The Fantasy Story

オリジナル小説 幻想物語

The Fantasy Story

第三章 城塞都市クロラド(Crolad)



 さすがに大陸の主要都市間を結ぶ大陸公路ともなると、夜の帳が下りていようとも幾人かの旅人を見受けることが出来た。
と、いっても商人や旅人など一般の人々ではなく、腕に自信のある冒険者達や夜の闇にその身を包ませざるをえない者達−犯罪者等−であろうが。
ともかくもレイも他の人々とはその理由は違えど、王国に追われている身であることには間違いないので、マフラー代わりの長布で半ば顔を隠して、街道を東へと向かっていた。
 幾多の人とすれ違い、街道を二時間ほど歩いたころであろうか、道に沿って10軒ほどの家が建ち並ぶ小さな宿場街へとたどり着いた。ただ夜も遅かった−夜半は過ぎていただろう−こともあり、開いている宿は有りそうも無かった。
ただ一軒、夜の街道を行く者の為にか小さな酒場は開いているようであったが、レイは関心を持たずに通り過ぎた。
小さな宿場街をものの数分で歩きぬけた彼であったが、もちろん夜通し歩きつづける気はなかった。街から少し離れたところにうち捨てられた廃屋を見つけると、そこを今晩の寝床と定めたようだ。
街道からそれ、道から見えぬように廃屋の壁を背にし、そこへと寝床を作ると、ごろんと横になった。
空は満天の星空で雨の心配も無いし、人家に近いので猛獣や妖魔の類も居ないだろう。
未だ目覚めぬレティシアを潰さぬように気を使い、そのまま夜明けまでの数時間仮眠を取ることにした。
すぐに軽い寝息を立てはじめた彼であったが、眠り自体は浅かったのか、夢はみなかった。
 日の出と共に目を覚ました彼は、干し肉と水で軽い食事を取ると、またレティシアをしっかりと抱え直し、その上から服を纏うと再び街道へと出て東へと歩きはじめた。
さすがは王国の管轄下にある大陸公路だけあって、寂れた古道よりしっかりと整備されていた。
沿岸部ならば海路、という手もあるが、船旅はまだ高価であるため交通は必然と陸路が中心となるからだ。
その結果都市間を結ぶ多くの道が整備され、そしてそれに伴って宿場町も整備され、いつしか大陸公路と呼ばれる道が出来上がったのだ。
 その大陸公路を20日ほど旅して、レイはようやくクロラド近郊へとたどり着いた。
途中2度ほどセナ=ルーンの兵士と思しき者達が通り過ぎていった。おそらくはレイを探しているのだろうか?
セナ=ルーンは出奔したレイを公式には”武者修業中に行方がわからなくなった”としてその他の8王国や10の都市国家に捜索の協力を要請していた。
このためセナ=ルーンの兵士の姿は割とそこかしこに見て取れるのである。
− もう3年になろうというのに・・・・。
 だがすれ違った兵士達も今までと同じようにレイには気がつかなかった。
王家の紋の入った剣の柄もカモフラージュしてあるし、髪は伸び、背もかなり高くなり、そして体格も良くなっており、少年から青年へと変わっていたからだ。
顔に3年前の面影は残るものの、そうと思って見なければ絶対にわからないであろう。
しかし、セナ=ルーンの兵士達がわずかな差でカレンの元へと訪れていること、そしてアルベスでピクシーを買い求めたことを調べ上げているとは、レイは知る由も無かった。
道の遥か向こうにクロラドの街並みがおぼろげに見え始めたころ、レイは不意に足を止め、道端へと座り込んだ。
そして道行く人をずっと眺めていた。
どれくらいの時間が流れたのだろうか、そろそろ日も暮れようかというころ、どこか近隣の村にでも行った帰りなのか農作物を荷台に積んだ馬車が通りかかった。
レイは立ち上がると手を挙げて馬車を止め、クロラドまで乗っけていって暮れないかと馬車の老人へと頼み込んだ。
人が良いのだろうか、老人はレイの申し出を快諾してくれた。
レイは老人へと礼を言うと、荷台の方に回り、荷台一杯の小麦の中に剣と荷物を隠し最後尾へと腰掛けた。
それを確認した老人は手綱で一度ぴしゃりと馬を打ち、先ほどと変わらぬゆっくりしたスピードで荷馬車はクロラドへと進み始めた。
 人が歩くよりもやや遅いスピードで荷馬車は進み、クロラドの関へとたどり着いたときはほぼ日も暮れかかっていた。
城塞都市の異名の通り、町の周りを巨大な城壁で守られたこの町の門は日暮れとともに閉められてしまうため、この時間の関は町に入る者と出る者とでごった返していた。
老人の馬車も関で止められたが、いつものことなのだろう衛兵と二言三言軽い言葉を交わしただけでまた馬車は進み始めた。
終始馬車の荷台に座りにこやかな顔で老人と衛兵を見守っていたレイであったが、その衛兵らの中に門の番としては不釣り合いな格好をした者が何人かいることを見受けていた。
− セナ=ルーンの者たちか・・・・
 レイはどうしてか彼がここに来るだろうことを察せられたことに気がついた。
だが、セナ=ルーンの兵士たちは荷馬車の最後尾に座るレイに気がつかなかったようだ。
表情はあくまで変えず、ほっと胸をなで下ろしたレイであった。
 馬車はそのまま大通りを進み、朝市が立つ広場の近くにある商店の前で止まった。
レイはひとしきり老人へと例を良い、銅貨を何枚か謝礼代わりに渡すと、下町の方へと足を向けた。
彼の目指しているところは下町のさらに奥の方にあったからである。
と、そろそろ目的地かと角を曲がったそのとき、同じように角を曲がってきた者とぶつかってしまった。
「うわ?!」
「うぉ?!」
 どちらも声はあげたものの倒れたりはせず、レイは反射的に自分にぶつかった者をにらむ。
そのとたんレイの体に緊張が走った。そう、彼がぶつかったのは不運にもセナ=ルーンの人間、それも騎士であったのだ。
そして騎士故に出奔するまえ、レイ自身も何度か顔を会わせたことのある人物であった。
「大丈夫ですか・・・・・レイ皇子??
 その騎士は信じられぬというような表情を見せてそうつぶやく。
「え、ええ、大丈夫です。急いでるので失礼します。」
レイはそのつぶやきには反応せずぺこりと頭を下げると、早足になりそうになる足を必死に押さえつけて角を曲がり、さらに次の角を曲がった。
とたんに押さえつけていた足が自然と早足になっていく。
騎士はしばらくその場に立ちすくんでいたようだが、レイを追うようなことはしなかった。
まだ半信半疑、というところだろうか、それとも報告が先と思ったのだろうか。
彼の方は早足でその場を後にしたのだ。
だがそのことを知らぬレイはなるべく多くの路地を抜け、やがて一軒の家の前で立ち止まった。
とても治安の良いとは思えなさそうな場所にその家はあった。
ドアの横にかかる外れかけた表札−かなり古びているが、レディオスの店と書かれていた−を確認したレイは二度三度ドアを叩いた。
だが、返事はなかった。だが、留守というわけではなさそうだ。家の中に人の気配がしていた。
レイは思い切ってドアノブに手をやった。どうやら鍵はかかっていないようである。
そのままドアを開け家の中にはいったレイに対し、店の奥から声がかけられた。
「すまんが今日は魔道の店は休みだ。また出直すがよい。」
「それは無いだろう。レディオス爺さん。いくらしみったれた冒険者風情が入ってきたとはいえ。」
 レイはその懐かしい声に対し、多少皮肉っぽくそう答えた。
「その声は・・・レイか。おお、久しく姿をみせんと思ったら・・・・。待っておれ、今そちらへと行こう。」
 そう言うと階段を上る音が聞こえ、店の奥の部屋から先ほどの声の主−一人の老人が姿を見せた。
黒いローブを身に纏い、白いひげを蓄えたその風貌から一転して魔導師と分かる。
何かの実験の最中だったのだろうか、彼のローブからはつんと鼻を突く臭いが漂って来た。
「お久しぶりです、レディオス導師。」
 先ほどの皮肉っぽい口調から一転して敬った声でレイはそう言い、軽く一礼をした。
「おうおう、久しぶりじゃのう、不肖の弟子よ。して今日は何の用じゃ?心を入れ直して魔道の勉強をする気になったか?」
 レディオスはそう言って親しい者にしか見せぬであろう笑顔を見せて豪快に笑った。
そう、レイにとってこの老人は魔術の師にあたるのだ。もっとも不肖の弟子の通り二ヶ月ほどしかこの場所にはとどまらなかったのだが。
「実はこの娘を治していただきたいのです。」
 レイは軽く頭を振ると、服の中から大切そうにレティシアを抱え出した。
「ほうピクシーか、珍しいのう。」
 そう言ってレディオスは布きれなどで近くの机の上に簡易の小さなベッドを作るとレイにレティシアをそこへと寝かせるように示した。
レイは彼の言うとおりにそこへと彼女を寝かせる。
「よし、見て進ぜよう・・・しかしピクシーとは難儀じゃな。」
 などとつぶやいてしばらくレティシアを調べていたレディオスであったが、不意に見守るレイへと声をかけた。
「ふむ・・・・魔法の使い過ぎによる反動か。レイよ、この娘はどこのピクシーじゃといっておった?」
「”泉”だと言っていました。」
「なんじゃ、”泉”のピクシーか。なら、話は早いわい。ちょっと待っておれ。」
 レディオスはそう言うと奥の方に姿を消していった。階段を下りる音が聞こえてきたのでおそらく彼の実験室へと向かったのだろう。
− 実験室か・・・。
 レイはふと此処にいたときのことを思い出して感傷に浸ってしまった。
ほどなくしてレディオスが戻ってきたとき、彼は一つの小さなガラス瓶を持っていた。
「それは?」
「”泉”の水じゃよ。貴重な代物だから高くつくぞ、レイ。」
 レディオスは小瓶を左右に揺らしながら、少しふざけたように言った。無論彼から代金を取ろうなどとは思っていないだろう。
− ”泉”の水か・・・。
 レイはそう言うレディオスに分かりましたと答えつつ、納得したように頷いた。



レディオスが泉の水をレティシアに飲ませようと机の前に立ったとき、不意に店のドアが叩かれた。
二人の視線を自然と扉へと向かう。レイは先ほどの騎士のことを思い出し、自然と表情が硬くなっていく。
「レディオス翁、居られるか。レディオス翁。」
 幾度となく繰り返されるノックの音とともに扉の外から若い男の声で執拗に声がかけられる。
魔道士の家をこのように目立つ風に訪れるものは少ない。つまり、普通の来客ではない、ということであろう。
− まさか・・・・セナ=ルーンの人間か?
 レイは不安げな表情でレディオスを見た。老魔道士も同様のことを考えたようで、すばやく目でレイに奥に隠れるように指示する。
レイは足音を立てぬようにすばやく奥の部屋へと入り、息を潜める。それを確認してからレディオスは扉を開けた。
「なんじゃ、騒々しい。静かにしてくれぬか。今、大事な治療の最中なんじゃ。」
 レディオスは扉の前の人間の先手を取り、苦虫を噛み潰したような表情でそう言い放った。
扉の外にいた人間の大半はそれに呆気に取られたようだが、扉を叩いていたと思われる若い騎士はまったくたじろんだ様子を見せなかった。
逆に姿を見せレディオスに対し礼儀正しく軽く頭を下げる。
「これは失礼いたしました、レディオス翁。非礼をお許しください。」
「こちらこそ、不躾ですまぬな。何せちょいと神経を使うことをしていたのでな。つい、かっとなってしまったわ。」
 レディオスは苦笑を見せつつそう言って、若い騎士の出方をうかがった。
「私はセナ=ルーン王国の騎士でユリアスと申します。少しお伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「ああ、かまわんが?」
 レディオスは一瞬不可解だというような表情を作り、そしてまたその感情を消してそう答えた。
「と、その前に店の中に入ってもよろしいですか?」
「かまわんぞ。狭い店だがな。」
 レディオスはそう言って扉を開け放ち、騎士を中へと招きいれる。
「どうも。」  騎士は店の中へと入り、すばやく中を確認するが、残念ながらレディオス以外の気配は感じ取れなかったようだ。
「で、用件は何じゃ?」
「実は我々はレイ・ウェンディス・フォン・シュバルツハルト、というお方を捜しているのですが・・・・・先ほどその方らしき人物が翁の店に入ったのを見たという情報を入手しましてうかがった次第なのです。」
 さすがに若くして騎士を名乗るだけはあり、言外に威圧感を漂わせてそうレディオスへと尋ねた。だが、そのようなものは老獪な老魔道士に通じるはずもなかった。
「ああ?・・・・ああ、もしかしたら先程少妖精をわしに預けていった御仁かな?」
 レディオスはそういって、机の上で眠るピクシーをちらりと見た。
「おそらく・・・・・そのお方は今もこちらに居られますか?」
 机の上に眠る少妖精−ピクシーを見てユリアスは少し眉をひそめてそう尋ねた。
「いや、少妖精と金貨を置いて慌ただしく裏口から出ていったが?」
 レディオスはそういって部屋の奥にある階段を示した。
「裏口・・・・ですか。お忙しいところ失礼したしました。また何かありましたら連絡を。」
 ユリアスはそういうと再び頭を下げ、店から出ていった。
外で何か兵士達に指示を出しているのかしばらく話し声が聞こえていたが、やがて足音とともにその声も遠ざかっていった。
レディオスはそれを確認してからふぅっと大きく息をつき、近くの椅子に腰を下ろす。
時を同じくして、レイが奥の部屋から姿を見せた。
「ありがとうございました、レディオスさん。」
「気にするな、レイよ。お主はわしの弟子じゃからな。・・・・・それにしてもあのユリアスとかいう騎士、かなり頭の回転がはやそうじゃ。おそらく何人か張り込ませているだろうな。」
 レディオスは先ほどの騎士の顔を思い出しつつ、そう言った。
「レディオスさん、それよりもレティシアの治療をお願いします。」
 考えはじめそうになるレディオスに対し、レイはそう促した。この老魔術師は思考を始めると回りのことがまったく気にならなくなってしまうのだ。
「おお、そうじゃったそうじゃった。なに、泉の水を飲ませれば、回復するだろうよ。」
 レディオスはそう言ってレティシアの口に泉の水を含ませる。レティシアの喉が動き、水はなんとか飲み込まれたようだ。
「さて、これで良しと。泉の水は少妖精の精神の疲れを癒す効果があるでな。あとは気づくまで待つことじゃ。」
 レディオスは小瓶を薬品棚にしまいながらそう言った。レイはほっとした表情で肯き、レティシアの顔を見る。
心なしか顔に生気が戻った気がした。
「よけいなことかもしれんがな、レイ。」
 レディオスは再び椅子へと座り直し、じっと少妖精を見詰めるレイへと話し掛けた。
「なんでしょう?」
 レイは視線を老魔道士へと移し、そう尋ねたが、彼が何を言おうとするのかなんとなく想像がついていた。
「お前が国を出てからもう3年になろうというくらいか?そろそろ・・・・・国へと戻ったらどうだ?お主には王子として生まれた責務があるだろう?」
「帰ればカリスの王女との結婚があるだけです。俺・・・・私は自分で自分の妻となる女性を見つけたいのです。」
 レイは首を振ってそう言ったが、彼自身もそれがわがままであることは理解出来ていた。
王子としての責務。レイにとっては煩わしい言葉であった。
「今までにそうと思える女性とは出会わんかったのか?」
 レディオスにそう言われてレイは西−遠きアルベスのある方向を見た。
「一月ほど前に一人、出会いました。けれども・・・・自分の意志の弱さのために、一緒になることはできませんでした。」
 レイは俯き、ぐっと拳を強く握った。レディオスはそのレイに何も言えず、沈黙が二人の間にもたらされた。
「貴方の・・・せいではないわ。私が、いたから・・・・その人は・・・・離れていったの。」
 その沈黙を振り払ったのは、レティシアであった。

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