The Story Of Silver dagger

銀のダガーを持つ男

 神々の間では第12界と呼ばれるかつては閉じられた世界”ルガイア”。
その世界にあり、不敬にも「吸血大陸」とこの地の上に住む者たちから呼ばれる大陸、イルニアシア。
今この瞬間にも数多の国々が盛衰を繰り返す、誰も縦横断したことの無いというほどに巨大な大陸の東端。
そこにエルムールと呼ばれる地方があった。
この物語は後にこの地に名を馳せる冒険者達”銀の嵐”の結成について語られる。

 エルムールにある地方都市、ここオールランドは大陸東端を南北に貫く”繁栄の道”に寄り添うように出来た街である。
オールランドはエルムール地方の南端に位置し、クレセント王国側から見ればちょうどエルムールへの入り口となる都市である。
かつては小さな宿場町であったが交通の要所として人が集まり、やがて小さな都市へと成長したのだ。
そしてそのオールランドの下町のあたりにある一軒の小さな酒場。
政情・治安が不安定なエルムールには多くの冒険者やならず者達が集うため、この酒場もそんな輩達相手の宿屋兼用のどこにでもある酒場の一つである。
 季節は春。しかし今日は朝からどんよりとした天気だった。
昼から降り始めた小雨は夜になっても止む気配を見せず、それゆえかどこか湿った雰囲気がこの酒場にはあった。
いや、もともとが場末の安酒場なので、そんな雰囲気が妥当かもしれないのだが。
そして灯りに集う蛾のように、世辞にも上品と言えぬ者達がまるで引きつけられるかのように集まる場でもあった。
 そんな中で彼は一人酒杯を傾けていた。店構えから用意に想像できる安酒だが、酔うにはこれで十分だろう。
店の一番片隅のテーブルで何気なく外を降る雨を眺めつつ、止めど無く耳に入り込む酒場の喧燥から無意識に情報を漁っていた。
 彼の生業は”鼠”。
この地方の盗賊ギルドに属し、金に成りそうな情報を集めるのが”鼠”としての仕事だ。
本来ならギルドに入りたてのような下っ端がさせられるような仕事であり、彼が生業とするようなものではなかった。
才能が無いのでも何かへまをやらかしたわけでもない。
彼はおそらく今でもギルド内で1,2位を争うほど腕のいい盗賊だ。
彼の手にかかれば開かぬ錠はなかった。彼に命を狙われて逃れたものはいなかった。
彼の耳は千里先の情報を仕入れ、彼の指は魔法の施錠すらも解除する。そんな噂がまことしやかに流れるほどの。
どんな困難な仕事もこなし、それゆえにギルドの長の覚えも目出度かった。
 だがその有能さが仇になった。
ギルドの長が代替わりした時に、彼は新しき長に疎まれ閑職へと追いやられたのだ。
今までいい思いをしてきたつけだろう、と彼はそれを運命として受け入れていた。
たまに彼を襲う悲壮感は、懐に忍ばせている古ぼけたダガーに触れ、その冷たさを感じることで霧散した。
物心付いた頃にはすでに持っていたという古い銀製のダガー。
幾度と無く彼の命を救った、彼の分身といっても過言ではない大切なものであった。
 ふと彼の耳に怒声が入り込んできた。
彼が興味なさげに視線をそちらへと向けると、4人連れの一目で冒険者に成り立てと分かる男女が、これまた数人のちんぴらに絡まれていたのだ。
どうやら何かいざこざが起こったようだ。
怒声の内容から察するに4人連れの誰かがエールか何かをこぼしてしまい、それが運悪くちんぴら達にかかってしまったということらしい。
ちんぴら達の方が数が一人少ないものの、4人連れの方は半分が女性、男のほうもどこか世間慣れしていなさそうな面持ちであったので、かもとしてこの上ない上物だと思ったのだろう。
4人連れの中でおそらく年長であろうローブを纏った男性が必死にいきり立った相手を宥めようとしていたが、逆にちんぴらを頭に乗せてるようなものであった。
他の客達も良く出来たもので、彼らを中心に輪を作り、無責任に野次を飛ばし煽り立てていた。
店の主人のほうも騒ぎを収めるでもなくカウンターの奥で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
もっとも主人のほうの心配事は店の品物を壊されやしないかという一点であるのだが。
− よくあることだ。
 どちらに非があるかは関係ない。
この程度のことを切り抜けられぬようではこの街ではやっていけぬ。
否、王国の力がほとんど及ばぬ治外法権のエルムールでは、だ。
だがこうなっては”鼠”としての仕事など出来るはずも無い。
彼も周りの野次馬ほど積極的ではないにせよ、事の推移を見守ることにした。
 はじめの怒声は8割がた演技であったろう。この世間のいろはも知らないお坊ちゃんお嬢ちゃん達を恫喝し小金をせしめようというための。
だが、このお坊ちゃんお嬢ちゃん達はたかがちんぴらに怯みはしなかった。
相変わらずローブの男は事を穏便に収めようと空しい努力をしているものの、他の3人、特に森妖精の娘などは銀髪の男の影でちんぴらに噛み付いていたのだ。
やがて8割がたの演技は10割の本気へと変わり、野次馬達の煽りもあいまってきな臭い空気が流れ始める。
そしていよいよ怒り心頭となったちんぴらの一人が腰にぶら下げた安物の小剣の柄に手を掛ける。
それに相対するように銀髪の青年もまたすばやく剣の柄に手を掛けた。
一触即発の事態に、周りの野次馬達も血の臭いを嗅ぎ付けた狼のようにヒートアップしてきていた。
だがさすがに彼の目の前で刃傷沙汰を起こされるわけにはいかなかった。
まがりなりにも彼もギルドの一員、つまり裏側の世界の官憲と等しかったからだ。
− ・・・・・やれやれ。
 彼は席を立ち、回りを取り囲む野次馬達の間を抜けて進んでいく。
誰も彼には注意を払っていなかった。
それ故、ある意味彼が輪の中に足を一歩踏み入れたのは唐突に映っただろう。
「もう、それくらいにしておけ。」
 彼は静かな口調でそう言った。
「何?!」
「なんだ?!てめえは!」
 突然の横やりに矛先を彼へと向けるちんぴら達。
だがその中の一人がどうやら彼のことを知っていたようだ。
瞬く間に青ざめた表情で何か仲間達に耳打ちをすると、ちんぴら達の先ほどまでの勢いはどこかへと霧散していった。
振り上げてしまった拳の落とし所を探して、仲間内で顔を見合うも答えが出るはずもなく、突然の事態に野次る野次馬との間でばつの悪い空気が流れた。
「く、くそ。覚えてやがれっ!」
 やがてちんぴら達ははそう捨て台詞を吐くと、そのまま酒場から退散していった。
敵役の退場で続行不可能となった喧嘩劇に野次馬達は急速に興味を失い、口々に店の主人に追加の酒を注文しはじめる。
店の物が何も壊れず、注文も戻ってきたのだから店の主人はさぞほっとしていることだろう。
店に喧燥が戻り始めた中、4人連れのほうもこの状況にしばし唖然としているようだ。
だが、彼はお構いなしに背を向けて、酒場から出て行こうとする。
さすがにここまで騒ぎになった後では鼠としての仕事にならないので、河岸を変えるつもりであった。
「危ないところをありがとうございました。」
 ローブの男性が出て行こうとする彼に慌てて礼を言って頭を下げた。
「女連れでくるにはここは少し不釣り合いだ。ほかに行け。」
 彼は振り返りもせず、歩みすら止めずそう言い放った。
もともと助けたつもりはない。彼は自らの責務を果たしただけなのだから。
そしてこの4人連れに興味も無かった。
「あ、待ってください。」
 だが、予期せぬ男の引き止めに彼は思わず立ち止まって振り向いてしまった。
「助けていただいた上に厚かましい話なんですが、見たところお一人のようですし。もしよろしかったら私たちと共に組んでいただけませんか?」
 そしてこれまた彼の予期せぬ言葉をローブの男は発した。
確かに彼は一人だ。だが、冒険者というわけではないのだ。
だがここは冒険者達がも集う酒場、ローブの男が勘違いしていたとしても不思議ではなかった。
「・・・・・本気で言ってるのか?」
 思わず彼の口からため息ともつかない息で、それだけの言葉が漏れる。
「ええ、こうして助けていただいたのも何かの縁でしょうし。」
 相変わらずこちらの意など無視した口調で、それでいてローブの男は人の良さそうな表情で彼を見ていた。
「すこし・・・・考えさせてくれ。」
 無視すれば良かったのかもしれない。
だが彼はそうしなかった。何故かは彼にも分からなかった。
「あ、はい。突然でしたからね。」
 ローブの男はそう言って苦笑した。
その苦笑は初めての人間にいきなりそんな事を言った自分に対してのものだということが男には分かった。
先ほどの時もそうだったが、基本的に人が良いようだ。
だが、彼を誘うくらいだから、人が良いだけではなく判断力や決断力も兼ね備えているのだろう。
「私たちはもうしばらくこの街にいます。どちらにしろここで仕事も探すつもりですので。」
「ああ。」
 彼はローブの男に生返事を返して酒場を出て行く。
外は相変わらずの小雨であった。
彼は雨除けにフードを頭から羽織ると、足早に酒場を後にする。
もう”鼠”としての自分などどこかに行っていた。
−ちょうどいいかもしれんな。
 その足はギルドの長のいる建物に向かっていた。
もし彼が”穴熊”になりたいといったら、彼を煙たがっている長はなんというだろうか?
諸手を叩いて喜ぶだろうか?それともギルドの秘密を知りすぎている彼に”毒蛇”を差し向けるだろうか?
どちらにしろ、それも運命というものかもかもしれなかった。
だが、周りに流された末の運命ではない。彼は自分の決断の正しさを信じた。

 数日後、彼の姿はこの街にはなく、新たに仲間となった者たちと一緒にあった。
仲間は5人となり”銀の嵐”として仕事を受け始めた彼ら。
だが、最後に仲間となるドワーフ、”銀の髭”ディルド・ヴェイドとは巡り合っておらず彼らが真に”銀の嵐”となるのはまだ先の話である。

Fin・・・・

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