The Story Of Silver eye

銀の瞳の少女

 神々の間では第12界と呼ばれるかつては閉じられた世界”ルガイア”。
その世界にあり、不敬にも「吸血大陸」とこの地の上に住む者たちから呼ばれる大陸、イルニアシア。
今この瞬間にも数多の国々が盛衰を繰り返す、誰も縦横断したことの無いというほどに巨大な大陸の南東部。
この世界では数少ないエルフと呼ばれる妖精族が住む”蒼き森”がある。
森の深淵さ気高きエルフ達を匿うだけではなく、幾多の妖魔どもにも安息の場所を与えていた。
かつては汚れし妖魔を駆逐せんとしたエルフ達であったが、逆に旺盛な繁殖力を持つ妖魔に押し返され、今は森の奥に精霊王の力を借りて結界を張り、その中でひっそりと暮らしているという噂であった。
もともとエルフの数が少ないこの地では、さらに彼の妖精の姿を見ることは少なくなった。

 そもそもエルフという種族はこの地に住む他の種族よりも長命であることから子孫を残すという意識が希薄であった。
創造期時代の血を色濃く残す者などは真に不老とも言うべき寿命を誇るほどであるのだから。
そして人の前に神に創られたという自負もあり、またその長命と容姿から羨望と嫉視の目を向けらていたため、 この地の覇者である人間との関係はさらに希薄であった。
 そんな蒼き森に生きるエルフ達に数十年ぶりに子供が産まれた。
その女の子はリーンと名づけられ、村の中ですくすくと育っていった。
だが人数の少なさと男女平等なエルフの慣習が災いしてか、誰も彼女の遊び相手とはなれなかった。
大人のエルフは−両親達でさえも−村の一員としてすでに何らかの役目を負っていたのだ。
しかしまだ”若木”である彼女には役目は与えられない。それ故彼女は一人でいることが多かった。
またエルフは掟で自らの行動を縛る。
大人達はろくに理由も教えずに村の外へと出ては駄目だと掟を彼女に押しつけた。
それが彼女には我慢ならなかった。半人前であるほど、一人前として扱ってもらいたいと思うものなのだから。
それに若いエルフほど外の世界への憧れが強かった。否、村の中には変化の無い日常しかないのだ。
そのために関心をまだ見ぬ世界へと向けざるを得ない。この辺は人と同じく子供の方が好奇心旺盛といっても良い。
大人はその好奇心を押さえる理性と言うものを持っているのも一緒だ。
だが、彼女はその感情を押さえられるほど大人ではなかった。
しばらくは退屈な日々を送っていたのだが、やがて仲間たちの目を盗み、彼女は村の外へと出た。
初めはわずか一歩であった。
外には妖魔や人間など彼らエルフを害する下等な生き物がいると聞いていたが、居たのは動物達だけであった。
彼女の目には村の中と外はほとんど変わらないように見えた。
当初は村のわずかに外でも満足していた彼女であったが、やがてまた一歩、また一歩と村から離れていった。
罪悪感や好奇心も慣れてしまうと満足できなくなるものだ。
そして今まで危険な目にあうことと動物達以外の姿を見たこともないと言う事実、それが油断を生んだ。
幾度目の掟破りだろう。彼女はいつものように村を抜け出て、少し離れた場所にある泉の近くにいた。
泉の上を渡って吹く風は妙に心地よく、彼女のお気に入りの場所だった。
泉のほとりに座り込んだ彼女は不覚にもまどろんでしまった。
 そして彼女が異変に気が付いた時、既に遅かった。
見たことも無い異形の生き物が彼女を取り囲んでいたのだ。
「ひっ?!」
 慌ててこの場から逃げようと、敵に背を向けようとした瞬間に切り付けられた。
肩口のあたりを切られ、あたりに鮮血が舞った。
「きゃあ?!」
 彼女は鋭い痛みにたまらず地の上へと転がてしまう。
そして傷を負ったことで彼女のパニックに陥った。
もう、足が震えて動かなかった。痛みすらも忘れるほどの恐怖が体中を駆け巡っていた。
何とか這いずって逃げようとするものの、身体がまるで鉛にでもなったかのように動かなかった。
そんな彼女を見て下卑た笑みを浮かべゆっくりと近寄ってくる妖魔に、たまらず悲鳴を上げた。
だが村から離れたこの場所では仲間の誰の耳にも届かないだろう。

 一方。
エルフの森といわれる蒼き森の北方を西から東へ、一組の男女が歩いていた。
一目で魔術師と分かるローブを着た男性−名をエルマーと言った−と、これまた一目で大地母神の神官と分かる聖印を染めた純白の神官着を来ている女性−名はメルと言う−の二人だ。
彼らはこの地元の人間以外は名も知らぬ街道を進んでいた。
特に理由があったわけではない。ただ辺境の方が彼らの力を必要とされるのではないかと思ってのことだ。
イルニアシアは総じて中央部分の方が治安が良く、離れるにしたがって悪くなる。
もともと大陸の中央部に大地母神の血を引く古代の女王の御座があった、という理由でそう言われているのだが、 実際は大陸のどこでも事情は変わらなかった。
国が栄えていれば治安は良くなり人が集まる。国が衰えれば治安は悪くなり人は離れる。
それだけなのだ。
だが、少なくとも妖魔の数に関しては辺境の方が多いのは確かであった。
この世界に侵攻した司死神が、大地母神の目の届きにくいもっとも遠き場所から進入したせいであるという。
しかしこちらも真実かどうかは確かめ様も無いのだが。
 ともかくも彼ら二人が選んだの東の辺境。西か東かはたまたまであった。
旅立つ際に東の関所が空いていたというだけだったが、金貨の裏表で決めなかっただけましというものだ。
行く場所にそれほどの意味はない。その場所で何がなせるかが彼らにとって重要であったのだ。
 ふと、二人の間を微かな悲鳴らしき音が通り抜けていった。
エルマーとメルは顔を見合わせる。二人とも聞いたということはどうやら空耳では無いようだ。
街道から外れ、森−悲鳴の聞こえた方向に走り出す。
森の地面は柔らかく、また道無き森を走っているため、ひどく歩みが遅いように感じた。
 ようやく前方に人影らしきものが見えた。
近づくにつれその影が妖魔であることが見て取れた。
一人のエルフの少女とそれを取り囲むようにして3匹の妖魔−エルマーにはゴブリンと呼ばれる下級の妖魔だと分かった−がいた。
エルフの少女は肩から血を流し、脅えたような視線を三匹の妖魔に向けていた。
妖魔はかなり興奮しているらしく、息は荒く、血に飢えた目をエルフの少女に向けていた。
運良く彼らの背後に出たからか、それとも妖魔は我を忘れるほど興奮していたせいか、ともかくもエルマーとメルに気が付いた風はなかった。
 二人はお互いに顔を見合わせ、小さく肯いた。それぞれの役割を確認したのだ。
“万能なるマナよ、焔の形をとりて彼の者たちを撃て!”
 エルマーはその場に立ち、複雑な手振りと魔術師の使う独特の言語を用い、自らの精神力を媒介にして周りの魔元素−マナと呼ばれる−を取り出して魔術を構成した。
取り出されたマナは拳大ほどの3つの炎の固まりとなり、次の瞬間その炎は3匹の妖魔へとぶち当たった。
焦げくさい臭いがあたりに立ち込めた。
魔法をぶつけられてようやく妖魔は新しき敵に気が付いた。
だが、その時にはもうメルがメイスと呼ばれる武器で手近な妖魔へと殴り掛かっていた。
「妖魔よ、相応しき世界へと戻りなさい!」
 鈍い音と共に妖魔の腕の骨が粉砕された。メイスは戦いとは言え血を流すことを厭う彼女のような神官が用いる武器であった。
3対1、数の上では不利な戦いであった。妖魔たちもそう思ったのだろう。
エルマーの魔法で傷を負っているにも関わらず逃げ出さなかった。
奇声を発して新しい獲物に襲い掛かってきたのだ。
だが。戦士としての訓練を積んだ彼女とただ数に物を言わせるだけの妖魔では技量が違いすぎた。
もともと大地母神の神官は戦いの鍛練を欠かさない。
妖魔どもを殲滅し、この世界をふたたび大地母神の手のもとへと取り戻すという大義名分があるからだ。
さらにはエルマーの魔法での援護もある。
3匹の妖魔がこの地でその一生を終えるまで、それほどの時間は必要なかった。
「ふう、なかなかしんどかったですね。」
 魔術を使いすぎたせいか、エルマーは少し疲れたような顔をしていた。
「これくらいでへばらないでください。」
 メルは笑みを浮かべてエルマーへとそういうと、妖魔が息絶えたことを確認する。
そして一つ息をつき、エルフの少女の方へと顔を向けた。
「大丈夫?」
 先ほどの戦乙女と見まごうほどの凛とした表情からは想像できぬほど、メルは優しげな表情でそうエルフの少女へと話し掛けた。
だが少女は先ほどの妖魔に向けていたのと同じような脅えた視線をメルとエルマーに向けていた。
彼女にとっては妖魔も人もさしたる違いはなかった。
どちらも下等で野蛮な生き物、と。
「言葉が通じないのかしら?」
 その彼女の様子を見て、そう勘違いしたのか困ったようにエルマーの方へと視線を向けるメル。
「その可能性もありそうですね。エルフは人間とは違う独特の言葉を持っていますから。」
 同じくエルマーも困ったような表情でメルと次いでその少女を見た。
だがそう答えたエルマーもエルフの言葉を学んだことはなかった。
高位の魔術師なれば未知の言語でも会話や読解できるようにする魔法が使えるのだが、あいにく彼が扱うにはまだ経験が足りなすぎた。
つまり、今話している言葉が通じなければ・・・・手詰まりなのだ。
「ともかくも怪我を治さないといけませんよね。」
 メルはそういって少女へと近づく。
少女は一瞬身震いしたが、すでに動く体力も残っていないようであった。
「大丈夫よ。」
 メルはもう一度少女に優しく微笑みかけると、右手を傷口にかざす。
“我が主たる大地母神よ、彼の者に神の癒しを与えたまえ”
そして神へと祈りを捧げると、エルフの少女の傷口がぽぅっと青白い光に包まれた。
彼女の信じる神は祈りを受け入れたのだ。光はすぐに消え、そして傷口は治癒していた。
メルはさらに布を水袋の水で濡らし、少女の腕に流れた血を拭ってやった。
傷口はまだ多少赤いがそのうち元どおりになるだろう。
腕を動かして怪我が治っているのを見て、ようやくエルフの少女の方も落ち着いてきたようだ。
目の前の二人が悪い人間ではないと思ったのだろう。
「あ、ありがとう。」
 一瞬迷ったようだが、彼女はそう口を開いた。
「おや?言葉は通じていたのですね。」
 エルマーはばつの悪そうに苦笑いをした。
あれだけ蘊蓄を語っていたのだから、当然だろう。
「いえいえ、大事に至らなくてよかったわ。私はメル。で、彼はエルマーよ。」
 メルは自分と次いでエルマーを指し示してそう言った。
「わ、私はリーン。」
 ぴょこんと立ち上がり、彼女はそう名乗った。
「リーンというのね。じゃあリーン、まだ妖魔が居るかもしれないから早く家へと帰ったほうがいいわ。」
 メルはそう親が子供に物を言い聞かすようにそう言った。
あくまで優しく、であるが。
「う、うん・・・・。」
 リーンは口篭もってしまった。
「私たちもそろそろ行かないと次の街までたどり着けませんからねぇ。」
 エルマーは独り言のようにそうつぶやいた。
しかし街、と聞いてリーンのエルフ特有の長く尖った耳がぴくりと動いた。
この人間二人との出会いは退屈な村の世界から抜け出す機会だということに気が付いた。
人間なら神がくれた好機、と思うだろうがあいにくエルフは神を信仰しない。
エルフは神話の時代から続くその長命ゆえ神がこの世界に存在したことを知っているからだ。
「あ、あの、私もついていっても良いですか?」
 彼女は勇気を振り絞るようにそうつぶやいた。
その言葉にエルマーとメルのほうが驚いたようだ。
「おや?エルフは人とは関わり合いを持たないという掟があると聞いていますが・・・。」
 心底意外だというような顔でエルマーはまたしてもそうつぶやいた。
どうやら思ったことがそのまま口に出てしまうタイプのようである。
「掟なんて大っきらい!私はそんなのには縛られないわ!!」
 掟と聞いてリーンはちょっとむっとした顔で思わずそう言い放った。
なぜ人間にまで掟のことをいわれないと行けないのだろう、そう思っていた。
「ええと、私はかまわないのだけど・・・。」
 メルはちらりとエルマーの方を見る。
何かわけありのようなこの子をこのまま置いていくことに少し気が引けていた。
それに確かエルフは優れた精霊魔法と弓の使い手だということを聞いたことがあった。
エルマーの魔術師の魔法と合わせれば、心強い。
どちらにしろ仲間は多いほうに越したことはないはずだ。
「あー・・・・・・次に妖魔に教われた時、私たちでは身の安全を保障できないかもしれませんよ?」
 リーンの剣幕に押されてたのか、エルマーはそんなことを口走ってしまった。
「エルマー!」
 恐がらせてどうするの?と、そういう顔でメルはエルマーを睨んだ。
エルマーの方は彼女に頭が上がらないと見えて、しまったというような表情で押し黙ってしまった。
「えっと・・・つまり連れていってくれるって事?」
 二人のやり取りをきょとんとして見ていたリーンはあどけない仕種で首を傾げてメルとエルマーを見た。
愛らしい銀色の瞳に二人の顔が映る。
「ええ、貴方が望むなら、私たちは今から仲間よ。」
 メルはにこやかに笑んでそう言った。
「わ〜い、ありがとう。」
 リーンは文字どおり跳び上がって喜んだ後、そう言って頭を下げた。
こうして森に入る前より一人増えた一行は、名も無き街道を東へと向かって歩き始めた。
途中リーンは一度だけ森−村の方を振り返ったが、それだけだった。

こうして後に”銀の嵐”となる者たちのうち3人、エルマーとメル、そしてリーンが集った。
だが、まだ彼らはまだ見ぬ仲間達が遥かエルムールの地で集う未来をまだ知らない。

Fin・・・・

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