思った。
そしてその思いは心の中で次第に増幅していき、エルフィーネは今がまさしくその時期なのだということを悟った。 そう悟ったとたん身を軽やかに翻し、仲間達の待つ冒険者の宿へと走っていくのは彼女らしかった。

 パーティーの解散、それはエルフィーネの一言で決まった。
彼女はこの世界に飽きたので、自分の”村”へと帰りたい、そう言ったのだ。 最初はこの仲間達と離れる事に抵抗を感じていた者もいたが、やがて何人かがそれも良いかも、と言い出すとその感じも潮の引くように溶け去ってしまった。
もしかしたら意識的ではなくても、全員が解散の潮時だと言うことを考えていたのかも知れなかった。 同調者は1人増え、2人増え、ついには全員が別れることに同意した。
そしてその夜、彼女らの最後の宴がひっそりと宿の酒場で行われた。

 西方諸国の一つ”芸術の街”ベルダインに続いて彼らの根城となったこの世界最大の都オラン。
その街の外門の所で6人の冒険者達が最後の別れを惜しんでいた。
昨夜は彼女らにしては珍しく別れを祝しての盃を交わさなかった。 その理由は誰も分からないであろう。
しかし、かといってしんみりしたものではなかった。 今までで最高の宴であったことは間違いないだろう。
 外門前の広場でフォウリー、エルフィーネ、ザン、ルーズ、ソアラ、ロッキッキーの6人はおそらく最後であろうと仲間の顔を見回していた。 皆無言であったが、それはやがて破られることになった。
「また会えるかしらね。」
 フォウリーは数年もの間旅を続けた仲間達にそう尋ねた。 だがそう問うた彼女自身もう会えるとは思ってはいなかった。
「また、会えると良いですね。」
 ザンがそう言ってそれに応えた。 その言い方が彼の性格を物語っていた。
「きっと会えるさ。」
 いつもの口調でそう言ったのはソアラである。 根性や気合いがあればと言い出さないところが、救いであろう。
「私はこれからもずっと貴方達のことは忘れない。短い間だったけど。」
 エルフィーネはそんな月並みな言い方をした。> 永遠の時を生きるエルフにとって数年間という時間は決して長い時間とは言えないだろう。 だが彼女とロッキッキーを抜かした他の者には確実に年を取ったのだ。
「貴方はどうするのですか?」  ザンはそうパーティーの解散のきっかけを作ったエルフの少女へと尋ねた。
「言ったでしょ。”村”へと帰るの。何だか、ここにいるのも飽きちゃったしね。勿論何年先かは分からないけど、”村”での暮らしに退屈したらまた来るけどね。」
 彼女はそう言ったが、それは一体何時のことになるのだろうか。 その時には、おそらくこの中の者達の幾人かはこの世界の住人では無くなっていることだろう。
天界の住人になっているかも知れないし、真実の星々になっているかも知れないし、喜びの野に行っているかも知れないし、至福の島の住人になっているかも知れないし、再びこの世界に生を受けているかも知れない。
「ザンはどうするの?クロードロットから誘いを受けているんでしょ?」
 逆にエルフィーネはそう聞き返した。
 ザンはその事を彼女が知っていることに少々驚いたようだ。 おそらくロッキッキー辺りが何処からか仕入れてきたのだろう。
「まあ‥‥。ですが‥‥。」
 ザンは口ごもった。 いま彼が感じていることは決して口に出してはいけないことだろうし、また彼女も聞きたいとは思わないだろうから。
「貴方のことだからきっとえらくなるんだろうね。」
 悪気無くそう言ったエルフィーネに、ザンはただ困惑したような笑みを返すだけであった。
「フォウリーはどうするの?」
 ザンの話が終わったとみるや、すぐに会話の相手をフォウリーへと変えるのはエルフィーネらしいと言えばらしいだろう。
「そうね。一旦家に帰ってそれから決めるわ。」
 フォウリーは気まぐれな風に髪をなびかせつつそう言った。 彼女もまたエルフィーネと同じようにホームシックにかかったのであろうか。
まあ彼女に限ってそんなことはないだろう。
「弟さんによろしくね。」
 二度ほど会っただけのフォウリーの弟に何か悪いことでもしたという思いを持っているのだろうか。 確かにアシャンティー家での酒宴は、そう思うに足る出来事であったのだから。
フォウリーは彼女に苦笑を返しただけであった。
彼女の方もよもやエルフィーネからそんな発言があろうとは夢にも思ってなかっただろう。
「ソアラは?」
 エルフィーネは次は蛮族出身の男へとそう尋ねた。
「さあな。気が向いた方向に歩いて、気が向いたことをやる。」
 憮然とした表情でソアラはそう言った。
「貴方らしいわね。」
 彼女は安心したような笑みを浮かべてそう言った。
「ルーズは?」
 こうなるともう彼女は全員に聞いてみないと気が済まなくなったのだろう。
「国に帰るよ。今まで忙しかった分ゆっくりと過ごすんだ。お金もあるしね。」
 彼はそう言って自分の財布である革袋を見せた。 そこにはロッキッキーから返して貰った金が足されていたので、結構ありそうである。
「そう。貴方も貴方らしいのね。」
 彼に対してもにっこり微笑んでエルフィーネはそう言った。 仲間達が最後まで仲間達らしいことが、何だか無性に嬉しいのだ。
「ロッキッキーはどうするんだい?」
 エルフィーネが彼にだけは聞かなかったのを見て、ルーズがそう尋ねた。 何だったら2人でまた旅をするのも良いとも思っているようだ。
「聞くなよ。」
 だがロッキッキーはそう言って肩をすくめた。
「こいつはね、借金の形に私が村まで持ってくことにしたの。お金で払えないんなら体で払って貰わなくちゃね。」
 すかさずエルフィーネがそう応えた。
「ロッキッキーらしいわね。」
 それを聞いたフォウリーは笑顔でそう言った。 その決して蔑みや嘲りではない笑みは他の仲間達にも伝播していった。
「そろそろ行こうか。」
 そう切り出したのはエルフィーネで相手は勿論ロッキッキーである。
「おうよ。行くべか。」
 ロッキッキーも何時までもこうしてはいられないと思ったのだろう。 そしてそれは他の仲間達にも同様であった。
「私達も‥‥ね。」
 フォウリーはそう言って仲間達の方を見た。 彼らは何も言わずに頷いた。
別れの時が来たようである。
「それじゃあね。」
「じゃあな。」
「それでは。」
「みんな、元気でね。」
「じゃあ。」
「あばよ。」
 6人は同時に最後の挨拶を済ますと、それぞれの歩みを始めた。
故郷を目指して一緒の方向に進む者達、たった一人で見知らぬ道を見知らぬ場所へと向かっていく者、そして生まれた地であるこの地に留まる者。
進んでいく者達の道は千差万別であったが、ほんの数瞬前まで仲間であった彼女らに共通していたのは、決して振り返らなかった事であろう。
 ここに一つの冒険者達の物語は終わりを告げる‥‥。

 アレクラスト最大の都市オランの魔術師ギルド、賢者の学院に残ったザン・タカハラは、彼を招いた本人である学院の実力者の一人、”知らぬ事なき”クロードロットの元で、魔術の研究に従事した。
その後数年で幾人かいるクロードロットの後継者の中でもっとも有力と称される様にまでなったザンであるが、ある日彼は突然賢者の学院を去った。
 クロードロットの懸命の説得も実らず、彼は一度生家へと赴いた後、幾らかの荷物とそして使い魔の紫猫と共にオランより姿を消した。
その後の足どりはようとして分からないが、風の噂によると、カーン砂漠の古代王国の遺跡へと向かったとも、アザーン諸島へと赴き宮廷魔術師になったとも言われている。
 何故彼は将来を嘱望されつつも賢者の学院を自ら去ったかは謎である。
ただ、学院を去るときにクロードロットに言い残した言葉が、全てではないにしても答えの断片を暗示してるであろう。
その言葉は”魔法も万能ではない”というものであった‥‥。

 オランで仲間達と分かれたソアラは、その足を故郷である西方諸国、テン・チルドレンのさらに西の未開地へは向けなかった。
今までの冒険で追い剥ぎをしながら貯めた金を元手に、ある物を探す旅にでたのである。
ある物とは、彼がいま履いている”ブーツ・オブ・ロングレッグ”のような、足を速くするための魔法の道具だった。
どうやらそのブーツの魔力で走ることに生き甲斐を見つけたらしい。
 だが、アレクラスト大陸広しと言えども、そうも都合よく見付かるはずがない。 いまだに彼は諸国を放浪しているらしい。 何故ならば、山賊や盗賊団が身ぐるみ剥がされると言う事件が、時々あちらこちらで起こるからだ。
しかも不思議なことに山賊らの首に掛けられている賞金は取りに来ないのである。
彼以外にこのような事をする人物はいないだろう。 そして彼の旅はまだまだ続きそうである。

 仲間達と、特に盟友ロッキッキーと分かれたのが効いたのかどうかは知らないが、ともかくも一番祖国へは帰らないと思われていたルーズ・ワーディードは、意外にも使い魔である梟のライスと共にレムリアへと帰ったのだ。
フォウリーと共にオランから仕官の誘いが来ていたのにそれを蹴ってである。
 レムリアでも仕官を断った彼は、冒険で稼いだ金でしばらくは静かに過ごしたのだが、単調な毎日の退屈さには勝てずに、再び祖国を飛び出していった。
その気になれば一国の騎士の長に慣れるだけの戦士としての腕は使わずに、金がなくなれば、詩を歌い、知識を売り、金を稼いでまた旅にでると言うことを繰り返した。
 風の噂によればどこかの国の小さな村で、村一番の器量好しと結婚をして、学者をしているとか、吟遊詩人をしているとか。
ともかくも彼が一番人並みに幸せそうであった。

 ルーズと一緒にオランからの誘いを蹴ったフォウリー・アシャンティーは自らの生まれ故郷であるエレミアへと帰っていった。
特に何かをしたいという目的があるわけでもない。 ただここ数年来の冒険の疲れを癒したかったのだろう。
 また彼女の戦士としての資質からすれば、それこそ一国の王となることも可能なのではないか。
だがあくまで彼女は戦士であり、勇士ではなく騎士ではなく、そして何より王ではなかったようだ。
幾多もあった仕官の話しも全て断り、弟が家督を継いでいる家で半年ほど過ごした後、再び剣を手に旅だった。
戦いに慣れた戦士にとって平和な生活は、苦痛以外での何物でもなかったようだ。
彼女のその後もようとして知れないが、彼女を知る者は時々悪魔のように強い女戦士の事を聞くとそれは彼女であると確信を持ったようだ。
彼女は旅立つときにこう言ったという。
”戦士は戦士以外の何者でもないの”と。
彼女にとって戦いこそが全てだったのだろうか‥‥。

 そして‥‥、エルフィーネとロッキッキーの2人はと言うと‥‥。

 ここは人間は否、人間界の多くの者が決して行くことの叶わぬエルフだけの村、ディアクレイア。
その村の一画に、最近人間界より帰ってきた少女と、そして少女が連れてきたハーフエルフの青年が住む家があった。
 彼女が戻ってきたことと、ハーフエルフの男性を連れて帰ってきたことで村では多くの非難が吹き出したが、少女の、村の長老達にも劣らないほどの精霊使いとしての”力”を目の当たりにしたら表だった非難は影を潜めてしまった。
ただ幾人かはそれでも公然と非難したし、幾分陰に隠ったような所もあった。
ただそれもハーフエルフが少女の夫や、恋人などでは無いことがはっきりするにつれ、段々と消え去っていった。
 男の方も村人達と次第に打ち解け、今では一部の者を除き”仲間”として受け入れられていると言ってもいい状態になった。
もっとも少女の”ハーフエルフとして生まれたのは彼のせいではないわ”という言葉が聞いたのかも知れないが。
けれども”借金の形になったのは彼のせいよ”、という一言を付け足したのは彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。
だが彼女らが来たことによって村に活気が出てきたことは否めなかった。
 そんなある日の事である。
村の外れの方にあるそのささやかな家の2人の住人の片方であるエルフの少女が憤慨した様子で家へと飛び込んだのは、もう日も暮れようかという時間帯であった。
「こら、ロッキッキー。貴方リーザを口説いたそうね!」  彼女は何処から仕入れてきたのか、テーブルに座ってエール酒をひっかけているハーフエルフの男に向かってそう怒鳴った。
「口説いたなんてとんでもない。ただちょっと話しただけじゃねぇか。」
 内心の動揺を押し隠して、彼はカップに残っていたエールを空けた。
「ほー、最近の話しってのは、キスまで迫るの?借金の形の分際で、百年早いわよ!」
 どうやらリーザ自身から話を聞いてきて、全てを知っているようであった。 そこまで知られているとなると彼にはもう言い逃れは出来なかった。
「まったく焼き餅焼くなよな。」
 開き直ったようにぼそっとロッキッキーはそう呟いた。
「何ですって!!」
 だが彼女の耳はその言葉を聞き逃さなかった。 心底怒ったような、現に怒っていたが、表情のまま彼女は精霊に命令を発した。
『光の精霊達!このどあほに思い知らせてあげて!!』
 途端に十数個のウィル・オ・ウィスプが精霊界より姿を現せ、家の中はまるで真昼のように明るくなった。
「わっ、馬鹿、ちょっと、落ち着け。な?」
 慌ててロッキッキーは宥めに入ったが、いかんせん遅すぎた。
「うるさい!」
 彼女はロッキッキーの提案を心地よく拒絶すると、勢い良く右手で彼を差し示した。
『行きなさい!!』
 エルフィーネ号令一下、光の精霊達はロッキッキーへと突撃した。
「うわーーーーーーーーー。」
 ロッキッキーにはなす術もなかった。
光の精霊が全て弾けた後には、瀕死のロッキッキーが残されるだけであった。 勿論エルフィーネが彼が死ぬ一歩手前の所で止めているのだ。
「ふん!」
彼女はそういうと、まだ収まらない怒りを発散させようと家から出ていった。
彼女らの喜劇はまだ当分続きそうである‥‥。

冒険者達の冒険の旅は終わりを告げた。
しかし英雄達のそれぞれの人生という名の旅は今まだ始まったばかりである。
汝らに神の祝福のあらん事を‥‥。

THIS STORY WAS
WRITTEN AND ARRANGED BY
Gimlet
1992,1993,1994,1995
AND
THANKS FOR ALL PLAYERS‥‥

FIN・・・・

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