SW2

SWリプレイ小説Vol.2

エルフの少女と学者戦士に捧げる鎮魂歌

または

生き残りし者達を讃える賛美歌


                    ソードワールドシナリオ集
                      「冒険者は珍味を好む」より

 ベルダインの町に5人、フォウリー=アシャンティー、モン=ブラン、レティシア=フェルナ=シルフィード、シュトラウス、ロッキッキーの新しい冒険者達が入ってきてから1週間が過ぎようとしていた。
彼らは運良くベルダインに来たその日に仕事にありつけ、そして初心者にしては破格の報酬を受け取ったので、このところは優雅な生活をしていた。
フォウリーとレティシアはその報酬で質の良い武具を買い、その結果として彼らは1週間を無駄に過ごさなければならなかったのだが。
 ようやくレティシアの頼んだ質の良いハードレザー・アーマーが届いたものの、冒険者の宿”輝く翼亭”には仕事もなく、彼らは暇を持てあましぶらぶらとしていた。
「まったくレティシアがこの町に無い物を頼むからいけないのよ。」
 フォウリーはこの4日間その言葉を繰り返しレティシアへと言っていた。
レティシアの頼んだものはこの町の武器屋にはなく、わざわざ取り寄せてもらったのだ。
もっともフォウリーについても3日ほどかかっているので、あまり文句は言えないはずなのだが。
「だから何度も謝ってるでしょ。」
 レティシアの方も何度そう言ったであろうか。
その2人の間に他の3人の誰かが、おもにシュトラウスの役目だったが、割ってはいるという事が続いた。
そんな彼らにふと”輝く翼亭”の主人、デビアスが話しかけた。
「よう、おまえら暇かい?」
 フォウリーはレティシアとの口げんかを切り上げ、デビアスの方を向いた。
「見て分からない?とっっっっっても暇なの。」
 だから口げんかをしているの、とは言わなかったが。
「そうかい、だったら少し頼まれてくれないか?」
 そのデビアスの言葉に5人の目が一斉に輝く。
「仕事?」
「ってほどの物じゃない。ちょっと知り合いの店の様子を見てきて貰いたいんだ。今回の酒代おごるからさ。」
 デビアスの言葉に少しがっかりしたものの、彼らは様子見だけで酒代がおごりになるのならと考えたようだ。
  「O.K.行くわ。場所教えてよ。」
「すまんな。」
 デビアスからその店、結構有名な料亭だそうだ、の場所を聞いた5人はとりあえず必要最低限の装備を持って宿を出て行った。

 料亭はすぐに見つかった。
想像していたよりは遥かに小さい店だった。
店自体はかなり古いようだが、作りはしっかりしているように見受けられた。
店の名前は”考え込む野兎亭”というらしかった。
5人は店へと入る前に張り出してあるメニューを見た。
やはり港町らしく海産物が主なメニューだ。
「私、海の幸、魚以外だめよ。」
 メニューを見ながらレティシアはそんな事を言った。
どうやら彼女は何のためにここに来たかすっかり忘れているようだ。
「あら?このレッドスターって何かしら?」
 フォウリーは入り口の木の扉に張ってある紙の中の、その聞き慣れぬ固有名詞に興味を持ったようだ。
だが5人の内の誰しもがレッドスターとは何であるか知らなかった。
「入ってみれば分かるんじゃねえのか?」
 いい加減まどろっこしくなったのかロッキッキーがそう言った。
「そうね、入りましょうか。」
 フォウリーもそう答えたがどうやら中でも実物は見れそうにない。
なぜなら張り紙には”材料不足のため名物「レッドスターのマリネー」はやっておりません。
申し訳ありません。
”と書いてあるのだから。
「でも、結構有名な料亭だって言ってましたよね?席開いてるでしょうか。」
 シュトラウスもすでに一介の客になっていたようだ。
「入ってみれば分かるでしょ。」
 そう言ってフォウリーは扉を開け店の中に入って行った。
店へと入った彼らは若いウェートレスに出迎えられた。
「いらっしゃいませ。」
 だが流行っていると聞いたわりには店の中に客は1人もいなかった。
奥には店主らしい男がいるが、じろりと不機嫌そうな目で彼らを一瞥すると、また黙々と包丁を研ぎはじめた。
彼らはとりあえず一番近くのテーブルへとついた。
「どういう事なのよ?全然流行って無いじゃないの?」
 レティシアが小さな声で不満げに仲間へとささやきかけた。
「知らないわよ、私に怒っても。」
 フォウリーの方も負けてはいなかった。
「ご注文はおきまりですか?。」
 そうこうしているうちに女の子が、人数分水の入ったカップを持ってきた。
彼らはあわてて前屈みになっていた姿勢を元に戻した。
「そ、そうね‥‥メニュー見て思ったんだけど”レッドスター”って何なのかしら?」
 その場を取り繕うようにフォウリーが女の子へと聞いた。
「すみません‥‥。本当でしたら、この季節はレッドスターをお出しできるはずなんですけど、それが手に入らないのです。取りにいった人が帰ってこなくて‥‥。」
 女の子はそう言って口ごもった。
その瞳には単純ならざる感情が浮かんでいた。
「そうではなくてですね、レッドスター自体のことを知りたいんですけど。」
 まるで助け船を出すかのようにシュトラウスがそう口を出した。
「あ、レッドスターっていうのは体長80センチくらいの大きなナマコで、背に赤紫色の星に似た模様があるのでそう呼ばれているのです。この近辺でしかとれなくて、しかもその場所を知っているのはうちだけなんですよ。」
 女の子は手でだいたいの大きさを示しながらそう説明した。
ナマコと聞いてレティシアはいやそうな表情を見せた。
心の中ではそんな物を食べる者の気が知れないと思っているであろう。
「そうなんだ。」
 感心したようにフォウリーは呟いた。
「で、ご注文はおきまりになりましたか?」
 頃合を見計らったように女の子はもう一度フォウリーらへと尋ねた。
「ごめんね、実はデビアスの使いで、ちょっと店の様子を見に来ただけなんだ。」
 申し訳なさそうにフォウリーはそう言った。
「デビアスさんのお知り合いなんですか?ちょっとお待ちになってください。」
 彼女はそう言って身を翻し、カウンターへとかけ込んだ。
そしてすぐに先ほどの男がテーブルへと近づいてきた。
「デビアスの紹介できてくれたのか。」
 親父は先ほどよりも幾分表情をやわらげていた。
「まあ、そうだな。」
 そうロッキッキーが答えた。
「儂はエルウッドと言ってこの店の主人をやっておる。さっきのは私の娘でタリアというのじゃ。すまんがあんたら、儂の話を聞いて貰えないかのう?」
 男はそう言ってフォウリー達を見回した。
彼らは顔を見合わせた。
どうやらデビアスに一杯食わされたようであった。
「お話ぐらいならいくらでも。」
 フォウリーはそう言って話を続けるように促した。
促されたエルウッドは話を始めた。
「正直言ってとても困っておったのだ。明日にでも店を閉めてロバート、いやレッドスターを取りに行ったまま帰ってこないうちの見習いなんだが、奴を探しに行こうかと考えておったのだよ。」
 エルウッドはそれから事の顛末を話し始めた。
店の名物料理のレッドスターを手に入れるため、三日前、見習いのロバートを海辺の洞窟へ向かわせたが、いまだに帰ってこない。
いつもなら出かけた日の翌日には戻ってくるし、第一、洞窟はさほど広くないので、三日もかかるはずがない。
さらに、洞窟の入り口は海面すれすれに開いており、もう二、三日すれば、潮が満ちて出られなくなってしまうとのことであった。
「どうだろう、ロバートの捜索を引き受けて貰えないだろうか。もし引き受けてくれるんなら一人当たり200ずつ出す。さらに、もし洞窟でレッドスターを見つけたなら、一匹80ガメルで買い取ろう。」
 話の最後にエルウッドはそう彼らへと持ちかけた。
彼らはしばらく顔を寄せあって小声で相談しあった。
ロッキッキーが報酬が少ないと不満をたれていたが、少なくても仕事をしていた方がましという意見が大勢を占めた。
それにどうやらフォウリーとブランはレッドスターなる物に興味を引かれたようだ。
「分かったわ。その依頼引き受けましょう。」
 フォウリーは金銭に対するロッキッキーの不満とレッドスターに対するレティシアの不満を押さえ込むために、エルウッドへと承諾の旨を伝えた。
「そうか。行って貰えるか。」
 エルウッドはうれしそうに呟いた。
「ではとりあえず洞窟の話を聞かせて貰いたいのですけれど。」
 シュトラウスはとりあえずそうエルウッドへと言った。
「分かった。だが場所は内密に願いますぞ。」
 エルウッドはそう彼らに約束をさせておいてから洞窟のことを話し始めた。
洞窟の場所は町を出て、海辺に3時間ほど行ったところにあると教えてくれた。
そんなに巨大なものではなく、危険な生き物もいないはずだとも言った。
どうやら何度か自分で入ったことがあるようだ。
それから洞窟に入って右の方に海水の流れ出る滝があり、そのそばの潮だまりによくレッドスターがいると教えてくれた。
「ま、だいたいのことは分かったし、あとはその洞窟に行ってみてからね。」
 フォウリーはそう言って立ち上がった。
「そうだな。」
 他の者も彼女の後を追うように立ち上がった。
「もう行くのかね?」
 立ち上がった彼らに対しエルウッドはそう尋ねた。
「ええ。潮が満ちるまであまり時間がないのでしょう?」
 フォウリーは確認するかのようにエルウッドへと言った。
「ああ、確かに。では1日分の食料と篭を渡そう。少し待ってくれ。」
 エルウッドはそう言ってカウンターへと入っていた。
 ちょうど入れかわりぐらいにタリアが姿を見せた。
おずおずと彼らの前に来ていきなり頭を下げた。
「あの、ロバートを無事連れ帰ってください。お願いします。」
 突然のことに戸惑った彼らであるが、すぐに彼女とロバートの関係を察した。
「大丈夫、まかせておいて。」
 フォウリーはタリアの肩に手を置いてそう言った。
「ありがとうございます。」
 彼女は一度顔を上げてフォウリーに対し瞳を潤ませた後もう一度頭を下げた。
そうこうしているうちにエルウッドがリュックを2つと篭を持って戻ってきた。
「一応この中に15食分入っているからな。あとこの篭はレッドスターを捕まえたときに使ってくれ。」
 エルウッドはそう言ってブランに荷物を渡した。
彼は何も言わずただ黙ってそれを受け取った。
「じゃ行きましょうか。」
 フォウリーはそう仲間達を促した。
「ロバートのこと、よろしくお願いする。」
「お願いします。」
 エルウッド、タリア親子に見送られて、彼らは”考え込む野兎亭”を後にした。

 エルウッドに言われた場所に向かうと、そこは切り立った断崖であった。
「ここかな?」
 フォウリーは断崖から下を見おろしながらそう呟いた。
30メートルはあろう断崖の下には、荒い波が打ち寄せていた。
「落ちたらひとたまりもねぇな。」
 フォウリーの横で同じように下をのぞき込みながらロッキッキーはそう呟いた。
「ほんとね。」
 時折吹きあがる風に髪を乱されないように押さえながら、レティシアがそう答えた。
「そこの道を降りるのですかね。」
 シュトラウスが断崖にある幅1メートルほどの細い道を示しながらそう言った。
道はどうやら一番下まで続いているようであった。
「他に何もありそうもないし‥‥降りましょうか?」
 辺りをぐるりと見回した後フォウリーはそう言った。
まさかロバートは海に落ちたなんて事はないだろう。
今までに何度も来ているらしいし、それにその様な跡もなかった。
「そうですね、行きましょう。」
 シュトラウスがそう答えた。
彼らはフォウリーを先頭に一列になって細い道を降りていった。
細い、といっても人ひとり楽に通れるのである。
足下に生える海藻で滑らない限りは下になど落ちようもなかった。
 彼らはやがて潮でほとんどふさがりかけた洞窟の入り口にたどり着いた。
「ここの様ね。」
 無感動にフォウリーはそう呟いた。
「確かに後2、3日もたてば完全に水没してしまいそうですね。」
 シュトラウスはエルウッドの言葉を思い出しながらそう言った。
「なら急いで中に入りましょう。」
 フォウリー達はまだ何とか水面上に顔を出している飛び飛びの岩を渡りながら、次々に洞窟内へと入っていった。
 洞窟は入り口こそ狭かったもののすぐに左右に開けていた。
中は、海藻と潮だまりが放つ、強烈な潮の香りに満ちていた。
レティシアは思わず口を手で押さえてしまった。
「嫌な臭い。」
 彼女はしかめ面をして辺りを恨めしげに睨んだ。
「しょうがないでしょ、海の近くなんだから。
我慢してよ。」
 自分はさして気にならないのでフォウリーにはそんなことを言えるのだ。
だが彼女に逆らうほどレティシアは筋力に自信があるわけではなかった。
不満そうな表情ながらも頷いたのだ。
とりあえず2本の松明が点けられ、彼らと洞窟を照らした。
「さて、ロバートは何処にいるのやら‥‥。」
 改めてフォウリーは辺りを見回した。
道はわずかに上り坂になっていた。
「これがレッドスターですかね?」
 シュトラウスは近くの潮だまりを示してそう言った。
そこには何匹かのナマコや貝、小魚などがいた。
ナマコの背中には赤紫色の星があるのだが、大きさが10センチほどしか無くおそらく商品としての価値はゼロであろう。
「きっ、気持ち悪い。」
 レッドスターを見てレティシアは思わずそう口走った。
「そうか?何でもねぇと思うがな。」
 ロッキッキーは少し首を傾げながらそう言った。
「人間の感覚なんかと一緒にしないで!」
 彼女は半ば本気で怒ったようだ。
相手のロッキッキーがハーフエルフなだけ余計であろう。
「はいはい、すまねぇな。」
 ロッキッキーもレティシアの心中を敏感に感じとってか投げやりにそう答えた。
レティシアの方はそれきり何も言わずそっぽを向いてしまった。
「もう少し先に進んでみましょう。」
 フォウリーは薄暗い奥の方を示してそう言った。
「そうですね。」
 シュトラウスはそう頷いた。
彼らは2本の松明を頼りに洞窟の奥へと進んでいった。

 洞窟は一度右側に支道を伸ばした後、すぐに左右に分かれた。
彼らの今いる位置は洞窟が四分岐する辺りであった。
「どっちに行くの?」
 自分の歩数からだいたいの距離を推測しそれを描きかけの地図に書き込むと、レティシアは仲間へと尋ねた。
「そうね‥‥左に行ってみましょうか。」
 フォウリーはそう言ったがさしたる理由はない。
ただ何となく左づたいに来たのでそう思っただけである。
「了解。」
 レティシアはそう言って仲間と共に歩きながら器用に地図を描いていった。
「待って。足跡があるわ。」
 左に曲がって3メートルほど行ったところで不意にそうフォウリーが叫んだ。
そしてすぐにかがみ込んで足跡の行方を調べる。
「ロバートのですかね?」
 後ろからのぞき込みながらシュトラウスはそう言った。
「多分ね。」
 必死になって足跡を視線で追跡しながらフォウリーはそう答えた。
それからしばらくフォウリーは追跡していたが、思うように捗らなかったようだ。
神妙な顔で立ち上がった。
「駄目ね、何度も同じ所をうろうろしたらしくてさっぱり分からないわ。」
 肩をすくめるような仕草でフォウリーはそう言った。
「もう少し先に進んでみましょうよ。」
 レティシアはまだ先のある通路を示してそう言った。
「そうね、分からぬ物にこだわってもしょうがないからね。」
 フォウリーはあっさりとした口調でそう言った。
彼女は切り換えが早かったのだ。
彼らは隊列を組み直し、洞窟をさらに奥の方へと進んでいった。
だが洞窟はしばらく行くと不意に行き止まってしまった。
「行き止まりで‥‥穴ね」  フォウリーはそう言って海藻に覆われた岩壁とそして巨大な穴を見つめた。
「そうだね。」
 レティシアが儀礼的にそう答えた。
「はずれですかね。」
 穴をのぞき込みながらシュトラウスはそう言った。
「そうかもね。」
 フォウリーはぶっきらぼうにそう答えた。
「いんや、俺はそうは思わねぇぞ。」
 いやに自信ありげにロッキッキーはそう言った。
フォウリー、シュトラウス、レティシア、モン=ブランの8つの目がロッキッキーの方に向けられた。
「どういう事よそれ?」
 フォウリーの視線には興味と、そして疑惑の2色が浮かんでいた。
「穴の右手の壁を見てみ。海藻の一部がもぎ取られてるような気がしねぇか?」
 ロッキッキーは指で穴の壁に一部を指し示した。
確かにそう言われればそう見えなくもない。
「ここを落ちたのですかね。」
 改めて穴をのぞき込みながらシュトラウスはそう言った。
「分からないけど‥‥見てみる価値はありそうね。
降りましょう。」
 同じようにのぞき込んだフォウリーはそう決断をした。
「そのまま降りるのは危険だと思うわ。せめてロープぐらいは張らないと。」
 レティシアは早急に事を運ぼうとするフォウリーにそう言った。
「そうね、帰りも困るしね。ロッキッキー、ロープ持ってたでしょ?」
 自分の苦労を減らす提案は快く受け入れられようであった。
ロッキッキーにロープを張るように指示を出す。
幸いにもロープを張るのに手頃な石が穴の脇にあった。
絶対に自然にはほどけない結び方でロープを岩に固定したあと、下へともう一方の端を投げ落とした。
これで準備は万端である。
「さあ行くわよ。」
 フォウリーはそう言ってロープを伝い下へと降りていった。
後の者も彼女に続いて穴の中に姿を消していった。

 崖の壁は藻や苔に覆われていてかなり滑りやすかったが、幸いにも滑り落ちるような者はいなかった。
 崖の下は小さな、といっても5人が立ってなお余裕があったが、広間になっていた。
床はわずかに塩水がたまっていてぬかるんでいた。
「あんまり気持ちのいいものじゃないわね。」
 レティシアはマントの裾に泥がつかぬように少し持ち上げていた。
靴の方はどうすることもできないので諦めたようだ。
「通路が延びているわね。」
 フォウリーはそう言って一方を示した。
さすがにこのぬかるみでは足跡も見つからないだろう。
「行きますか。」
 シュトラウスもフォウリーと同じ方向を見ていた。
「そうだな。」
 彼らはぬかるみに足を取られないように注意しながら、人ひとり通れるかどうかの通路を抜けていった。
道は再び開けた。
そしてそこには荒削りながらも石段があった。
「遺跡?まさか。」
 フォウリーは石段をまじまじと見つめながらそう呟いた。
ベルダインの近くに遺跡があるなど聞いたこともない。
「お宝ぐれぇあるかな。」
 盗賊の血が騒ぐのか、まだ遺跡だと決まったわけでもないのに、ロッキッキーはうれしそうである。
「とりあえず上ってみましょうよ。」
 レティシアの方は好奇心が溢れてきたようだ。
ロッキッキー以上に目が輝いていた。
「そうね、行くしかないようね。」
 もちろん辺りにロバートがいる気配もないので進まざるをえないところであろう。
フォウリー達はゆっくりと石段を上っていった。
 石段はおよそ50段ほどで終わりを告げた。
装備の充実しているフォウリーやブランにはかなりつらいものであっただろう。
もっともブランの方は何事も無かったような表情であったが。
「はぁはぁ‥‥やっとついたわね。」
 フォウリーは息を整えた後、辺りを見回した。
石段の先は小さな広場になっていた。
大きさは穴の下と同じくらいであろうか。
ただ彼らの正面に人工の壁とそして扉があるのが大きな違いであろう。
彼らはばらばらと扉の回りへと集まった。
「罠か何かあるかしらね。」
 扉を見つめながらレティシアはそう言った。
「無くても鍵ぐらいは掛かっているかもね。」
 フォウリーはそうレティシアへ返した。
扉はどうやら金属でできているようで、松明に照らされて鈍い光沢を放っていた。
「しょうがねぇ、お宝‥‥もとい仲間のためだ。喜んで調べてやらあ。」
 ロッキッキーはそう言って扉の前に座り込んだ。
4人が見守る中ロッキッキーは器用にツールを使って扉を調べていった。
「何もねぇな。
罠も鍵もよ。」
 しばらくしてロッキッキーはそう結論づけた。
「そう。なら行きましょうか。」
 フォウリーはそう言って扉に手をかけた。
扉は彼らを招き入れるように苦もなく開いた。
彼らは扉の中へと足を踏み入れるのであった。

 扉の向こうは石造りの部屋であった。
大きさは3メートル四方ほどで、正面にも扉があるだけの何もない部屋であった。
「何にもねぇな。」
 まさか入り口から宝物を期待していたのだろうか、ロッキッキーの態度には落胆が漂っていた。
「‥‥床に足跡があるわね。」
 ロッキッキーのぼやきを無視して、辺りの様子をうかがっていたフォウリーは床を見ながらそう呟いた。
「そうね。」
 無感動にレティシアが呟いた。
足跡は部屋中をうろうろした後、奥に見えるもう一つの扉へと向かっていた。
「おや、僅かですが開いていますね。」
 シュトラウスがそう言って扉を示した。
確かに扉は少し開いていた。
足跡の主、おそらくロバートであろうが、彼は扉を抜けていったのであろうか。
そして足跡を見るに彼はこちらへと帰ってきていないのである。
「とりあえず覗いてみましょう。」
 フォウリーがそう言うと、彼らはすぐに扉へと近よった。
そしてロッキッキーが隙間から中を覗いた。
「ひゅう、何かすげえ物があるぜ。」
 彼は覗き込むなりそう言った。
「本当?」
 彼の頭越しにレティシアが部屋を覗き込んだ。
「‥‥柱?」
 レティシアは扉の向こう側にある物をきわめて忠実に言葉にした。
向こうの部屋の中央には水晶に似た柱のような物が立っていたのである。
「柱‥‥ねぇ?」
 レティシアの呟きを聞いてフォウリーは首をひねった。
ますますもってこの遺跡が何のための物なのか分からなくなったようである。
「とりあえず扉を開けてください。」
 その後ろからシュトラウスが苦笑しながらそう言った。
「おっとそうだな。」
 ロッキッキーはそう言ってレティシアを下がらせると扉を開け広げた。
他の者もようやくにして奥の部屋を見ることができるようになった。
「‥‥怪しい部屋ね。」
 フォウリーはそう率直に感想を述べた。
その部屋には柱だけならまだいざ知らずも、床の上にはタイルで丸く紋章が描かれていたのだ。
「足跡は‥‥柱に向かって消えていますね。」
 シュトラウスは床を見つつそう言った。
ロバートの物らしき足跡はタイルの外側をぐるっと回ったあと柱に近づいていた。
だが泥が落ちたのか 途中で消えていた。
「とりあえず調べなければね。」
 入り口の所でフォウリーは呟き、ロッキッキーを見た。
「一人では嫌だぜ。」
 彼としてはあまり気が進まないのだが自分の役目でもあるので、それは最大限の譲歩と最小限の提案のつもりであった。
だが彼の仲間には自ら進んで行こうなどという博愛精神に満ちた者はいなかった。
「しょうがないわね、私が行ってあげるわ。」
 リーダーとしての自覚からフォウリーがそう呟いたのは少なからぬ沈黙の後であった。
「気を付けて。」
 レティシアは一緒に入る気など毛頭無いようであった。
シュトラウスとブランも同様であった。
もっとも表向きはレティシアを一人にするのは危ないから、ということになったが。
「行きましょう。」
 説得は無理だと悟っているフォウリーは、そうロッキッキーを促して部屋へと入っていった。
まず柱をとりまくタイルを調べたが特に変わった様子はなかった。
部屋にはあと柱があるだけである。
二人は慎重に柱へと近づいていった。
「材質何かしらね?」
 まじまじと自分の身長の1.5倍ほどある柱を見上げながらフォウリーはそう呟いた。
「さぁな、結構堅そうだけどな。」
 ロッキッキーもそう言って柱を見上げた。
「水晶みたいだけどね。」
 フォウリーが不用意にも柱へと手を伸ばした。
あわててロッキッキーが止めようとするが遅かったようだ。
フォウリーが柱にさわるのとロッキッキーがフォウリーの手をつかむのは同時であった。
とたんに金属を叩いたような甲高い音がし、忽然とフォウリーとロッキッキーの姿はその場より消えてしまった。
「魔力?!」
 その瞬間にシュトラウスは柱より放たれた魔力を感じていた。
音は余韻を残して呻いていたが、やがて減衰していった。
「消えた?」
 レティシアは半ば呆然として今まで二人がいた空間を見つめていた。
いやシュトラウスやモン=ブランにしても同様であった。
「何が起こったの?」
 レティシアはそう言って男二人を見るが、モン=ブランの方は分からないというように首を横に振った。
だがシュトラウスは何かしら思いついていたようだ。
「おそらくテレポート・トラップでしょう。」
 彼はそう呟いた。
レティシアとモン=ブランはそれによって完全にとは言えないまでも、フォウリーらの消えた訳を理解した。
「魔法‥‥ね。」
 レティシアはもう一度柱を見つめた。
「おそらく‥‥。どうしましょうか?」
 シュトラウスは頷いた後、逆にレティシアにそう尋ねた。
「どうするって追うしかないでしょ?あの柱に触ってね。」
 彼女はそう言って柱を示した。
「その様ですね。」
 シュトラウスの方も頷かざるを得なかった。
 そして3人は柱の回りに立った。
「それぞれに掴まって、柱に触りましょう。」
 レティシアの提案に3人はそれぞれに手を取った。
「準備O.K.ですよ。」
 シュトラウスはレティシアの華奢な手をつかみながらそう言った。
レティシアのもう片方の手はブランの手を取っていた。
「じゃあ触りましょう。1,2の3!」
 レティシアのかけ声にあわせてシュトラウスとブランは同時に柱に触った。
先ほどと同じように甲高い音が聞こえ、彼らは形容しがたい感覚に襲われた。
そして彼らの姿もまた忽然とその場より消え、辺りにはただ耳障りなうなりが残るのみであった。

 不可思議な感覚から解放されたとき、フォウリーとロッキッキーは柱の前に立っていた。
フォウリーは柱に触れている手を離すと改めて部屋を見回した。
「何が起こったのかしら?」
 さして変わったようにも見受けられない部屋を見渡しながらそう言った。
「さあな?別段変わったようには見受けられねえがな。」
 ロッキッキーも辺りを見回してそう呟いた。
フォウリーはロッキッキーに頷こうとしてまだ彼に腕をつかまれている事に気づいた。
彼女は腕を振って強引に振り解いた。
「いつまで握ってるのよ!」
 振り解いた後で彼女はそう怒鳴った。
「悪かったな、あまりにも太てぇんで柱かと思ってたよ。」
 いきなり手を解かれて倒れそうになってのを根に持って、彼はそう悪態をついた。
「なんですって?!」
「とっと、ちょい待ち。扉が閉まってるんだけどよ、奴等どうしたんだ?」
 筋力に訴えられてはたまらないので、ロッキッキーは話題をそらそうと扉の方を示した。
一言謝れば良いのだが、悪党としての矜持が悪態の謝罪のために頭を下げるということを許さなかった。
「本当‥‥。大方危険だからって扉締めてんのよ。」
 苦笑を浮かべながらフォウリーはそう言った。
「そうかもな。」
 反論する気もなく、反論もできない彼であった。
と、その彼らの目の前に3人が転移してきた。
「うわ?!」
 突然のことにフォウリーとロッキッキーはあわてて飛び退いた。
まったく彼らのいた場所と3人の転移場所が重なっていなかったのは幸運としか言いようがなかった。
「よかった、やっぱり同じ所に転移したね。」
 体中の不思議な感覚が無くなった後で目を開けたレティシアは、視界にフォウリーらの姿を認めるとそう呟いた。
「危ないわね。転移の場所が私たちと重なったらどうするつもりだったの?」
 しかめっ面をしながらフォウリーはそう言った。
「それくらいは回避すると思いますよ、この遺跡が」  シュトラウスはフォウリーの非難に対しそう言った。
「‥‥先に行きましょうか。」
 彼には答えずフォウリーはそう言った。
彼らは南側の扉を調べた後、隣の部屋へと向かった。

 隣の部屋も同じ様な石造りの部屋であった。
「ほんとに転移したのかしら?」
 レティシアは部屋の中を見回しながらそう呟いた。
前の柱のある部屋といいこの部屋といい、彼らの目には洞窟の中の遺跡とさしたる違いは見いだせなかった。
「まさかそんな手の込んだことはしないでしょ。」
 フォウリーはそう言った。
扉のこととか床の足跡が消えていることとかがその理由として上げられるのだが、もちろんそこまで説明しようとは彼女は思っていないようだ。
「とりあえず扉調べてよ。」
 そう言って彼女は扉を示した。
「はいよ、全くよ。」
 その隠された主語は口の中で文句を言いながらも扉へと向かった。
しかし扉にはなんら罠が仕掛けられているわけではなかった。
損得の問題ではないが、やはりロッキッキーは労力の無駄だと考えているだろう。
「何もねぇよ。」
 彼はぶ然としながらもそう呟いた。
「そう‥‥。なら行きましょう。」
 フォウリーはそう言って扉に手を掛けた。
5人は慎重に扉を抜けていく。
 扉の向こうは残念ながら石造りの階段ではなく、細長い通路であった。
レティシアの考え、というより不安は残念ながら違っていたのである。
「何なのかしら、この石像は?」
 フォウリーは通路の壁際に並ぶ30体ほどの石像を示しながらそう呟いた。
その石像はマネキンのようにのっぺらぼうで、かなり気色の悪いものがあった。
ざっと見渡してみると彫像のうちの何体かは、石でできたブロード・ソードやハンド・アックスなどを持っていた。
「わかりませんねぇ。」
 まじまじとその石像を見つめながらシュトラウスはそう首を横に振った。
「これ、グラスランナーの石像かしらね?」
 レティシアはかなり小さめの石像を見つつそう言った。
「さあな、そうかもよ。」
 ロッキッキーの返答はひどくそっけない。
その石像が金目の物ではないからであろう。
「まあ、結構怪しいわね。と言うことで、ロッキッキー調べてみてくれる?」
 フォウリーはそう言って隣のシーフの肩を叩いた。
「はいはい‥‥。まったくシーフは俺だけじゃねぇってのによ。」
 ロッキッキーはじろりとシュトラウスの方を睨んだ後、手近な石像の前にかがみ込んだ。
だがどう調べてもそれは石像以外の何物でもなかった。
「ただの石像だぜ。
まあ気色わりぃし、異様だけどな。」
 ロッキッキーはそう言ってコンと石像を蹴った。
と、何処からともなく声が通路中に響きわたった。
「な、なに?」
 即座に武器を構えたフォウリーであるが、それは条件反射といってよいだろう。
「ロー・エンシェントです。」
 シュトラウスがそう言って『声』をコモンに訳していった。
『当研究所において、破壊的行為は慎むよう警告する。繰り返す。破壊的行為は慎め。さもなくばガーディアンを発動させる。』
 声はそれきり聞こえなくなった。
「ガーディアン‥‥ね。」
 レティシアはその一言に引っかかっていた。
「おそらくここは古代王国の何らかの研究所の遺跡‥‥なのですね。」
 シュトラウスはぼそっと呟いた。
そういうことなら俄然張り切る者がいる。
「てことはお宝があってもおかしくねぇってことだな。」
 ロッキッキーは結構うれしそうである。
「ま、何の研究所かにもよるでしょうけどね。」
 すましてレティシアはそう言ったが、にじみ出る笑みがその心中を表現していた。
「まあ、とりあえず破壊行為をしなければいいんでしょ?なら私たちには関係ないじゃないの。」
 恐ろしく性格から外れたことをフォウリーは平気でそう言った。
「‥‥そうですね。」
 ブランを抜かした3人は苦笑でそれに答えたが。
「ま、なんにせよ行きましょうか。
こんな所でぐずぐずしていてもしょうがないわ。」
 フォウリーはそう言って石像に見守られつつ通路を南へと歩いていった。
他の者もゆっくりとそれに続いた。
どうやら石像が攻撃してくる、などと言うことはないようだ。
彼らは扉を抜け、次の部屋へと入っていった。

だがドワーフに頼まなくてもここが人工の洞窟であることは分かったが。
彼らの入って来た扉の他に東西の壁に通路があった。
「人工の洞窟ね‥‥。」
 綺麗に整えられた壁や天井を見ながらフォウリーはそう呟いた。
天井の高さは2メートルほどでこのパーティーの一番の長身であるブランでも悠々背伸びができるほどの高さである。
「しかし暇な奴もいたもんだな。
わざわざ地下に家を造るなんてよ。」
 ロッキッキーはそう呟いた。
確かに今ならばこの様な手間暇かかることをする者はそうはいないであろう。
だがこの建物が造られた当時はどうであったのだろうか。
「造られた当初はかなり立派な玄関でしたでしょうね。」
 シュトラウスは辺りを見ながらそう言った。
この部屋にはかなりの量の土がいれられていて、主にシダ類が植えられていたようだ。
また彼らの抜けた扉の両脇には一対の石像が立っていた。
「ここには土の精霊と植物の精霊がいるわね。」
 レティシアは何気なく辺りを見回しながらそう呟いた。
もとは岩の中であるのだから当然それらの精霊はいるはずもない。
おそらくここの主人だった者に捕まえられたのであろうか。
「石像にも何もないみたいだしね。そろそろロバートの捜索でも始めましょうか。」
 フォウリーはとりあえず仲間達の様子見が一段落したのを見てそう言った。
「おうよ、宝探しのついでにな。」
 ロッキッキーはすでに冒険の主題を書き換えているようだ。
当然今までの主題は副題となっていた。
「‥‥行きましょう。」
 そのロッキッキーを無視し、レティシアの地図描きの用意ができたのを見たフォウリーはそのまま西の方へと歩いていった。
4人の仲間達もそれに続いた。

 通路はすぐに途切れ、彼らは小さな部屋へとたどり着いた。
大きさは玄関らしき部屋の横幅を少し縮めたぐらいのものであった。
南の方に通路があり、また北の壁の方には小さな扉があるだけの部屋であった。
「何かあると思う?」
 フォウリーはそう言って隣のブランへと話しかけた。
彼はいつもの表情で首を横に振った。
「私もそう思うわ。」
 その後ろからレティシアが相づちを打った。
「‥‥あの扉のほかにはね。」
 続けて彼女は扉を示した。
「‥‥の様ね。ロッキッキーお願い。」
 フォウリーも彼女の意見には賛成だったようだ。
ロッキッキーを使って調べさせようと言うところがその現れであろうか。
おそらく怪しく無いところでも調べさせるであろうが。
「はいよ。」
 先ほどとは違って彼は乗り気であった。
なぜならお宝につながっているかもしれないからである。
陽気に鼻歌など歌いながら扉の罠を調べ、次いで鍵を開けた。
「ほらよ、開いたぜ。」
 こんこんと扉を叩きながらロッキッキーは仲間達にそう言った。
「じゃ覗いてみましょうか。」
 フォウリーはそう言うと扉を開けた。
開いた隙間からフォウリー、ロッキッキー、レティシアが覗き込んだ。
どうやら扉の向こう側は書庫だったらしかった。
彼らは扉を開け中へと入り込んだ。
隣の部屋と負けず劣らず小さい部屋だった。
「本‥‥ね。」
 いささか失望しながらフォウリーはそう呟いた。
「つまんねぇな。」
 ロッキッキーはそう言って一冊手に取ろうとしたが、本はあいにくと朽ち果てていて彼の手の中でぼろぼろに崩れてしまった。
「ちっ、持つこともできないのか。」
 手のごみを払いながらロッキッキーはそう舌うった。
「これは読めそうよ。」
 何時の間に部屋に入っていたのかレティシアが数冊の本を持って戻ってきた。
そしてそのままシュトラウスに渡す。
下位古代語で書かれているので読もうと思えば彼女でも読めるのだが、あまり意味がなさそうなので彼に押しつけたのだ。
シュトラウスは正確にレティシアの考えを洞察すると苦笑しながら本を開いた。
「ふむ‥‥、なるほど‥‥、そうですか‥‥。」
 一人ぶつぶつ言いながらしばらく本を読んでいた彼であるが、やがて何らかの事をつかんだようだ。
視線を本から仲間へと戻した。
「どうやらここは古代王国時代、海に住む動植物の研究をするところだったようですね。かなり多くの生物を研究し、また魔法生物も造りだしていたようですが‥‥。詳しいことはこの本には書いていなさそうですがね。」
 シュトラウスはそう言うとぱんと本を閉じた。
何百年もたまっていた埃が宙に舞った。
「他には何もなさそうね。」
 埃を吸わないように口を押さえながらレティシアはそう言った。
「そうだな、こんな本箱にお宝なんてねぇよな。」
 自棄気味にロッキッキーはそう呟いた。
「じゃ、行きましょうか。」
 フォウリーにそう言われて彼らは書庫を後にした。

通路の先はまた部屋になっており、真正面に水たまりらしきものがあった。
この部屋からは3本の通路が延びているが、西に延びる通路は土砂で埋まり行けそうになかった。
「何かしらね、あの水たまりは。」
 通路から少し入ったところでフォウリーはそう仲間へと尋ねた。
「プールのようにも見受けられますけどね。」
 シュトラウスはそう呟いた。
海生物の研究をしていたらしいので、何かを飼っていた所なのではと思ったのである。
「そう思えなくもないわね。」
 じっと水たまりを見つめながらレティシアはそう言った。
「‥‥!見ろよ!何かいやがるぜ!」

ロッキッキーはそう叫んで水たまりの一点を示した。
他の者は食い入るように示された場所を見た。
なにぶん水中のことなのではっきりとは分からないが、確かに何か蠢いていた。
「何かしらね?」
 首を傾げてレティシアはそう言った。
もっとも彼女の問いにだれも答えることはできなかった。
「近寄って確かめてみるわ。」
 危険の可能性を歯牙にもかけず、フォウリーは水たまりに近づいていった。
幾分距離が縮まったせいか、何とかそれの形が分かるようになってきた。
「タコ‥‥かしらね?」
 その形から真っ先に彼女が想像したのは、海の軟体動物であった。
「タコ‥‥ですか?」
 シュトラウスはそう呟いた矢先、海面から2本の触手が飛び出し、水辺に近寄っていたフォウリーをとらえんと攻撃を仕掛けてきた。
「きゃあ?」
 突然のことだったので反応が遅れた彼女はもろに触手の攻撃を浴びてしまった。
あわててロッキッキーとモン=ブランが助けようとするが一斉に残りの触手も延びてきて、彼女に近づくことすらかなわなかった。
タコにとっては久方ぶりの獲物であったようで、かなり積極的に捕獲活動を繰り広げた。
だが獲物の思いのほかの反撃にタコは躊躇し、そしてその隙を逃さずフォウリーは触手の攻撃範囲から逃れでたのであった。
まさしく後一歩逃げるのが遅れていたら彼女はタコのディナーにされていたであろう。
「走って!隣の部屋に行くわよ!」
 戦いを観戦していたレティシアとシュトラウス、触手と戦っているブランとロッキッキーにそう言うと、彼女は入ってきた通路とは別の通路へと走り込んだ。
あわてて他の者も続いたが、レティシアは通路に入ったところで石に躓き、前のロッキッキー諸とも転がるところであった。
もっともそれはロッキッキーの踏ん張りによって回避されたが。
「何すんだ、あぶねぇじゃねぇか!」
 通路の中で一息つくなりロッキッキーはレティシアに対しそう叫んだ。
「ごめんなさい。
でも文句はあの石に言ってね。」
 そう言って彼女は入り口の辺りの石を示した。
もちろんロッキッキーは絶句して、心の中の多くの文句を言葉にできなかった。
「さあ、次に行くわよ。」
 一息ついた後でフォウリーはそう言って立ち上がった。
そしてタコの池に背を向けて、かすかに聞こえる川の流れの音を聞きながら通路を進むのであった。

 通路の先はかなり広い広間であった。
部屋の右隅には幅2メートルほどの川が流れていた。
何処に流れていくのか、川は暗い穴へと流れ込んでいた。
「何もないみたいね。」
 部屋を見渡しながらフォウリーはそう呟いた。
彼らの中で彼女のその呟きを覆せる者はいなかった。
「あの川淡水かしらね。」
 レティシアは悠々とまではいかないが、それでもかなりの水量がある小川を示しながらそう言った。
「飲んでみりゃいいだろ?」
 素気なくそうロッキッキーは言った。
「あなたが?」
 彼女の方も何気ない口調でそう言った。
「別に喉は渇いてねえよ。」
 彼はそう言って首を軽く横に振った。
「ま、何にせよ近づいてみましょうか。」
 先ほどのタコのことなどもう気にしていないかのようにフォウリーはそう言った。
「そうですね。特にモンスターの影もないですからね。」
 シュトラウスもそう頷いた。
 彼らは不測の事態に備えつつゆっくりと川のふちへと近づいた。
遠目ではそうでもなかったように見えたが、かなり流れは速かった。
「結構流れが速いわね。」
 レティシアはそう言いながら右手で少し川の水をすくった。
どうやらのどが渇いていたようである。
だがいきなりがぶ飲みせず、念のためほんの一滴舌にのせてみた。
とたんに彼女の表情が変わる。
「海水じゃない!」
 彼女は残った塩水を払いつつそう叫んだ。
「ま、そんな気はしていたわ。」
 フォウリーは苦笑しながらそう呟いた。
ここの空気が澱んでいるせいかはっきりとは分からないが、それでも潮の匂い自体はかき消されていなかったのだから。
「まったくだ。」
 飲まなくてこれ幸いとばかりにロッキッキーは頷いた。
そんなときである、シュトラウスの目に一瞬ではあるが蠢く影が写ったのは。
「!待ってください!いま人影が!!」
 シュトラウスはそう言ってすぐ南の通路を指し示した。
「!?ロバートかしらね?」
 フォウリーは反射的にそっちを見ながらそう呟いた。
「かもな。」
 ロッキッキーの答えはあくまで推量の域を出なかった。
「行ってみれば分かるわ。」
 レティシアはそういってその通路の方を示した。
だがそこにはシュトラウスが見たという影はもはや存在しなかった。
「そのようね。」
 フォウリーはレティシアの案に乗るようであった。
彼らはすぐにその通路へと入っていった。

 通路はすぐにT字になっていた。
西側は階段になっており、東側はそのまま通路が続いていた。
「どっちかしら。」
 フォウリーはシュトラウスの顔を見ながらそう言った。
「おそらく西だとは思うのですけれど‥‥。」
 彼は表情で、一瞬であったからよくは分からないと続けた。
「なら西へと行けばいいと思うけど。」
 レティシアは特に考えるまでもなくそう言った。
「それでもいいわ。」
 フォウリーはもし違っていたらレティシアとシュトラウスを締め上げるつもりでそう頷いた。
もっともそんな状況になったらレティシアは”私は控えめに自分の意見を述べただけで別に強要はしていないわ”といって、逆にフォウリーを責めるであろう。
 5人はゆっくりと狭苦しい階段を下りていった。
階段は20段ほどで終わり、小さな部屋へと続いていた。
そこからさらに奥に通路が延びていた。
通路へと進もうとした彼らの視界に一人の男の後ろ姿が入ってきた。
「ねぇ、ちょっと。」
 フォウリーはそう男へと呼びかけてみた。
男はくるりと振り返るが、目つきは悪く、どこかうつろであった。
「ロバートかしらね?」
 レティシアは小声でシュトラウスへと話しかけた。
「さあ、分かりませんよ。」
 シュトラウスは小さく首を横に振った。
「あなた、こんな所で何をしているのかしら?」
 フォウリーは何回か話しかけてみたが男は何の反応を示さず、ただうつろな瞳で彼らを見ているだけであった。
フォウリーはどうしたものかとブランと顔を見合わせたが、どうやら近づくことにしたようだ。
刺激しないように武器を抜かず一歩彼の方に踏み出した矢先、男は手にしたショートソードで彼女に切りかかった。
「!?ちょっ‥‥。」
 フォウリーはあわてて武器を構えた。
戦い自体はそれほど長時間に渡ったわけでも深刻なものになったわけでもなかった。
一度抵抗されたもののどうにかシュトラウスのスリープ・クラウドが相手にかかったからである。
「何なのよこいつ。」
 フォウリーは不機嫌そうにそう呟いたがこずいたりするようなこともせず、ロッキッキーに命令して縄で男を縛らせた。
男が気がついたときにはすでにロープの簀巻きと化していてどうすることも出来なかった。
もっとも彼は先ほどと同じようにうつろな瞳をこちらへと向けているだけであった。
「先行きましょう、先へ!」
 気色悪く思ったのかフォウリーは男をそのままにして奥の通路へと入っていった。
他の者も男をそのままにフォウリーの後を追った。
 通路はすぐに北に折れていた。
どうやら道は小さな部屋に続いているようであった。
部屋にはプールらしき水たまりがあった。
 中に入ってフォウリーははたと立ち止まった。
目の前に先ほど縛り上げたはずの男が立っていたからだ。
先ほどと違うところは篭を背負っているところであろう。
「貴方は‥‥誰?」
 武器の柄に手を掛けながらフォウリーは用心深く尋ねた。
「ベルダインでコックの見習いをやっているロバートと言います。」
 男はおどおどした様子でそう答えた。
「貴方がロバート?私たちは”考える野兎亭”のエルウッドに頼まれて貴方を迎えに来たのよ。」
 フォウリーは武器から手を離さずにそう言った。
「エルウッドさんに!?まいったな怒っているだろうなぁ。」
 エルウッドの名を聞いて彼は小さな苦笑を浮かべた。
「それよりもあなた本物のロバート?」
 フォウリーの後ろからレティシアがそう尋ねた。
「ああ、もちろんだとも。」
 何のことか分からないという表情で彼は頷いた。
「じゃあ質問に答えて。
エルウッドの娘の名は?」
 レティシアははなから信用していないようだ。
「タリアだろ?何でそんなことを聞くんだい?」
 不可思議げな表情で逆にロバートがそう尋ねた。
「ごめんなさい。そこで貴方の偽物にあったのでね。」
 フォウリーはそう言って通路の方を示した。
「ああ、あいつね。ぼくも困っていたんだ。レッドスターも捕ってさあ帰ろうと外に出ようとしたら急に現れてね、洞窟から出ようとするのを邪魔したばかりか、こんな所に追い込まれちゃって。」
 ロバートはそう言って肩をすくめた。
篭には確かにレッドスターが3匹うごめいていた。
「なんだか‥‥分かりませんよね。」
 そう言ったシュトラウスに対して彼は首を振るだけであった。
「ま、見つかってよかったじゃねぇか。帰るべぇ、とその前にロバートさんよ、レッドスターを捕ったところまで案内してくれねぇか?少し持って帰りてぇんでね。」
 ロッキッキーはそう言ってブランの持つ篭を叩いた。
「あ、はい。分かりました。こちらです。」
 ロバートはそう言って先頭に立って歩き出した。
ロバートを加え6人になった一行は今来た通路を戻っていくのであった。

 階段を上りきりまっすぐ行った突き当たりの部屋にレッドスターは生息していた。
「うっひょー、いるいる。金のもとがよ。」
 ロッキッキーはそう言うとブランから篭をひったくり、水たまりの中からレッドスターを詰め始めた。
ロッキッキーはうれしそうにうにょうにょと動くレッドスターを捕まえていたが、その彼をレティシアは気持ち悪そうに見ていた。
「やれやれ‥‥。」
 フォウリーは大きく溜息をついていた。
ロッキッキーは出来るだけ多くレッドスターを持っていこうとしたが、どうやら4匹が限度のようであった。
それでも後一匹くらいはとしばらくがんばっていたが、やがて諦めたようだ。
「4匹が限度だな。」
 ロッキッキーはそう言って篭を持って戻ってきた。
「ちょっと、近づかないで!」
 レティシアは気持ち悪そうな表情を作ってそう叫んだ。
「別にどうって事ねぇよ。かみつくわけでもねぇだろ?」
 ロッキッキーはそう言って篭の中身をことさらレティシアへと見せた。
「見るのもいや!それからその手でさわんないで!」
 レティシアはそう叫ぶとブランの後ろへと隠れてしまった。
「けっ。分かったよ。」
 ロッキッキーはあんまり言われてのですねてしまった。
「さてロバートも見つけたし、レッドスターも取ったし帰りましょうか。」
 フォウリーは二人の喜劇が終わるのを待ってそう言った。
「そうですね。レティシア、後行っていない所は何処ですか?」
 帰りがてらに行っていないところを調べて回る気なのだろう、シュトラウスはそうブランの後ろのレティシアへと尋ねた。
「ん‥‥、ここの北とはじめの部屋の東、それに川のあった部屋の北東だよ。後は行くのならスコップとショベルが必要だね。」
 レティシアは自分の書いた地図を見ながらそう言った。
「なら北に行きましょう。」
 フォウリーはいま自分がいる位置から一番近い位置を選んだ。
 彼らはその場から北の通路へと入っていった。

 北へと行った彼らの前に川が現れた。
この川はおそらく先ほどの部屋に続いているのだろうが、困った事に架かっていた橋が壊れていた。
人為的なのか、それとも自然的なのであろうか。
「どうします?」
 川を前に考え込むフォウリーにシュトラウスがそう聞いた。
「そうね‥‥。」
 ほとんど上の空でフォウリーは答えた。
川幅は2メートルぐらいなので飛び越えられなくもないが、いかんせん自分とブランは完全装備である。
たった2メートルと言えど厳しいものがあった。
「戻りましょう。
わざわざ危険を冒すこともないわ。」
 フォウリーはそう言って後ろを示した。
そして彼らは川の流れる部屋まで戻り、北東の通路へと入っていくのであった。

 通路はまた水たまりのある部屋へと続いていた。
「ここには何がいるのかしら?」
 フォウリーはそう言って慎重に水たまりに近づいていった。
足音に反応してか、大きなかにが水中から身を起こすが、どうやら戦闘意欲はないようであった。
よく見るとはさみの片方にレッドスターを持っているので、食事中らしかった。
「かに‥‥ね。」
 フォウリーは失望したようにそう呟いた。
「こいつは食えねえのかな?」
 ロッキッキーは珍しく真剣な視線をかにに浴びせていた。
「さあ?持っていって見れば?」
 レティシアが投げやりに答えた。
「いんや、食えるかどうか分かんねえものを持っていってもしょうがねぇからな。」
 ロッキッキーは残念そうにそう呟いた。
もっともそのかにの容貌を見れば食欲などわきっこないであろう。
色や大きさはまちまちで、中には角の生えてる奴もいるのだから。
「南へと行ってみましょうか?」
 フォウリーはそう言ってレティシアの方を見た。
「いいわよ。」
 大方の予想はついていたが彼女はあえて反対しなかった。
別に反対する理由もないが。
 6人は南へと進んでいくのであった。

 南の通路は先ほどの川の対岸へと続いていた。
もちろんそれはレティシアの予想が当たっていたことを意味するが、彼女は声高にそのことを自慢する気はなかった。
そのことを口にしたが最後、絶対にフォウリーから非難されるのは目に見えていたからであった。
「戻りましょう。」
 フォウリーは短くそう言って、通路を逆流し始めた。
そしてかにのいた部屋の西側の通路へと入り、そして彼らはこの研究所を回り終えたことを知るのであった。
彼らは一対の石像がある部屋へと戻ってきてしまったのだ。
「あと行き残したところはない?」
 フォウリーはしばらく石像を眺めた後、レティシアへとそう尋ねた。
「ないと思うわ。」
 レティシアは自分の描いた地図を見つつそう呟いた。
「なら帰りましょう。潮で洞窟の入り口が閉じないうちにね。」
 フォウリーはそう言って扉に手を掛けた。
とたんに2体の石像から下位古代語が発せられた。
『当研究所より生物を持ち出すことは禁じられている。すみやかに、もとありし場所へ返却せよ。』
 戸惑いながらもシュトラウスがそれをコモンへと訳していった。
 それを聞き終えた後フォウリーは扉に掛けていた手を離し、仲間の顔をみた。
「どうしましょうか?」
 フォウリーはとりあえず意見を求めた。
決定するのは彼女だとしても、仲間の意見は聞いておきたかった。
「ここまで大層にしているのだから何かはあるでしょうね。」
 あまり気にしていなさそうにレティシアは言った。
なぜなら白兵戦は彼女の役目ではないからだ。
「はじめに言っていたガーディアンでも出てくるのですかね?」
 シュトラウスはそんなことを言った。
「そういえば‥‥ロバート、ここを抜けようとしたらさっきの偽物が現れたって言ったわよね?」
 フォウリーは思い出したようにそう言った。
「はあ、まあ。」
 煮えきらない返事を彼は返した。
「もっとよくあいつを調べてみねぇか?」
 横からロッキッキーがそう割り込んできた。
「そうね、そうしましょう。」
 フォウリーは頷いた。
 彼らは先ほど偽ロバートを捕まえた所まで戻るのであった。
 階段の下の部屋まで行った彼らを待っていたのは驚愕と失望の二つであった。
縄で縛られ部屋の隅に転がされていたはずの偽ロバートの姿は何処にもなかった。
ただ一山の白い砂と、それに埋もれるように一本のロープがあるだけであった。
「消滅したのかしら?」
 砂の山を見ながらフォウリーはそう呟いた。
「おそらくな。」
 ロッキッキーはそう言った後で、思い出したようにロープを回収した。
そのときも何も起こらず、本当にただの砂のようであった。
「どうするの?」
 レティシアは砂山を見つめるフォウリーに対しそう尋ねた。
「そうね‥‥。ねぇ、さっきの通路に何体くらい石像あったかな?」
 フォウリーはしばらく考えた後、仲間へとそう尋ねた。
「30体‥‥くらいでしたかね。」
 シュトラウスのその答えにレティシアも頷く。
「ロバートの時は1体だけだったから、おそらく今度は6体か‥‥♂スとかなりそうね。」
 フォウリーはしばし考えてそう結論づけた。
「玄関まで戻りましょう。そして強行突破よ。」
 フォウリーはそう行動を決した。
この決定を無謀だとか軽率だとか非難する者がいたとしたら、その者は未来をすべて見渡せる神の化身であることであろう。
 彼ら6人は玄関へと一路戻っていった。

 玄関の所まで戻った彼らは武器を構えつつ扉に手をやった。
再び警告が発せられたが、もはやお構いなしであった。
フォウリーとブランが扉を開けると向こうには自分らがいた。
正確には6人すべてがいたのである。
彼らの”複製”は思い思いの武器を持って目の前の二人へと襲いかかってきた。
そして戦闘が始まった。
 戦闘は思いの外苦戦した。
相手にはルーン・マスターがいない代わりに全員が戦士なのであった。
こちらの白兵要員はフォウリーとブランの二人、彼らは一人で三人もの敵を相手にしなければ行けないのだ。
彼らは次第に押されていった。
 ようやくフォウリーの”複製”を倒したものの、開け放たれた扉からふたたびフォウリーの”複製”が顔を見せたとき、彼らは敵に打ち勝つことを諦めた。
「どうすればいいのよ?」
 なかば自棄気味にフォウリーは叫んだ。
「とりあえず私に考えがあるのだけど。」
 後ろからレティシアがそう呟いた。
「任せたわ!」
 相手の攻撃を受けながらフォウリーはそう叫んだ。
それがレティシアとの今生の別れになるとは知らずに、である。
「了解!ロッキッキー、シュトラウス、ロバート、行くわよ!」
 レティシアはそう叫んだ。
「O.K.!」
 彼らは口々に承諾した。
『ライト』  立ち去る前にシュトラウスは明かりの呪文をこの部屋へとかけた。
これで彼らが松明を持っていっても平気である。
4人はフォウリーとブランを残し、彼女らは一路レッドスターのいた部屋を目指した。

 自分らの”複製”との戦線を離脱したレティシア、シュトラウス、ロッキッキーそしてロバートの4人は、レティシアを先頭に研究所内を疾駆していた。
「よお、何処へ行くんだ?」
 心配そうにロッキッキーが走りながら彼女に尋ねた。
「決まってるでしょ。貴方が担いでるものを返すのよ。」
 振り向きもせずにレティシアはそう答えた。
「まじかよ?」
 ロッキッキーはそれを聞いて異議を唱えようとした。
「貴方、フォウリーとブランの二人の命とその気持ち悪いものとどっちが大事なのよ?!」
 呆れたような表情でレティシアはそう叫んだ。
「それはそうだけどよ‥‥≠ナもよう。」
 さらに何か言おうとするロッキッキーをレティシアは無視した。
 彼らはようやくレッドスターのプールへとたどり着いた。
「さ、早くその気持ち悪い奴捨てちゃってよ。」
 入り口の所でレティシアはそうロッキッキーとロバートへと言った。
しかしここに来てまだレッドスターという固有名詞を使わないところが、いかにも彼女らしかった。
「ちっ、しょうがねえな。」
 ロッキッキーはそう言って篭を背中よりおろすと、中身をプールの中へと捨て始めた。
「さ、ロバートも早く。」
 レティシアは嬉々とした表情でそうロバートにも促した。
「いえ、たとえどんなことがあってもこれは捨てられません。」
 ロバートは頑とした表情でそう言って、彼女の視線から篭をかばうように立った。
とたんにレティシアの表情から笑みが消える。
何か言おうとしてやめ、開き掛けた口を閉じた。
このタイプは口で言っても駄目だと感じたのである。
− まったく‥‥。
自分一人では帰れもしないくせに。
 自分のことを棚に上げレティシアはそんなことを考えた。
ともかくもレティシアのロバートに対する印象は格段に悪くなったようだ。
そして彼女は長年の人間界での旅の経験から、この様なときどうするのが一番効果的か知っていた。
 レティシアはすっとレイピアを抜き、剣先をロバートの方へと向けた。
「ロバート、それを捨てなさい≠サれとも命の方を捨てる?」
 彼女は淡々とした口調でそう語り、冷ややかな笑みをロバートへと向けた。
半分以上は演技なのだが、ロバートにはそれが見抜けなかった。
いやそこにいたロッキッキーとシュトラウスにしても同様であった。
彼らはあまりの彼女の豹変に驚き、声も出せなかった。
「わっ分かった。捨てるよ、捨てればいいんだろう。」
 ロバートは半分泣きそうになりながら篭に入ったレッドスターを名残惜しそうに捨てた。
「よろしい。」
 レティシアはロバートの篭に一匹のレッドスターもいないことを確かめてからレイピアを鞘に収めた。
そしてロバートに見えぬように仲間へとウィンクして見せた。
彼らはそこでようやく彼女の行動が演技であることに気がついた。
「さてこれからどうしましょうか?」
 不本意な表情のロバートを含めた仲間にレティシアはそう尋ねた。
「えっ?フォウリー達の所に戻るのじゃないのですか?」
 意外そうな表情で逆にシュトラウスは彼女へと聞き返した。
「ならそうしましょうか。」
 レティシアは頷きながらそう言った。
− まさか見捨てる気じゃなかったのでしょうね。
 シュトラウスは内心そんなことを考えていた。
「なら早えぇとこ戻るか。」
 ロッキッキーもそう言ったので、彼らの取るべき行動は決められたようだ。
4人はさっき全力疾走で駆け抜けてきた道を戻り始めた。
ロバートは何度もレッドスターの池を振り返っていたが‥‥。

 レッドスターの池よりしばらく歩いた所で、彼らはある聞き慣れた音が流れてくることに気づいた。
一瞬足を止め、その音について思考を向けた彼らの脳裏にある答えが浮かんでいた。
「”複製”との戦闘が終わってない?!」
 ロバートを除いた3人の思考はそれで一致した。
「どういう事?」
 自分の考えが間違っていたのだろうか、彼女の脳裏にそんな言葉が走った。
「分かりませんよ。レッドスターを返しただけでは駄目なのですか?」
 かなりシュトラウスの思考も乱れているようだ。
「一度動いた”複製”が止められねぇのなら‥‥どうするんだ?」
 ロッキッキーの口調にも、珍しくあせりが見えた。
「まって‥‥、今考えるから。」
 レティシアはそれ以後の混乱に満ちた会話をすべて封じた。
そして思考の中に入り込んでいく。
− ”複製”が動いている以上正面からの脱出は無理‥‥。ほかには?  彼女はもう一度研究所内の地図を頭に思い浮かべた。
一部屋一部屋順を追って調べていく。
そしてようやく答えらしきものを導き出した。
「川‥‥あの川は外につながっていないかしら?」
 レティシアはそう言って南の部屋を示した。
「あの川ですか?危険だと思いますが。」
 レティシアの思考を見守っていたシュトラウスであったが、彼女の口から出た言葉に対しそう控えめな意見をした。
「でも他に道はあんめぇ。それにおそらく洞窟のはじめの滝の所に通じているだろうよ。」
 ロッキッキーは自分の意見を述べた。
「そうね、あそこにはレッドスターがいたものね≠アこから逃げたのならその説明も付くわね。」
 レティシアの意見はそこで自己完結してしまった。
おそらく彼女の意見に対しては反論の余地はないであろう。
安全性は別にしてであるが。
「分かりました、川へと行きましょう。」
 シュトラウスの方も彼女の案を受け入れた。
「ならシュトラウス、それにロバート、この事をフォウリー達に伝えてくれる?私たちは先に壊れた橋の所へと行っているわ。」
 彼女は仲間達を二つに分けた。
「分かりました。ではロバート行きましょう。」
 シュトラウスはその人事に対し文句を言わなかった。
ロバートの方も同様であった。
もっとも彼の場合はレティシアに対する恐怖のためであるが。
「気を付けて。」
「あなた達も。」
 在り来たりな言葉を交わして4人はそれぞれに分かれた。
だがシュトラウスにとって、これがレティシアとの永遠の別れとなるとは知る由もなかった。

 レティシア達と分かれたシュトラウスはすぐにフォウリーとブランのいる玄関へと飛び込んだ。
そこには防御に徹しながらも、なお敵の攻撃を受けきれなくて苦戦している二人の姿があった。
「大丈夫ですか?」
 通路から少し入ったところでシュトラウスはそうフォウリーへと言った。
「大丈夫じゃないわ。それよりそっちはどうだったの?」
 彼らが帰ってきて、そしてまだ”複製”が動いているのだから聞く必要はないはずなのだが、それでも聞いくところが彼女らしい。
「駄目でした。で、相談して、川から脱出する事に‥‥。」
 シュトラウスの言葉をフォウリーは遮った。
「分かったわ!先に行ってて!」
 彼女は戦いつつ退くことの困難さを十分承知していた、または承知しているつもりであった。
とりあえずここにシュトラウスとロバートがいても邪魔なだけである。
それ故に先に行かせようというのだ。
「分かりました≠ネるべく早く来てくださいよ。」
 シュトラウスはそう言った。
フォウリーはわずかに頷いて了承の旨を伝えた。
それを確認してシュトラウスはロバートを連れてその場を後にした。
敵の攻撃を受けつつ、彼女らはゆっくりと後退していた。
 ようやく通路付近まで撤退したときのことであった。
− なるべく早く‥‥か。
 そんなおりシュトラウスの言葉を思い出して、フォウリーは一人笑みを漏らした。
「むおっ!」
 その彼女の耳に見慣れた人物が発した聞き慣れぬ声が届いた。
ふっと振り向いた彼女はそこで目を見張った。
なんとブランの腹部を”複製”の剣が貫通していたのであった。
「ブラン!」
 だが彼女は叫ぶことしかできなかった。
恐怖のため気が動転したわけではない。
敵の攻勢が激しくてそれ以上の余裕を与えて貰えなかったのだ。
だが彼女は、いや腹を貫かれた本人も悟っていた。
その剣が急所を貫いていることを。
ブランは剣を翻し自らの腹を刺した”複製”に致命的な一撃を加えると、そのままフォウリーと他の”複製”の間に立った。
その結果彼はすべての”複製”の攻撃を浴びることになった。
しかしその様なことも意に介さず、すばやく彼女に行くように合図を送る。
「でっ、でも‥‥。」
 彼女は躊躇した。
彼女にしては珍しく迷いを感じていた。
だがブランはその彼女に対し優しげな笑みを見せ、そしてもう一度行くように示した。
その間にも敵の攻勢はブランの体を傷つけていった。
「ごめんなさい、ブラン。」
 まるで見かねたかのようにフォウリーはそう言ってシュトラウスらの後を追った。
その目には驚いたことに涙が光っていた。
− ごめんなさい、ごめんなさい。
彼女は心の中でずっとそう叫んでいた。
それを確認したブランはもう一度笑みを漏らした。
だが多くの出血が彼の行動を制約していった。
そして敵の狙いすまされた一撃が首筋めがけて放たれるのを、彼はまるで他人事のように見つめていた。

 シュトラウスらと分かれたレティシア、ロッキッキーの二人は壊れた橋のたもとに立っていた。
急流といえるであろうその川を眺めて、彼らはいくらかの不安を感じていた。
「私あまり泳ぎって得意じゃないんだけどね。」
 顔中に不安を浮かばせてレティシアはそうロッキッキーへと言った。
「なんだ?言い出した本人がそれかよ?信じられねぇな。」
 ロッキッキー嘲笑と言うよりも苦笑を彼女へと向けた。
「飛び込まないとは言っていないわ。ただ不安なだけよ。」
 レティシアはむきになってそう言った。
「はいはい、それよりどうするんだ?仲間が来るまで待つのか?」
 ロッキッキーは話題を転じようとそんなことを言った。
「待っても別にかまわはないけど、どうせ飛び込むのは一人ずつだからあまり意味はないと思うわ。」
 レティシアは何を言ってるのという表情でロッキッキーを見た。
「要するに待たねぇってことだろ?」
 しらっとした表情でロッキッキーは彼女を見た。
「そうよ。さて飛び込む前に鎧を脱ぐかな。」
 白々しく話題を打ち切って、彼女は松明をロッキッキーに渡しすこし下がって鎧に手を掛けた。
「‥‥見ないでよ。」
 レティシアはそう言ってロッキッキーを睨んだ。
「見るかよ、お前の貧弱な乳なんか。」
 ロッキッキーはいい加減うざったそうにそう言うと、そっぽを向いてしまった。
「貧弱で悪かったわね!ふん、あんたなんかには下品な人間の女のがお似合いよ!!」



 彼女はそう言うとさっさとハードレザー・アーマーを脱いだ。
もっともその下にはふつうの服を着ていたのだが。
「鎧はまた後で取りにこなきゃね。」
 脱ぎ終わった彼女は小さくそう呟いて、通路のはじの方に置いた。
「鎧見ててよ。」
 彼女は短くロッキッキーにそう言うと、彼の返事も待たずに川に飛び込んだ。
ロッキッキーの視界からすぐにレティシアは消えていった。
「け、まったくよ。」
 誰に言うともなしにロッキッキーはそう悪態をついた。
川に向かって唾を吐こうとしたのだが、さすがにそれは思いとどまったのだ。
「さて、俺も行くかな。」
 松明を壁に立てかけた後、ロッキッキーはそう独語して体をほぐし始めた。
その頃になってようやくシュトラウスとロバートが姿を見せた。
「ロッキッキー。」
 呼ばれた本人はシュトラウスの声に振り向き、そして手を挙げた。
「よお、フォウリーらはどうした?」
「すぐに来ますよ。所でレティシアは?」
 シュトラウスは小うるさいエルフの少女が近くにいないを不審に思ったようだ。
「もう飛びこんじまったよ。まったく辛抱がねぇよな。」
 自分も飛び込もうとしていた事にはふれずにロッキッキーはそう呟いた。
「全くですね。でもいっぺんに飛び込めるわけではないですから、次々に行った方がいいと思いますよ。」
 シュトラウスはレティシアを弁護するようにそう言った。
「レティシアと同じ事言うんだな。まあそれなら次は俺が行くぜ。」
 ロッキッキーはそう言うとぼちゃんと川へと飛び込んだ。
彼の姿もすさまじい流れに押しやられてすぐに見えなくなった。
「さあ、貴方も飛び込んでください。」
 シュトラウスはそういってロバートを見た。
「‥‥分かった。」
 しばらく川の流れを見て悩んでいた彼であったがようやく覚悟を決めたようだ。
短く神に成功を祈ると目をつぶって川に飛び込んだ。
その時叫んでいたのは誰の名前であったのだろうか。
「さて後は二人を待つだけですね。」
 シュトラウスはそう言って今自分らが来た道を見た。
 それからすぐにフォウリーが姿を見せた。
彼女が一人で来たことがシュトラウスには不安だった。
そして彼女の頬に涙の後を見たとき、彼の不安は一気に増殖した。
「‥‥ブランはどうしたのですか?」
 聞くことさえためらわれるような雰囲気であったが、かといって避けれるような事でもなかった。
その問いにフォウリーは小さく2度だけ首を横に振った。
その行為よりも彼女の沈痛な表情で彼はすべてを悟った。
ブランが死したであろう事を。
だが彼はあえてそれを口にしようとは思わなかった。
「次に私が飛び込みます。しばらくしたら続いてください。」
 シュトラウスはフォウリーが頷いたのを見て、ローブと杖と荷物を堅く背へと縛ると川に飛び込んでいった。
 後に残ったフォウリーは200ほど自らの鼓動を友とした後、一度後ろを振り返った後薄暗い川の中へとその身を投じた。

 川の流れはレティシアが思っていたよりもかなり激しいものであった。
彼女は幾度か自らの流れを制御しようとしたが失敗し、今は諦めて流れに身を任せているだけであった。
幸いにも彼女の体はなんとか水面付近を流れていて呼吸の心配はまずなかった。
 彼女の身に不幸が訪れたのはそれからしばらく後のことであった。
川筋がほぼ直角に曲がっていたのである。
流れに身を任せていた彼女にはなす術がなく、かなり強く背中をぶつけてしまった。
「ぐう‥‥。」
 彼女はその激痛に気を失った。
そして彼女の体はゆっくりと沈んでいった。
 そんな中彼女は”夢”を見ていた。
幾人ものウンディーネが彼女に話しかけていた。
そのすべてが彼女に寂しさを訴えていた。
そして幾本もの手が差し伸べられ彼女の体を抱きしめた。
一瞬驚くような冷たさであった。
彼女の心に幾つもの悲しみが流れ込んできた。
− そうね‥‥。このままいっしょにいてあげる‥‥。
彼女は”夢”の中でそっと目を閉じた。
そこで彼女の心臓は停止した。
 川の流れはひとえに皆が想像していたよりも激しかった。
だが彼らはいくつもの難関を越え、どうにか外へと出ることが出来た。
全員が全員穴から出るときに滝壷にたたきつけられたが。
最初に流れてきたのはロッキッキーであった。
滝壷にたたきつけられた後、なんとか岸までたどり着いたのだ。
彼は陸の上にはいあがると大きく二度三度せき込んだ。
かなりの量海水を飲み込んだのであった。
何度か海水を吐いてようやく落ちついたのか、彼はふと呟いた。
「くそ、レティシアの野郎、変な考えを思いつきやがって‥‥。今夜の酒代はあいつに出させてやる。」
 かなり大きい独り言であったので、彼は当然先に流れ着いているであろう彼女の反応を待っていた。
だがいつまでたっても彼女の声は聞こえず、辺りは滝の落ちる音に支配されていた。
「どうしたんだ、途中で追い抜いたか?」
 かすかな不安を覚えつつ彼はそう呟いた。
とその時滝の方で何かが落ちる音がした。
− やっぱ追い抜いたか。
 彼はそう思って滝の方へと振り向いた。
だが落ちてきたのは彼が期待していた人物ではなかった。
滝壷でもがきながらこちらへと泳いでくるのはロバートであった。
内心に失望と不安を抱えながらも、彼は今の状況での自分のなすべき事を怠らなかった。
ほとりまで走り、近づいてきたロバートに手を差し伸べる。
そして渾身の力を込めて彼を引っ張り上げた。
「ありがとう。」
 ロバートもまた彼と同じようにせき込んだ後そう礼を述べた。
次はシュトラウスの番であった。
そしてしばらく後にフォウリーが落ちてきた。
なんとフォウリーは金属鎧を付けたまま飛び込んでおり、当然滝壷に沈んだ。
彼ら3人がかりで何とか引っ張りあげたもののよくここまで流れてきたものだ。
「無謀な奴だな。そんな板金担いで飛び込むなんてよ。」
 呆れたようにロッキッキーは口にした。
「でも結構高かったのよこれ。」
 座り込んだだままで答えた彼女の返答はすこしずれていた。
「てめぇんちは貴族様なんだろ?けちくせぇこと言ってるなよ。命と鎧とどっちが大事なんだ?」
 ロッキッキーはなかば呆れ、半ば怒っているようであった。
− どっちもよ。
 そう彼女は言いたかったがさすがに言い出せなかった。
それにしても彼女は運がいいのだろう。
川の流れがかなり急で、しかもそれほど距離がなかったようなので何とか川底を転がってもたどり着けたのだ。
もっともはじめに飛び込んでいたり、もっと距離が長かったら彼女は今頃冥界へと旅立っていることだろう。
「まあ後はブランだけだな。」
 ロッキッキーはフォウリーへの怒気をひとしきりで収めた後、そう呟いた。
それに対してまるで電気が走ったかのようにフォウリーとシュトラウスは体を震わせた。
「‥‥ブランは来ないわ。」
 フォウリーはそれだけを呟いた。
彼女に似合わぬか細い、消え入りそうな声であった。
一瞬当たりを沈黙が包む。
「‥‥ちっ。」
 その意味を理解したロッキッキーは意味もなく舌を打った。
「レティシアもいねぇのに、ブランもかよ。」
 ロッキッキーは右手でがんと壁を叩いた。
「まさか‥‥レティシアも?」
 信じられぬと言うような表情でフォウリーはロッキッキーを見た。
「ああ‥‥恐らくな。馬鹿な奴だぜ、自分で考えといて自分はどっかいっちまったんだからな。」
 そう答えたロッキッキーの右手はきつく握られていた。
「そう、彼女も‥‥。」
 フォウリーは自然と俯いてしまった。
「あの‥‥月並みな言い方かもしれませんけど、レティシアはまだそうだと決まったわけではありません。希望を持ってください。」
 今まで押し黙っていたシュトラウスがそんなことを言った。
「そうだね‥‥、とりあえず町に戻りましょうか。彼女が戻ってくるならあそこしかないものね。」
 フォウリーはそう言って立ち上がった。
「行きましょう‥‥。」
 彼らは荷物をそれぞれに担ぐとそこを後にした。
− さよなら‥‥ブラン。
 ほとんど海水に沈みかけた入り口を出るとき、フォウリーは一度だけ振り返った。
そしてその後はしっかりした歩調で歩いていった。

 ベルダインの町の”考える野兎亭”へと戻った彼らはエルウッドとタリアの奇妙な表情で迎えられた。
それはロバートの帰還に対するものと、冒険者達の数が二人減ったことに対するものがミックスされたものであった。
「おかえり‥‥、エルフ娘とあのでかい奴はどうした?」
 エルウッドは神妙な表情のまま扉の前に立つ4人へとそう尋ねた。
フォウリーは彼の問いに対しただ首を振っただけだった。
だがそれの意味するところは伝わったようだ。
「そうか‥‥、どうだい何か食っていかんか。儂が腕によりをかけて作ってやるぞ。」
 彼に出来る最大限の慰めがそれであった。
だが3人はとてもそんな気分にはなれなかった。
「いえ、せっかくですけれど。」
 自分でも弱々しいと思う声でフォウリーはそう言った。
「残念じゃのう。‥‥報酬はデビアスに渡してあるでの。」
 困ったような表情でエルウッドはそう言った。
「ありがとうございます‥‥、それではこれで。」
 フォウリーはそう謝辞を述べると店より出ていくために仲間を促した。
「あ、あの、気を落とさないでください。」
 そう言ったタリアにフォウリーは弱々しく笑むと店を出ていた。
 そのあと”考える野兎亭”では感動の再会劇が行われたが、どこか湿ったものがあった。

 ”考える野兎亭”を後にした彼らはとりあえず”輝く翼亭”へと向かった。
彼らにはそこに帰る以外になかったからである。
 そこの主人は彼らの帰りを待ちわびていた。
友人の危機を救ってくれるであろう事を期待していたからである。
だが帰ってきた冒険者は3人しかいなかった。
レティシア、ブラン、二人の仲間を失ったことにデビアスは声もないようであった。
沈痛な表情のまま何も言わずにエルウッドから預かった革袋を渡しただけであった。
フォウリーは無言でそれを受け取った。
「休むわね‥‥。」
 彼女らはそう言っていまだ濡れたままの体を引きずるように部屋へと向かった。
「ああ、ゆっくり休みな。」
 デビアスはそう言うほかなかった。
 彼らは男性用と女性用に借りたそれぞれの部屋に入ってその広さに愕然とした。
たった一人減っただけなのにこんなにも広く感じるのであろうか。
彼女らの失ったものはそんなにも大きいものであったのだろうか。
だがもしそうだとしても、悲しみはいつまでも残らない。
必ず”時”がすべてを解決してくれるであろう。
いつしかレティシアというエルフの少女とモン=ブランという学者戦士がいたこと、そして彼らと冒険したことを思い出として語れる日がくるであろう。
だが今はまだ泣いていて、嘆いていていいはずであった。
彼らは二人の仲間を失ったのだから‥‥。

        STORY WRITTEN BY

                Gimlet 1993
                       1993 加筆修正


        PRESENTED BY
                group WERE BUNNY

FIN
 

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