SW6-4

SWリプレイ小説Vol.6-4

遙か南の島の冒険譚・第四章 偉大なる魔術師の試練


             ソード・ワールドシナリオ集
               「虹の水晶宮第四章『空虚な瞳の迷宮』」より

 クリスタルドゥームの封印が解かれてから、100日あまりが経過していた。
すでに虹の谷はクリスタルと化したが、それでもなおクリスタルドゥームは貪欲に色を喰らい続けていた。
この世界にとって好運なのは、クリスタルドゥームは貪欲であるが、その速度は非常にゆっくりとしている事であろう。
そしてそれ故にほとんど人の目に触れず、存在を知られていないことがこの世界にとって不運な事であろう。
 そしてこの世界の破滅を救える”守護者”となりうる者は、この地上でわずかに2人のみである。
まだ世界を救わんとする者達の冒険は続いていた。

 マフォロ島でルーゼと会い、海賊の首領スカルロードこそがダゼックである事を知ったジル、エルフィーネ、ルーズ、ザン、ソアラ、ロッキッキーの6人は、ダゼックの呪いを解くための道具を求めて、サバス島へと向かっていた。
 マフォロ島からサバス島まではおよそ5日の航海である。
アザーン諸島の西脇を南から北へと流れる海流に乗り、ターゴン島を中継点としての航海だった。
 サバス島はベノールの南方沖に位置し、大部分が不毛の砂漠と岩山からなる小さな島である。
人はほとんど住んでおらず、島の南部に小さな村が一つあるだけである。
自然環境は厳しく人間には耐え難いものであるが、この島の住民はこの砂漠にだけ生える高木から非常に高価な香辛料が取れるためにそれに耐えているのである。
また島の中央にある砂漠には、古代王国時代の遺跡がいくつか残っていた。
それ故にかなりの冒険者が訪れる島でもあった。
 6人はサバス島唯一の村、アゼス村へと降り立った。
アゼス村は人口200人ほどの小さな街である。
ただ香辛料を仕入に来た商人や古代王国時代の遺跡をあさりに来た冒険者などが常時滞在しているため、街全体としてはその1.5倍程の人口になるだろう。
そのために人口が少ないにもかかわらず、港はかなり立派なものであった。
また港の船員達の話しによると、冒険者が多いためアザーン諸島ではザラスタの他にはここしかないという冒険者の宿があるらしかった。
「そういえばベノールにもなかったね、冒険者の宿。」
 その話しを聞いて感心したようにエルフィーネが言った。
もっともザラスタの冒険者の宿に関しても、ジルの他は存在すら知らなかったので、5人とってはアザーンに来てからはじめて冒険者の宿の事を聞いた事になる。
「では、とりあえずそこに行ってみましょうか。」
 ザンはそう言った。
そうでも言わないと、彼らはすぐに酒場に入る事になってしまうからである。
もっとも冒険者の宿にも酒場はあるのが常識なので、ザンの言葉は結局意味を持たないのであるが。
「そうだな。それにしても久しぶりだな、冒険者の宿なんてよ。」
 ベルダインの事を思い出したのか、ロッキッキーは懐かしそうにそう言った。
何故かもう何年も前の話しのように思えるが、彼らはたった4カ月ほど前まではベルダインの冒険者の宿の一つを根城としていたのである。
 6人は船員に冒険者の宿の場所を聞くと、そちらへと向かって歩きだした。
エルフィーネらは港から真っ直ぐに街を横切る中央通りを歩いていった。
道の両わきには多くの店が立ち並んでいたが、人口が少ないせいもあってかあまり繁盛しているようには見えなかった。
何気なく屋台などを覗いていたエルフィーネが、仲間に対し驚いたように声を掛ける。
「ねえ、見て見て!”水”を売っているよ!」
 エルフィーネは道脇の店の一軒を指し示した。
他の5人も示された店を見る。
その店はどうやら酒屋らしかったが、確かに店の前壁には酒類に混じって”水”と共通語で書いてあった。
それだけならそれほど珍しい事ではないが、エルフィーネは値段を見てなお驚いたのであった。
酒類の値段はベノールに比べて3割、ザラスタに比べると4割近くも高かった。
そして水は、なんとアザニア産の新酒ワインよりも高い値段で売られているのである。
「はー、すごいね。水だけでも商売できそうだよ。」
 ルーズは妙な事に関心を示したようだ。
だが彼の言うとおり船倉いっぱいに水を持ってくれば、かなりの利益が出るであろう。
「でも帰りは船倉は空だぜ。それじゃあもったいねえよ。」
 ロッキッキーはそう言った。
香辛料を買っていくという手もあるが、それでも船倉の片隅が埋まる程度であろう。
それでは大きな船でくるだけ損というものである。
ただターゴンから近いので行きは水、帰りは酒を買っていけば良い商売になるかも知れなかった。
 そんな事をロッキッキーとルーズが盛り上がって話しているうちに、彼らは冒険者の宿へとたどり着いた。
冒険者の宿の名は”ハーピィーの羽ばたき亭”というらしかった。
宿の大きさとしてはまあ普通であろうか。
6人は宿の中へと入っていった。
 宿の中の酒場には10人ぐらいの冒険者達がたむろしていた。
冒険者達は思い思いにテーブルにつき、それぞれに何かを話していた。
とりあえずザン達は入り口の近くのテーブルに座り、エール酒を人数分注文した。
ウェイトレスであろう24,5の女性が、6人分のエール酒を運んできた。
彼らはそれぞれに金を払い、エール酒の満たされたカップを受け取った。
エルフィーネはそれを持って隣のテーブルへと座る。
隣のテーブルには歳の頃30前後の男が2人座っていたが、話しを止め彼女の方を見る。
「何か用かい、エルフのお嬢ちゃん?」
 エルフィーネから向かって右の男は、座りなおして彼女の方を向いた。
しかし彼女に対して”お嬢さん”は当てはまらない言葉であった。
何故なら彼女は少なくともその男の5,6倍は生きているのだから。
「あのさ、この島の遺跡の事を聞きたいんだけどさ。」
 もちろん彼女の方からはそんな指摘をせず、ただテーブルの上で手を組み、その男の方へと視線を向けた。
遺跡という単語を聞いて、男達は顔を見合わせた。
彼らも遺跡の探索、悪く言えば盗堀で生計を立てているのである。
おいそれと将来の飯のねたを話せるわけはなかったが、あいにく彼らは将来より今の飯の心配をしなければならない身分であった。
「そうだな、金額によるぜ。」
 男達はしばらく相談しあっていたが、やがて彼女が話しかけた男の方がそう言った。
「分かったわ。」
 エルフィーネは近くにいたザンとジルを突っつき100ガメルずつ出させ、自分の分とあわせて300ガメルをテーブルに置いた。
「わかった、話すぜ。」
 男達は小山になった銀貨に色めきながらそう言った。
「その前に領収書頂戴。」
 男達が金に手を伸ばそうとしたとき、エルフィーネはそう言った。
「領収書?」
 耳慣れぬ言葉に男達は戸惑いの色を見せた。
あわててジルが彼女をこっちへと引っ張り、ザンが代わりに男達の前に座る。
「何でもありません。どうぞ受け取って下さい。」
 ザンは苦笑を浮かべながらそう言って手を動かした。
その横ではエルフィーネが小声でジルに喰ってかかる。
「何すんのよ!後でダーヴィスさんから必要経費を貰うとき、領収書があった方がいいじゃないの!」
 そのエルフィーネに、ジルは馬鹿にしたような表情を向ける。
「領収書など誰が信用するのじゃ?この馬鹿者が!」
 ジルはそう呟いてみせた。
「馬鹿とは何よ馬鹿とは!そんなの信用するかどうか分からないでしょ!」
 エルフィーネは小声でそう言い返した。
ジルは無駄だと思ったのか、むすっとして何も言い返さなかった。
エルフィーネの方もふんとそっぽを向くと立ち上がり、別の椅子に座り直した。
その間ザンとルーズ、それにロッキッキーは隣のテーブルで、男達の話しを聞いていた。
「それでは聞かせていただきますか?」
 ザンがそう言うとようやく困惑から立ち直った男達は頷き、口を開いた。
「ああ、分かった。この島にはよ、大きく分けりゃ4つの遺跡がある。島の北にある城塞跡、東の海岸近くにある大守の館跡、中央部のゼガ砂漠にある半ば埋もれた都市跡、そして街のすぐ北にある小さな遺跡、この4つがそうだ。ただよ、城塞跡は同業者によってほとんど荒らされてるしよ、街の北の小さな遺跡つったてよ名ばかりの瓦礫の山だぜ。」
 男はそこで前かがみになり声を潜めた。
ザンらもそれにつられて前かがみになる。
「でもよ、その小遺跡の地下には隠された迷宮があるって話しだ。以前何人かそれを見つけたって話しも聞いたが、皆二度とこの店に帰ってこなかったそうだ。大きなお宝を見つけてそのままどっかに行ったのか、それとも‥‥。」
 男はそう言って手を首の辺に持ってきて、横に引いた。
「なるほど、しかしどう考えても変だよな。なぜこんなちっぽけな島にこんなにも多くの遺跡があるんだ?」
 ロッキッキーは空になったカップを弄びつつそう言った。
「そうですね、別に遺跡自体はあってもおかしくはないですが、この数は多すぎますね。」
 ザンもロッキッキーに相づちを打つ。
それが聞こえたのか、男達は何にも知らねえんだなというような表情を見せた。
「ここはよ、古代王国時代にはアザーン諸島の中心だったって話しだ。今でこそこんな気候だが、昔はリゾート地のように温暖ですごしやすい所だったらしいぜ。もっとも魔法でそうしていたのか、魔法でこうなったのかは知らねえけどな。」
 男は両手を上げ、首をすくめて見せた。
もう一人の男の方は空になったのか、主人に酒を注文した。
「他になにかいい情報はねえか?」
 ロッキッキーは男達にそう尋ねた。
「そうさなあ‥‥。そういや最近妙な連中が遺跡をうろついてるって聞いたぜ。なんでも”空虚な瞳の迷宮”てのを捜しているらしい。同業者や香辛料の採取師が何人も殺されたって話しだ。でもよ奴ら遺跡捜しにはど素人らしくて、しかも島の者を敵に回しているだろ。あれじゃ100年捜したって見つからねえよ。」
 男は最後の言葉に嘲笑のエキスを混ぜた。
彼の知り合いでも殺されたのであろうか。
それにしてもザンとロッキッキーは顔を見合わせた。
”空虚な瞳の迷宮”など聞いた事がなかったからだ。
 そこで今まで黙って聞いていたルーズが、突然ばんとテーブルを叩いた。
ザン、ロッキッキーはおろか目の前の男達、隣のテーブルのジルやエルフィーネ、ソアラ、果てはエムまでが驚いて、ルーズの方に視線を向けた。
「俺さ、その”空虚な瞳の迷宮”ってさ知ってるよ。」
 ルーズはそう言うと立ち上がり、いきなりその伝説を語りはじめた。
『かつて、ある海の彼方の島に迷宮を築き、挑戦者をつのった魔術師がいた。その魔術師を破れば、永遠の栄光が与えられると称された。しかし、その栄光とは、剥製にされて飾られ、永遠に保存される事だったのだ。魔術師は狂気におちいっていたのである。しかし、あるひとりの付与魔術師が、その死霊魔術師を打ち破った。そして、その迷宮に自らの宝を隠して立ち去った。その迷宮の名を”空虚な瞳の迷宮”という。』
 ルーズの伝承はそれで終わった。
彼にしてみればリュートを奏でられなかったのが不満で、終わった後拍手とおひねりがないのがさらに不満であった。
しかし露骨に請求する訳にも行かず、不満そうな表情をしながらも席に座りなおした。
「”空虚な瞳の迷宮”ね。」
 ロッキッキーは、ルーズのお話しの間に頼んでおいた2杯目のエール酒を口にした。
その迷宮がおそらく存在するだろう事は分かったが、ただそれだけの事である。
「あのさ、おじさん達サイロスって魔術師知ってる?」
 いつの間にか、エルフィーネが彼らのテーブルについていた。
そして魔術師という言葉でサイロスの事を思い出したのだろう。
「ああ知ってるぜ。伝説に残る古代王国の魔術師で、もっとも有名な者のひとりだからな。でも面白い人物だよな、高潔で正義感あふれる人間だったって話しと、魔法実験のためなら何でもする狂的な人間だったって話しが残ってるんだからな。ふたつ名も確か”定かならざる”と”妖精の友人”と二つあるんだよな。まあ最後は自分の信奉する正義の板挟みになって狂死したって言うんだから、やはり2面性でもあったのかねぇ。」
 男はどうやらサイロスに憧憬に近いものを持っているようだ。
なにやらそれを話す瞳が懐かしそうである。
「誰か遺跡まで案内してくれる奴を知らねえか?金は出すぜ。」
 2杯目のエールを空けた後、ロッキッキーはそう男達に尋ねた。
男は隣にいる者を示す。
「こいつなんてどうだ?どの遺跡にも一度ならず行ってるんで、案内ぐらいはできるぜ。」
 示された男は不器用に笑った。
良くみると右目が刀傷かなにかで潰れているようだ。
なるべくこちらに見せぬようにしていたので、今まで分からなかったのだ。
どうやらもとは冒険者であったが傷を負い旅が出来なくなったので、ここで冒険者の案内をして暮らしているのであろう。
「O.K.後は金の事だな。」
 ロッキッキーは張り切ってそう言った。
金銭の交渉は彼の役目である。
彼はまるでゲームを楽しむかのように生き生きとした表情を見せた。

 翌日彼らはアゼスの街で、食料と水といくばかの装備を買い足すと、まず手始めに一番近い小遺跡を目指して進んでいった。
大きな遺跡から回ろうと言う意見も出たが、ここはジルの”いちばん近い場所からのが良かろう。
”という一言で目的地は決まってしまった。
 小遺跡は、街の北のランザの荒野と言う場所のほぼ真ん中に位置していた。
砂漠という方がふさわしいのだが、かろうじて緑の薮が所々に広がっており、ここが荒野である事を証明していた。
 案内の男、名をカルロと言うらしいが、彼の話しによればここは10年に一度くらいしか雨が降らないという事らしかった。
また環境が砂漠に近いせいもあって、昼の気温は40度まで上がり、夜は零度以下まで下がるということであった。
ここではモンスターより自然の方が強敵さ、と彼は笑いながら言った。
 ここにもモンスターがいるのか、と言うソアラの問に彼は頷いた。
何種類か挙げたが、その中で一番の問題はやはりバジリスクであろう。
その名を聞いたとき6人は緊張の色を隠せなかったが、彼らの行くルートには滅多に姿を現さないと聞かされて胸をなで下ろすのであった。
 小遺跡まではおよそ2日間の旅となった。
距離的には1日もあれば街からたどり着けそうな程であったが、厳しい環境のためゆっくりと前進しなければならないので時間を食ってしまうのだ。
 その小遺跡を見たとき、6人は昨日話しを聞いていたにもかかわらず落胆した。
昨日の話しは決して誇張されたものではなかったからだ。
建物であろうものは、ほとんど原形をとどめておらず、天井は落ちてしまい、傾いた柱と崩れた壁が残っていぐらいのものであった。
本当に瓦礫の山であった。
「ここがその小遺跡だ。まあ心行くまで調べてくれよ。」
 男はそう言って瓦礫の山を指し示した。
彼自身何度も調べ、そして何も見つける事が出来なかったのであろう。
口調と表情がその事を語っていた。
 とりあえず6人は瓦礫に近付き、主にロッキッキーが先頭に立って遺跡を調べ始めた。
調べると言ってもそう広くはなく、6人がかりでものの20分もあれば隅々まで調べ終わってしまった。
だが何も見つける事は出来なかった。
当初から諦めていたエルフィーネは早々に探索を止め、人の邪魔に回っていたが。
 しかしロッキッキーはなぜか諦めきれなかった。
盗賊としての感がそう言うのか、それともラーダ神の啓示か、とにかく何かあると確信しているようであった。
次の遺跡へ行こうとする仲間を説きふせ、彼はもう一度丹念に遺跡を調べはじめた。
ロッキッキーの狂的な真剣さに、さしものエルフィーネも邪魔だてする事を止め、遠くからぼーっと彼を見ていた。
もちろん彼女だけではなく、他の仲間達もぼーっとロッキッキーを眺めていた。
 しばらく後にロッキッキーは自分の感が正しかった事を知るのであった。
遺跡の床の部分に、かなり巧妙に隠された隠し扉を発見したのである。
「うおーーー。有ったぞーー。」
 彼は思わず大声で叫び、仲間を呼び寄せた。
仲間達は次々に彼の回りへと集まってくる。
「何があったの?」
 突然叫びだしたロッキッキーを気遣うような口調で、エルフィーネはそう言った。
「扉を見つけたんだよ。他の冒険者はごまかせてもこの俺様の目はごまかせねえぜ。」
 ロッキッキーはすっかり有頂天になっているようだ。
「さっきは見つけられなかったくせに。」
 エルフィーネは彼の浮かれようが気にいらなかったようだ。
「なんだと!だいたいな、さっきだってお前が邪魔しなければ見つけられてたんだよ!」
 彼はエルフィーネの鼻先に指を突きつけてそう言った。
「自分のミスを人のせいにしないでよ!」
 エルフィーネは手を払いのけると、かみつかんばかりの勢いでそう言った。
客観的に見て事実はその通りなのだが、彼女が認めるはずがなかった。
なんにせよ見つけられなかったのは彼が悪いのである、と考えているからだ。
「さあ、扉を開けますよ。」
 ザンは二人を無視し、ソアラと力を合わせて蓋になっている敷石をどかした。
敷石の下にはぽっかりと地下への階段が口を開けていた。
かなり急な階段と入り口の狭さが目隠しの役目を果たしているため、ここから見た限りでは何処まで続いているのか分からなかった。
もちろんドワーフの目でもである。
「さあ、どうしましょうか。」
 ザンはようやくいがみ合いをやめたエルフィーネとロッキッキーを含めた、5人の仲間を見回した。
「行くしかないのう。」
 ジルはぼそっと呟いた。
「そうだな、行くしかないな。」
 ソアラもそれに相づちを打つ。
「では、行きましょうか。」
 ジル達は案内をしてくれたカルロに金を払い街へと戻ってもらうと、次々に階段を降りていった。

 エルフィーネ達は2列に並び地下へと降りていった。
階段はかなり狭苦しいものであった。
その上に急で、注意深く行かねば足を踏み外しかねなかった。
明かりは開け放たれている入り口から僅かに入り、後ろから彼らの足元を照らしていた。
 階段は10メートルほど降りると途切れ、代わりに扉が彼らの前に姿を見せた。
とりあえず先頭のロッキッキーが扉を調べるが、別段罠などは無いようである。
彼はとなりのソアラと頷きあうと、さっと扉を開けた。
ソアラは剣の柄に手をかけて不測の事態に備えたが、幸いにも何事も起こらなかった。
何もないと判断したロッキッキーが扉の中を覗くが、そこより向こうは闇の支配する領域であった。
「俺じゃ何にも見えねえわ。ジル、見てくれや。」
 ロッキッキーはそう言って、自分の斜め後ろのドワーフへとそう言った。
ジルも頷き、体を乗り出して扉の向こうを見るが、彼の目にも闇しか見えなかった。
「なんと。見えぬとは?‥‥どうやら魔法で創られた闇のようじゃな。」
 ジルは見えぬ理由をそう結論した。
「それならばとりあえずライトか、ウィル・オー・ウィスプでも飛ばしてみましょうか?」
 後ろのザンが自分とエルフィーネを差してそう言った。
「無駄だよ、きっと。多分一瞬見えて終わりだよ。」
 ルーズがそう言った。
魔法的という事になれば、恐らく闇の正体はダークネスかシェイドである。
たとえライトかウィスプを投げ込んでも光の呪文は相殺され、量の多い闇が瞬く間に開いた穴を埋めるであろう。
「じゃあ、どうすんだよ?」
 扉を持ったままロッキッキーはそう尋ねた。
「扉か何かにスイッチ見たいのはないかのう?。」
 ジルにそう言われて、ロッキッキーはもう一度扉を調べるが何もないようだ。
黙って首を横に振る。
この時エルフィーネは何かとてつもない事を考えたようだ。
ひとりにやりと笑うと、ゆっくりと気付かれぬようにロッキッキーの背後へと回った。
そして彼の背中を思い切り押した。
「えい!」
「うわ?!」
 体勢の充分ではなかったロッキッキーは、エルフィーネの力に耐えきれず扉の向こう側に転がり込んでしまった。
支えていた扉も当然閉まり、彼は仲間と隔離されてしまった。
「いってーー、エルフィーネの野郎ーー。おや?」
 ぼやきつつ立ち上がったロッキッキーは、辺りが明かりで満ちている事に気がついた。
− なるほど、扉を閉めりゃ明かりが点く訳か。
 彼はそう思いつくと扉を開ける為に手を伸ばした。
どうやら2度と開かない、というような罠はなかったようだ。
とたんに明かりは消え、その代わりに灯を持った仲間の姿が視界に映った。
「大丈夫だったか?」
 扉を開けようとしていたのか、目の前のソアラがすぐにそう声を掛けてきた。
「まあな。それよりも先に進もうぜ。」
 ロッキッキーは親指で自分の後ろを示しながらそう言った。
「え、でもこの暗闇では。」
 ザンは何処か頭を打ったのだろうかと気遣わしげにそう言った。
「ああ、扉が閉まると灯が点く仕掛になってるようだぜ。」
 ロッキッキーは仲間へとそう説明した。
それで5人は納得した。
「私のおかげよ。」
 エルフィーネは胸を張ってそう言った。
ロッキッキーは彼女に、もし罠かなんかあったらどうするつもりだったと言おうとして思いとどまった。
何となく彼女の答が分かったからである。
”ひっかかるのは私じゃないもん”と、エルフィーネはこともなげに言うだろう。
そして彼女はもしロッキッキーが先の言葉を発したら、一句一語違わずそう言うであろう。
ロッキッキーを先頭にした6人は、沈黙のまま扉の向こう側へと移動した。
 扉の向こうは踊り場のようになっており、6人が入ってもまだ少し余裕があるほどの広さがあった。
そして最後尾のルーズが扉を閉めると、ロッキッキーの言うようにぱっと灯が点いた。
「こういう仕掛になっていたんですね。」
 ザンは光っている天井をまじまじと見つめながらそう言った。
もし勇気の無い者がここを訪れたとしたら、恐らく彼らの今いる所にたどり着く事は出来ないであろう。
ここでは灯は不要と判断したルーズとエルフィーネは、それぞれに光源の火を消した。
「しかし見た事の無い素材じゃのう。」
 ジルはしげしげと壁や天井を形成する物質を見ていた。
そういえば建造物を形成している物質が、いつの間にか石から正体不明の黒い物質に変わっていた。
「何だろうね。」
 適当にルーズが相づちを打ったが、もちろん彼には関心の無い事である。
「あのさ、言いにくい事なんだけどさ。」
 突然エルフィーネが仲間へと話しかけた。
彼女にしては珍しく神妙な声である。
「どうしたのです?」
 ザンがまるで迷子を見つけて話しかけたときのような口調でそう言った。
「あのさ、ここ、四大精霊がさほとんどいないんだ。」
 エルフィーネは身ぶり手振りを交えながらそう言った。
「だからさ、私の魔法ほとんど使えないんだ。」
 元になる精霊がいないのだから当然であろう。
彼女の魔法が使えないのはいつもの事だから、さして困るような事ではないが。
「そういや精霊を捕まえてなかったか?」
 ロッキッキーが思いだしたようにそう言った。
「うんシルフをね。あと光、闇や精神なんかは使えるけどね。」
 エルフィーネは指折り数えるように精霊の種類をあげた。
どうやら彼女の魔法で有益なものはほとんど使えるらしい。
「それならあまり問題はないですね。」
 ザンはエルフィーネの方を見ながらそう言った。
「まあね、自分の体力も回復できるし。」
 エルフィーネの方も実はあまり気にしていないようである。
ただ断りを入れておきたかっただけなのであろう。
「さ、行くべよ。」
 ロッキッキーはさらに延びる階段を示してそう言った。
6人はゆっくりと、さらに地下へと続く階段を降りていった。

 扉を過ぎてからさらに20メートルほど降りたときである。
彼らは罠がないとたかをくくっていたのであろうか、それとも単に調べるのを忘れていたのであろうか、ともかくもそのミスの罰を受ける事になったのである。
先頭のロッキッキーとソアラがある段を踏んだとき罠が作動した。
突然がたんという音と共に、階段から段がすべて無くなったのだ。
「うわ?」
 6人は突然の事であったが、反射的に両手足を壁に突っ張り体を支えようとした。
このままなら何とかなったであろうが、さらに壁から油が吹きだしたのである。
「おう?」
「うわ?」
 これにルーズとジルが自分の体を支えきれず、急な坂と化した階段を滑り落ちていったのである。
当然ルーズの前にいたエルフィーネとロッキッキー、ジルの前にいたソアラが巻き込まれ5人は一緒になって階段を滑り落ちていった。
「ルーズの馬鹿ーーー。」
 エルフィーネは落ちている間ずっとそうやって叫んでいた。
結局落ちずに耐えたのはザンとエムだけであった。
彼はしょうがなく落ちていった仲間の後を追うために、ゆっくりと坂を降りていった。
 一方坂を滑り降りた5人はある部屋の天井から排出され、床へとたたきつけられた。
ここでやはりダメージをくらったのは、下敷きになったソアラとロッキッキーであった。
ところでドワーフの下敷きとなるのと、エルフ娘と人間の2人の下敷きになるのとではどちらがダメージが大きいのであろうか。
 悲鳴とうめき声と怒声が部屋に響きあい、5人が体中をさすりさすり立ち上がった頃、ようやくザンも部屋へと降りてきた。
彼は天井から降りるときロ−プを垂らして降りたので、まったく無傷のままであった。
「大丈夫ですか?」
 ザンはとりあえず仲間へとそう声を掛けた。
「大丈夫じゃないわ、まったく!ルーズのおかげで、また死にそうになったわよ。」
 彼女はまだ3カ月以上前の落石の事を覚えていた。
もっとも同じ人物に2度も同じ事で殺されそうになれば、そうは忘れないだろうが。
「古い話しを持ち出すなよ。」
 ルーズは苦笑いしながらそう言った。
「古くないわよ、たった3カ月でしょ!古いって言うのはね、10年とか20年とかたったら言うのよ!」
 エルフィーネはルーズにそう叫んだ。
1000年を生きるエルフにとっての話しである。
どうやら時間の感覚が全然違うようなので、論ずるだけ無駄であろう。
「分かった、俺が悪かった。」
 ルーズがそう謝ったので、エルフィーネの方もそれ以上何も言わなかった。
6人は改めて彼らのいる部屋を見回した。
部屋はおよそ8メートル四方程度の広さで、天井までの高さはその半分程度であった。
しかし彼らの注意を引いたのは、部屋の中央よりやや北側にある青い不透明の水晶のような球体であろう。
球体は大理石らしい台座の上に乗っており、球体を含めた高さはおよそ1メートル強であった。
6人は遠巻きに台座を囲んで眺める。
「なんだあれは?」
 ソアラはそう言ったが、もちろん誰もその問に答えられるはずもなかった。
− もしかしたら罠かも知れないなぁ。
 そうエルフィーネが考えたとき、それに近付く者は決まったといえよう。
「ちょっと見てきてよ。」
 まるでいたずらをする前の子供が誰かを偵察に行かせるときのような口調で、エルフィーネはロッキッキーの肩を叩いた。
もちろん叩かれた方としてはたまったものではないが、他に行くような者もいないので仕様がなくロッキッキーは注意深げに近付いた。
 ロッキッキーが台座の前に立ったとき、水晶に変化が現れた。
突然まばゆく光ったかと思うと、空中に一人の年老いた男性の姿が浮かび上がったのだ。
ロッキッキーはころげる様にして仲間の所へと戻ってきた。
「なんじゃこれは?」
 ジルは半ば呆然としてそう呟いた。
男はローブをまとい、手には美しい細工が施された杖を持っていた。
そしてその姿が半ば透き通っている事から、ザンがその正体に気付いた。
「幻影です!」
 ザンが短くそう言った時、映し出された男はまるで彼らに語りかけるように口を開いた。
『我が名はサイロス、付与魔術師の使い手の中でも、とりわけ技に優れた天才である。付与魔術のみならず、創造に関したあらゆる魔術に精通しておる。しかし、この世は真の魔法の力を理解せず、己の欲望を満たすためにのみ、この偉大な力を使おうとする者ばかりだ。この地の大守、レクトヒースは我が失敗作の一つ、<支配の仮面>を奪い、我にそのような不完全なる物をさらに作れと強制した。我は、彼との戦いを決意した。力と知恵を兼ねそなえた者でなくては、我が作りし品々を持つ資格はない。そこで我はひとつの剣を作った。これにて、仮面を葬らんとしたのだ。されどレクトヒースは陰謀に長けし男、我を暗殺者に追わせ、剣を奪わんとした。我が命はもはや長くは保たぬ。かくて我は、友に剣をゆだね、悪しき魔術師の造りしこの迷宮に剣の力を呼び戻すものを隠した。かの剣は、我の作りしものすべてを破壊する力を秘めておる。心卑しきもの、力なきものにゆだねることはできぬ。我が傑作の一つ、水晶の迷宮ごときものを破壊されれば何としよう。ここは死の美学を信奉する狂人の作りし所、さらに我が試練をつけくわえた。我に劣らぬ天才のみが、それを手にするであろう。卑怯なる者はそれを手にする事はかなわぬ。他者より信頼を受け、自らも、信頼できる友をもつような者でなければならぬ。汝らが、我が敵に敵する者であれば、行きて宝を取るがよい。汝らが我が敵であれば、汝らに力なく知恵なく勇気なくば、そして友ももたざれば、真白きむくろとなりて、この迷宮を飾るがよい。』
 彼らに語りかけるサイロスには、尊大な調子とおびえた様子、そして理性的な落ち着いた様子とがかわるがわる見受けられた。
6人が息を飲んで見守る中、全てを伝え終えた幻影は空にかき消すように消滅した。
「どうやらここが”空虚な瞳の迷宮”に間違いないようじゃな。」
 ジルがぼそっとそう呟いた。
アゼスの冒険者の宿でルーズが語った伝説と一致するからである。
「そうだな。しかし、天才的な魔術師の試練か。」
 ソアラはこれからの彼らの、前途の多難さを思いやるようにそう呟いた。
「行くんなら行こうよ。そして戻るなら戻ろうぜ。」
 ルーズはそう言って仲間に決断を促した。
「もちろん行くんでしょ?なら早いとこ終わらせて帰ろうよ。」
 エルフィーネはそう仲間達を促した。
他の仲間達も彼女に向かって頷いた。
とりあえず彼らは、もう一度その部屋の探索からはじめる事にした。
台座の前にもう一度立っても、もう2度とサイロスの幻影は現れなかった。
上の扉かなにかと連結していて、もう一度外に出て入り直さない限り見る事は出来ないであろう。
球体と台座の材質は壁などと同様に彼らの知らないものであった。
 部屋には北側と東側の壁に扉があった。
彼らはとりあえず罠などがないか調べるが、ここで時間短縮のためにロッキッキーが北側、ザンが東側の扉を受け持った。
ロッキッキーの方は別段罠などはないと言ったが、ザンの方ははっきりせず、どうも罠があるらしいとそれを繰り返すだけであった。
 6人はとりあえず安全な方の扉、北側の扉を抜けることにした。

 扉の向こうは通路になっていた。
通路の幅はおよそ4メートルほどで、高さもそれくらいであった。
道は北と東と西に別れて延びていた。
どの通路も3メートルほどで明かりが消え闇に包まれており、その向こうに何があるかは分からなかった。
どうやら明かりのサービスは、彼らから3メートルのまわりだけらしかった。
「どっちに行くの。」
 なぜかエルフィーネが地図を描きつつそう言った。
「そうじゃの‥‥。」
「ここは東だ!」
 ジルが左、つまり西と言う前にロッキッキーがそう叫んだ。
ジルはじろりと彼を睨むが、このパーティーの性格柄反対する事はなかった。
「はいはい、東ね。」
 6人は歩みを東へと向けた。
道は6メートルほどで南に折れていた。
さらに北側の壁の一番はじに、彼らが抜けたものと同じ様な形の扉があった。
折れたところで道幅は倍になり、一種の広場と言っても良いほどの広さになった。
「噴水‥‥ですか?」
 ザンがそう言って南の方を示す。
確かに道のほぼ真ん中辺りに噴水らしきものがあった。
6人は急いで噴水の近くに近寄った。
噴水池の中央には猛々しい獅子の像が、南を向いて立っていた。
「何でこんな所にこんな物があるんだ?」
 ソアラはじっと噴水を見ながらそう言った。
「怪しいな。」
 ロッキッキーはそう言って噴水に近付いていった。
そしてあれこれ調べて最後に池の水を少しなめてみたが、別段にどうって事ないようだ。
「別になんともねえ。ただその存在しているところが変なだけだ。」
 ロッキッキーは仲間の元へ戻って来るとそう言った。
たしかにこんな迷宮よりは、どこかの王侯貴族の庭にあった方が自然である。
「獅子の噴水‥ね。」
 エルフィーネはとりあえず忘れぬように地図へと書き込んだ。
その地図をジルが後ろからのぞき込んでいた。
「どうやら先の東側の扉の先は部屋になっとるらしいのう。どうじゃ、戻ってみんか?」
 ジルは少し考えたあとそう言った。
もしそこに何か重要な物があった場合の事を考えてだ。
「そうだね、何かあるかもしれないしね。」
 ルーズはそうジルに相づちを打った。
ザンは嫌そうな表情を見せたが反対はせず、ただ黙ってついていく事にしたようだ。
6人は一度彼らが落ちてきた部屋へと戻る事になった。

 始めの部屋へと戻った6人は、台座の脇を抜け東側の扉の前に立った。
扉自体は北側の物とほぼ同じで、ぱっと見には特に怪しいところはなかった。
「ロッキッキー、調べてみてくれ。」
 先頭のソアラが振り返ってそう言った。
「ちっ、しょうがねえな。」
 彼はそう言うと仲間の脇を抜け、扉の前に立つ。
先ほどザンが気にかかる事を言ったので、彼はいつもより丁寧に、そして慎重に扉を調べていった。
だが何も発見できなかったようだ。
「何にもねえぜ。」
 彼は人よりも自分を信じる質であった。
真っ向からザンの結果を否定する事を、事も無げに言った。
「じゃあ、開けてよ。」
 エルフィーネは意地悪くそういった。
罠があったら面白い事になると考えての事だ。
もちろん彼が断らないと考えていた。
「ああ、いいぜ。」
 ロッキッキーは彼女へと頷くと扉に手をかけ、そして押し開いた。
そして彼女の期待を裏切り、扉には何の罠も掛けられていなかった。
「ほらな。」
 彼は勝ち誇ったようにそう言った。
「なら、中へと行くかの。」
 ジルがマトックを構えてそう言った。
扉には何もなかったが、中がそうであるとは限らないからだ。
6人はジルとソアラを先頭に部屋の中へと入っていった。
 東の扉の向こうは、彼らが今までいた部屋とほぼ同じくらいの大きさであった。
さして変わったところはなさそうだが唯一おかしいところと言えば、部屋の床に人間の骸骨がかなりの量散らばっている事であろう。
それゆえ先頭の二人は、部屋に一歩入ったところで立ち止まった。
「冒険者の成れの果てかな。」
 ソアラが縁起の悪い事を呟いた。
「さてのう、もしくはスケルトンかもしれんのう。」
 ジルはそうソアラへと返した。
確かに死した冒険者が誰かの、サイロスか狂魔術師の魔力によって、アンデットにされていても不思議な事ではない。
「とりあえず調べてみるか。」
 ソアラはそう言い、ジルも頷いたので二人は部屋の中へとさらに踏み込んだ。
と、その時、部屋の骸骨に異変が起こった。
「なんじゃ?」
 床の骸骨がからからと音を立てて集まり始め、やがて6体の骸骨へと組立ったのである。
そしてなんと操り人形のように踊り始めたのである。
「やはりスケルトンか!」
 ソアラはそう言って剣を構えた。
ジルもマトックを構え、二人はじりじりと6体の骸骨に寄っていった。
だが骸骨と6人の間はなかなか縮まらなかった。
彼らが一歩近付くと、骸骨の方も一歩下がって行くのである。
だがこの部屋の大きさは無限ではなかった。
骸骨達はやがて壁ぎわへと追いつめられた。
6人はなおも骸骨に迫り、最後尾のルーズとロッキッキーが部屋の中央まで来たとき、骸骨達は突然彼らの方へと駆け寄った。
「むおっ?!」
 慌てて攻撃に備えようとした6人の脇を抜け、骸骨はすたこらさっさと部屋から逃げ出ていった。
後には呆然とした6人が残る。
「何だったんだよ、あれは。」
 しばらくしてルーズがそう呟いた。
「どうやらスケルトンではなくて、ボーン・サーバントだったようじゃな。」
 ジルがそう呟いた。
ボーン・サーバントとはアンデットではなく、人骨を用いたゴーレムの一種である。
モンスター的にはひ弱な雑魚であるが、かなり高い知能を持つ事に特色がある。
「緊張して損しちゃった。」
 エルフィーネは抜いていたレイピアを鞘へと戻した。
もっとも相手が攻撃してきても、剣を使うような事はなかったであろうが。
「後は‥‥何にもなさそうですね。」
 部屋の中をざっと見回したザンがそう言った。
確かに何があるわけでもなく、骸骨どもの去った後の部屋はがらんとしていた。
「戻るべぇよ。」
 ロッキッキーもつまんなそうにそう言った。
「そうじゃのう。」
 6人は始めの部屋に戻り北側の扉を向けると、今度は通路を西へと向かった。

 西の通路は東側とほぼ対象になっていた。
違いは東では獅子だった噴水の像が、こちらは水瓶をかかげた乙女の像だという事と、像の向きが南ではなく北を向いているという事であった。
「乙女の像ね。」
 エルフィーネが地図に書き込みながらそう言った。
「何かありそうな気がするけどね。」
 ルーズは乙女の像を見ながらそう言った。
少し目がいやらしいと思うのは、エルフィーネの偏見であろうか。
「仕様がねえ、調べてくら。」
 誰もそうしろとは言っていないのに、珍しくロッキッキーが自主的に噴水へと近付いた。
「気を付けろよ。」
 ソアラの言葉に軽く手を挙げて答えると、彼は噴水の回りを調べはじめた。
だが結果は獅子の像の時と同じで何も分からなかったようだ。
 彼は一度仲間に肩をすくめて見せると、なめてみて大丈夫と思ったのか噴水の水をごくごくと飲みはじめた。
とたんに彼は全ての事がむなしく、やるせない物に思えてきてしまった。
彼は一度大きくため息をつくと、がっくりとうなだれてしまった。
そのロッキッキーの変化に、仲間達は慌てて彼のもとへと駆け寄った。
「どうしたのじゃ?」
 何処となくはかなげな表情をしたロッキッキーにジルがそう聞いた。
「なんかさ、世の中がむなしく思えてさ。」
 ロッキッキーはそうジルへと言うと再びため息をついた。
いつものふてぶてしさは無く、まるで別人のようであった。
エルフィーネは気遣わしげにロッキッキーを見た後、ソアラの方を向いて狂ったと言う手振りを見せた。
「この噴水の水‥ですかね?」
 ザンはロッキッキーの顔をのぞき込みながらそう言った。
「そうみたいだね。」
 ルーズはそう相づちを打った。
「とにかく仕様がないのう。こやつを連れて行くかの。」
 ジルはそう言ってエルフィーネの方を見た。
「私が連れて行くの?」
 エルフィーネは露骨に嫌そうな顔をした。
「当然じゃろう、一番暇なのはお主なのじゃから。」
 ジルはきっぱりとそう言った。
エルフィーネは地図を示してみせたが、ジルは気にも止めなかった。
そしてすぐに南へと歩き始めてしまった。
ソアラとザンがそれに続く。
「じゃ、ルーズお願いね。」
 彼女はすぐにそう言うと身を翻し、仲間の後を追った。
「おーい、なんで俺よ?」
 ルーズはそう言ったが、そこにはもう彼とロッキッキーしかいないのである。
彼はしかたなくやるせなさそうなロッキッキーを急かしつつ、仲間の後を追った。

 広間は終わりの辺で外側の壁が内側に向かってきており、急激に細くなっていた。
そしてそのまま東へと続く通路へとつながっていた。
彼らが最初に降りてきた部屋の南側を通る通路は、一風変わっていた。
柄が丁度チェス板のように区切られ、しかも交互に白と黒で塗り分けられているのである。
そして通路の南側には扉が三つあった。
「怪しいのう。」
 ジルはその床を見るなりそう言った。
確かにこれで何もないと言う方が無理であろう。
「さっきの獅子の像の方に続いているのかな?」
 ソアラが通路の向こうの方を見つつそう言った。
「そう見えるけどね。」
 エルフィーネは自分の描いた、今だ不完全な部分の多い地図を見せながらそう言った。
「向こう側に回ってみましょうか?」
 ザンがそう言った事で、6人は格子模様の床を通らず、大回りをして向こう側の床の切れ目へと移動した。
ここにきてソアラの呟きが正しい事は証明されたが、それ以上の収穫はなかった。
「床を調べてみてくれんかのう。」
 ジルはザンの方を向いてそう言った。
もうひとりのシーフは、相変わらずため息を友としているためである。
「分かりました。」
 とりあえずザンは淵の所に座り込み、床を触らぬようにして白黒両方を調べるが結果は好ましくない物であった。
「だめです、分かりません。」
 ザンは申し訳なさそうに首を横に振った。
となると頼るのは1人しかいなかった。
「ロッキッキー、お主の出番じゃぞ。」
 ジルがそう言うとロッキッキーは力無げに頷いた。
「あいよ。」
 彼は淵まで歩いていくと無気力そうに座り込んだ。
そして始めに黒い床の方を調べる。
たとえ哀切な心境でも腕は鈍らないと言うところか、彼は振り返るとジルにも負けぬほどの口調で呟いた。
「罠があるぜ。」
 彼は仲間の返事を待たず、次に白い床の方を調べはじめた。
だがこちらは何もないようであった。
「こっちは平気そうだな。」
 彼はそう言うと立ち上がって、また後ろへと戻っていった。
「やはり罠か。」
 ソアラが床を見ながらそう言った。
「何の罠かは分からぬがの、今は無用なことをせん方がよいじゃろう。」
 ジルはソアラへとそう言った。
彼も頷く。
そこへ後ろからエルフィーネが声を掛ける。
「あのさ、私喉が乾いたんだ。獅子の像の所まで戻ってよ。」
 エルフィーネは北のすぐそこの噴水を示しつつそう言った。
わずか数メートルであるが、それでも一人になるのがいやなのであろう。
「分かった。」
 ソアラもロッキッキーに負けず大きなため息をつくとそう言った。
そして6人は獅子の像の所へと移動するのである。

 とりあえず噴水の所へと来たエルフィーネは、早速ロッキッキーを使って辺りを調べさせはじめた。
彼女は何か考えついたのか、とりあえず像を中心に調べるように彼へと伝えた。
ため息ばかりついていたロッキッキーであるが、それでも彼女の言ったように像を調べはじめた。
その間にエルフィーネは喉の乾きを潤そうとしたようだ。
こちら側の噴水を選んだのは、先ほどロッキッキーがなめてみてなんともなかったのを覚えていたからであった。
彼女は噴水の淵に座り込み、両手をそっと水の中にいれた。
「けっこう冷たいんだ。」
 そう言いながら無色無臭の水をすくって、彼女はそれを美味しそうに飲み干した。
さらにもう一杯と手を水の中にいれようとしたとき、不意に彼女をノスタルジックな感情が襲った。
手を止めて思わずあらぬ方向を見つめる。
その彼女の異変にロッキッキー以外の4人が気付き、即座に彼女に近寄った。
「おい、エルフィーネ、どうした?おいってば。」
 ソアラがそう言ってエルフィーネに話しかけるが、彼女は反応しなかった。
ただ一言”お母さん”と呟いて、瞳を潤ませるだけであった。
彼女の脳裏にはいま子供時代や家族の事が、走馬燈のように現れては消えていっていた。
ソアラ達なら長くてもおよそ30年程で終わったであろうが、彼女の場合はなんと190年分が思い出されるのである。
しばらくこちらの世界に帰ってこなくても不思議ではあるまい。
 彼女が190年分の人生を思い出し終わった頃に、ロッキッキーの方も獅子の像を調べ終わったようで集まっている仲間の所へと戻ってきた。
「あの獅子の像よ、簡単に回せるぜ。」
 彼はそう言うとふたたび無口になった。
4人が獅子の像を見ると確かに180度回転していて、獅子は北を向いていた。
しかし何か変化が起こったようには思えなかった。
 またエルフィーネの方は、時々家族のものであろうか名前を呟いたり、家に帰りたいと呟くだけで何もしようとはしなかった。
他の4人はそのロッキッキーとエルフィーネを連れて、再び格子模様の床の所へと戻るのであった。

 格子模様の床の淵へと来た彼らは、とりあえず罠の正体を探ろうと考えた。
一番手っとり早いのがその黒い床に乗ってみる事だが、致命的な罠だと困るのでそれは試せるような事ではなかった。
6人は、と言ってもロッキッキーとエルフィーネはほとんど参加していなかったが、議論を重ね、そしてザンが食器を持っている事に気付いた時点でそれは終わった。
食器を一枚犠牲にして罠を探ろうというのだ。
おそらく罠の発動は重量感知であろうから、この試みはうまくいくであろう。
ザンは背負い袋の中から食器を一枚だし、それを手に持って床の淵に立った。
「では、投げますよ。」
 ザンは仲間の見守る中、食器をひょいと少し離れた床へと投げた。
食器は正確に黒い床へと落ちた。
その瞬間上から一本の槍が落ちてきて、木製の食器に突き刺さった。
食器はその力に耐えきれず、ぱっかりと二つに割れてしまった。
「なかなか面白い罠だね。」
 ルーズが少し顔を引きつらせながらそう言った。
「よかったな、調べないで進まなくて。」
 ソアラは床に突き刺さった槍を見ながらそう呟いた。
「まったくです。気付かないで進んでいれば、あの食器と同じ運命でしたよ。」
 戻ってきたザンが、無惨にも打ち割られた食器を示しながらそう言った。
「しかし良くできてるね、扉はみんな黒い床の所だよ。」
 ルーズがそう言って南の扉を示した。
たしかに彼の言うとおり扉は黒い床の上にあり、これではどうにか開ける事は出来るが調べる事はままならないであろう。
「しかし今までこの罠は作動しなかったのかの?」
 ジルが槍の方をそんな事を呟いた。
「そう言やそうだね。何処の間抜けも引っかからなかったんじゃないの?」
 ルーズがそう言って槍の方を見た。
ロッキッキーとエルフィーネを除いた4人が槍を見たとき、信じられない事が起きていた。
床に突き刺さったはずの槍が、ゆっくりと上へと移動しているのである。
「何じゃ?」
 思わずそう言って上を見たジルは、危うく笑いころげそうになった。
先ほど逃げたボーン・サーバントであろうか、彼らが懸命に上から槍を引き上げているのである。
床の方も不思議な物で、確かに突き刺さったはずなのに傷一つついていなかった。
「なるほど、あやつらがこの迷宮を管理しているのじゃな。」
 納得したような口調でジルがそう言った。
「この野郎!」
 ソアラがそう叫び床を踏みならすと、ボーン・サーバント達は慌てて逃げていった。
こうして見ているとけっこう可愛いものである。
「さて次は何処へいくかの。」
 ひとしきり笑って満足したジルがそう仲間へと尋ねた。
「そうですね、この扉を行くのは少し危険ですね。向こうのT字で行っていない通路がありますから、先にそちらを行きましょう。」
 ザンの言葉に3人は頷いた。
後の二人も力無げに頷く。
 6人は始めの部屋の前のT字を目指して歩み始めた。
途中で何かあるかも知れないと、獅子の像をもとに戻してからである。

 始めに抜けた扉の前を真っ直ぐ北へと行った6人であるが、彼らはすぐ引き返す羽目になった。
その通路も14メートルほど進むと、格子模様の床へと出たからである。
恐らく同じ罠が仕掛けてられているだろうので、彼らは危険を回避すべく転進した。
そして獅子の噴水の北にある扉の前へと立った。
型どおりにロッキッキーに調べさせ罠がない事を確認すると、ソアラが扉を開いた。
 中は細長い通路になっており、幅はおよそ6メートルほどであった。
ただのぞき込んだソアラをぎょっとさせたのは、通路中、天井、壁、床を問わずさまざまな色の翡翠で作られた頭蓋骨がはめ込まれている事であった。
これを作った者の性格が分かるような趣味の悪い細工物であった。
「不気味だな。」
 そう言って思わずドクロに触ろうとしたソアラを、慌ててジルが止める。
「触るでない!すまぬがロッキッキー、これを調べてくれるか?」
 ソアラを止めた後、ジルはそう言って後ろのロッキッキーに話しかけた。
「ああ、いいぜ。」
 彼はそう言うとふらふらと通路に入り、ドクロを調べはじめた。
だが別段これと言って変わったところはないようである。
「何もない‥ようだぜ。」
 ロッキッキーがそう言うと、ジルは頷いて通路の中へと入ってきた。
他の者もそれに続くが、足の裏より伝わるドクロの感触や、恐らく思いこみであろうがドクロが彼らを見ているような気がして、気色悪い所であった。
最後尾のルーズが部屋に入り扉を閉じると、突然8つのドクロが壁を離れて彼らに襲いかかってきた。
宙に飛んだドクロの歯は鋭く尖った牙へと変化していた。
「うわっ?!」
 エルフィーネとソアラは二つ、他の者はそれぞれ一つの頭蓋骨に襲われた。
ロッキッキーとエルフィーネは、その心境にもかかわらず襲いかかってきた頭蓋骨の攻撃を全てかわした。
ソアラは一つはかわしたものの、もう一つに後ろから首もとを噛まれてしまった。
ジル、ザン、ルーズは避けきれず、それぞれにドクロに噛まれてしまった。
宙を飛んだ頭蓋骨は、やがてもとあった場所へと戻っていった。
 部屋は再び静寂を取り戻した。
頭蓋骨に噛まれた4人は床の頭蓋骨に接吻するように倒れ込んだが、すぐに立ち上がった。
「大丈夫?」
 エルフィーネはそう言って4人に視線を向けた。
ジルは噛まれた辺りをさすりながら頷いたが、ザンとルーズは違った。
エルフィーネの姿を確認するなり、目が血走ったのである。
「おっ‥‥。」
 二人はそう言って一歩エルフィーネに近寄った。
「なっ、どっどうしたの。」
 二人の異常さにエルフィーネは一歩後ずさった。
「お尻ーーーーー!」
 二人はそう叫ぶなりエルフィーネへと向かって襲いかかってきたのである。
「きゃーーー?!」
 エルフィーネは飛び上がるほど驚いて、二人から逃れるべく狭い通路中を走り回る羽目になった。
またソアラの方はエムを見つけたとたんにがっしりと捕まえて、嫌がってるエムになど目もくれず頬擦りをし続けるのであった。
その様子を見ながらジル、ロッキッキーは、顔を見合わせた。
「どうやら先の頭骸骨は、何らかの呪いを掛ける物のようじゃの。」
 自分に変化がないからか、ジルはそう呟いた。
噛まれていないロッキッキーは頷いた。
「ちょっと!見てないで助けてよ!!」
 2人の男に追いかけられつつ、面白そうに見ている2人にエルフィーネはそう叫んだ。
「尻ぐらい触らせてやらんかい。減るもんでもないじゃろうが。」
 ジルはそう言うとじろりと彼女を見た。
「減るわよ!」
 走りながらエルフィーネは根拠の無い事を言い返した。
2人は息をつくと北へと向かって歩き始めた。
他の者もそれを追った。

 この通路は、およそ18メートル程の長さをもって終わりを告げた。
その間中びっしりと頭蓋骨がはめ込まれていたが、どうやら襲かかってくるのは始めの一回だけらしかった。
通路は扉でその北側と隔たられていた。
「ロッキッキー頼むわい。」
 ジルは目の前の扉を示しつつ、そう言った。
「おう。」
 ロッキッキーはそう言って扉の前に座り込んだ。
一方エルフィーネの方であるが、ジルの言うようにザンとルーズに触らせてやるほどお人好しではなかった。
彼女はロッキッキーを盾にしたりソアラを盾にしたりして、何とか逃げ回っているのだ。
今もエムに頬擦りし続けているソアラを盾にして、2人とにらみ合っているのだ。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!二人とも!!」
 ソアラの影からちょこんと頭だけ出して、エルフィーネはそう言った。
だが二人の方は彼女の説得に応ずる気はないようであった。
「少し触らせてくれればいいのですよ。」
 いつものザンらしい口調でザンらしくない事を言った。
「そうだよ、それは俺の尻なんだからさ。」
 ルーズのほうは彼に似合った事を言った。
「どれが”俺の尻”よ?!私のお尻は私のよ!」
 エルフィーネは怒ってそう言った。
しばらくは膠着した状態が続きそうである。
 ロッキッキーの方は扉に仕掛けてあった罠を解除し、鍵をも解除した。
罠の方は古典的な毒針が仕掛けられていたが、彼を騙す事は出来なかった。
「開いたぜ。」
 ロッキッキーはそう言ってジル達の方を見た。
ジルは頷いて扉を開け中に入る。
その後をスムーズにでは無いにしろ、5人も部屋へと入っていった。
その部屋の中は豪華に飾りたてられた家具や、高価そうな酒瓶がぞろぞろと並んだ棚があるだけであった。
特に変わった様子もなく、休息するにはもってこいの所である。
 しかし部屋に入り酒瓶の陳列を見たとたん、不意にジルが大きな声で叫びはじめた。
「うおーーー。酒じゃーーーー。」
 彼は唖然とする5人の目の前で棚へと走りより、がばがばと片っ端から酒を飲み始めた。
その勢いたるや、今まで酒場でみた誰よりもすさまじいものがあった。
「ジルに掛かった呪いって‥‥これの様ね。」
 エルフィーネは唖然として酒を飲み続けるジルを見た。
そしてその隙を逃さず、ルーズとザンの二人が彼女のお尻に頬擦りをした。
「きゃーーー!?」
 彼女は思わずお尻を押さえて飛び跳ね、また追いかけっこがはじまった。
しかしその喧噪にもジルは耳を貸さず、100本近くある酒を次から次へと空けていった。
ロッキッキーは相変わらずため息の中にいたし、ソアラはエムに顔中引っかかれてもまだ頬擦りを止めようとはしなかった。
 それから2時間ぐらい後であろうか、ジルは100本近くあった酒を全て飲み干し、それでもまだ足りずにザンが持っていたドワーフスレィヤーまで奪い取って飲み干した。
彼の腹は飲む前に比べて二回り半ほども大きくなり、まさに酒樽と呼ぶにふさわしい格好になった。
彼の体を纏う鎧も、内側からの圧迫に悲鳴を上げていそうである。
「うぃーーーっぷ。もう無いのかのう。」
 常人だったら恐らく急性のアルコール中毒で死んでいるだろうが、あいにくドワーフにはそのような死因はないようであった。
彼は真っ赤になった顔でまだそんな事を呟いていた。
今彼の体を絞れば、アルコール度40度くらいの汗が出てきそうである。
「まったく、なんてこらえしょうがないのかしら。貴方達もよ!」
 エルフィーネは酔っぱらって座り込んでいるドワーフの方を見てそう言った後、最後の部分を彼女を追いかけ回しているザンとルーズに向けた。
「それよりもよ、隣に行こうぜ。」
 またソアラを盾にしてにらみ合っている3人と酔っぱらって倒れ込んでいるドワーフに、ロッキッキーは西の扉を示してそう言った。
この部屋には、もう空になった棚と空になった空き瓶しか存在しないからである。
「そうね。扉開けてよ。」
 エルフィーネは2人を睨みつつそう言った。
「おいよ。」
 ロッキッキーはそういって扉を調べるが、どうやら罠もなく鍵もかかっていなかったようだ。
無造作に扉を開けた。
どうやら隣側も部屋になっているようであった。
 6人はジルを転がしつつ、扉を抜け西側の部屋へと入っていった。

 その部屋はおよそ8メートル四方の正方形の部屋であった。
部屋の中央に始めの部屋と同じ様な台座がある他は、何もないシンプルな部屋であった。
だが台座の上に載っているのは水晶球ではなく、眼窩に青い宝石がはめ込まれたドクロであった。
「さっきの通路といい、趣味がいいとは言えないわね。」
 エルフィーネは交互にドクロとザン、ルーズを見つつそう言った。
「そのドクロ取ってみてよ。」
 彼女は視線をロッキッキーへと一瞬向けてそう言った。
めずらしく彼女には隙がないので、彼ら2人も近づけないようである。
それに彼女はいざとなったらソアラをぶつける気でいた。
「あいよ。」
 ロッキッキーはそう言って台座に近付きドクロを取ろうとするが、彼の手はドクロをすり抜け宙をかき回すのみであった。
「だめだな、幻影だ。」
 ロッキッキーは誰も見ていないのに肩をすくめる仕草をした。
その彼の目に台座の模様が映った。
「おい、台座を見ろよ。何か書いてあるぜ。」
 ロッキッキーがそう言って台座の下を触りつつそう言った。
台座には扉の彫刻がほどこしてあり、確かに何か書いてあるようだが下位古代語らしく彼とそしてエルフィーネには読めなかった。
「下位古代語‥ね。」
 エルフィーネは、まったく台座の方を見ようとしない2人を恨めしげに見た。
下位古代語を読める2人が2人とも彼女を追っかけ回しているからだ。
「まったく‥使えない人たちね。」
 自分の事を棚に上げて彼女はそう呟いた。
だがこのままでは状況は変化しそうになかった。
彼女にしては珍しく建設的に考えたようだ。
「ロッキッキー、確かルーズがトランスレイトの使えるアミュレットを持っているはずよ。奪い取っちゃってよ。」
 エルフィーネは振り向きもせずそう彼へと言った。
ロッキッキーの方も頷きルーズの近くまで行くと、ルーズの背負い袋の中からアミュレットだけをすりとった。
そして彼女へと話しかける。
「盗ったぜ。」
 エルフィーネはロッキッキーの手にアミュレットを確認すると、頷いた。
「それ使ってさ、台座の言葉読んでよ。」
 エルフィーネは台座を指で示しつつそう言った。
「了解。」
 ロッキッキーは台座の近くまで行き、アミュレットを掲げキーワードを唱える。
「トランスレイト!」
 一瞬アミュレットが目映く輝き、ロッキッキーは目を眩まされた。
そしてそれから立ち直ったとき、彼の目には下位古代語が共通語に訳されて見えた。
彼はゆっくりとそれを読みはじめる。
『我を欲するものは、夢の扉を通り、安らぎの夢の中にて、その願いかなわん。されど汝が背を守るものなくば、その願いついえん。』
 ロッキッキーの読んだ文章は、どうやらドクロを取る方法を教えているようであった。
「どういう事かな。」
 ロッキッキーは仲間へと対しそう尋ねた。
「考えるからちょっと待って。」
 エルフィーネは注意力の半分を思考へと向けた。
思考はかなり断続的になりなかなか答にたどり着かなかったが、それでもエルフィーネは彼女なりの解釈を導きだした。
「要するに寝ろってことでしょ。」
 エルフィーネがそう言うと、酒に濁った声が返ってきた。
「だめじゃ、ここでは眠くならんぞ。」
 今まで喋らなかったので寝ていると思っていたジルがそう呟いた。
彼はいつの間にかちゃっかり台座を背もたれにして寝ようと試みていたが、どうやら駄目だったようだ。
何かの力が働いて眠らせないようにしているのであろうか。
「そんなに寝たい?なら永遠に寝かせてあげるわ!」
 彼女はジルの口調に腹が立ったようであった。
自分がこれだけ苦労していると言うのに、このドワーフは酒飲んで寝ようとしているなんて、といわば八つ当たりであった。
 彼女はさっとジルの方を向いて、サンドマン、精神の精霊の力を借りた。
『眠りの精霊サンドマンよ、我にその力の片鱗貸したまへ”スリープ”!』
 彼女の怒りのためであろうか、ジルへの魔法の効果は今まで彼女の人生の中で最高の物となった。
ジルは一瞬体を震わすと、そのまま高いびきをかきはじめた。
そのとたんに部屋に急激な変化があった。
部屋の南側にライオンの頭を持った、身長3メートルはあろうかと言う恐ろしげな半透明の怪物が姿を現したのである。
怪物は驚く5人の視線の中、ジルを視界にとらえるとにやりと不器用に笑みをもらし、ゆっくりと眠る彼へと近付いていった。
「みんな!ジルを守れ!」
 ロッキッキーのその言葉に、他の者の呪いも一時的に効果を失ったようである。
全員が弾かれたように、ジルと怪物の間に割って入った。
そしてすぐに剣を抜き戦闘体勢に入った。
怪物の方は一瞬不快げな表情を見せると、すぐに雄叫びと共に5人へと襲いかかってきた。
 戦いは熾烈を極めた。
まずルーズが倒れ、次にエルフィーネが床と口づけをする事になった。
途中でジルを起こせば怪物は消えると考えたものの、さしものザンもエルフィーネの怒りのスリープを解除する事は出来なかった。
 しかしエルフィーネが倒れたとき、彼らにも救いの神が現れた。
フォウリーが仲間を引き連れ彼らの加勢に加わったのである。
ザンはフォウリーを見て、再び呪いが復活しかけたようだ。
「私のお尻。」
 彼がそう思わず口走っていたのを、仲間達は聞き逃さなかった。
彼らの助けを借りどうにかジルへとかかった魔法を解除すると、怪物は唸り声を上げつつ空にかき消えた。
 一方ジルはうなされて汗をびっしょりかいていたが、魔法が解除されると同時にはっと目を覚ました。
そして目覚めた彼の手の中に、いつの間にか眼窩に青い宝石をはめ込まれたドクロがどこからか姿を現していた。
それとは対象に幻影のドクロはいつの間にか姿を消していた。
「恐ろしい夢を見たのう。」
 ジルはそう呟いた。
どうやら寝汗を多量にかいたので、彼の体に残っていた酒精も消え失せたようだ。
彼の見た夢とはこの部屋からドクロを取ろうとする夢であったらしいが、ドクロを取った後何かに追いかけられ、扉めがけて逃げ出したが背中を切りつけられ瀕死の重傷を負ったと言うものらしかった。
ただ彼の背には浅い傷があり、はたしてそれが夢の出来事かどうかは分からないと言うところであろう。
「まったく貴方達は何処まで私の手を焼かせるの?」
 フォウリーは気を失ったエルフィーネとルーズを治した後、まるで手を焼かせる子供を持つ母親のようにそう言った。
「ごめんなさい、フォウリー。でもさ、私は悪くないもん。」
 エルフィーネはそう言い返した。
それに対しフォウリーは何も言わず、一度地上まで戻ると言って部屋から出ていった。
ザンは残念そうにフォウリーのお尻を眺めていた。
 彼らは南の扉をあけ床の罠を解除すると、今度は乙女像の北の扉を目指し通路を進んでいった。

 6人は観客のいないにもかかわらず、喜劇を上演しながら女神像の広間を目指していた。
この迷宮は、どうやらボーン・サーバント以外の怪物は徘徊していないようである。
もっともボーン・サーバントは彼らの敵にはならないであろうが。
 彼らは扉を開け、中へと入っていった。
扉の向こう側は、獅子の像の北側と同じで細長い部屋になっていた。
ただ違うところは翡翠のドクロではなくて、壁の両側の高さおよそ1.5メートルの所にデスマスクが掛かっている事である。
つまり人間の断末魔の表情をした仮面が掛かっているのである。
「ほんとに趣味悪いね、ここを作った人間てさ。」
 エルフィーネはロッキッキーの影に隠れつつそんな事をいった。
ただザンの方は彼女よりフォウリーに心引かれたようで、ずっと考え込んでいた。
おそらくフォウリーのお尻でも思い出しているのであろう。
よって今の所エルフィーネが注意すべきはルーズだけという事になる。
彼女は一応前を向いているものの、神経は全て耳に集まっていた。
どんな小さな音も聞きもらさず、事あるごとに振り返っているのだ。
 やがて最後尾のルーズが部屋に入り込み扉を閉めたとたんに、先ほどと同じような事が起こった。
今度はデスマスクが飛んでくるのではなく、一斉に大声で悲鳴を上げたのだ。
ロッキッキーはその声にたまらず部屋を飛び出していった。
他の5人も耐えきれず、次々に部屋から飛び出していった。
「また罠かよ。」
 ロッキッキーはそう言って舌打ちした。
そしてソアラが抱えているエムを見たとき、悲鳴を上げて縮こまってしまった。
「猫恐い、猫恐い、猫恐い‥‥。」
 彼は譫言のようにそう呟いていた。
どうやら今回の悲鳴も呪いをかけるもののようであった。
「うーーむ‥‥。これではこの部屋は通れんのう。」
 ジルは震えるロッキッキーと扉を交互に見やった後、苦々しげにそう言った。
「そうね。」
 エルフィーネもそう相づちを打った。
今の所は自分を含めロッキッキー以外は平気ではあるが、それが永遠に続くとは限らないのだ。
「回りましょう。」
 もうエルフィーネを追いかけ回すのを止めたザンがそう呟いた。
6人はうずくまるロッキッキーを何とか急かしつつ、再びT字を北へと向かうのであった。

 彼らは格子模様の床の罠を解除しつつ抜け、二つある扉の西側へと入っていった。
東側の扉はさきにジルが寝た部屋へと通じているからである。
そして恐らくこの迷宮は左右対象の形をしていると思われるので、こちらからでもデスマスクの通路の北側の部屋へと入れると考えての事だ。
 6人が入った部屋の中はなぜか他の場所に比べて薄暗かった。
そして部屋の中には数十数百のむき出しの眼球が視神経を後ろに垂れ下げ、ふわふわと宙に浮かんでいた。
そして充血した瞳で、突然の来訪者をじぃっと見つめていた。
「ひっ。」
 エルフィーネは思わず小さな悲鳴を上げた。
一瞬戸惑った彼らではあるが、その眼球が何も攻撃してこないと分かると、おそるおそる部屋の中へと入っていった。
「気持ち悪い。ほんっっっっとに趣味悪いわ。」
 エルフィーネは自分を見つめる数百の視線に戸惑いながらそういった。
部屋の大きさは、青い目のドクロが置いてあった部屋と同じくらいであった。
「北の壁に何かあるぞ。」
 ジルは目の良さを生かしてそういった。
確かに何か銘板らしきものが北の壁にはめ込まれていた。
しかしこの異様な光景にもめげず部屋を見回せる精神力は大したものである。
もっとも神経がワイヤーで出来ているという話しもあるが。
ジル達は目玉を剣で払いつつ、銘板が読める位置まで移動した。
銘板にはやはり下位古代語で何か書かれていた。
それをザンが読む。
『勇気あるものに告げる。涙の泉にて、乙女が東を向き、獅子が西を向くとき、空虚な瞳への扉開かれん。』
 この銘板は噴水に隠された秘密を彼らへと伝えているのである。
像が動いた事もこれで納得がいく事となった。
さらにジルが詳しく部屋を見た結果、彼らが入ってきた南の他に西にも扉があった。
これは予測されていたものであるが。
 ロッキッキーが扉を調べた後、6人は隣の部屋へと入っていった。

 隣の部屋はおよそこの迷宮には似合わぬ部屋であった。
部屋の中には円テーブルが1つ、椅子が4つ、そしてベッドが2つあった。
その他にはクローゼットやサイドボードなども置かれていた。
まるで誰かが住んでいたかのような、そんな部屋であった。
「狂魔術師の部屋かな、それともサイロスのかな?」
 エルフィーネは高価そうな家具類を見ながらそういった。
「さあな、でもサイロスじゃねえのか。最後のこの迷宮の支配者は奴だからよ。」
 狂魔術師はサイロスに倒されたはずだから、ロッキッキーの言っている事は正しい。
「サイロス‥ですか。」
 ザンの脳裏に、始めの部屋で出会ったサイロスの言葉が甦る。
「『敵の敵は味方』か‥‥。」
 ザンは何気なくその一言を口にした。
サイロスの言葉を暗唱したので自然に下位古代語となり、ザンの呟きを理解できたのはルーズだけであった。
「それでは家捜しでもしてもらうかの。何か手がかりがあるやも知れんからのう。」
 ジルはそう言ってロッキッキーとそしてザンの方を向いた。
事を完璧にするために2人に調べてもらおうというのだ。
2人は頷き、それぞれに部屋を調べはじめた。
 この部屋を調べてみての成果は、ザンがサイドボードの隠し戸棚から見つけた魔晶石が3個だけであった。
しかもここはロッキッキーが見のがしており、ジルの珍しい慎重さがものを言った場面であった。
 この魔晶石は魔法専門であるエルフィーネ、ザン、ルーズがそれぞれ一個ずつ持つ事になった。
ロッキッキー自身が見つけていれば貰う事もできたであろうが、あいにく彼は見つけられなかったのだ。
もっともまだ哀惜としているので、そんな物など欲しくないと考えているであろうが。
 ここにはもう何も無いと考えた6人は、再び銘板のある部屋を抜け外へと出たのである。

 T字の付け根へと戻った6人は、さて何処に行こうかとエルフィーネの描いた地図をのぞき込んだ。
迷宮の北側はほぼ埋まり、後は南の格子模様の床を抜け、3つの扉に入るぐらいしかいく場所はなかった。
また迷宮を頭骸骨と見立てた場合、両目と鼻の右側の部分が空白となっていた。
両目の部分は、さし当たって目玉の化け物がいた部屋の銘板が入り方を示していたのでよしと出来るが、鼻の部分はそうは言っていられなかった。
反対側はちゃんと入れたので隠し扉があるに違いないと考えたのである。
 そしてその考えは正しかった。
始めの部屋の扉は、実は東と北だけではなく西にもあったのである。
 それをザンが見つけ、扉を開けた。
扉の裏側には”永遠の栄光を与えられし勇者なり”と下位古代語で書かれていた。
そして何の事だろうと思いながら、6人は扉を次々にくぐっていった。
部屋の大きさは隣の部屋とほぼ同じくらいの大きさであった。
「なっ、何?」
 真っ先に口に驚きを出したのはエルフィーネである。
他の者も気付いていたがあまりの異様さに声も出せなかった。
 何とその部屋には、壁に沿って人間の剥製らしきものが一列に並べられていたのである。
「人形‥ではないのう。本物の人間の剥製じゃわい。」
 ジルはしげしげと、死してから長い歳月が経つであろうそれらを眺めた。
大半が冒険者風をしていたが、中には古代王国の魔法戦士風の姿をしたものもあった。
「狂ってる‥‥。」
 ソアラもエムを頬擦りするのを止め、呆然として呟いた。
まさに異様な風景であった。
 部屋の中央には、飾り気の無い大理石の台座があった。
大きさとしては人間がひとり横になれるぐらいであろうか。
台座の下には作業用の道具や、ゴミを捨てるものであろう穴が開いており、この台が何のためのものであるかを語っていた。
「あいつで人間の内臓をとって剥製にするんだな。」
 ロッキッキーはじっと台座を見つめながらそういった。
「ここで死ねば私達もこうなるのね。」
 エルフィーネはエルフの剥製に目を向けつつそう言った。
「おや何か書いてあるぞ?」
 ソアラがそういって剥製の下の辺を指さした。
確かにそれぞれの剥製の下には一枚ずつ銘板がはめ込まれていた。
しかしそれはソアラには読める言葉ではなかった。
「『我が者を欲するなれば、その代償を』って書いてあるよ。」
 ルーズが手近な剥製の近くにいって銘板を読んだ。
どうやら下位古代語で書かれていたようだ。
「と言う事は、この剥製の持っている物を取れるという事じゃのう。」
 そのジルの言葉に6人は早速自分のもてそうな物を捜しはじめた。
 エルフィーネは、自分の持っていたネックレスとペンダントを内心謝りながら交換した。
だがそのペンダントが何であるかは分からなかった。
 ザンは魔術師風の男が持っていたメイジスタッフを交換した。
この杖はディレイト・スタッフという名で、呪文を一つこめておけるものだとジルはそう言った。
 ロッキッキーはレイピアをブロードソードと交換した。
この剣はミスリル銀で出来ているのか大きさの割には軽く、ロッキッキーでも充分扱えるのだ。
ルーズによればこの剣はエルヴィオンという剣らしい。
 ジルは巨漢の男が持っていたバトルアクスと自分のハンド・アクスを交換した。
かなり質の良い物で、バトルアクスでは伝説的な将軍のアクスであろうと彼は仲間に説明した。
 ソアラはスモールシールドをエメラルドのはめ込まれたラージシールドと、さらにファルシオンをトライデントと交換した。
ジルは盾の方は回避力を上げる力を持っておると言い、さらにトライデントはシー・スレイヤーと言う物であろうと言った。
 さらになにかあるかとルーズが調べていたのだが、ふと彼はいちばん奥にいる剥製が書を開いている事に気がついた。
興味を持った彼は横から書物をのぞき込む。
そこには下位古代語でこう書かれていた。
『赤き瞳をもつものと、青き瞳をもつものを、空虚な瞳におさめよ』
 彼は何の事か分からず首をひねりながら、集まりはじめた仲間のもとへと戻った。
 6人はそれぞれにもう欲しい物がない事を確認すると、剥製にされた冒険者達の冥福を祈りつつその部屋を後にした。

 6人は南側の格子模様の床の、一番西側の扉を抜けていった。
扉の前の床の罠はロッキッキーが解除し、それ以外は踏まぬようにしてである。
扉の向こうは部屋になっていた。
大きさは今までの部屋と同じぐらいだが、若干南北に長いようである。
部屋の中央に熊の毛皮をまとった女戦士の彫像がある他は、何もない部屋であった。
「何か意味があるのかのう。」
 しげしげと像を見ながらジルはそう呟いた。
「さあ?」
 ザンはそう呟いた。
彼の所にいまエムはいない。
ソアラが今だ飽きずに可愛がっているからである。
「調べたら?」
 エルフィーネは彼女の後ろのルーズを気にしつつそう言った。
「俺か?」
 ロッキッキーはエルフィーネがそう言ったのを聞いて、自分を指さしてそう言った。
仲間達が頷くのを見て、彼はゆっくりと女戦士の像へと近付いていく。
 最初彼は像の周辺を調べていたが、特に何もない事が分かると今度は彫像自体を調べようと彫像に手を伸ばした。
女戦士の彫像に触ったとたん、彼は自分の体の奥底から力があふれるような感覚を覚えた。
そしてその一瞬後に、彼の体中に剛毛が生えてきた。
手のひら、顔、足の裏を問わずである。
「何じゃこりゃ?」
 ロッキッキーは急激に狭くなった視界で自分の体の変化を確かめると、そう叫んだ。
後ろで見守っていた5人は突然のロッキッキーの変化に驚いたようだ。
あわてて彼の近くへと駆け寄った。
「何が起こったのじゃ?」
 ジルは類人猿と化したロッキッキーを見てそう呟いた。
「知らねえよ。そんなの!」
 哀惜した気分も何処へやら、彼は思わずそう叫んだ。
「前世が猿だからって、今猿になる事無いのに。」
 エルフィーネは彼の体に生えた剛毛を引っ張りつつそう言った。
「痛えからからひっぱんな!」
 彼はそう言ってエルフィーネの手を払った。
「そうだね、移ったら大変だからね。」
 彼女はまるで汚い物を触った後のように、丁寧に手を拭いた。
「どうやらこの像のせいですね。」
 ザンは女戦士の像を見ながらそう言った。
彼の姿は確かに何らかの毛皮を纏った者に見えなくは無いからである。
「でもさ、その毛さ、結構堅そうだから鎧としても使えるかもよ。」
 この中で唯一毛を触ったエルフィーネはそんな事を言った。
「そんなもん、ちっとも嬉しくねぇよーー。」
 彼は半分泣きそうな口調でそう言った。
「儂らじゃ呪いはなおせんからのう。先に行くかの。」
 ジルは無情にもそう言った。
6人は東の扉を抜け、隣の部屋へと入っていった。

 部屋の大きさは隣の部屋とほぼ同じであろうと思えた。
扉は東西南北全ての壁にあった。
この部屋に全員が入り部屋のほぼ中央に来た瞬間に霧が発生し、瞬く間に部屋中を覆いつくしてしまった。
「何なのよこの霧は!」
 エルフィーネが霧が部屋を埋めつくした直後にそう言った。
だが誰もそれには言葉を返さなかった。
仲間達や言葉を言ったエルフィーネでさえ、霧のためであろうかめまいを感じ、自分がぐるぐると回っているような感覚を受けたのである。
だがそのめまいが治まるまでそれほどの時間もいらなかった。
「さて、東へと向かうかの。」
 ジルはすっきりさせるために一度頭を振ると、そう言った。
6人はうっすらと見える壁を頼りにして、彼らの右の壁を目指して進んでいった。
だが彼らは気付いていなかった。
彼らの進んだ方向が実は南であった事に。

 6人は扉を抜け、部屋へと入っていった。
あれほど濃い濃度にもかかわらず、霧は彼らと一緒に扉を抜ける事はなかった。
この部屋の大きさもまた、今までの部屋と同じくらいであった。
ただ、彼らの正面の壁一面が鏡になっており、扉を開けて中へと入ってきた彼らをじっと映していた。
「鏡だけのようじゃな。」
 ジルは部屋を見回してそう呟いた。
事実この部屋には鏡しかなかったのだ。
だが鏡の向こうのこの部屋の様子は違った。
「ねえ、ちょっと変だよ。なんでこの部屋にはない物が鏡に映っているの?」
 その異変に気付いたのはエルフィーネである。
そして震える手で鏡を指さした。
他の5人がよくよく目を凝らして鏡を見てみると、確かにこの部屋にはない、赤い宝石が眼窩にはめられたドクロが台座の上に飾られているのである。
「なんと?!不思議な事もあるもんじゃ。」
 ジルは鏡を凝視しつつそう言った。
「鏡の向こうが透けているのか?」
 ロッキッキーはそう呟いたが、それにしては存在感がありすぎる。
− 魔法で消された物まで映し出す鏡なのでは。
 ザンはそう考え、ゆっくりと本来なら台座がある場所へと歩いていった。
虚像の自分がちょうど台座の脇にきた所で、彼は鏡を見つつ手を伸ばした。
だが自分はもちろんの事、虚像の自分でさえドクロに触る事は出来なかった。
ザンは諦めて、仲間へと首を振る。
「だめです、どうなっているのでしょう。」
 ザンはそう言った。
「とりあえず鏡の正面までいってみんか?」
 ジルにそういわれて、6人と1匹は鏡の正面へと移動した。
ザンとジル、それにエルフィーネは鏡を触ったりして調べてみるが、特に変わった事の無い普通の鏡であった。
「だめね、普通の鏡だよ。」
 エルフィーネは鏡に手をあてたままそう呟いた。
「そうじゃのう。」
 ジルもそう呟いたが、その目はドクロへと注がれていた。
「あっ、待って下さい。台座に何か書いてあります。あれは‥‥下位古代語ですね。」
 ザンはそういった後、その言葉読みはじめた。
「『我を欲する者は、恐れることなく前進せよ』と書いてありますね。」
 ザンは読み終えた後、ジルとそしてエルフィーネの顔を見た。
「前進ったってさ、入って行けないよ。」
 エルフィーネは体を鏡に押しつけながらそういった。
「おい、やばいわい。骸骨どもが出てきおった。」
 仲間に対しジルが鋭くそう言った。
彼らが慌てて鏡を見ると、確かに骸骨が6体どこからか現れていた。
そして鏡に映る彼らの虚像に近付いてきていた。
6人のうち何人かは慌てて自分の後ろを見たが、彼らの目には何も映らなかった。
「まるで鏡の国の中の出来事を、何もできない事をもどかしく思いながら見ているみたいだね。」
 緊張感のない事をエルフィーネは呟いた。
「気を付けて!奴ら、鏡の中の私達に攻撃しますよ!」
 ザンがそう叫んだ次の瞬間、6人は鏡の中の自分が攻撃を受けたのと同じ所に痛みを感じた。
見ると切り傷ができ、血が滲んでいた。
「なんてこったい。やつら、俺達を殺せるぜ。」
 効かないと思いつつもロッキッキーはレイピアを抜いた。
他の者もそれに倣う。
彼らは闇雲に剣も払う事もできずに、ただ鏡を見つつ骸骨の攻撃をかわして行くだけであった。
 そんな中、ジルは一人後ろを向いたまま歩いていった。
骸骨が1匹、彼に攻撃を続けているが、堅い鎧に阻まれて僅かなダメージしか与えられなかった。
ジルはそのままドクロへと触ろうとするが無駄だと分かると、今度は鏡へと向かって走り出した。
「うぉーーー。」
 そしてジルは5人が阻止する間もなく鏡へと体当たりをした。
鏡は割れず、そしてジルは跳ね返されもしなかった。
忽然とこちら側から姿を消し、彼の存在は鏡の中だけになった。
鏡の中で彼はすさまじい勢いで骸骨達をけちらしていった。
「勢いをつけるのか!」
 ソアラは気付いたようにそういった。
”恐れず”の示すところはまさにその事だったのである。
 だが他の5人は鏡を抜けようとは考えなかった。
骸骨はどうやらスケルトンらしく、ジル一人でも充分勝負になっているからである。
実際彼がスケルトンを全て倒し、ドクロを持ってこちら側へと戻ってくるのに、それほどの時間がかかった訳ではなかった。
その間、5人はただじっとジルとスケルトンの戦いを見ていただけであった。
「なかなか良い読みであったろう。」
 ジルはこちら側に帰ってくるなりそう言った。
エルフィーネにしてみれば、自棄がたまたまうまくいっただけだと思うのだが、言ってもジルには理解できないだろうと考えて、何も言わなかった。
「そうですね。」
 当たり障り無くザンがそう呟くだけに5人の反応はとどまった。
「さて次は南へと行くかの。」
 彼は2つ目のドクロを背負い袋に入れた後、鏡に向かって右側の扉を示してそう言った。
 そして6人はその扉を抜け、次の部屋へと入っていった。
しかし彼らの入った扉は南ではなく、実は西である事にまだ気付いていなかった。
そしてエルフィーネの描く地図にもまだ矛盾は現れていなかった。

 彼らの入った部屋は床が真っ赤に塗られていた。
それを見てエルフィーネは、その床は何百人かの人間の血を使って塗りあげられたのではと非現実的な考えを呼び起こされた。
それ程までに鮮やかな、一種魔法的な色彩であった。
 部屋の中央には人間より一回り大きい四足獣の剥製が置いてあった。
ネズミか狼などの仲間のようだが、それにしても大きさが2メートルほどあり、尋常ではなかった。
「それにしても死体の好きな奴だね。」
 ルーズはそれを見た後そう呟いた。
確かに人間の剥製はあるし、骨は動いているし、ドクロはあるし、お世事でも趣味がよいとはいえなかった。
「でも、また罠では?」
 ザンはジルにそういった。
彼の後ろのロッキッキーを指さしながらである。
彼の剛毛の事を示しているのは言うまでもなかった。
もちろん他の者も一度ならず罠に引っかかっているので、大きな事は言えないのであるが。
 余談ではあるが、先のスケルトンとの戦いでロッキッキーの剛毛はかなり役に立つ事が証明された。
どうやら緩衝材として働くようで、鎧の薄い彼に取っては外見のデメリットよりも大きいメリットがあったと言う事である。
ただしこの姿のままで生きていくのは、かなり苦労がいる事であろう。
「また調べて貰えばいいじゃない。」
 ジルとザンの話しにエルフィーネが割り込んできた。
その隠された主語がどう思ったかは、少なくとも剛毛に阻まれて顔に出る事はなかった。
「ちっ、行きますよ!」
 ロッキッキーは剛毛をなびかせつつ、さっさと剥製まで近付いていった。
 彼が剥製の1メートル付近まで来たとき、不意に北側と西側の扉で音を立てて鍵が閉まった。
そしてロッキッキーの目の前で剥製が動きだしたのである。
 それと同時に床が焼けるような高熱を発しはじめた。
まるで火の精霊界に入り込んでしまったような熱さであった。
入り口の所で油を浴びていたザンの除く5人は、熱さのために油が発火した。
もともと潤滑油らしき物なのでそれほど激しく燃焼した訳ではないが、それでも確実に火は体中の油に回っていった。
 6人は慌てて北側の扉へと向かおうとするが、四足獣は彼らと扉の間に入り込むように常に移動した。
ジルとソアラの必死の攻撃でなんとか6人は扉へとたどり着いたが、あいにく扉には鍵がかかっていた。
見たところ扉には鍵穴らしき物がないので、どうやら魔法による施錠らしかった。
「しょうがありませんね。『アンロック!』
」  仲間達が長くは持たないと感じたザンは、懇親の力を込めて魔法を唱えた。
神が彼らを助けたのかかちりと音がして扉は開き、6人は文字どおり隣の部屋へと転がり込んだ。
ザンを除く5人はそのまま床をころげ回り、火を消したのであった。
幸いに服に焦げ目がついた程度で、後は軽いやけどを負ったに過ぎなかった。
「危ないところでしたね。」
 ザンは、はあはあと息を吐きながらそう言った。
「ああ、まさか触る前に罠が動くたぁな。」
 ロッキッキーはそう言ったが、僅かに口の辺りの毛が動いたに過ぎなかった。
「さて、どうするのじゃ。」
 ジルは床にどかっと座りこみ、靴を脱いで足の裏に息を吹きかけていた。
よほど熱かったのであろうが、それは他の者も同じである。
− 顔の皮は厚いのにね。
 エルフィーネはさっさと自分の傷だけ治した後、そんな視線でジルを見ていた。
「エルフィーネ、地図見せろよ。」
 彼女の後ろから毛だらけの男がそう声を掛けた。
「いいけど、それで見えるの?」
 エルフィーネは地図を見せつつ、そうロッキッキーへと言った。
「まあな。」
 彼は地図を取ろうとしたがエルフィーネが拒否したので、しかたなくそのままで地図を見た。
地図はほとんど完成しており、あと行っていないのは二部屋のみとなった。
「いったん西へと戻ろうぜ。
霧の部屋の南にはまだ行ってねえからよ。」
 ロッキッキーは西の扉を示しつつそう言った。
「良かろう。」
 靴を履き直したジルがそう頷いた。
そして6人は扉を抜け、隣の部屋へと入っていくのであった。

 6人は再び霧に包まれた部屋の中を南へと向かって歩いていた。
濃い霧のために方向を見失ったのか、部屋の中央で6人はそれぞれに違う方向を差して南だと言い張った。
結局彼らは指示する者のいちばん多い方向を”南”であるとし、一路その方向の扉を目指して歩いていった。
 6人が間違いに気付くのはその少し後の事であった。
ソアラとロッキッキーが扉を開け、外へと一歩踏み出した次の瞬間に上から槍が降ってきたのであった。
「うわっ?」
 二人の悲鳴が交差した。
幸いにも二人には怪我らしい怪我は見あたらなかった。
ロッキッキーの場合皮肉にも体中に生える剛毛が彼を槍から救ったのであった。
「大丈夫か?」
 扉付近からルーズがそう床にへたり込む二人に声を掛けた。
「何とかな。」
 ソアラは首をすくめて見せた。
そうは言ったものの槍があと少しずれて落ちてくれば、どちらかが相当の深手を負った事であろう。
もっともたとえそうなったとしても、他の者にはまったく関係の無い事であるが。
「どうやらこの部屋の霧には方向感覚を狂わせる力があるみたいね。」
 ルーズの後ろから、もちろん充分に距離は置いているが、エルフィーネがそう呟いた。
「そのようですね。」
 ザンはいつの間にか霧が晴れた部屋を見回しながらそう頷いた。
エムも主人の動作を真似て部屋を見回していた。
「とりあえず東のあの扉を抜けてみましょうよ。そうすればさっきの部屋が一体どういうふうにつながっているか分かるわ。」
 エルフィーネは扉から身を乗り出し隣の扉を示した。
彼らの出てきたところは3つ並んでいる扉の真ん中であった。
西側の扉には先ほど入ったので、残る扉は彼女が示した物だけなのである。
「そうじゃな、そうした方がよいじゃろう。」
 ジルもひょっこりと顔を出してそう頷いた。
こうして6人は黒い床を踏まぬように注意しながらその扉へと移動するのであった。

 扉の前の黒い床の罠をロッキッキーが解除したあとで、6人は扉を抜け部屋へと入っていった。
部屋は先ほどエルフィーネが描いたような鏡のある部屋ではなく、中央に美しい母と子の彫像があるだけの寂しい部屋であった。
「やっぱり違っておったのう。」
 憮然とした表情でジルはそうザンへと呟いたつもりであった。
だがいつものように返事は帰ってこなかった。
ジルが不審に思って隣を見るとそこにはザンの姿はなかった。
どういう事だと思ったジルの疑問はすぐに解明された。
「おっおい、どうしたんだ?」
 ソアラは困惑した表情でそう言葉を発した。
それは誰に向けたものなのかは彼自身良く分からなかった。
それほどに目の前でいま進行している事は奇異な物であった。
ソアラが見た事、それはふらふらと夢遊病者のように彫像へと向かって歩いていくエルフィーネ、ザン、ルーズの3人の姿であった。
「どうしたんじゃ、あやつらは?」
 ようやく一つの疑問を解消したのに、またすぐに次の疑問がジルの頭を埋めつくした。
だがそれを聞いたロッキッキー、ソアラには答は分からなかった。
そうこうしている内に前の3人は彫像へとたどり着いたようだ。
「お母さん‥‥。」
 彫像の前に立ったエルフィーネは、僅かに口を動かしそれだけを言った。
そしてゆっくりとまるで少女のように女性の像に寄りかかって目を閉じた。
 一方男二人はエルフィーネとは丁度像を通して反対側に立っていた。
「お尻。」
 二人はゆっくりと像へと手を伸ばした。
そして執拗に彫像のお尻を触った。
ジル達は彼らを止める事もできず、ただその光景を呆然と眺めているだけであった。
 彫像に触れた3人の心に安らぎが訪れた。
それは本当に僅かな間であったが、それでも3人は充分に心を満たした。
そして心を満たされたためか、エルフィーネ、ルーズの二人は考え方の変化を感じた。
なにか生き物を殺す事にとてつもないためらいを感じたのである。
今までの自分の行為を振り返り、その愚かさを悔い、強く心を痛めた。
そして2度と生き物の命を絶つ事はしないと堅く心に誓うのであった。
 と、そこで彼女らは彫像の不思議な力から解放された。
はっと我に返った3人はお互いに顔を見合わせ首を傾げあった。
そして呆然と彼らを見つめるジル達に気付くと、すぐに彼らのもとへと戻った。
「一体どうしたのじゃ?」
 彼女達が帰ってくるなりジルは苦々しげな表情でそう尋ねた。
「いえ、ただ何かあの像に引き付けられるものがあって。」
 まさかお尻を触りたくなっただけとは言えないので、ザンはそんな事を言った。
もっとも嘘ではなく一応事実なのであるが、”あの像”の”お尻”に引き付けられたと言った方がより正確であろう。
「そうなのか、俺はてっきり尻を触りに行ったのかと思ったよ。」
 ソアラは何気ない口調でそう言った。
ザンはどうにか「どうしてそれを?」と言う言葉を飲み込み、ばつの悪そうな表情で苦笑いをするにとどまらせる事ができた。
「お前はどうしたんだよ?」
 その脇で毛だらけの男がそうエルフィーネへと尋ねた。
「別に‥‥ただ何となくあの像が母に似ていたから‥‥。ただそれだけ。」
 エルフィーネはそう言ったが、これはまったくの彼女の思いこみである。
彼女の母親がその彫像を見、なおかつ彼女の言葉を聞いたら、きっと自分の娘は親の顔も忘れていると嘆く事であろう。
「そうか。」
 彼女の対応に違和感を感じつつロッキッキーはそう頷いた。
「さて3人も無事な事だし、そろそろ噴水の像でも回しに行くかの。」
 ジルはこの部屋の南の事など忘れているようでそう言った。
本来ならここでエルフィーネがまだ南にも部屋がある事と嫌みの一つでも言う所ではあるが彼女は何も言わなかった。
気付いてはいたが、それを言う事に何かためらいを覚えたのである。
結局南の部屋の事は言及されず、6人は部屋を出ていく事になった。

 6人は始めに獅子の噴水の所に行き像を西に向け、次いで乙女の噴水の所に行き像を東へと向けた。
6人はその場でしばし待つが何も変化は起こりそうになかった。
「何も起こらないね。」
 注意深く耳を澄ましていたエルフィーネであるが、何の音も聞こえない事が分かるとぽつりとそう呟いた。
「そうですね。迷宮の形からして”瞳”とはあの付近ですからね。」
 ザンはそう言って北東の壁を見た。
「どうじゃもう一回やってみんかの。」
 このままではらちが明かないと思ったのか、ジルは東の方を向いてそう言った。
「そうだな、その方がいいかもしれないな。」
 僅かに口付近の毛を動かしてロッキッキーもジルの提案に頷いた。
6人は再び獅子の噴水へと向かった。
 獅子の噴水を目にしたとき、6人は先ほどとは像の向きが違う事に気がついた。
「像の向きが戻っている?」
 ザンは獅子の像を見てそう呟いた。
獅子の像はいつの間にか南を向いていたのであった。
「どういう事じゃ?」
 ジルは率直に疑問を言葉にしたが、当然誰にその答が分かるわけでもなかった。
「とりあえずもう一度西へと向けてみるか。」
 ロッキッキーが噴水の中へと入りもう一度像を西へと向けた。
「で、もう一度向こうへと行くわけですが、また像が動くやもしれません。何人かこちらに残って貰いましょう。」
 ザンの提案によって6人はロッキッキー、ジル、ルーズがこちらへと残り、ザン、エルフィーネ、ソアラが向こう側にいく事になった。
 ロッキッキーがいざという時のために見送る中、3人は乙女の噴水へと向かった。
そして3人は先の獅子の像と同じように北を向いた像に気付くのであった。
ソアラを連絡役に先のデスマスクへと通じる扉の前に残し、ザンとエルフィーネが乙女の像へと近付いた。
「どういう事なのでしょう?」
 ここでもザンはやはり首を傾げた。
「さあ?もう一度動かしてみれば分かるんじゃない?」
 ザンに対し、かなりいい加減にエルフィーネは答えた。
「そうですね。」
 彼はエルフィーネのいい加減な提案を実行する事に決めたようだ。
「ソアラ、向こうに今から乙女の像を東に向けると言って下さい。」
 ザンは今だエムを頬擦りしているソアラへとそう言った。
エムの方はすでに諦めがついたのか、迷惑そうな顔をしながらもソアラのなすがままになっていた。
「分かった。」
 ソアラはザンへと頷くと頬擦りを止め、声が届くように口に片手を当てがった。
「おーい、今から像を動かすぞー。」
 それほど離れているわけではないので大声を出す必要はないのであるが、それでもすぐにロッキッキーの返事が帰ってくる。
「了解。」
 それはソアラに伝えられるまでもなく2人の耳にも届いた。
エルフィーネはすぐに像を東へと向けた。
彼女の力でも苦もなく像は動かせるのであった。
 一方、獅子の像の前で待つジルとルーズは信じ難い光景を目にしていた。
誰が触っているわけでもないのに、獅子の像が独りでに南を向きはじめたのである。
2人はただ唖然として像が完全に真南を向くまでを見守っていた。
その二人の耳に像を向けたというザンの声が届いた。
ここでジルははっと我に帰り、その理由を必死になって考えた。
− 片方を動かすともう片方はもとに戻るわけじゃな。なら同時に動かせばよいのう。
 極めて単純な発想であるが、ジルは正しい答を導きだしたのである。
すぐさまロッキッキーの所へ行き、大声で向こう側の3人に叫ぶ。
「どうやらこの像は同時に動かさねばならんらしい。一度像をなおして、合図で同時に像を動かすぞ。」
 ドワーフの声は幾重にも反射してエルフィーネらの耳に届いた。
「なるほど、そういう仕掛だったのですね。エルフィーネ、乙女の像を北へと向かせ直して下さい。」
 ザンはそう像の前のエルフィーネへと言った。
当然一言二言の嫌みを予想していたザンであったが、エルフィーネは何も言わず像を北へと向かせた。
ザンは何か肩透かしを食ったような気分になり、神妙な表情でソアラのもとへと歩いていった。
「そちらの用意はいいですかーー?」
 ザンはロッキッキーへと向かってそう大声で尋ねた。
ロッキッキーはちらりと噴水の方を見たあと頷いた。
「では合図を送ります。3と私が言ったら回して下さい。」
 ザンはそう言ったあと、深呼吸を一つした。
そして彼の出せうる最大の声量で数を数え始めた。
「1、2、の、3!」
 それに合わせてエルフィーネが乙女の像を、ジルが獅子の像を向かい合わせるようにそれぞれ90゜回転させた。
回すタイミングは一瞬のズレもなかったようだ。
二人が像を回し終わったとき、変化は視覚によって見受けられた。
両の瞳の南側にぽっかりと通路が現れたのである。
「みなさん集まって下さい!隠し通路が開きました!」
 ザンのその叫びに他の者は一目散に彼の所へと集まった。
そして右目に当たる部分の南ににぽっかりと開いた通路を慎重に眺め始めた。
「罠は‥無いみたいだぜ。」
 ロッキッキーがぽつりとそう呟いた。
「なら行くかのう。」
 ジルはそう言うと先陣を切って通路へと足を踏み入れていった。
他の者もゆっくりとそれに続き通路へと入っていった。

 通路の先はこれまでよりもかなり大きな部屋であった。
天井もかなり高く、部屋よりはちょっとしたロビーと言った方が良さそうであった。
だが正常な神経の持ち主ならば、この部屋を見て奇妙ではないとは思わないだろう。
彼らが武器を入手した部屋に入りきらなかった物なのか、凍りづけにされた戦士やら魔術師やらが壁一面に、所せましと飾ってあるのであった。
まるで美術品収集家が集めた美術品を飾って見せびらかすかのようにである。
「酷いのう。」
 ジルは凍りづけの彫像を見て、ぼそっとそう呟いた。
死してなおその肉体を弄ぶ輩に嫌悪感を感じていた。
「かわいそうね。」
 エルフィーネもまた壁を見回しつつそう呟いた。
それを後ろで聞いたロッキッキーは、先ほどより彼女の対応に対し感じている違和感をより大きくした。
気持ち悪いとか趣味が悪いとか言う言葉なら彼も納得したであろうが、よりによって一番彼女に似合わない言葉が発せられたからである。
まだこの時点で彼はエルフィーネとルーズにかかった呪いを知らなかった。
彼女のその対応がその呪いのせいだと言う事を、である。
「ちょっと!ソアラ!!何処に行くのですか?!」
 何気なく辺りを見回していたザンであるが、ふとその目にソアラの後ろ姿が映った。
本来ならソアラはザンの前にいるから彼の後ろ姿が見えるのは当然であるが、彼が見たのはふらふらと進んで行くソアラの後ろ姿であった。
そのザンの叫びにジルの、エルフィーネの、ロッキッキーの、ルーズの視線が言葉を発した本人ではなくその対象に注がれた。
ソアラはいつの間にか隊列を離れ、あれほど放そうとしなかったエムまでも放して、部屋の中央へと歩いていた。
「おい、ソアラ!どうしたんじゃ!!」
 彼はジルの呼びかけにも答えず、ふらふらとまるで夢遊病者のように歩いていった。
エルフィーネは視線をソアラの進行方向へと向けた。
そこには透明な素材でできた、巨大な猫の彫像が置いてあった。
「あの猫に引かれているのかしらね。」
 エルフィーネはそういってその彫像を指さした。
ルーズを抜かした4人がエルフィーネの指の延長上を見る。
ルーズだけは相変わらずエルフィーネのお尻に視線を向けていたのだ。
ただ何としても触りたいという気分と、そのために争ってはいけないという気分が彼の心で渦巻いているため当面は眺めているだけであろう。
「猫なら何でもいいという訳ですか。」
 ザンは大きなため息と共にそう呟いた。
「あの様子からすると、大きければ大きいほど良いらしいのう。」
 ジルも苦笑混じりにソアラを見る。
 そのソアラが彫像に近付き丁度像の前に立つような格好になったとき、始めと同じように彼らに誰かが語りかけてきた。
突然の事にソアラも彫像の手前で立ち止まった。
会話自体は下位古代語らしいので詳細はエルフィーネらには分からなかったが、それでも声質からサイロスのものではない事は分かった。
その言葉を同時通訳のようにザンが訳したため、結局会話はその声とザンの声が混ざった感じで他5人に伝わった。
もっともルーズも下位古代語を理解できるので、会話を聞いていたのは彼を除いた4人となるのだが。
『よくぞここまで来た。汝らこそ永遠に保存するにふさわしき勇者である。汝らに永遠の栄光を与えよう。我に感謝するがいい。』
 声の主はどうやらこの迷宮の前所有者である死霊魔術師らしかった。
サイロスがわざと残したのであろうか、それとも彼でさえ消滅させられなかったほど死霊魔術師の怨念が強かったのであろうか。
 声が消えると同時に彫像がゆっくりと動き始めた。
彫像は視界に6人をとらえると敵意を丸だしにして襲いかかってきた。
「くそっ!」
 ジルとロッキッキーは武器を抜き、彫像に対して構えた。
ザンもいつでも魔法を唱えられる状態に移る。
そんな緊迫した状況の中、2つほど緊張感に欠ける事が起こっていた。
1つ目はまず相手が敵意をむき出しにしているにもかかわらず、ソアラがいつの間にか彫像の脇にいて満面の笑みを浮かべて頬擦りをしている事である。
それに気付いたジルやロッキッキーは、しばし唖然として彼を眺めてしまった。
2つ目はエルフィーネとルーズが、ジルらに向かってこう叫んだ事であった。
「たとえ相手が怪物でも殺してはいけないわ。やめなさい、みんな。」
 エルフィーネはレイピアさえ抜かずにそう後ろから叫んだ。
「そうだよ、生き物を殺すなんて、そんな事をする権利は僕たちにはないんだよ。」
 ルーズもそんな事を後ろの方から叫んだ。
突然どうしたのかと思った3人であるが、それ以上に彼女らの口からでても説得力がないとも思った事であろう。
彼女らの叫んでいる事は、この世界では皆無といってもいい絶対平和主義者の主張であったからだ。
「呪いか?!」
 ジルは恨めしげにエルフィーネとルーズを睨んだ。
これでここにいる中でまともに戦えるのは、彼とロッキッキー、それにザンの3人だけだからである。
「さっきの母子像か?」
 ロッキッキーは鋭く呪いの原因を推測した。
「でも私はなんともありませんよ。」
 ザンは自分を示しながらロッキッキーにそう反論した。
「運が良かったんじゃろ。」
 ジルがそっけなくそういった。
母子像以外に原因が思いつかないからであった。
「やい、エルフィーネ、ルーズ!戦って倒さなきゃな、こっちが殺られちまうんだぞ。分かってんのか?」
 苛立たしげにロッキッキーがそう叫んだ。
「たとえそうなっても殺しては駄目よ。」
 エルフィーネの方は全然食い下がらなかった。
この呪いは死を恐れなくさせるある種の宗教と同じ様なものであろう。
ロッキッキーは説得を諦めた。
「勝手にしろ。」
 彼はそういって視線を彫像の方に戻した。
猫の彫像はもうすぐそこまできていた。
そして戦いが始まった。
 この猫はかなりの強敵であった。
まず始めに倒れたのは当然頬擦りしていたソアラである。
彼は愛する猫に倒されたのだからきっと満足して床に倒れていっただろう。
だが彼を助ける、と言う事は他の者にはなかなかの難題であった。
 体力も精神力もつきかけたロッキッキーは何とかエルフィーネを説き伏せ、魔晶石を受け取った。
彼女の方は戦いに参加するわけでもなく、魔晶石を渡すとすぐにもとの位置へと戻っていったのだが。
 この戦いを決したのはジルの懇親の一撃であった。
猫は言葉にならない断末魔を上げて、がらがらと崩れさっていった。
ここでようやく3人は安堵の息をもらすのであった。
ソアラの方も何とか生きているようであった。
だが誰も彼の体力を回復させる事はできなかった。
皆自分の事で手一杯だったのである。
 戦いの疲れのためかどっと座り込んでいたジルは、ふと視線を向けた先の床に小さなへこみがあるのに気がついた。
どうやら彫像の影になって今まで気付かなかったらしかった。
彼はゆっくりと立ち上がり、へこみへと歩いていく。
大きさは丁度ドクロがおさまるくらいの大きさで、内側が青く塗られていた。
− まるでドクロを入れて下さいといわんばかりじゃの。
 ジルはしばらく考えていたが、やがて荷物の中から赤いドクロを取り出すとそのへこみへと入れた。
大きさはぴったりだったものの、特に変化が起こったようには思えなかった。
− はて‥‥、いかにも青を入れて下さいといわんばかりじゃったから罠かと思うたが、どうやらそうではないようじゃの。
 ジルはしげしげと青い穴にはいった赤いドクロを見つめた。
やがてジルが何かやっているのに気付いた4人が、彼の回りへと集まってくる。
「何をしているのです?」
 ザンはしげしげと床を見つめるジルに対してそう話しかけた。
「床にへこみを見つけてのう、大きさ的にも良さそうじゃったからドクロを入れてみたところじゃよ。」
 ジルはそういって赤いドクロを指さした。
「で、何か起こったのか?」
 興味津々な口調でロッキッキーがそう尋ねた。
「いや何もおこらん。どうやらドクロが違っておったらしい。」
 ジルはそういって穴から赤いドクロを外すと、今度は青いドクロを入れてみた。
とたんに天井から青い光が2条伸びてきた。
「何じゃ?」
 ジルは突然の変化に多少戸惑ったようだ。
「何ですかね、この光は?」
 ザンも不思議そうな視線をその光へと向けていた。
「さあな。」
 ロッキッキーは肩をすくめて見せた。
もちろん他の者にはそうは見えなかったが。
「ロッキッキー、あの光に入ってみてよ。」
 エルフィーネはその光を示しながらそう言った。
「冗談だろ?何か起きたらどうする気だよ?」
 ロッキッキーは信じられないといった表情でエルフィーネを見た、と本人はそのつもりでいた。
「それを確かめるためにあなたが入るんじゃないの。」
 どうやら彼女にかかった呪いは時間と共に薄れていくのであろうか。
今は前とさして変わった所はなかった。
ロッキッキーは処置無しと思ったようで、それきり彼女の相手をするのを止めた。
「そうじゃな、光に入って何が起きるかわからんし、一度左目の方も覗いてみるかのう。」
 ロッキッキーとエルフィーネの会話を聞いていたのかジルはそう提案した。
誰もそれに反対しなかったので、6人は隣の部屋へと行く事になった。
今だ昏睡状態のソアラはザンの背に背負われて、である。

 6人は通路を歩き、左目の通路の前へとたどり着いた。
例によってロッキッキーが辺りを調べ何も無い事が分かると、彼らはまず部屋の中をのぞきこんだ。
部屋の大きさは右目のものとほぼ同じくらいであろう。
ただ部屋に飾られているのが剥製ではなく骸骨である事と、部屋の中央にあるのが猫の氷像ではなく大きな猿の剥製である事が相違点であろう。
「ロッキッキー、貴方のお友達がいるわよ。」
 エルフィーネは剥製を指さしつつ、からかうようにロッキッキーにそう言った。
「どれがだ!」
 自分でも説得力はあまり無いと思いつつも彼はそう言い返した。
「あれよあれ!毛に阻まれて目も見えないのかしらね。」
 エルフィーネは剥製を力強く何度も示した。
だが少しずつ論点がずれてきているのは否めなかった。
「わかってらい、そのくらい。俺が言いたいのは何であれが俺のお友達なのかだ!」
 ずれかけた論点を彼は必死にもとに戻した。
「だってそっくりじゃん。」
 だが彼の努力も彼女の一言で一蹴されてしまった。
「またあれも動くのですかね。」
 ザンは剥製を見ながらそうジルへと尋ねた。
彼の腕の中には久しぶりにエムの姿があった。
「そうじゃのう、恐らく動くであろうな。」
 ジルは回りと剥製を見ながらそう答えた。
雰囲気的には先ほどの部屋と同じなので恐らくあの剥製も動くであろう。
「どうしますか?」
 剥製を訝しげにみるジルに対し、ザンはそう聞いた。
「やはりあの光が気になるのう。右目へと戻るかの。」
 ジルはそう言うとまた今来た道を戻り始めた。
あの光は何が起こるか分からないから左目の部屋に行こうと言ったのは彼なのだが、そんな事はすでに忘れているようであった。
 他の者は大きくため息をつくと身勝手なドワーフのあとをついていった。
 右目の部屋に彼らが戻ってきたときも相変わらず光は消える事無く天井から伸びていた。
5人と一匹と瀕死者1人はとりあえず片方の光の回りへと集まった。
「何かありそうだのう。」
 半透明の青い光を眺めつつ、ジルはいつもの口調でそんな事を呟いた。
半透明と言ってもかなり明るい光なので、向こうの人間の輪郭がどうにか分かる程度であった。
「何か入れてみれば?」
 ルーズがそんな事を言った。
誰かではないところにまだエルフィーネよりかは幾分ましな提案である。
「そうですねぇ。」
 賛成なのか反対なのかはっきりしない口調でザンがそう呟いた。
「いっそのことソアラを入れてみれば?」
 エルフィーネが今だザンの背に背負われているソアラを指さしてそう言った。
「とんでもない。もし何かあったらどうするのです?」
 ザンは信じられぬという視線と彼女へと向けた。
「でもさもしかしたら害のあるものではなくてさ、有益な光かも知れないよ。まあ確率は4、6ぐらいで害があるだろうけどさ。」
 彼女にしても何も考えず仲間を危険に併せようと思っているわけではなかった。
ただやはり彼女の心に自分がやるのはいや、という考えもある事は否定できない事実であるが。
「そうじゃのう、まんざら悪い事でもないのう。」
 ジルも彼女の提案に乗ってきた。
なかなか分からない苛立たしさが彼の背を危険な思考へと押しやったのだ。
「ジルまで‥‥何が起こっても私は責任を持ちませんからね。」
 反対するのは無理と見たザンはそう断りを入れたあと、背負っていたソアラをそっと床へと降ろした。
ジルがソアラの横へとしゃがみ込む。
「悪くおもわんでくれよ。」
 恐らくは聞こえていないであろうが一応ジルはソアラに対しそう言うと、彼の体を光の中へと押しやった。
他の者は息を飲んでその行程を見守った。
が、何も起こらなかった。
光はただ横たわるソアラを照らすだけであった。
彼らは光の中からソアラの体を引っ張り出した。
「おかしいのう、何もおきんぞ?」
 ジルはいよいよ持って訳が分からなくなったようである。
ソアラの体には少なくとも表面上は何の変化も起きなかった。
と言う事は人には害の無い物なのであろうか。
しかし今までの罠から考えて、その可能性は薄いものであろう。
「えーい、じれったいわね!誰かが入ればいいんでしょ?なら私が入るわ!」
 エルフィーネの方が遅々として進まない解明作業に苛立ったようだ。
彼女はずんすんと光の中へと入っていった。
もちろんソアラが入って何もなかった事からの安心感もあった。
だが、それは間違いだった。
彼女が触れたとたん光は彼女諸とも消滅したのであった。
「なんと?」
 ジルは目の前で起こった事が信じられず、思わずそう口走った。
「エルフィーネが消えた?」
 ザンも我が目を疑っていた。
ロッキッキーも突然の事に絶句しているようだ。
だがルーズはある理由から積極的であり、また無謀でもあった。
「俺のお尻が消えたーー?」
 彼は驚きのあまりしばし佇んでいたがもう一本光がある事に気付くと、ためらわずぞの中に飛び込んで行ったのである。
そしてルーズもエルフィーネと同じように光諸とも消滅したのである。
こちらも他の者が止める間もないほど一瞬の事であった。
「ちっ、勝手な奴らだ。」
 ロッキッキーは光のあった場所を交互に見ながらそう呟いた。
「自業自得であろうが見捨てておけん。恐らくは隣の部屋の猿を倒せば光がでてくるであろう。」
 ジルは2人の仲間が消えた事に少なからず衝撃を受け、そして焦っているようであった。
「なら行きましょう、なぜかいやな予感がしますので。」
 ザンはそう不吉な事を言ったあとすぐにソアラを担いだ。
そして4人と1匹はすぐさま左目の中へと移動していった。

 彼らはすぐさま左目の部屋へと飛び込んだ。
そしてソアラを部屋の脇へと寝かせると、3人は猿の剥製の前へと立った。
すると猫の彫像の前にソアラが立ったときと同じように、彼らへと下位古代語で何処からともなく話しかけられた。
『よくぞここまで来た。汝らこそ永遠に保存するにふさわしき勇者である。汝らに永遠の栄光を与えよう。我に感謝するがいい。』
 先ほどと同じ声で同じ内容であったので、ザンはそれを共通語に訳す事をしなかった。
そして声が消えると同時に剥製がゆっくりと動き始め、武器を構える3人へと襲いかかってきた。
 猿の剥製は強敵であった。
猫との戦いで心身ともに疲弊しきっていた彼らには到底勝ち目はなかった。
しかし相手の方はそんなこちらの事情など意に介する様子はなく、3人を美しき骸骨にしようとそれだけを考えているようであった。
 あわや全滅かと思われたが、いったん地上へと戻っていたフォウリーが再び彼らを助けるために部屋の中へと飛び込んできたのである。
彼女は状況を聞く、などという愚かな真似はせず、武器を手にして剥製へと切りかかっていった。
これに俄然元気を取り戻したのはやはりザンであろう。
彼は温存していた精神力を使い、フォウリーに”プロテクション”を掛けたのである。
ただどうやら彼の視線はフォウリーの尻にいっているようで、掛けるときの言葉は他の者の失笑をかった。
「私のお尻、プロテクションを掛けますよ。」
 ザンの方はかなり真面目な表情をしていた。
フォウリーは一度ザンの方を見、苦笑したが何もいわなかった。
 彼らはフォウリーの力を借りて、何とか猿を倒すのに成功した。
フォウリーの一撃が猿の体を切り裂いたのである。
「さすが私のお尻ですね。」
 それを見たザンは思わず嬉しそうにそう呟いた。
だがこの時のザンの呟きは、3人にため息をつかせる事になった。
「さあ早くドクロをいれんといかんな。」
 ジルはザンの呟きを無視して赤いドクロを荷物より取り出すと、部屋の中央にあるへこみを探した。
内側が赤く塗られたへこみはすぐに見つける事ができた。
「よし入れるぞ。」
 ジルはそう言ってそっとへこみの中に赤いドクロを入れた。
とたんに部屋に4条の赤い光が天井から伸びてきた。
「さあ早く行ってやんねえとな。2人とも泣いてるかもよ。」
 ロッキッキーはどこかの部屋の暗闇で半べそになっている二人の姿を想像しつつ、そう言った。
「そうじゃの。行くか。」
 ジルはそう言うと仲間の返事も待たずに光の中に飛び込んだ。
光はジルの巨体を飲み込み、そして消滅した。
エムを抱えたロッキッキー、フォウリー、ソアラを担いだザンもジルのあとに続いて飛び込んだ。
3条の光も3人の人間を飲み込み消滅した。
あとには猿の屍と無数の骸骨が残るだけであった。

 時は少し前へと遡る。
光に飲み込まれたエルフィーネは、見知らぬ部屋へと空間転移をした。
エルフィーネはこの部屋に現れるときしたたかにお尻をぶつけ、少なからぬダメージを受けたようだ。
「痛いなあ、もう。」
 打ちつけた所をさすりつつ起きあがった彼女の前に、彼女のお尻を追って自らも光に飛び込んだルーズが転移をしてきた。
「なっ?!びっくりさせないでよ、もう!」
 エルフィーネは突然現れたルーズに対しそう悪態をついた。
「それはないだろう?せっかく心配してついてきてやったのに。」
 ルーズも尻をさすりながら立ち上がり、そう悪態をつくエルフィーネへと言い返した。
「貴方が心配してるのは、”私”じゃなくて”私のお尻”でしょ?」
 意地悪げな表情を浮かべてエルフィーネはそう言い放った。
もちろんその通りなので彼は言い返すことも出来ず、視線を部屋の中へと外らした。
部屋の大きさは15メートル四方程度のかなり大きな部屋であった。
だが向こう側の壁はかなり霞がかっており、そして奇妙な事に剣や鎧、そして奇妙な球やねじれた紐のような物が宙に浮いていた。
「どういう事これは?」
 気味悪く感じたエルフィーネはそれらを示しつつルーズへと尋ねた。
「俺に分かるわけ無いじゃん。」
 あっけらかんとした口調でルーズはそう言い返した。
「そうね、貴方に聞いた私が馬鹿だったわ。」
 彼女はそう言ってもう一度宙に浮く品々を見た。
どうやら何かに埋まっているようにも見えるが、少し放れているので詳しくは分からなかった。
「おい、あれ!あれが砥石じゃないか?」
 ルーズが床から5メートルくらいの場所を示してそう言った。
エルフィーネもその示された場所をみると、確かにそこには何か輝く石が浮かんでいた。
見方によっては砥石にも見えるであろう。
「そう見たいね。なら取りましょうよ。」
 二人は顔を見合わせたあと、ゆっくりと砥石へと近付いていた。
途中で彼らは部屋の真ん中に半透明なしきりがある事に気がついた。
宙に浮いていると思った物は全てその中に埋まっていたのである。
「なにかしらねこの壁は?」
 エルフィーネがそう言って壁をさしたその時、突然壁から幾本もの触手が伸びて2人へと襲いかかった。
「きゃあぁーー?」
 とっさにそれらをかわし剣を抜いたものの、どうやら彼らの勝ち目のある戦いではなかった。
呪いのため攻撃する事も出来ず受けに回った2人であるが、まず”壁”の最初の攻撃でルーズが昏睡状態へと陥った。
だが彼はまだましであったかも知れない。
次の”壁”の攻撃ではエルフィーネは全ての攻撃をくらい、すたぼろになって生き絶えてしまったのだ。
一瞬惚けた様にあらぬ方を見つめたあと、大きな音と共に彼女は床へと倒れ込んだ。
獲物がもはや抵抗しない事を悟った”壁”は触手を2人の壁に巻き付け、食事にするためにゆっくりと本体の方へと引き寄せ始めた。
 そんな時である、4人が2人と反対方向の壁ぎわに現れたのは。
そしてすぐに状況を理解すると、2人を助けるために4人は”壁”へと攻撃を始めた。
”壁”はどうやらアメーバが魔法か何かで変形させられたものらしかった。
もとが単細胞故にしぶとく4人とはいえかなり苦戦を強いられた。
結局ここでも戦いの勝敗を決したのはフォウリーであった。
彼女の冬疾風での一撃が決まると、”壁”はぐにゃりと崩れて、しゅうしゅうと音をたてながら溶けていった。
そして中に浮かんでいた物が床の上に転がり出た。
長年アメーバの消化液に浸されていたためか、ほとんどは使い物にならない物ばかりであった。
その中でただ一つ目映く輝く石だけが彼らの目を引いた。
フォウリーがそれを手に取ると、再び宙にサイロスの幻影が現れた。
4人はじっとその幻影を見つめる。
『試練を乗り越えた者よ。我は汝らを信じ、我が作りしものの命運を汝らにゆだねよう。さあ、行くがよい。』
 そう言うと幻影は消滅した。
そしてそれに代わるかのように北側の壁面に扉が音もなく現れた。
そこでようやく彼らは言葉を取り戻した。
「どうやらこれで終わり‥‥のようね。」
 砥石を手にしたフォウリーはジルらの顔を見てそう呟いた。
「そうじゃのう。」
 ジルも安堵の息と共にそう答えた。
「そうだ!二人とも無事か?」
 思いだしたようにロッキッキーがそう叫んだ。
4人は慌てて2人の回りに走りよった。
ロッキッキーはおそるおそる動かないルーズの脈を見た。
だがどうやら生きているようであった。
弱々しいが確かに彼の手にルーズの鼓動が感じられた。
「良かった生きてるぜ。そっちはどうだ?」
 ロッキッキーはほっとした表情を見せて、エルフィーネの介抱をしているフォウリーの方を見た。
だが彼女の表情は険しかった。
何度か脈を見たり左胸に耳を当てたりしていたが、それらはすべてある事実の確認にしかしなかった。
彼女は仲間達の方を見て一度ためらったあと、首を横に振った。
「駄目‥‥。もう死んでいるわ‥‥。」
 彼女の言葉に他の仲間に衝撃が走った。
そして特にザン、ロッキッキー、そしてフォウリーの衝撃は激しかった。
彼らに取って仲間の死は3人目だが、そのうち2人までがエルフの女性であった。
このパーティーでエルフの女性と言うのは鬼印なのであろうか。
「嘘でしょう?」
 真実と分かっていながらザンはそう呟いた。
危険な事をしているのであるか仲間の死は起こらないわけがないのだが、そうは分かっていても認めたくない事もあるのだ。
沈黙が彼らを包み込む。
そしてそれを打ち破ったのはロッキッキーであった。
「まだ生き返るかも知れねぇ。早く街へと戻ろうぜ!」
 ロッキッキーは気付いたようにそう叫ぶと、すぐにルーズを担いだ。
この世界では死は永遠の別れではなかった。
運が良ければ死した者は黄泉の扉をくぐる前に、再びこの世界へと戻って来れるのである。
「そうじゃな、まだ諦めてはいかんのう。」
 ジルは荷物を担ぎ直すとそう言った。
「そうですね。」
 ザンもソアラを担いだ。
フォウリーは何も言わずエルフィーネの体を担いだ。
「では行くかのう。」
 ジルはそう言って北側の扉を開けた。
扉の奥には階段があり、そして階段の先には小さいながらも光が見えた。
どうやら外へと通じているようだ。
彼らは2人の瀕死者と1人の死者を連れ、階段を登っていった。

 階段の出口は小さな遺跡の先に入った隠し扉の少し南側であった。
とりあえずフォウリーの仲間に体力を回復して貰うと、彼らはそのままアゼスの街を目指して進んでいったのだ。
事態は一刻を争うのでろくに休みも取らず彼らは行進を続けた。
幸いにもこの付近を徘徊する怪物に合う事もなく、彼らはおよそ一日でアゼスの街へとたどり着いた。
ただ彼らの心身の疲労は共に激しく、何とか街にはたどり着いたものの寺院を捜しまわる余裕など残されてはいなかった。
もっともこの街にそんなものがはたしてあるのかは疑問であるが。
彼らは仕様がなく冒険者の宿へとなだれ込んだのであった。
 だがそこで彼らに好運の女神が微笑みかけた。
なんとその宿に1人のマーファの高僧が来ていたのである。
彼女は異様な一団に戸惑ったものの、彼らの話しを聞くと快く生き返りや解呪を引き受けてくれた。
日数がたっていなかった事が幸いし、エルフィーネはどうにか死の世界の旅路から引きずり返されたのであった。
もっともかなり心身共に疲労しており、生き返ったあとも3日3晩眠り続けたが。
 ジルやソアラ、ルーズ、ザンたちも次々に呪いを解いてもらったが、ただ1人、ロッキッキーだけがなかなか踏ん切りがつかないようであった。
鎧の薄い彼に取ってこの剛毛はそれを補うに足るものであったからであった。
もっとも最後は仲間たちに日常生活での不便さを指摘され、渋々と解呪して貰ったのだが。
彼らはマーファの高僧にかなりの謝礼を払う事になったが、自分の身の為なので何も文句は言えなかった。
 そして彼らはエルフィーネの回復を待って、マフォロへと旅立つのであった。
彼らの冒険もそろそろ終わりの気配が感じられてきていた。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1993
                            1993 加筆修正 

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

TO BE CONTINUED‥‥
NEXT STORY「見果てぬ夢の終わりに……」

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