SW6-3

SWリプレイ小説Vol.6-3

遙か南の島の冒険譚・第三章 地底よりの帰還


             ソード・ワールドシナリオ集
               「虹の水晶宮第三章『牢獄島からの脱出』」より

 悪しき怪物クリスタルドゥームは、ゆっくりと、だが着実にこの世界を美しき墓場へと変えつつあった。
その食欲は貪欲で、決して満たされる事はないだろう。
たとえこの世界をすべて喰らいつくしても‥‥。
 この危機を知るものは少なく、また信じるものはさらに少なかったが、彼らは手をこまねいて世界の破滅を見るほど、破滅志願でも陶酔的な自己犠牲者でもなかった。
ある者は冒険で、ある者は情報収拾で、それぞれに滅亡回避への道を探っていたのである。

 バーグの想いという乗客を増やした帆船、”ホープ・オブ・アザーン”号は、マフォロ島からベノールを経て、ザラスタへとたどり着いた。
船員達はおよそ2カ月ぶりの母港に、こみ上げる嬉しさを隠しきれなかったであろう。
名の知られていない海の神や航海の神、そして商売神チャ=ザに今回の航海を無事終えた事に感謝の祈りを捧げる者もいただろう。
 この船の上には6人の冒険者たちがいた。
彼らはこの船の持ち主、ザラスタの豪商ダーヴィスの依頼を受けて、守護者の末裔とやらを捜して、アザーンをそれこそ走り回っているのである。
 今回の船旅も、5年ほど前に沈んだ巨大船、ラディアン号の生き残りを捜してのものであった。
 だが、確かにラディアン号の生き残りの噂は本当であったが、本人はすでに亡く、しかも彼らの捜している末裔ではなかった。
 再びそこで探索の糸は切れ、僅かな糸屑がナーマ島にあるだけの状態であった。
彼らは仕方なくザラスタへと戻ってきたのだ。
ダーヴィスに一応の報告をしなければならなかったし、バーグの遺言状の事もある。
それにこれ以上船乗り達に、あての無い船上生活を強いる訳にはいかなかった。
 彼らがマフォロでの冒険を終えて帰ってきたとき、船員達の不満は爆発寸前だったのだ。
何もない洋上で3週間近くも待たされたのだから、気の荒い船乗り達にしてみれば当然と言えば当然なのだが。
この険悪なムードから6人を救ったのが、奇しくもバーグの遺言状であった。
同じ船乗りとして難破した船員の気持ちは、痛いほど分かるのであろう。
明日はわが身、という思いがあったのかもしれないが、船員達はバーグの話を聞くとひどく感動し、島を離れるさい黙祷まで捧げる有り様であった。
しかし不満は解消されたのではなく、感動に押されて小さくなっただけなのだ。
6人はザラスタへの帰港を、再度決めたのであった。
 ザラスタの港へとついたジル、ソアラ、ザン、エルフィーネ、ルーズ、ロッキッキーの6人は荷の積み降ろしをしている船員達を港に残し、急いでダーヴィス邸へと向かった。

 ザラスタの評議会に名を連ねるほどの豪商であるダーヴィス。
彼もまたクリスタルドゥームの存在を信じ、その恐怖から世界を救うために、その財力と権力を使って守護者の末裔達の情報を集めていた。
 彼の支援を受けた6人の冒険者達がマフォロ島で剣捜しをしている頃、彼のもとに守護者、ルゼルクの血を引く子供の娘の情報が入ってきた。
ダーヴィスは6人が戻ってくるのを心待ちしていたのである。
 そしてこの日、彼が待っていた6人の冒険者達が、ようやく帰ってきたのである。
 まず彼は焦る事無く彼らを客間へと招き入れ、話を聞く事にした。
前回ダゼックの情報を掴んだとき、嬉しさのあまり彼らの抱きつこうとして、危うくエルフィーネに張り倒されそうになったからだ。
 客間に通された6人はおよそ型通りに報告をした。
情報が間違いではなかったがダゼックではなかった事、そしてもしかしたらナーマ島にもラディアン号の生き残りがいるかもしれないと言う事を最後に付け加えた。
 彼らの報告を聞き終えた後、ようやくダーヴィスは口を開いた。
「実は守護者の娘であるルゼリアの情報を掴んだ。」
 今まで彼らは息子であるダゼックの行方を追っていたので、その情報は寝耳に水だった。
「本当ですか?」
 ザンはそう尋ねた。
その情報の信憑性が高いなら、一端切れたと思われた探索の糸はいつのまにかすりかわり違う糸になっていた事になる。
「わからんが、そうであると願いたい。」
 ダーヴィスは押さえ気味にそう言った。
「聞かせてもらいたいのう。」
 ジルはそう言ってダーヴィスの方を見た。
「うむ。実はこの情報は、君達の言っていた”守護者”の村で聞いたものなのだよ。長女が誰かと駆け落ちしたという事は君達が私に話してくれた事だが、私は人を村へとやってその男の正体を知っている人物を見つけたのだよ。本人はルゼリアの親友だと言っておった。親兄弟には言わずにその女性に言ったところを見ると、彼女はかなり悩んでいたらしいな。いや、関係の無い事だな。ルゼリアは、恋人はベノールの貴族の息子と言っていたそうだ。という事は、恋人達の駆け落ち先は恐らくベノールであろうな。」
 ダーヴィスは話をそこで区切った。
「ならベノールに行くべよ。」
 ロッキッキーは簡単にそう言った。
すでに頭の中にナーマ島の文字は無いようである。
「そうだね。」
 ルーズもそう相づちを打った。
「済まぬな。帰って来たばかりの君達を、再び旅立たせるとは。」
 ダーヴィスは恐縮してそう言った。
自分は安全なところにいるという思いがあるのだろうか。
「いいのよ、スポンサーなんだから。」
 エルフィーネは変に割り切った事を言った。
彼女に取って、ダーヴィスは恐らくそれ以上でもそれ以下でもない存在ではないのだろう。
「貴方がいなければ私達の冒険もままならない、ということです。」
 慌ててザンがそうフォローした。
聞き方によってはエルフィーネの言葉は、かなり不敬に聞こえるからである。
「はっはっは、その通りだな。」
 ダーヴィスは笑顔を見せた。
苦笑や失笑ではない本当の笑顔を、である。
「さあ、行こうぜ。」
 ソアラがそう仲間を急かした。
「ああ、わかったよ。」
 ロッキッキーらはそれぞれの頷き、彼らはダーヴィスに一礼すると部屋を出ていった。
ダーヴィスの激励に見送られて。
 6人はとりあえずハルダーの所へ行き、バーグの遺言状だけ手渡すとさっさと港へと向かった。
マフォロにラディアン号の生き残りがいたと聞いたとき、ハルダーは落雷を受けたように呆然とした後、一言だけ呟いた。
「儂は噂を信じるべきだった‥‥。」
 彼らは自己嫌悪に浸りはじめたハルダーをおいて、屋敷から退出したのであった。
 6人は先ほどとは違う船に乗って、一路ベノールへと向かった。
いくつもの船を持つダーヴィスに取って、代わりの船を用意する事など簡単な事であった。
船はきわめて順調に海の上を走っていった。

 ベノールの町には5日後の昼頃たどり着いた。
彼らはマフォロ島へ行くときにベノールに寄っているので、まるっきり初めてと言うわけではないのだが、それでもやはり見知らぬ町なので少し興奮気味であった。
ベノールの港は他の島々への中継点となっているので、それ相応の構えをしており賑わいもあった。
 6人はとりあえず中心街の方へと足を運んでいく。
町の形は、どうやら城を中心とした円形をしているようである。
今彼らの歩いている道は港から城へと真っ直ぐ延びている道で、名を何代か前の国王の名を取って”レーミス大通り”と呼ばれているらしい。
道の両脇には幾つもの店が立ち並び、恐らくこの町で一番にぎやかな通りであろう。
しかし街中を歩いてみて分かった事だが、町全体が騒然としているようであった。
「なんか騒然としているね。」
 それを敏感に感じとったのはエルフィーネである。
彼女は耳を垂れて、不快そうな顔をした。
町の人々の、ちょっとした表情の奥の不安を感じとったのであろうか。
「そうだな。まあ、どことなくって感じだけどな。」
 それに相づちを打ったのは、彼女の前を歩いているソアラであった。
その2人に答えるかのようにジルが呟く。
「そういえば、この国の王と王妃が相次いで死んだらしいのう。一人娘の王女も心労から病に倒れたらしいしのう。そのせいであろう、みな不安がっているのじゃよ。」
 ジルの呟きは小さく、最後尾のルーズやロッキッキーに聞こえるかどうかと言うものであった。
最後の部分はこの町の人には聞かせられないような内容であったので、ジルの声の低さが幸いした。
「あまり外でそんな事を言わないでください。」
 ザンは寝入っているエムを抱きながらそう言った。
だがジルの方は素知らぬ態度を決め込むようであった。
「なあ、何処に行くんだよ?まさか歩いているだけなんて言わねえよな?」
 最後尾を歩きながら、ロッキッキーはつまらなそうにそう言った。
「そうだよね。ねえ情報を集めるんでしょ?だったら酒場だよね?ねえ行こうよ!」
 エルフィーネはそう言って、もう走りださんばかりの勢いであった。
「そうだよな?そうだよな?」
 自分も酒場に行きたいので、ロッキッキーも一緒になって他の仲間を説得しに回った。
「まあ、そうだな。」
 それにソアラも同意したので、彼らは酒場へと向かう事になった。
 6人はそれから一番近い場所にあった酒場へと入っていった。

 彼らの入った酒場は、宿も兼ねている典型的なものであった。
まだ日も高いので酒場には客もおらず、暇そうなフロント兼マスターの中年の親父がいるだけであった。
「いらっしゃい。」
 親父は眠たげな視線を彼らへと向けた。
6人はとりあえずテーブルの一つへと座った。
そしてそれぞれに一品ずつ飲物を注文する。
「私が聞きに行ってくるね。」
 飲物がきて親父が再びカウンターへと戻った後、エルフィーネはそう言ってテーブルからたった。
 彼女はカウンターへと座り直し、再度エール酒を注文する。
「エール、冷えたやつ頂戴。」
 エルフィーネはそう言って5ガメルをカウンターに置く。
親父は愛想良く頷いた後、おそらく井戸水にでもつけていたのであろうか、冷たいエール酒を木のカップにいれて彼女へと差し出した。
「ほいよ。」
「ありがとう。」
 エルフィーネはそれを一口のんだ後、目の前の親父へと話しかけた。
「あのさ、聞きたい事があるんだけどさ。」
 エルフィーネは、さも重大そうな事を尋ねるかのように身を乗り出して尋ねた。
「何だい?」
 親父の方もエルフィーネにつられて屈み腰になる。
「あのさ、この町にさルゼリアっていう貴族の妻がいると思うんだけどさ、おじさん知らない?」
 エルフィーネはかなり具体的に言ったつもりであるが、親父には分からなかったようである。
「ルゼリア???」
 彼は髪の毛の薄くなった頭を傾げた。
当然と言えば当然である、なぜ一般の市民が何百人もいる貴族の家族の名前まで知っていねばならぬのだろうか。
「だからさ駆け落ちしてきて結婚した人!」
 自分に非があると思っていないエルフィーネは、少しいらつきを感じながらそう言った。
だがそちらの言い方の方が、親父には分かりやすかったようである。
「ああ、あの貴族の事か。そう言えばそんな娘がいた事は聞いた事があるなあ。」
 親父は何年か前の事を思い出すようにそう呟いた。
やはり人間と言うのは、ニュース性のある事の方が覚えていやすいと言う事であろうか。
「ほかには、ほかには?」
 ようやく情報が聞けると思ったエルフィーネの体内から、先ほどのいらつきは消滅した。
喜々とした表情でそう尋ねる。
「他には‥‥なにかあったかな。」
 親父は右手で頭のてっぺんを撫でつつそう呟いた。
しかしいくら思い出そうとしても、彼の頭の中にはそれ以外の情報は入っていなかった。
「まだ思い出さない?」
 エルフィーネの方も、すぐに黙りこくってしまった親父の顔を見るのに飽きたようだ。
すぐに急かすような事を口にしだした。
これでは覚えている事も忘れてしまうであろう。
いい加減に考えるのに疲れた親父は、どうにかしてこの小うるさいエルフをどこかに行かせようと考えた。
そしてすぐにその答にいき当たった。
「儂はそんなに詳しい事はしらん。この町の情報通と呼ばれる男を紹介するから、そいつに聞いてくれ。」
 親父はそう言って彼女にその男の住所を教えた。
割合近そうだったので、エルフィーネの方も行く気になったようだ。
彼女は親父に一言礼を言ってテーブルに戻ると、仲間そろって店から出ていった。
そして教えてもらった男の家を目指したのであった。

 男の家は酒場より歩いて15分程度の所にあった。
中央通りから裏道に入る路地の向こうにその家はあった。
恐らくこの辺は中産階級の居住区なのであろう。
どこの町にも見られるように、ごみごみとしていない代わりにきっちりともしていない感じであった。
家は小さいながらも一戸建てであるが、こじんまりとしていた。
 6人は敷地内へと入り、玄関をノックする。
すぐに愛想のよさそうな中年の男が姿を見せた。
「なにか用かい?」
 男は玄関の前の見知らぬ6人にそういって話しかけてきた。
「酒場の親父に紹介されたのです。
すこし聞きたい事があるのですが。」
 ザンはそう言った。
「ああそうかい。
中へと入んな。」
 男はそう言って半開きだったドアを全開にした。
6人は家の中へと入っていく。
彼らが案内されたのは、狭い応接間か居間の様な部屋であった。
その部屋には、安っぽいテーブルが一つと、安っぽい椅子が何個か並んでいた。
男に示されて6人は次々に椅子へと座るが、ジルとソアラの分まではなかった。
しかたないので2人は椅子の後ろに立ったまま、男のほうを見る。
男は自分も椅子に座ると、改めて6人に話しかけてきた。
「何を聞きに来たんだ?」
 男は笑顔を崩さずそう尋ねた。
「ある貴族の事を聞きたいのよ。駆け落ちしてきた娘と結婚したっていう。」
 ロッキッキーがそう切り出した。
男はしばらく考えた後、その貴族の事を思い出したようだ。
「ああ、ギャスト家の三男坊の事か。おっと、その前に分かっているだろう?」
 男はそう言って笑顔の質を狡猾な物に変えた。
要するに見返りを要求しているのである。
ザンやエルフィーネ、ロッキッキーはとりあえず端数がなくなるように、細かい金額をテーブルの上に出し合った。
もちろん細かい金額が集まっただけなので、総額はそれほどでもない。
男は伺い見る彼らに首を振った。
「面倒ですね!」
 ザンはそう言って、100ガメルの銀貨をどんとそれに足した。
男の表情は一瞬驚いた後、すぐ満足げな物に変わった。
「いいだろう。お前さんたちが捜しているのは、ギャスト家の三男坊、ボルディの事だろうよ。たしかここ4、5年の間じゃ、駆け落ちして結婚した奴はそいつだけだからな。結婚した娘の名は‥‥確かルゼリアって言ったな。だがな最近このベノールの町ではな、次々と貴族が王家への反逆を企んだとして捕まっているんだ。ボルディもその妻のルゼリアも捕まったよ。ボルディの方はすぐに斬首にさせられたが、ルゼリアの方はターゴン島の牢獄に送られたって話だ。」
 男は一端そこで話を区切った。
「なるほど、ターゴン島か。」
 ソアラは無意識にそう言ったのだが、男はそれを聞き逃さなかった。
「あんた達、ターゴン島に行くのかい?なら、島の地図を買わないか?安くしとくよ。」
 男はそう彼らへと持ちかけた。
どうやらこの男単なる情報通ではなく、それで金を稼いでいる情報屋らしかった。
「分かりました。いくらです?」
 見知らぬ所にいきなり行くよりも、それぐらいの準備があった方がいいと考えたザンはその男から地図を買う事に決めたようだ。
「300だ。」
 男はザンの方を見てにやっと笑うとそう言った。
− 何処が安いのよ?  エルフィーネはそれを聞いてそう思ったが、払うのが自分ではないので口にする事はなかった。
ザンの方は言い値で買うようだ。
皮袋から300枚の銀貨を取り出すと男の前に置いた。
「O.K.待ってな。」
 男は先の代金と300ガメルを持つと、部屋の奥へと入っていった。
そしてすぐに一枚の薄茶けた羊皮紙を持って戻ってきた。
男はもう一度椅子に座り直すと、テーブルの上に丸まっていた紙を広げた。
紙の上には一つの島が描かれており、その上にはいくつかの町村の場所と、そして3つの刑務所の場所が描かれていた。
「ここから順に最重要犯罪人用収容所、ここが重犯罪用、そしてここが軽犯罪用だ。」
 男は南から順にそう説明した。
「で恐らくいるとしたらこの最重要だろうな。」
 で、そこで彼は再び口を閉ざした。
どうやらここから後は別料金のようだ。
だが、6人はそれ以上の金を払う気は無かった。
大体の目星はついたし、後は行けばなんとかなるだろうし、なによりも金を払うのが嫌であった。
「ありがとう、とても参考になったわ。」
 ロッキッキーがそういって立ち上がったのをきっかけに、残りの者もそれぞれに立ち上がり、男へと口々に軽く礼をいった。
「ああ、またいつでもおいで。」
 男はもう少し金をせびれると思っていたので少し落胆したようだが、すぐに始めの笑顔へと戻ってそういった。
 6人は再びベノールの中央通りへと戻っていった。

 彼らは自分らの船に戻るために、中央通りを港へと向かった。
ターゴン島にはドワーフも住んでいるので、港ぐらいはあるだろうとの考えからである。
途中不意にロッキッキーが立ち止まった。
それに気付いた5人も止まる。
「どうしたのよ?急に立ち止まって。」
 エルフィーネが不審そうな表情でロッキッキーを見る。
「なあ、俺よぉ、鎧が欲しいんだけどよ。」
 彼はそういって近くの店を示す。
そこは防具屋であった。
看板にはお決まりと言っていいだろうが、質の良い物があるとか安いとか品物が豊富だとか書いてあり、その横に店名であろうか”プロテクター・アザーン”と大きな文字で書いてあった。
彼はその派手な看板に引かれたのであろう。
「立派な物をつけてるじゃないの。」
 エルフィーネは、彼のソフトレザーアーマーをつつきながらそう言った。
自分にはまるっきり用がないので、なんとか店に寄らせまいとしているようだ。
「でもよお、いつベルダインに帰れるかわかんねえだろ?だったらさ、ここでいい鎧を買っときたいわけよ。」
 ロッキッキーの方はどうにかして店に寄ろうと、必死に説得を始めた。
「そうですね。私もそれには賛成ですね。」
 事もあろうにザンまでが店に寄りたいと言い出した。
この二人、実はベルダインの町の防具屋にかなり質のいいソフトレザーアーマーを頼んでいるのだが、たとえ出来上がっていても取りに行けない状況である。
戦いがきつくならない内にという思いもあるのだろう。
「分かったわよ。行けばいいんでしょ行けば。」
 積極的に反対にしているのが自分一人だと分かると、エルフィーネは半ば自棄になったように率先して店へと入っていった。
他の5人も苦笑しながら彼女に続いた。
 結局2人は、ソフトレザーアーマーをその店で頼んで取り寄せる事になった。
すぐにでも欲しかったと思うのだが、ここの所アーマー類は品薄なのだという。
1カ月ほどで来ますという店員の言葉を信じれば、丁度ターゴンから帰ってきた頃になるであろう。
もっとも生きて帰って来れればの話であるが。
 そのあと彼らは船へと戻り船員達が戻ってくるのを待って、ターゴン島へと出航したのである。

 ターゴンの港はベノールの港に比べれば、かなり小さな物であった。
この小さな港はほぼドワーフに占拠され、人間はそれほど多くいそうになかった。
船にはここで待機しているように頼むと、彼らはターゴン島へとその第一歩を踏んだのである。
「何処に行くのですか。」
 ザンは彼らの船以外には1,2隻しか船のいない港の埠頭の根元で、仲間にそう尋ねた。
「それは決まっているべよ。」
 ロッキッキーはにこにこしながらそう言った。
「そうだよ、そうだよ。やっぱり初めての町にきたら、行くところは決まってるじゃん。」
 ロッキッキーに次いでルーズもそう言った。
さらにそれをエルフィーネが引き継ぐ。
「そうそう。やっぱりここは‥‥。」
「酒場!!」
 最後は3人のハーモニーとなった。
しかし彼らは何故こんな時だけ、こうもチームワークがいいのであろう。
「分かりました、酒場ですね。」
 ザンはため息とも思われるような口調でそう言った。
ジルは相変わらずぶすっとしているし、ソアラはエムとじゃれあっているので、彼がそう言うしかなかったのだ。
 こうして6人はこの港には一軒しかない酒場へと歩き始めた。
酒場はすぐに見つかった。
いや見つけられ無いわけがない、というほどここの酒場は騒がしかった。
なにせ常連客が酒の強い船員達となお酒の強いドワーフ達である、静かなわけがないのだ。
店の中はそのような船員とドワーフで、ほぼ満席状態であった。
彼らはどうにか店の中に入り、それぞれに席につくと、早速情報収集を始めようとした。
おもにそうしようとしたのは、町の人らしき男の集団と合い席したロッキッキー、エルフィーネ、ルーズの3人であるが。
だがやはり彼らは酒をたかられる羽目になった。
しかしソフトレザーを買えそうな喜びからか、ここは気前良くロッキッキーが財布の紐をゆるめ、同席の男達に酒をおごった。
「悪いな、あんちゃん。で、何が聞きたいんだい?」
 彼らは真っ赤な顔に愛想のいい笑みを浮かべてそう言った。
だが尋ねるのはロッキッキーではなく、エルフィーネである。
「あのさ、ドワーフの町の事を聞きたいんだけどさ。」
 エルフィーネは、何か言おうとするロッキッキーを押さえつけてそう言った。
彼は口の中で”おごったのは俺だ”と言ったようであるが、酒場の騒音にまぎれてエルフィーネの耳には届かなかった。
「そうさな、そう言えば最近ドワーフ達の間で、疫病が流行ったらしいな。なんでも致死性が高く伝染性も高いという最悪の物だったらしい。しかも不思議な事に人間やエルフなんかにはうつらねえんだな、その病気はよ。」
 男は自分とそしてエルフィーネを示してそう言った。
ドワーフだけの疫病と聞いて、エルフィーネは何だか気分が良くなったように感じた。
種族の性からかドワーフには無条件の嫌悪感がある。
幸いな事にそれはまだ彼女自身が制御できるほどの物であったが。
そうでなければドワーフと共に旅など出来るまい。
「人間で良かった。」
 ルーズはそう言ったが、ここでジルの事を思い出した。
もしその話が本当なら、ジルをその町には連れて行けないではないか。
そうなると彼らに取っては非常に困った事になる。
そうなると戦闘はすべてロッキッキーとソアラに任せなければなるからだ。
「まだその病気は広まってるの?」
 ルーズは男へとそう尋ねた。
「いや、少し前に治まったらしい。なんでもドワーフの疫病を治して回った人間の一行がいるらしい。」
 男は手に持ったカップの中のエール酒を飲み干すと、真っ赤な顔をルーズへと向けた。
「他にドワーフの村とかはねえのか?」
 ようやくエルフィーネの手を押し退けたロッキッキーが、そう尋ねた。
「いや、まあいくつかあるけどよ、疫病にほとんどやられちまったらしいわ。生き残った輩も町へと集まっているらしくてな、ほとんどもぬけの殻らしいぜ。まあ、人間の村なら北の海岸沿いにいくつかあるぜ。ドワーフの地下都市の食料はその辺の村が作ってんだぜ。」
 男は自分のカップにエールを注ぎつつそう言った。
ドワーフに寂しいなどと言う言葉があるとは思えないが、人口が減ってかなり神経質になっている事は確かだろう。
ともかくも他にドワーフが多くいそうな所は無いので、その町とやらに行かなければならないだろう。
「ありがとう、参考になったよ。」
 3人はそう言って席を立った。
彼らはジル、ザン、ソアラに簡単に今の話の概要を伝えた後、今晩の宿を捜すために酒場を出ていった。

 翌日彼らはドワーフ達の町へと向かった。
町までは港から山道を歩いて3時間ほどの距離であった。
 町は地下に形成されていて、どうやら島の北側の山中がくり貫かれているようであった。
入り口の周辺部には人間の鉱夫の住む村があったが、あまりに寂れていて宿もない有り様であったので彼らは見向きもせず地下へと降りていった。
 町はどうやら堀つくされた鉱山の後が住居となっている、典型的なドワーフの鉱山都市であった。
地下に入った事でジルの目は生き生きと輝き、表情も心もち明るくなったように見えた。
長い間地表の、それも海の近くですごしていたので、それでであろうか。
町の人口は1000人程度であろうか、ドワーフの町にしてはかなり大きい方であろう。
中央通りらしき通路の脇には御他聞に漏れず何軒かの酒場があり、どこの店も大繁盛らしかった。
 この町で6人の一行はかなり目立っていた。
ジルは関係ないが、紫の猫を抱いた体格の良い人間はいるし、目つきの悪いハーフエルフはいるし、あか抜けた人間の戦士はいるし、メイジスタッフをこれ見よがしに見せている人間はいるし、そしてなによりもエルフの女がいるではないか。
始めドワーフ達は遠巻きに彼らを見て小声で文句を言っているだけであったが、やがて一人のドワーフが道ばたの石を拾うと彼女へと投げつけた。
「この野郎ー。」
 だが、彼女の反射神経が良かったのであろうか、それとも投げたドワーフの腕が悪かったのであろうか、石は彼女に当たる事無く地面に落ちた。
だが、野郎と言われてエルフィーネの方も黙っているわけはない。
目敏く石を投げたドワーフを見つけると、真っ赤な舌を出したのである。
「ばーか。」
 エルフィーネのその一言に、とたんに辺りに険悪なムードが漂い始めた。
もっとも彼女に言わせれば、”私悪くないもん”で終わるのだが。
ともかくも他の5人はエルフィーネを急かしつつ、宿屋へと向かうのであった。
 だが彼らはドワーフではないと理由で、次々に宿を取る事を断られた。
4軒目の”折れたつるはし亭”で、ようやく彼らは人間でも泊めてくれる宿屋を見つけた。
しかしエルフィーネは、この町のドワーフの態度に相当頭に来たようだ。
この宿屋が彼らを泊めてくれる事が分かると、個室分の金をどんとカウンターに置き、部屋へと引っ込んでしまったのだ。
しかたなくエルフィーネを抜かした5人は、宿屋の酒場で情報収集を始めた。
とりあえず5人はテーブルへと座りエール酒を注文すると、隣のテーブルのドワーフへと話しかけた。
「すいません、この町のドワーフで、牢獄に使われている坑道に詳しい人を知りませんか?」
 話しかけられたドワーフはザンを一睨みすると、ぼそぼそと呟いた。
「物を聞くときはそれなりの礼儀というものがあろうに‥‥。」
 それを聞いたザンは慌ててそのドワーフに酒を注文しようとする。
「すいません。
ここに‥‥。」
 ドワーフはそのザンの言葉を遮るかのように呟いた。
「酒ならここにある。黙ってカップを差し出さんかい。」
 彼はそう言って、目の前の壷を叩いた。
中身は半濁の液体で満たされており、どう見てもエール酒には見えなかった。
「面白いのう、飲み比べか。」
 ジルは喜々としてエール酒を飲み干すと、空になったカップを差し出した。
他の面々では話しかけたザンと、ただ酒が飲めるとロッキッキーがカップを差し出した。
ドワーフは差し出された3つのカップに、なみなみと壷の中の酒を注いだ。
「さあ、一気にいきなされ。」
 彼は自分のカップにも酒を注ぐと、ぐっと一気に仰いだ。
そして満足そうに息を吐く。
3人もそれぞれにカップの酒を一気に仰いだ。
だが、彼らはそこで酒の正体に気付いた。
それはドワーフさえも酔い潰す事で知られる”ドワーフ・スレィヤー”、通称”度忘れ”だったのだ。
そいて酒をのんだ次の瞬間には3人の顔は真っ赤になり、そしてザンとそして何とジルがテーブルに倒れ込んだのだ。
「おい、大丈夫か。」
 ルーズとソアラが急いで倒れた二人を揺り起こそうとするが、2人はなにやら寝言のような事を言うだけで起きようとはしなかった。
「ほっほっほ、無駄じゃよ。明日の朝までは起きんわ。しかしお主強いのう。」
 愉快そうにそのドワーフは言った後、ロッキッキーの方を見た。
「あたぼうよ、こちとら酒が乳代わりだったのよ。これくらい訳ねぇぜ。」
 自信を持って大言壮語をはいたロッキッキーであったが、彼も酔いつぶれなかったもののその一歩手前だということ事には変わり無いようである。
「して、聞きたいのは牢獄の坑道の詳しい奴の事じゃったな。」
 ドワーフはそう聞き直した。
ロッキッキーと、酔いつぶれた2人の介抱を諦めたソアラとルーズが頷いた。
「そんならこの近くに住んでるドンテナじいさんが詳しいな。なんでも今牢獄として使われている坑道が、まだ鉱山だったときから働いているらしいからな。」
 牢獄という言葉に3人は急に体を乗り出した。
「そのドンテナってじいさん、何処にすんでんだ?」
 ロッキッキーの方はだいぶ酔いが冷めてきたようであるが、まだ呂律が回っていない。
「この近くじゃよ。だが行っても無駄だと思うぞ。なにせかなりの頑固爺でな、まあ人間には話してくれんじゃろうな。」
 彼は3人を見た後そう言った。
「ちっ、たった一人のドワーフは酔いつぶれてるもんな。」
 ルーズは彼の隣で気持ち良さそうな顔で寝ているドワーフを見た。
だらしなく開けられた口からはよだれが出ていた。
「他にはいないのか?」
 ソアラはとりあえずそのじいさんに合うのは無理と考えると、そう尋ねた。
「そうさなあ、あとは‥‥牢獄で採鉱の指導をしていた奴ぐらいじゃな。」
 彼は頭をぽんぽんと叩きつつそう言った。
「そいつは何処にいるんでぇ?」
 ロッキッキーはそう尋ねた。
「さあな、儂が知ってるのはドンテナじいさんの家だけじゃよ。」
 ドワーフはそう言ったが彼の記憶もかなりあやふやで、しかも酒が入っているものだから3人がどうにか場所が分かるようになったのは、3回ほど説明してもらった後だった。
「あとは聞きたい事はないのか?」
 ドワーフの方も完全に酔いが冷め、すこし不機嫌になりつつあった。
だがそれを承知でロッキッキーはさらに質問をする。
「牢獄の警備の事を知らねぇか?」
「知るかい、そんな物。」
 ドワーフはそう言って壷に残っていたドワーフ・スレィヤーを一気に飲み干すと、酒場から出ていった。
おそらく他の場所で飲み直すのであろう。
しつこい人間がいたことを話しのたねにして。
「しょうがねえな‥‥。俺はもう寝らあ。」
 ロッキッキーはそう言って大きく欠伸をすると、部屋の方へと歩き始めた。
「ちょっと待てよ、2人はどうするんだよ。」
 ルーズはロッキッキーを引き留めて、まだテーブルに寝ているザンとジルを示した。
「寝かしとけよ。朝になったら起きるべぇ。」
 ロッキッキーはそっけなくそう言った。
「いいのかよ?」
 ルーズはなおもそう言った。
彼は2人の身を案じているのではなく、2人が気付いたときに何を言われるかを気にしているのだ。
「考えても見ろよ、ザンはともかくジルなんてどうやって運ぶんだよ。重くて3人がかりでも動かせるかどうかだぜ。酔いつぶれたのは奴らが悪いんだしよ。だから不公平の無いように2人とも置いてったほうがいいのさ。」
 ロッキッキーは一気にそうまくり立てた。
「そうだな。」
 ルーズの方も納得したようだ。
「じゃ、行くべよ。ソアラもさ。」
 ロッキッキーは、まだジルとザンを起こそうとしているソアラへと声をかけた。
「そうだな。エムおいで。」
 エムの方も起きぬ主人を見限って、一声鳴くとソアラの所へと来た。
3人とエムが奥の部屋へと行こうとすると、あわてて酒場の主人が止めた。
「ちょっとお客さん。酒代を払っていってくれなきゃ。」
 こうして3人は自分らの分とジル、ザンの分、そして先のドワーフの分までを払わされたのである。
何か釈然としない物を感じながら、3人と一匹は部屋へと入っていった。
ジルとザンは仲間が奥の部屋に入ったのにも気付かず、ぐっすりと寝ていた。
彼らには明日、二日酔いが待っているのであった。

 ザンとジルは、酒場の主人にもそのまま放って置かれたようだ。
実際の所は起こしても起きなかったのであろうが。
2人が寒さに飛び起きて、はじめて自分達が酒場に寝ている事に気付いた。
そのすぐ後に激しい頭痛と嘔吐感に悩まされはじめた。
「二日酔い‥ですね。」
 ザンは頭を押さえながらそういった。
「そのようじゃの‥‥。少し待っておれ、すぐに治すからの。」
 ジルはとりあえず神の力を借りて自分の二日酔いを治すと、すぐにザンの手当をした。
「すみませんね、ジル。しかしロッキッキー達も部屋まで運んでくれればいいのに。」
 ザンはとりあえず痛みの治まった頭をさわりながら、そう愚痴をこぼした。
「そうじゃのう、まったく気のきかん連中じゃな。」
 ジルもそう悪態をついた。
その内にエルフィーネが、小さく欠伸をしながら自分の部屋から出てきた。
どうやら昨晩は部屋に入ってすぐにふて寝してしまったらしく、彼女にしては珍しく朝早くに起きてきた。
彼女は目敏く酒場の二人を見つけると近付いてきた。
「早いね、二人とも。もしかして酒場で酔いつぶれたの?」
 彼女にしては冗談のつもりであったが、ザンが返答に窮してるのを見てその通りだと悟ったようだ。
「冗談だったんだけど‥‥。どじね、二人とも。」
 彼女の最後の言葉の向けられた相手を比重に直すなら、ザンに向けたのが2割5分でジルが後の残りである。
ドワーフが酔いつぶれてそのまま夜を明かすなんて、滑稽の極みである。
ジルの方もよりによってエルフにその事を知られてしまうなんて、恥の極地であろう。
その内に主人のドワーフも起きてきてその事を克明にエルフィーネに話した物だから、ジルとザンに取っては自分で穴を掘って入りたいぐらいの心境であろう。
エルフィーネの笑いはなかなかおさまらなかった。
 やがてロッキッキーらも起きて来て、エルフィーネらを見つけると酒場へと入ってきた。
エムもソアラに抱かれていたがザンを見つけると、ソアラの腕から抜け出し、彼へと走り寄った  ロッキッキーらが入ってきたのに気付くと、感情のうっ積した2人は非難を彼らへと向けた。
だが、ロッキッキーは2人の非難を軽く受け流すと、昨日の話を聞いていなかったザンとジル、それにエルフィーネに対し簡単に内容を伝えた。
「やる事はやってるじゃないの、どこかの誰かさん達みたいにつぶれたりしないでさ。」
 エルフィーネはそうザンとジルを皮肉った。
ザンの方はエムと遊んでいて聞こえぬ振りをしたが、ジルの方はむすっとした表情のまま押し黙ってしまった。
「で、どうするんだ?」
 ソアラはそう2人へと尋ねた。
「そうですね。とりあえずそのドンテナというドワーフの所にでも行きましょうか。」
ザンも非難するだけ無駄と感じたのであろう、そう言った。
「でもさ、かなりの頑固爺らしいよ。やっぱりさ、なにか手土産かなんか持っていったほうが良いんじゃない?」
 ルーズがそう提案したが、自分がその土産を買うのはまっぴらだと目がそう語っていた。
「そうね。やっぱりドワーフにはお酒じゃない?」
 当然自分も買う気の無いエルフィーネもルーズに同調し、仲間にそう振った。
もし言い出した彼女に買えと言ったら、彼女は”どうして私がドワーフなんかのためにお金を使わなくちゃいけないの?”といって快く辞退するだろう。
「お酒ですか。」
 ザンは彼女にそう言われて少し考えると、くるりとカウンターの方を向いた。
「ご主人。ドワーフ・スレィヤーを壷ごと買うといくらですか?」
 主人はどうやら洗い物をしていたらしいが、手を止めて口を開いた。
「そうさな。70ってとこだな。」
 主人は壷に入っている酒の量を計算してそう答えた。
「一つ下さい。」
 ザンは立ち上がってそういった。
「あいよ!毎度あり!」
 親父はそう言ってカウンターの上に壷を一つ置いた。
ザンは代金をカウンターに置き代わりに壷を受け取った後、また椅子へと座った。
「さ、これで手土産は出来ました。行きましょうか?」
 このザンの一言で6人は宿を出、ドンテナという老ドワーフの家を目指すのであった。

 ドンテナは酒場の横をしばらく行ったところにあった。
家と言ってもドワーフの住居は洞窟のような家である。
一応ドアはあるものの、さしてその役目をはたしているとは思えなかった。
とりあえずソアラが開け放たれた扉を2度3度叩いた。
「誰じゃ。」
 低いつぶれたような声が返ってきた後、話の通り偏屈そうな老ドワーフが姿を見せた。
「あの、すこしお話を聞きたいのですが。」
 老人の気迫に圧倒されながらソアラはそう言った。
彼は突然訪れた人間を不快げに一瞥するが、ザンが酒を渡すと少し態度が柔らかくなり、話を聞かせてくれそうであった。
とりあえず彼らに中に入るよう身ぶりで示すと、自分はさっさと中に入ってしまった。
彼らもそれにつづく。
中はそれほど広くはなく、彼ら6人が入って座ってすこし開きがあると言った程度だ。
最後に入ったのはエルフィーネであるが、彼女はもちろん扉を閉めようとはせず、なるべく扉の近くで立ち止まった。
すぐ逃げられるようにとの配慮ではなく、単にドワーフのむさ苦しい家に入りたくないだけなのだ。
ドンテナの方もそれが分かったようだが、彼の方もエルフの女など無視するようだ。
どかっと敷物の引かれた床に座ると壷の封を開け、酒を腹の中に流し込んだ。
エルフィーネを抜かした5人もそれぞれに座る。
「して、何を聞きたいのじゃ。」
 ドンテナは早速顔を真っ赤にしながらそう言った。
「はい、今は牢獄として使われている坑道の話を聞かせてもらいたいのです。」
 ザンはそう尋ねた。
「あの坑道か。しかし儂らがあそこで掘っていたのは60年も前の話じゃ。中はだいぶ変わっとるかもしれんぞ。」
 ドンテナはそう言ってまた一口酒を飲んだ。
「そうですか。」
 ザンは少し落胆したように言った。
「そうじゃ、お主ら。マフォロ島とこの島を結ぶ海底洞窟の話を聞いた事があるか?」
 酒が満たされて、老衰のために休止していた脳細胞がどうやら活性化したようだ。
彼は突然そんな事を言った。
「いや、知らないが。」
 反射的にソアラがそう返した。
「そうじゃな、その事を知っておるドワーフは、儂ぐらいの歳の者だけじゃからの。今は最重要犯罪者用の収容所としてつかわれておる坑道とマフォロ島のある洞窟は、実は海底でつながっておるのじゃよ。」
 ドンテナは満足げに頷くとそう言った。
「それ、本当か?」
 思わずロッキッキーがそう叫ぶ。
ドンテナはロッキッキーをじろりと睨んだ。
「儂がお主らに嘘を言ってどうする。本当じゃよ。もしこの島からマフォロ島に行こうとするのなら、収容所のもっとも深く延びている坑道を降りて行けばよい。潮の香りがするからすぐ分かるわい。」
 彼はそういうとまた酒を仰いだ。
もしその事が本当なら正面から乗り込まなくても、人知れず収容所に入り込む事が出来る訳である。
「その海底洞窟にモンスターなどはいるのですか?」
 ザンはそう思い当たった事を尋ねた。
たとえ洞窟でつながっていても、彼らに相手できないほどの怪物がそこにいれば話にならないからである。
「さあのう、儂もこれ以上のことは知らん。坑道の事をもう少し知りたいのなら、最近まで牢獄で採鉱を教えていた奴を教えてやる。儂の弟子でな、ドンテナに聞いたと言えば、何でも教えてくれるわい。」
 ドンテナはそう言うと、なにも敷いてない床、つまり岩の上に堅い炭を使って器用に地図を書いた。
ここからはすこし離れているが、とりあえず行かねばならないだろう。
6人は礼を言ってドンテナの家を出ると、とりあえず中央通りへと戻った。

 現場監督をしていたと言うドワーフの家は、彼らの泊まった宿屋からさらに奥にいった所にあった。
 かなり歩く羽目になり、エルフィーネは早くから不平を言っていたが、ドワーフの町に一人になるのも嫌なので、しかたなくついていったようだ。
彼らは先程と同じように横に延びる坑道に入り、しばらく曲がりくねった道を行ったところにそのドワーフの家はあった。
「やっと着いたの?」
 きっとエルフィーネはドンテナの話など聞いていなかったのであろう、仲間が立ち止まった時にそう尋ねた。
「そうなんじゃねえのか?」
 彼女の前にいるロッキッキーはそう投げやりに答えた。
彼女の前を歩いていたばっかりに、彼はずっと不平を聞かされていたのである。
なにせ彼女は人の話は聞かないくせに、なにか彼が言おうとすると”ちゃんと人の話を聞きなさい!”と叫ぶものだから、それこそたまったものではなかった。
「ドアを叩くから静かに。」
 ソアラは仲間、おもにエルフィーネにそう言うと、扉を叩いた。
ドンテナの家と違い、きちんと扉は閉まっていたのだ。
「誰だ?」
 そう中から声がして扉が開き、一人の中年のドワーフが姿を見せた。
彼は自分の知り合いでない者達が扉の前に立っている事に詮索するような視線を向けるが、彼らの事については昨日酒場かなにかで聞いていたようだ。
「ああ、エルフ娘を連れている冒険者とやらだな。儂になにか用か?」
 ドワーフはそう言うと、口元を歪ませた。
「あのドンテナさんに聞いてきたんだけど、少し話を聞かせてください。」
 ソアラはドンテナに言われたとおり彼の名を出した。
そしてドンテナの言った通り、彼の表情が変わった。
「何、ドンテナじいさんの知り合いか?よし分かった、まあ中に入ってくれ。」
 彼はそう言うとドアを全開にし、彼らを招き入れた。
ドワーフの脇をすり抜けて行くのは至難の技であったが、どうにか6人は中にはいる事が出来た。
中はドンテナの所よりはかなり広く、6人が入ってもまだ充分余裕があった。
ドワーフは全員を招き入れるとドアを閉め、自分も部屋の奥へと入ってきた。
そして彼らの前にどかっと座ると、6人にも座るよう進めた。
その言葉にエルフィーネを抜かした5人が座る。
エルフィーネが座らない事に気付いたルーズが足をつついたが、彼女はそのルーズを軽く蹴って座ろうとはしなかった。
彼も自分の身がかわいいので、ちょっかいを出すのを諦めたようだ。
ドワーフの方もエルフの事など無視した。
「で、お主ら何を聞きたいのだ?」
 彼はいちばん近くにいるソアラを見てそう言った。
しかし尋ねたのはソアラではなくジルであった。
「お主、牢獄の採鉱の監督をしていたそうじゃな。その時の話を聞きたいのじゃ。」
 ジルはしっかりと相手を見ながらそう言った。
「そのことか‥‥。
あそこのやり方はひどいぞ。いくら囚人とは言え、扱いがひどすぎると思えてならん。そうじゃな、まるで殺そうとせんばかりの勢いで仕事をさせるのじゃ。儂や他の仲間もそれがいやで辞めたのじゃからな。何人か残っているが、あいつらは弱い者いじめが好きな単なるちんぴらじゃよ。」
 彼はしみじみ吐息をつきながら言った。
もしエルフィーネが聞いていたらドワーフに対する偏見が少しは和らぐかもしれないが、あいにく彼女は自分の世界へと入っているようだ。
「あの‥ルゼリアという人間の女性はいませんでしたか?」
 さらにその後ろからザンがそう尋ねた。
だが彼は首を横に振った。
「さあのう。人間の女もかなりいたからのう、名前までは知らぬわ。」
 彼は申し訳なさそうに言った。
先の発言といい、どうやら根の優しいドワーフのようだ。
しばらく沈黙が続くが、やがてジルがすっと立ち上がった。
「忙しいところを済まなかったの。参考になった。」
 それに続いてザンらも立ち上がってそれぞれに礼を述べる。
エルフィーネもロッキッキーに肩を叩かれて、現実へと戻ってきたようだ。
彼らは心優しきドワーフに見送られつつ、彼の家を後にした。
 中央通りへと戻った6人はとりあえずドワーフの町から出る事にした。
彼らは地下都市から抜け出、大空の下へと舞い戻った。
入る時には気付かなかったが、入り口の脇に共通語で町の名前が彫ってあった。
町の名前はターゴンというらしい。
この名前は恐らく人間向けの物ので、もう一つ多分ドワーフ名があるとジルは言ったが、どこにもそれらしきものはなかった。
有名でないか、もしくはこの町の住人以外には秘められているのだろう。
 とりあえず彼らはこのドワーフの町以外で、人間の多く住んでいる村に行こうと決めたようだ。
村の場所はこの町の回りに住む人間達が知っていた。
彼らの行こうとする村の名はレルトといって、この島でいちばん大きい人間の村らしい。
もっとも人口は5,60人、多くても100人はいないという村である。
 彼らは獣道のような道を使い、一路北を目指した。

 レルト村へはおよそ1日の旅であった。
途中鳥や猿などの野生動物に遭遇したものの、モンスターなどは居ずきわめて単調な行程であった。
道はターゴンを出てよりずっと山の中の険しい道であったが、不意に前方が開け海岸と砂浜が姿を見せた。
そしてそこに目指すレルト村があった。
 村は島の海岸沿いの平地になっている場所にあった。
遠浅なので大きな船は無理だが、それでも良質の港として使えるくらいの広さはあった。
その証拠に砂浜には漁に出るための船が何艘か置いてあった。
平地のほとんどは田畑になっており、山裾の一部も使用されていた。
住宅は20軒ほどだが、すべて丘陵にあった。
恐らく津波を心配しての事であろう。
彼らの通ってきた道は住宅地に向かったものではなく、平地へと向かっていた。
住宅地に行くには、さらにここから歩いて行かねばならないようだ。
今は昼時なのであろうか、畑には農夫が一人居るだけであった。
 とりあえず彼らは、その男へと話しかける事にして近付いていった。
男の方も彼らに気付いたようだ。
農作業の手を止めて、近付いてくる彼らを待った。
「なんだ、お前達は?俺に何か用か?」
 男は持っていた鍬を杖代わりにして寄りかかりながら、そう言った。
顔は潮風に吹かれて育ったせいか浅黒く、まだそれほどの歳ではないだろうがしわも深く刻まれていた。
「すいません、収容所の事を聞きたいのですが。」
 ザンは男に対しそう言った。
「収容所の事か?確かにこの村では収容所に食料を納めているけど、話してはいけねえという規則があんだな。」
 男はにやりと笑ってそう言った。
人に金をせびろうとする時の特有の笑いだ。
「まあ、軽犯罪収容所の話ぐらいなら聞かせてやってもええぞ。」
 男の笑みはいよいよいやらしい物となった。
「分かりました。」
 ザンは仲間の顔を見て、そう頷いた。
そしていつものように彼らは小銭の整理からはじめた。
だが当然それだけでは100ガメルにも満たない。
男は黙ってただ首を横に振っているだけであった。
ここでもいい加減に面倒くさくなったザンが合計400ガメルという大金を出した事で、その農夫は話す気になったようだ。
彼は400ガメルあまりの金をぼろぼろの布に包むと、そそくさとそれをしまった。
「ええとも、ええとも。では話してやるでよ。」
 彼の話はまず牢獄周辺の自然環境に着いてから始まった。
牢獄が3つに別れている事、3つの収容所の間はかなり離れている事や、その間は険しい岩山が隔てている事、また収容所間を結ぶ道は一つしかない事などである。
 次は警備の話であった。
一つの収容所には、50人ほどの看守らが警備していること、最近最重要収容所の警備に犬が加えられた事を教えてくれた。
この収容所はよっぽど金があまっているのだろうか、犬に与えられている餌は彼らが食べる物よりもよっぽど良い肉である事も教えてくれた。
つまり普通の肉には見向きもしない、という事であろう。
もしその犬が見知らぬ人間にしっぽを振って餌をねだるのなら、であるが。
また、犬を静かにさせるために食べ物に薬をいれるという手もあるが、この方法を使うにしても彼らは多大な出費をしいられるであろう。
 最後に彼は昔収容所に捕まっていたという元盗賊が、この村に漁師として住んでいることを教えてくれた。
彼らはその男の家を聞くと、次はその男から話を聞こうと足を村の方へ向けた。

 6人はレルト村の住宅地に足を踏みいれた。
村は小さな広場を中心に、20戸程が狭い丘陵地帯に集まっていた。
美味しそうな匂いがどの家からも漂っており、今が昼時である事を告げていた。
その男は教えられた通り、村の外れの粗末な小屋にいた。
6人が訪れたとき彼は食事中だったようで、不機嫌そうな顔を来訪者へと向けた。
「何だい、あんたら。
俺に何か用か?」
 男は警戒しているからか、語調がかなり強かった。
「失礼ですが、あなたが最近まで刑務所に入っていたという人ですか?」
 ソアラがそう尋ねると、男は苦笑を浮かべた。
「まあな、だがそれがあんた達に何の関係がある。」
 男はあまり触れてもらいたくない事なのであろう、そう言って会話を打ち切ろうとする。
だが、それではエルフィーネ達の方が困ってしまうのである。
「あ、あの、別に貴方の事をどうしようとか思っているわけではありません。ただ、すこし収容所の話を聞かせてもらいたいのです。」
 慌ててザンがそう説明した。
男はそれを聞いてしばらく考えていたが、しばらくして人の悪そうな笑みを浮かべた。
「聞いてどうする‥‥とは言わないぜ。分かった、俺が知ってる限りの事は話そう。」
 男は彼らが何をしようとしているのか察したようだが、どうやら見物をしてみたら面白いと思ったようである。
もしくはへたに断りでもして、今の生活をかき回されてはたまったものではないと考えたのであろうか。
どちらにしろ彼は協力をしてくれるようだ。
「では、ルゼリアという女性を収容所で見ませんでしたか?」
 真っ先に尋ねたのはザンである。
だが彼はその前に尋ねるべき事を忘れていた。
「知らねえな、そんな名前の奴は。所で兄さんよ、あんた何処の収容所の話をしてるんだ。」
 男は逆にそうザンに聞き返した。
「多分‥彼女は最重要‥ですよね?」
 ザンは確認するようにエルフィーネの方を向いた。
エルフィーネはザンへと力強く頷いた。
もっとも彼女の返答は、あまりあてには出来ないのであるが。
とたんに男の顔に納得したような表情が浮かんだ。
「それは知らねえ訳だ。俺がいたのは重犯罪者用だからな。」
 先にその事を聞いてくれればというように男はそう言った。
「じゃあさ、その最重要の収容所にはどんな人間が入っているの?」
 ザンの横からエルフィーネがそう口を出した。
「そうさな‥‥政治犯だな。」
 男はしばらく考えた後そう答えた。
「なるほど、という事はやっぱり最重要に彼女はいると言う事だね。」
 ルーズはもっともらしくそう言った。
もともとそこにいるだろうとは思っていたが、今までの話と今の彼の話を総合すると、やはりルゼリアは最重要の収容所にいるはずである。
なにせ国王への謀反が彼女の罪であるのだから。
「後聞きたい事はないのかい。」
 男は逆にそう尋ねた。
どうやら時間を気にしているようである。
ザンはそれぞれに仲間の顔を見るが、誰も質問はないようである。
「はい、もう終わりです。」
 ザンはそう彼へと告げた。
「なら悪いんだが引き取ってくれないか?もうそろそろ漁に出なければならないのでな。」
 男はそわそわと外を見たりしながらそう言った。
人よりいい場所を取るために、少しでも早く漁に出たいのであろう。
「分かりました。お話を聞かせていただいてありがとうございました。」
 ザンはそう礼を言い、6人はその家より退出した。
そして彼らは再びターゴンの町を目指すために、行きに通った山道へと分けいるのであった。

 ターゴンへと戻ってきた6人は、とりあえず”折れたつるはし”亭へと向かった。
およそ二日間かかったレルト村への往復のために、かなり疲れていたためである。
町についたときすでに夕方近かったせいもあろうが。
 とりあえずする事の無い彼らは部屋に荷物を置くと、そのまま酒場へとなだれ込んだ。
店の主人にエール酒を頼み、頑丈さだけが取り柄の丸テーブルにそれぞれついた。
まだ時間が早いせいもあって、彼らの他に客はいなかった。
「よう兄さん達、今日は”度忘れ”に挑戦しないのかい?」
 エール酒を人数分持ってきた主人は、ザンとジルの顔を見るとそう言って笑った。
「ええ、まあ。」
 ザンの方はそう言って恐縮するばかりであったが、ジルの方はそうでもなかった。
酒の事で馬鹿にされるなんて、ドワーフとしての彼の誇りが許さなかった。
「そうじゃの。”度忘れ”を一つくれ。」
 ジルは受け取ったばかりのエール酒を飲み干すと、空になったカップを主人の方へ差し出してそう言った。
「あたしにも頂戴。」
 エルフィーネもそう言ってその話に乗ってきた。
ここでもし酔いつぶれなければ、ドワーフを小馬鹿に出来ると踏んでの事だろう。
「俺にもくれ。」
 前回酔いつぶれなかったロッキッキーも、当然そう言ってカップを空にした。
「あいよ。」
 親父は空になった2つのカップを持ってカウンターに戻り、すぐにドワーフ・スレィヤーの満たされたカップを3つ持って来た。
「ほい、”度忘れ”だ。」
 主人はそう言って3人の前にカップを置く。
3人はそれぞれに代金を払うと、カップを持った。
「勝負よ、ロッキッキー!」
 エルフィーネはすでに勝ったかの様な表情で、カップをロッキッキーの方へと掲げた。
「望むところだ!」
 ロッキッキーの方も前回の実績からそう言って、彼女の挑戦を受けた。
ジルは何も言わずただカップを手に持った。
3人は同時に”度忘れ”に口をつけ、そして同時に飲み干した。
そしてテーブルに倒れるのまで一緒だった。
倒れた瞬間、まさに3種の音がハーモニーとなって店中に響きわたった。
やはりドワーフさえも酔い潰すドワーフ・スレィヤー、飲み慣れるのは難しいようだ。
 またザンは後々必要になると思って、”度忘れ”を水袋に入るだけ購入した。
意味がある事ではなく、ただなんとなくであろう。
 つぶれた3人は主人の立っての頼みでザン、ルーズ、ソアラが部屋へと連れて行く羽目になった。
エルフィーネ、ロッキッキーはともかくも、ジルを運ぶのは時間のかかるものだった。
3人には明日きっと無謀な事をした罰として、二日酔いが待っているであろう。
こうして夜は更けていった。
 翌朝、二日酔いを克服した3人を含む6人は、とりあえず海底洞窟の事を聞きにドンテナの家まで足を運んだ。
ドンテナはすでに老齢なので隠居暮らしをしているらしく、昼間にもかかわらず家にいた。
彼らはとりあえずザンが購入しておいた度忘れを手土産として、海底洞窟の地図の様な物はないかと尋ねた。
だが彼はもう忘れていたらしく、何も覚えていないと言った。
彼らは次にあの現場監督をしていたドワーフの家に向かった。
彼も今は職が無いらしく、家にいた。
そしてドンテナと同じ事を尋ねると、彼は少しなら知っていると言った。
そして親切に紙に書いてくれたのだ。
こうして6人は不完全ながらも、海底洞窟の地図及び最重要収容所の地図を手にいれたのである。
 中央通りを歩いている途中、ザンが再度ドワーフスレィヤーを買い、またエルフィーネが犬の話を思い出して質の良い干し肉をいくつか購入した。
そこで不意にジルが呟いた。
「ブラキ神殿に行ってみんか?もしかしたら何かあるかもしれんぞ。」
 他の5人はジルのその提案に同意し、彼らはブラキ神殿へと向かうのであった。
神殿はさすがにドワーフの町だけあって、立派なたたずまいをしていた。
大きさで言えばザラスタのチャ=ザ神殿に匹敵するであろう。
とりあえず神殿のなかに入るのはジル一人という事になった。
町中でも非ドワーフに対してはかなり差別的なのである。
神殿などではなおさらであろう。
ただしエルフィーネは、たとえ入るように頼まれても絶対に入らなかったであろうが。
ジルはすぐに戻ってきた。
「どうでした。」
 彼の姿を確認したザンがそう尋ねた。
それに対しジルは首を横に振っただけであった。
「そうですか。ではマフォロ島に行きましょうか。」
 6人はザンの声の下、ターゴンの町を向け港を目指した。
そして彼らは船に乗り、マフォロ島を目指すのであった。

 マフォロ島への航海は順調なものであった。
距離はそれほどでもないのだが、やはり海流に逆らっての航海なのでマフォロまでは二日間の旅になった 入り江へと降り立った彼らは、早速ペリトン山のケンタウロスの大賢者、アルタイスの所へと向かった。
彼ならばマフォロ島とターゴン島をつなぐ、海底洞窟の場所を知っていると考えたからである。
 登る者を試す知恵と心、二つの試練はもはや彼らには関係がなかった。
前に来たときと同じように彼らが山頂のサイロスの遺跡まで来ると、アルタイスが彼らを出迎えた。
肩にはオウムのパルが止まっていた。
「お久しぶりです、アルタイス。また貴方の知識を我らにお貸しください。」
 訝しげにこちらを見ている老ケンタウロスに、ザンがそう声をかけた。
やがて彼の脳裏に6人の事が思い出された。
「おお、お主らか。今度はどんな用かな。」
 続けて同じ奴が、しかも短期間の内に来るなんて、アルタイスはそう思いつつも、今やケンタウロス達の英雄となった者達を見た。
「あのさ、マフォロ島とターゴン島を結ぶ海底洞窟があるはずなんだけどさ。おじいさん、その場所を知らない?」
 おじいさんという言葉を強調して、エルフィーネがザンの後ろからそう尋ねた。
「おお、そういえばそんな物もあったな。」
 アルタイスの口調はきわめて無関心なものであった。
「場所を教えてもらいたいんだけどさ、おじいさん。」
 エルフィーネの口調は、教えて貰う者の態度からかなりかけ離れたものであった。
年齢を重視するものならばそれだけで怒りの原因となろうが、その怒りはエルフィーネに取っては根拠を無くすのである。
なにせ彼女は目の前のアルタイスとほぼ同年代なのだから。
「それはかまわんが、お主達あそこに入るのか?」
 アルタイスはそうエルフィーネではなくザンへと聞き返した。
「はい、そのつもりですが‥‥。」
 ザンはとりあえずそう答えたが、アルタイスの口調に不安を抱いた。
「そうか‥‥、まあよいわい。洞窟はな、西の入り江を少し南に行った辺りの海岸にある。あの辺で岩場はそこだけだから、すぐに分かるわい。洞窟の入り口は海側じゃぞ。」
 アルタイスは地面に簡単な地図を書きつつ、そう説明した。
6人はアルタイスの回りを取り囲むように集まって、地図をのぞき込んだ。
確かに港よりそれほど離れていそうになかった。
「なるほど、そんな所にあったのか。」
 ソアラがまるで、それを長期間捜しまわった者のような口調でそう言った。
「場所も分かった事だし行くかのう。」
 ジルはそう言って、マトックを肩に担いだ。
「そうだね、早く行って早く帰ろうよ。」
 まるでハイキングに行くような口調でルーズもそう相づちを打った。
その口調に不安になったのか、アルタイスが口を開いた。
「海底洞窟の中はモンスターが徘徊しておるぞ。気を付けて行くのじゃ。」
 先ほど飲み込んだ言葉を彼は口にした。
このことを言うのは6人に対して侮辱になると考えたから、彼は言うまいとしていたのだ。
「はい、気を付けます。」
 6人はアルタイスとパルに見送られて、ペリトン山を後にした。

 6人は一度船へと帰り、装備の補充といくばかの休息を取ると、船にはターゴンの港へ行くように指示し、自分達は再度マフォロ島に上陸した。
 アルタイスに示された岩場へは、入り江から歩いておよそ半日でたどり着いた。
その場所はたしかに異様な光景であった。
他の場所は草原がふっと海岸に変わりそして海原となるが、そこだけは草原が忽然と岩場になり、そして岩礁になり海になっているのだ。
そこだけを見ればここは緑の島、マフォロ島ではなく、人知れぬ火山島のような雰囲気を受けた。
「あそこ‥だな。」
 先頭を行くソアラが、誰に言うわけでもなしに呟いた。
分かりきった事のせいか、誰もそれには何も返さなかった。
「入り口は‥‥海側でしたね。」
 一度立ち止まって岩場を見渡した後、彼らは岩場の海側へと向かった。
岩場自体はかなり広く厚く、小さな島がそのままめり込んでいるような感じであった。
具体的な大きさとしては、”黒きたてがみ”族のテリトリー内にある岩場より、少し小さくその分厚いと言った程度であった。
岩場の海岸付近はびっしりと海草類が繁殖して、かなり滑りやすかった。
6人は足元と視界に注意を払いつつ、海底洞窟の入り口を捜した。
 入り口はすぐに見つかった。
まるで大海原を飲み干さんと巨人が口を開けたかのように、洞窟の入り口は海に向かって口を開けていたからだ。
入り口の大きさはおよそ直径2メートルで、かなり高い場所に位置し、満潮でも下の辺が少し濡れるかどうかと言うぐらいであった。
ただ上にひさしのように岩が出ているので、上から見た限りでは発見は困難であろう。
 6人は入り口の前に立ち、洞窟の中を覗いた。
中は入り口よりも広くなっており、3人程度はどうやら並んで歩けそうであった。
洞窟は一端僅かに登り、その後下っているようであった。
ときおり風の音だろうか、それともアルタイスが言っていたこの洞窟に巣くう怪物の声であろうか、唸り声のようなものが小さく響いてきた。
「さあ、行くかの。」
 ジルはそう言って洞窟の中に足を踏みいれた。
エルフィーネは松明に、ルーズはランタンに灯を灯す。
そしてジルの後に続いて、残りの5人も洞窟の中へと入っていった。
しばらくは入り口からでもその灯が見えたが、やがてそれらも見えなくなり、辺りは再び波の音の支配する世界へと戻った。

 海底洞窟は予想以上に苦難に満ちていた。
多くの怪物達で満ち、また地形は彼らの予想以上に入り組んでいた。
ようやくターゴン島の収容所内にたどり着いたとき、ザン、ソアラ、ロッキッキー、エルフィーネの4人は一度ならず瀕死を体験していた。
ザンなどはエムに助けて貰う有り様であった。
彼らはともかくも一人の死者も出ず、よくたどり着いたと感心するばかりであった。
恐らくもう一度入ろうとは誰も言わないであろう。
 彼らがようやくにして収容所らしきところにたどり着いたとき、あたりは騒然とした様子であった。
何処で、と言うわけではなく何処となし、強いて言えば上の方がそうであるようだ。
だがとりあえず彼らはこの収容所の人間に会ってみる事にした。
ターゴンで描いてもらった地図を頼りに、6人は雑居房へと向かった。
 雑居房は収容所の東の方にあった。
広さはおよそ40uぐらいで、通路とはほとんど鍵の役目をはたしていない鍵で閉められた格子で仕切られていた。
ドワーフの棍棒の一撃で壊れそうな代物であったが、さすがにこの血色の悪い囚人達ではこの格子もミスリル銀よりも堅いものであろう。
6人が格子の向こう側に姿を見せると、割合元気そうな30台前半ぐらいの男が近付いてきた。
「おいあんた達、助けてくれ。礼は何でもする。」
 言い方からみて元は富豪かなんかであったのだろうが、今の姿を見ればよっぽど町の浮浪者の方が立派に見えた。
「すみません、とりあえずもう少し我慢してください。ところでこの収容所の話を少し聞かせてくれませんか?」
 ザンは男に対しそう言った。
いまここで彼らを助ける訳には行かなかった。
なぜならば6人が潜入した事がばれてしまう恐れがあるからであった。
男の方もそれが分かったのか、6人に対し激しく首を縦に振る。
「ここから北西の方に独房がある。身分の高い方がそこに入れられているはずだ。」
 男は格子の間から手を出して一方向を示した。
彼らの地図にも確かにそれらしきものは描かれていた。
「ありがとう。必ず助け出しますのでもう少し我慢してください。」
 ザンはもう一度そう言った。
男は大きく頷いた。
ザンの言う時間が、いままでここに捕らえられていた時間よりもかなり短くて済む事を本能的に察したのであろう。
 6人は独房を目指し、雑居房を後にした。

 独房は海底洞窟へとつながる通路の近くにあった。
数は4,5個であろうか、北の壁一面に並んでいた。
ただ鍵は先ほどの雑居房に比べてかなりましな物であった。
それだけここには逃げられたら困る人物がいる証拠であろう。
6人が独房の通路へ入っていくと、独房内にいる一人の中年の男性が話しかけてきた。
「やあ、やあ。君達は新しい囚人だな?見たことの無い顔だからな。でも変であるな、囚人が武器など持っているわけがない。となると君達は誰なのだ?」
 男はまるで自分が囚人ではないかの様な口調で話しかけてきた。
だがこの人物の性格に圧迫されて6人が答えないでいると、男は再び口を開いた。
「ははあ、君達は私を疑っておるな。もっともだ。では私の名前を教えよう。私の名はサイノン、これでもベノールの貴族だ。もっとも今はそんな肩書きは関係ないがね。」
 サイノンと名乗った男は、彼らが用心して何も話さないと誤解したのであろう、ぺらぺらと自分の事を話しはじめた。
この男の舌にはきっと油が塗ってあるに違いないと思えるほど、彼は口を動かした。
話は自分が生まれた日の事に始まり、少年時代の事になり‥‥と永遠に続くかと思えた。
「あ、あのさ、ここにルゼリアって人いなかった?」
 サイノンの話を中断させるべくエルフィーネがそう尋ねた。
サイノンはぴたっと話を止めると、じっとエルフィーネの方を見た。
「ほほう、君はエルフだな。少女のように見えるがかなりの歳なのであろうな。」
 彼は話の腰をおられた腹いせにかそんな事を言った。
「なっ?!」
 思わぬ事を言われた彼女は一瞬絶句した。
そして大声でそれを否定しようとしたが、それよりも一瞬速くロッキッキーとソアラの手が彼女の口をふさいだので、彼女の叫びは言葉にはならなかった。
「馬鹿、こんな所で大声出すな。見つかっちまうだろ。」
 ロッキッキーは、彼らの手から逃れようと暴れるエルフィーネを沈めようとそう言った。
それを聞いて一応納得したのか彼女はおとなしくなる。
それにあわせて二人の力も緩んだので、エルフィーネはロッキッキーとソアラの手を払いのけた。
そして腹いせにかロッキッキーとソアラの足を思いきり踏むと、ついとそっぽを向いてしまった。
二人は叫ぶに叫べず、踏まれた足を揉みながら、涙の滲んだ目をエルフィーネへと向けた。
だが彼女の方は関係ないと言うような表情をしていた。
「で、知っているのですか?」
 後ろで喜劇が行われている最中に、ザンはもう一度サイノンへと尋ねていた。
「知っておる。確かにここには捕まっているだろうな。私はここに来る途中、船の中で彼女を見かけた。」
 彼はそうザンへといった。
さすがに先ほどの自分の行為は少し大人げなかったと感じているのか、幾分静かにそして素直な口調になっていた。
「本当ですか?」
 ザンは念のためにもう一度、それとは思われぬような口調で確認した。
「ああ。だが、ここにきてからは彼女の姿は見ておらん。ここは日に何人も死ぬような所じゃからな。今、彼女が生きておるのか死んでおるのかはわからん。」
 サイノンはしっかりと腕を組むとそう呟いた。
「そうですか。」
 ザンはどう返答したらよいか迷ったようだ。
強く聞き返す訳にも行かないし、嘘だとも言えないからである。
このころようやく喜劇は、エルフィーネの一方的な憂さ晴らしによって終わりを告げた。
ソアラとロッキッキーが、ザンの後ろへと戻ってきて話に加わった。
「あとこれは関係ないかもしれんが、ここには将軍が捕まっておるのじゃよ。」
 サイノンは思い出したそう言った。
「将軍とは誰の事かの?」
 その代名詞にジルは思い当たるふしはなかった。
もっとも他の5人にしてもそうであろう。
それだけで分かるのはここの囚人だけなのだから。
「ダノンというベノールの将軍じゃよ。私はよく知らんのだが、食堂にそう言うのに詳しい者がおるぞ。行ってみるがいい。食堂はここから南じゃ、すぐに分かる。」
 サイノンは急かすようにそう言った。
「分かりました、お話を聞かせて貰ってありがとうございます。」
 ザンがそうお礼を言い、彼らは今度は食堂を目指し南へと薄暗い坑道を歩くのであった。
彼らの姿が見えなくなった後、サイノンは彼らが最初の自分の問に答えていない事に気付いたが、今となってはどうしようもない事であった。

 食堂はサイノンの言った通り、独房の南にあった。
さらに詳しい位置を付け加えるなら、雑居房のほぼ真西、地上から入ってすぐ左の広い部屋がそうである。
広さは雑居房のほぼ3倍から4倍ぐらいで、3つの古ぼけた長テーブルとドワーフ専用であろうか、カウンターがあった。
席数はだいたい40程で、囚人達は何度かに分けてここで食事を取るのだろう。
奥には調理場であろうか、部屋があるようであった。
今は食事の時間ではないのか、ほとんど人はいなかった。
 ざっと見渡してみたが、どうも話を聞けそうな人物は見あたらなかった。
サイノンの勘違いかと思った6人であるが、とりあえず食堂の奥の部屋も覗いてみようと奥に入っていった。
 そこはやはり調理場であった。
かまどらしきものと、崩れかけた井戸があるだけの簡素なものであった。
何人かの老婆が忙しそうに働いていた。
突然入ってきた6人に対し、彼女達は体を震わせ恐怖に満ちた視線を彼らへと向けた。
「すみませんがこの中に、ルゼリアという女性の事を知っている方はいませんか?」
 ザンは老婆達をおびえさせないように、細心の注意を払いながらそう言った。
老婆達は目で何かを相談しあっていたが、やがて彼女らの視線は一人の女性に集まった。
6人はゆっくりとその女性へと近付いた。
「貴方はルゼリアさんについて、何か知っているのですか?」
 彼らは少し距離をおいて立ち止まると、ザンがそう尋ねた。
「残念だけどルゼリアは死んだよ。仲間をかばってかわりに落盤に巻き込まれてね。」
 彼女はぶっきらぼうにそう答えた。
恐らく彼らの事を信用していないので、手っとり早く追い返したいのだろう。
 彼女のその言葉を聞いたとたんみ6人に失望が走った。
それはマフォロ島のラディアン号の生き残りがダゼックでないと分かったときよりも、もっと大きな物であった。
「そうですか。」
 ザンの口調にもそれが現れていた。
「これでルゼルクが死に、ルゼリアが死に、守護者の血統で残る者はダゼックだけか。」
 大きく息をついてソアラがそう呟いた。
しかもダゼックへと延びる手がかりの糸は、切れてしまっているのである。
またしても時間をかけたにもかかわらず、糸はぷっつりと切れてしまっていたのだ。
 しかしソアラがルゼルクの名を口にしたとたん、その女性がまるで掴みかからんばかりの勢いで、ソアラへと迫ってきた。
「あんた!どうしてルゼリアの父親の名を知っているの?」
 何処にそんな力があったのか、彼女は逞しいソアラを振りまわさんばかりであった。
「彼女の村の村長に頼まれて、彼女を捜しているのです。」
 どうせ彼女にクリスタルドゥームの事を言っても理解できないので、簡潔な事実のみをソアラは伝えた。
しかしそれだけの事を伝えるのに、体を揺らされているせいかかなりの時間を費やした。
彼女の方も守護者の村の場所や、ルゼリアが精霊使いであった事などを聞いて、ようやく信用したようだ。
ソアラから手を放して、じっと彼らを見る。
「すみませんが、ルゼリアさんの死について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
 ザンは彼女が落ちついた頃にそう尋ねた。
彼女は頷いて話しはじめる。
「あれは一か月くらい前だったかねぇ。採鉱現場で大きな落盤事故があってねえ、彼女、仲間の女性をかばって自分が下敷きになってしまったんだよ。」
 彼女はその時の事を思い出したのか、ほろほろと涙を落とした。
「一か月前か、マフォロに行っていなきゃ間に合ってたかもな。」
 ルーズは指折り日数を数えてそう言ったが、他の者もとうのルーズでさえもそんな仮定は無駄である事を知っていた。
いくらそんな仮定をしてみたところで、ルゼリアの死という現実は覆せないのだから。
死んだのが一か月も前では、魔法を使っても生き返らすのはほぼ不可能と言ってよかった。
彼女はエルフィーネが差し出したきれいな布切れを受け取り、それで涙をふくと急に声をひそめはじめた。
「でもさ、実はここだけの話しなんだけど、彼女には娘がいるんだよ。今は彼女の夫の忠実な召使いだったパゼルと言う老人が預かっているらしいけどね。名前は確かディリアって言ってたかねぇ。歳は今年3歳とか言っていたかねぇ。でも不敏だねぇ、その子も。若くして両親をこんな形で亡くすなんてねぇ。でも彼女はこうなると分かっていたのかね。ずいぶんと娘を祖父に預けたがっていたよ、でもその祖父も、もうこの世の人じゃないなんてね。」
 彼女は再び涙を流しはじめた。
しかし考えてみると、そのディリアは祖父に預けられなくてよかったのかも知れない。
運が悪ければ、彼女も祖父諸とも海賊に殺されていただろうから。
「そのディリアとパゼルってのは、何処にいるか分からねぇか?」
 ロッキッキーはこのおばさんよく泣くなあと妙な事に感心しつつ、そう尋ねた。
だが彼女は黙って首を横に振るだけであった。
泣いているおばさんの後ろから、いかにも気むずかしい顔をした老婆が彼らへと話しかけてきた。
たとえるなら女子寮の管理人、または看護婦の婦長といったような感じである。
「あんた達、どうやらあいつらの仲間じゃないようだね。実はここには将軍と王女が捕まっているんだよ。どうか助けてやっておくれよ。」
 老婆は先のおばさんよりもっと小さな声でそう頼み込んだ。
またしても将軍の文字が出てきたが、それよりも彼らの注意を引いたのは王女という単語であった。
どんな時代も男は王女と言う言葉に弱い。
さらにその上に”絶世の美女”なる冠詞がつけば、もう何も言う事はないであろう。
「その王女ってどこにいるんだ?」
 真っ先にルーズがにこにこしながらそう尋ねた。
老婆は一瞬人選を間違ったかと思ったようだが、今更どうしようもない事であった。
「王女の居場所は残念ながら分からないのです。ですから先にダノン将軍に会ってくだされ。彼の方がそう言う事には詳しいはずだから。」
 老婆はそう言って、半ば強引に彼らにダノン将軍の居場所を教えた。
彼は独房のさらに奥にある懲罰坊にいるという事であった。
彼らは王女に会うための1ステップとして、とりあえずそのダノン将軍に会うために、再び独房へと向かうのであった。

 懲罰房は独房のいちばん奥とその手前があてがわれていた。
サイノンに挨拶しつつ前を抜け、彼らはいちばん奥の房の前に立った。
手前の房は使われていなかったので、必然的にこちらにダノンがいると言う事になろう。
懲罰房は独房よりさらに狭く、人一人がようやく入れる程度の広さしかなかった。
そこに髭をはやした、それなりの風貌を持つ老人が座っていた。
囚人にしてはあまりに逞しく、そして屈強そうに見えた。
「君達は何者かね?」
 突然6人が格子の向こうに現れても、さして動じた様子を見せなかった。
もっともあまりに6人が動き回っているので、多少の情報は入っているだろうが。
「私達はルゼリアさんを捜してここまできたのですが、目的を果たせませんでした。それでどうしようかと迷っていたのですが、食堂で貴方の所に行けと言われたので、とりあえずここに来た次第です。」
 ザンは簡単に事情を説明した。
「ルゼリアか、あの娘の事は不幸な事であった。」
 ダノンはそううめくように呟いた。
彼の言う不幸は二つの意味があった。
まずは彼らも知っているルゼリア自身の死の事、そして彼女の助けた娘も直後に海賊達に陵辱され自ら命を絶ってしまったことである。
もちろん後者の意は、6人には分からない事であったが。
「ところでさあ、貴方将軍なんでしょ?なぜそんな人間がこんな所に捕まっているの?」
 エルフィーネの問ももっともなものがある。
「ベノール王家での勢力争いに負けての、犯罪者としてここに放り込まれたのよ。しかしここに来ても皆が儂を指示してくれての、ここの囚人達のリーダー格になったのじゃが、おかげでこんな所に入れられてしまったと言うわけじゃ。」
 老人はおどけた表情を見せ、笑った。
かに見えたが、実際は目だけは笑っていなかった。
彼らの品定めをしているようであった。
「‥‥儂は王女の帝王学の教師でもあったのじゃよ。幼い頃から王女も儂になついてくれておった。あのころがなつかしいのう。」
 ダノンはそう呟いてみせた。
「そういえばここには王女も捕まっていると聞きました。正直驚きました。ベノールの町では王女は病気、と言う話しでしたからね。」
 ザンもそこで気付いたようにダノンへと言ってみせた。
「ほう、イアナじゃな。あのおしゃべりめが。しかしあの猜疑心の強いお婆にその話しをさせるとは、お主らどうやら信用してもよさそうじゃな。」
 彼は一度苦笑した後、真剣な表情になってそう言った。
「これから話す事は他言無用にお願いする。そして話しを聞いた後で、拒否は許す事は出来ない。話しの内容は脱走の事だからだ。だからいまここで我々の提案を受けるかどうか決めてくれ。」
 ダノンはこの上ないほど真剣な表情でそう言った。
声量も調整されており、いくら声が響く洞窟内と言ってもおそらく彼の声はサイノンの所まで届いてはおらぬだろう。
 6人はしばし声を潜めて相談し会ったが、ここまできて何もせずに引き返したり出来るはずもないし、帰りにもう一度海底洞窟を通るのも不可能であるし、それにもともとルゼリアを助けた後は脱走するつもりであったのである。
彼らの結論は脱走を手伝うと言う事にまとまったようだ。
「分かりました、拒否はいたしません。」
 ザンはダノンの方を見てそう言った。
彼は頷くと冒険者達にもっと近くによるように示すと、話しをはじめた。
「我々は現在抜け道を掘ってここより脱出するという計画を進めている。この抜け穴と言うのはすでにほぼ完成しておるのだが、まだいくつかの問題があるのだ。まず囚人達の手枷足枷のことだ。まあ歩くのに支障はないので何とかなると考えているのだが。それからここにはロック・ウォームと呼ばれるみみずの化け物がおるのじゃが、こいつもまあ問題ではなくなった。本来なら坑道でこいつに出くわしたら最後なのじゃが、こいつは銀や金を嫌う性質があってな、抜け道は銀の坑道にそって掘られているので、今回に関しては平気じゃな。もっとも今回の脱出計画もこの銀の鉱脈が見つかったからこそ、建てる事になったのだからな。だが、これが一番重大な事なのだが、リシュア王女をお連れする事が出来なければ、儂らに取っては脱出の意味がないのじゃよ。地下におる囚人を逃すだけなら話しは簡単なのじゃが、地上におられる王女を助け出す手段がどうしても見つからないのじゃよ。そこで、お主達に王女を助けて貰いたい。もちろん王女が帰国し即位されたあかつきには、たっぷりと謝礼はする事を約束する。」
 ダノンの話しはそこで終わった。
要するに彼らに王女を救出して貰いたいという事であるが、こちらの方もかなりの問題がある。
まず第一に王女の居場所が分からない事、第二に王女を助けた後地下に戻る事は出来ないので彼らは門を破りターゴンの町まで強行突破をせねばならない事、さらにこの行動自体が囮としての要素も持っている事である。
だが彼らには拒否する事は出来ない。
「分かりました、お受けいたします。」
 ザンは神妙な顔でそう頷いた。
「謝礼の件はきっちり後で話し合いましょう。」
 ルーズはそんな事を言った。
彼に取ってこの依頼はいい事ずくめであろう、王女との関係をえる機会が与えられるわ、謝礼は入るわ、まさに一石二鳥という奴であろう。
「もちろんお主達だけに任すわけではない。元騎士であった者達が何人かで陽動をする事になっておる。もちろん儂もそれに参加するがな。」
 彼は本当は自分の手で王女を助け出したいのであろうが、装備無しではそうも行かない。
彼に出来るのは裏方の手伝いぐらいであろう。
「決行は?」
 ソアラが緊張した面もちでそうダノンに尋ねた。
「すぐ‥じゃよ。すまんがこの牢の鍵を開けてくれぬか?」
 ダノンはそういって格子の鍵を指さした。
「分かりました。」
 そういって格子の近くにいたザンがシーフツールを器用に使い、鍵を開けた。
すぐにダノンは坑道に出てきて大きく伸びをする。
よほど長い間この狭い懲罰房に入れられていたのであろう。
「儂はこれよりすぐに作戦の決行を仲間に知らし、囚人達の脱出をはじめたそのあとでお主らの手伝いに行く。」
 彼は簡潔にこれからの行動を説明した。
彼の頭の中で計画は何度も実行されていたのであろう。
もし王女がもっと助けやすいところにいれば、6人がここに来たときはすでにもぬけの殻であった事だろう。
「分かりました、ではいきます。」
 ザンはダノンに対しそう頷いた。
「王女の事、よろしく頼む。」
 ダノンは6人に深々と頭を下げた。
6人は彼に見送られて、懲罰房を後にした。
ダノンも6人が見えなくなるまで見送ったあと、すぐに行動をはじめた。

 収容所から外に出ようとした時点で、6人はすでに躓いていた。
地上と収容所を結ぶ通路は鉄格子で仕切られており、内側からではどんな優秀なシーフでも開ける事は不可能であった。
つまり格子の開閉装置は鉄格子の遥か向こうの壁にあり、手はもちろん足も剣も届かないのだ。
エムを使えばと言う意見もあったが、はたして猫の力であの重そうなレバーが回せるであろうか。
 彼らはさんざん迷った挙げ句、ついに原始的な方法でこの格子を破る事にした。
つまり力で鉄格子を曲げ、人一人通れる隙間を作ろうというのだ。
しかしこの試みはかなり無謀だったようだ。
このパーティーで一番の怪力であるジルでも失敗し、頼みの綱ソアラも無理だったのだ。
だがこの危機を救ったのはなんとザンであった。
彼が鉄格子に手をかけ力を入れていくと、格子はゆっくりとであるが開きはじめたのだ。
数分のうちに格子は何とか通れるくらいまで歪められた。
彼らは無言のうちに顔を見合わせ頷くと、一気に外へと躍りでた。
 そこには彼らの予想しなかった事態が待ち受けていた。
収容所はすでに煙に包まれ、辺りには騒然とした世界が広がっていた。
不測の事態に戸惑う6人の前に、さらに予測しなかった人物が現れた。
「あっ、鯱に喰われたフォウリー!!!」
 エルフィーネは思わずそう叫んでいた。
そう装備こそ違え、彼らの目の前に立ったのは紛れもなくフォウリーであったのだ。
エルフィーネにそう叫ばれて指さされた彼女は、戦闘中であるにもかかわらずわざわざ彼女の後ろに回り込み後頭部を思い切り殴った。
この一撃は、エルフィーネに取って今冒険2度目の瀕死を味あわすものとなった。
「いつ私が鯱に喰われたのよ!」
 半分泣きながら後頭部をさすっているエルフィーネに対し、フォウリーはしかめ面をしながらそう言った。
「死んだと思っていましたよ。」
 そのフォウリーに対し、ザンは感無量と言った感じでそう言った。
「私もね。まあ、つもる話しもあるけどいまはそれ所じゃないわ。さあ、貴方達はリシュア王女を助けに行って。私は別の仕事があるの。じゃあまた後で。」
 彼女はそう言って走り去ろうとするが、慌ててザンが彼女を止めた。
「あ、待ってください。王女は何処にいるのですか?」
 ザンの声にフォウリーは立ち止まり、しかたない人たちねと言うような表情を見せると南にある塔を指し示し、今度こそ本当に走り去っていった。
「さあ、行くかの。」
 ジルにそう言われて、彼らは武器を抜き、塔を目指して走りだした。
地下で見張りがいなかったのもきっと彼女らが、どういう事でか知らないが、収容所を襲撃していたからであろう。
エルフィーネは塔にいたるまでの間に、ふとそんな事を考えた。

 途中何度か看守や海賊と小競り合いをしたものの、彼らはどうにか塔へとたどり着く事が出来た。
塔は石造りのもので高さはおよそ15メートル程であった。
一階の扉と恐らく最上階の窓であろう物を抜かしては、一切の窓や扉は無かった。
塔の回りにはあまり人影はなく、扉もどうやら開いているようだ。
辺りは先ほどよりかなり騒がしくなってきていた。
恐らくダノンらの陽動部隊も外へと出てきたのであろう。
彼らの体力と装備を考えると、あまり時間は残されていなかった。
6人は迷わず扉を開け、中へと飛び込んだ。
中では恐らく警備兵であろう者達が5人、今か今かと獲物のくるのを待っていた。
そして戦闘が始まった。
 戦いはかなり苦戦を強いられた。
始めに昏睡状態に押しやられたのはルーズである。
あわや全滅かと思いはじめた彼らを救ったのは、ザンのライトニングであった。
これによって形成は5分に押し戻された。
ロッキッキーはルーズの忘れ形見であるファイア・ウェポンで、敵の一人に多大なダメージを与えた。
この死闘は途中から参加したフォウリーの助けを借り、何とか敵の全てを冥府へと旅立たせる事が出来た。
戦闘が終わったとき、彼らの体はぼろぼろで、戦いのすさまじさを雄弁に語っていた。
 ルーズを回復させたりそれぞれの体力を回復させたりして一息ついた後、改めて塔の中を見回してみると、中はがらんどうで、部屋は彼らが戦いを繰り広げた部屋と最上階の部屋しかなかった。
上の部屋への登り降りは、塔の中央にある滑車を使用した昇降機で行われるようであった。
そしてハンドルがついているところを見ると、どうやら昇降機の動力は人力らしかった。
「どうやらリシュア姫は上のようじゃの。」
 ジルは塔の天井の方を見上げながらそう言った。
「そのようだね、誰が上に行くんだい。」
 ルーズはそう言ったが、これは確かに問題である。
一番始めにあの扉を開けた者が、リシュア王女を助けた者、と言えるのだから。
少なくとも王女はそう思うに違いなかった。
「とりあえずさ、罠とかあるかも知れないから、やっぱりここはシーフでしょう。」
 自分はまったく関係ないという表情で、エルフィーネはロッキッキーを見、ザンを見た。
「そうだな、後もう一人乗れそうだけど、誰かついて行くか?」
 昇降機のゴンドラをのぞき込んでいたソアラが、顔だけをこちらへと向けそう言った。
「それはいいがのう、誰がこの機械を動かすのじゃ?」
 ジルはそう言って仲間を見たが、それはやぶ蛇であったようだ。
他の者は皆ジルの方を見たのである。
だがジルの方も負ける訳には行かなかった。
「残念だったのう、儂には背が足りなくてまわせんのじゃよ。」
 ジルはドワーフの特徴を最大限に生かした理由で、そう切り返した。
だがそれを聞いてフォウリーが昇降機へと近付き、ハンドルの位置を確かめると大丈夫だと言うように頷いた。
「大丈夫、ドワーフでも回せるわ。」
 この一言で回す者は決まった。
ゴンドラの中にはザンとロッキッキーだけが乗り込む事となった。
ソアラの言った通りもう一人乗ろうと思えば乗れるのだが、降りるときにリシュア王女が増えるため、この二人だけになったのだ。
ソアラか誰かが手伝ってやればいいのだが、誰も進んでそんな事をするわけがなく、結局回すのはジル一人である。
「いいですよ、ジル。」
 中へと乗り込んだザンはそう言った。
ジルは何で儂が、などと文句を言っていたが、ゆっくりとハンドルを回していく。
それにともなってゴンドラも、ゆっくりと上がっていった。
 ようやくゴンドラが上の部屋にたどり着いたとき、ジルの体は汗びっしょりであった。
隣にいたソアラがストッパーをかけると、ジルは機械にもたれて座り込んでしまった。
彼はまだ口の中で文句を言っていた。
 そのころ上についた二人は、とりあえず王女の安否を確かめようと声を掛けた。
「リシュア王女、無事ですか?我々はダノン将軍に依頼されて貴方を助けに来た者です。」
 そのザンの声に対し、中から若い女性の声が返ってきた。
「ダノンの?そうですか、彼は無事だったのですね。はい、私は大丈夫です。」
 なかなかしっかりした口調で、芯の強そうな女性に思えた。
早速王女を助けようと扉に手を掛けるが、当然と言えば当然であるが鍵がかかっていた。
二人は早速鍵を開けようとするが、王女を前にして緊張したのか鍵は開きそうになかった。
しょうがなくザンがアンロックで鍵を開け、ようやくドアを開ける事が出来た。
 ドアの向こうにいた女性は、まさに”絶世の”をつけられる美女であった。
外見的には多少はかなげな所もあるが、精神的にはこの環境に何ヵ月も耐えれる力強さを持っているのだ。
「私を助けてくださって、ありがとうございます。」
 彼女はそう言って深々と頭を下げた。
「い、いえ。さあ王女こちらへ。後の事は我らが責任を持ちます。」
 ザンはそう言って王女の手を取って、ゴンドラの中に招き入れた。
王女が中に入った後、下へと向かってザンは叫んだ。
「いいですよ、ジル。降ろしてくださーい。」
 だが、ジルの方はすぐには降ろさなかった。
「降ろす方がきついんじゃ。とりあえず始めはリシュア王女だけ降ろすわい。」
 ジルは何を思ったのか上の3人に対しそう叫び返した。
ジルの言う事ももっともだと思ったザンとロッキッキーは、今まで王女がいた部屋へと入っていった。
「いいですよ。降ろしてくださーい。」
 ザンがもう一度叫ぶと、今度はゴンドラはゆっくりと降りていった。
降りていくゴンドラを見ながら、ロッキッキーはふとザンに呟いた。
「このまま置いていかれる何てことねぇよな?」
 ロッキッキーの不安も、今までの仲間の行動を見ていれば充分考えられる事である。
なにせ酔った仲間を酒場にそのままにして、部屋に行くような連中なのだから。
「そんな事はありませんよ。」
 ザンはそう言ったが、彼の顔にロッキッキーはどうしても確信というものを見いだせなかった。
 彼らの予感はそのまま杞憂に終わった。
彼らは何故かほっとしてゴンドラに乗り込んだ。
「いいですよーー。」
 ザンは再度同じ事をことを下へと叫んだ。
「おう。」
 ジルはそう答えた後、なんとハンドルを握っていた手を放したのである。
「うわっ?!」
 二人の声がそう重なった。
ゴンドラは引力に導かれるままに自由落下をはじめた。
それにともなって一階のハンドルも激しく回り、誰もそれを止められそうになかった。
いや、あまりに突然の事だったので誰もそこまで考えつかなかった。
ジルを除く全ての者が一瞬凍り付いた。
そしてリシュアとフォウリー、エルフィーネは、次の瞬間には反射的に目を外らしていた。
 こんな事をしたジルの行動は理解し得ないものであったが、次のジルの行動もまたしても理解し得ないものであった。
彼はゴンドラが地にぶつかる寸前、ハンドルに体ごと飛び込み、ゴンドラの衝突をくい止めたのである。
ドワーフの太鼓腹ゆえ出来る芸当といえよう。
ふらふらになりながらザンとロッキッキーがゴンドラの外に出てきたとき、ジルは腹をさすりながらこう言った。
「ふん、儂にばかりこんな事をさせた罰じゃわい。」
 ジルは二人に対し笑みを見せた。
ザンとロッキッキーは怒るに怒れず、消化の悪い笑みを浮かべるにとどまった。
 彼らそんな事をしているうちに、外の戦闘は急速に収集の方へと向かっていた。

 後に”王女奪還”と呼ばれるこの収容所での戦いは、元々数的に劣勢だった看守、つまり海賊側の敗退に終わった。
ベルグフォン、ラグス、メガルと言った幹部が倒された事も、彼らの志気減衰に大きく関与した。
囚人達の脱出もうまくいったようで、ここには捕虜となった看守達の他、ダノンらの陽動部隊と6人、フォウリー、そして見知らぬ冒険者らしき一行しかいなかった。
彼らは実はフォウリーの仲間で、今回の襲撃もある人物の依頼を受け、行った事だと言う。
そのある人物とはレパースという人物でベノールの子爵であった。
公には正当の王位継承者であるリシュア王女を助けると言った事らしいが、要するに愛するリシュアの奪還をフォウリー達に依頼したと言う事らしい。
なにせ一応レパースは反海賊の地下組織のリーダーであり、またリシュア王女の婚約者でもあるのだから。
 この話しを聞いてがっかりした者がパーティーには何人かいたが、ダノンとリシュアの感動的な再会の場面を見れただけでもよしとするべきであろう。
彼らは一路ターゴンの港めざし、陸路を進んでいった。

 港につくまでに王女の再拉致を狙う海賊の襲撃が何回かあったが、志気装備共に充実した即席の王女警護団の敵ではなかった。
港にはダーヴィスの船の他、フォウリー達の乗ってきた船もあり、運良く定期船も来ているので全員がベノールまで行けるであろう。
 ベノールまでは海賊の襲撃もなく、穏やかな航海であった。
船を襲わないのは海賊の方も、まだザラスタと本格的に事を構える決心がついていないからであろう。
 ベノールに彼らの船がついたとき、夜だったせいか港には人一人居なかった。
もっとも王女の事を今回の陰謀劇の主演であるランタニア公に知られてはいけないので、このことは好都合であった。
ようやくにしてリシュア王女らは祖国の地を踏んだが、まだ全てが解決した訳ではなかった。
これから彼女はレパースと共に地下に潜り、奪われた王位の椅子を取り戻さねばならないのだから。
これからベノールにとっても、リシュア王女にとっても、険しい道のりが続くであろう。
 とりあえず王女達一向と別れた6人は、王女から聞いたルゼリアと親しくしていたと言う人物の家を尋ねた。
その家は貴族でないがために、海賊の反対派狩りを免れていたのである。
その家の夫婦はルゼリアの死を知ると、とても悲しんだ。
ザンらがディリアの事を聞くと、その夫婦はこう言った。
 ルゼリアの娘、ディリアはボルディの召使いパセルに預けられていたが、2カ月ほど前パゼルは殺されディリアは何者かに誘拐されたらしいとの事であった。
ベノールでは最近幼児連続誘拐事件が起こっており、それに巻き込まれたらしいとの事であった。
6人は彼らの礼を言ってその家を後にしたが、また手がかりが切れた事に対する失望感は大きかった。
ザンとロッキッキーは、とりあえず行きに頼んでいったアーマーを取りに行く事を忘れなかった。
 その後6人は再びザラスタのダーヴィス邸に戻って行くのであった。
彼らがダーヴィス邸にたどり着くと、ダーヴィスは預かっているものがあると言って一通の手紙を彼らへと渡した。
なんでもマフォロ島に薬草を取りに行った商人が、”緑の風”族から預かってきたらしい。
羊皮紙の手紙は封が解かれておらず、ダーヴィスやその他の人間がこの中身を見ていない事を物語っていた。
 受け取ったザンが封を開け手紙を広げる。
手紙の主はなんと、マフォロ島のケンタウロスの”黒きたてがみ”族の族長からであった。
とにかくすぐに来て欲しいと言う事が書かれているだけで、その他の事はいっさい書かれていなかった。
ケンタウロス達に再び何かあったに違いない、そう考えた6人は手紙をダーヴィスに見せ、船を一隻用意して貰うと、彼らは再びマフォロ島へと向かったのである。
 マフォロ島への14日間の旅は、ほとんど休息のとれない6人に対し、絶好の休息となるはずであるが、今回は気ばかりが急いてほとんど休息にはならなかった。
 マフォロ島へと上陸した彼らは、すぐに”黒きたてがみ”族の野営地を目指した。
 その野営地で彼らを待っていた者、それは守護者の次男で血のつながっていないルーゼであった。
彼もまた独自に兄と姉を捜していたのだが、最近になって海賊のスカルロードが兄のダゼックである事を突き止めたという。
6人は驚いたが、彼はスカルロードの肩に確かに3つ並んだほくろを見たのだと言う。
しかし兄が邪悪な人間であるはずがないと信じているルーゼは、さまざまな手段でスカルロードを調べたと言った。
そして兄のいつも身につけている仮面こそが、兄の記憶を奪い、邪悪の手先としている事を突き止めたと言った。
その仮面は魔術師サイロスによって創られたものだという事だ。
そしてその呪いを解く方法も見つけたと言った。
しかしそのためには疾風の剣が必要で、そのためにここにきてケンタウロスと出会ったらしい。
しかしケンタウロスは信頼できる者以外に剣をゆだねる事は出来ないと言って、再三に渡ってルーゼの要求を拒み続けたそうだ。
その信頼できる者の事を聞いたら、ザラスタのダーヴィスという者の家にいると言ったので、族長に頼み手紙を書いて貰ったと言う事らしい。
また彼はもう一つ魔法の砥石という物が必要で、それがサバス島の遺跡の一つに隠されている事も突き止めていた。
 こうして彼らは”香り高き島”、サバス島に行く事になったのである。
ダゼックの記憶を取り戻すために‥‥。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1993
                            1993 加筆修正 

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

TO BE CONTINUED‥‥
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