SW8

SWリプレイ小説Vol.8

夢追い人たち


             ソード・ワールドシナリオ
               「EBI作『小さな芸術家の夢』」より

 アレクラスト大陸西部にテン・チルドレンと呼ばれる都市国家群がある。
その中の一つ、ベルダインという都市の、とある家でのことである。
その家のある辺りは通称芸術家通りと呼ばれ、多くの無名の芸術家たちがアトリエを構えている場所である。
もっとも初心忘れるべからず、の言葉どおりに有名になってからもそこにアトリエを構えている者もいるが。
 ともかくもその家の中で1人の男がいつものようにアトリエで眠りこけていた。
背にかかる毛布は彼を師と仰ぐ少女がそっと掛けたものである。
彼は彫刻家を志し、もう何十年もこのベルダインの地で創造に励んでいるが、いまだ世間から認められない者達の1人である。
だが今度ばかりは違った。
数年に一度オランという都市で開かれるミスリル銀の芸術品を集めたコンテストに、特別招待として参加できることとなったのである。
特別招待、と言っても彼の芸術家としての才能が認められたわけではない。
大会委員会の方で新しい才能を発見するため、毎大会に数人、材料費等を委員会でもって出場させるのである。
今回は運良く彼にその枠の一つが回ってきた、ただそれだけのことである。
彼はそのコンテストに出展する彫刻の製造で最近忙しく、しばしばアトリエで眠ってしまうのだ。
 彼はこの所一つの夢を良く見るのだ。
それはミスリル・コンテストで最優秀賞を勝ち取るという、願望の極地のものであった。
もちろんこれは彼が都合のいいように解釈しているだけで、実際は最後に彼の作品が発表されるというものである。
だがそれを彼は正夢と思い、日々の創作に力を入れていくのであった。
そして作品は完成し、もうそろそろオランへの旅が始まろうとしていた。

 フィアシス=サーヴェントと言う名の女性を、アザーン諸島にある都市国家、ザラスタへと送り出してから一週間ほどした頃、フォウリー、ザン、エルフィーネ、ルーズ、ソアラ、ロッキッキーの一行6人はベルダイン治安部隊の詰め所の一つへと招かれた。
どうやらロマール王国がベルダイン王国に対して非公式に接触してきたらしい。
彼らはまず前回のロマール騎士達との戦闘についてのロマール王国の対応を教えてくれた。
ロマール側の文書では彼らを襲ったロマール騎士達は”騎士の格好を装った山賊”として示され、その件についてこちら側はなんら関知していないという、フォウリーらにとっては失笑もののものだった。
暗に脅し、暗にすかし、これ以上関わることの無いように、という内容であったらしい。
最後は”両国の長年の友好がこの様な些細なことによって壊れることの無きように”としめられていたらしい。
− これが”政治”ね。
 フォウリーは老騎士の話を聞き流しながらそんなことを考えていた。
もっともこのパーティーの中で政治というものに一番近いのは彼女なのだが。
 老騎士の話はそれからまだ続いた。
長年の冒険者としての生活で培われたはずの彼女の忍耐力も、長々と続く老人の小言の前に溶け去ったようだ。
「ともかく‥‥。」
 彼女は老騎士を押さえるべくそう言って立ち上がった。
「これで私たちは無罪放免なわけね。
”山賊”を倒したんだから、感謝されこそすれ恨まれる筋合いはないものね。」
 フォウリーはそう言って老騎士を見た。
ロッキッキー、またはルーズであったらきっと賞金ぐらいは請求したであろう。
「ああ、その通りじゃ。」
 一瞬身じろぎしたものの彼はすぐそう言った。
「なら帰らせてもらうわ。みんな、行くわよ。」
 フォウリーはつまらないことに時間を費やしたと言わんばかりの表情で老騎士にそう言った後で、仲間達を促した。
もちろんエルフィーネらの中に反対する者は居なかった。
そして騎士の返事も待たずにさっさと詰め所から退出した。
彼らは半分呆れ、半分憤る感情を癒すために、根城にする冒険者の宿、輝く翼亭の酒場へと向かうのであった。

 その女性は日没後、酒場がもっとも忙しい時間に現れた。
彼女は喧噪の激しい酒場に似合うような雰囲気ではなかった。
 一瞬酒場特有の雰囲気に躊躇しながらも、彼女は店の中へと入ってきた。
それに気付いた客の何人かが欲望にぎらついた視線をその少女、と呼ぶには少し年が上すぎる娘へと注いだ。
中には酒のうえでであろうが、ちょっかいを出そうとする者もいた。
だが幸運にも彼女はその様な輩が声をかけてくる前に、その酒場兼冒険者の宿の主人のもとへとたどり着くことが出来た。
「お嬢ちゃん、何か用かい?」
 宿の主人ははげ上がった頭に手をやって、この場には似合わぬ人物にカウンター越しにそう話しかけた。
「あ、あの仕事の依頼なんです。」
 彼女は不安げな表情で、胸の前で右手を握りしめながらそう言った。
「どんな仕事だ?」
 彼の顔は酒場の主人から冒険者の宿の主人のものへと移っていた。
「ここからオランまで、護衛して貰いたいんです。」
 彼女は散文的な仕事の内容を簡潔にそう言った。
「よし分かった‥‥、と言ってもな、今ここには一組しかパーティーがおらんのだ。あそこのテーブルにいるから直接交渉をしてみて、駄目だったらほかの店を当たってくれ。」
 主人はそう言って店のはじの方の丸テーブルを示した。
彼女が視線をそちらに向けると、確かに冒険者らしき者達がたむろしているようだ。
ようだ、というのは、店の中は調理の煙か、それともタバコの煙かでとにかく煙っていたし、彼女の身長は大きい方ではないので、視線がかなり遮られていたのだ。
「もっともかなり有名な奴等だからな、受けるかどうかわからんぞ。」
 主人は自分の考えを無情にも彼女に告げた。
彼女の方は一瞬がっかりとしたが、ともかくも行ってみることにしたようだ。
「とりあえず、行ってみます。」
 彼女はそう言って、狭い店内を縫うように隅の丸テーブルへと進んでいった。

 治安部隊の詰め所を退出したフォウリーら6人は、そのまま宿の酒場のいつもの場所に着いて酒を飲み始めた。
だが残念な事に楽しい酒ではなく、怒りをぶつけるために飲んでいるような感じであった。
「まったく失礼しちゃうわ!!なんで私が説教聞かされなくちゃいけないのよ?!」
 5杯目のエールを空けながらエルフィーネはそう叫んだ。
と言っても彼女の声では店の喧噪にはかなわないので、いいとこ隣のテーブルまで聞こえたかどうかだ。
彼女はエルフ特有のその長い耳の先まで真っ赤で、相当酔っているように見受けられた。
「もう一方の当事者にはそんなこと言えませんからね。」
 使い魔の紫猫に干し肉の切れ端を与えながらザンが静かな声でそう言った。
彼の目の前にはまだ一杯目のエールが半分ほど残って置かれていた。
「ふん、国がなんだって言うのよ!!」
 エルフの彼女には国、という概念は薄い。
集合体としては村ぐらいがせいぜいであろう。
「まあまあ、そんな怒鳴らないでさ。楽しく飲もうよ。」
 ナッツの実を使い魔のふくろうにつつかせながら、場を取り持つようにルーズがそう言った。
「うるひゃい!!」
 彼女は半ばすわりかけた目をルーズの方へと向けた。
そろそろ呂律も回らなくなり始めているので、限界、と言うところであろうか。
周りの者にそれが分かっても、本人にはそれが分からなかった。
「レーース、エールもういっひゃい。」
 エルフィーネは空になったカップを高々と掲げてそう店の娘を呼んだ。
「はーい。」
 レスはそう答えたもののフォウリーが小さく首を振ったのを見て、持ってこようとはしなかった。
「良いじゃないよーー、おひゃけくらい飲んれも。」
 こういう時ばかりは目敏いのか、エルフィーネはそうフォウリーへとそう言った。
「飲み過ぎよ、貴方。」
 彼女の倍の杯数を飲んでるはずの彼女は、何事も無いかのような口調でそう言った。
「ふん、いーもん、いーもん。」
 エルフィーネはそう言うとテーブルの上で拗ねたように蹲ってしまった。
もう手が付けられない、と言うような素振りの後、他の者は彼女を放っておくことにしたようだ。
「あの‥‥エルフィーネさん?」
 その彼女に誰かが話しかけた。
だがそれは意図的なものでなく、彼女が一番近くにいたからであろう。
「何よー、うるひゃいわねーー。」
 彼女はそう呟いて後ろを見た。
そこには1人の女性が不安そうに立っていた。
「‥‥エルフィーネさんですよね?」
 彼女はそう確認するようにもう一度エルフィーネの名を言った。
口調からするとその女性は彼女を知っているようなのだが、あいにくエルフィーネは思い当たらなかったようだ。
「あなひゃ‥‥られ?」
 怪訝げな表情、本人にしては、でそうエルフィーネは尋ねかえした。
「覚えていませんか?ミン=ミムアです。」
 そう彼女は自分の名を名乗った。
が、その名前に反応したのはエルフィーネではなかった。
彼女の隣でルーズと話していたロッキッキーである。
「うっひょー、ミンちゃんじゃねえか。久しぶりだなーー。」
 彼はルーズとの話を切り上げ、エルフィーネを押しのけた。
彼のその声に他の4人は一斉にミンの方を向いた。
ただ1人エルフィーネだけはまたテーブルの上で蹲ってしまったが。
「お久しぶりです、皆さん。」
 ミンはそう言って深々と頭を下げた。
しかしこの様子からして、ミンは彼らが一年近く行方が分からなかったことなど知らないようであった。
もっとも知っていたところでどうとか言う間柄でもなかったが。
「何か用か?」
 フォウリーに促されるまでもなく、ロッキッキーはうきうきしながらそう尋ねた。
「はい、実は皆さんにお願いしたいことがあって‥‥。」
 ミンは少し躊躇いがちにそう言った。
フォウリーらが自分の依頼を受けてくれるかどうか心配であったのだ。
「仕事の依頼か?」
 急にしゃんとして彼はそう言った。
だが半分以上はミンに見せるためのポーズであった。
「はい‥‥。実はオランで開かれるミス・コンにネッド師匠が出るので、そこまで護衛をして貰いたいのです。」
 ミンはそう自分の依頼の内容を切り出した。
その話を聞いてロッキッキーとルーズは顔を見合わせた。
彼らが引っかかったのはミス・コンという単語であった。
だがミンが出るのならともかく、あのマリオン・ネッドが出るというのは不可解であった。
「ミス・コンってミス・コンテストのことか?」
 しばらくルーズと顔を見合わせていたロッキッキーであるが、悪い冗談だと言わんばかりの表情でそうミンへと言った。
その問いに答えたのはミンではなかった。
「そうではありませんよ。ミス・コンというのはミスリル・コンテストの略称で、その名の示すとおりミスリル銀をあしらった芸術のコンテストの事ですよ。」
 オラン出身の魔術師がそう言った。
「へぇー、ミスリルねぇ。」
 感心したようにフォウリーが呟いた。
エルフィーネが聞いていたら喜びそうな話だと彼は思った。
「はい、物が物ですので、さすがに護衛ぐらい雇おうとネッド師匠もお考えで。」
 ミンの方は話に割り込まれたことにさして不快感を感じていないようであった。
「しかしあの爺ぃも売れないとか言っておきながら、そんな大層なコンテストに出られる身分とわな。いくらかぶんどっときゃ良かった。」
 ロッキッキーはそう呟いたが、どこか残念そうに見えた。
しかしその人物の弟子が居るときに言う言葉ではないだろう。
「あの、‥‥実はもう師匠はあまりお金が残っていないんです。ですから1人1000ガメルぐらいしか用意できないのですが。」
 だがロッキッキーの呟きは酒場の喧噪のせいか、ミンには聞こえなかったようだ。
次にミンはまさしくおそるおそるといった感じで金額を提示した。
オランまでは片道3カ月ほどの行程である。
それぐらいの金額では3流の冒険者でさえ辞退するであろう。
「えーー、それぐらいしか出ないの?オランって遠いんだろ?」
 ルーズは不満げにそうザンへと尋ねた。
「はあ、まあ。ここからでしたら3カ月くらいですかね、片道。」
 さして関心無さそうにザンはそう言った。
「もう少しでねぇのか?」
 今回のロッキッキーは女の子の好意より現実的な物を取ることにしたようだ。
「あ、あの、本当にそれだけしか出せないんです。」
 半分泣きそうになりながらミンはそう言った。
こうなるとさすがのロッキッキーやルーズもごり押しが出来なくなってしまうのだ。
だがロッキッキーの方は不満げな表情のままであった。
「がめついわね。」
 フォウリーはその有り様を見てぼそっと呟いた。
「まあな、貰えるもんはもらっとかねぇとな。」
 ロッキッキーはそう自分の哲学を披露して見せた。
「そう、なら嫌でもそうなる様にしてあげる。」
 フォウリーは意地悪くそう言うとロッキッキーの肩に右手を置いた。
『我が信ずる神ラーダの名において命ずる。汝、金にがめつくあれ。』
 少し酔っていたのだろうか、フォウリーのかけた”クエスト”は冗談の域を出ないものであった。
だがロッキッキーはそれをはねのける事が出来なかった。
呪縛は彼の身体を捕らえた。
とたんに彼の心に金に対する執着が生まれた。
「ふっふっふ。こうなりゃ受けるしかねぇな。よし、受けるぞ、その依頼。」
 ロッキッキーは1人興奮しながらそう言い切った。
「ちっ、しょうがないな。ミス・コンで入賞したらそれなりに貰うからね。」
 ルーズとしてはそれで妥協するしかないであろう。
彼は病人の布団までひっぺがして持っていくような人間ではなかった。
金持ちにはゴマをするタイプではあるが。
「ま、良いけどね。」
 自分でクエストをかけておきながら、フォウリーはやれやれと言うような感じでそう呟いた。
他の者も、といってもザンとソアラのことだが、彼らも反対しようとはしなかった。
それにしても1人が何かを決めるとそれに引きずられてしまうのは、このパーティーの長所であろうか短所であろうか。
「あ、ありがとうございます。」
 表情を一変させてミンはそう言った。
いつものロッキッキーならその笑顔だけで断然やる気になっていただろう。
「うし、今日はもう遅いから明日君の師匠の家に伺うからな、そう伝えておいてくれ。」
 ロッキッキーは勝手にそう決めると、ミンへとそう言った。
「はい、分かりました。ではよろしくお願いいたします。」
 ミンはそう言うともう一度頭を下げ、酒場から出ていった。
彼女が酒場から出て行くまで見送ってから、ロッキッキーは仲間達の方を向いた。
「と言うことに決まったからな。明日売れない彫刻家の所に行くぞ。」
 ロッキッキーは何故か無性に張り切っていた。
「それは良いけどさ、その前に今夜の仕事を片づけない?」
 フォウリーはそう言っていつの間にか寝息を立てているエルフィーネを示した。
彼女を寝室まで運ぶのは、おそらくロッキッキーの役目となるであろう。

 翌日、ただ1人状況の分かっていないエルフィーネを急かして、フォウリーらはマリオン・ネッドの家へと向かっていた。
前に訪れてから一年近く経っているにも関わらず、ロッキッキーとルーズはネッドの家の位置を覚えていた。
それは彼らの記憶力が別段良かったわけでもなく、ただ女の子がらみだったためであろう。
 ネッドの家へとたどり着いたフォウリーらは、ロッキッキーが代表として扉を叩いた。
すぐに扉が開き、ミンが姿を見せた。
「お待ちしてました。どうぞ中へ。」
 ミンはそう言って扉を押し開いた。
フォウリーらはミンに挨拶しながら家の中へと入っていった。
家の奥のアトリエらしきところで、マリオン・ネッドはフォウリーらを出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。」
 ネッドは笑みを浮かべてそう言った。
「久しぶりだなぁ、ネッドさんよ。」
 ロッキッキーは彼の顔を見るなりそう言った。
彼とルーズ、それにエルフィーネは一度であるがネッドには会っていた。
特に男2人は一緒に食事までした仲である。
「その節はどうも。」
 ネッドはそう当たり障りのないことを言った。
たとえ愛弟子を海賊の手から助けてくれた者とはいえ、一年近く前に一度会ったきりの者達にそう気安くは出来ないのだ。
「えーと、ネッドさん、早速ですけれど依頼の件についてお伺いしたいのですが。」
 フォウリーはロッキッキーを押しのけてそう彼に尋ねた。
彼では本題に入るまでに時間がかかると践んでのことだ。
「分かりました。」
 ネッドはそう頷いてから、話を始めた。
「大まかなことは昨日ミンが話したと思います。オランで開かれるミスリル・コンテストに参加できることになったのですが、ものがものだけにオランまでの道中、私とミンだけでは不安なのです。毎大会ごとに必ず1,2件のそう言った事は起きておりますので。」
 ネッドはそこでひとまず区切ってフォウリーらを見た。
依頼的には面白味のない護衛である。
しかも彼は金銭的に余裕がないので、報酬で冒険者達を引き付けることもかなわなかった。
「それにしてもミスリル・コンテストに出展出来るなんて大したものですね。」
 オラン出身の紫猫を連れた魔術師は感心したようにそう言った。
彼だけがそのコンテストの概要を知っていた。
だがそう言われて喜んでいいはずのネッドはとんでもないという風な様子で首を振った。
「私は本来ならそんなコンテストに出展できるはずのない人間なのですが、ミス・コンでは2流、3流の芸術家達にもチャンスをと毎回数名抽選で選ばれるのです。」
 ネッドは恥ずかしげに言った。
だがフォウリーらの方、特にロッキッキーとルーズはネッドの言葉を信じなかった。
「それにしてもよ、ミスリル銀を調達する金があったんだろ?まったく売れないとかいっときながら儲けてんだもんな。」
 ロッキッキーはネッドのその言葉を信用しなかった。
「いえ、費用の方も大会委員会の方で幾らか補助してくれたので、何とかなったんです。」
 ネッドはそれこそ頭をかきながらそう言った。
「はーん、至れり尽くせりだな。」
 ロッキッキーは何か感心したようなそうでないような表情でそう言った。
「えっ?えっ?ミスリル銀がどうしたの?」
 アトリエの中の彫刻を観賞していたエルフィーネが、ミスリルという単語に引き付けられて話しに割り込んできた。
「だからな、このおっさんがミスリル銀の何だかを造ったって話だよ。」
 ロッキッキーは割り込んできた彼女にそう説明した。
それを聞いて彼女の目が興味に輝いた。
「ねぇ、ネッドさん、何を造ったの?」
 興味津々といった態度でエルフィーネはそう尋ねた。
耳がぴんと立って、その興味の強さを示していた。
「あまり多くのミスリルは買えなかったものですから、一輪の華を造りました。」
 ネッドは一瞬言って良いか迷ったようだが、すぐにそう口を開いた。
「華?ねぇねぇ、見せてよ。」
 嬉々とした表情でエルフィーネはそうネッドへと言った。
「すみません、コンテストまで秘密にしておきたいのです。」
 ネッドは困惑した表情でそう彼女へと言った。
エルフィーネはがっかりしたような表情になった。
「そうなの?つまらないな。」
 いつもの彼女なら食い下がって意地でも見せて貰おうとしただろうが、今回は遅くてもオランで見ることが出来るので、そこまではしないようであった。
「ネッドさん、続きを。」
 横道にそれてしまった話を戻すために、フォウリーはネッドを促した。
フォウリーに頷いてから、彼は話を再開した。
「はい、それでオランまでの道程を護衛して貰いたいのです。報酬は先日ミンがお話ししたと思いますが一人当たり1000ガメルほどしか払えないのです。」
 ネッドはそう言って心配そうな瞳をフォウリーに向けた。
仕事の内容を考えれば決して1000ガメルは高い報酬ではない。
むしろ安い方に入るであろう。
「分かりました、それで依頼をお受けします。ただ道中の宿とかの事はお願いしてもよろしいですか?」
 受けることに決めていたのでフォウリーの答えは迅速であった。
ただ必要経費を自己で負担する気はなかった。
「はい、それぐらいは‥‥。」
 ネッドは顔中に安堵の色を見せながらそう頷いた。
「出発は何時なのですか?」
 話が決まった後でザンがそうネッドへと尋ねた。
「はい、少し時間に余裕を持ちたいので明日にでも発ちたいのですが。」
 ネッドはそう魔術師へと言った。
「明日か‥‥、それじゃあ明日の朝、新市街の東門でおちあいましょう。」
 フォウリーはそう言って立ち上がった。
ネッドとミンもあわせて立ち上がった。
「分かりました。それではお願いいたします。」
 2人はそう言って頭を下げた。
その後フォウリーらはネッドとミンに見送られて、彼のアトリエを後にした。

 翌日の朝、フォウリーらにネッド、ミン師弟を加えた8人の一行はベルダインの街を後にした。
隊列はネッドが調達してきた荷馬車を中心に前からフォウリーとソアラ、エルフィーネととザン、そしてルーズとロッキッキーのいつものものであった。
ネッドは馬車の御者台で手綱を持ち、ミンは荷台で荷物の一つにもたれ掛かるように座っていた。
 ベルダインを発った一行は”自由人達の街道”を東へ道なりにずっと進んでいった。
まずロマール王国西部の都市、レイドをフォウリーらは心中穏やかならざる気持ちのまま抜けた。
この時とばかりに王国領土内通過を妨害されるかとも考えたのだが、その様なことは起こらなかった。
売れない芸術家の護衛になぞ注意を払っていないのだろうか。
ともかくも彼らはロマール王国の王都、ロマールへとたどり着いた。
 大街道を通っているためか、ここに来るまでにレイドとベルダインとの間の辺りで一度だけ猛獣に襲われただけであった。
その場所はレマの村よりはもう少しレイド寄りで、ちらほらと北のマエリムの森に続く木々がはえていた。
 その日は遅い夕食が終わった後、いつものようにフォウリー達は二手に分かれて見張りをすることになった。
「それじゃ、おやすみ。」
 小さな欠伸をしてフォウリー、ソアラ、ロッキッキーら3人とネッド、ミンは幾つかのテントの中へと潜り込んでいった。
「何かあったら起こすからね。」
 毎晩のエルフィーネの言葉に彼らは生返事を返しただけであった。
全員が、そう言ったエルフィーネでさえ何か起こるとは思っていなかった。
 襲撃は、フォウリーらがテントに入ってからおそらく2時間ほど後に起こった。
ルーズが木々の葉がかすかにこすれあうのを聞いたのがその始まりであった。
「何か来るね。」
 ルーズが他の2人にそう呟いた矢先に、木々の葉に隠れた闇の向こうで赤い目が二つ月の光に輝いた。
「なっ、何?!」
 エルフィーネはそうもっともな問いを口にしたが、生憎それには誰も答えられなかった。
ドワーフであるジルが抜けた後、この中で一番夜目が聞く彼女に見えないのだから、他の者に見えるわけがなかった。
だが、答えは自ら姿を現した。
のっそりと木々の合間から彼らのいる森の中の小さな広間に姿を見せたそれは、美しい黄と黒の格子縞をもった動物であった。
「虎‥‥。」
 ザンがそいつを見てそう呟いた。
− 猫の仲間のどう猛な肉食獣、主な攻撃方法は爪と牙‥‥。
 彼の頭の中を、知識の本棚から検索された虎の情報が走り抜けた。
「やばい?」
 ルーズはすでに剣を抜いていた。
人間や妖魔ならまだ相手の強さを予測できるが、動物となるとそうも行かなかった。
「‥‥フォウリー起こしてくるね。」
 それを聞いたエルフィーネはそう言うが早いか彼女の寝るテントへと潜り込んでいった。
1人欠けたのを好機と見たのか、虎は一声うなり声を発するとルーズとザンに襲いかかってきた。
「うわっ!」
 ルーズの声が飛び、そして二つの影が横に飛んだ。
その間を虎の巨体がすり抜けていった。
虎とルーズ、ザンの位置関係が入れ替わり、しばらくにらみ合いが続いた。
 一方テントの中へと潜り込んだエルフィーネは一目散にフォウリーの脇へ這っていった。
彼女を起こす時、いつもなら後が恐いので優しく揺り起こすのだが、今回はそうも言ってられなかった。
彼女は一瞬躊躇ったもののすぐにフォウリーの右頬をひっぱたいた。
本人は思い切りのつもりだったのだが、生憎とフォウリーの面の皮は想像以上に厚かったようだ。
彼女は起きる気配すら見せなかった。
「どうしよう、皮が厚すぎる‥‥。」
 素直に起こすか他の者を起こせばいいのに、エルフィーネは真剣に悩み始めてしまった。
 エルフィーネが悩んでいる間に、外での戦闘は最終局面を迎えようとしていた。
虎とルーズの幾度かの攻防で、次第に虎の方が追いつめられていったのだ。
普通なら虎は逃げようとするだろうが、本能的にそうしようとした途端に斬られると感じているのだろうか、一向にその気配を見せなかった。
虎は煩わしげに呻いた後、もう一度ルーズへと襲いかかった。
だが、彼はそれを読んでいた。
上半身をもたげた虎の攻撃を軽くサイドステップでかわし、首もとに深々と剣を突き刺したのだ。
虎はすさまじい断末魔をあげ、どぅと地面に倒れた。
幾度か死を拒絶せんと体を動かしたが、その度に虎の生命力は失われていった。
やがて目から光が消え、虎はその一生を終えた。
ルーズはそれを見届けた後で剣に着いた血を払い鞘へと収めた。
彼自身はかすり傷一つ負っていなかった。
「怪我はありませんか?」
 遠くから戦いの推移を見守っていたザンは彼へと小走りに近付いた。
「もちろん。」
 ルーズは素気なくそう答えた。
その時、エルフィーネが入っていったのとは別のテントから、もぞもぞとロッキッキーが起き出してきた。
「うるせぇな、何を騒いでいるんだ?」
 不機嫌そうな顔でロッキッキーはそう言った。
「ちょっと虎に襲われましてね。」
 ザンは得意げな表情のルーズに代わってそう答えた。
虎、と聞いてロッキッキーは眠たげな眼をルーズの脇の物へと向けた。
「そうか‥‥、しかしその毛皮高く売れそうだな。」
 ロッキッキーは何気なくそう呟いた。
途端に彼の心に金銭に対する飽くなき欲望がわき起こった。
言わずと知れたフォウリーの”クエスト”のせいである。
彼は荷物の中からナイフを取り出すと虎の死体へと駆け寄った。
「金、金ぇ。」
 彼はそう念仏のように呟きながら虎の毛皮を剥ぎにかかった。
ザンとルーズはただ唖然としてロッキッキーの行為を見つめていた。
残念ながらロッキッキーの努力は報われなかった。
長年野外で暮らしたソアラならともかく、何の心得もない彼に動物の皮をはぐなどと言うことが出来るはず無いのだ。
後にはごみのようになった虎の死体の残骸が残されるのみであった。
その後片付けをロッキッキー1人でやらされたのは言うまでもなかった。
これがその襲撃の概要である。
 ロマールへと着いたフォウリーらは宿にネッドらを残し、その名を広く知られるロマールの闇市へと行ってみることにした。
ロマールの闇市でそろわぬ物はない、と言われるほどその巨大な市場の品物は種類、量ともに豊富であった。
アレクラスト大陸各地の特産物は言うに及ばず、呪われた島や東の果ての島の品物すらあるという。
当然日の目を見れぬ多くの品物も売買されていた。
あやしげな薬や暗殺用の隠し武器、人間の奴隷、そしてユニコーンの角さえも。
もちろん手に入れられるかどうかは別にしてだが。
無論フォウリーらにその様な品物が手に入れられるはずもなく、また手に入れようとも思わなかっただろう。
彼らが購入した物は魔法の武器とそして魔晶石であった。
エルフィーネやザンは割合しっかりした店で魔晶石を購入したが、ロッキッキーやソアラはあやしげな店であやしげな物を買ってきた。
特にロッキッキーなどはエルフィーネ、ザン、ソアラから金を借りて買ったにも関わらず偽物であるという失笑ものであった。
彼は嘆いたが、残念ながら同情するような人間は彼らの中には1人もいなかった。
こうしてロマールでの一日は過ぎていった。

 翌日からはまた平凡な旅が繰り返された。
ただ6人はロマール王国の領土を抜けるまでずっと緊張のしっぱなしであったが。
そんな彼らをネッドとミンは訝しげに見ているだけであった。
 その後ザイン王国の王都ザインを抜け、ようやくエレミア王国の都、エレミアへとたどり着いたのは、ベルダインを発ってから50日ほど過ぎた頃であった。
この間ではロマール王国とザイン王国の間に位置するユセリアス山脈の麓付近で一度大蛇に襲われただけであった。
ここでもルーズがぶったぎった大蛇の皮をロッキッキーが剥ごうとして失敗したが。
 ともかくもエレミアに着いたマリオン・ネッド一行は安い宿を探しに宿場街へと足を向けかけた。
そんなおり不意にザンが口を開いた。
「そういえばこの街にはフォウリーの家がありましたよね?」
 ザンは本当に何気なく尋ねたようだ。
だがその言葉にザンとフォウリーを抜かした6人の視線が彼女へと集まった。
「‥‥まあね。」
 内心舌打ちをしながらフォウリーはそう答えざるを得なかった。
「そういえばそうだよね。何だ、じゃあ宿を探す必要ないじゃん。」
 にやりと笑いながらエルフィーネはそう言った。
フォウリーの方はそう言われるのではないかと思ったからこそ、自分から家のことを言い出さなかったのだ。
「そうだそうだ。早く行こうよ。」
 ルーズがそうはやし立てた。
「分かったわ、こっちよ。」
 エルフィーネとかだけならまだいや、とも言えるのだが、すがるような目でネッドに見つめられたらそうも言えなかった。
「うっひょー、一度フォウリーのお屋敷とやらを見てみたかったぜ。」
 もう1人のエレミアの出身者は邪な期待で胸が一杯になったようだ。
「いっとくけど、家の物に手をつけたらその首が永遠に胴と別れるわよ。」
 フォウリーは恐ろしいほど淡々とした表情でそう口にした。
「おー、こえぇこえぇ。」
 ロッキッキーはそうおどけて首をすくめて見せた。
こうして一行はザンの一言に端を発して歩く方向を変えてしまった。

 フォウリーの家はこの国では中流クラスの貴族と言うことらしいが、それでもかなりの大きさの屋敷であった。
彼女の弟が家名を継いでいるとのことであった。
突然のフォウリーの帰宅に使用人達は言うに及ばず、弟までもが驚いたようだ。
「はーい、ただいま。」
 彼女は苦々しい顔をしながら弟にそう言った。
「どうしたんだよ、姉さん。」
 彼は数年前から音信不通だった姉にまずそう口を開いた。
「仕事で近くに来たから泊めて貰おう思ってね。」
 憮然とした表情でフォウリーはそう言った。
「おじゃましまーす。」
 ネッドとミンを除いた者たちはいたって明るかった。
やっかいになるという感覚が無かったのかも知れなかった。
 フォウリーの弟はそちらの方にも驚いたようだ。
頭では姉の仲間達とは理解できたが、自分とは違う世界の人間であると感じていた。
「それはかまわないけど‥‥。」
 エルフィーネらを見回した後で彼はそう呟いた。
そして困惑した表情で姉を見ていた。
その表情を見て彼女はこれ以上の問答は無用と判断した。
それよりもあまり弟と顔を合わせていたくなかったというのが本音であるが。
「じゃあ客間と、あと自分の部屋を使わせて貰うわ。」
 フォウリーはそう言って仲間達を急かした。
仲間達をその部屋から追い出した後で、フォウリーは弟の方を振り返った。
「一切かまわなくて良いからね。明日の朝すぐに出て行くから。」
 そしてそう言ってから彼女は部屋を出ていった。
彼女の弟はまるで放心したように姉を見送っていた。

 翌朝、フォウリー達は夜が明けるか明けないかのうちにエレミアの町を立つことにした。
連絡すらしていなかった家に突然人数を伴って押し掛けたので、一秒でも早く立ち去りたかったのだろう。
フォウリーはエルフィーネらの文句を背に、エレミアの町門を抜けた。
 そこからの旅もけっして単調なものではなかった。
エレミア王国の国境を越え、オランの国境にさしかかるまで十日ほどかかったが、その間に2度の夜襲を受けていた。
1度目は辺りを根城としていた山賊達で、2度目はさまよえる騎士、アンデット・ナイトであった。
とくにアンデット・ナイトでは苦戦を強いられた。
何せ普通の武器では傷つかず、そして精神力を削り取ってゆくのだから。
ともかくも彼らはオランの国境へと何とかさしかかることが出来た。
 街道は森の付近を通り、昼間でもあまり人気のない場所であった。
その様な場所で彼らは野宿をする事になった。
探せば村くらいは見つかるのだが、そろそろネッドの懐も寂しくなってきたので、無理も言えないのだ。
そして彼らはいつものごとく二手に分かれて見張りをし、半数はテントに潜り込んで寝てしまった。
− 私の見張りの時に敵に当たりませんように。
 エルフィーネはフォウリーらがテントに入っていくのを見ながらそう祈った。
もっとも何に祈ったと聞かれれば、彼女の方は返答に窮してしまうであろうが。
それなのでおそらく祈り、ではなくて願望であろう。
だが彼女の願いは見事に裏切られてしまった。
この旅で幾度目かの夜襲を受けたのである。
この前と同じように山賊たちが襲ってきたのである。
人数は5人ほどであったのだが、夜でしかも森からであったので、人数はもっと多く感じられた。
だがそれほどの相手ではなかった。
エルフィーネら三人だけでけちらせたのだから。
だが基本的に馬車の近くでかたまって迎撃していたので、そこに何かあると馬鹿でも分かったようだ。
山賊らは集中的に馬車の荷物を狙い、そしてエルフィーネ、ルーズ、ザンの攻撃をかいくぐって1人逃げていった。
「1人逃しちゃったね。」
 念のために抜いていたレイピアを鞘に収めながらエルフィーネはそう言った。
視線は山賊が逃げていった方向に向けていたが、見えるのは鬱蒼と生い茂る森の木々だけであった。
「何か盗まれていなければいいのですが。」
 ザンは心配そうにそう言った。
基本的に馬車の近くにいた、とはいえ、敵の人数はこちらより多かったのである。
隙ができない方がおかしいのだ。
「ネッドさんに調べて貰えばいいじゃん。」
 ルーズの方も剣を収めながらそう言った。
「そうですね。」
 ザンは不安そうな表情でそう頷いた。
「だけどさ、フォウリーらはともかく、ネッドのおじさんやミンちゃんまで戦闘の時に起きなくなって図太くなったと思わない?」
 エルフィーネはそう言って誰かが起きる気配すらないテント群を示してそう言った。
それにはザンとルーズも頷くほか無かった。
その図太くなったネッドとミンを叩き起こし、馬車に積んである荷物の確認をして貰った。
その結果たった一つだけ盗まれていることが分かった。
この馬車で一番高価な物、つまりミスリルの彫像であった。
「無い、無い、私の華が‥‥。」
 彫刻がしまわれていたはずの箱に寄り掛かってネッドはそう力無げに呟いた。
倒れてしまわないのが不思議なほど、顔面蒼白であった。
ミンは悲観にくれる師に声を掛けることもできず、ただ心痛な面もちのまま彼を見ていた。
もっとも声を掛けられないのはエルフィーネ達も同様であった。
3人は顔を見合わせ、どうしたものかいった様子だ。
どのような経過であれ、ミスリルの華が盗まれたのは彼らの落ち度であった。
「‥‥ごめんなさい、ネッドさん。」
 エルフィーネはしゅんとした様子でそう呟いた。
耳まで元気無さそうに垂れ下がっていた。
ネッドははっと気がついてエルフィーネ、ザン、ルーズの顔を見た。
一瞬怒気を見せたが、激発するほど未熟でもなく、激しい気性の持ち主でもなかった。
彼は高ぶった感情を振り払うかのように頭を振った。
そして冷静になるごとに色々な思いが彼の中を交錯した。
ベルダインを早めに出てきたのでまだ何日か余裕がある。
それに目の前にいるのはこの世を救ったこともあるという勇者達じゃないか。
もっとも彼らと直に接しているとそんな人物とは思えないのだが。
「‥‥私の華を山賊から取り戻して貰えませんか?」
 ネッドがそう言ったのはそれからしばらく後のことだった。
「‥‥分かりました。」
 本来ならリーダーであるフォウリーと相談して決めねばならぬ事なのだが、彼女らは案の定起きる気配を見せない。
それ故にザンがそう答えた。
「余裕は3日程しかありません。その間にお願いします。」
 ネッドはそう言って頭を下げた。
つられたようにミンも下げた。
「努力します。」
 ザンはそう答えるしかなかった。
 見張りの交代時にフォウリーらに事の顛末を伝えると、彼女らは呆れた様な顔でエルフィーネらを見た。
無用な仕事を増やして、とか、見張りも満足に出来ないの、とかそういいたげである。
実際弱みのあるロッキッキーを除いた2人は口に出していたが。
もっとも起こったことをとやかく言っても盗まれた物が戻ってくるわけはないので、彫像の奪回については異論は唱えなかった。
ともかくも明日近くの村に行って情報を集めることになったのであった。

 自由人達の街道をオランの程近くで南へと入っていくと、ナムゴーと言う名の小さな村がある。
そのナムゴーに程近い所に、一番近い村があった。
ざっと見回したところ家の数は十数件と言ったところであろうか。
小さな広場を中心に放射状に家が広がる典型的な農村であった。
どの程度の村かというと、宿すらないと言うほどの小さな村であった。
とりあえずこの村にネッドとミンを待たせておいて、彼らは山賊らの情報の収集を始めた。
始めは彼らを敬遠していた村人達も、フォウリーらが山賊を退治しようとしていることを知ると態度が一変した。
その山賊にはかなり困っていたのであろう。
そうでもなければ見た目からあからさまに怪しい彼らへと、そうそう情報を提供してくれないであろう。
 ともかくも村人達から山賊について幾つかの情報を仕入れることが出来た。
まず、山賊達は最近になってエストン山脈の中腹付近に住み着いたらしいこと、盗み方が汚く、どこかの組織に入っていたのではない様だと言うこと、その山賊達は西方語(グンダール)を使っている者が多いこと、どうやら今まで警備兵などに捕まったこと無いらしいこと、どうやら魔法使いがいるらしいこと、などである。
 情報を総合すると、まず山賊達は最近になって西方からエストン山脈に移り住んできたようだ。
この辺ではザインより西でよく使われる西方語をしゃべる者などそうはいないだろうから。
荒稼ぎをしていながらいままで警備兵に捕まったことがないと言うことは、リーダーがよほど有能なのか、それとも見た目より巨大な組織であるかどちらかであろう。
魔法使いがいる、というのはかなり有益な情報であった。
魔法に抵抗するにしても、あらかじめ予期していた方が防ぎやすいからである。
ただその系統がはっきり分からないのは、魔法に接したことのない者達の情報なので仕方のないことであろう。
ともかくも彼らの行き先はほぼ確定された。
「エストン山脈へと行きましょう。」
 フォウリーは村人達の話を聞いた後でそう言った。
どうやらこの近辺で派手な盗みを働いているのはそこの山賊だけであるらしいからだ。
「と言っても広いですよ。」
 ザンがあえてそう正論を彼女へとぶつけた。
「そうでもねえよ。最近越してきたなら本格的な根城はねえはずだ。そう言う奴等の根城は決まってらあ。」
 フォウリーに代わってロッキッキーがそう言った。
「洞窟かな‥‥。」
 エルフィーネがそう呟いた。
他には遺跡、廃虚なども考えられるがエルフィーネの考えが一番妥当な線であろう。
「そうね。」
 フォウリーはそう頷いた。
「とりあえず、夕べの場所に戻って手がかりを探してみよう。」
 ソアラはそう言って西の方を示した。
優れたレンジャーである彼ならではの提案だ。
彼女らは荷物をまとめると早々にその村を発った。
馬車と共にネッドとミンをその村に残して。

 本来ならエストン山脈の中腹と言うだけで一つの洞窟を探し出すのは、よほどの強運の持ち主でない限り不可能である。
だが今回は逃げた山賊が残したであろう足跡を追跡する事によって、洞窟の場所という問題を解決することが出来た。
 昨夜山賊に襲撃された辺りをソアラは丹念に調べ始めた。
いかに痕跡を残さぬように歩いても、それでも人が歩いたという跡は残る、と彼は言った。
例えば踏みにじられた野草、折れた木の枝、足跡自体が残っていることもある。
特に命辛々逃げていった山賊がその痕跡を消していくと言うことは考えにくい。
案の定ソアラはすぐに山賊の物らしき足跡を発見した。
「みんな、こっちだ。」
 ソアラは待っていた仲間にそう声を掛けると、注意深く足跡を追っていった。
その後をぞろぞろとフォウリーらが着いていった。
襲撃が夜中だったせいであろうか、山賊の足跡は迷ったかのようにふらついていた。
それと山道のせいで朝早くに追跡を始めたにも関わらず、ようやく洞窟を見つけたのは昼もかなり過ぎてからであった。
洞窟は山肌にぽっかりと口を開けていたが、入り口の脇には見張りであろう者が2人暇そうに立っていた。
逃げた者はすでに帰り着いているであろうが、一夜明けたので追手が来るという緊張感は途切れているようであった。
 フォウリーらは近くの森の中から慎重に見張りを伺っていた。
人数的には相手にならないであろうが、中の者に知られるとやっかいなので強襲は出来なかった。
となると魔法しかない。
フォウリーはザンを手招きで呼び、見張りに対して魔法で何とかするように示した。
ザンは頷いて、低く古代語の詠唱を始めた。
『彼の者の周りの空気よ、全能なるマナの力を持って眠りへと誘う魔法の霧へと変われ。』
 ザンの詠唱が終わると同時に、見張りは2人ともばったりと地面に倒れてしまった。
灰色の眠りの霧が彼らを捕らえたのである。
頭の中で10ほど数えてからフォウリーは口を開いた。
「行くわよ。」
「ちょっと待って。うるさいから音を消すね。」
 エルフィーネはそう言って、自らにミュートをかけた。
彼女の発する音は空気を振動させることはないので、どんな音を出しても誰の耳に届かないのである。
「良いわね?じゃあ、行くわよ。」
 フォウリーはもう一度そう言って入り口へと歩いていった。
エルフィーネの折角のはからいも、ソアラの鎧が音をたてたので結局の所無意味であった。
だが何を言おうにも自分でかけた魔法に打ち消されてしまうので、彼女はすぐに疲れて何も言わなくなった。
そうこうしているうちに魔法の持続時間は切れたのだが、それでもである。
とりあえず見張りの2人の息の根を止め、彼らは洞窟の入り口に立った。
洞窟は一見自然の物のように見えるが、どうやらそう見えるようにカモフラージュしているようであった。
ドワーフならともかく人間やエルフにそう見えるのだから、遠目に何とかごまかせるほどの物でしかなかった。
「さあ、さっさと彫刻取り戻して戻るわよ。」
 たかが山賊とたかを括っているのか、フォウリーの口調には真摯さが無かった。
「そうだな。」
 ソアラはそう頷いて洞窟の中へと歩き始めた。
 洞窟は入り口そのままの大きさでずっと奥に続いていた。
壁には幾つか松明が掲げられており、オレンジ色の明かりが内部を照らしていた。
うすら明かりなので良く分からないがそれほど深い洞窟ではないようだ。
ただどうやら人工的に掘ったか、自然の洞窟を広げたかしたようで、どういう構造になっているかは進んでみなければ分からなかった。
 入り口から少し入ったところの左右の壁に同じ様なドアが、左右対称にあった。
そこから少し進んだ所にも同じ様な扉があり、通路の真正面にも扉がるようであった。
左右のどの扉も同じ様な木の扉で、それほど重要そうにも見えなかったが、何処に何があるか分からないのでとりあえず調べることになった。
「さて、どれから調べましょうか。」
 フォウリーはとりあえず手短な所の扉を見比べながらそう言った。
奥の3つの扉を調べるのではないことは明白であった。
「右からで良いんじゃない?」
 どうでも良いことなのでめんどくさそうにエルフィーネがそう言った。
「そうね‥‥、ロッキッキー扉を調べてよ。」
 彼女はそう頷いてから、後ろの盗賊へとそう命令した。
「はいよっと。」
 彼はふらふらと扉の前にしゃがみ込むと鼻歌混じりに調べ始めた。
彼自身もあまり緊張感がないようだ。
「何もねぇな、鍵も掛かってねぇよ。」
 ロッキッキーはそう言うと後ろへと引っ込んでしまった。
何度も言うようだが扉を開けるのは彼の仕事ではなかった。
「じゃあ、開けるよ。」
 そう言って珍しくルーズが取っ手に手をかけ、一気に押し開いた。
確かに扉には何の罠も無かった。
ただし扉の向こうには息を潜めて山賊らが待ちかまえていたのだが。
「うわっ!?」
 最初の一撃は向こうの不意打ちとなった。
しかも後ろの扉も騒々しく開けられ、彼らは山賊に挟撃された形になった。
「ちっ、どじったわね。」
 フォウリーは剣を構えながら舌打ちした。
6人はザンとエルフィーネを中心にした輪となって、山賊らを迎え撃った。
戦闘自体はそれほど時間はかからなかった。
不意打ちの時のみが山賊らの優勢な時間であった。
10人といえども所詮は雑魚と言った感じであった。
 10人の敵が10個の死体と変わり、洞窟内に血の臭いが充満した。
だがこの10人以外の敵は現れそうもなかった。
これで終わりなのか、それとも何処かで待ち伏せているのか‥‥。
多分後者の方であろうが。
「さっさと行くわよ。」
 相手の腕に物足りなさを感じながらフォウリーはそう促した。
「分かったわ。」
 彼らは左右の扉の向こうの部屋を簡単に調べ何もないことが分かると、山賊らの死体を避けながらさらに洞窟の奥へと進んでいった。
また少し行ったところにある扉は先ほどと同じような扉であった。
通路はもう少し先で終わっているらしいが、薄暗いので扉があるらしいと言うこと意外は良く分からなかった。
「とりあえずここの扉から調べましょう。
 フォウリーはそう言って右側の扉を示した。
「あいよっと。」
 先ほどと同じようにロッキッキーが前に出てきて扉を調べ始めた。
その間ソアラとルーズは後ろのドアにずっと気を配っていた。
「何もねぇよ、さっきと同じでな。」
 ロッキッキーはそう言った。
「そう‥‥、ザン、後ろの扉閉めといてくれる?」
 先ほどの教訓が生かされているのかフォウリーはそう言って後ろの扉を示した。
「はあ、分かりました。」
 ザンはそう言って杖を動かして、呪文の詠唱のための動作を手早く済ます。
『全能なるマナよ、彼の扉の鍵をかけたまえ。』
 彼の詠唱が終わると同時にかちりと微かな音がした。
彼の呪文によって向こう側の扉の鍵がしまったのだ。
「なら入りましょう。」
 それを確認してフォウリーはこちら側の扉を開けた。
今度は敵が飛び出してくるような事はなかった。
6人はどかどかと扉の中へと入っていく。
そこは先ほどの半分ほどの大きさの部屋で、多くの木箱や樽が所狭しと置かれていた。
 フォウリーに促されたロッキッキーが木箱の一つを開けた。
中には保存食らしき物が一杯に詰まっていた。
ロッキッキーは蓋を閉めるとフォウリーらに対して首を振った。
どうやらただの食糧倉庫だったようだ。
調べるだけ無駄であろう、出てくるのはネズミぐらいだろうから。
現に一匹彼らの前を通り過ぎていったが。
「出ましょう。」
 フォウリーはそう言って仲間を促した。
 反対側の扉の向こうは台所であった。
ここでも見つけたのはネズミぐらいな物で、特に目を引く物はなかった。
彼らは早々にその部屋の探索を諦め、さらに通路を奥へと進んだ。

 フォウリーらに残されたのは恐らく奥へと続くであろう扉のみであった。
今までとは作りが違うその扉は、その重要性を物語っているように思えた。
ただその扉を抜けるのにちょっとした気がかりがあった。
近付いてみると扉の脇に立て札が立っていた。
薄暗かったので近付くまで分からなかったのだ。
立て札にはたどたどしい西方語で”この奥立入るべからず”と書かれていた。
「汚い字だな。」
 ソアラの言った感想は内容の事ではなかった。
もっとも彼も人のことは言えないのだが。
「こんな事書いといたら誰でも怪しいと思うじゃないの、馬鹿ねぇー。」
 まじまじと立て札を見ながらエルフィーネはそう言った。
「それでも書いとくのが人情ってものよ。」
 興味なさそうにフォウリーは言った。
ともかくもこの立て札によって、扉の向こうに重要な物があることが分かったのだから。
「ロッキッキー、扉調べてよ。」
 フォウリーはそう言った。
「あいよ、お宝につながってるかも知れねぇからな。」
 ロッキッキーは小声でそんな事を呟きながら扉へと近付いていった。
見た目では少し豪華な普通の扉であった。
となると後は触って調べるしかない。
いつもと同じようにツールを出し、扉に触った矢先、突然扉が触手を伸ばし彼の手を束縛してしまった。
「うわ!!何じゃこりゃ?!」
 ロッキッキーはそう叫んだ。
「ドア・イミテーター!!」
 うねる扉を見て、フォウリーはそう叫んだ。
 ロッキッキーは必死になって捕まえられた手を振り解こうとするが、イミテーターの力は思いの外強かった。
「た、助けてくれー。」
 自力での脱出が不可能と分かると、何時になく情けない声で彼は仲間に助けを求めた。
「待ってなさい。」
 彼の声に最初に反応したのはエルフィーネであった。
『光の精霊よ、我が召還に応じよ。』
 手早く精霊語を唱えて、光の精霊を召還した。
光の精霊は彼女の手元付近の空間でふわふわと漂った。
精霊の発する光で洞窟内は一時的に外のような明るさになった。
『行きなさい、光の精霊よ。』
 彼女は精霊語でそう言うと同時に、投げるような仕草をした。
それに合わせて光の精霊はドア・イミテーターに体当たりを仕掛けた。
そして当たると同時に光の精霊は現世でのかりそめの姿を失い、代わりにすさまじい衝撃波を発した。
当たり所が良かったのだろうか、イミテーターはそれと同時に自らの行動を止めた。
魔法によって与えられた偽りの生命を終えたのであろう。
それと同時にロッキッキーも束縛から解かれた。
ロッキッキーはほっとした表情で、捕まれていた手をさすった。
「ほらほら感謝の言葉は?」
 得意げな顔でエルフィーネはそうロッキッキーに言った。
「はいはい、ありがとよ。」
 とやかく言われるのを避けるため、彼はそう口にした。
「心がこもってないわよ、心が。」
 エルフィーネはしかめっ面をしてそう言った。
「静かにしなさい、2人とも。ほら、ロッキッキー中を調べて。」
 フォウリーは疲れたような表情でそう言うと、さっさとドアを開けた。
この様な有り様では不意打ち、奇襲はされることはあってもする事はないであろう。
ロッキッキーはこれ幸いとばかりに頷いた。
「感謝の仕方について後でじっっっっっくり話しあおうね。」
 去ろうとする彼にエルフィーネは力を込めてそう言った。
「やれやれだぜ、まったく。」
 ロッキッキーはそう呟き、彼の背を叩いたルーズに一度視線を向けてからフォウリーの脇へと歩いていった。

 ドア・イミテーターの向こうは細長い通路であった。
長さは10メートルぐらいであろうか。
向こうのはしにはまた同じ様な扉があった。
「床を調べてみて。まさかとは思うけど、もしフロア・イミテーターだったら洒落にならないからね。」
 フォウリーはそう言って床を示した。
床はこの通路から岩肌ではなくて板張りなのだ。
あからさまに怪しすぎた。
「あいよ。」
 そう言って彼はまずしゃがみ込んだ。
だが先ほどの苦い経験からいきなりは床に触らなかった。
まず剣の先で床をつついてみる。
その後でようやく自分の手で調べ始めた。
「‥‥何もねぇな。」
 ロッキッキーは立ち上がってそう言った。
「壁はどうだ?」
 ソアラがそう言って通路の壁を示した。
「分かった。」
 ロッキッキーは頷いてまた先ほどと同じように剣の先で壁を叩いた。
「ウォール・イミテーターなんて聞いたこと無いよ。」
 それを見てルーズがそう言った。
フォウリーらを笑いが包み込む。
「うるせぇ!!念のためだ。」
 ロッキッキーは剣を格納した後でそう言った。
結局壁にも何もなかった。
「じゃあ中へと入りましょうか。」
 安全の確認が出来たのでフォウリーはそう言ってロッキッキーを行かせた後で、通路へと足を踏み入れた。
以下、ソアラ、エルフィーネ、ザン、ルーズと続いた。
「壁にスイッチがあるな。」
 通路の途中でロッキッキーはそう言って右の壁を示した。
確かにそこにはいかにも怪しそうなスイッチがあった。
「こんなあやしげなもんに手を出す馬鹿はいねぇ、とくらあ。」
 まるで鼻歌でも唄うかのような口調でそう言うと、ロッキッキーは扉の前まで歩いていってしまった。
そしてさっさと扉を調べ始めてしまった。
ドア・イミテーターではなかったものの、どうやら鍵がかかっているようであった。
しかも鍵穴がないので、ロッキッキーの腕でも開けることは出来そうになかった。
− あかねぇか‥‥。
 そう思ったロッキッキーの脳裏に先ほどのスイッチのことが浮かんだ。
彼は立ち上がってスイッチの方を振り返った。
− 罠かも知れねぇが‥‥5分5分だな。
 ロッキッキーはそう言ってスイッチの方に歩き始めた。
「どうしたの、真剣な顔して?」
 訝しげな表情でそう問うたエルフィーネに答えず、彼はスイッチの前に立った。
− どうする?
 ロッキッキーはスイッチを見つめて考え込んだ。
「どうしたんです、一体?」
 ザンがそう話しかけてきた。
「このスイッチがそこの扉の”鍵”のような気がするんだが、押してもいいか?」
 ロッキッキーは小さな声でそう言った。
「私に聞かれましても‥‥。」
 ザンは困ったような表情をした。
主人の窮地を察したかのようにエムがミャアと鳴いた。
「ま、いいか。」
 彼はいかにも軽くそう言うと、ぽんとスイッチを押してしまった。
途端に辺りを低い地響きにも似た音が響きわたった。
「何をしたのよ?!」
 エルフィーネとフォウリーは同時にそう叫んだ。
と同時に彼女らはロッキッキーが何をしたか理解した。
彼らの立っていた床が真ん中からふたつに割れ、壁の中に引き込まれたのである。
「きゃあーーーー。」
 一瞬の沈黙の後、彼らの身体は下へと自由落下を始めた。
”床”までは50センチ程しかなかった。
だがその床は落ちてきて体制の整っていない6人に、地面をうねらせ触手を伸ばして襲ってきたのである。
「フロア・イミテーター!!」
 ルーズは体勢を立ちなおしながらそう叫んだ。
 フロア・イミテーターとの戦いは小時間で終わった。
イミテーターで最強と言われるこのモンスターも彼らの相手にはならなかった。
確かに地の揺れに足を取られ、移動することも、体制を整えることもままならないが、攻撃自体を当てるのは簡単なのである。
なにせ足下全てが敵の身体なのだから。
「まったくろくなことしないわね。」
 エルフィーネは床に戻ったイミテーターを蹴りつけた後でそうロッキッキーへと言った。
「悪かったな。」
 今回ばかりは素直に謝るしかなかった。
「ま、いいじゃん。別に誰かが怪我したわけでもないしさ。」
 ルーズは盟友を助けるかのような口調でそう言った。
「それはそうだけどさ。」
 そう言われると困惑してしまうエルフィーネであった。
「何時までも過ぎたことにかまっていられないわ。先に行きましょう。」
 フォウリーのその声に彼らは前へと進み始めた。
ふざけたことに扉の前にはある程度床が残っていて、なおかつそこに上がるための階段もついていた。
突破されることを見越しているのなら、こんな罠を仕掛けないで貰いたかった。
「おっ、鍵が開いてら。やっぱり俺の感は正しかったな。」
 扉を調べたロッキッキーはそれ見たことかと言わんばかりにエルフィーネを見た。
だが彼女は彼を見ていなかった。
興味なさそうに周りを見回していたのである。
彼の声を聞こえて無さそうであった。
− まったくなんて奴だ。
 ロッキッキーは憮然とした表情で彼女を睨み付けた。
「行く‥‥わよ。」
 一方緊張気味のフォウリーは剣を構えてそうロッキッキーを促した。
頷いてロッキッキーは扉を開けた。
と、同時にフォウリーが飛び込み、その後をソアラ、ルーズが続いた。
扉の向こうは案の定山賊の頭らしき者の部屋であった。
しかも数人の部下と共に臨戦状態に入っていた。
「貴様等か、この”片目のジャック”様率いる”皆殺し団”を相手にしようって奴は。ふっ、命知らずな連中だぜ。」
 切り傷で右目がつぶれている髭を蓄えた男がそうフォウリーらへと言った。
一昔前のお約束的な台詞に思わずフォウリーらは笑い出すところであった。
「野郎ども、彼奴らを切り刻んで狼の餌にしちまいな。」
 頭らしき男はそう言って手下どもをけしかけた。
「へい、親分。」
 絶妙のタイミングで手下らは同時にそう言った。
そしてダガー片手に手下はフォウリーらに切りかかってきた。
その後を追って頭も剣を抜き、戦線に加わった。
 山賊にしては珍しくかなりの手練がそろっていたようであった。
あくまでも一般の山賊に比べてだが、それでも同数のどこかの国の騎士を相手に出来るほどの腕を持っていた。
だがその程度の腕でフォウリーらと争おうなどとは自信過剰も良いところであった。
山賊らは1人、また1人と切り倒され、豪華な部屋を自らの赤い血で彩色していった。
頭自身も殺されはしなかったもののルーズに剣をはじきとばされ、喉元に剣を突きつけられてしまった。
脂汗を浮かべながら山賊のボスは剣先とルーズの顔を交互に見比べた。
「昨日僕たちから盗んだ物は何処だい?」
 にこやかな笑顔を浮かべながら元魔術師、現戦士はそう山賊の頭へと尋ねた。
当然相手が脅しに屈すると見てのことであった。
「そんな物はねぇ。」
 恐怖のため声を僅かに震わせて頭がそう答えたのはしばらく後のことであった。
その間彼の頭の中には幾つもの打算と近未来の予想が走り回ったであろう。
その返答にルーズの頬がぴくっと動いた。
微かに剣先も震え始めた。
「何処にやったんだい?」
 周りの者にも分かるほどルーズの声には苛立ちが込められていた。
「やべぇんじゃねぇか、あいつ。」
 そのルーズの様子を見てロッキッキーはそうザンへと呟いた。
「そうでしょうか。」
 ザンの方はそうでもないようだ。
「知‥‥、知らねぇな。」
 頭は残っていた勇気、自尊心、敵対心その他を総動員し、ルーズへとそう答えた。
床に這い蹲って命ごいするとは言わないまでも、ルーズはもう少し相手が従順であると思っていたようだ。
いや、そうであるべきだと考えていたのかも知れなかった。
ともかくも捕虜となった山賊の頭が反抗的な態度を見せたとき、彼の敗者に対する寛容は溶け去ってしまった。
「じゃあ‥‥死ねば!!」
 ルーズはそう言って頭の喉元に剣を突き刺した。
剣は男のごつい喉を突き抜け、剣先が後頭部から覗いた。
「あ、あが‥‥。」
 頭は口と鼻から血を吐きだした。
突然のことに剣を抜こうと彼の腕が動こうとするが、すでにその力はなかった。
やがて両手は力無く下げられ、口から血泡を吹き、男は2度ほど身体全体を痙攣させて息絶えた。
「ひっ?!何て事するのよ。」
 その光景を一部始終見てしまったエルフィーネは、思わずそうルーズに抗議した。
もっとも彼女の抗議は山賊の頭を殺したことではなく、グロテスクなものを彼女に見せた事によるものである。
「まったくですよ。」
 彼女の抗議を勘違いしたのか、ザンがそう相づちを打った。
「だって素直じゃないから。」
 ルーズは剣を引き抜くと着いた血を払い、鞘へ戻した。
それと同時に支えを失った男の身体がどさっと床に倒れた。
喉元の傷口から血が流れ、小さな人工の池を作った。
「それにしても殺すなら情報を仕入れてからにしてよ。」
 フォウリーの方も少し怒っていた。
もちろん頭を殺したこと自体ではなくて、それによって情報を仕入れることが出来なくなったからである。
「うーん、‥‥ごめん。」
 ルーズはしばらく後で小さくそう言った。
「ま、おわっちまった事はしょうがねぇよ。誰も止めなかったんだしな。」
 ロッキッキーはその場を取り繕うようにそう言った。
「じゃあ、貴方が責任取って家捜ししなさいよ。」
 フォウリーはそう言って彼を見た。
ロッキッキーは2、3度口を動かしたが、それは言葉にはならなかった。
小さく息をつくと、頷いてその部屋の家捜しを始めた。
最初の成果は些細な物であった。
机を漁っていたロッキッキーは小さな革袋に入った銀貨を見つけたのである。
「おっ、300ぐれぇはあるな。儲け、儲け。」
 彼はそれをそっと自分の懐にしまい込むと、なおも机の探索を続けた。
だがそれ以上の収穫はその机では無かった。
「何かあった?」
 顔を上げたロッキッキーにそうエルフィーネが尋ねた。
彼は何事もなかったように顔を横に振ると、次は奥の方の棚へと捜索の手を伸ばした。
その間暇そうに辺りを見回していたザンは、扉の方の壁の隅に影に小さな箱を見つけた。
「あれ、あんな所に箱がありますよ?」
 ザンの声に探索中のロッキッキーを含めた仲間達が、その方向を見た。
確かにあやしげな小箱が一つ、ぽつんと隠れるかのように置いてあった。
「怪しいな‥‥。」
 棚の探索を早々に諦めたロッキッキーはそう呟きながら箱の脇いたった。
「ちょっと待って!その箱に触っちゃ駄目!!」
 ロッキッキーが手を伸ばそうとした矢先、慌ててエルフィーネがそう止めた。
「何でだよ?自分で調べるのか?」
 途中で動きを止められて不機嫌そうな表情で彼はそう答えた。
「まさか。貴方の腕が信用おけないから私、部屋の外で見てる。」
 エルフィーネはそう言うと、とっとと部屋の外へと歩いていってしまった。
困ったような表情で近くにいたザンが抱いていた紫猫を降ろし、彼女を追った。
「ちょっと待ってください。1人の方が危険ですよ。」
 扉の先で追いついてザンがそう言った。
「だってさ、あいつが首領とか幹部とかの部屋にある宝箱を調べるとさ、決まって何かあるんだもん。」
 エルフィーネは思い出したくもないと言うような表情でそう言った。
確かにアザーンでは何度かそう言うこともあった。
彼女だけでなくザンもその事は身に染みていた。
「その気持ちは分かりますが‥‥、要するに何か罠がなければいいのですね?」
 ザンはすぐに言葉による説得を諦めた。
「まあ‥‥ね。」
 ちょっと大人げなかったかな、と思ったのか彼女は素直にそう頷いた。
「じゃあ、ちょっと待ってください。」
 ザンはそう言って荷物の中からダガーと一本取り出した。
そしてくるりと部屋の方を向く。
「皆さん、箱から離れてください。」
 ザンがそう言うと、何事かと言うような表情をしたがフォウリーらはとにかく小箱から離れた。
「それ!!」
 それを確認してからザンはダガーを箱めがけ、思いきり投げつけた。
さくっという音と共にダガーは小箱に刺さり、僅かに位置が動いた。
が、何も起こるような気配はなかった。
「ほら、何もありませんよ。」
 ザンはそうエルフィーネへと言った。
エルフィーネは頷いたものの、内心は呆れ果てていた。
あれで罠があったらどうする気だったのだろうとか、誰かに刺さったらどうする気だったのだろうとか思わず考えてしまった。
「さっ、戻りましょう。」
 ザンはそう言って部屋の中へと戻っていった。
エルフィーネは信じられぬと言った表情のままザンに着いていった。

 戻ってきたザンとエルフィーネを迎えた仲間達の表情はやはり呆然としていた。
まさかザンがあの様な行動をとるとは思わなかったようだ。
だが当のザンは素知らぬ顔で箱に刺さったダガーを引き抜くと、走り寄ってきたエムを抱き上げた。
「ほら、早く調べちゃってよ。」
 一応安全だと言うことが分かったので、エルフィーネは呆然とザンを見るロッキッキーにそう言った。
「あっ?お、おし、まかせとけ。」
 彼はそう言うと小箱の前に座った。
− 任せられないんだけどな‥‥。
そのロッキッキーの背中を見ながら、エルフィーネは心の中でそう毒づいた。
これだけの騒動を起こしておきながら、箱には何も入っていなかった。
ロッキッキーは納得できない表情であれこれと調べていたが、もちろん何も見つからなかった。
「何にもねえな。」
 ロッキッキーは肩をすくめてそう言った。
「おかしいわね、じゃあミスリルの華は何処に消えたの?」
 フォウリーはそう言って首を傾げて見せた。
あの山賊のボスを、なんら情報を仕入れることなしに殺してしまったのはやはり失敗であった。
思わずルーズを睨み付けたくなるが、そんなことをしてもしょうがない事である。
− 一体何処に消えたのかしら?
 フォウリーは心の中でもう一度そう呟いた。
「なあ、棚の後ろに隠し扉でもあるんじゃないか?」
 そう言ったのはなんとソアラであった。
冒険者生活が板についてきて、その様なところまで気が回るようになったのだろう。
「おし、ルーズ、ソアラ、棚動かすのちょっと手伝ってくれ。」
 ロッキッキーは2人にそう言うと棚の方へと動いていった。
だが棚を動かした3人の努力もむなしく、裏には何もなかった。
「じゃあ、次は机の下よ。」
 エルフィーネはそう言って机を叩いた。
もちろんなにか考えがあっての事ではなく、棚と机のほかには目立った物がないのだ。
「はいはい。」
 ロッキッキーはそう言って机の下へと潜り込んだ。
エルフィーネに言われてなかば諦め気分で机の下に潜り込んだ彼であったが、床に一本の薄い線があるのを見つけた。
埃を吹き払いその線が床に入った切れ目であることを確認すると、次に小さく二度三度床を叩いてみた。
− 下は‥‥空洞だな。
 返ってきた音からロッキッキーはそう判断した。
そしてすぐさま机の下から這いずり出た。
「何かあった?」
 すぐにフォウリーがそう尋ねた。
「隠し通路がありやがる。ソアラ、ルーズ、机動かすのちょっと手伝ってくれ。」
 ロッキッキーは素気なくフォウリーに応えると、そう2人へと言った。
それほど大きな机ではなかったが、それでも動かすとなると3人がかりでやっとと言った感じであった。
ロッキッキーは机のあった床に座り込み、巧妙に隠してあった取っ手を探り出すと、ぐいっと引っ張った。
床の隠し扉は音もなく開き、地下へと通ずる階段がぽっかりと姿を見せた。
6人はそれぞれに階段を覗き込んだ。
階段はかなり急で、しかもかなり下の方に下りているようであった。
「どうしますか?」
 まずザンがそう口を開いた。
「どうするって行くしかないでしょ?」
 眉をひそめてフォウリーがそう言った。
「それはそうですが‥‥。」
 そう言われてしまえば、ザンの方もそう答えるしかないであろう。
「行く前にさ、体力ぐらい回復しておこうよ。」
 パーティー内の治癒者の1人であるエルフィーネはそう言った。
が、自分で治す気は毛頭無いようであった。
「そうだな。何がいるか分からないからな。」
 ソアラはもっともらしくそう呟いた。
「分かったわ、少し休憩しましょう。」
 フォウリーは溜息をついた後でそう言った。
緊張感がない、とでも言いたいのだろうが、言っても無駄であろう事を知っているのだ。
6人は神の奇跡によって先の戦闘で受けた傷を癒し、しばしの休息を取るのであった。

 机の下の床に階段を見つけてから少なからぬ時が流れた後、6人は1人ずつ階段を下りていった。
誰かが一段下りる度に階段が情けない悲鳴を上げた。
だが階段を作った者を責めるわけにはいかないだろう。
普通は完全装備の冒険者が6人同時に使う事があるかも知れないなどと考えて、階段を作りはしないだろうから。
階段は20段ほどで終わり、階段の幅の2倍ほどの通路へとつながっていた。
 ロッキッキーとソアラを先頭に彼らはゆっくりと通路を進んでいった。
通路は2度ほど右に折れ、その先で終わっていた。
ただその通路の真ん中付近に、左右に扉があったが。
彼らは慎重に扉付近まで歩みを進めた。
「どっちから行く?」
 先頭のロッキッキーが振り返り小声でそう尋ねた。
「そうね、どちらでも良いんだけど‥‥右から行きましょうか。」
 フォウリーは少し考えるような素振りを見せてからそう言った。
「O.K.右だな。」
 ロッキッキーは頷いて右側の扉の前に座り込んだ。
彼は仲間達の見守る中、慎重に扉を調べていった。
「罠は‥‥無さそうだな。」
 そんなことを呟きながら、彼は取っ手に手をかけた。
鍵も掛かっていなかったらしく、きしんだ音を立てて僅かに扉が開いた。
「鍵も掛かってねぇのか。」
 そう呟いたて空いた透き間から中を覗こうとした矢先、いつの間にか後ろに回り込んでいたエルフィーネがロッキッキーの尻に蹴りを入れた。
「おわっち。」
 崩れた体勢の中、何かを掴もうとした手は空を切り、彼は派手な音を立てて部屋の中に転がり込んだ。
「何やってるのよ、貴方は。」
 フォウリーはエルフィーネに非難がましくそう言いながら、部屋の中へと入ってきた。
「罠避けよ。」
 その後を平然とした表情でエルフィーネが入ってきた。
「なんだ、何にもないじゃん。」
 ロッキッキーが無事なのを見てエルフィーネはつまらなそうにそう呟いた。
「何だじゃねぇだろ、何だじゃ!殺す気かよ!!」
 手の甲に出来た擦り傷をなめながらロッキッキーは大声でそう言った。
「別にーー。ただ面白そうだから蹴っただけよ。」
 エルフィーネの方はまるで気にしていない様子であった。
「あなた方、ふざけるのは時と場所をわきまえてからにしてください。」
 ザンが迷惑そうな表情でそう言った。
いや、ソアラやルーズ、フォウリーもそう思っているだろう。
特にルーズはまた始まったかと言わんばかりの表情であった。
「ま、良いじゃないの。それよりもほら、自称シーフ、部屋の探索をしてよ。」
 旗色が悪そうだと感じたエルフィーネは、その話を打ち切るためにそうロッキッキーに指示した。
「ちっ、後で覚えてろよ。」
 ぶつぶつと捨てぜりふにもならないことを呟きながら、彼は改めて部屋の中を見回した。
そこは倉庫、という言葉があてはまる典型的な部屋であった。
壁には棚が、床には箱が、それこそ所狭しと置かれているのだから。
「すげえな‥‥。」
 ロッキッキーは恐らく山賊のコレクションであろう物を見ながらそう呟いた。
「分かってると思うけど、盗まれた彫像を探すのよ。」
 フォウリーは宝の山を前にして眼の色を変えたロッキッキーにそう忠告した。
「分かってるよ。」
 そう言って一息ついた後で、彼は手短な所から漁り始めた。
箱を開け、棚を調べ、ようやく隅の方に無造作に置かれた木箱から、お目当てのミスリルの彫像を見つけだした。
「あった‥‥。」
 ロッキッキーはそう言って箱ごと持ち上げて、扉の所まで戻ってきた。
「ほらよ、見つけたぜ。」
 そしてその箱をフォウリーへと渡した。
「本物ね?」
 小さな木箱を両手で抱えてフォウリーはそう確かめた。
だがロッキッキーは軽く首を振った。
「さあな、俺実物見てねぇからな。まあ本物だろうよ。」
 そこまでは知らないといいたげにロッキッキーはそう言った。
「さーて、宝物でも探すかな。」
 右腕を軽くほぐしながらロッキッキーは再び部屋の中央の方を向いた。
「ちょっと、それは後にしてよ、後に。もっと実用的な物を探してちょうだい。」
 それを聞いて慌ててエルフィーネがそう注文を付けた。
「何で後にしなきゃ行けねぇんだよ。」
 先ほどのこともあってか、ロッキッキーは非難めいた視線をエルフィーネへと向けた。
「まだ調べてないところがあるでしょ。」
 エルフィーネはそう言ってもう一方の扉を見せた。
「それに何だよ、実用的な物って?」
「そうね、‥‥魔晶石とかの事ね。」
 エルフィーネはそう言ったが、彼女の希望が多分に入っていた。
「わあったよ。まったく勝手なエルフだ。」
 ロッキッキーは文句も言いながらも、再び物の山を漁り始めた。
もっとも先ほどの探索でその辺がありそうなところは目星が付いていたが。
案の定、棚の一番奥に隠されるように置かれた小さな小箱の中から、幾つかの見覚えのある小さな水晶の様な石が幾つか出てきた。
ロッキッキーは後は特に無いとみて、それだけを持って戻ってきた。
「こんなもんしかねぇな。」
 ロッキッキーは見つけた魔晶石を手のひらに乗せ、仲間に見せながらそう言った。
「まあ、いいか。一つ貰うね。」
 エルフィーネはその中からひょいっと1個取った。
石の中で蒼い炎が揺らめき、まだ中に魔力が蓄えられていることを証明した。
「手の早い奴だ。ほらよ、ザン。」
 ロッキッキーはそう言って残った2個の内、1個をザンへと投げてよこした。
「ありがとう。」
 それを受け取ったザンは大切そうに懐にしまった。
「ねぇ、やっぱり邪魔になるから、この部屋の中に隠しておいてくれない?」
 フォウリーはそう言って小箱をロッキッキーに渡した。
「なんだよ、じゃあさっきのは無駄じゃねえかよ。」
 彼はそう言ったが、それはそこまでにしておいた。
これ以上言うと自分が持って行かされる羽目になるからである。
彼はなるべく見つかりにくいように、棚の奥の方に小箱を入れ、さらにその辺にあったがらくたでカモフラージュをして置いた。
それならばそう簡単には分かるまい。
「さて、じゃあ次は向こうの扉ね。」
 彼らは遺跡の中の不釣り合いな倉庫を後にした。

 いつものようにロッキッキーが扉を調べた後、今回は珍しくフォウリーがそっと扉を開けた。
そして6人は折り重なるように空いた透き間から部屋の中を覗き込んだ。
6人がそれぞれに部屋の中を覗き込む様は、端から見れば笑い者になるであろう格好であった。
その部屋は先の倉庫よりは2回りほど大きそうな部屋であった。
そして扉から覗き込む限りでは、部屋の奥側中央付近にある何かの像ぐらいしか見えなかった。
もっとも像の前にある石台は見えていたが。
「何?あの石像は?」
 そう仲間に問うたのはエルフィーネである。
ちなみに彼女は上から2番目の位置で覗いていた。
「さあ?」
 そう答えたのは彼女から2個下のソアラであった。
「‥‥名も無き狂気の神。」
 ソアラに代わってエルフィーネに答えたわけでもないだろうが、一番上のフォウリーはそう呟いた。
「あれ、神像なの?」
 それを聞いたエルフィーネの方はそれこそ意外だと言わんばかりであった。
そしてもう一度まじまじとその石像を見つめた。
彼女にはどう見ても幼児の粘土細工より数段劣るような物にしか見えなかった。
「気違いじみた像だな。」
 ソアラも首をひねってそう言った。
「当然よ。”狂気”の神なんだから。」
 フォウリーは諭すような口調でそう言った。
「誰も‥‥いねえのか?」
 一番したのロッキッキーがそう上の仲間達に尋ねた。
「どうでしょうかね。私個人としてはいると思いますけど。」
 エルフィーネの下のザンがそう答えた。
「入ってみれば分かるよ。」
 そう言ったのは下から2番目のルーズである。
「それもそうね。どっちみち奇襲なんかかけられないしね。」
 フォウリーはそう頷くと、一気に扉を押し開けた。
そして彼らはゆっくりと部屋の中へと入っていった。
その部屋は雰囲気からしてどうやら祭壇らしかった。
大きさとしては倉庫よりも一回りほど大きいと言ったくらいであろうか。
それよりも部屋中の壁という壁、天井にまでびっしりと描かれた絵の方が不気味であった。
だがあまりに抽象過ぎて何が描かれているのかは彼らには分からなかった。
「‥‥不気味な部屋ね。」
 ロッキッキーの後ろに隠れながらエルフィーネはそう言った。
「そうだな‥‥。」
 あまりの異質さにロッキッキーの方もいつもの毒舌さはどこかへ行ってしまったようだ。
「誰もいないのかな?」
 ルーズはそう呟いたが、どうやらそれには願望が多分に入っていた。
そしてすぐにルーズの儚き願いは打ち崩されるのである。
「不浄なる者どもに告ぐ。」
 共通語で部屋中にそう響きわたった。
6人が声の発生源の方を振り向くと、そこには神像があった。
「像が‥‥しゃべった?」
 恐慌を来し始めているのかエルフィーネは非現実的な事を口走った。
彼女をさらに恐慌に追いやるかのように、おどろおどろしい声はなおも続いた。
「この神聖なる場所に入りし罪、その命をもって償え。」
 しかしその事によってその発生源もフォウリーに確定されてしまった。
「像の後ろよ!」
 彼女がそう叫ぶと同時に、彼女のその言葉は正しいことが証明された。
つまり像の後ろからばらばらと人が現れたのである。
「みんな、気を付けて!!」
 フォウリーは剣を出現させながらそう叫んだ。
そして戦闘は始まった。
 敵は総勢7人であった。
高位の司祭らしき男が1人と、なめかましい服装をした女性が2人、見るからに魔術師と言った風貌の男が1人と、そして山賊らしき男が3人である。
 戦いはまず魔法戦の様相を見せた。
それはフォウリーがインサニティを喰らったところから始まった。
インサニティとは、相手の精神に強い衝撃を与え、心の平静を突き崩し、正気を失わせる呪文である。
名も無き狂気の神に仕える司祭のみが使える、特殊な魔法である。
ただ信仰に”目覚めた”ばかりの者でも扱えるものなのだが、この場合は思いの外相手の信仰が強く、フォウリーにははねのけられなかった。
彼女は剣先をだらんと下げ、惚けたように辺りを見回した。
「ちっ、魔法なんざ喰らってるんじゃねぇ。」
 そのフォウリーを見たロッキッキーは、山賊との戦闘の合間をぬって彼女の脇へと近寄った。
『知識神ラーダよ、彼の者の心に静寂を与えたまえ。』
 彼女の背を触って、ロッキッキーはそう神聖語を唱えた。
途端にフォウリーは魔法の呪縛から解き放たれた。
「世話かけさせるなよ。」
 ロッキッキーはそう言って彼女の背を軽く叩いた。
「悪かったわね。」
 彼女はそう言うと手近にいた山賊に切りかかっていった。
 ソアラ、ルーズ、フォウリー、ロッキッキーが山賊、司祭達と乱戦を繰り広げている頃、エルフィーネとザンは少し放れたところで魔法で彼らを援護していた。
戦局は次第にこちらの方に有利に傾いていった。
それを敏感に感じとったのか、裸と言っても差し支えないほどの布しか身に纏っていない女性が戦線から離脱した。
そして何を思ったのか、複雑な身ぶりで踊り始めた。
ソアラ、フォウリー、ザン、ロッキッキーは何でもなかった。
だがエルフィーネとルーズはその女性の動きに合わせて踊り始めてしまったのである。
「きゃー、何?何?」
 自らの意思とは無関係に動き始めた身体で、訳の分からぬようにそうエルフィーネは叫んだ。
「ちっ、”ルナティック・ダンス”ね。」
 フォウリーはそう舌打つと、今相手にしている山賊をソアラに押しつけ、自分は踊っている女司祭へと切りかかった。
女司祭は踊りをやめて間一髪その剣から逃れた。
だが術者が踊りをやめたにも関わらず、まだエルフィーネとルーズは踊り狂っていた。
「持続するの?!」
 フォウリーは思わずそう口走った。
しかしエルフィーネはともかく敵の眼前にいるルーズは相当危ない状況である。
「ロッキッキー、ルーズにサニティかけて!ソアラとザンは援護して!!」
 フォウリーはそうそう叫び、自分はエルフィーネの方に向かった。
フォウリーとロッキッキーの力で、ルーズとエルフィーネは何とか踊りの呪縛から解き放たれた。
エルフィーネの方はかなり懲りたらしく、もう魔法すらかけようとはせずに逃げ回る始末であった。
 戦闘の方は結局フォウリー達の勝利に終わった。
人数的にはほぼ互角だったが、戦闘能力、特に白兵戦の力の差は歴然としていた。
「ようやく終わったわね。」
 最後まで抵抗していた司祭を打ち倒した後でフォウリーはそう呟いた。
さして喜んでもいないようだ。
「そうだな、‥‥それにしても狂信者なんてしつこいだけだぜ。」
 そう言いながらロッキッキーは右手の平から剣を体内に格納した。
「ようやく終わったの?」
 いつの間に来たのか、その2人に後ろからエルフィーネが声をかけた。
「ええ。それにしても”踊り”なんか喰らわないでくれる?」
 フォウリーは世話を焼かせるなと言った表情で彼女を見た。
「好きでかかった訳じゃないもん。」
 もっとも過ぎたことを気にしているような彼女では無かった。
「さあ、戻りましょう。ネッドさんが首を長くして待ってますよ。」
 その3人にザンがそう声をかけた。
「そうだね。当然お宝を頂戴してからね。」
 嬉々とした表情でそうルーズが言った。
「おっと、忘れるとこだったぜ。」
 ロッキッキーはそう言ってにやりと笑みを浮かべた。
借金の多い彼としては、それを返済できる絶好の機会であったからだ。
そして6人はとりあえず持てるだけの物を倉庫より持ち出して、ネッド達の待つ村へと急いだのであった。

 フォウリーらの尽力によって、盗まれたネッドの彫刻は彼の手に戻り、彼は何とかミスリル・コンテストに出展することが出来た。
ミスリル・コンテストの審査はまず一週間一般に公開されて、入場者に一番良かった物に投票して貰う。
そしてその投票結果に委員会メンバーの採点を加えてその作品の評価を決めるのである。
その間の滞在のために委員会はネッドらには宿を提供してくれた。
だがフォウリー達にまでは提供されないので、しょうがなく彼らは独自に宿を借りた。
もっとも彼らの方にもやることがあった。
 まずオランの治安事務所に赴き、山賊退治の事を報告したのである。
もちろん報奨金が掛かっているかも知れないとの期待からであるが、山賊達が出没するようになってから日が浅いので、残念ながら報奨金は掛かっていなかった。
だがそれでも治安事務所の方には幾つかの被害届が出ていたので、品物を取り返したのなら被害にあった商人からお礼が出るとのことであった。
事務所の役人は暗に彼らが山賊から奪った金品の返還を求めているのである。
フォウリーらはそれに応ずるほかはなかった。
もっともロッキッキーは最後まで渋っていたが。
とりあえず彼らは2、3日滞在するように命じられたので、素直にそれに従う事にした。
 その日より3日ほど経った後、彼らは治安事務所へと呼ばれた。
そこで商人からのお礼金を受け取ったのである。
山賊の倉庫にあった宝物の合計よりはかなり低いが、それでもかなりの額はあった。
それに山賊に盗まれた品物を売りさばこうとして、捕まるよりはこちらの方がよっぽどましであろう。
ともかくも思わぬ臨時収入に彼ら全員は純粋に喜んだ。
 一方ミス・コンの結果であるが、確かに彼の作品は彼の夢の通りに全出展作品の中で一番最後に作品名を呼ばれた。
だがネッドの心は深く沈んでいた。
彼はミス・コンの順位は優秀な物から発表されることを知らなかったのだ‥‥。
彼は落胆したが、それでも買い手が付いたのがせめてもの慰めであろう。
フォウリー達に仕事の代金を払い、そろそろオランを立つ日が近付いてきた。
だが、まだ冒険者らはこれから自らの身に降り懸かかってくる事を知らない‥‥。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1993,1994
                                 1994 加筆修正

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

FIN.....

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