SW1

SWリプレイ小説Vol.1

冒険者達の序曲(プレリュード)


             ソード・ワールドシナリオ集
               「猫だけが知っている『とっても小さな大仕事』」より

 アレクラスト大陸の遥か西方に位置する十の都市国家群(テン・チルドレン)の一つ、”芸術の街”ベルダインの、とある高級住宅でのことである。
夜も更け、執事でさえも寝入った邸宅の中をランタンの弱々しい灯と共に移動する一人の人間がいた。
普通の者なら決して着ないような暗い色調のローブを纏った彼は、自らの私室があるのだろう二階から階段を下り、そして一階へと足音を忍ばせてゆっくりと歩いて行った。
歩きなれているのだろう、多くの扉があるにも関わらず、そのほとんどを無視し、ようやく一階の廊下のはじの方にある扉を開けると中へ滑り込んだ。
うすら明かりに浮かび上がる品々から察するに、そこはどうやら台所らしかった。
彼はランタンをテーブルの上に置くとガサゴトと戸棚をあさり始めた。
 しばらくして、指輪のサイズが合っていなかったのであろうか、それともぶつけた拍子であろうか、男の右手の薬指から一つのリングが抜け、乾いた音を立てて床に落ちた。
そして男が拾う間もなくリングは床を転がり、排水溝の中へと落ちていったのであった‥。

 ベルダインの町に5人の冒険者達が入ったのは、ある春の日の昼下がりの事であった。
 5人の先頭の右を行くのはパーティーのリーダー格で、戦士であるフォウリー=アシャンティー、”職人たちの王国”エレミア建国当初より続く由緒正しき貴族の娘である。
その左を行くのはモン=ブラン、体格といい装備といい誰が見ても戦士以外の何者でもないのだが当人は学者であると言い張っているのでそう言う事にしたい。
戦士二人の後ろを歩いているのは、レティシア=フェルナ=シルフィード、エルフの精霊使い(シャーマン)で一応戦士でもあるが力はなさそうである。
彼女は風の村と呼ばれるエルフの村の出身であるが、あまり故郷については話したがらないので彼女の過去のことを仲間達はよく知らなかった。
その後ろを歩いているのはオランというこの世界最大の都市の市民で、魔術使(ソーサラー)であるシュトラウスである。
名だけなので、もしかしたら本名ではないのかも知れない。
そして最後尾を抜け目無さそうな風体で歩いて行くのはロッキッキー、エレミアの生まれついての悪党で、もちろんギルドに加入している”真面目な”盗賊(シーフ)だが、こちらの方はどうやら通り名らしかった。
この5人がどうしてパーティーを組むようになったのかはまた後日に語るとして、今回はここベルダインでの彼らの冒険を語ろう。
 冒険者の宿、”輝く翼亭”へと入った彼らは、他の冒険者達と同じようにテーブルにつき、酒と食事を六人分頼んだ。
一人分多いのはモン=ブランが二人分食うためである。
ぶらぶらと仕事の依頼を待っていたのだが、いずれの仕事も彼らより熟達していそうなパーティーに取られてしまい、そのストレス解消と暇潰しの意味も込めて食事を頼んだのである。
 あらかた食事を平らげた彼らは、新たにエール酒を頼みつつ、あそこの景色は良かっただの、割のいい仕事はないかだの取り留めの無い話をしていた。
が、突然酒場の扉が荒々しく開かれ、一組の冒険者達が入ってきた。
シュトラウス、レティシア、ロッキッキーの3人の注意がそちらに向けられる。
男達は酒場の親父を呼びつけ、なにやら不満を垂れている。
どうやら斡旋してもらった仕事が気に入らなかったようだ。
「おい、あんな最低の仕事を紹介するんじゃねえよ。」
「いくら1000ガメルもらえるからってあんな汚い仕事はごめんだ。」
「俺達にもプライドってものがある。」
 会話は断片的にしか聞こえてこなかったが、それでもその冒険者の一行が相当怒っている事が口調から聞き取れた。
身ぶりの方も同様で、ここからは見えないが表情もおそらくそうだろう。
その冒険者達は必死に宥めようとしている親父の言葉に耳もかさず、憤慨した様子で酒場を出ていった。
親父は困ったような表情でしばらく考えていたが、やがて広報板に”仕事あります”の張り紙を出した。
その様子を一部始終見ていたレティシアは、リーダーであるフォウリーへと話しかけた。
「仕事あるみたいよ。」
 フォウリーは酒を飲む手を止めて、彼女ら3人の方を見る。
レティシアはエルフ特有の長い耳を上下させて彼女の方を見ていた。
「聞いてくればいいじゃない。
私はここでお酒を飲んでるから。」
 そう言って再びフォウリーはカップを傾け始めた。
ふてくされているのか、もうすでに仕事をやる気はなさそうである。
寡黙な男、モン=ブランも興味ないようだ。
エール酒を壺ごと持って飲んでいる。
「そんな事言わないで一緒に聞きに行こうよ。」
 3人はそう言ってフォウリーを引きずっていく。
引きずられつつも彼女はテーブルの方を見る。
「私は飲んでいたいのにーーー。」
 彼女らの後をしょうがないといった様子でモン=ブランもついて来た。
「すいません、仕事の事を聞きたいのですけれど。」
 酒場の主人を捕まえて、広報板の方を示しつつシュトラウスはそう言った。
まさに捨てる神あれば拾う神あり。
酒場の主人の表情が一気に晴れ上がったのを見れば、一目瞭然であろう。
ただし拾う神が商売神チャ=ザなのだが。
「あんた達、引き受けてくれるのかね。」
 まるで抱きつかんばかりの勢いで主人はそう言った。
「とりあえず、仕事の内容を聞いてからですね。」
 主人が近づかぬように両手で牽制しながら、シュトラウスはそう言った。
「それなら、ラーダ神殿の近くに住むクラモンという魔術使の家に行ってくれ。
詳細は向こうで詳しく話してくれるだろうが、報酬は結構いいらしいよ。」
 矢継ぎ早に主人はそう言い立てた。
報酬の話に思わずロッキッキーが目を輝かせる。
「報酬ってどれ位なんだ。」
 親父はにこにこしながら指を一本立ててみせた。
「一人頭1000って言っていたな。」
「1000!」
 思わぬ高報酬にシュトラウス、ロッキッキー、レティシアの3人の心は弾んだ。
これは受けるしかないな、と。
だが、彼らは酒場の主人の足元を見るのも忘れなかった。
「とりあえず行くからさー。
今日の酒代、おごりにしてよ。」
 レティシアの提案に親父はちょっとしかめっ面をしたが、それくらいなら安いことと思ったのだろう頷いてみせた。
「まあ、今回ぐらいはいいだろう。」
「やりー!」
 酒代がただになった事で一番喜んだのは、一番乗り気でないフォウリーであった。
 とっとと荷物を持って酒場を飛び出していく5人の後ろから主人の声が響く。
「酒代おごったんだから仕事引き受けてくれよなー。」
 実は一番しっかりしていたのは主人だった。

 その何とか言う魔術使の家はすぐに見つかった。
その辺りは新市街の北側の高級住宅地で、国王の住むベルダイン城、ラーダ神殿、その他多くの貴族達の館が立ち並ぶ場所であった。
クラモンの屋敷は王城のすぐ北にあり、ラーダ神殿と通りを隔てて向かい合ったところにあった。
「大きな家ねー。」
 感心したような口調でレティシアは呟いた。
「本当だ、さぞかし金目の物がごろごろしているだろうよ。」
 悪党としての性からか、ロッキッキーはとんでもない事を言う。
「こらっ!何かするのは、仕事が駄目になってからにしてよ。」
 さらにとんでもない事を言ったのはレティシアである。
高貴な種族として人間に羨望と嫉視の眼差しを向けられるエルフの、特にうら若き乙女が口に出して良い言葉ではない。
 とりあえずうるさい外野は無視して、フォウリーが呼び鈴を鳴らす。
しばらくして扉の覗き窓が開いて初老の男性の声で声がかけられた。
「どちら様でしょうか。」
 何処か警戒心が滲んでいる。
覗き窓から見ているので分からないが、おそらく苦虫をかみつぶしたような顔をしているのだろう。
「冒険者の宿で仕事があると聞き、お話を伺いに来たんですか。」
 フォウリーはそう言った。
「そうですか、少々お待ちを。」
 いったん覗き窓は閉められた。
すぐに乾いた音を立て閂が開けられると、軋んだ音と共に扉が開かれた。
「どうぞこちらへ。」
 覗いていた男に連れられて5人は家の中を歩いていく。
「ちっ、何にもねえな。」
 辺りの様子を伺っていたロッキッキーが小声でそう呟いた。
それ程までに質素な廊下であった。
 彼らが通されたのは応接間のようであった。
5人が中に入ったのを確認して、執事らしい男は扉の所で軽く一礼した。
「しばらくここでお待ちを。」
 彼らの返事を待たずに、その男は扉を閉めて行ってしまった。
早速、部屋の物色を始めたシュトラウスとロッキッキーにフォウリーが声をかける。
「覗き穴でもあるんじゃないの。」
 覗き穴探索を含めて部屋中を探索したが、先の廊下と同じように質素なものであった。
ロッキッキーが何もないというように肩をすくめる。
ただ一人の女性を描いた一枚の絵に5人の目は引かれた。
取り立てて美人、と言うわけではないがまあその部類に入るであろう顔立ち、華奢な身体付き、もっとも絵としての価値はあまり無いのだろうが、誰なのだろうか。
 が、その思考は誰かが応接間に入ってきた事によって打ち消されてしまった。
5人の視線は一斉にその人物へと向けられる。
その人物はローブを着た格好から魔術使である事が想像できた。
ただ袖はまくられていて何やら異様な匂いが漂ってくるところを見ると、何かの実験の途中であったのか。
右手に光る銀の指輪もなかなか異様だ。
「お主達か、仕事を引き受けてくれるという冒険者達は。」
 老人は彼らを一瞥した後、そう口を開いた。
「ええ、まあ。」
 あやふやな感じでフォウリーがそう答える。
「まあ、良かろう。ならばこちらへと来てくれ。」
 そう言って老魔術使は部屋から出てずんずんと歩いていった。
5人はその後を付いて行く。
老魔術使の行き先は、屋敷のはじの方にある台所であった。
彼は台所の中ほどで立ち止まって、フォウリーらの方を振り返る。
「仕事の内容は至って簡単じゃ。
排水溝の中に入って、儂が落とした指輪を探して戻ってくる。これだけじゃ。」
 こともなげに老魔術使は言うが、すぐにフォウリーが異議を唱える。
「排水溝に入るって、普通の人間では入れませんよ。」
 フォウリーは排水溝を示しつつそう言った。
「身体を小さくする薬がある。それに、武具その他、必要なものは全てこちらが用意する。これでどうかな。」
 もう何度も説明しているのだろう、仕方も慣れたものだ。
「薬の効き目は?」
 さすがにリーダーだけ合って、その辺の確認は抜け目がない。
「半永久的に継続する。
解除の薬もちゃんと用意してある。」
 魔術師の口調はいい加減うんざりしているようであった。
「報酬はどうなんだい。」
 後ろからロッキッキーが身体を乗り出す。
老魔術使は視線をロッキッキーの方へと向ける。
「酒場でも聞いただろうが、一人に付き1000ガメル出す。」
 思わず踊りそうになるほど、後ろの3人は手を取り合って喜んだ。
「ただしこちらからも一つだけ条件がある。」
老魔術使は5人を見回す。
「薬の残りがもう少ないので、引き受けるならば指輪を見つけるまでやってもらう。」
 それを聞いて5人にささやきが起こる。
が、報酬1000ガメルの仕事を見逃す手はない。
「やらせていただきます。」
 フォウリーはそう老魔術使に告げた。
「そうかそうか。ベイカー、薬を持ってきてくれ。」
 彼がそう叫んでしばらくした後、玄関で彼らを接した初老の男が、盆に5本の薬瓶をのせて部屋の中へと入ってきた。
クラモンは薬を取るとそれぞれに渡す。
「速効性じゃからな。向こうの部屋へ行って飲むと良い。
服も一応置いてあるでな、好きなのを纏うがよい。」
 クラモンに促されて、フォウリーとレティシア、ブランとシュトラウスそれにロッキッキーの二組に分かれて別々の部屋へと入っていった。
 部屋へと入ったフォウリーとレティシアはその薬本当に大丈夫なんだろうかなど、何気ない話をしながら服を脱ぎ、それを綺麗に畳んでから、一気に薬を飲み干す。
とたんに関節に痛みが走り、耐えきれずうめき声を上げるが、どうなるものでもなかった。
苦痛に合わせるかのように彼女らの身体はゆっくりと小さくなっていった。
薬の効き目が終わると同時に関節の痛みも消え、二人はゆっくりと立ち上がる。
が、目線がどうもおかしい。
入ってくるのはテーブルの足だの、いやに大きい床の木目なのだから。
それもそのはずである、二人とも身長が30センチほどになっているのだから。
「服ってどれかしら?」
 自分が素っ裸である事に対して、あまりに無関心にフォウリーは部屋を見回した。
どうやら貴族の思考はふつうの人間とは違うらしい。
もっとも彼女だけかも知れないが。
こちらも人間からみれば理解しがたい思考を持っているようだ。
レティシアも一緒になって見回す。
「あっ、あれじゃない?」
 レティシアが部屋の隅にある箱を指さした。
2人はその箱へと近づいた。
蓋を開けてみると中には皮手袋で作ったレザーアーマー、古い人形の服、布手袋で作った服などの防具や、ペン、はさみ、針などといった武器類が入っていた。
「私は‥これとこれとこれね。」
 2人は姦しく騒ぎながらしばらく物色していたが、やがてフォウリーはその中から皮手袋、洋裁ばさみ、なべ蓋をとりだした。
「う‥皮手袋が重すぎる‥。」
 レティシアはフォウリーと同じように皮手袋を着ようとしたが、どうやら彼女の筋力では無理なようであった。
皮手袋を諦めた彼女はすぐに他の物を探す。
「次ぎに堅そうなのは‥これー!?」
 レティシアが手に持ったのは古い、それこそ何十年か前の人形の服であった。
しばらく悩んでいた彼女であるが、やがてもっともな結論を出した。
「趣味悪いけど、命には変えられないわ。」
 レティシアはさらに武器としてペンを取り出す。
「じゃあ行きましょうか。」
 それを見てフォウリーがそうレティシアを促した。
2人は四苦八苦して扉を開けると、台所へと出た。
すでにシュトラウス、ロッキッキー、ブランの姿があった。
3人とも皮手袋を着て、思い思いの武器を持っている。
目敏くレティシアの服装を見つけたロッキッキーは、大声で笑う。
「ひゃっひゃっひゃ、なんだその格好は。」
「うるさいわね、無粋な皮手袋なんて私の肌に合わなかったのよ。」
 自分の格好を笑われたレティシアは、ロッキッキーにかみつかんばかりの勢いでそう言い返した。
「その服は娘の持っていた人形の服なのじゃよ。よく似合っておるぞ、エルフの娘さん。」
 クラモンがそう言うと、ロッキッキーはますます大声で笑い始めた。
レティシアは、ふてくされたようにそっぽを向いてしまった。
 そのクラモンにたいしてベイカーは小さく、しかし鋭く咳払いをした。
「こほん‥‥。まあ準備はよいようじゃな。ではまず明かりの魔法をかけてしんぜよう。効果は半日程じゃ。さて誰にかけようかの。」
 小さく咳をした後、クラモンは取り直したようにそう言った。
5人はぼそぼそと話し合ったが、すぐに決まったようだ。
「私とシュトラウスに。」
 フォウリーはそう言って、自分とシュトラウスを示した。
「分かった」  そう言ったクラモンが何事か呟くと、フォウリーとシュトラウスの手にしている武器がほのかな明かりを発し出す。
「この排水溝から入って行ってくれ。用があるときはこの下で呼べば儂かベイカーが居るからな。」
「はい、わかりました。」
 そう言って5人は、排水溝から下へと伝えられた紐を次々に降りていく。
何事もなく降りていったのだが、最後のシュトラウスの時にちょっとしたアクシデントがあった。
「うわ?」
 彼は手を滑らしたのだ。
下まで近かったのと反射神経の良さが幸いした。
怪我などはしなかったのだが、地に足が着いた後もふらついていたシュトラウスは、彼の前に降りていたレティシアに抱きついてきたのだ。
「きゃ?!なにすんのよ。」
 レティシアは突然の事にそう叫んだ。
「すみません、手を滑らせてしまいました。」
 すぐに彼女から離れたシュトラウスは、悪びれたふうも無くそう言った。
「シーフのくせにそんなとろくさいミスしないでよ。」
 レティシアは意地悪い笑みを浮かべながらそう言った。
仲間内に小さい笑いが起こったのは言うまでもないであろう。
 5人が降り立ったのは東西に延びる排水管の途中であった。
下水は西から東へと流れている。
「さて行きましょうか。」
 フォウリーは5人揃ったのを見るとそう言った。
「何処へだ?」
 何かに気付いたように ロッキッキーはそうフォウリーへと言った。
「‥‥そういえば指輪がどの辺にあるか聞いていなかったわね。」
 フォウリーはそう呟いた。
5人が5人とも初歩的な事を聞き忘れていたのだ。
フォウリーは今自分達が降りてきた方を向く。
「クラモンさーん。」
「なんじゃ、なにかあったのか。」
 すぐに老魔術使の声が意外そうな口調で帰ってきた。
「今指輪がどの辺にあるか聞きたいのですけれど。」
「なんじゃ、そんなことか。
南の方じゃよ。」
 果たしてこいつらは本当に指輪を探してこれるのだろうか、老魔術使はそう思ったに違いない。
「どうもすいませーん。」
 大きな声で彼女はそう礼を言った。
「南だってさ。所で誰が地図描くの?」
 フォウリーは4人の仲間を見回した。
一応自分は描けるのだが、そんな面倒な事を進んでやる彼女ではなかった。
「しょうがないわね、わたしがやってあげましょう。」
 いつになく真面目な表情でレティシアはそう言った。
「いいけど、貴方地図描けたっけ?」
「ふっふっふ、今描けるようになったのよ。」
 胸を張ってそう答えたレティシアに、4人は不安の色を隠せなかった。
が、それ以上に面倒くさい事はいやなので任せる事にした。
「分かったわ、貴方に頼むわよ。」
 心の中で不安を感じつつフォウリーはそう言った。
「ではとりあえずどっちへ?」
 何処から出したのか、いつのまにかレティシアの手には紙と鉛筆が握られていた。
「そうね、とりあえず流れを下りましょう、だから東ね。」
「はい東ね。」
 5人は排水管のなかを東へと向かって歩いていく。
排水管は石で出来たかなり頑丈そうな物で、大きさは彼らが手にしている武器を振り回しても支障の無いくらいであった。
臭いもかなりきついが、我慢できないほどでもなかった。
ちょろちょろと流れる汚水に足を濡らしながら彼らは進んでいった。
 東へと5メートルほど行くと、彼らは十字路に出た。

「次は‥当然南ね。」
 フォウリーは考えるわけでも無くそう言った。
 5人は東西に延びるT字路に出くわした。
「次は東ね。」
 本当に考えていなさそうにフォウリーはそっけなく言った。
5人は黙々と進んで行く。
 5メートルほど進んだ辺りで、5人の耳にわずかな地響きが伝わってくる。
「な‥なにかしら、この音。」
 段々と大きくなってくる地響きに戸惑いながら、レティシアはそう呟いた。
が、誰にも分かるはずがない。
 その音の正体が分かったのは、彼らの前方に荒れ狂った龍のような汚水が現れたときである。
「!」
 4人はなす術もなく、あっという間に汚水の津波に飲み込まれていった。
 しかしただ一人、汚水の津波に猛然と立ち向かっていった者がいた。
それはフォウリーであった。
彼女は津波に飲み込まれる寸前、持っていた鍋蓋を水の上におくとそれに乗った。
「サーフィンよ。」
 波に乗りながらそう叫んだフォウリーは、波に揉まれる4人を後目にぐんぐんと前へと進んで行った。
 シュトラウスらがどうにか溺れる事もなく津波から解放されたのは、かなり西へ流されてからだった。
「どれくらい流されたと思いますか?」
 皮手袋の水を絞りながら、シュトラウスはそうレティシアへと尋ねた。
「うーん、30メートルくらいかな。」
 服の水を絞る手を止めて、レティシアはちょっと考えてからそう言った。
ほとんど勘みたいなものであったが、大体合っているようだ。
「よお、リーダーが居ねぇよ。」
 その二人にロッキッキーが話しかける。
レティシアとシュトラウスも辺りを見回してみた。
「あ、あそこに光が見えるよ。」
 レティシアは、彼らよりもう少し西の方を指さして見せた。
 そのころサーフィンに成功したフォウリーは、一人はぐれてしまっていた。
とりあえず鍋蓋を拾った彼女は、辺りを見回した。
東の方にほのかに明かりが見えるから他の4人は恐らくそこにいるのだろう。
「とりあえず合流するかな。」
 そう呟いて歩きだそうとしてふと西の方を見た彼女の目に、隅の方でうずくまっている何かが入ってくる。
気になった彼女は、目を凝らしてそれを見てその正体を知る。
「なんだ、みみずか。」
 大声で仲間を呼ぼうかと思ったけれど、無用な事をしない主義の彼女としては無理に危険を冒す事はないと思い直し、東へと走りだした。
 すぐ、ではないけれども彼女は4人と合流した。
「心配したよ。」
 レティシアが駆け寄ってきたフォウリーに対しそう言った。
「ごめん、でも格好良かったでしょ。」
 鍋蓋を見せながらフォウリーはそう言った。
「ええ。」
 とりあえず当たり障りの無い事をレティシアは言った。
  「で、次はどちらへと行くのですか。」
 その二人へシュトラウスが話しかける。
「そうね、どちらに行く?」
 フォウリーはそう言ってシュトラウスを見た。
ここは東西に延びる本管の途中なので、西か東にしか行きようもないのだが。
「私としては東に行ってまた濡れるのはいやですので、西に行きたいのですけれど。」
 シュトラウスは濡れた服を見せてそう行った。
「じゃ、西に行きましょうか。」
 そう行って歩き始めたフォウリーだが、みみずの事を言う気は毛頭無かった。
みみずはまだ隅の方にいて脇を抜けられるかも知れないと思っていたし、なによりも少し性格が悪かった。
 4メートルほど歩いたとき、不意にロッキッキーが後ろから声を出した。
「前に何かいやがるぞ。」
 その言葉に4人は前を見る。
もっともフォウリーには何なのかは分かっていたのだが。
「本当‥‥みみずじゃない?」
 レティシアはそう呟いた。
普通の身長ならみみずなど恐るに足りないのだが、今はなにせ30センチである。
みみずも馬鹿でかく感じた。
「脇抜けられないですかね?」
 とりあえずそうシュトラウスは提案してみたが、みみずの方が真ん中にでんと居座り、しかも戦闘意欲ありと見えるので当然却下であろう。
「やるしかないのね。」
 そう言って前の二人、フォウリーとモン=ブランはそれぞれに武器を抜いた。
レティシアとロッキッキーもそれぞれに武器を抜く。
「いくわよー!」
 そう言って切りかかったフォウリーであったが、みみずの動きは案外素早く一撃目は外してしまった。
「あら。」
 心地よい音を立てて彼女の武器は床石へとぶつかった。
その彼女の後ろからモン=ブランが飛び出し、みみずに一撃を加える。
当たりどころが良かったのか、それとも彼の力なのか、その一撃でみみずは真二つにされ、息絶えてしまった。
「ひゅー、やるねえ。」
 冷やかし半分にロッキッキーがそう言ったが、ブランはまるで当然のような顔をしただけであった。
パーティーは今だ自分の死を信じず痙攣しているみみずを後に、さらに西へと向かって歩いて行った。
 みみずとの遭遇地点よりさらに一区画歩いた所に北へと延びる道があったが、もちろん彼らは目もくれなかった。
さらに一区画西へと行くと今度は南に延びる道を見つける。
「当然南よね。」
 答を期待しているわけでもないのにフォウリーはそう言うと、南へと延びる排水管ヘと入って行った。
モン=ブラン、レティシア、シュトラウスと続き最後尾のロッキッキーが排水管へと足を踏み入れた瞬間、何かが彼めがけて天井より落ちてきた。
「うわあ、あぶねえっ!」
 どうにか避けたロッキッキーのそばを、何かが汚水の中へと落ちていく。
異変を感じたシュトラウス、レティシアの二人が振り返り話しかける。
「どうしたのですか?」
「しらねえよ、上から何か落ちてきやがった。」
 ロッキッキーは上の方を示しながらシュトラウスへとそう言った。
  「上ですか?」
 シュトラウスは灯を上の方に向けながら様子を伺う。
「グリーン・スライムかもよ。」
 何気ない口調でレティシアは恐ろしい事を言う。
「よせやい。」
「安心してもいいですよ、ただの蜘蛛ですから。
ただし普通の身長ならですけどね。」
 確かに灯に浮かび上がっているのは普通の蜘蛛とその巣であるが、彼らの大きさから考えるとかなりやっかいな敵になるであろう。
だが蜘蛛は巣の中央でじっとうずくまっているだけであった。
「戦闘意欲‥‥、無いみたいネ。」
 レティシアは同意を求めるように二人の顔を見る。
「そうです、それなら放っておいてもいいと思いますよ。」
 3人はそう結論づけるとあわててフォウリーとモン=ブランを追った。
「どうしたの。」
 戻った3人をフォウリーがそう言って迎えた。
「ちょっと蜘蛛がね。」
「蜘蛛?」
 フォウリーは怪訝そうな表情を見せた。
「そう、でも巣から降りてこないからほっぽってきちゃった。」
 レティシアが上の方だという手振りをしてみせた。
「ならいいけど。」
 再び5人は南へと歩き始めた。
1区画歩いたところの上にクラモン家と同じような排水溝の入り口があったが、彼らには意味もなく多少の明かりを提供しているだけであった。
 さらに南へと進もうとしたパーティーの前に、一匹のむかでが突然現れた。
突然の攻撃は前二人の防御で何とか免れたが、むかではさらに襲いかからんとしている。
むかでにしてみれば久々の獲物といった所であろうが、襲われる方にしてみればたまったものではない。
 縦横無尽に走り回るむかで相手に、フォウリーとモン=ブランの二人は相当苦戦を強いられた。
何度かレティシアも参戦したが、手助けをしているのか足を引っ張っているのかと言うところであった。
ようやくむかでがその屍を汚水の上にさらしたとき、フォウリーとブランも少なからぬ傷を負っていた。
もちろんレティシアはかすり傷一つ負っていないのだが。
 しばしの休息の後、南へと歩きだした彼らの前に十字路が現れる。
「どっちに行く?」
 フォウリーは十字路を見やってそう仲間へと尋ねた。
「やっぱり東じゃない?」
 マップに十字路を書き込みつつレティシアはそう言った。
「なら、東ね。」
 フォウリーはそう言うと東へと歩き始める。
さしてかわりばえのしない排水管が続く。
だが、5メートルほど進んだ所で排水管は何の前触れもなく終わりを告げ、頑丈そうな壁が姿を現した。
「行き止まり‥みたいね。」
 非難がましい口調でフォウリーはレティシアの方を見る。
「ごめんなさい。」
 しゅんとした様子でレティシアはそう呟く。
「気にしないことですよ。とりあえずこの通路には何もない事が分かったんですから。」
 助け船を出すようにシュトラウスはそう言った。
「それもそうね。先の十字路まで戻りましょうか。」
 歩き始めた5人の脇に、突然汚水の塊が激しい音と共に落下してきた。
「うわっ。」
 誰も被害は受けなかったが上の方をよくみると、排水管が一本出ているのが分かった。
また汚水が落ちてきてはたいへんと5人は足早にその場所を去った。

 十字路に戻った5人はとりあえず南へと向かって歩き始めた。
もちろん何か根拠があっての事ではない。
ただ南に行く事になった、それだけである。
 1区画ほど行ったところで、再び腹に響くような振動が遥か向こうの方から響いてくる。
5人はもしやというような顔で仲間を見回した。
「まさか?」
「ええ、この音って。」
 呟いた彼らの目の前に激しい水流が荒れ狂って現れた。
「またー!」
 逃げようとしたが間に合わず、4人は再び汚水の波に飲み込まれて行った。
 が、フォウリーは待ちかまえていたかのように鍋蓋に乗った。
「再びサーフィンよ!」
 だが、今回は失敗したようだ。
波に飲まれて必死になってもがく4人の視界に、前方でもがく彼女の姿が映ったのだから。
 彼らは20メートルほど押し流され、一人、言うまでもなくフォウリーが壁に激突した他はさしたる被害はなかった様だ。
「いたいなあ。」
 鍋蓋を拾いながらフォウリーはそうぼやいた。
「訳のわからねえ事をしているからだよ。」
 そう悪態を付いたのはロッキッキーである。
「ふん、あんたなんかに波乗りのロマンが分かってたまるものですか!」
 怒ったようにそう言ったフォウリーであったが、それを聞いてレティシアは汚水にまみれるロマンなんて分かりたくないなと心の中で思ったようだ。
「で、次はどっちに行くのですか。」
 険悪なムードを抑えるべくシュトラウスはそう聞いた。
「南ね、まだ調べていない路地があるから。」
 フォフリーはやっとリーダーらしい顔つきになってそう言った。
「なら行きましょう、時間が惜しいですから。」
 シュトラウスに促されて5人は再び南へと向かって歩き始めた。
十字路へと抜ける通路をフォウリー、ブランを先頭に次々に進んで行く。
 最後尾のロッキッキーが抜けようとしたとき、今度は正確に彼へと糸が吐きかけられた。
「うわっ!」
 前の4人が彼の声に振り向いたとき、すでに彼は糸巻きと化していた。
「何を遊んでいるの、ロッキッキー。」
 先ほどのお返しとばかりに、フォウリーが意地悪げな声でそう言った。
「遊んでる訳じゃねえよ、ほどいてくれよ。」
 じたばたと暴れながらロッキッキーはそう叫んだ。
 その振動からか獲物がかかった事を知った蜘蛛は、ゆっくりと頭上の巣から降りてきていた。
それに最初に気付いたのはレティシアであった。
「ねえ、蜘蛛降りてきてるわよ。」
 まるで他人ごとと言わんばかりの口調で、レティシアは頭上を指さした。
それを見たロッキッキーはますます半狂乱に陥った。
「わーっ、おい早く助けてくれよー。」
「いやよ、自分で何とかしなさい。」
 フォウリーはそっけなくそう言った。
彼女に取って人の事などどうでもよい事なのだ。
「燃やしてみたら切れるんじゃない?」
 レティシアは楽しそうにそう言った。
彼女は他人ごとなので楽しむ事にしたようだ。
「ふざけるな!‥お前、もしかして人の不幸を楽しんでるだろ。」
 ロッキッキーはレティシアをじっと睨んだ。
「そんな事は無いけど、同じ蜘蛛に2回も糸をはきかけられるなんて、よっぽど蜘蛛に好かれやすい顔してるのね。」
 これ以上の楽しみはないと言うような表情でレティシアはそう言った。
「蜘蛛に好かれるロッキッキー、ですか。」
 後ろからシュトラウスがちゃちを入れる。
「絡まる男ってのも良いと思わない?」
 レティシアはシュトラウスの方をちらっと見ながらそう言った。
「何でもいいから早く助けてくれよー。」
 段々と蜘蛛が近づいてくるのを見て、泣きそうになりながらロッキッキーはそう叫んだ。
その言葉にしょうがなくフォウリーとモン=ブランが糸を切ろうと試みた。
だが糸は思いのほか弾力性に富み、ちょっとやそっとでは切れそうになかった。
「無理ね、自分で切りなさい。」
 フォウリーはお手上げだと言わんばかりにそう言った。
「それは無いだろー。」
 じたばたと足を動かしながらロッキッキーはそう叫んだ。
「はい、泣き言を言う間に努力する。」
 フォウリーにそう言われて意を決したのか、彼は体中の力を使って糸を切ろうと努力を始めた。
何度目か試みの後、きっと彼は今までに人生の中でもっとも深く神に感謝しただろう、努力は報われ糸は弾けるような音と共にバラバラになったのである。
 かなり近くにきていた蜘蛛だが、獲物の脱出に気付くとそそくさと頭上の巣へと戻って行った。
それを見たロッキッキーはその場に座り込んでしまった。
「ほら、さっさと立って。
すぐに行くわよ。」
 その彼にフォウリーはすぐにそう言った。
「分かったよ。
ちっ、だから女戦士って嫌いなんだよな。」
 ぶつぶつ言いながら立ち上がるロッキッキーをさりげなく無視しといて、フォウリーは先頭を切って歩き始めた。
はじめの十字路を東へと曲がった一行は、頭上にある排水溝の蓋を眺めながら一区画ほど進んで道なりに南へと折れた。
が、ここでも彼らの期待は裏切られた。
道は5メートルほど先で煉瓦の壁によって塞がれていたのである。
「仕様がない、戻りましょう。」
 フォウリーがそう言った矢先に、目の前のゴミの中を乾いた音を立てて何かが移動した。
5人の注意は全てそちらへと向けられるが、その独特な走行音に一人レティシアの表情はひきつっていた。
「まっ、まさか。」
 思わずたじろいだレティシアの予想どうりのものが、突然こちらへと向かって特攻をかけてきた。
「きゃー、ごきぶりー!!」
 半狂乱に陥って金切り声を上げたレティシアは、後ろにいたシュトラウスを盾にし、ちぢこまった。
 ごきぶりはモン=ブランに体当たりをくらわしたあと、いずこともなく消えて行った。
恐らく食欲がなかったのであろう、それともレティシアの声に驚いたのであろうか。
「いい加減はなして下さいよ、もうごきぶりは居ませんから。」
 シュトラウスにそう言われて、レティシアはようやく彼の背中から離れた。
「ごめん、でもごきぶりだけは苦手で‥。」
 恐縮したようにそうレティシアは言った。
「いいのよ、誰にでも苦手な物が一つや二つあるわ。」
 フォウリーは優しくそう言った。
「一つや二つならいいけどな。」
 後ろから意地悪げにロッキッキーがそう言った。
「うるさい、蜘蛛に好かれる男!」
 きっとした表情でそう叫んだレティシアに、ロッキッキーはふてくされたようにそっぽを向いた。
「さあ、さっきの十字路まで戻りましょう。」
 5人は足早にその場を立ち去った。

 十字路へと戻った5人は再び南へと向かって歩き始めた。
次の十字路に差し掛かったときも、もう汚水の洪水は襲ってこないだろうとの楽観的な考えから更に南へと進んだ。
が、彼らの思いは所詮期待に過ぎなかったのだ。
 再び5人は汚水へと飲み込まれて北へと流されて行った。
フォウリーは懲りずに波に乗ろうとしたがまた失敗したようだ。
5人は再び南へと延びる通路の入り口へと流されてしまった。
「私達って一体何回流されるのかしらね。」
 服の水を絞りながらレティシアはそう呟いた。
「さあ?」
 シュトラウスも服の水を絞りつつそう答えた。
「もう南には行かないわ。こんどは西よ。」
 二回連続で波乗りに失敗して気分が悪いのか、怒ったような声でフォウリーはそう言うと、とっとと西へと歩き始めた。
が、そこで彼らを待ち受けていた物は、やはり汚水の洪水であった。
逃げる間もなく荒れ狂う波が5人に襲いかかってくる。
「もういやーーー!」
 5人は波に飲まれ、口々に同じ事を叫びながら東へと流されていった。
  水はやがて波が引くがごとく消え、5人は排水溝へと投げ出された格好となった。
倒れ込んでいた彼らは誰からというわけでもなく立ち上がり、服の水を絞り始める。
「やになったわ、ほんと。」
 レティシアはほとんど文句のような独り言を言った。
ひらひらした服を着ているだけあって、他の4人より含む水の量が多い。
それを毎回絞るとあらば文句の一つも言いたくなるであろう。
だが文句を言う相手が居ないので独り言となるが、それではすっきりしないので声が大きくなるのだ。
「ま、そんなにぼやくなよ。
そうしてるとお前も結構良い女に見えるぜ。」
 からかい気味にロッキッキーが後ろからそう声をかける。
レティシアはにっこり微笑んで後ろを振り向くと、口を開いた。
「ありがとう、貴方も女蜘蛛からみればきっと世界一の美男子に見えるでしょうよ。」
 レティシアは、はけ口を見つけたといわんばかりにおもいっきり皮肉を言う。
それに対しロッキッキーは肩をすくめて見せただけである。
内心ではきっと怒らすと恐い女だと思っている事であろう。
 服の事が一段落した5人はようやく辺りに目を向けた。
彼らはまたも十字路の真ん中に位置していた。
レティシアの感をもし信じるならば、彼らは30メートルほど東に流された事になる。
先ほどは流されながらこの地点を通過したので、気付いていなくても不思議じゃない。
「まっ、ここは当然南よね。」
 いまだに老魔術使クラモンの言葉を信じているのか、フォウリーはそう言った。
「はいはい南ね。」
 レティシアは気を取り直してマッパーとしての役目をはたしている。
 南へと進んだ5人を待ちかまえていた物、それは永久の昔神として奉られていた生き物、つまり蛇である。
思わずたじろいだ5人に情け容赦もかけず、きっと空腹だったのであろう、鎌首を擡げて突然襲いかかってきた。
「うわっ。」
 突然の事にたじろいだフォウリーとモン=ブランであったが、戦士としての性からかすぐに立ち直り迎撃体制へと入った。
 まず先陣を切って行くのはフォウリーである。
さすがに戦士であるだけあって、なかなかすばやい行動だ。
その彼女を援護するかのようにブランも蛇の前に立つ。
当然他の3人は2人に全てを任しての日和見である。
 何回かの攻防の後、フォウリーの攻撃の隙を見て蛇は彼女に巻き付いた。
「きゃああ?!」
 必死になって逃れようともがく彼女であるが、なかなかうまく行かないようである。
ブランもフォウリーに当たる事を恐れて、いつものように思い切った行動がとれなくなってしまった。
「ねえ、もしかして今なら蛇さんは私たちを襲ってこないのでは?」
 そんな時レティシアはフォウリーの方を指さしながらそうシュトラウス、ロッキッキーの二人へと尋ねた。
「なるほど、そうですね。」
「と言う事は攻撃が出来るってことだな。」
 シュトラウス、ロッキッキーもまたフォウリーの方を見ながらそう答えた。
「なら行きましょうか。」
 とりあえず身の危険がないと判断した3人は、手にした武器で一斉にフォウリーを締め付ける蛇へと攻撃し出した。
突然の攻撃にいちばん驚いたのは、他ならぬフォウリーであっただろうが。
 ブラン以外にはほとんどダメージを食らわないものの、さすがにうざったく思ったのかフォウリーを絞めるのをやめて鎌首を擡げて再び牙で攻撃してきた。
「それ、退却よ。」
 しかし彼らの方も良く出来たもので、蛇が攻撃に転じたとみるや再び後ろへと下がってしまったのだ。
「まったくなんて仲間なのかしら。」
 締め付けから解放されたフォウリーは、そう悪態を付くと再び蛇と対峙しはじめた。
 通常の大きさだったらきっと一踏みで終わっていたであろう戦いは、危うい彼らの勝利で終わった。
モン=ブランが居なければきっと全滅していたに違いないであろう。
何せ彼一人で勝ったと言っても過言ではないのだから。
もう一人の戦士フォウリーの方は不運が重なったのか、それとも実力なのか蛇に手ひどい傷をあたえられ瀕死の重傷である。
「く、‥‥”神よ我が傷を癒したまえ”」  自分に対してキュアー・ウーンズをかけて、ようやく元通りと言った感のあるフォウリーであった。
「結構苦戦したわね。」
 まるで人事の様に自称戦士でもあるレティシアが話しかけた。
事実彼女にとっては人事なのだが 「うるさいわね、足手まといにしかならないくせに。」
 よっぽど気が立っているのだろうか、レティシアに対しきつい口調でそう口走った。
きつい事を言われて、レティシアは耳諸ともしょぼんとしてしまった。
沈黙が5人を包む。
「先へ行くわよ。」
 いたたまれなくなったのか、フォウリーはそう言ってさっさと南へと歩いていってしまった。
モンブランはすぐに後を追う。
「さあ行きましょう。」
「しょんぼりするなって。虫の居所が悪かったのさ。」
 まだ立ったままのレティシアの手をとって、シュトラウスとロッキッキーも先頭の二人の後に続いた。
 南へと向かった一行であったがフォウリーについては天罰、レティシアについては追い打ち、その他3人に付いては不運な事が起こった。
下水の洪水によって再び北へと流されたのである。
30メートル程流されて壁に打ちつけられて5人はようやく洪水から解放された。
「いたたた。まったく嫌になるわね。」
 壁に打ちつけたのか腰の辺を抑えながらフォウリーは立ち上がった。
「まったくですよ。
早く指輪が見つからないものですかね。」
 びっしょりになった服を絞りつつシュトラウスはそんな事を言った。
いやここにいる5人全てがそう思っている事であろう。
「見て、向こうに明かりが見えるよ。」
 レティシアはそう言って西の方を示した。
他の4人も一斉にそちらを向く。
確かにほのかではあるがランプの明かりではない自然光が見える。
「どうするんだ、行くのか?」
 ロッキッキーはそうフォウリーに問いかけた。
「行くしかないでしょ。
行くわよ。」
フォウリーはそう言って西へと歩きだした。
1区画ほど歩いたところで5人は明かりの発端へとたどり着いた。
天井に開いた穴から、恐らく昼下がりであろうかのどかな光が差し込んでいた。
穴は通常の大きさの人が一人十分通れるほどであった。
そこから南に向かっても同じほどの大きさの穴が開いていた。
「何の穴かしらね。」
 フォウリーはぽかんと上を見ながらそういった。
「上に上がってみますか?」
 穴を指さしながら、シュトラウスはそうフォウリーへと聞いた。
「場所はクラモン家の隣‥‥ぐらいね。」
 地図とにらめっこしていたレティシアは、やがて顔を上げてそういった。
「冗談でしょ、上に上がったところで何をすると言うの。この姿で人に見つかりでもしたら大変よ。」
 どうやら彼女には上に上がる意志はないようだ。
当然であろう、そんな事をしてもいったいなんの得があると言うのだろう。
「じゃあ、どうするの?」
 レティシアはどうしたものかと言うような表情でそう尋ねた。
「当然この見るからに怪しそうな横穴を調べるのよ。」
 そういってフォウリーは人為的に掘られたであろう横穴を指さした。
何のために作られたのであろうか、掘られたときの残骸が所々に散らばっていて、進むのでさえきつそうである。
「分かりました。では行きましょうか。」
 フォウリーらは次々と横穴へと入って行った。
横穴は南に2区画ほど行ったところで右、つまり西へと折れていた。
「誰がこんな道を作ったのかしら?」
 レティシアは歩きながら器用にマップを描きつつそう言った。
「さあ?作った人に聞いてよ。」
 フォウリーのまったく予想した通りの答に、レティシアはひとり頷いた。
道はさらに西へ2区画ほど延びて穴を抜け、十字路にぶつかった。
「横穴は終わりですね。」
 目の前に流れる下水を見ながらシュトラウスはそう言った。
「そうね。」
 あっさりとフォウリーは頷いた。
「これから何処へ行くんだい、リーダーさんよ。」
 意地悪げな声でロッキッキーはそう尋ねた。
「西よ西、後退や転進は許さないわ。」
 そう言ってフォウリーはずんずんと先に進んでしまった。
その後をはさみをかついだブランが続き、地図を描きながらのレティシア、シュトラウス、ロッキッキーがその後を進んで行った。
 十字路を西へと進んだ5人であるが、2メートルも進まない内に転進する羽目になった。
一匹のネズミのせいである。
この下水を住処にしていたのだろうが、5人があまりにも騒がしかったので慌てて逃げ出したのであろう。
 ネズミは全力疾走で5人の脇をすり抜け、彼らが歩いてきた方向へと走り去って行った。
が、ロッキッキーの目はネズミのしっぽに絡まっていた指輪を見逃さなかった。
「あーーーー!」
 そう叫び、ネズミを震える手で指さした。
そして我に返ると、彼はすさまじい早さでネズミを追いかけ始めた。
「ちょっとー、どうしたのよー。」
 それに気付いたレティシアが声をかけたが、ロッキッキーは答えずそのまま走っていってしまった。
「なにか見つけたのかしらね。しようがない、彼を追うわよ。」
 フォウリーの言葉のもと4人はロッキッキーを追うために、今までとは逆の方へと走りだした。

 ロッキッキーは一人ネズミを追って、排水溝の中を疾駆していた。
さすがにネズミの足は速く何度か見失いそうになったが、なんとか食らいついていたのである。
何度かくじけそうになったが、その度に心の中で「1000ガメル、1000ガメル、‥‥。」
と繰り返し、自分を奮い立たせた。
しかし何処をどう走ったのか、彼はとうとうネズミを見失ってしまった。
「ちっ、何処行きやがった?」
 ここで見失ってしまったら今までの苦労が水の泡である、 彼は必死になって辺りを見回した。
 やがて天井の方から小さな物音が、ほんの一回だけ発せられた。
しかし彼はその音を聞き逃さなかった。
ざっと上を見ると、天井に大きな穴が開いていた。
そう彼は先ほどの所へと戻ってきていたのでる。
「上か‥。」
 彼は一瞬どうすべきか迷ったが、やはり仲間を待つ事にした。
上に人間でも居たら大変な事になるからである。
 ロッキッキーがそれほどの時間を待つ事無く、4人が彼へと追いついた。
「どうしたのよ、いったい。」
 追いつくなりフォウリーがそう言った。
暗につまらない事だったらただじゃおかないという、脅しの意も秘められていた。
「指輪を見つけたんだよ。」
 ロッキッキーはそれこそ得意げに言った。
まるで後ろにたおれん程に胸を張りながら。
「何処によ。」
 フォウリーは彼がそれらしき物を持っていないので、明らかに疑っているようだ。
「この上にあるはずだ。」
 ロッキッキーは天井の方を示しながらそう言った。
「上って‥この穴の上の家の中にあるってこと?」
 レティシアが後ろから会話に割り込んできた。
「そう、ネズミの尻尾に絡まってね。」
 ここまでロッキッキーが言うと他の4人は納得したようだ。
なぜ彼が突然走りだしたのかを。
「なら上に行きましょうか。
ロッキッキー、シュトラウス、ロープを引っかけてよ。」
 フォウリーは上を見上げながらそう言った。
「私もやるんですか?あまり自信無いのですけれど。」
 本当に自信なさげにシュトラウスがそう言った。
「だって貴方達しかそういう事出来る人居ないのよ。
ここは可能性を持つ人にはやってもらわないと。」
 フォウリーにけしかけるように言われて、彼は渋々ながら荷物から細い紐であまれたロープを取りだした。
そして器用に輪投げの輪を結ぶ。
「では先にやらせてもらいますよ、ロッキッキー。」
 彼の言葉にロッキッキーは軽く頷いただけであった。
シュトラウスは一つ息を付くと、他の4人の見守る中ゆっくりとロープを回し始める。
20回ほど回してかなりスピードがついた頃、かけ声と共に彼は紐を上へと放り投げる。
「届け!」
 が、シュトラウスの叫びも空しくロープはほんのわずか届かず、重力に引かれて下へと落ちてきた。
4人に軽い失望が広がる。
シュトラウスはロープを巻き戻した後、駄目だと言うような表情でフォウリーを見た。
「しょうがねえな、俺様がやってやろう。」
 ロッキッキーはそう言ってシュトラウスからロープを取ると、先ほどの彼と同じようにロープを回し始める。
そしてすぐに上へと放り投げた。
ロープはロッキッキーの期待に添い、穴の縁にひっかかった。
彼は二度、三度ロープを引っ張り外れない事を確かめると、得意げに4人の方を見た。
「まっ、ざっとこんなもんよ。」
「すごい、さすがは悪党ね。貴方みたいなのでも役に立つってことが良く分かったわ。」
 レティシアは感心してはいるようだが、もちろん彼をおちょくるのも忘れはしなかった。
「なんだと!まっ、精霊魔法の使えないエルフよりはましだと思うがな。」
「ぐっ‥‥。ふーーーーーんだ。」
 痛いところをつかれたレティシアは、とりあえず幼げな行動に出て話題を断ち切った。
「まったく二人とも、馬鹿やってないでいくわよ。」
 フォウリーはもうすでに身長一つ分ほど登っていた。
しかし重たげな皮の手袋や武器のせいであろうか、次にモン=ブランが登ろうとロープに手をかけたとき、彼女は手を滑らせてしまった。
「きゃあ?!」
 反射神経が良かったのが幸いして頭二つ分程しかずり落ちなかったが、モン=ブラン以外の3人の行動は素早かった。
危険区域から即座に退避していたのである。
「危ないわね、リーダー。
怪我したらどうするのよ?」
 危険が去ったと感じたらすぐさま戻ってきて、悪態を付いたのはレティシアである。
「ごめんなさいね。華奢なエルフと違って、出てるところは出てるから重いのよ!」
 そう言い放ってからフォウリーは、再びロープを登り始めた。
「そうか?あんまりかわらねえと思うけどな。」
 これまた、戻ってきたロッキッキーが二人を見比べていらぬ事を言う。
「うるさいわね、これでも村ではあるほうだったんだから。」
 レティシアはそう言って胸を張ってみせた。
− エルフってのはよっぽど貧弱なんだな。
 ロッキッキーはそう思ったが、これ以上漫才をやる気もないのでモン=ブランの後に続いてロープを登り始めた。
その後をレティシア、シュトラウスがつづく。
レティシアは「ここはレディーファーストよね。」 と言って、シュトラウスの返事を待たずに登り始めたのだ。
要するに一人になるのが恐かったのである。
シュトラウスの方は何も言わずレティシアの後を登る。
「あんまり上を見ないでよ、シュトラウス。」
 ひらひらの飾り付きの格好で、レティシアは下のシュトラウスへとそう言った。
「分かりましたから速く登って下さい。」
 シュトラウスはとりあえずそういったが、心の中ではきっと「文句を言うなら後から登れば良かったのに」と思っている事であろう。
 いちばん始めのフォウリーの他は滑り落ちる事も無く、無事に上へとたどり着いた。
 部屋の大きさは標準的な家庭の台所であろう、もちろん普通の大きさなら。
穴は台所の戸棚の裏に通じていた。
「ネズミは何処かしら?」
 とりあえず穴から出てきた5人は、彼らの報酬の元である指輪を持ったネズミを探した。
「あっ、いたよ。」
 レティシアが指さした通りネズミは、恐らく食堂に通じていると思われる扉の前でチーズの破片であろうか何かをかじっていた。
そしてロッキッキーの言ったとおりネズミの尻尾に指輪がひっかかっていたのである。 「よし、あのネズミを捕まえて指輪を取れば良い訳ね。」
 捕まえる、と言っておきながらフォウリーは洋裁ばさみをしっかりと構えている。
どうやら生きて捕まえる気は無いようだ。
だがその彼女をロッキッキーが制した。
「なによ、なんか用なの?」
 少しむっとしたような声でフォウリーは彼へとそう言った。
「おっと、怒る前にあそこの戸棚の上を見てみな。」
 ロッキッキーはそう言って反対の壁の方にある戸棚を指さした。
 4人は訝しげに戸棚の方を見る。
とたんに彼らの表情が変わった。
そう戸棚の上には虎じまの猫がじっと様子を伺っていたのである。
「猫‥ね。」
 たかが猫と言っても、今の彼らには5人がかりでも勝てるかどうかと言うところである。
こころなしフォウリーの声も小さくなる。
 その時、どうやら猫の注意はこちらへと向いていなかったようだ。
しばらく戸棚の上で獲物を眺めた後、猫は鋭く跳躍し次の瞬間にはその両前足で哀れなネズミをとらえていた。
ネズミは必死になって抜け出そうとキーキー鳴きながらもがいたが、無駄のようであった。
猫は唖然とする5人の前で、さもうまそうに気力を使い果たして静かになったネズミを喰い始めたのである。
「はっ、指輪!」
 我に帰ったフォウリーはそう言ったが、その時にはすでにネズミは尻尾の先まで食べられていた後だった。
 5人は落胆の色を見せた。
もうすでに指輪は猫の胃袋の中なのだろうか。
 いささかであるが食欲が満たされた猫が大きな伸びとともにあくびをしたとき、奥歯に指輪が引っ掛かっているのを彼らは見逃さなかった。
「指輪はあのネコの口の中、やるしかないようね。」
だれも異議は唱えなかった。
フォウリーとモン=ブランは武器を持ち直すとネコめがけて走り寄っていった。
それに気がついたネコは毛を逆立てて彼女等を威嚇しようとするが、もとより退く気のない彼らには無駄であった。
「てやーーーーーーー。」
 女性にはあまり好ましいとは思えぬ声を発して、フォウリーはネコへと切りかかった。
今回はそれほど目立った功績をあげていないので、リーダーとしての意地からか張り切っているようである。
 寡黙な自称学者にして戦士、人に言わせれば多少頭の良い戦士であるが、モン=ブランもすぐさまフォウリーのサポートについて参戦した。
残りの3人、レティシアとシュトラウス、それにロッキッキーは一応戦闘体制にはあるものの日和見態度である。
特に今回何もしていないといっても過言ではないレティシアは、ここでも何もする気はないようであった。
まったく精霊魔法の使えないエルフなど足手まといなようだ。
 何回かのシュトラウスの魔法の援護もあったが今回も戦いの勝敗を決めたのは、やはりモン=ブランの一撃であった。
見事に手痛い一撃を決められたネコは大きく断末魔の声をあげると、その巨体を地に横たえ息絶えた。
 ネコの巨体が板間の床にくっぷし、ぴくりとも動かなくなった後、フォウリーとブランは苦労して猫の口を開け、歯に引っ掛かっていた指輪を取り出した。
 フォウリーは指輪、と言っても彼女の腕回り以上ありそうな物であるが、をしげしげと見つめた。
この指輪のために排水溝の中を歩いていたんだなあと言う思いを込めて、彼女はじっと見ていた。
「終わったね。」
 いつの間に来たのかレティシアがそう彼女へと声をかけた。
「ええ、そうね。」
 フォウリーは振り向きもせずそうつぶやいた。
「よう、早く帰ろうぜ。
1000ガメルが待ってるからよ。」
v  動こうとしない仲間を見かねてロッキッキーはそう叫んだ。
彼の頭の中にはきっと1000ガメルの使い道が考えられているのだろう。
フォウリーは落とさないようにしっかりと指輪を背中にしょった。
 5人はロ−プを伝い再び排水溝の中へと降り立った。
もちろんクラモン邸へと帰るためだ。
レティシアの地図を頼りに彼らは意気揚々として排水溝を進んでいった。
割合近い位置にいたので、すぐにクラモン邸の地下の排水溝へとたどり着いた。
「クラモンさーん。」
 フォウリーの声にしばらくしてクラモンが応える。
しばらく間があいたのはここにクラモンがいなかったからであろう。
「なんじゃ、今度は何の用じゃ?」
 彼の返事はやけにつれないものであった。
「指輪見つけましたよーーー!」
 フォウリーは大声でそう叫んだ。
それを聞いて排水溝の蓋の向こうでクラモンが色めきたつのがわかる。
「なっなに、本当か?待っておれ、すぐにロ−プを下ろすからの。」
 すぐに蓋が開けられ、するするとロ−プが降りてきた。
5人は次々にロ−プを上っていく。
が、じらすようにフォウリーはいちばん後であった。
もっとも本当のところは彼女の後に上っていたら上から指輪が落ちてきた、ではたまらないからと他の4人、特にレティシアが猛攻に言ったのである。
「はい、これのことですよね?」
 フォウリーは背中にしょっていた指輪をクラモンへと差し出した。
クラモンは摘むように指輪を受け取りしばらく見つめていたが、やがて大きく頷く。
「おお、これじゃよ。
ありがとう、ありがとう。」
 少々オーバー気味にクラモンはそう呟いた。
「約束どうり報酬を渡そう。だが、その大きさでは満足に話しもできん。黒い丸薬を渡しておったろう?向こうの部屋でそれを飲んでくるがいい。解除薬だからな。」
 5人はそれぞれ男女に分かれて先に身体を小さくする薬を飲んだ部屋へと入っていった。
 部屋へと入ったレティシアとフォウリーはそれぞれに黒い丸薬を手に持つ。
当然、レティシアなどは飲む前に嫌そうな顔をする事を忘れなかったが。
「この薬、なんかまずそう。」
「文句を言わないで飲むの。」
 フォウリーはそうレティシアに言った。
薬はレティシアの予想通りまずいものであった。
それを何とか飲み干してしばらく経つと、彼女達は急に不快感に襲われた。
二日酔いのような、船酔のようなそんな不快感である。
思わずうずくまった彼女らの体はゆっくりと、元のサイズへと戻っていった。
 元の大きさへと戻ったとき不快感はすでに消えていた。
部屋の隅に畳まれて置いてあった彼女達の服を着ると、彼女らは部屋をでた。
 そこにはクラモンの姿はなく、かわって執事のベイカーがそこにいた。
彼女達を見る彼の視線は朝よりも幾分和らいでいた。
とりあえず彼女らが主人の指輪を見つけてきたことは事実なのだから。
 彼女らが部屋に戻るのとほぼ同時にモン=ブランらも服を着て部屋へと戻ってきた。
それを見てベイカーが彼らへと話しかける。
「主人は応接間にてお待ちです。
こちらへ。」
 そう言って歩き始める彼の後をフォウリー達はぞろぞろとついていった。
彼らは先ほどの大きな女性の肖像画がある部屋へとつれて行かれた。
全員が中に入ると、ベイカーは一礼して扉を閉めた。
部屋の中にはソファーに座ったクラモンがいた。
クラモンの前のテーブルには大きめの皮袋が置かれていた。
「さあ、こちらにきて座りなさい。」
 クラモンは立ち上がってそう彼らへと言った。
彼らはその言葉通り次々にソファーへと座る。
「まず、指輪を見つけてくれたことに改めて礼を言おう。そしてこれが約束の報酬5000ガメルだ。」
「ありがとうございます。」
 フォウリーはそう礼を言って、皮袋を受け取った。
「君達さえよければどのように指輪を見つけたか聞かせてくれんか?」
 クラモンはそう聞いた。
「はい。」
 フォウリーは簡単に今回のことについて話した。
 クラモンはじっと聞いていたが、彼女が話し終わったとき不可解だと言うような表情を見せた。
「猫と戦うときだがなぜ解除薬を使わなかった?ふつうの大きさなら多少ひっかかれたぐらいですんだだろうに。」
 そういわれて彼女らはあっと思ったようだ。
確かに彼の言うとおりである。
しかし彼らはそんな薬の存在自体忘れていたのだ。
「そういえばそうですね。」
 少しあっけにとられているフォウリーを、隣に座っていたレティシアがつついた。
そして耳元で小声で話しかける。
「ねえ、隣の家をのぞいてみたいから、早く切り上げてよ。」
 きっといまの話しを聞いていて思い立ったのだろう、レティシアはそんなことを言った。
「それではクラモンさん、私たちはこれで失礼します。」
「うむ、しかし今回はたいへん世話になった。
また何かあったら君達に頼むかな。」
 クラモンはそう言って立ち上がった。
「よろしくお願いします。」
 彼女らもそう言って立ち上がった。
「ベイカー、客が帰るぞ!」
 クラモンがそう言うと扉が開き、ベイカーが姿を見せる。
「また縁があったら会おうぞ、若き冒険者達。」
 クラモンのその言葉を最後に彼らは退出した。

 クラモンの家を出た彼らはレティシアに引っ張られて隣の家へと移動した。
隣の家はクラモンの家より小さいがそれでも立派なものである。
ただしどうやら今は空き家らしく庭の手入れもされておらず、草木が生え放題であった。
「こんなところで何をしようというの?」
 フォウリーは半ばあきれたようにそうレティシアへと言った。
「中に何かあるかも知れないでしょ?それに排水溝にあった穴も気になるしね。」
 要するに彼女はおもしろい何かを期待しているのだ。
「そうね‥‥&戟Eゥら言うと、ラーダ神殿の方だし‥‥。」
 そう呟いたフォウリーの脳裏にある考えが浮かんだ。
そう、神殿の宝物庫というのは大抵地下にある。
そして神殿の近くの家の地下に、神殿へと延びる穴。
この二つから導き出される答は宝物庫強奪、である。
「どうやら犯罪のようね。
踏み込みましょう。」
 フォウリーの言葉にシュトラウスが家の鍵を開ける。
彼ら5人は十分な注意を払いつつ、家の中へと踏み込んでいった。
家の中で明らかに空き家とは思えないほどの多くの足跡が見つかった。
彼らは一つ一つの部屋を注意深く調べて行くが、いくらかの家具があるほかはさしてめぼしい物は見つけられなかった。
 やがて彼らは先ほど猫と死闘を演じた場所、台所へと入っていった。
床にはまだ猫の死体が転がっていた。
それを見た5人は、何か罪悪感に取り付かれそうになった。
確かにクラモンの言った通り、無駄な殺生だったのかも知れなかった。
だが今はただの猫でも、先ほどは巨大な敵だったのだ。
そう言い聞かせることで、彼らは罪悪感から逃れようとした。
いたたまれなくなったのか、それとも天性の性分からか、その部屋の中を見回したロッキッキーの目に、一枚の紙が入ってきた。
テーブルの上に置かれていたので、先ほどの彼らでは見つけられなかったのであろう。
「リーダーさんよ、テーブルの上に紙が置いてあるぜ。」
 ロッキッキーのその言葉に、4人は一斉にテーブルの方を向いた。
確かに置いてある。
彼らはすぐにテーブルへと駆け寄った。
フォウリーは紙を手にし、書かれている事にさっと目を通す。
「!、やっぱりね。」
 フォウリーは自分の考えの正しさからそう呟いた。
「何が書いてあったの?」
 後ろからレティシアがそう尋ねる。
「ラーダ神殿の宝物庫略奪に関するメモってところかしら。」
 レティシアにメモを見せつつそう言った。
チャ=ザを信仰するシュトラウス、無信仰者、エルフだから当然であるが、レティシア以外の3人の表情は険しくなった。
彼らはラーダを信仰しているのだ。
もっとも、ラーダ信者のシーフは珍しいと思うが。
「どうするんだ?リーダーさんよ。」
 珍しく真剣な声でロッキッキーはフォウリーへと尋ねた。
「さあ‥?どうしましょうか。」
 フォウリーはとりあえずそう答えた。
彼女はする事が何も浮かばないのではない、盗賊団と戦うか、ラーダ神殿に、またはベルダインの治安当局へと通報するか決めかねているのだ。
「ラーダ神殿に通報してはいかがでしょうか?」
 フォウリーが何も決めていないと思ったのか、シュトラウスが控えめにそう発言した。
フォウリーはちらっと彼の方を見た。
考えは決まったようだ。
「そうね、そうしましょうか。」
 鶴の一声とでも言うのか、フォウリーの発言には誰も異議を唱えなかった。
彼らはその足ですぐにラーダ神殿へと向かった。

 その日の夜、フォウリー、モン=ブラン、レティシア、シュトラウス、ロッキッキーの5人は冒険者の宿、”輝く翼亭”の酒場で祝杯をあげた。
ラーダ神殿は彼らの言う事を信用してくれ、もっとも盗賊団のメモと長時間の説得の結果であるが、調査団をあの家へと派遣してくれる事になった。
そして少しばかりのお礼をもらい、それでいまどんちゃん騒ぎをしているところであった。
宿屋の親父も、誰も引き受けなかった仕事を見事成し遂げた彼らの多少の振る舞いには目をつぶってくれるだろう。
彼らは仕事を初めて成し遂げた事を肴に、その日の夜遅くまで酒場で騒いでいた。

 追記。
 前代未聞のラーダ神殿の宝物庫略奪を考えた盗賊団はラーダ神殿の派遣団に捕まり、ベルダインの治安当局に引き渡された。
彼らはなぜこの計画がばれたのか不思議がっていたと言う。
そう、彼らのたてた計画は完璧だった。
夜中につまみ食いに起きて指輪を排水溝に落とすようなどじな魔法使いさえいなければ、彼らの計画はきっと成功していたであろう‥‥。
STORY WRITTEN BY
         GIMLET 1992
                1993,1995加筆修正

          PRESENTED BY
             group WERE BUNNY

           FIN

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