SW7

SWリプレイ小説Vol.7

亡国の美姫


             ソード・ワールドシナリオ
               「M.S.作『亡国の姫君』」より

 ”旅人達の王国”として名高いロマール王国の西部にレイドという町がある。
”傭兵の街”とも呼ばれるこの都市は数十年前までは、街と同じ名をいだく帝国の首都であった。
 もとは西部地方の大国であったボーアの属州であったこの街は、その大国が滅んだあと西部諸国の都市国家群と共に独立し、一つの帝国となった。
その建国から百年近くたち、建国皇帝ルゾン一世から数えて四代目にあたるルゾン二世の治世を迎えた頃であった。
彼は歴代の皇帝の中でもっとも野心的な男であった。
彼の持つ野望とは、レイド百年の悲願とも言うべきアレクラスト大陸中部地方の制覇であった。
その野望の矛先は隣の都市国家であるロマールへと向けられた。
 して結果は歴史の示すとおりである。
レイドの数千の兵士は数千の死を迎え、そしてそれ以上の悲劇を生みだした。
皇帝ルゾン二世は異国の地に斃れ、ロマール王国の逆侵攻を受けたレイド帝国は新王国歴503年をもってその歴史を終えた。
 多くのレイドの貴族、レイドの騎士は戦勝国であるロマール王国の手によって処刑されたが、それでも何人かは生き残った。
彼らはいまだレイドの栄光の日々が忘れ得ず、帝国の復興を願い、滅亡から二十数年たったいまも微々たる抵抗を続けているのだ。
その抵抗運動団体の数はおよそ20。
それらが個々に動いている分には、その規模から言ってもロマールにとってなんら問題のある存在ではなかった。
 だがそれらの勢力を糾合するだけの血統を持った人物がこの地上にはいたのだ。
レイド皇家の血を引く者が‥‥。

 レイド皇家の血を引きし者の名はフィアシス=サーヴェント、レイドの第三代の皇帝アムゼル一世の庶子である。
レマというベルダインとレイドの間にある小さな村に彼女はひっそりと暮らしていた。
数年前に母を病で亡くし、彼女は畑仕事を手伝ったり、隣家の家事を手伝ったりして生活していた。
やがては村の青年達の誰かと結婚し平凡な生活を送るはずであった。
だがロマール王国は彼女の存在に気がついた。
正確には彼女の母、エメシスの行方を追って彼女の存在にたどり着いたのだ。
ロマール王国は彼女の住むレマの村に騎士団を差し向け、彼女の身柄を拘束しようとした。
だがあくまでも事を内密に進めたかった騎士団はレマの村の村長、デルモン=シークルにフィアシスの引き渡しとその戸籍の抹消を命令した。
レマの村の村長であるデルモンはエメシスの幼なじみであり、フィアシスがレイド皇家の血を引いていることを知る少ない人物である。
そのエメシスとの約束から始めは拒んだ彼であったが、それならばこの村が消えるとの騎士団の脅しに屈し、明朝フィアシスを引き渡すことを承諾した。
ロマール騎士達は意気揚々として接収した民家へと帰っていったが、彼らも、村長でさえも一人の青年がその話を立ち聞きしたとは気付かなかった。
その青年の名はジーン=シークル、村長の息子である。
 彼はかねてからフィアシスに好意を寄せていた。
だがフィアシスの方は彼自身のことを知り合いか友達ぐらいにしか思っていないことを、彼は知っていた。
ジーンはこの機会が彼女を自分へと振り向かせる千載一遇のチャンスだと考えたのだ。
もちろんみすみす彼女を騎士に連れていかせるわけにはいかない、という思いもあっただろうが。
彼はいくらかの荷物を持ち、フィアシスの家へと訪れた。
彼は突然の来訪に驚いている彼女に事の次第を話した。
さらに驚いたフィアシスであったが、ジーンの一緒に逃げようという申し出には躊躇したようだ。
だがジーンの懸命の説得にようやくフィアシスも首を縦に振った。
必要最小限の荷物を持って彼ら2人は村を抜け出すのであった。
だが運の悪いことに見回っていた騎士に見つかり、彼らは数人のロマール騎士達に追われる羽目になった。
土地勘がものをいい、どうにかベルダインまではたどり着けたが、そこで騎士達に追いつかれてしまった。
ジーンとフィアシスはベルダインの大通りで5人の騎士に囲まれ、絶体絶命の窮地に陥っていた。

 話は少し過去へとさかのぼる。
アレクラスト大陸の遥か南方にアザーンという群島がある。
最近ここである魔法生物の封印が解かれるという事件があった。
そのままであれば恐らく数年の内にはアザーンは消滅し、いずれフォーセリアもクリスタルの墓場と化していたであろう。
だがその魔法生物は幾人かの冒険者達によって再び封印され、同時にこの地を支配せんとしていた者の野望も潰えた。
こうして再びアザーンには平和が訪れ、世界は滅亡の淵に落ちるのを免れたのであった。
そして冒険者らはこの地に幾つかの伝説の礎を残し、一隻の帆船で大陸へと出航していったのであった。
 アレクラスト大陸西部にテン・チルドレンと呼ばれる都市国家群がある。
その都市国家の中に芸術の街として名高い、ベルダインという王国がある。
海洋国家でもあるため船の往来の激しいその国の港に一隻の船が入港した。
この街に住むほとんどの者は知らないであろう、ザラスタという国の旗を風になびかせてである。
その船は船室一杯の貿易品を積んでいたわけでもなく、ただ6人の男女を下ろしただけであった。
「うーん、ようやく着いたね。」
 船乗り達の喧噪を後目に、6人の中の1人、エルフの少女が大きく伸びをしながらそう言った。
「そうね‥‥。この街に来るのも10カ月ぶりくらいかしら?」
 がちがちのプレート・メイルを着込んだ女性がそう返した。
生まれた街でもないのに何故か帰ってきたという気持ちがあった。
6人は潮風に吹かれながら人と荷物がごった返し、騒然とする港をしばらく眺めていた。
「とりあえず宿へと行きませんか?」
 ローブを纏い、肩に紫の猫をのせた髭面の男がそう言ったのは、それからしばらく後のことだった。
「そうだな。宿屋の親父も俺達の姿を見たらさぞびっくりするだろうよ。」
 人の悪い笑みを浮かべながら彼の横に立っていた男、見るからに盗賊であることが分かる風貌をしていた、がそう言った。
「お化けだって叫ぶかな?」
 先ほどとはまた別のローブを纏った男がそう言った。
彼の肩には猫ではなくてふくろうがとまり木代わりに止まっていて首を傾げていた。
「日が暮れないうちに行こう。」
 背中に何本もの武器を背負った男がそう彼らを急かした。
いつの間にか太陽は傾き始めていた。
「そうね。」
 先ほどの女性がそう答えた。
「久しぶりに陸の上で寝られるね。」
 エルフの少女は嬉しそうであった。
彼女は船に弱いたちでずっと船酔いに苦しめられていたのだ。
船上の生活にはかなり慣れさせられたとはいえ、そう簡単に直るはずがなかった。
「じゃあ、行きましょうか。」
 苦笑した笑顔を見せて彼女は歩き出した。
仲間達もそれに続いた。

 彼らは新市街の冒険者の宿、輝く翼亭の扉をくぐった。
酒場の中を忙しく歩き回っていた娘が元気良く声をかける。
「いらっしゃ‥‥、フォウリーさん?」
 だが彼女のその言葉は最後まで続かなかった。
彼女は信じがたいものを見ているような表情で扉の所に立つ女性を見た。
それもそうであろう、何カ月も音信不通でもはや死んでしまったものと思っていた人間がそこに立っているのだから。
その声にカウンターにいた宿の主人も扉の方を向いた。
そして彼女らの姿を認めると大きく目を見開いたまま幾度か口を動かした。
何か言おうとしたのだが、あいにく言葉にはならなかった。
6人はそれぞれに顔を見合わせた。
全ての者が苦笑していた。
「ただいま、デビアス。また世話になるわ。」
 フォウリーはにっこり微笑んでそう言った。
「やっ‥‥ぱり、フォウリーか。それにザンも、ロッキッキーも、ルーズも、ソアラも、エルフィーネも‥‥。生きていたのか、お前ら。」
 やがて宿の主人、デビアスの表情は困惑から歓喜へと移っていった。
彼は手にしていたものをほおり投げて走り寄ってきた。
「勝手に殺さないでよ。」
 エルフィーネは口をとがらせてそう抗議した。
「いや、すまんすまん。しかし今まで一体何処に行ってたんだ。治安部隊の奴等も帰ってこねぇし‥‥。何度か捜索隊が組まれたんだぞ。」
 デビアスはエルフィーネに対し頭をかきながらそう言った後、真顔になってそう尋ねた。
「アザーンて所知ってる?」
 フォウリーはそう言った。
「ああ、知ってるとも。南の方にある群島だろ?」
 デビアスはそう答えた。
「そう、そこにいたのよ。ちょっとしたトラブルに巻き込まれてね。」
 それからフォウリーは海賊を退治してからのことを簡潔に話した。
嵐に巻き込まれたことや、虹の谷のこと、クリスタル・ドゥームの事、ザラスタのこと、サイロスのこと、赤き血の王のこと‥‥。
話が終わるまでデビアスは黙って聞いていた。
「風の噂で、6人の冒険者がアザーンでどうのこうのって話を聞いた覚えがある。それがお前らだったのか。」
 彼は話を聞き終わった後で感心したようにそう呟いた。
「ま、そういうことだな。これからはちゃんとさん付けで呼んでくれよな。」
 ロッキッキーは偉そうにふんぞり返ってそう言った。
「”失恋男”とか”猿になった”とかの形容詞もちゃんと付けてあげてね。」
 すかさずエルフィーネがそう言い足した。
「あのなー‥‥。お前こそ”天井に好かれる”とか”ゾンビ”とか付けて貰った方がいいんじゃねぇのか?」
 ロッキッキーはそう言い返した。
「天井はルーズのせい!死んだのはソアラやルーズも一緒でしょ!」
 彼女は人差し指でルーズとそしてソアラを示しながらそう言った。
名指しされた2人、特にルーズの方は古いことをと思ったがその事は口にしなかった。
「2人とも、いい加減にして。で、デビアス、唐突なんだけども部屋は空いてる?」
 フォウリーはロッキッキーとエルフィーネを叱責したあとでそう尋ねた。
2人のやりとりをなつかしそうに見ていたデビアスは、フォウリーに話しかけられて驚いたようだ。
「お?あ、ああ。前の部屋が空いてるぞ。好きに使ってくれ。」
 彼はそう言ってポケットの鍵束から鍵を二つ取り出した。
「ありがとう。さ、みんな行くわよ。」
 フォウリーは鍵を受け取ると、以前自分らが使っていた部屋へと急ぐのであった。

 翌日、一晩休んですっかり元気を取り戻した彼らは街へと買い物に出ることになった。
もっともソアラだけが別に用もないとかいう理由で宿へと残ったが。
使い魔たちのお守り、という話もある。
 久しぶりに見るベルダインの街は、ぜんぜん変わっていなかった。
大したことではないのだが、何故か変わっていないことが嬉しかった。
まるでアザーンでの死闘がすべて嘘のように思えてきた。
彼らはここにいることを確かめるかのように、石畳の上をゆっくりと進んでいった。
 彼らは王城へと伸びる大通りに人垣が出来ているのに気がついた。
何かしら罵声のような声が、無責任な野次馬の声に混じって聞こえてきた。
「見ていこうよ。」
 何か面白いことを期待してエルフィーネは人垣を示した。
「大道芸人かな?」
 フォウリーは白々しくそう言った。
「喧嘩かなんかだよ。以前俺達が海賊とやり合ったときも確かこうだったよね?」
 ルーズはそう言ってロッキッキーの方を見た。
彼は黙って頷く。
「喧嘩か‥‥。そうねぇ。」
 そのまま通り過ぎても良かったのだが、結局彼らは好奇心に負けてしまった。
「見ていきましょうか。」
 彼らは人垣をかき分けて、最前列まで進んでいった。
人だかりの中央では騎士風の一団5人と、若い男が若い女性をかばうような格好で対峙していた。
騎士たちと男は互いに剣を抜いていた。
だが、どうやら今までの戦いは一方的なものであったようだ。
この中で怪我をしているのはその若い男だけなのだから。
 フォウリーの目にふと騎士達の紋章が目に映った。
「あれ、何処の騎士かしら?」
 フォウリーは近くにいたザンにそう尋ねた。
「あれは‥‥ロマールのものだと思いますけど。」
 ザンは少し記憶をたどった後、そう答えた。
「ロマールの騎士が何でこんな所で騒ぎ起こしてるの?」
 フォウリーはそう聞いて首を傾げた。
ここは仮にも独立した国の中である。
その中で他国の騎士が堂々と騒ぎを起こしているなど信じられるものではなかった。
− それともあの2人は騒ぎを起こすだけの価値があるの?
 フォウリーの視線は男女の2人連れの方に移った。
どちらも平凡な人間のように彼女には見えた。
「止めに入らないのですか?」
 ザンが逆にそう尋ねた。
「帰ってきて早々に騒ぎを起こしたくないんだけど。」
 フォウリーが困惑気味にそう呟いたとき、事態は急激に変化した。
若い男の方がショート・ソードを構えて騎士に切りかかったのであった。
「駄目!」
 何処かから悲鳴に近い女性の声が飛んだ。
男の無謀さに思わずそう叫んだのだが、その声はその男を止めるまでは行かなかった。
そして男は騎士達と数度切り交わした後、無惨にも胸板をロング・ソードで貫かれてしまった。
「ひっ。」
 まさか殺すところまで行くとは思っていなかった野次馬、特に女性たちが短い悲鳴を上げ顔を背けた。
中には失神した者もいたようだ。
それも当然であろう、昼日中、それも眼前で人が一人殺されたのだから。
 その騎士達は、うずくまって呆然と数瞬前まで人間だった”物”を見つめている女性の手を取った。
その事で我に返った彼女は慌ててその手を振り解こうとするが、彼女の力ではそれは叶わないようであった。
騎士達は荒々しく彼女を引っ張りその場を立ち去ろうとした。
「行ってしまいますよ。」
 ザンは再度フォウリーへと話しかけた。
「うーん、あんまり何処ぞの騎士なんかと面倒起こしたくないんだけどな。」
 まだ渋っていた彼女であったが、目の前で連れて行かれようとする女性を見て助けることに決めたようだ。
「しょうがない、見捨てるわけにも行かないもんね。でも、あんまり手荒にしないでよ。」
 フォウリーはそう言ってザンの肩を叩いた。
つまり魔法を使えと言うことなのだ。
「分かりました。」
 ザンは手早く魔法のための動作をしながら、上位古代語を呟いた。
『全能なるマナよ。その力をもって彼の者の周りの空気、眠りの雲とし、彼らを捕らえよ。』
 ザンの呪文が完成すると同時に、騎士団を中心にその近くにいた者全てがばたばたと倒れ始めた。
眠りの雲は千差万別なく効果を発揮したのだ。
「‥‥まあいいわ。ロッキッキー、ルーズ、その人を保護して。」
 一般人まで巻き込んだことにすこし眉をひそめた彼女であったが、すぐに考えないことにしたようだ。
彼女はその女性の近くにいる者にそう命令を出した。
「合点でい。」
 古くさい言葉を吐くと、ロッキッキーとルーズはすぐさまその女性へと駆け寄った。
そしてルーズが彼女を抱え、ロッキッキーが辺りに散らばっていた荷物を拾うと一目散にフォウリーのもとへと戻ってきた。
「で、どうするんだ?」
 良いところをルーズに持っていかれ、納得のいかない表情ながらロッキッキーはそう尋ねた。
「一度宿に戻りましょう。」
 フォウリーはそう言った。
「おや、エルフィーネはどうしました?」
 ザンが辺りを見て気がついたようにそう言った。
野次馬の中であろうとも目立つはずの彼女の姿は見えなかった。
「ここよ、ここ。さあ、早く逃げようよ。」
 ザンの声が聞こえたのか人垣の向こうから彼女は飛び上がって見せた。
いつの間にか人混みの外に出、いつでも逃げれる体勢であったのだ。
「行くわよ。」
 彼女らは人垣を分け、今来た道を走って戻っていった。

 冒険者の宿、輝く翼亭に飛び込んだ彼らは、レスとデビアスのきょとんとした視線に見送られて自分たちの部屋へと走り込んだ。
とりあえずフォウリーとエルフィーネが借りている部屋に入り、まだ魔法にとらわれて眠っている女性をそっとベッドに寝かせた。
「私の方を使うことないのに。」
 ベッドが自分のであることにエルフィーネがそう抗議の声を上げた。
「いいでしょ、少しくらい。」
 フォウリーはそう言うと女性に毛布まで掛けてしまった。
エルフィーネは抗議が無駄だと分かるとふてくされてしまった。
「起こしましょうか?」
 ザンが横から寝息を立てるその女性の顔を覗き込んでそう言った。
ただ単に寝ているだけなので頬を叩くぐらいで起きるであろう。
「そうね‥‥。そうしましょうか。」
 フォウリーは少し考えた後頷いた。
そしてその女性の身体を何度か揺らした。
「そんな事じゃ起きねぇよ。」
 ロッキッキーはそう言うと近くの水差しを掴み、その水を女性の顔にかけた。
「私のベットよ!!」
 エルフィーネが金切り声でそう叫んだが、こぼれた水は元には戻らなかった。
 水をかけられた女性の方はというと、文字どおり飛び起きた。
そして辺りを見回したあと、毛布を身を隠すように掴み、怯えた目でフォウリーらを見た。
「怯えないでいいのよ。少なくとも私たちは貴方の敵ではないわ。」
 フォウリーはあまり説得力がないとは思いつつもそう言った。
敵意のない人間がいきなり水をかけて起こすだろうか。
「あ、あなた達は?」
 女性は震える声でそう呟いた。
「この街を根城にしている冒険者よ。」
 フォウリーは簡単にそう答えた。
「世界を救った勇者でもいいぜ。」
 ロッキッキーが続いてそう言い、自分で吹き出してしまった。
「あ、あの、ジーンは、ジーンは?」
 彼女は思いだしたようにそう尋ねた。
あまりのショックのために記憶が欠如しているのだろうか。
「ジーンて一緒にいた男性?残念だけど‥‥死んだわ。」
 フォウリーはそう確かめた後で事実を語った。
嘘をついてもすぐにばれることだからである。
「ああ、そんな‥‥。」
 彼女はひどくショックを受けたように俯いてしまう。
やはり記憶が少し途切れているのだろうか、そんな反応だ。
「貴方の名前は?」
 フォウリーはしばらく待ってからそう尋ねた。
「フィアシス‥‥、フィアシス=サーヴェント。」
 彼女は先ほどよりもっと小さな声でそう呟いた。
「では、フィアシスさん。貴方は何故ロマールの騎士に追われていたのですか?」
 フォウリーの横からそうザンが尋ねた。
だが彼女は首を横に振った。
「分かりません‥‥。ただジーンは私がどこかの王族の血を引いていて、それであの騎士達が私を殺しに来た、と言っていました。でも私には何のことやら分からないのです。」
 彼女はぽつりぽつりとそう言った。
− 恋人だったのでしょうか?
 ザンは彼女の様子を見ながらそう思った。
「落胤か庶子かてとこか。まったく王侯貴族ってのは女には目がねぇからな。」
 ロッキッキーは嫌みの効いた口調でそう言った。
もっとも王侯貴族でなくとも女に目がない男性というものは存在するのだが。
そのロッキッキーを窘(たしな)めるようにフォウリーは彼を睨み付けた。
彼女自身貴族の出である。
自分の家族のことを悪く言われたように感じたのだろうか。
それともベッドに横たわる女性への配慮からだろうか。
「えーと、ねえ、フィアシス。貴方は何処から来たの?」
 エルフィーネは少し彼女の名前のことで考えた後でそう言った。
「レマという村です。<レイドとベルダインとの間にある小さな村‥‥。ああ、村へと帰りたい。」
 彼女はそう言うと立てた膝に顔を埋めてしまった。
多くのことがあって混乱しているのだろうか、行動に幼さが感じられた。
フォウリーらはフィアシスを見た後で顔を見合わせた。
一番いい方法は彼らが彼女をレマの村とやらに送ってやることだが、はたしてそこまでしなければならないのだろうか。
だがいつの間にかすすり泣きだした彼女を見て、フォウリーらは無報酬の仕事をすることに決めた。
「泣かないで、私たちが貴方を村まで送ってあげるわ。」
 フォウリーは彼女の肩に手を置きながら優しい声でそう言った。
彼女は驚いたように顔を上げる。
泣いていたせいか目が赤く充血していた。
「本当ですか?」
 期待と不安が混じりあった表情で彼女はフォウリーの顔を見返した。
「ええ、明日にでも出発しましょう。」
 フォウリーはそう言って頷いた。
「ありがとうございます。」
 彼女は嬉々とした表情で頭を下げた。
こうして彼らはフィアシスという女性と行動を共にすることになったのである。

 その日の夜、フォウリーとエルフィーネの部屋にはいつもの倍、人がいた。
フォウリーとエルフィーネ、急遽この部屋の住人になったフィアシスと、そしてどういう訳かロッキッキーである。
彼はフォウリーらが湯浴びのために下に降りていった隙にこの部屋へと忍び込んでいたのだが、あっけなくフォウリーに見つかり、さんざん彼女とエルフィーネにひっぱたかれたのであった。
だがそれでも何だかんだ理由を付け、結局この部屋に居座ってしまったのだ。
「まったく、フォウリーが気付かなかったら何をするつもりだったの?」
 エルフィーネはびっと人差し指をロッキッキーへと突きつけてそう聞いた。
「当然夜這いをかけて‥‥いやいや、寝ずの番でお姫さまを守るつもりだったぜ。」
 ロッキッキーは本音を言いかけて慌ててそう言い直した。
当然もう一発づつ平手を食らったのは言うまでもない。
「しょうがないわね。今晩は私が見張ってるよ、これ。」
 エルフィーネは手の埃を叩くような素振りをした後で、そうフォウリーへと言った。
「大丈夫?貴方意志弱いから途中で寝ちゃうんじゃない?」
 フォウリーは心配そうにそう言った。
「大丈夫よ、私にはこれがあるもん。」
 エルフィーネはそう言って服の中に手を入れペンダントの飾りの部分を取り出した。
そしてフォウリーにそれを見せる。
「‥‥目覚めのペンダントね。」
 フォウリーは苦笑しながらそう言った。
一度枕の下に入れられているので、このペンダントの威力は身を持って知っていた。
もっともロッキッキーの方がその威力は彼女以上に知っていった。
枕の下に入れられていたのを3日ほど気付かず、目の下に真っ黒なくまを作ったことがあるからだ。
「まだ持っていやがったのか?ちっ、計画が台無しだぜ。」
 ロッキッキーはペンダントを見た後そう呟いた。
彼の呟きはかなり小さなものであったが、エルフ特有の大きな耳のせいか、あいにくエルフィーネは耳が良かった。
「なんなら永遠に寝かせてあげようか?」
 ペンダントを服のなかにしまった後、エルフィーネはそうロッキッキーへと言った。
こういうと普通の場合は殺すことであるが、彼女の場合は本当に眠らせることである。
しかも一度かけてしまうと術者であるはずの彼女自身では解くことが出来ず、魔法使いの力が必要になると言うやっかいな魔法のことである。
「冗談だろ?まだ俺は人生を捨てちゃいねぇよ。」
 ロッキッキーは大きく首を振ってそう言った。
「夜中に私たちに変な事しようとしたら言い訳は聞かなくてよ。」
 エルフィーネは無邪気な笑みを浮かべてそう言った。
だが言われたロッキッキーの方は一歩後ずさった。
彼女が本気だと言うことを肌で感じとったからだ。
「お前なんか襲うかよ。」
 そういきがるのがせいぜいであった。
「所でロッキッキー、ザンとソアラとルーズは?」
 突然フォウリーがエルフィーネとロッキッキーの間に割って入った。
このまま聞いていても面白いのだが、話も進まないと思ったのだろう。
「ああ、ザンとソアラはいつもの部屋にいるぜ。ルーズは一人別に部屋とって何かしてるみてぇだ。」
 ロッキッキーはほっとした表情になってフォウリーの方を向いた。
「3人は別館か、何かあっても分からないわね。」
 フォウリーは眉をひそめてそう言った。
「エムを連れて来ちゃえば良かった。」
 それを聞いて残念そうにエルフィーネはそう言った。
最近ザンの使い魔であるエムは、半ばエルフィーネのペットと化していた。
諦めているのかザンは何も言わず、諦めているのかエムは抵抗しなかった。
だが紫猫もさすがに寝るときは主人のもとへと戻っているのだ。
「そうね、そうすれば使えたのにね。」
 フォウリーはそう答えたが、だからといってエムを連れて来ようとは思わなかった。
別に何かあるわけでもないし、たとえ何かあっても切り抜けられるはずと思っていたから。
「さあ、フィアシス、もう休みましょう。2人とも番をよろしくね。」
 フォウリーはそう言うと自分のベットへと潜り込んだ。
「あの、よろしくお願いします。」
 フィアシスもそう言うとエルフィーネのベットに潜り込んだ。
濡れたベッドはレスに頼んで新しい敷物に取り替えて貰っていた。
もちろんロッキッキーの払いであるが。
 エルフィーネはランタンの火を出来るだけ落とす。
ロッキッキーは窓辺に立ち、じっと外を見つめていた。

 ロッキッキーとエルフィーネの会話の種もそろそろ尽きかけた頃、招かざる客がどうやら訪れてきたようであった。
まだ開いている酒場の方からデビアスのものであろう怒声と他の者の怒声、それに女性の悲鳴が続いた。
「やっこさん方、なかなか鼻が効くみてぇだな。」
 窓からすぐ下の酒場の方を見ながらロッキッキーはそう呟いた。
「来たの?」
 極めて簡潔な問いをエルフィーネは口にした。
「みてぇだな。」
 ロッキッキーはエルフィーネの方を見て頷く。
「ならフォウリー起こさなくちゃね。ロッキッキー、扉の鍵よろしく。」
 ロッキッキーが頷いたのを見てエルフィーネは立ち上がると、ベッドの方へと歩いていった。
ベッドの脇に立って幸せそうな寝顔のフォウリーの身体を二度三度ゆすった。
「ずいぶん優しい起こし方だな。」
 扉の所からロッキッキーが皮肉気味にそう言った。
「後が恐いもの。」
 エルフィーネは手を止めずにそう言った。
起きなければペンダントの力を借りる所であるが、あいにくフォウリーは目を覚ましてしまった。
うっすらと彼女は目を開け、そして起きあがった。
「なによーー。良い所だったのにーーー。」
 眠たげな目をエルフィーネへと向けてフォウリーは非難がましい口調でそう言った。
「ご免ね。でもさ、招いていないお客が来たみたいなの。当然歓迎するんでしょ?」
 エルフィーネは少女のような笑みを浮かべて、物騒なことを言った。
「‥‥当然よ。せっかく幸せな夢を見てたのに許せないわ。」
 フォウリーはそう本末転倒なことを言うとベッドから抜けだして服を着、その上に鎧を出現させた。
その間にエルフィーネはフィアシスを起こす。
「起きて、フィアシス。」
 彼女の方もすぐに目を覚ました。
一瞬戸惑ったような視線をエルフィーネへと向けるが、すぐに自分の今の状況を思い出したようだ。
「何かあったのですか?」
 彼女は不安げな視線をエルフィーネへと向けた。
「これからよ。さあ、服を着て。」
 にっこり微笑んで彼女はそう言った。
フィアシスは彼女の言いたいことを察知して、ベッドから起き出すと手早く服を着た。
彼女が服を着終える頃にはエルフィーネの方も鎧を纏い終えていた。
ロッキッキーも右手より剣を出現させた。
「さあ、いつでもいらっしゃい。」
 愛剣冬疾風を手の中に出現させてフォウリーはそう呟いた。
その後ろにエルフィーネとフィアシスが立った。
「出来るだけ後ろにいてね。」
 エルフィーネの言葉にフィアシスは緊張した面もちで頷いただけであった。
しばらく待っていると遠くに聞こえていた喧噪が段々と近付いてきて、やがて扉の向こうで止まった。
そして一呼吸置いて荒々しく扉が叩かれる。
「我々はロマール騎士団だ。この扉を開けろ。」
 激しく叩かれる音に叫び声が混じってきた。
「誰が開けるのよ?!馬鹿ねー。」
 エルフィーネは半ば呆れたようにそう呟いた。
彼女のその馬鹿にした呟きが聞こえたのかどうだかは知らないが、扉を叩く音も段々激しくなってきた。
終いには扉を壊そうと体当たりをしてくる始末だ。
だが分厚い樫の木で出来た扉とドワーフの職人製の蝶番と鍵はそうたやすくは壊れそうになかった。
「諦めてくれりゃあ一番良いんだけどな。」
 ロッキッキーは期待しているかのようにそう言った。
だがそんな可能性がないことは彼もじゅうじゅう承知していた。
 扉の向こうでは扉の破壊を諦めた長らしき男が、魔術士風の男に命令して扉を開けさせようとしているところであった。
少しの静寂の後、部屋の中のフォウリーらにも聞き覚えのある上位古代語が聞こえた。
『アンロック!』
 かちりという音と共に鍵は開き、次いですぐに扉が開かれた。
そして騎士が一人飛び込んできたが、それを待っていたかのようにエルフィーネが精霊語を唱えた。
『恐怖の精霊、シェードよ。彼のものの心を恐怖に捕らえなさい。』
 彼女の精霊語に応えて部屋に飛び込んできた男の心はシェードに捕らわれた。
男は恐怖に歪んだ顔をエルフィーネに向けるとそのまま蹲ってしまった。
「ざまあ見なさい。」
 彼女は女性にはあまり好ましくないような口調でそう言った。
だがその男の不幸はその後であったと言えよう。
いきなり扉の前で蹲ってしまったその男を蹴り倒して、他の騎士達がなだれ込んできたのだから。
こうして部屋の中での戦いが始まった。
 ロマール騎士達はフィアシスを拉致しようとする目的をかなえることが出来なかった。
彼らはフォウリーの手によって次々に肉塊にされたからだ。
相手の実力を読み違えた者達の末路、と言ってしまえばそれまでだが、使命のもとで退くこともできず、勝つ見込みのない戦いを続けたと思えば何か悲しいものがあった。
「‥‥しばらくお肉は食べられそうにないわね。」
 血と死体とで埋め尽くされた部屋を見てエルフィーネはそう呟いた。
「何だかんだ言っても食うくせによ。」
 剣についた血を払って体内に格納してからロッキッキーはそう言った。
「だって他に食べる物ないもの。」
 エルフィーネはじろりとロッキッキーを睨んでそう言った。
レティシアもそうであったが彼女も海産物が魚以外食べられないのだ。
森の中で長く過ごしていたからであろうか。
「フィアシス、大丈夫?」
 フォウリーは真の戦いを目の当たりにして凍り付いた様に立っている彼女にそう話しかけた。
「え、ええ‥‥。」
 彼女は蒼白な顔をフォウリーへと向けてそう頷いた。
フォウリーはそれ以上話しかけず、放っておくことにしたようだ。
「ザンやソアラ達の方にも行ったのかな、こいつら。」
 ロッキッキーが顎で肉塊の一つを示してそう尋ねた。
「さあ?恐らく行ってると思うけど。」
 フォウリーがそう行った矢先に、ザンとソアラが飛び込んできた。
「無事ですか?」
 ザンは部屋に飛び込んだ後、一瞬光景のすさまじさに立ち止まった。
ソアラも立ち止まって息をのむ。
「‥‥手加減がないですね。」
 ザンは心配したことを少し後悔しながらそう言った。
「敵に情けは無用よ。所でこっちに来たって事はやっぱりあなた達の方にも行ったの?」
 フォウリーは眉をひそめた後でそう言った。
「ああ。そいつらがあまりにも弱かったから、もしやこっちが本命かと思ってきたんだけど、無駄骨だったようだな。」
 持っていた剣をさやに収めた後でソアラはそう言った。
「どっちもはずれだった見たいね。」
 フォウリーは首をすくめてそう言った。
「所でルーズは平気か?」
 ロッキッキーがそうザンらに尋ねた。
「さあ、平気なんじゃないですか?襲われたのは私たちの部屋だけだと思いますから。」
 ザンは自信なげにそう言った。
ソアラも同様のようだ。
どうやらこちらの方に気が行っていて、ルーズのことを忘れていたらしい。
「まあ、平気か。奴のことなら。」
 いかにもと言うようにロッキッキーは一人頷いて見せた。
そんなおりにひょっこりルーズがふくろうと共に姿を見せた。
「みんな、大丈夫かい?」
 まるで当然のような表情でそう言ったルーズの方を向いたフォウリーらは、いっぺんに疲れたような表情を見せた。
「あ、そうだ。デビアスとかレスとか平気かな。酒場の方でずいぶん派手にやったみたいだよ、”これ”。」
 エルフィーネは肉塊を示しながら思い出したようにそう言った。
「デビアスのことだから大丈夫だとは思うけど‥‥行ってみましょう。」
 フォウリーは剣と鎧を格納するとそう行った。
「ついでに部屋も用意して貰うか。」
 彼らは寝酒がてらに一杯引っかける感じで酒場へと降りていった。

 一階の酒場はそうそうたる有り様であった。
5つあった丸テーブルと多くの椅子のうち、半分がなぎ倒され、床には割れた酒壷や木皿、エール酒や何かしらの食べ物が転がっていた。
だが店には頭から血を流して倒れているデビアスと、それを介抱しているレスの姿しか見えなかった。
それに反比例するかのように酒場の外には野次馬であろうか、かなりの人数がいた。
幾人かは騒ぎに乗じて食い逃げた者達であろう。
「ひでぇな‥‥。」
 始めに酒場に入ったロッキッキーは中の様子を見てそう呟いた。
「本当ですね。」
 ザンはそう頷くほかなかった。
その間にフォウリーとエルフィーネ、それにソアラがデビアスとレスの所へと駆け寄った。
ルーズとザンとロッキッキーはぴったりとフィアシスの脇に立っていた。
「大丈夫、レス?」
 フォウリーは涙をにじませてデビアスの名を呼ぶレスにそう声をかけた。
はっとして振り返ったレスは彼女らの姿を見ると、感極まったように身体を震わせた。
「泣くのは後よ。とりあえずデビアスの手当をしなければね。」
 フォウリーはそう言って彼の脇に座り込み、気を失っているデビアスの身体にそっと右手を置いた。
『我が信ずる神、ラーダよ。我が祈りを力に変え、我が友デビアスの傷を癒したまえ。』
 フォウリーは神に対し神聖語でそう祈りを捧げた。
それをじっと見守るレスの震える肩をそっとエルフィーネが抱えた。
「大丈夫、フォウーが何とかしてくれるわ。」
 自分の顔を見たレスに対して、エルフィーネはにっこり笑ってそう言った。
 神はフォウリーの祈りを聞き届けてくれたようだ。
御力の幾千万の一であろうが彼女に力を貸し与えた。
フォウリーの手がぼんやりと白く輝き、ゆっくりとデビアスの身体の傷が治癒していった。
彼女が手をのけるのとほぼ同時に、デビアスは2度3度うなり声をあげゆっくりと目を開いた。
始めはぼんやりとした目であったが、フォウリーの顔を見たことによって、事情を思い出したようだ。
「フォウリー!奴等はどうした?」
 彼はそう叫び、立ち上がろうとしてつんのめってしまった。
慌ててフォウリーが彼の身体を支えた。
「ああ、あれ?大丈夫、返り討ちにしてやったわ。」
 フォウリーはそう言って片目をつぶった。
「ちょっと部屋が汚れたけどね。」
 後ろからそうエルフィーネが付け足した。
「すまん。本来なら儂が奴等をおっぱらわねばいかんのに、このざまだ。年かのう。」
 デビアスは頭をかきながらそう言った。
「まったくだわ。宿の主人としては不合格よ。」
 フォウリーは手を離しつつそう言った。
「私があの騎士達にフォウリーさん達の部屋を教えたんです。責めるなら私を。」
 エルフィーネの横からそうレスが声を上げた。
胸の前でぎゅっと右手を握りしめていた。
「別に責めていないわ。そもそもの原因は私たちにあるのだから。」
 フォウリーはレスの方を振り返ってそう言った。
長い髪がまとわるように流れた。
「しかしまさかこれほど直接的に来るとは誤算だったよ。」
 ソアラはぶ然とした表情でそう言った。
「それだけの価値があるってことよ、フィアシスには。」
 フォウリーは本人には聞こえないようにそう呟いた。
それにはソアラも頷かないわけにはいかなかった。
「ところで部屋の”あれ”はどうするのよ?」
 エルフィーネは横からフォウリーにそう尋ねた。
彼女は自分に敵対的な者に好意的になれるほど、博愛主義者でも平和主義者でもなかった。
多少の語弊があるかもしれないが、彼女の人間に対する考えは敵か味方か、自分に有益か有害かで決まっているように思えた。
「そうね‥‥。ねぇデビアス、警備兵達には連絡を取った?」
 フォウリーは頬に人差し指を立てて考えた後、思い出したようにそう言った。
「さあな、だがこれだけの騒ぎだ。無視もできまい。」
 デビアスは肩をすくめてそう言った。
治安当局も出来ることならば他国の騎士とのごたごたは避けたいであろうが、ここまで騒ぎが大きくなってはそうも行かないであろう。
案の定、すぐに人垣をかき分けて数人の騎士と兵士が輝く翼亭に乗り込んできた。
「この騒ぎは一体どうしたことだ?」
 騎士の中で一番年輩の男が、フォウリーらの顔を見るなりそう言った。
彼女らのことを一方的に騒ぎの張本人であると決めつけているようであった。
受動的にしろ、騒ぎの張本人なのは事実なのだが。
「ちょっとした事よ。ただの押し込み強盗を退治しただけ。」
 フォウリーは涼しげな口調でそう言った。
「その言葉本当か、確かめさせて貰う。」
 その騎士はそう言うと従卒らしき兵士に何事か耳打ちした。
兵士は頷くとソアラに案内をさせて、宿の奥に消えていった。
その場には何処となく緊張感が漂い始めた。
外の野次馬が次第に帰りだし、静かになってきたせいでかもしれなかった。
再びソアラと従卒が戻ってきたとき、何処となしかその従卒の表情は蒼いように思えた。
それもそのはずであろう、この街の兵士が生死をかけた戦闘後の生々しい現場など見たことはないだろうから。
それでもその従卒はやっとの事で、騎士に自分の見たことをありのまま話した。
騎士の顔色がさっと変わったのを見て、エルフィーネなどはその見事な変わりように内心感心したくらいであった。
騎士はまた従卒に何か命令し、宿から退出させると厳しい表情をフォウリーらに向けた。
「済まぬが我らと共に出頭してはくれぬか?」
 騎士の物腰はいくらか低くなっていた。
それもそうであろう、相手は名高きロマール王国騎士団と宮廷魔術師を打ち破ったものなのだから。
怒らせては自らの身が危ないと踏んだのだ。
「‥‥断れないみたいね。分かったわ、みんな、行くわよ。フィアシスもね。」
 フォウリーはそう言って後ろのロッキッキーらの方にも合図した。
こうして彼らはベルダイン騎士と共に静けさを取り戻し始めた夜のベルダインの街を行くのであった。

 ベルダインの警備兵の詰め所での話はそれほど時間がかかったわけではなかった。
フィアシスのことやロマール騎士と戦いになったまでの経緯を簡単に聞かれただけであった。
その後で彼らを詰め所まで連れていった真の目的を開かされた。
この件に関してはベルダイン王国ならびに治安部隊は一切関知しないという、いわば責任逃れ的な話であった。
彼らがその話を飲んだのは同情や国家を重んじたからではなく、呆れ果てたためである。
「まったく人間って勝手よね。一切関知しないだって。冗談じゃないわよ。」
 エルフィーネは詰め所を退出してからずっとこの調子であった。
フォウリーらは軽く受け流していたが、事態はどうやら悪い方向へと流れ始めているようであった。
悪くすれば一国を相手にしなければならないのである。
幾ら彼らが武技に秀でていても、魔術に秀でていても、相手に出来る限度というものがあった。
「ともかくどうすればいいかしらね。」
 フォウリーは隣のザンにそう話しかけた。
「さあ‥‥。所で今ふと思いついたんですけれど、彼女の村は平気ですかね?」
 ザンは首を傾げた後、急に呟くような声になってそう言った。
彼女の村、とは当然フィアシスの村、レマのことである。
「そうねぇ、ここまでするような国ですもの。あるいは‥‥ね。」
 フォウリーはそう応えた。
目があえて省略した所の意味を告げていた。
「いずれにしても行ってみれば分かりますね。」
 ザンはそう言ってその話題を打ち切った。
 一方エルフィーネの後ろを歩くルーズとロッキッキーはフィアシスを脇に挟むようにして並んで歩いていた。
2人は様々な事を彼女へと話しかけていたが、フォアシスは未だ自分の身にふりかかった災難のショックから立ち直っておらず、2人に生返事を返すだけであった。
しかしそれでもめげないところが2人らしかった。
その後をぶ然とした表情のソアラが続いていた。
 宿の彼らの部屋の方は警備兵達が留守の間に来て、死体を片づけていったらしい。
しかも見舞金としていくらか金を置いていったよとデビアスはそう告げた。
どうせ口止め料だろうよ、と彼は言って冷笑した。
だが今晩はまだ血の臭いの残る部屋で眠る気にはなれなかった。
彼らはデビアスに言って空いてる部屋を二つ借りると、明日のために浅い眠りへと入っていった。

 翌日の朝早くに彼らは輝く翼亭を出発した。
もちろんフィアシスをレマの村まで送り届けるためであった。
だがフォウリーは道中にかすかな不安を抱いていた。
もちろんロマール王国の襲撃を警戒して、のことであった。
だが数日が立ち、ロマール領に入り、レマの村近くになっても一向にその気配は見えなかった。
不思議に思ったフォウリーはそっとザンに疑問をぶつけてみた。
「どうしてこんな絶好の機会に襲ってこないのかしらね。」
 ザンはフォウリーの言いたいことを理解して、頷くとしばし思考を巡らせた。
「考えられることは、そうですね、まずレマの村に罠をはって待ってるとか、隙をうかがっているのか‥‥。後、考えるなら、ロマールは私たちがこちらに来ているのを知らない、とも考えられますね。」
 ザンは数分間の思考の結果をそう披露した。
「知らないってどう言うこと?」
 フォウリーは在り来たりでない方の答えに興味を持ったようだ。
「それはロマール王国が襲ってこないのではなくて襲ってこれない、と言うことを考えたものです。
まさか自国の領内に入っているのに騎士を動かしたくないとか、私たちが強すぎるとか考えませんよね。となれば彼らは知らないのではないかと考えたわけです。」
 ザンは肩の猫を両手に持ちかえた後でそう言った。
「つまり?」
 じらすように区切ったザンをフォウリーはそう急かした。
「つまりですね、私たちがベルダインに派遣されていたロマール騎士を全て倒してしまったので、フィアシスが何処に行ったのか分からなくなった、という所ですかね。」
 ザンはフォウリー見てそう言った。
「なるほど、そう考えてもいいかもね。」
 フォウリーは頷くようにそう言った。
「それはあくまでも推測です。油断は禁物ですよ。」
 すこし困惑した表情でザンはぞう注意を促した。
「大丈夫よ。
ただ不安が少し軽くなっただけ。」
 フォウリーはそう言うとじっと街道の向こうを見た。
彼らの進む道、”自由人達の道”はこのまま行けばレイドにたどり着くはずである。
だが彼女は、フィアシスが少し前までその街に首都を置いた帝国の皇室の末裔とは気付くはずもなかった。
「なあ、俺達ってそんなに目立っているかな?」
 ソアラは今横を通り過ぎていった行商人らしい一団をちらっと見て、目の前のエルフの少女にそう尋ねた。
「うーん、目立つって言うか何か異様な集団に見えるでしょうよ。特にザンはね。」
 彼女は少し考えてからそう応えた。
確かにザンの姿格好は目立つものであった。
髭を生やした厳つい顔と体格に似合わぬローブ、そして紫の猫。
彼だけならば十分旅芸人で通るであろう。
もっとも目立つのはエルフである彼女も一緒なのだが。
 ソアラは歩きながら一人頷いていた。

 ベルダインを発ってより3日目の昼頃、どうやらレマの村の近辺にさしかかったようだ。
フィアシスに見覚えのある風景が広がり始めたからだ。
村が近付いてきたことからの安心感からか、彼女は自然な表情を見せるようになった。
ルーズやロッキッキーを相手にあの山は、とか、あの辺りで、とか思い出話を語ったりもした。
しばらく聞いていた2人であったが、知らぬ固有名詞が続出するので、すぐに飽きてしまった。
だが退くわけにも行かず、適当に相づちを打って彼女の話が終わるのを待った。
「フィアシス、前に来て先導してくれる?」
 フィアシスの話を終わらせたのはフォウリーのその一言であった。
「あ、はい。」
 彼女は2人に会釈した後で、隊列の前へと走っていった。
ルーズとロッキッキーは顔を見合わせ、互いに安堵のため息をついた。
「あ、あそこの脇道を入るんです。」
 しばらく歩いたところでフィアシスはそう言って前の方を指し示した。
彼女の示したところには馬車が通れる通れないかの細い道が、街道とは直角の方向に伸びていた。
「やれやれ、ようやく着くんだな。」
 それを聞いてソアラはそう呟いた。
長い船旅で身体がなまっているのだろうか。
「昔は結構歩いていたんだろ?」
 それを聞いてロッキッキーがそう言った。
「まあな。これくらいで疲れるなんて身体がなまってるのかな。」
 彼はそう言って腕を回した。
「年寄り臭いわねー。」
 彼らの前を歩いていたエルフィーネが振り返ってそう言った。
「おめぇほどじゃねぇよ。」
 間髪を入れずにロッキッキーはそう言った。
「ふん。」
 彼女はそう言うとそれ以上話しかけなかった。
年齢の話は彼女がもっとも触れて貰いたくない話題の一つである。
そうこうしている内に彼らは分岐点へとたどり着いた。
− あら?
 フォウリーはその小さな道に最近、一日は経っていない足跡があるのに気がついた。
この道に似つかわしくないほどの数があった。
何人かは土の沈み具合から見て板金鎧を着ているだろうと思われた。
− この田舎に板金鎧?冒険者?それとも‥‥?
 だが彼女の思考はそこで終わりを余儀なくされた。
フィアシスが小走りに進んでいってしまったからである。
「こっちです、こっち。」
 彼女は彼らをせき立てるように少し向こうで振り返り、手を振って見せた。
「ちょっと待って。危ないわよ。」
 慌ててフォウリーらは彼女の後を追った。
「狙われてるって自覚がないわね。」
 フィアシスを追いかけながらエルフィーネはそう呟いた。
 彼女の話ではレマの村は一時間半ほど進んだ所にあるらしかった。
この辺りではまだ村の影すら見えず、ただ閑散な木々が続いているだけであった。
村が目と鼻の先になって、フィアシスははやる気持ちを抑えきれなくなってきているようであった。
ここ数日ロマールの襲撃もなかったので、今までの事はすべて悪い夢だったのではとも思い始めていた。
ただ一つだけ気がかりなことがあった。
それはジーンのことである。
彼女はジーンの死を村長になんと言おうかと考えていた。
それが彼女を走らせずにいる最大の要因なのだ。
 やがて閑散とした林は終わり、かわって広大な牧草地が姿を見せた。
道の向こうにようやく点ほどの家の固まりが見えた。
だが少し様子が変であった。
村の家々から煙が上がっているように見受けられるのだ。
炊事の煙にしては少し強すぎるような気がした。
「へんです、今の時間なら牛が放されていても良いのに。」
 フィアシスは辺りの牧草地を見回してそう言った。
フォウリーらも見回してみたが、あいにく一頭の牛も居なかった。
「‥‥急ぎましょう。」
 今も続く十数人の足跡、煙が上がっている家、放たれていない牛。
フォウリーの頭の中に警鐘が鳴り響いた。
「ああ、やべぇな。」
 ロッキッキーも真剣な表情でそう言った。
自然と他の者にも緊張感が漂い始めた。
宿屋での戦闘の時と同じ雰囲気にフィアシスは少し戸惑ったようだ。
「フィアシス、こっち。」
 エルフィーネはそう言って彼女を手招きした。
フィアシスは黙って頷いて、エルフの少女に指示された場所に立った。
「行きましょう。」
 フィアシスを囲むようにして、彼らは村への道を歩きだした。

 村に何が起こったのかは、たどり着くまでもなく確認することが出来た。
何者かによって村は完全に破壊されていたのだ。
上がっていた煙は家を燃やし尽くした火が未だくすぶっていたのだ。
村の広場には焼けこげた死体や明らかに切り殺された死体が何体か転がっていた。
「ひどい‥‥。」
 フィアシスは半ば呆然としてそう呟いた。
彼女の肩にフォウリーがそっと手を置いた。
「生存者を捜しましょう。」
 無駄かも知れないと思ったことをあえて彼女は口にした。
フィアシスはフォウリーの顔を見た後、力無く頷いた。
 生きている人間を見つけることはたやすかった。
ただし村人ではなく加害者であろうロマール騎士だったが。
彼らはフォウリー達が広場から移動しようとした矢先に、広場へと顔を見せたのだ。
だが人数は3人だけなので、おそらく未練がましく破壊を繰り返していた輩であろう。
彼らはフォウリーらを見て戸惑ったようだが、それはこちらとて同じであった。
だがロマール騎士の内の一人がフィアシスの右腕に付けられた腕輪を目敏く見つけた。
「ほうこれはこれは。そこのご婦人はフィアシス姫とお見受けしましたが。」
 芝居がかった口調でそう言うと他の騎士が嘲笑とわかる笑みを見せた。
それがかんに触ったのかエルフィーネが即座に叫んだ。
「あなた達は無抵抗な村人しか殺せぬ、無能な事で有名なロマール騎士団ね!」
 エルフィーネのその言葉は危うく騎士団を触発させるところであった。
「フィアシス姫、さあこちらへ。そうせねば口の聞きかたを知らぬエルフを始めとした6人の死体がここに並びますよ。」
 口調は丁寧だが態度には高慢さがにじんでいた。
フィアシスは震える目でフォウリーを見た。
「それには応じられないわね。ここにこうして護衛がいるのだから。」
 彼女にかわってフォウリーがそう応えた。
「我ら栄光あるロマール騎士団と戦おうと言うのか?身の程知らずが。一度だけチャンスをやる。いいか、その娘を置いてとっととここから立ち去れ。そうすれば命だけは助けてやろう。」
 騎士は表情を険しいものに変えてそう言った。
− 仮面が崩れたわね。
 エルフィーネは男の顔を見てそう思った。
「お前らこそ相手みていきがんな。この○○○が○○の○○野郎!!」
 ロッキッキーがおよそ女性の前で言ってはいけないと思われる言葉をそうはき捨てた。
事実フィアシスは顔を真っ赤にしてしまった。
挑発に関しては、彼の方がフォウリーより一枚上手のようであった。
騎士達の方も顔を真っ赤にしていた。
ただし羞恥のためではなく怒りのためであったが。
「愚弄するな!!!」
 騎士達はそう叫ぶとそれぞれに剣を抜いた。
それに対応してフォウリーらも剣を抜いた。
こうしてロマール騎士との二度目の戦いが始まった。
 彼らは騎士としてはかなり高位であることが察せられるほどの剣の腕を持っていた。
戦の神に仕える神官騎士も居るのだからそれは間違いではないであろう。
だが彼らは勝つことが出来なかった。
それどころか相手を一人も道連れにすることが出来なかった。
恐らく自らの弱さを嘆きながら彼らは死の淵に立ったであろう。
一方フォウリーらの方もまるっきり無傷と言うわけではなかった。
危うくロッキッキーが騎士達と一緒に旅立つところだった。
 戦いが終わって、フォウリーはふうっと息を吐いた。
かなり厳しい戦いであったことは確かであった。
戦士達は少なからぬ傷を負っていた。
特にひどいロッキッキーは知識の神に祈りを捧げ、何とか自らの体力を回復させた。
それぐらいなら私が治してあげる、とのエルフィーネの好意はもちろん快く辞退した。
「私も手伝います。」
 フィアシスはそう言ってフォウリーの後ろにつき、応急処置的な手当を手伝った。
安息はそれほど長く続かなかった。
どこから来たのか、冒険者風の男女が5人そこに姿を見せたのだ。
筋肉隆々の身体をした板金鎧に身を包む男、眼帯をした女戦士、物憂げな表情のハーフエルフの女性、仮面をかぶったように表情のない長槍を持つ女性、そしてあやしげなローブを身に纏った黒ずくめの男である。
彼らはぶ然とした表情で肉塊と化した騎士達の遺体に一瞥をくれると、すぐに視線をフォウリーらへと移した。
少なくとも好意的な視線ではなかった。
すぐに彼らはこちらに注意を払いながらも何か相談を始めた。
「この騎士の仲間かしら。」
 フィアシスを下がらせた後で、フォウリーは小声でそうザンへと尋ねた。
「十中八,九はそうでしょうね。」
 ザンはいつもと変わらぬ口調でそう言った。
とその2人にロッキッキーが話しかける。
「おいよ、奴等とやり合うのか?」
 何時になく自信無さそうな口調であった。
「恐らくね。でもどうして?」
 フォウリーはこの期に及んでのロッキッキーの弱気な口調に疑問を持ったようだ。
「あの長槍を持った女がいるだろ、あいつとはやり合いたくない。」
 ロッキッキーがそう言って示したのは、極端に表情のない人形のような感じを受ける女性であった。
一見してシーフと見て取れるが、それにしても表情がなかった。
「何よ、昔の恋人?」
 それなりに美人なので、いつものことなのかとフォウリーはそういいたげであった。
「え、何?誰の恋人?」
 恋人という単語を聞きつけてエルフィーネが割り込んできた。
「ば、馬鹿なこと言うな!あいつは”氷仮面”って言うふたつ名をもつエミリアって凄腕の盗賊だ。暗殺専門のな。」
 ロッキッキーは顔をしかめた後そう言った。
「何となく分かるわ。そのふたつ名。」
 フォウリーはもう一度エミリアというらしき女性の顔を盗み見てそう呟いた。
仮面という言葉がぴったりの表情であった。
「どんな”仕事”をこなすときでも眉一つうごかさねぇらしい。相手が子供でも女でも老人でもな。」
 ロッキッキーは心底恐ろしげな口調でそう言った。
エレミアでの悪党時代に苦い思い出でもあるのだろうか。
「そういえば聞いたことありますね、その名前。」
 もう1人の自称シーフである魔術師がそう言って頷いた。
「やだなぁ、そういうのと戦うの。」
 眉間にしわを寄せてエルフィーネはそう言った。
「それにもう1人の男の方の盗賊、ありゃあ”黒い狐”だ。あいつも相当の腕利きだ。」
 ロッキッキーは鋭い目つきでこちらの様子を伺っている男をそう言って示した。
「何か名だたる暗殺屋さんが集まってるのね。」
 フォウリーはちょっとひきつった笑いを浮かべた。
暗殺専門の盗賊となど誰も戦いたくはないであろう。
「ねぇねぇ、そういえば私さ、あの男の人、レイドで見たよ。」
 エルフィーネが指さしたのはグレートソードを腰から吊るし、フォウリーもかくやと言わんばかりの板金鎧を身に纏っている男であった。
「レイドで?」
「うん、えーとね、結構有名な冒険者で、名前は‥‥そうそうジークだとか言ってたよ。」
 彼女は指先を額に当てて考えた後でそう言った。
レイドと言えば冒険者が集まるので有名な街である。
しかし多くの冒険者がいる中で、1人の人物のことを覚えているという事は宿でも一緒だったのであろうか。
彼女のことだから何かおごって貰って、それで覚えているのかも知れないが。
と、その時そのジークがその肺活量をいかして彼らへと叫んだ。
「お主ら、その娘をこちらへと渡してくれ。そうすれば我らとしても無駄な事をしなくて済む。それに”アザーンの英雄”などとやり合いたくはないからな。」
 彼はそういった後、薄い笑みを見せた。
からかい半分本音半分といった所であろうか。
フォウリーは仲間の顔を見、怯えるフィアシスを見てから、ジークへと答えを返した。
「残念だけどそれは出来ないわ。どうしてもと言うのなら‥‥戦うしかないわね。」
 フォウリーは射るような視線をジークへと向けた。
彼はやはりというような表情をして仲間を見た。
もっとも氷仮面やらと黒き狐は感心なさげなので、彼の視線はフォウリーといい勝負の片目の女戦士とハーフエルフの女性へと向けられた。
「そうか、ならしょうがあるまい。勝利はどちらの天秤に傾くのか。」
 最後の方は独り言のようであった。
ジークは彼の身の丈の三分の二ほどもあるグレートソードを抜いた。
煌めく陽光が白き軌跡を残したところからも、魔法の付与された剣であることが分かった。
いや彼ら5人の抜いた武器6本全てがそうなのだ。
彼らもまた名のある冒険者なのであろうか。
「やる‥‥わよ!」
 フォウリーはそう呟き、再び剣を出現させた。
ソアラ、ロッキッキーもそれぞれに武器を構える。
こうして戦いは始まった。
 ジークの持つ剣は魔力を持つだけにとどまらなかった。
剣を抱えて切りかかってくると同時に刀身から炎が吹き出たのである。
− 炎の精霊?!
 エルフィーネはそれが『ファイア・ウェポン』でないことを感じとった。
ジークは風の精霊力を持つ疾風の剣にひかれてか、ソアラへと切りかかってきた。
エレミア、ターシャがそれに続いた。
 この戦いの勝敗を決めたのは魔法使いの数であったように思われた。
超攻撃呪文や癒しの呪文が飛び交い、今までの冒険で魔晶石を貯めていたエルフィーネらの方に天秤は次第に傾いていった。
 ジークは自らの判断の甘さを、敵の精霊使いの魔法に捕らわれた身で考えていた。
ここでの戦いの事ではない。
もっと前、レイドでこの仕事を引き受けた時のことをである。
依頼を受けた以上ここでの戦いは避けられなかった。
だがそのために大事な仲間であるエミリアを死なせ、エルヴィンを死なせ、ティンクレイアを死なせてしまった。
− 同じだ‥‥。神は二度までに試練を与えるのか。
 ジークは必死に土の中でもがきながらそう考えていた。
「ジーク!」
 その彼を助けようとターシャが相手をしていた敵に背を向けた。
そして彼の手を掴む。
彼は拒まなかった。
幸いにも相手の男の剣は宙をかすめたので大事にはいたらなかった。
土の中からなんとかはいあがった彼は、自分がどうするべきか考えた。
こちらは3人の仲間を失ったにも関わらず、まだ向こうは1人も欠けていなかった。
− 力の差か、それとも信仰の差か。
 戦の神への信仰を捨てているジークは自嘲気味にそう考えた。
だが彼はあいにくと死に美を抱くような人間ではなかった。
− 勝ち目がないか‥‥。なら逃げればいい、あのときと同じようにな。
 彼はターシャの手を引きかばうように立つと、鉄すらも簡単に引き裂きそうなグレートソードを振り回した。
熟達した者が見ればそれは威嚇と分かったであろう。
だがあいにくルーズとロッキッキーにはそんな余裕はなかった。
かわすので精一杯だったのである。
その隙を逃さず彼はロッキッキーに体当たりを食らわし、そしてルーズの足を払った。
「うわぁ?」
 なす術もなく2人は地面に転がった。
「逃げるぞ、ターシャ。」
 その隙をついてジークとターシャの2人は逃げ出した。
後に残された者にはもはやそれを追う気力は残されていなかった。
フォウリーらは逃げた2人を座り込んでただじっと眺めるだけであった。
 天秤はどうやらフォウリー達の方に傾いたようだ。
だがそれは髪の毛一本ほどの差でしかなかった。
その事は当の本人達は良く分かっていた。
「何とか‥‥終わったわね。」
 フォウリーは刀を杖代わりにして寄り掛かったままの体勢でそう言った。
「みてぇだな。」
 どかっと地面に腰を下ろしているロッキッキーがそう応じた。
ソアラなどは何も言わず地面に大の字になっている始末だ。
これでは当分動けそうになかった。
 その間に1人元気なエルフィーネにはやってしまいたいことがあった。
それは相手のハーフエルフが着ていたチェインメイルを貰うことであった。
見た瞬間にそれがミスリル製であることが見て取れた。
死体からはぎ取るのはあまり気持ちのいいものではないが、誰かに取られるよりはと思ったようだ。
 彼女はなるべく死体を傷つけぬように鎖かたびらを脱がしていった。
ようやくそれを脱がし終わった後にもまだするべき事があった。
エルフィーネは彼女の服装を整え、そして胸で手を組ませた。
そして少し離れて彼女を見た。
− ギルデ、タルーヌ(安らかなる眠りを)
 エルフィーネは心の中、エルフ語でそう呟くと、精霊語で呪文を唱えた。
『土の精霊達よ、彼女の身体を大地の中にかえして。』
 土の精霊ノームは、エルフィーネの命令に逆らわなかった。
彼女の目のまえでハーフエルフの死体はゆっくりと土の中へと沈んでいった。
そして大地は遺体を飲み込むと、何事もなかったかのように元通りになった。
エルフィーネは小さく、しかし深く息をつくと振り返った。
生き残った者は死者への悲しみを背負わなければならない。
たとえそれが敵であれ、味方であれ変わらないのだ。
”死”が日常でない彼女にとってもそれは変わらなかった。

 数刻戦闘で疲労しきった身体を休めた彼らは先ほど中断した行為を再開した。
だがこの村には彼女らの他にもはや生者は存在しなかった。
数十人はいたであろう村人は全て物言わぬ死体となっていた。
フィアシスはしばし親しかった者、顔見知りだった者の変わり果てた姿に絶句し、そして静かに涙を流し始めた。
この村はこの地上から消え去ってしまったのだ。
だがその事で彼女を責めるのは酷というものであろう。
運命は彼女の意志とは無関係に決められるものではないのだから。
「フィアシス、村の人を埋葬しましょう。」
 嗚咽する彼女の肩にそっと手を置いてフォウリーはそう言った。
彼女にはその様なことをする義務はもちろんない。
だがフィアシスの自責の念を少しでも軽くできるのならとそう提案したのだ。
「‥‥はい。」
 フォウリーの方を向いて彼女はこくんと頷いた。
 そんなことでも後処理というものは大変なものである。
今回も例外ではなかった。
フォウリーらは家の内外に転がっている死体を一体ずつ広場へと運び、10人ほどになったらエルフィーネが大地の精霊の力を借りて、土の中に埋葬するのである。
その果てしない作業が終わったのは、日も暮れたころであった。
さすがに疲れたのか、作業が終わったとたん彼らは地べたへと座り込んでしまった。
魔法の使いすぎからかエルフィーネなどは荷物から毛布を取り出し、近くの木の根本で眠り出そうとする始末であった。
だがいつロマール騎士がやって来るとも限らないので、エルフィーネを何とか叩き起こすと、彼女らは一路ベルダインへと歩み始めるのであった。
 彼女らは急ぎベルダインへと戻ってきた。
その間幸運にもロマール騎士らの追撃もなく、彼らは新市街地の冒険者の宿、輝く翼亭へと転がり込んでいった。
そして宿の主人デビアスの姿を見て、フォウリーらは安堵の息をもらした。
「また騒ぎに巻き込まれたのか?」
 息せきって転がり込んできた彼女らに対してデビアスはそう話しかけた。
「違うわ。」
 フォウリーは苦笑を浮かべてそう言った。
「冗談だ。すぐ部屋にいくのか?」
 デビアスは口元を歪ませた後そう言った。
「ええ。」
 フォウリーは短くそう言った。
そう言った後で仲間達を促し、自分らの部屋へと向かった。
全員が集まれる部屋ということで必然的に男どもの部屋に彼女らは向かった。
しかしいくら大部屋といっても7人という人数では中に入るのがやっとであった。
エルフィーネ、フィアシス、ルーズがベッドを椅子代わりに座り、ソアラ、ザン、フォウリーが床に座り込んだ。
ロッキッキーは窓辺に寄り掛かって彼女らを見ていた。
「さて、これからどうしましょうか?」
 全員が落ちついた頃合を見計らってフォウリーがそう切り出した。
本来ならフィアシスの村の時点で決めなければいけない事であるのだが、襲撃の可能性を考えれば安全なところにくるまで伸ばしたのは懸命な判断である。
「私たちはまあそれほど問題ではないと思いますけど、問題はやはり彼女ですね。」
 ザンはベッドに座っているフィアシスをみてそう言った。
確かに彼らの方はあまり問題ではないであろう。
ロマールにはっきりと素性が知られているわけでもないし、よしんば知られても数人単位で襲ってくるのなら負けぬ自信はあった。
それにフィアシスのことを考えれば彼らは微々たる問題なのだ。
「私‥‥どうしたらいいのですか?」
 自分に向けられた視線に困惑しながら彼女はそう切り返した。
「この付近にいたいのなら逃げ回るしかないだろうよ。名を変え、姿を変え、決して人に素性を語らないようにしてな。」
 あえてきついことをロッキッキーは口にした。
「それでも危険だけどね。」
 ルーズはそう付け足した。
「たとえ捕まらなくても死ぬまで逃げなくちゃいけないわ。貴方にそれが耐えられる?」
 フォウリーは真摯な瞳を向けてそう聞いた。
フィアシスは一瞬頷きかけ、しばし躊躇し、そしてためらい気味に首を横に振った。
「多分‥‥耐えられないと思います。」
 彼女にはもう頼るべきものは何もなかった。
ただ一つの拠り所であった生まれ故郷はすでにないのだから。
「なら遠くに行くしかないわ。ロマールの追手すら届かない遠い異境へ。」
 どちらにしてもフィアシスに残された選択した過酷なものだけであった。
逃げるのを断念すれば後は死しか残っていないのだから。
「西の辺境なんかどうだ?生活は厳しいが良いところだぞ。」
 ソアラはそう言って自分の生まれた辺りを推挙した。
「エレミアなんかどうだ?俺の生まれた街だし、それにその国の貴族様もここにおられるからな。」
 ロッキッキーはそう言ってフォウリーを示した。
「行くのならアザーンが良いわよ。きっと力になってくれる心当たりがあるからね。」
 エルフィーネが横からそう割り込んできた。
確かにアザーンならロマールの追手は届かないであろう。
それに国の有力者に知り合いがいるのも好材料であった。
「そうだね、アザーンなら。」
 ルーズはそう言って頷いた。
「貴方は‥‥どう?行くのは貴方だから貴方の希望を聞きたいわ。」
 フォウリーはうるさい周りを黙らせてそうフィアシスに尋ねた。
「‥‥アザーンにします。」
 しばしの沈黙の後、彼女はそう応えた。
別にエルフィーネの言葉をもっとも重く見たと言うわけではないようだ。
ただ聞いたことのない場所に行ってもう一度やり直したい、そう思ったのだ。
「アザーンね。分かったわ。ザン、私たちが乗ってきた船はまだいるかしら?」
 フォウリーは頷いた後で、そうパーティーの頭脳役である魔術師へと聞いた。
「2週間ぐらいは停泊していると言っていましたから、まだいると思いますけど。」
 ザンは頼りなげな口調でそう言った。
「行ってみれば分かる事よ。」
 横からそうエルフィーネが口を出した。
自分の提案をフィアシスが受け入れたことで上機嫌なようだ。
「そうね。じゃあ明日にでも行ってみましょう。」
 フォウリーはそう結論づけた。
もし船が当初の予定に拘らずに出航していたら、またその時考えればいい事である。
「じゃあ今夜は酒場でフィアシスの門出を祝って乾杯といくか。」
 ロッキッキーはそう言って仲間達を見回した。
それほどめでたい事でもないのだが、彼女との別れは事実であるし、またふとすれば暗くなりがちな場を盛り上げるためにもそれは最良の手段のように思えた。
もっともそれ以前に彼らは酒が好きで、そしてお祭り好きなのだが。
「それはいい案だね。」
 ルーズはそう言って二度も頷いた。
エルフィーネはばっと立ち上がって、そしてフィアシスの前に立った。
「フィアシスもそれで良いでしょ?」
 エルフィーネの雰囲気に飲まれてか、フィアシスはためらいがちに頷いた。
「なら決まりね。さあ、酒場へと行きましょうか。」
 フォウリーもそう言って立ち上がった。
 こうして彼らは酒を飲むための大義名分とそして肴を得たのであった。

 太陽はいつもと変わらずに空へとゆっくりと登り始めた。
夕べ飲み過ぎた者達の所も例外ではなかった。
だが彼らが起き出してきたのは太陽が南天しようかという頃であった。
 エルフィーネが起きたとき部屋には彼女しか居なかった。
二日酔い未満の気持ち悪さと寝不足感から、彼女がベッドから起き出したのはそれからかなりの時間過ぎた後であった。
「あーあ、朝か‥‥。」
 彼女は1人そう呟きながら大きく伸びをした。
部屋の中を見回してフォウリーらの姿が無いことに気がついた彼女は、すぐにフォウリーらがが何処にいるか推測することが出来た。
「下か‥‥。それにしてもフィアシスがあんなにお酒強いなんて思いもしなかった。」
 そう呟きながら彼女はベッドに潜り込むときに脱ぎ捨てた服を拾い集めると、手早く身に纏った。
そしてテーブルの上に置いてある小さな鏡で髪の乱れを整えると、酒場兼食堂へと降りるために部屋を出ていった。
案の定フォウリーらは食堂の丸テーブルを一つ占拠して遅い朝食を取っていた。
もっとも数名は胃が受け付け無いらしく、もっぱらフルーツの味付けがされた水を飲んでいるだけであったようだ。
「お早う。」
 エルフィーネはそう言って席に座り、レスに軽い食事を頼んだ。
「遅いお目覚めね。」
 フォウリーが席に着いたエルフィーネにそう言った。
「うん、お酒に強くないからね。」
 彼女はそう言って自分のおそらく5倍は飲んでいる人間を見た。
当の人物は何事もないようにいつもと同じ分量の朝食を取っているところであった。
「まったく、よく食えるな。」
 珍しくソアラは二日酔いのようだ。
「だらしないわね、あれしきのお酒で。」
 フォウリーの方は涼しい顔である。
まあ、彼女にとってはエールなど水みたいなものであろう。
「ともかく皆さんの食事が終わったら港へと行ってみましょう。」
 全員がそろうのを待っていたのかザンがそう口を開いた。
彼自身も二日酔い気味である。
目の前にある食事を食べているのはもっぱらエムであるらしかった。
「いると良いわね。」
 エルフィーネはそう隣のフィアシスに言った。
「はい。」
 そう応えた彼女の口調は何処か力無げであった。
昨夜の酒が残っているというわけではないだろう。
やはり不安なのだろうか。
「不安か?」
 黙々と料理を口に運んでいたロッキッキーが不意にそう口を挟んだ。
フィアシスの席はロッキッキーとエルフィーネに挟まれた所なので、彼女らの会話に彼が割り込んできても不思議ではない。
「少し。」
 彼女は率直にそう答えた。
「いつか消える。」
 妙に分別臭いことを言うとロッキッキーはまた食事を再開した。
「格好付けて‥‥。」
 エルフィーネは溜息混じりにそう言った。
 やがてエルフィーネの食事も運ばれてきた。
彼女らの食事が一段落するのはそれから一時間ほど後のことであった。

 ベルダインの港は旧市街にあった。
彼らの泊まる輝く翼亭は新市街にあるので、港に出るまではかなりの時間歩かねばならなかった。
だが一歩一歩進むごとに風に潮のにおいが混じり、ここが海の街であることを改めて実感させた。
もっともエルフィーネはそんなことを実感したくはないようであるが。
 港は彼らが降りたときと変わらず活気に満ちていた。
多くの人と荷物が所狭しと行き交っていた。
「どの辺だったっけ?」
 フォウリーは港に入った時点でそうザンに船の場所を尋ねた。
「もっと奥の方でしたよ。」
 ザンはそう言ってずっと向こうの方を示した。
「そう。」
 フォウリーは素気なくそう呟くと歩き出した。
他の者も慌ててそれに続いた。
 彼らの乗ってきた船はまだこの港に停泊していた。
たまの寄港なのだから水夫達に休みをやらねばならないのであろう。
フォウリー達は再び現れた彼らを奇異の目で見る水夫の1人に船長の所在を聞くと、船の中へと入っていった。
この船の船長は船尾の方にある船長室にいた。
船長は立派な机の向こうから、ノックの後入室してきたフォウリーらに先ほどの水夫と同じ様な視線をたっぷり向けた後口を開いた。
「これはこれはフォウリーさんじゃないですか。何かこの船にお忘れものですかい?」
 幾ら気性の荒い海の男といえども、自分らの故郷を救った者達には腰も低くなろう。
「そうじゃないわ。頼みたいことがあってね。」
 フォウリーは首を横に振った後そう言った。
「その娘さんですかい?」
 何かを察したかのように船長はフィアシスを顎で示した。
「まあ、ね。彼女をアザーンまで乗せていって、そしてダーヴィスさんの所に連れていって欲しいの。」
 フォウリーはそう用件だけを切り出した。
「はあ、それはかまいませんがね。しかし何故?」
 船長は切れの悪い返事をした後そう問うた。
「ちょっと事件に巻き込まれてね、追われてるのよ彼女。」
 フォウリーは事実を簡潔に説明した。
「何か深いわけがありそうですな。‥‥分かりやした、お引き受けします。」
 船長は少し考えた後でそう言った。
「ありがとう。ここにダーヴィスさん宛の手紙があるからこれも渡して貰える。それとこれ、彼女の乗り賃よ。」
 フォウリーはそう言って手紙と革袋を一つ机の上に置いた。
「分かりやした。だが出航までまだ間があります。6日後の朝、また来てください。」
 船長は手紙と革袋を受け取ると無造作に机の引き出しにしまった。
「そう、分かったわ。」
 フォウリーも頷いて、後ろを向いた。
「じゃあ、6日後ね。」
 そう言って彼女らは船を後にした。

 6日後の朝、フォウリーらとフィアシスはベルダインの港へと来ていた。
フィアシスが未来を託す船、”ドリーム・アンド・ホープ”号はすでに出航の準備を追え、後は船長の合図を待つばかりであった。
「皆さん、どうもありがとうございました。」
 船のタラップの前でフィアシスは深々と頭を下げた。
「礼なんか良いって。なあ、みんな?」
 ロッキッキーは笑顔でそう言って仲間に同意を求めた。
他の者は内心に苦笑を隠しながらフィアシスに頷いて見せた。
「でも、やっぱり‥‥。」
 彼女の方はそうもいかないようだ。
「まあ良いじゃない。それよりも向こうへ行っても元気でね。」
 エルフィーネはそう言った。
「はい、エルフィーネさんもお元気で。」
「大丈夫だって。こいつは長生きなんだからよ。」
 ロッキッキーが横からそう割り込んだ。
すぐにロッキッキーの尻をエルフィーネが蹴飛ばした。
「うるさい!」
 半ば本気で彼女は怒っているようであったが、フィアシスが笑っているのを見てつられて笑ってしまった。
「大変でしょうけどがんばってね。」
 フォウリーもまた在り来たりなことを言った。
「はい、ありがとうございます。」
 フィアシスはまたそう言って頭を下げた。
「がんばってください。」
 紫の猫を肩にのっけた魔術師の言葉はさらに短かった。
だがその分心がこもっているように彼女は感じた。
「気を付けてな。」
 粗野な青年であったが彼も優しさを持って自分に接してくれたような気がする。
彼女はソアラを見てそう思った。
「ま、元気でな。」
 こちらの魔術師は肩にふくろうをのっけていた。
彼は彼女の魔法使いの概念を変化させるに足りた。
「生きてりゃ良いことがあんかもしんねぇからな。希望を持ってな。」
 盗賊も悪い人たちだけじゃない。
彼女はロッキッキーを見てそう思った。
「皆さん、本当にありがとうございました。」
 フィアシスは最後にそう言ってもう一度頭を下げた。
そして何度も振り返りながら、彼女は船のタラップを登っていった。
やがて6人の冒険者達が見送る中、船はアザーンへと向けて出航した。
フィアシスという女性の希望を乗せて‥‥。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1993

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

FIN.....

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