SW9-2

SWリプレイ小説Vol.9−2

英雄組曲・冒険という夢 第二楽章 古の守護者達


             ソード・ワールドシナリオ集
               「四大魔術師の塔『砂漠の守護者』」より

 ベレーヌ村を後にしたフォウリー達はオランの冒険者の宿、”蒼き星”亭へと戻ってきていた。
ベレーヌ村一帯を救ったという話は多くの旅人達によってすでにオランへと届いており、今まで冷たかった宿の主人の態度が少し変わったのも事実であった。
だがバナール師のことがまるで闇魔導師のように伝わっていたので、ザンとしては素直に喜べなかったが。
 ベレーヌより帰って来て10日ほど経った頃のことである。
オランでは仕事の数は多いが、それ以上に冒険者達も多いので、いくら腕が立つと言っても仕事にあぶれることは珍しいことではなかった。
フォウリー達もその例に漏れず、一日中酒場の隅でちびちびと酒を飲んでいることが多かった。
 暇を持て余して、いつの間にかどこかに出かけていたロッキッキーがひょっこりと戻ってきて、フォウリーらの指定席と化したテーブルの一席に着いた。
「何処行ってたのよ?」
 隣のエルフィーネが席に着いた彼に尋ねた。退屈さのために少し寝ぼけた様な表情であった。
「ちょっと辺りをぶらっとね。なんか良い話がねぇかなと思ってよ。」
 給仕の娘にエールを頼んだ後、彼はにやっとしてそう答えた。
「何かあったの、うまい話が?」
 彼の態度に期待を寄せて、もう片方の臨席に座るルーズがそう話に割り込んできた。
話しに割り込まれたことに、エルフィーネはちょっと不快げな顔を見せるが、疲れているのか何も言わなかった。
「そんなんじゃねぇけどな、まあ面白い話が聞けたぜ。」
 ロッキッキーは得意げな表情になった。
エレミア出身の、生まれついての悪党である彼にとって、人の話を盗み聞く事など造作もないことであろう。
面白い話し、と言う所でエルフィーネの耳がぴくっと動く。先ほどまでの眠さもどこかへ行ってしまったようだ。
しかしそれは彼女だけでなく、他の者達も同様であった。視線がロッキッキーへと集まった。
しかし彼はじらすように受け取ったエール酒に口を付けた。
「勿体ぶらないで教えろよ。」
 盗賊や幸運神チャ=ザの信者でもないのに、ルーズは儲け話には目がなかった。
彼の期待感が伝わったのか、ルーズの肩を止まり木代わりにしているふくろうが催促するように一声鳴いた。
もちろん他の者達も同様であろう。
「ちっ、しょうがねぇなぁ。最近巷でな、ある噂が流れてるんだ。」
 もとより彼もそのつもりである。ややルーズの方に体を向け、話を始めた。
「どんな噂よ?」
 後ろからそうエルフィーネが割り込んできた。平静を装っていたが、わき上がる好奇心を抑えきれなかったのだろう。
「賢者の学院のお偉い魔術師さん達がよ、世界に大きな災害が迫っているのを予知したって話だ。」
 ロッキッキーは顔だけをエルフィーネの方に向けてそう言った。だが彼女の反応は彼の予想とは大きく違っていた。
「だから?」
 エルフィーネはいとも素気なくそう言った。
「だからって貴方、何とも思わないの?」
 話を聞いていたフォウリーが咎めるようにそう言った。
「別にー。この世界がどうなろうと知った事じゃないもん。危なくなったら自分の”村”に帰るだけだしね。」
 彼女は事も無げにそう言い切った。
彼女の今の言い方から察すると、彼女の村とやらはこの世界にないのであろうか。
「‥‥そうなの。」
 半ば唖然とした表情でフォウリーはそう呟いた。どうやらこのエルフ娘はこの世界にさしたる執着を抱いていないようである。
その割に物欲にはよく支配されるようであるが。
「まあ、公式には何の発表もないみてぇだがな、この街の魔術師さん達は各地から情報を集めて、災害の対策を検討してるって話だ。まあ内々にやってるらしいがな。」
 気を取り直してロッキッキーはそうは言ったが、すでにオランの町中に広がっている事は明白であった。
なにせぶらっと出かけた彼が聞いてくるくらいなのだから。
「そのせいか、ここ2,3日で酒の値段が上がったのは。」
 身近な影響に気が付いたのはソアラであった。
「ゆゆしき問題だわね。」
 酒がらみのことに、急に真剣な表情になってフォウリーはそう頷いた。先ほどエルフィーネを咎めた人物の台詞とは思えなかった。
「酒だけではないと思いますけどね、影響が出ているのは。」
 苦笑しながらザンはそう呟いた。
「あら、社会的な運動ってのは身近な不満から始まるものよ。」
 フォウリーはそう涼しげな顔で言った。
彼女の言うことももっともだが、今回の事とはあまり関係のないことであろう。
「どうする、少し調べてみんべぇか?」
 ロッキッキーは体をテーブルに乗り出してそう言った。
「調べるって?」
 あまり関心がないエルフィーネは彼の真意を思いつかなかった。
「飯の種かもしんねぇだろ?」
 ロッキッキーはしょうがねぇなあといった感じでそう言った。
「そうね、おもしろそうだしね。少し調べてみましょう。」
 フォウリーは少し考えた後、そう言って頷いた。
「おし。じゃあ今からギルドに行くべぇよ。」
 ロッキッキーはそう言ってテーブルに両手を付いた。
「分かった。」
 仲間達も応じて次々に席を立った。そして彼らは”蒼き星”亭を後にした。

 この街の盗賊ギルドは、常闇通りと呼ばれる界隈と街を東西に分ける川の間にあった。
一見普通の建物だが、ここがまさしくオランの闇の部分を仕切る場所なのだ。
「じゃあ、いってくらぁな。」
「待っていてくださいね。」
 情報代と言うことでフォウリーから500ガメル、ルーズから1000ガメル受け取ったロッキッキーとザンは、ギルドの建物の中に入っていった。
しかしルーズが1000ガメルも出す事には仲間一同驚かされた。
「よく1000ガメルも出したね。」
 2人が建物に入った後、そう口にしたのはエルフィーネである。
「何、先行投資って奴さ。」
 ルーズは事も無げにそう言った。本人はその1000ガメルで得た情報によって大儲けできると考えているのだ。
「ふーん。」
 やっぱりルーズはルーズだなとエルフィーネは1人納得していた。
 ギルド内へと入ったザンとロッキッキーの2人は1人の男に連れられて、見張りらしき者達の鋭い視線に晒されながら奥へと進んでいった。
そして一つの部屋へと通された。そこには鋭い目つきの男が1人と、ナイフを弄んでいる背の丸まった男とがいた。
彼らは部屋に入ってきたザンらに対して、冷たい視線を向けた。
「何か用か?」
 そう言ったのは目つきの鋭い男の方である。
「情報を買いてぇんだ。」
 ロッキッキーはそう言ったが、口調にいつもの太々しさがなかった。心持ち緊張しているようにも見えた。
いくら自分の技量が上がっていても、苦手意識というものはなかなか消えないものである。
「どんな情報だ?」
 そんなロッキッキーを見て、男はふっと笑みを漏らした。
「最近広まっているうわさのことです。」
 ザンの方も少し緊張しているようであった。
「ああ、世界の破滅がどうのって言う奴か。その何が知りてぇんだ。」
 男の方はすぐその噂に思い当たったようだ。
「その源を知りたい。」
 ロッキッキーはそう言った。
「流した奴か、いいだろう。別に俺達の情報屋って訳でもねぇからな。だが、その前に500ガメルだ。」
 男はそう言って法外な金額を要求した。
それともオランでは常識的な値段なのであろうか。ロッキッキーは黙って全額を机の上に出した。
「いいだろう。まあ大方の予想は付いてると思うが、魔術師だよ。賢者の学院のな。」
 男は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐにそう話した。
「名は?」
「確か‥‥ロードヴィックったかな。だがあんたらが行っても何も話しはしねぇよ。」
 男はそう言って薄い笑みを浮かべた。
「どうしてです?」
 ザンの風貌で少なくとも彼が魔術師であると分かっているはずである。多少なりともつながりがあると考えた上でそう言っているのだろう。
「その噂っていうのか、まあ”賢者の学院”内でも極秘中の極秘っていうもんだったわけだ。
だがそれを酒の上でかなんだかで流しちまったからな、厳罰を喰らって謹慎してるんだよ。」
 男は笑いを抑えきれないようであった。そう言っている最中にも、幾度かのどの奥で忍び笑っていた。
「その噂は真実なのか?」
 ロッキッキーはさらにそう尋ねた。
「500ガメル。」
 どうやらここから先は別料金であるらしかった。ロッキッキーはさらに500ガメルを机の上に出した。
「この街の占星術者で、占星術によってその噂が真実であると裏付けた者が居るぜ。」
 男はそう言った。
「星見で、ですか。」
 星の動きがこの世界に影響を及ぼすと言うことは彼も知っていた。賢者の学院に通っていた頃、教わったことだからだ。
「どうだ、あともう500ガメル出せばその婆様宛の紹介状を書いてやる。会って話を聞くには必需品だぜ。」
 男は提案するようにそう言った。
ザンとロッキッキーは顔を見合わせたが、結局金を払って紹介状を書いて貰った。そして占星術師への紹介状を受け取った2人は礼を言って、ギルドを後にした。

 ギルドを後にした一行は、すぐさま紹介状の占星術師の所へと向かった。
その占星術師は常闇通りに居を構えていて、大手を振って昼間道を歩けるような人物でないことは明白であった。住人の鋭い視線を感じながらフォウリーらは通りを進んでいった。
 その人物は年老いた老婆で、ギルドからの紹介状に目を通した後で、いくらかの金額を要求した。フォウリーらがそれに応じると、老婆はほとんどの歯が抜けた口を歪ませて笑みを見せ、占星術での結果を克明に話した。
それによると4つの惑星が1つの星座に集まりつつあること、これは百年に一度の珍しい現象であり大きな自然災害の前触れである可能性が強いこと、とのことであった。
「百年前にも大きな災害があったのですか?」
 思いついたようにザンは老婆へとそう尋ねた。
「ああ‥‥。といっても儂もこの目で見たわけではないのだでな、詳しいことはわからん。じゃが先代は百年前にはこの大陸全土で自然災害がわき起こり、多くの死者がでたといっとったわい。」
 ひゃっひゃっひゃと笑いながら老婆はそう言った。笑い事ではないのだが、彼らは何も言わなかった。
「よお、お前知らねぇのか?」
 パーティーの中で唯一百年前に成人だった人物にロッキッキーはそう尋ねた。
「知らないわよ、そんなの!!その頃は村にいたもの。」
 エルフィーネは少し怒ったような口調でそう言った。
彼女にとって、人間達の世界で年齢の話にはあまり触れて貰いたくないことであった。
ちなみに彼女の生まれた頃の大きな出来事と言えば、自由人達の街道を作ったパルマーが没した、というものであろう。
「しかし何でまた占星術なんかで占ったんだ?」
 ソアラがそう老婆へと尋ねた。
「その噂を耳にしての、飯の種になると思うたからじゃよ。現にそうなったがの。」
 老婆はそう言ってまた笑みを見せた。確かに自分たちが来ている以上、ソアラの問いは愚問としか言いようがなかった。
「さてほかに聞きたいことがないのなら、そろそろ帰ってもらえんかの?儂はこう見えても結構急がしいんじゃよ。」
 急にまじめな顔になって老婆はそう彼らを急かした。
フォウリーらは顔を見合わせ、ほかに聞きたいことがないことを確認すると、老婆に礼を言って店を後にした。

 盗賊ギルド、占い師と回ってみたフォウリーらであったが、さしたる情報も手にすることは出来なかった。
しかし、もう太陽は西の地平に沈みかけていた。
今日これ以上の情報収集を諦めたフォウリーらは、宿に戻って少し早めの夕食を取ることにした。
 今日の夕食はもちろん各自財布の中身と相談してのことであったが、エルフィーネは給仕娘の薦める地鶏のスープがメインの定食を頼んだ。 彼女はおいしそうにそれを平らげたが、途中伸びてくる両隣のスプーンを払うのに苦労していたようだ。
その後で少し残しておいたスープの具をエムやライスについばませてやった。 ロッキッキーは猫や梟にやるくらいなら俺にも一口ぐらいくれても良かろう、と言ってみたが、エルフィーネはあんたにやるくらいなら捨てた方がましよ、と事も無げに答えて見せた。
 いつもの調子で食事も終わり、口に運ぶ物が酒に変わってからしばらく経った頃、宿の雰囲気に不釣り合いな人物が姿を見せた。
その人物は魔術師特有の黒いローブを纏い、知的な表情をした青年であった。 彼は酒場の喧噪も素知らぬ顔で宿の主人と話していたが、やがてフォウリーらの半ば占有と化している丸テーブルへと近付いてきた。
彼に気が付いたフォウリーらはぴたりと話を止めて、一斉にその突然の来客へと視線を向けた。
「貴方達が先のベノール村での危機を救われた方々ですか?」
 青年はその視線にもあまり反応を示さず、まるで確認するかのようにそう尋ねた。
「まあな、何か用か?」
 フォウリーに促されたロッキッキーがそう答えた。 たとえいかなる者とのものでも、どのような類のものでももの交渉は彼の仕事である。
「私は魔術師ギルドの使いで、ユリウスと申します。突然なのですが、ぜひあなた方に『賢者の学院』へと来ていただきたいのです。」
 男は自己紹介した後で、そう切り出した。それを聞いて彼らは始め驚いた後、半数は内心ほくそ笑み、半数は内心眉をしかめた。
「それは仕事の依頼ということか?」
 ロッキッキーは確認するようにそう聞いた。
「はい。あなた方を優秀な冒険者と見込んで、依頼したい仕事があるのです。」
 ユリウスは脈ありと見たのか、そう自尊心をくすぐるような事を言った。 世間知らずの魔術師にしては、なかなかの交渉上手であった。
もっともだからこそ、使いを頼まれたのであろうが。
「そうかそうか、なかなか見る目があるじゃねぇか。」
 ロッキッキーは笑いながらそう言ったが、いったい幾らふんだくれるのだろうかすでに皮算用を始めていた。
「どんな依頼なの?」
 ロッキッキーが自己の世界にふけったことを悟ったフォウリーがそう尋ねた。
「それは私には分かりかねます。もしお受けになっていただけるのなら、賢者の学院にお出でになって、クロードロット導師にお会いしていただきたいのです。」
 ユリウスは軽く首を振った後でそう答えた。自分はあくまでも使いであるといいたげであった。
「少し待ってください。クロードロット師に会え、と言われても私達は学院の奥に入ることは出来ないはずですが。」
 話を聞いていたザンが横からそう言った。
ユリウスはその様なことを知っているザンを少し驚いたように見やったが、彼が魔術師であることに気が付いて納得した。
「その事をお答えする前に、明日”賢者の学院”へといらしていただけるのでしょうか?」
 ユリウスは真摯な表情でそうフォウリーらを見回した。
「分かったわ、それは約束するわ。けど‥‥。」
 仲間達の顔を一旦見回した後で、フォウリーはそう答えた。
「ではこれをお渡しいたします。」
 ユリウスはフォウリーの言葉を途中で遮って、一枚の羊皮紙を懐より取り出した。それを受け取ったフォウリーは、なんなのかと皮紙に目を向けた。
そこにはこの紙を所有する者の通行を許可するといった内容の文面が書かれ、最後に大賢者クロードロットのサインが記されていた。
要するに賢者の学院での通行証であった。
「通行証ね。」
 フォウリーは視線をユリウスに戻してそう呟いた。彼はにこやかな表情で頷いた。
「では私はこれで失礼させていただきます。明日、賢者の学院にお越しくださることをお待ちしております。」
 ユリアスはそう言って酒場を後にしていった。
フォウリー達もその後早々に切り上げ、自分らの部屋へと戻っていった。

 翌日の朝もいつもと変わらぬように万人のもとへと訪れた。
オランの街も日の出頃からぼちぼちと動き始め、フォウリーらが起き出す頃に、朝はそのピークを迎えようとしていた。
酒場のいつもの丸テーブルで少し早めの食事を取った後、彼女らは昨日言われたとおり賢者の学院へと向かうのであった。
 オランの魔術師ギルド、賢者の学院は高さ十五階の黒大理石で造られた三つの塔で構成されたアレクラスト1の高さを誇る巨大な建物で、オラン市街の何処からでも見えるので、迷うようなことはないだろう。
もっともこの街出身の、しかもそこで学んだ魔術師がいるのだから、迷ったらそれは冗談だと言い張るしかないであろう。 なんにせよ無事に賢者の学院まで着くことが出来たが。
 ザンの話によると賢者の学院で一般人が入れるのは塔の一階までで、その先は魔術師ギルドの高位の者か、特別に許可された者しか入れないとのことであった。
どうしてなんだい、とのルーズの問いに、ザンは悪用されたら困る物が置いてあるからですよ、とだけ答えた。
その後ルーズになんやかんやと言われてもそれ以上の事をザンが言わなかったのは、彼自身知らないのか、それとも人にあまり話すべき事ではないと思ったからだろうか。
 ともかくも彼女らは特別に許可された者であるので、三つの塔の一つ、知識の塔の奥へと進んでいった。
 塔を昇る途中彼女らを閉口させたのは、魔法で閉ざされた扉の多さであった。 その扉の前には見張りがいて、必ず通行証を提示しなければならないのだから、たまったものではなかった。
それだけこの塔に蓄えられた知識が重要な物だと言うことなのだが、そうは思っても彼女らの苦労は少しも軽減されなかった。
 ようやく14階にして、この塔の長、クロードロットのいる部屋へとたどり着いた。
「よく来てくれた、冒険者達よ。」
 部屋にたどり着いたフォウリーらを出迎えたのは、温厚そうな白髪の老人であった。
質素なローブを纏っているので、このような場所にいなければとても高位の人物には見えなかった。 しかし目の前のこの老人こそがこの賢者の学院で最高導師マナ・ライに次ぐ地位にある人物なのだ。
「初めまして、”知らぬことなき”クロードロット導師。」
 先頭のフォウリーがそう言って軽く会釈した。 クロードロットはにこやかな笑顔を浮かべて彼女らを部屋へと招き入れた。
そして半ば本に埋もれた長椅子を彼らに勧めると、自分も安楽椅子に腰掛けた。
「早速ですが仕事の依頼のことをお話し願いますか?」
 仲間達がそれぞれに腰を落ち着けたのを見て、フォウリーは大賢者にそう言った。 クロードロットの方もあまり時間がないと見えて、頷いて口を開いた。
「ああ、分かった。しかしその前に幾つかのことを話さねばならぬ。まず‥‥、わしには今年で十九歳になるリファニーという孫娘がおる。両親が死んでからは、わしが引き取って育てていた。身内の口から言うのも何だが、なかなか頭が良く、好奇心旺盛な娘でな、一流の賢者になるため、この魔術師ギルドで勉学に励んでいた。」
 何が始まるかと思えば孫娘の話が、しかも自慢話らしいものが始まってしまった。 フォウリーらは一瞬呆気にとられたものの、適当に相づちを打っているしかなかった。
さらにクロードロットの話は続いていた。
「1ヶ月ほど前のことだが、この塔の地下の図書室で古文書を研究していたリファニーが、興奮した様子で、重大な発見をしたとわしに報告してきた。その文書によれば、カーン砂漠の奥にある古代王国の遺跡には、『精霊のクリスタル』という秘宝が眠っていると言うのだ。それは恐るべき魔力を秘めた水晶の多面体で、手にした者は世界を滅ぼすことさえ可能だといわれている。リファニーはそれを確認するためにカーン砂漠に出かけたいと、わしに願い出たのだ。」
 そこまで話して、クロードロットはひとまず息をついた。
「カーン砂漠‥‥。」
 フォウリーらは誰ともなしにそう呟いた。
アレクラストの冒険者の中で、その悪名高き砂漠の名を知らぬ者はいないだろう。多くの魔物と、そして砂漠の民と呼ばれる者達に支配された異世界を‥‥。
ひとつ咳をついてまたクロードロットは話し始めた。 始めの頃と微妙に表情と口調が違うのに、果たしてフォウリー達は気付いたであろうか。
「もちろんわしは反対した。リファニーは本で得た知識しか世間を知らん。
ましてやカーン砂漠は危険なところで、若い娘が行くようなところではない。それに賢者の役目は、正しい知識を集め、それを人々の役に立てることにある。冒険者のように宝探しが目的ではない、‥‥とわしはリファニーをそう諭した。」
 目の前に冒険者がいるのに、この言い方は少し配慮が足りなかった。確かに多くの冒険者は宝、いわゆる富を求めて冒険をしている。
ただ中には富のためではなく、そして名誉のためでもなく幾多の冒険をしている者もいるであろう。
もっとも彼女らがそうだ、とが言えないと思うが。
「しかしリファニーはいうことを聞かなかった。金で四人の冒険者を雇い、彼らを護衛にしてカーン砂漠のに向かったのだ。それを知ってもちろんわしは心配したが、重要な仕事が山積みになっていたので、私事に関わっているわけにはいかなかった。だから、不安をこらえて、あの子の帰りを待つことにしたのだ。」
 そう言ったクロードロットの顔には少なからぬ苦悶の色が浮かんでいた。 魔術師や賢者と呼ばれる老人の偏屈さを聞き及んでいるフォウリーらにとって、それは少し意外なことであった。
マナ・ライにすら一目置かれる大賢者もやはり人の子か、そう思わせるに足りた。
 だがここまで聞いているうちに、クロードロットが彼らに依頼したいことの内容はほぼ推測できた。 恐らくそのリファニーという娘の捜索であろう。
誰にも言えなかった胸の内を全て吐き出すかのように、まだクロードロットの話は続いた。
「ところが昨日、リファニーの護衛として雇われた冒険者の1人、シレイルとかいう名のグラスランナーが、この街に戻ってきたという話を耳にした。砂漠の廃虚で原住民に襲われ、逃げ帰ってきたというのだ。一行は散り散りになったらしく、リファニーの生死は不明だ。」
 そう言ったクロードロットの眉間にはしわが刻まれ、見ているこちらまで心痛な気持ちになるほどの表情をしていた。彼はきっと心の中で孫娘を止めなかった自分を責めて、責めぬいているのだろう。
そこでようやくクロードロットは彼らの方を見た。
「君たちに頼みたい。カーン砂漠に行き、孫娘の生死を確かめて欲しいのだ。もしまだ生きているなら、連れて帰ってきてくれ。すでに死んでいたなら、その身元を証明する物を持ち帰ってきてくれ。どちらの場合でも1人につき2000ガメル支払おう。」
 彼の依頼は行方不明の孫を心配する祖父としては、至極当然なものであった。だが赴く先と報酬が普通とは少し違っていた。
 フォウリーはどうしたものかと視線を仲間達に向けた。
行き先が行き先だけに彼女自身ですら躊躇していた。だが仲間達は彼女に一任する事を目と表情で伝えた。
フォウリーは数分目をつぶり、じっと考えた後でその依頼を受けることにした。
難しいと言えば難しいが、決して不可能ではないように思えたからだ。
「分かりました、クロードロット。その依頼お受けいたします。」
 フォウリーは目を開けてそう言った。
「おお、そうかやってくれるか。ありがとう、冒険者達。」
 クロードロットは満面の笑みを浮かべてそう礼を言った。
「お礼は仕事が終わった後にしてください。」
 フォウリーはそう言った。
「それもそうじゃな。では、その代わりに私に出来る限りの事はしよう。」
 彼女にそう言われたクロードロットはまったくだというふうに頷いた。
「じゃあさ、聞きたいんだけどさ、精霊のクリスタルって何なの?」
 早速エルフィーネがそう尋ねた。恐らく精霊という所に惹かれたのであろうが。
「精霊のクリスタルか‥‥。」
 クロードロットはそう言ってしばらく目を閉じて沈黙した。
思いだそうとしているのではなく、話すかどうか迷っていることは明白であった。それ程までの代物なのだろうが、だが結局話すことにしたようだ。
彼は目を開けて、エルフィーネの方を見た。
「それは恐るべき魔力を封じ込めたアイテムで、特定の精霊力をコントロールする力があると言われている。同じようなものは古代王国時代に何種類か造られたらしい。例えば『生命のクリスタル』なら、生命の精霊力をコントロールできる。生物を石に変えたり、石に生命を与えたりできるらしいのだ。」
 クロードロットはそう言ってエルフィーネを見た。
彼女は話の内容は理解していたが、その恐ろしさというものをよく理解していなかった。それがクロードロットには分かったのであろう、さらに話を続けた。
「西方諸国のタイデルという国には、『化石の街』と呼ばれる古代王国時代の遺跡がある。街路に何百という石像が立ち並んでいるのだ。強力な魔力が暴走し、住民が全て石化してしまったらしい。一説によれば、それは『生命のクリスタル』の扱いを誤ったためだと言われておる。」
 一つの街全てが石化した、という話は、その精霊のクリスタルというものの力と、そして危険性をも彼らへと伝えた。 仮にも一時期西方諸国の一国、ベルダインを本拠地として活動をしていた冒険者だから、その化石の街のことは知っていた。
幾人かはこのパーティーを組む前に見たことがあるかも知れなかった。
「わしはリファニーに言った。あまりにも大きな力は危険だ。たとえ『精霊のクリスタル』を発見しても、我々の知識では使いこなせぬかもしれぬ。へたをすれば大惨事になりかねない。だとすれば、手を触れずにそっとしておく方がいい、と。しかし、あの子がはたして理解してくれたかどうか‥‥?」
 額に手をやって先ほどと同じように悲痛な表情を見せた。今の呟きは彼らに向けたものでないことは明確であった。
フォウリーらがどうしたものかと戸惑っているうちに、クロードロットはすぐに気が付いたようだ。
「いや、君たちに言ってもしょうがないことであった。ほかに何か聞きたいことはないかな?」
 先ほどの笑顔に戻ってクロードロットはそう言った。
「最近街で出回っている噂についてお聞きしたいのですが‥‥。」
 控えめな口調でそうザンが尋ねた。
オランの魔術師ギルド、つまり今彼らがいる『賢者の学院』出身の彼にとって、クロードロットは手の届かぬ所にいる人物であった。
今でもその思いが残っているのだ。
一方クロードロットの方はザンがこの学院の出身者とは思わなかったものの、その質問を魔術師特有の知への探求心から出たものと思ったようだ。 彼に対し頷いて、口を開いた。
「その噂は真実じゃ。われわれは星の位置を研究し、自然界に大きな異変が起きることを予知した。アレクラストの各地から、その前兆と思われる異常現象が数多く報告されている。動物達の奇妙な行動、植物の季節外れの開花、不思議な雲や虹の発生、井戸の水位の変化‥‥、全てが我々の予知を裏付けている。」
 クロードロットのそれは、まるで講義でもするような口調であった。
「どの程度なんだ、その異変ってのは。」
 ロッキッキーがそう尋ねた。だがクロードロットは首を横に振った。
「どの程度の規模の異変なのかは、よく分からない。世界が滅びることはないだろうが、嵐や地震などで、かなりの被害が出るであろう。百年ほど前、星が同じような配置になったとき、やはりアレクラスト各地で地震や嵐が発生したという記録がある。特にひどかったのは西方諸国のベルダインという街で、津波によって壊滅的な打撃を受け、数千人が死んだと言われている。」
 クロードロットの瞳は先のリファニーの時と同じくらい心痛な光を浮かべていた。
人々を救えぬ自らの未熟さを罵っているのだろうか。一方の彼らであるが、ベルダインの町を襲った津波については、もちろん知っていた。
現在旧市街と呼ばれる所が津波の打撃を受け、時のベルダイン王が現在新市街と呼ばれている新都市を内陸地の方に作ったことを。
もっともそれがクロードロットの言う前回の異変のためとは知らなかったが。
「いつ頃起きるんだ、その異変は。」
 ソアラの方も心痛な表情でそう尋ねた。
「分からない。異変が起こる日時もまた、正確には分からないのだ。遅くとも四週間以内じゃろう。もっと早いかもしれん。」
 ここでもクロードロットは首を横に振った。
「なぜ、今もって秘密にしているのですか?」
 フォウリーは少し不信感を感じてそう聞いた。
「これまで秘密にしてきたのは、民衆の混乱を防ぐためじゃ。はっきりしたことが分かる前に、不確かな情報が流れては、かえって混乱が大きくなるからな。しかし、いつまでも隠しておくことは出来ない。明日にも真実を公表し、異変に備えるように人々に警告を発する予定じゃ。もちろん、このオランだけでなく、世界中に使者を送る。人々が災害に備えれば、少しでも被害が少なくて済むだろうからな。」
 クロードロットはそう言った。
すでに情報が漏れているので、いつまでも公表しないわけにはいかないだろう。
そしてそれはなるべく早い方がいい。不確かな情報は多くの、それも偏った憶測を呼び、大きな混乱を招くだけだから。
「わしが孫娘のリファニーに関わっていられない訳を、理解して貰えるだろうか?できればわし自身でリファニーを探しに行きたい。しかし、世界中の多くの人々が危機にさらされているというときに、孫娘の事だけを心配しているわけにはいかんのだ。」
 毅然とした口調でクロードロットはそう言った。私人としての立場は公人のそれに遠く及ばないということか。
それはそれで論議を呼びそうな発言であるが、彼らはそのような事で言い争いをする気はなかった。
「ここしばらく、わしはオランを離れることはできん。孫娘のことは君たちに全ておまかせする。」
 クロードロットはそう言って再度頭を下げた。
「ところでそのリファニーって子の顔が分からないと、捜しようというか確認の仕様がないんだけどな。」
 ルーズがそう言った。もっとも彼の場合はそれは建て前で、どの様な女性なのかを知りたいだけであろう。
「うむ、それもそうだな。」
 クロードロットはそう言うと何やら下位古代語を身ぶりと共に発した。
そうすると空中に黒い髪をした美しい娘の姿が映し出された。ルーズ、ロッキッキー、ソアラ、そしてザンまでが、少なからず自らを行方不明となった姫を助ける王宮騎士の姿とだぶらせた。
「分かったからもういいよ。」
 その雰囲気に嫉妬したのか、エルフィーネはさっさとそう言った。
もっとも彼女の言葉はあながち嘘ではない。一目見たら忘れないほどの女性でもあるのだ。
「そうか。」
 クロードロットは頷いて、精神の集中を止めた。
途端に空中のリファニーの姿はかき消えるように消えた。男どもは実物が消えたわけでもないのに、溜息をもらした。
「リファニーさんがどこに向かったのか、大まかな位置くらいは分かりませんか?」
 フォウリーはそう尋ねた。
大まかな位置すら分からないで砂漠を探索して回るなんて、無謀を通り越して馬鹿のすることである。
大体の位置が分かれば、野生の感の塊、ソアラが何とかしてくれるだろうと言う期待もあった。
「残念ながら私はリファニーがカーン砂漠のどこの遺跡に向かったのか、正確なところはわからん。古文書の地図はひどく不正確なもので、エレミアから北へ徒歩で四日かかる、としか書かれていないのだ。」
 クロードロットはまたも首を振った。考えてみれば当然な話で、その場所が分かっていれば、まず始めにそう言うだろうから。
− それはそのシレイルというグラスランナーに聞くしかないわね。
 フォウリーはそう心の中で頷いた。
「では、これで失礼したいと思います。」
 そう思ったフォウリーはすぐさま行動に移した。
「孫のこと、重ねてお願いする。」
 クロードロットはもう一度、まるですがるような感じでそう言った。フォウリーらはクロードロットに見送られて、賢者の学院を後にした。

 一旦冒険者の宿へと戻った冒険者達は、フォウリーの考え通りまずシレイルを探すことから始めることにした。
シレイル、というグラスランナーの居場所は”蒼き星”亭の宿の主人が知っていた。もちろん彼らの宿の冒険者ではないが、宿の主人なら他の宿の冒険者の名ぐらいは知っているのだ。
 ”蒼き星”亭の主人が教えてくれたのは、オランには数多くある冒険者の宿の一つで名を”未知への憧れ”亭といった。
どちらかというとエルフ、ドワーフなどの亜人がいるパーティーが多い宿であった。フォウリーらにも生粋のエルフが1人とハーフが1人いるので、その宿に入ってもそれほどの違和感はなかった。
 その宿の給仕娘であろうハーフエルフをつかまえてシレイルのことを尋ねると、彼女は一瞬嫌そうな顔をして隅の方のカウンターを示した。
示された場所には、子供くらいの背の者が突っ伏していた。だが誰も声すらかけようともせず、存在そのものが無視されているようであった。
フォウリーらは彼女に礼を言うと、シレイルの所へと近付いていった。
「貴方がシレイル?少し話を聞きたいのだけど。」
 フォウリーは彼女らが脇に立っても身動きすらしないグラスランナーにそう話しかけた。
「‥‥放っておいてくれ。」
 シレイルは腕に顔を埋めたまま吐き出すようにそう呟いた。フォウリーが何度話しかけても、彼はその言葉を繰り返すだけであった。
「少しだけでいいのよ。」
 業を煮やしたエルフィーネが割り込んで、彼の肩を揺さぶった。
「お願いだ、僕にかまわないでくれ。」
 シレイルは懇願するような口調で、またそう呟いた。相変わらず顔すら上げない状態で、である。
「あ、そう。」
 そう言われて気分を害したのか、エルフィーネはシレイルの応対以上に素気なかった。もうふてくされたのか、彼に話しかけようとはしなかった。
「リファニーの事を聞きたいの。」
 エルフィーネに変わって再度フォウリーがそう尋ねた。リファニーという単語を聞いてか、シレイルの体がぴくっと震えた。
そしてゆっくりと顔を上げ、酒に濁った目をフォウリーらに向けた。
「話して貰える、リファニーのこと?」
 フォウリーはそう言った。シレイルは小さく頷き、ぽつりぽつりと話を始めた。
「ああ‥‥。リファニーは僕たちの雇い主さ。僕たちは5人でカーン砂漠に向かった。僕、戦士のストーク、ドワーフのブロド、精霊使いのダーム、それにリファニーさ。最初のうち、旅は順調だったんだよ。でっかいサソリや、トカゲやらに出会ったけど、簡単にやっつけちゃったしね。カーン砂漠はこわいところだって聞いてたけど、たいしたことないなって、みんなで笑ってたんだ。‥‥今から思えば運が良かっただけだったんだけどね。」
 彼はまるで遠き過去を回想しているようであった。そしてグラスランナー特有の話し言葉にも関わらず、口調は暗かった。
「それでどうなったんだ?」
 後ろからソアラがそう続きを急かした。
「その後僕たちは、地図に記された場所のあたりを10日ほど歩き回ったかな。すると突然、その遺跡が僕たちの目の前に現れたんだ。幻影で隠してあったんだよ。少し離れると、見えなくなってしまうんだ。発見できたのはすごい偶然だったんだよ。」
 その偶然すら悪神の仕組んだ罠だったのかも知れない。
その後に起こったことを考えれば、神を信じていない彼でも人を悲劇へと導く悪神の存在を考えずにはいられないだろう。
「どの程度の遺跡なのですか?」
 再び口を閉ざしてしまったシレイルにザンがそう尋ねた。だがどうも彼の問いは、自らの知的好奇心から出たものらしかった。
「その建物は8階建てくらいの高さがあって、三角形をしていた。リファニーは”ピラミッド”って呼んでたな。出入口はどこにもないように見えたけど、あちこち探し回っているうちに、少し離れた砂の中に、入り口を見つけたんだ。秘密の地下道みたいだったけど、天井が崩れて、人が入れるようになっていたんだ。もちろん僕たちはそこから入っていったよ。その地下道の突き当たりの部屋は、倉庫みたいになってて、大きなトカゲみたいな生物が眠ってたよ。リファニーは”バジリスク”って言ってた。人間を石に変えちゃう危ないやつだっていうんで、近寄らなかったけどさ。」
 シレイルはカウンターの上に指で簡単に遺跡の配置を描いた。だが酔いが回っているせいか、あまりあてにでき無さそうだ。
「その後どうしたの?」
 いつの間にかちゃっかり隣の席に座っていたエルフィーネはそう彼を急かした。
「その後は、その日はもう遅かったんで、詳しい調査は明日にしようってことになって、僕たちはピラミッドの外で野宿をした。その晩、あいつらが襲ってきたんだ。‥‥砂漠に住んでる連中さ。『神聖な地を汚すよそ者どもめ!』とか叫んでた。彼らにとって、そのピラミッドは神殿か何かだったらしいんだ。」
 シレイルはそう言って視線をカウンターのテーブルに落とした。
「何人ぐらいだったんだ、相手はよ。」
 エルフィーネの隣の席にこれまた座り込んでいたロッキッキーがそう尋ねた。
「相手は十人以上いたと思うよ。不意をつかれたんで、何が何だかわかんなかった。僕たちは逃げるのが精一杯だったよ。仲間の1人のダームが殺されるのは見たけど、後の2人はどうなったのか‥‥。気が付いたら、僕はリファニーと一緒に砂漠をさまよい歩いてたよ。
僕たちは一晩中歩き回った。どうやらぐるっと大きな円を描いて歩いてたらしい。夜が明けたとき、もとのピラミッドに戻ってきたのに気が付いた。砂の上には戦いの後があったけど、死体も何も残っていなかったよ。連中がみんな持っていったらしいんだ。」
 シレイルはそう薄気味悪そうに言った。
荷物はともかく死体までも持っていくというのは彼には理解しがたい事であった。しかしもしそこがその砂漠の人々の神聖なる場所であるなら、よそ者の死体などでいつまでも汚しておくわけにはいかないだろう。
さらにシレイルの話は続いた。
「僕らはいったんピラミッドの中に隠れたんだ。しかしまずいことに、リファニーが毒蛇に足をかまれてしまったんだ。命には別状無かったけど、足が腫れ上がって歩けなくなってしまったんだ。僕が担いで歩くのはとても無理だった。
リファニーは僕に優しい声で言ったんだ。『シレイル、私はいいから貴方だけでも逃げて。』って。‥‥僕は悲しかったけど、言われたとおりにするしかなかった。彼女をピラミッドに置き去りにして、自分だけ逃げてきたんだ。」
 シレイルの口調は心なしか強くなっていた。そしてその時の思いを思い出したのか、目にはうっすらと涙がにじんでいた。
 もちろん彼らにもその思いは理解できた。
彼らとて、といってもフォウリー、ザン、ロッキッキーの3人も仲間の死というものに直面したことがあるからだ。
 フォウリーは見ていないはずのシレイルとファニーのその場面を、デジャヴをもって脳裏に浮かべることができた。
ただしリファニーはモン=ブランに、そしてシレイルは自分に置き換わっていたが。
 シレイルはそこで大きな溜息を着いた。
「僕はどうにかエレミアの街に戻って、助けを探したけど、駄目だったよ。エレミアの人たちはみんな、砂漠の民の復讐を恐れていて。
彼らと関わり合いになろうとしないんだ。お金で冒険者を雇おうにも、僕は荷物をみんな無くして、一文無し同然だった。しかたなく、このオランまで戻ってきたんだ。」
 シレイルはそう言って自嘲気味の笑みを見せた。そして不意に彼らが何故リファニーのことを聞くのか思いついたようだ。
「‥‥今から助けに行ったって無駄だよ。あれからもう10日も過ぎてるんだ。リファニーはもう生きちゃいないよ。毒で体が弱っていたうえに、荷物を無くして、水も食料もなかったんだもの‥‥。」
 シレイルは二度三度と首を振ってそう呟いた。
「そうかも知れないわね。でも私達の仕事はリファニーの”生死”を確かめる事なの。」
 フォウリーはそう呟いた。
他人にそう言われてリファニーのことを思い出したのか、それとも仲間達のことを思ったのかシレイルは不意に泣き出してしまった。
「ああ、僕は卑怯者だ!リファニーや仲間を見殺しにして、自分だけ生きて帰ってくるなんて!!」
 彼はそう叫ぶとカウンターに突っ伏して泣き出してしまった。
彼は絶望と罪悪感に打ちひしがれているうえに、砂漠での体験が強烈な恐怖となって心に焼き付いているのだ。
それにしても本来陽気なはずのグラスランナーがここまで落ち込むとは、よほど仲間を見捨てたことに対して罪の意識を持っているのだろう。
 その彼を見て、フォウリーらはどうしたものかと顔を見合わせた。彼にカーン砂漠の遺跡まで案内をして貰いたかったのだが、この様子ではどうも無理そうであった。
恐怖と罪悪感の対象でしかないカーン砂漠になど彼は絶対に行かないであろう。
フォウリーらは給仕の娘に幾らかの金を渡しシレイルの事を頼むと、”未知への憧れ”亭を後にした。

 オランで幾らかの食料を買い足した後、フォウリーら一行は”職人たちの王国”エレミア王国の首都、エレミアへと向かった。
いや、カーン砂漠に向かうにはどうしてもエレミアを中継せねばならぬのだ。途中の街道ではさしたることもなく、3週間程で彼らはエレミアへ着くことができた。
もっとも街道でそうそう何かに襲われるわけもないだろうが。
 彼らが着いたとき、エレミアの街はどこと無く騒然としていた。その原因は彼らがエレミアで宿を取ったときに解明された。
宿の主人が教えてくれたのだ。
どうやらオランで噂になっていた”大異変接近”の噂がその原因であるらしいのだ。オランの魔術師ギルドから早馬の使者が先に到着していて、人々に災害に備えるように呼びかけたらしいのだ。
 だがそれはフォウリーらには舌打ちをさせるだけの事でしかなかった。その異変騒ぎのために物価が上がり、平常の1.5倍、保存食やキャンプ用品など災害時に必要な物にいたっては数倍にも値上がりをしているのだ。もう少し後、せめて私達が立ち寄った後にしてくれればいいのに、とは彼らの自分勝手であろうか。
ともかくも文句を言っても始まらないので、水や保存食など砂漠での旅に必要な物を文句を言いながら彼女らは買い求めるしかなかった。
 値段だけが高い宿で一泊し、オランからの旅の疲れを癒したフォウリーらはいよいよカーン砂漠へと出発した。
エレミアから4日、とだけしか分かっていない所に向かうのに、フォウリーらはそれほど悲壮感を持っていなかった。なせばなる、といった感じなのだ。
悪意の砂漠へと入っていった彼女らを見送っていたエレミアの町並みもやがて砂の向こうに消えた。 あるのは砂とそして砂の上に続く6人の足跡だけであった。
 太陽の日差しは砂漠の奥に進むに連れ、だんだんと厳しくなってきた。 オランと同じ太陽なのに何でこんなに暑いの、とエルフィーネなどは何度もそう愚痴っていたが、もちろん愚痴だけではどうとなるものではなかった。
ピラミッドまでいつまでかかるか分からないので、水を切り詰めて量を飲めないことも彼女を愚痴らせる原因であろうが。
 やがてその太陽すら西の彼方に沈み、砂漠での記念すべき一日が暮れようとしていた。フォウリーらは手頃な砂山の西側の麓にテントを張り、野営の準備を始めた。
といってもまさしくテントを張るだけなのだが。 食事も薪がないので、干し肉などの保存食をかじるしかなかった。
 やがていつものように前半後半と3人ずつ別れ、睡眠をとることにした。
「私の番の時に何もありませんように。」
 前半になったエルフィーネはそう呟いた。 もちろん祈っているのではなく、願いなのであるが。
だが彼女のそのささやかな願いも、5匹の大トカゲによってもろくも崩されてしまうのであった。
だがその事は大トカゲにとっては不幸なことであった。大トカゲらはエルフィーネによって召還された闇の精霊シェイドによって5匹とも昏睡させられ、あっけなくその生命を止めさせられてしまったからだ。
その夜は結局それだけであった。
 翌日も太陽が昇ると共にフォウリーらは北へと向かって歩き始めた。 すでに6人はあまりしゃべらなくなってきていた。
容赦無く彼らを照りつける太陽を一度ならず睨み付けながら、彼女らは黙々と歩き続けていた。
そんな中ふとエルフィーネはある考えを思いついた。
− シレイルを案内役として連れてくれば良かったな‥‥。
 もっとも彼女らのあの口調ではシレイルは彼女らに着いてきてくれるとは思えないが。その考えが後悔だと言うことに気付いた彼女はそれきりその事を考えるのを止めた。
 ようやく二日目の太陽も西の地平に沈もうとしていた。
「今日はもう進むのは止めましょう。」
 フォウリーのその言葉に誰しもが賛成であった。
彼女らは昨日と同じようにテントを張り、昨日と同じように二手に分かれて見張りをすることになった。
今日もエルフィーネは前半のグループになったが、今晩は心の中で”敵に出会いませんように”とは呟かなかった。それを呟いたときには必ず何かしらと戦闘になっているからだ。
もっとも疲れていてそこまで考えが回らなかった、という事もあったが。だが結果的にエルフィーネのその呟きとは関係なく、今夜も彼女の見張り時に敵に遭遇するのであった。
 砂の海に浮かぶように張られた幾つかのテントの脇に座ってうとうとしていたエルフィーネの耳に、何やら砂を蹴る音が聞こえてきた。それも一つや二つではなく、もっと多い数である。
「ねぇ、何か聞こえない?」
 エルフィーネは近くに立っているロッキッキーにそう尋ねた。
「うん?‥‥ああ、こりゃあ馬か何かの足音だな。‥‥10頭近いな。」
 ロッキッキーはしばらく耳を澄ました後でそう言った。
「敵だと思う?」
 エルフィーネはそう尋ねた。
「お前な、こんな何にもねぇ砂漠によ、一昼夜かけて好き好んでピクニックに来るような奴等がいんと思うのか?」
 ロッキッキーの言い方は彼女を小馬鹿にしたような雰囲気であった。エルフィーネの方はそれにむっと来たようだ。
「何よ、いるかも知れないでしょ!貴方みたいな変わり者が!!」
 エルフィーネはそう言い放った。
「あんまり大きな声を出すな。」
 彼女と喜劇を演ずる気がないロッキッキーはそう言って彼女の口を制した。その彼らの所に少し離れた所にいたルーズが近寄ってきた。
「大きな声だして何かあったのかい?」
 ルーズはその足音に気が付いていないようであった。大方リファニーを助けた後のことでも想像していたのであろう。
それも極めて自分に都合のいいものを。
「馬らしい足音が聞こえんだよ、恐らく敵のな。」
 ロッキッキーはそう良き相棒に言った。
「なるほど、大変だね。」
 なんとも他人事のような感じのルーズであった。 そうこうしている内にその足音は近づき、やがてテントより少し離れた所にある砂丘の上に姿を現した。
こちらに夜目の利く者がいないと思ってのことだろうか、けっこう大胆な行動であった。
しばらくその砂丘の方を見据えていたエルフィーネはやがて口を開いた。
「残念ながら敵みたいね。たぶんこの砂漠の中で一番会いたくなかったね。」
 彼女は人間には見渡せぬ闇の中でも朧気ながら物を見ることができる。その彼女の目に映ったのはゆったりとした服を着て、頭にターバンを巻いている駱駝に乗った男達であった。
砂漠を生きる地とする閉鎖的な放牧民、俗に砂漠の民と呼ばれている者達であった。
「”砂漠の民”か。」
 そう呟いたロッキッキーに対してエルフィーネは僅かに頷いて見せた。口調がいつもと僅かに違うのは体を走り抜けた緊張のせいであった。
 このまま睨み合いが始まるのかと思えた矢先、不意に砂漠の民たちはこちらへと近付いてきた。
一瞬エルフィーネらに緊張が走りフォウリーらを叩き起こそうと考えたが、砂漠の民たちは月明かりのもと何とか顔かたちが判別できる付近で止まった。一応いきなり襲いかかってくるような事は無さそうである。
「お前達、我らが土地で何をしている。」
 その一団のリーダーらしき男が不信感をあらわにしながらそう言った。後ろの男達の幾人かは、あからさまな侮蔑の視線を彼女とそしてロッキッキーに向けていた。
「人を探してるのよ、行方不明になったね。」
 その視線のせいか、エルフィーネはあっさりとそう答えた。ロッキッキーが彼女を慌ててつついたが、放たれた言葉は消え失せるはずもなかった。
それを聞いた砂漠の民たちに一瞬ざわめきが走った。
「人とは誰のことか?」
 それを静めた後で長らしき男がそう聞き返してきた。
視線は先ほどより険しくなっていた。
「女の人よ、リファニーって言うね。」
 その事を言えばどうなるのか、彼女は分かっていなかったのだろうか。もしそうなら彼女らしいし、そうでなくてもまた彼女らしいと言えた。
「貴様等!あの連中の仲間か!!」
 その男はそう叫ぶが早いか腰の剣を抜き、駱駝から飛び降りた。その剣は砂漠の民独特の曲刀、ファルシオンだ。
他の者達も彼にならって剣を抜いた。
もちろんロッキッキーとルーズの対応も素早かった。砂漠の民たちが全て剣を抜き終えたときには、すでに抜刀し終えていた。
エルフィーネも数歩下がり、精霊たちの力を借りるべく、意識を集中し始めていた。
「きぇーーー。」
 砂漠の民たちは奇妙な叫び声をあげ、ロッキッキーらへと切りかかってきた。
それが戦いの始まりであった。
 結果的に砂漠の民たちは彼女ら3人によって蹴散らされた。
冷酷無惨、残虐無比と言われた砂漠の民たちもここではその噂通りの力を発揮することはできなかった。だが引き際は見事なものであった。
死者や怪我人を素早く駱駝の背に乗せるとあっと言う間にその場から立ち去ったのだ。もちろんエルフィーネたちには追う意思がなく、その夜の戦いはそれで終わった。
 もうその夜はフォウリー達と交代した後も何事もなく過ぎ去っていった。
 次の日は実に散文的な一日であった。
昼夜通じて何も起こらなかったのである。砂漠の民の復讐があるかと思ったがそれすらもなく、いささか拍子抜けた一日であった。
 エレミアを発って四日目、古文書を信じればもうそろそろ遺跡にたどり着いても良い頃なのだが、そのフォウリーら一行の目の前に姿を現したのは残念ながらオアシスであった。もちろん水がいささか心許なくなってきた頃合であったので、十分それは歓迎すべき事であったが。
結局その日はオアシスの端でキャンプを張ることになった。
 その翌日、エレミアを発って五日目にはある一つの事件が起こった。
一匹のアント・ライオンが、遺跡を求めて砂漠をさまよい歩くフォウリーら一行の目の前に姿を現したのだ。
もちろんそのまま姿を現したのではなく、先頭を歩いていたフォウリー、それにその後に続いていたザンとエルフィーネが蟻地獄に落ちかけたのだ。もっともソアラは感が働いてか、寸前で避けることができたのだが。
どうにか蟻地獄から這いずりだしたフォウリーらは、また砂の中に逃げたアント・ライオンにかまわずに遺跡の探索を再開した。
無益な殺生をする気はないし、また戦闘をするのが面倒だったのである。結局昼間中探し回ったにもかかわらず、遺跡の影も形も見えなかったのだが。
こうしてその日も暮れていったのであった。

 変化はその翌日に現れた。
エレミアを発ってから六日目の今日は、どこか天気が変だった。 風が強くなり、砂漠にしては珍しく空に黒い雲が現れ、今にも雨が降り出しそうな雰囲気なのだ。
彼らは昼過ぎにはもうオアシスを見つけていたので、午後からはそこを拠点にして近くの探索を行っていた。
日が傾き、もうそろそろ探索を止めようか、などと話していた彼らの目の前に突然、そう本当に突然に巨大な石造の遺跡群が姿を現した。 オランの酒場でシレイルが言っていたように突然現れたのだ。
 突然現れた遺跡にしばらく呆然としたフォウリーらであったが、すぐに遺跡の探索へと乗り出した。 その遺跡は大小二つの四角錐の建造物、ピラミッドによって形成されていた。
大きなピラミッドは高さおよそ30メートルほどの正四角錐をしており、底辺の大きさは40メートルほどありそうであった。
小さなピラミッドの方は大きなピラミッドの西側にあり、大きさはその1/3ぐらいと言ったところであった。
ピラミッド自体はかなり磨滅しているものの白い石でできており、その年月にも関わらず破損しているところは見受けられなかった。
「とりあえず、入り口を探しましょう。」
 フォウリーのその一言に彼らは遺跡の周りを調べることになった。
「すごいですね、外壁の風化状況から言って数百年は経っているはずなのに、ひび一つ無いなんて。」
 ザンはピラミッドの外壁を見てそう呟いた。
確かにピラミッドの外壁は荒いやすりにかけられたような感じになっていたが、壁を構成している石に亀裂すら見いだすことはできなかった。 よほど丈夫な物を使っているのだろうか。
 大ピラミッドの方をぐるりと回った彼らであるが、結局入り口らしきものは見つからなかった。
小ピラミッドの方まで足を伸ばしたが結果は変わらなかった。 よほど巧妙に入り口を隠しているのか、それとも始めから無いのだろうか。
しかし、無い、となるとシレイルやリファニーは一体どうやって遺跡の中に入ったのだろうか。
やはり彼女らの言っていたすり鉢状の入り口を探すしかないのだろうか。
それとも遺跡自体が違うのだろうか。
「ねぇ、精霊の力で遺跡の壁に穴開けられない?」
 一通りの探索が終わった後フォウリーはそうエルフィーネに尋ねた。
「無理よ。」
 それに答えたエルフィーネの口調は素気なかった。
「どうしてなのよ。」
 素気なくそう言われたフォウリーの方は引き下がれなかった。
「だって土の精霊がいないもん。」
 エルフィーネはそう言った。 多少フォウリーに対して非難めいた口調であった。
「何故よ?こんなに広大な大地なのに。」
 フォウリーは砂漠を示しながらそう言った。
石畳ならそれでも分かるが、ここは野外でしかも砂地である。 ノームがいない、と言われても納得がいかなかった。
「砂漠だからよ。あんまり知られていないことだけどさ、砂漠ってのはウンディーネだけじゃなくノームの力も弱いの。さらに言うとね、あの遺跡を作っている石は人工的な物なの。たとえノームがいたとしても穴なんか開けられないわ。」
 エルフィーネは事も無げにそう言った。
「そう‥‥。じゃあ、シレイル達が入っていった入り口を探すしかないわね。」
 フォウリーは一応彼女の説明に納得したようだ。そう仲間達に言うと、もう一度遺跡の周りを調べることにした。
遺跡の周りをしばらく探索していた彼女らであったが、やがて小ピラミッドの西側の方にすり鉢状の砂のくぼみを見つけた。
そのくぼみは深さ4メートルほどあり、底には穴が開いていた。
6人は周りからくぼみを覗き込んだ。
「これか?」
 そう仲間達に尋ねたのはソアラである。
「多分‥‥。」
 答えたフォウリー頼りなげである。
「行ってみれば分かるよ。」
 事も無げにそう言ったのはルーズであった。
「そうよ、とりあえず降りてみましょ。」
 エルフィーネもそれには賛成のようだ。
もっとも視線はロッキッキーの方を向き、自らが率先して入る気のないことを示していた。
「‥‥そうね、行ってみましょうか。」
 数瞬考えていたフォウリーも結局頷いた。 6人はロッキッキーを先頭に次々とくぼみを滑り降りていった。
 くぼみの底の穴は地下道らしき空間につながっていた。 どうやらその地下道の天井が何らかの原因で崩れ落ちたらしいのだ。
しかも石で作られているにも関わらず、砂中を走っているだけあってその地下道は脆く、大きな声を出すとぱらぱらと天井から砂が落ちてくるのだ。
地下道はどうやら東西に伸びているようであったが、西側の方は完全に天井が落ち、砂に埋まっていた。
6人はバラバラとそちら側に近寄った。
「どう、どかせそう?」
 フォウリーは通路を埋める砂山を調べているザンやソアラにそう尋ねたが、彼らは首を横に振るだけであった。
「そう、じゃあこちら側を進みましょう。」
 フォウリーはそう言って東側、方向からして小ピラミッドの方を示した。
6人は隊形を組み明かりを灯すと、おそらくは脱出用であろう地下道を出口とは逆の方向に進んでいった。

 砂漠の下の通路を150メートルほど進んだ6人は、石造りの部屋へとたどり着いた。
どうやら遺跡の中へと入り込んだようだ。
「ピラミッドの中に入ったのかな。」
 そのおよそ8メートル四方ほどの部屋に入って最初に口を開いたのはエルフィーネであった。
「多分な。」
 そう答えたのはロッキッキーである。 天井の高さは3メートルほどで、この部屋ならもし戦闘になったとしても、武器のことで特に不自由しないだろう。
「趣味の悪い石像があるわ。」
 慎重な面もちで、部屋の中に視線を走らせていたフォウリーが、不意にそう言って部屋の隅を示した。
そこにはジャイアント・リザードとジャイアント・スコルピオンの2体の石像があった。 熟練のドワーフの職人もかくや、と言うほどの出来で、まるで生命を持っているような生々しさがあった。
「生きてるみたいで気持ち悪い。」
 その像を見たエルフィーネの感想がこれであった。 その他には木箱の破片が散乱しているだけで、特に目を引く物はなかった。
彼らの進む方向としては部屋の北東の隅に見える階段を昇るか、それとも床の中央に開いた穴を降りるだけであろう。
「ロッキッキー、ちょっと床の穴を調べちゃってよ。」
 フォウリーはそう言って仲間である盗賊を促した。
「あいよ。でもよ何にもねぇとおもうけどな。」
 ロッキッキーはそうぼやきながら部屋の中央の方に進んでいった。
そして穴の脇にしゃがみ込み下をのぞいた瞬間、いつの間にか後ろに回っていたフォウリーが彼の背を押したのだ。
「うわっ?!」
 ロッキッキーの体は簡単に宙に舞った。
反射的に伸ばした手も空しく空を掴むだけであった。 彼の体は重力に従って下へと落ちていった。
仲間達はすぐさま穴の淵へと走りより、下を覗いた。
 3メートルほどを落ちたロッキッキーであったが、盗賊として鍛えた身の軽さからかすり傷一つ負わなかった。
だが本当の災いはその後に襲ってきた。 彼が軽やかな身のこなしで床に降り立った次の瞬間、その床が幾本の触手を持って彼に襲いかかってきたのだ。
「うお?!」
 四方八方から襲い来るそれは、いかに彼の身が軽くても避けようがなかった。
「フロア・イミテーター!!」
 穴から覗き込んでいたエルフィーネらはうねる床を見てそう叫んだ。 だが自らが飛び込むのを一瞬躊躇した。
一方のロッキッキーの方は迫り来る幾本の触手を持て余していた。
触手の攻撃それ自体は彼にせいぜいかすり傷を作るぐらいので大したことはないが、このままでは体力を消耗してしまうだけである。
自分を落とした人間、この時は彼はエルフィーネが落としたと思っていた、に文句を言うためにはとりあえず生きていなければいけなかった。
− しょうがねぇ、一気に片を付けるか。
 ロッキッキーはそう決断すると、彼の信仰する知識神ラーダに対して祈りを捧げた。
『知識神ラーダよ、我が祈りを受け入れ、神の敬虔な僕なる我に御力を与えたまえ。そして彼の敵どもを裁きたまえ。』
 知識神ラーダは彼の祈りを聞き届けた。
ロッキッキーを中心とした周りの空間が大爆発を起こし、フロア・イミテーターの仮初めの命を絶ったのである。
もちろんその威力たるやすさまじく、上から覗き込んでいた者達が慌てて避けなければ、何人かを巻き込んだかも知れなかった。
だがその後に襲ってきた振動にフォウリーは抗することができなかった。
「きゃあ。」
 よろめいた彼女が右足を出したところには床がなかった。
「きゃああ。」
 彼女の体は先のロッキッキーと同じように穴の中へと消えていった。 先に彼を落としたのが彼女であることを考えれば、真に因果応報であろう。
下の床にたたきつけられたフォウリーであったが、堅い鎧のせいか、それとも冒険で鍛えられた体のせいかどうやらかすり傷一つ負わないで済んだようだ。
「あぶねぇな、落ちてくるところを考えろよ。」
 いつの間にか部屋の隅の方に避難していたロッキッキーがそう彼女を非難した。
「あなたこそもっと考えて魔法を使ってよ。」
 何とか立ち上がってフォウリーはそう言った。
「うるせぇな、戦うのがめんどくさかったんだよ。」
 ロッキッキーはぶっきらぼうにそう答えた。 そうこうしているうちに上からロープが垂らされ、エルフィーネらが降りてきた。
「2人とも無事?」
 始めに降り立ったエルフィーネは至極当たり前な事を尋ねた。
「無事、じゃなかんべぇ。人を突き落としといてよ!」
 ロッキッキーの口調はいつになくきつかった。
「私じゃないわよ、勝手に勘違いしないで!!」
 身に覚えのないことを言われたエルフィーネの口調は、身に覚えのあることを言われたときよりきつかった。
「じゃあ誰なんだよ。」
 一瞬彼女の怒気にたじろぎつつもロッキッキーはそう尋ねた。
「誰って、‥‥ねぇフォウリー。」
 エルフィーネはそう言って意地悪そうな視線をフォウリーへと向けた。 当のフォウリーはとぼけたように素知らぬ顔を決め込んでいた。
「お前か!!」
 ロッキッキーはそう言ってフォウリーの方を向いた。
「ふざけるなら場所をわきまえろ!」
 ロッキッキーは視線を鋭くしてそう叫んだ。
「ほんの可愛いお茶目でしょ。」
 フォウリーの方はいたって罪の意識がなかった。
ロッキッキーは何か言おうとしたが無駄だと考えたようで口を閉ざした。
「あのさあ、部屋の隅の方に宝箱があるんだけどさ。」
 フォウリー達の舌戦が終わったのを見て、控えめにルーズがそう口を開いた。
恐らくこの部屋に入った時から見つけていたのだが、ロッキッキーらに関わってとばっちりを受けるのを恐れて今まで黙っていたのだろう。
「ほんとですね。それにしても先ほどのロッキッキーの呪文でよく壊れませんでしたね。」
 ザンは意図的な意味でないにしろそう言ってしまった。
それを聞いてエルフィーネやルーズ、それにフォウリーの視線がロッキッキーに冷たく突き刺さった。
「さてと、ちょっくら調べるかな。」
 わざとらしく口笛を吹きながらロッキッキーは宝箱に近付いていった。
そのわざとらしさが災いしたのか、罠がないことは分かったもののロッキッキーはどうしても宝箱の鍵を開けることができなかった。
「駄目だな、交代だ。」
 ロッキッキーはとっとと諦め、立ち上がるとそう言ってザンの肩を叩いた。
「しょうがありませんね。」
 そう言いながらザンは宝箱の前に立つと手早く呪文を唱えた。
『アンロック。』
 かちりと言う音と共に宝箱の鍵は開いたようだ。
宝箱の中には魔晶石や竜の牙、それに遠見の水晶球が入っていた。 宝物は仲間達にそれぞれ配られたが、ロッキッキーは宝箱自体の価値も見抜いていた。
どうにか持っていけないかと持ち上げようとしていたが、彼の筋肉ではそれはかなわない事であった。
「どうしたのですか?」
 それを見たザンが彼へと近寄ってきた。
「ちょっくらこの宝箱でも持っていこうかと思ったんだが、重くて動かねぇんだ。」
 ロッキッキーは諦めたように伸びをして、額の汗を拭いた。
彼の借金のことを知っているザンは苦笑しながらも、手伝ってあげることにしたようだ。
「私も手伝ってあげましょう。」
 ザンはそう言って宝箱に手をかけた。 彼はもちろん半妖精のロッキッキーよりも筋力はあった。 外見上戦士と間違われるくらいの体格をしているのである。
それ故かロッキッキーがいくらがんばっても動かなかった宝箱は、いとも簡単に持ち上がったのであった。
そのとたん宝箱の下から白いガスが勢いよく噴出してきた。
「うわ?!」
 ザンは宝箱から手を放し、慌てて口と鼻を押さえた。 大きな音と共に宝箱は床へと落ちた。
「何?何なの?何?」
 部屋中に充満した白いガスにエルフィーネは半ばパニック状態にあった。
「ちぃ!毒ガスか!」
 ロッキッキーはそんな単純な罠を見抜けなかった自分を恥じた。
「上に!早く上に!!」
 フォウリーは口元を抑えながらそう叫んだ。
仲間達は次々にロープを伝って上の部屋へと転がり込んだ。 そのガスはどうやら空気よりは重いらしく上がってくるようなことは無さそうだが、下の部屋には当分降りられそうになかった。
ひとしきりの文句と非難の応酬があった後、彼らは北東隅の階段を上へと向かった。

 階段を登り切るとそこは通路になっていた。
幅、高さともに2メートルほどで人が2人ほど並んで歩けるほどの広さであった。 通路は南に延びており、途中に東に伸びる通路がつながっているT字をしているようであった。
T字の所でどちらに行こうか迷った彼らであったが、ここはフォウリーの一言でそのまま南へと向かう事となった。
南の通路は突き当たりで西に折れていた。 そしてすぐに上り階段へと変わっていた。
一度階段を見上げ昇ろうとしたフォウリーをはたとソアラが止めた。
「何よ?」
 何よといった表情で彼女はソアラを見た。
「嫌な予感がする。」
 ソアラは険しい表情で階段の上を睨みながらそう呟いた。
「嫌な予感て?」
 フォウリーは怪訝げな表情でそう問い返した。 だがソアラはそれには首を横に振るだけであった。
「行くの?」
 会話を聞いていたエルフィーネが不安そうな声でそうフォウリーへと尋ねた。
「‥‥行くしか無いでしょう。」
 半ば自分に言い聞かせるようにそう呟くと、彼女は階段を昇り始めた。 仲間達も漠然とした不安を抱えながら、彼女の後を追った。
 嫌な予感という物は現実に現れた。 しかも怪物という格好をして。
階段を登り切ったその向こうの部屋に彼女らが見たものは、8本の足を持つ巨大なトカゲの魔物であった。
しかもそれが2匹もいるのだ。
ただ幸運なことにどうやらその魔獣は眠っているようであった。
「!バジリスク‥‥。」
 それを見たフォウリーはそう呟いた。
「バジリスクって相手を石化させる瞳を持つっていうあれ?」
 エルフィーネはそう呟くと慌てて視線を逸らした。 もっともそんなことをしても睨まれたら石化してしまうのだが。
「下がって、ゆっくり。」
 フォウリーは小声でそう言った。
ロッキッキーとルーズ、ザンとエルフィーネ、それにフォウリーとソアラの順で通路の方に下がっていった。
階段をどうにか降りきったところで彼女らは安堵の溜息をついた。
「戦うのですか?」
 ザンはそうフォウリーに聞いたが乗り気でないことは明白であった。
「うーん、あんまり戦いたくないなぁー。」
 フォウリーはそう本音を漏らした。
「じゃあ、後回しだな。ほかの所を調べて何もなかったら、その時に改めてあのトカゲを叩くべぇ。」
 ロッキッキーはそう言った。誰しもが彼の案に賛成であった。
彼らは一旦T字までもどり、それから東の方へと向かうのであった。
 通路の東端は金属製の扉でふさがれていた。
「ロッキッキー、お願い。」
 フォウリーはいつものようにそう彼へと言った。
「あいよ。」
 戦闘の2人と入れ代わり、ロッキッキーは扉の前へと座り込んだ。
素早く扉の全面を見渡し、怪しげな傷や小さな穴などが無いことを確認すると、さらに詳しく調べるべく扉へと触れた。
その途端にドアの表面が盛り上がり、自らに触れたロッキッキーの手をからめ取った。
「ドア・イミテーターですか!!」
 後ろのザンがそう叫んだ。
「ちぃっ!」
 右腕を捕まれたロッキッキーであるが、後ろの仲間達が彼を助けようとするよりも早く自らを救わんとした。
左手をうねるドアへと向け、単音節の神聖語を発した。
『フォース!』
 彼の手のひらから見えない衝撃波がドア・イミテーターへと襲いかかった。 甲高い金属音が通路に響いた後、ドア・イミテーターはその偽りの生命を終えた。
彼の手を掴んでいた触手も力無くドアの表面に吸収され、2度と動くことはなかった。
「大丈夫?」
 後ろから心配そうにエルフィーネがそう呟いた。
「ああ、何ともねぇよ。」
 捕まれていたところをさすりながら彼はそう答えた。
「良かった。貴方に死なれちゃうと貸してたお金、返してもらえなくなっちゃうからね。」
 エルフィーネはほっとした表情ながらもそう言った。 後ろの方でソアラも頷いてたが。
「はいはい。」
 ロッキッキーはうんざりした様子でそう答えた。
「ねぇ、イミテーターの下に紙切れが挟まっているよ。」
 後ろの方からそうルーズが言った。
彼は盗賊でもないくせに目端だけは良く利くのだ。
「ん‥‥?本当だ。」
 ロッキッキーはそう言って今やドアとなったイミテーターの死骸から紙切れを引っぱり出した。
どうやら紙切れではなく羊皮紙を束ねたノートのようであった。 ロッキッキーはぱらぱらとそれをめくり、たまたま開いたページを読んでみた。
そこには事細かに砂漠での旅の記録が書き綴られていた。 しかも書いてある名前や事柄から察すると、リファニーのものらしいのだ。
「何が書いてあるんだい?」
 真剣な顔で読みふけってしまった盟友に、ルーズは興味津々と言った感じでそう話しかけた。
ロッキッキーは読むのを中断して顔を上げた。
「どうやらリファニーの日記かなんかみてえだな。」
 ロッキッキーはそう言って羊皮紙の束を示した。
「日記か‥‥。」
 宝の地図か何かと思っていたのかルーズは少しがっかりとしたようだ。
日記と聞いて素早くエルフィーネが彼の手からそれを奪い取った。盗賊もかくやと言うほどの素早さであった。
「あ、何すんだ?」
 気付いたロッキッキーが慌てて取り戻そうとするが、彼女はすでに2,3歩離れていた。
「女性の日記を読むなんて失礼よ。」
 彼女は澄ました顔でそう言った。
「何か手がかりが書いてあるかも知れねぇだろうよ。」
 あくまでも彼は取り返す気でいるらしい。そう言って彼女の方に手を伸ばした。
「だから同じ女性である私が見てあげるわ。」
 彼女はそう言ってロッキッキーの手をぴしゃりと叩くと、ぱらぱらとノートをめくり始めた。
同性でも種族が違うことにはまったく触れようとはしなかった。
 彼女のページをめくる手が止まった。
羽ペンが栞代わりに挟まっているところを見ると、どうやらそこが最後のページのようだ。
「いい?最後のページを読むわよ。」
 彼女は仲間達を見回してそう言った。 仲間達は彼女を促すように頷きを返してきた。
それを見て彼女は再び視線をノートへと落とした。
「えーと‥‥。毒蛇にかまれたため、まともに歩くことができない。シレイルに助けを呼びにやらせたけれど、おそらく間に合わないだろう。体が衰弱しているし、水も食料もない。救援が来るまで生きてはいれないだろう。助かる道はひとつしかない。上の部屋に行き、バジリスクの視線を浴びるのだ。私の体は石になるけれど、そのかわり死ぬこともなくなる。誰かが魔法でもとに戻してくれることを期待しよう。危険だし、恐ろしい方法だが、他に道はない。このノートを読まれた人にお願いしたい。もしバジリスクを倒す自信があるなら、この上の部屋に行き、バジリスクと戦って私を救って欲しい。自信がないならば、いったん街に戻り、オランの賢者クロードロットに連絡してほしい。クロードロットは私の祖父である。
彼ならば私を救う方法を知っていると思う。」
 そこで文は終わっていた。読み終えた彼女はどうしたものかとフォウリーらの顔を見た。
「なかなか思い切った事を思いつく人ですね。」
 ザンは感心したようにそう呟いた。
確かに石になってしまえば衰弱することもなく、何年でもそのままでいられる。そして万が一砂漠の民や怪物に見つかっても、関心すら示されないだろう。
「どうするんだ?助けに行くのか?」
 ソアラはそうフォウリーへと尋ねた。
バジリスクは確かに強敵である。が、それを倒さない限り、リファニーを救出することはできないだろう。
石像を運び出す間、怪物が何もしないと言うようなことはないだろうから。
だが、もう一つ手はある。
この手紙を持ってオランまで戻り、クロードロットに後を任すのだ。今は彼も動けないだろうが、彼の言う大異変が終わった後、改めて彼女を助けに来ればいいのだ。
「‥‥とりあえずもう少し遺跡の中を調べてみましょう。」
 彼女の方も今の段階では決めかねていた。
バジリスクを相手に勝てぬとは言わないが、最悪の場合何人か石になってしまう可能性があるからだ。
「分かった。」
 ソアラもの方もとりあえず彼女の意思に従うようだ。他の者も積極的にしろ、消極的にしろ、ソアラと同じであった。
彼女らは目の前の扉を抜けていった。

 扉を抜けると通路はまたT字に分かれていた。
どちらの通路も同じくらいの距離を行ったところで東に折れ曲がっているようであった。
「どっちに行くんだ?」
 マッパーでもあるソアラが隣のフォウリーにそう尋ねた。
「そうね、‥‥左に行きましょうか。」
 彼女はジルと同じで左側に行くことに信念を持っているようであった。その彼女とソアラを先頭に一行は通路を左に折れていった。
しばらく行くと通路は右に折れ、すぐに下り階段になっていた。 しかもどういうことか、階段は無限に下っているかのように終わりが見えなかった。
もちろん降りた先がどうなっているのかなど分かりようもないだろう。
しかも気味の悪いことに獣であろうか、それとも呪詛であろうか、ともかく薄気味悪いうなり声すら微かに聞こえてくるのだ。
彼女らはしばし唖然として無限の下り階段を眺めた。
「降りるの?」
 立ち止まった先頭の2人にエルフィーネがそう尋ねた。もちろん彼女はどうでも良いのだ。
ただ立ち止まったフォウリーを急かしているだけなのだ。
「‥‥向こう側も見てみましょうか。」
 フォウリーは少し考えた後で振り返りながらそう言った。 彼女の方も特に深い意味はなく、ただとりあえず向こう側の通路も見てみたかっただけなのである。
誰もそれに反対しないので、フォウリーらはいったん引き返すことになった。
「どっちでも変わらないと思うけどな。」
 引き返しながらのルーズのその呟きはあまりに小さな声であったため、聞いたのは使い魔のライスだけであった。
 南側の通路は東の方に折れるとすぐに上り階段になっていた。こちらの階段はちゃんと階段の向こう側を見ることができた。
「こっちを行きましょう。」
 フォウリーの選択は当然と言えた。フォウリーらはゆっくりと階段を昇っていた。
途中階段に罠が仕掛けられていた。階段のある段を踏むとそれが沈み、罠が作動するというありがちな仕掛けである。
が、先頭を行くロッキッキーが見つけて、後に続く者達に注意を促したので、その罠は発動することはなかった。
もちろん帰りのためにその罠の段には印を付けた。こうして6人は何事もなく階段を登り切るのであった。

 階段を登り切ったフォウリーら一行は、直径12メートルほどの円形の部屋へとたどり着いた。
部屋には出入口が四つあり、その南西の所から現れたのだ。 天井はドーム状をしており、高さは部屋の半径より若干高いぐらいであろうか。
そして床はスープ皿のように中央に向かって傾斜しており、部屋の中央にはかなり大きな泉があった。
部屋の傾斜はなだらかで、立って歩くには支障のない程であった。しかし、何よりも彼女らの目を引いたのは部屋の外壁付近にある6つの黄金の棺であろう。
しかもちょうど円を6等分した角度の付近に外側を向いて鎮座されているのだ。
「あの棺を調べるのか?」
 まるで六芒星を描くように並ぶ棺を示してロッキッキーはフォウリーにそう尋ねた。
しばらく魅入られたように棺を眺めていた彼女であったが、彼の方を向くと首を2度ほど横に振った。
「あからさまに怪しいから後にしましょう。始めは中央の泉から‥‥よ。」
「そうだね、マミーなんか出てきたらやっかいだしね。」
 すぐさま同調するようにエルフィーネがそう口にした。普通のマミーですらやっかいなのに、何やらそれ以上のものが棺の中に入っていそうな雰囲気である。
「変なこと言うなよ。」
 眉間にしわを寄せてルーズはそう彼女を非難した。
「変な事じゃないわよ。あくまで可能性の話よ。」
 彼女の方はアンデットが恐いの、といいたげな様子であった。
「ほら、馬鹿言ってないで行くわよ。」
 フォウリーは小さく息をついて、仲間達を促した。
 部屋の中央にある泉は、直径が4メートルほどでそのさらに中央に壷を抱いたマーメイドの石像があり、壷から絶えず水がわき出しては水面に流れ落ちていた。泉の深さは3メートルほどであろうか、非常に綺麗で澄んでいて、泉の底まで見通すことが出来た。
「結構綺麗ですから飲めそうですね。」
 泉を覗き込んでいたザンがそんなことを言った。
「飲んでも良いわよ。でもウンディーネの力を感じないから、お腹を壊すぐらいで済めばいいけど。」
 彼女は人事のようにそう言った。まったく事実はその通りなのだが。
「と言うことは人工的に加工された水って事?」
 それを聞いたフォウリーはそうエルフィーネに尋ねた。
「そうね、少なくとも自然の水じゃないわ。」
 彼女はそう言ったが答えにはなっていなかった。フォウリーの方もそれ以上は何も言わず、ただじっと泉を眺めていた。
だが別段何も変わったことは無さそうである。もちろん泉がある場所と動力を別にしての話であるが。
「‥‥銀貨でも落としてみるか。」
 誰しも子供時代に一度はどこかで聞く様な話しみたいなことを、ソアラはぽつりとそう言った。
そして誰も反対もせず、しかし積極的に誰かがやろうとしないので、ソアラは自分の財布から銀貨を5枚取り出すと、次々に泉へと落としていった。
6人が見守る中銀貨は底の方へと落ちていったが、その内の幾枚かが幾度か何かを避けるように横にずれることがあった。 もっとも光の加減と水面の揺らぎでそう見えただけのことかも知れないが。
「特に何もなさそうだな。」
 その様を見ていたソアラはそう呟いた。
だがフォウリーは何か思い当たる事があったのだろうか、おもむろに予備のブロードソードを抜くと泉の中へと差し込んだ。
 剣を持つ彼女の手に時折何かがぶつかる様な振動が伝わってきた。しかしそれもほんの僅かで、ぶつかってると言うよりはかすっていると言ったようが正確かも知れなかった。彼女は泉より剣を引き抜くと振って水を切り、再び鞘へと収めた。
「うーん、何か仕掛けがありそうね。泉の中を何かが動いているみたい。」
 彼女はそう自分を見ている仲間へとそう言った。
「そうか、じゃあ指を突っ込んでみるか。」
 ルーズが無責任にそう言った。
「誰が?」
 すかさずそうエルフィーネが言う。
「えっ、そりゃあ‥‥分かったよ。やれば良いんだろ、やれば。」
 彼は迂闊なことを言ったと後悔しながら、おそるおそる左手の人差し指を泉へと突っ込んだ。
他の者も固唾を飲んで見守るが、残念ながらルーズの指に変化は見られなかった。
ほっとしたような表情のルーズを残念そうな表情で幾人かが見ていたのは、決して錯覚ではない。
「うーん、今の所はこれ以上は調べられないわね。じゃあ、棺を調べましょうか。」
 フォウリーは何か釈然としないものを感じながらも、そう言ってひとまず泉を諦めることにした。 もちろん他の者もそれには賛成だった。
 しかし結局棺の方も何も分からずじまいであった。 重いのか、それとも鍵がかかっているのか、ともかくどうやっても蓋が開かないのだ。
どうやら魔法の鍵らしいのだが、ザンがアンロックを試したが開けることが出来なかった。 かなりの高位の魔術師がかけたものなのであろうか。
棺自体も壊すことは無理そうなので、彼女らは結局この部屋の探索を諦めることにした。
 フォウリー達一行は、部屋の北東にある出入口を抜けていった。
 出入口を抜けるとそこは先ほどと同じ様な通路となっていた。少し進むと通路は少し右手に折れ、フォウリーらの前に登りの階段が姿を見せた。
  半分ほど階段を昇ったところで前方に不意に人影が現れた。先ほどからそこにいたのではなく、どこかから出てきたのではない。
まさしく忽然と姿を現したのだ。
それも道理でよく見ると人ではなく、ぼろを纏った骸骨の幽霊であった。
 階段の途中で立ち止まり、警戒した視線で見るフォウリーらにその骸骨は語りかけてきた。
「愚か者よ、命が惜しければ立ち去れ。」
 低く、そして冷たい骸骨の声は、胆力を備えているはずの彼女らの心に僅かながらも怯えというさざ波を作るに足りた。 骸骨は動かぬ彼らにもう一度同じ事を呟くと、じっと虚空の瞳でこちらを見つめた。
「‥‥どうすんだ?」
 最後尾のロッキッキーがそう前の連中へと尋ねた。
「気持ち悪いから戻ろうよ。」
 エルフィーネは耳までたれさげた格好でそう言った。<まるで骸骨が”恐慌”の呪文を掛けたかのような雰囲気であった。
「‥‥そうね、無理に危険をおかすことはないわ。今わね。」
 フォウリーもそう言った。フォウリーらは慎重に、それこそ慎重に階段を下り始めた。
やがて彼女らの姿が見えなくなると、骸骨の姿は揺らぎ、まるで何もなかったかのように空にかき消えた。

 一旦棺のある部屋まで戻ったフォウリー達は北西の出入口を選んで抜けていった。 通路は2人が並んで歩けるほどのもので、やがてまっすぐ東へと伸びる三叉路にぶつかっていたが、彼女らはそのまままっすぐ通路を進んだ。
その後すぐに通路は一つの扉によって閉ざされていた。 その扉は見るからに頑丈そうな金属で出来ており、ちょっとやそっとでは壊れそうもなかった。
もっともこの扉を見て、壊そうなどと思うのは酔狂な人物だけであろう。
「ロッキッキー、調べてみて。」
 フォウリーはそう言って後ろのシーフを呼んだ。
「あいよ。」
 彼は軽くそう応じると、エルフィーネとザン、ソアラとフォウリーの間を抜け、扉の前に立った。
懐から取り出した盗賊固有の道具であちらこちら調べていたが、やがてお手上げだと言わんばかりに立ち上がった。
「まあ、罠はねぇみてえだけどよ、俺にはこれは開けられないぜ。」
 ロッキッキーはそう言って扉を示した。
「腕が落ちたのかしらね。」
 エルフィーネは小声でそう呟いたが、聞こえるような声量で言ったのは明白であった。
「魔法の鍵が掛かってんだよ!俺様の腕がいくら立とうと”魔法の鍵”は開けられねぇんだ!!」
 ロッキッキーはそう叫んだ。
「ふーん。」
 だがまったく彼女の方は彼を取り合わなかった。 無駄を悟った彼の方も、それ以上は何も言わなかった。
「そう。じゃあザン、お願い。」
 一方でロッキッキーの話を聞いていたフォウリーはザンへとそう言った。
「はい、でももしかしたら開かないかも知れませんよ。」
 そんな頼りないことを呟きながら、ザンはもはや見慣れた手振りと共に、聞き慣れた上位古代語をまるで詠うように発した。
『アンロック』
 どうやらザンの言葉に反して、鍵はどうやら開いたようであった。 隣にいたロッキッキーがそのまま扉を押し広げた。
途端に彼は自らの軽率さを後悔する羽目になった。
扉が開ききった途端、部屋の奥から炎が噴出し、ロッキッキーとそしてザンを巻き込んだのだ。
「うわあ?!」
 とっさにかざした手によってどうにか致命的な怪我は負わなかったものの、髪や服などは焦げてしまった。
無論火傷を負ったのだが、この場合は魔法の力で治せる怪我よりも物の破損の方が問題であろう。
「まったくどじよねぇ。自分で罠がないとかいっときながら、しっかり自分で引っかかっちゃって。」
 2人の傷が思ったよりひどくないことを知ってか、そうエルフィーネは呟いた。
「罠じゃねぇよ。」
 ロッキッキーは恐らく真実であろうことを言ったのだが、生憎仲間達は信用しなかった。
「後はもう無いでしょうね?」
 フォウリーのその問いにロッキッキーはふてくされたように頷いただけであった。
 彼女らは閉まりかけていた扉を大きく開け、部屋の中へと入っていった。
 部屋は一辺およそ4メートルほどの正方形の形をしていた。
それどころか天井までの高さも同じで、ちょうど立方体のようになっているのだ。
そして扉から正面の壁にはオレンジ色をしたクリスタルが、ちょうど彼女らの目の高さ付近に埋め込まれていた。
「あっ、あのクリスタルすごい。」
 そのクリスタルを見た途端、エルフィーネはまるで場違いな声を上げた。
「何がすごいんだよ。」
 それを聞いたロッキッキーは目を輝かせてそう尋ねた。
「あのクリスタル、サラマンダーが封じられてる。」
 エルフである彼女は当然火の精霊には嫌悪感があるはずなのだが、彼女の口調には少なくともその様な感情は入っていなかった。
「封じられてるって?」
 フォウリーは少し首を傾げてそう言った。
「その言葉通りよ。言うなればあのクリスタルは、まあ炎晶石の親分みたいなもんよ。」
 彼女はそう言った。彼女にしては上出来な方のたとえであろう。
「何かの役に立つかも知れねぇからな。
俺様がはずしてやろう。」
 高い価値がありそうだと言うことに気付くと、ロッキッキーは心をはずませながらクリスタルの方へと近付いていった。
だが彼がどんな手を使おうとも、クリスタルはまるで壁の一部分であるかのように外れようとはしなかった。
「ちっ、外れやしねぇ。」
 ロッキッキーは一言そう悪態をつくと、諦めたようだ。
「ほかには何も無さそう?」
 そのロッキッキーにそうフォウリーが尋ねた。
「ああ、特に何もねぇだろうよ。」
 彼は軽くそう答えたが、特にそう確信していたわけではない。 ただ今までの経験から考えて、ここには何もないだろうと思っているだけなのだ。
しかもやっかいなことに、彼自身は確証もないのにそれを信じて疑わなかった。
「そう、じゃあ三叉路の所まで戻りましょうか。」
 フォウリーはそう言ってきびすを返した。 そして彼女達はその部屋を後にするのであった。

 三叉路を曲がった先にあったのは、先ほどと同じ様な扉であった。この扉も先ほどと同じように魔法で施錠がされていた。
ここもロッキッキーが扉の罠の有無等を調べてザンがアンロックで鍵を外した。
ロッキッキーが先ほどの教訓から注意深く扉を開けてみたが、今回は先ほどのようには炎の固まりは飛んではこなかった。
だが室内の床に転がっていた幾つかの石ころが、その数だけの怪物に変形し、彼女らへと襲いかかってきたのだ。
「ストーン・サーバント!」
 それを見たザンはそう叫んだ。
ストーン・サーバントとは石を用いて作られるパペット・ゴーレムで、主に単純作業や先頭などに用いられる物である。 魔術師なら誰でもが知っている代物であった。
だがたった6体のストーン・サーバントなど彼女らの敵ではなかった。 偽りの命を絶たれたサーバント達はもとの石へと戻り、その残骸を部屋にばらまいた。 もはやこの部屋に侵入する者があっても、二度と襲いかかったりはしないだろう。
 サーバントどもを倒したフォウリーらは中に入り、改めて部屋の中を見回した。 部屋自体は先ほどのサラマンダーの封じ込まれた水晶のある部屋と、寸分違わず同じであった。
ただ、先ほどはオレンジであった水晶が黄色に変わっているのだが。
「あのクリスタルにもやっぱり何か封じられてる?」
 精霊の見えぬ、感じることの出来ぬフォウリーはそうエルフィーネへと尋ねた。それを受けてエルフィーネは一瞬クリスタルへと視線を向けたが、すぐに頷いた。
「うん、封じられてるよ。ノームがね。」
 彼女はそう答えると、何か意味ありげにクリスタルを眺めた。
− もしかしたら精霊の力を借りれるのかな?
 精霊魔法の素となる精霊がいるのだから、感覚的には使えそうな気もするが、今の所試そうという気はないようであった。
おそらくこの部屋の中でしか使えないような気がしたからだ。それにもしかしたら狂った精霊が封じられているのかも知れなかった。
「はずれそう?」
 いつの間にかクリスタルの前に立っていたルーズは、そう隣のロッキッキーへと尋ねた。
「多分はずれねぇと思うがな。」
 ロッキッキーはそう言ってクリスタルを外しにかかったが、やはり外れそうにないようであった。 早々に切り上げ、ルーズへと軽く首を振った。
「この部屋にも特に何もありませんね。」
 部屋の中を見回していたザンはそうフォウリーへと呟いた。 彼女の方もそれには同感であった。
隠し扉も見つけられそうにないので、彼女らはとりあえず棺のある部屋まで戻るのであった。
 一旦円形の棺のある部屋に戻ったフォウリー達は、南東にある出入口を抜けていくことにした。 とりあえずその出入口を調べれば、この部屋の全ての出入口を調べることになるからだ。
もっともまだこの遺跡には幾つかの調べていない地域が残っているのだが、とりあえず手近な所から調べていこうと言うのだろうか。 出入口の向こうは先のものと同じように幅2メートル、高さ2メートルほどの通路になっていた。
道は中腹付近で三叉路になっており、まっすぐに伸びる通路と、どうやら西に延びる通路とに枝分かれているようであった。 そしてまた先ほどと同じように、出入口から10メートル強ほど行ったところで突き当たり、金属製のドアで塞がれていた。
「ザン、お願い。」
 はなから魔法での施錠と踏んだフォウリーはそう魔術師へと頼んだ。 もちろん実質的には命令であるので、彼は拒否したりせず、扉の前に進み出ると、手早く魔法を唱えた。
かちり、という音がしたと同時に、勢い良く扉が開かれた。 否、すさまじい水の圧力に、扉は抵抗することが出来なかったのである。
本来手前に引く形の扉であったことも災いした。
「うわぁー?!」
 水の勢いに抵抗しきれなかったエルフィーネ、ザン、ルーズが押し流されたのだ。 水はほんの一瞬だけの事であった。
それに耐えたフォウリー、ロッキッキー、ソアラは慌てて流された者達を追った。
 大量の水に流されたこの一瞬、ザンは冒険者に成り立ての頃の事をふと思いだした。
しかし彼が感傷に浸る間もなく、円形の部屋のマーメイドの像のある泉へと押し流された。 鎧の軽いザンはどうにか水面に浮くことが出来たものの、他の2人、エルフィーネとルーズは重い鎧が災いして、底の方に沈んでいってしまった。 途中何かが彼女らの体に当たり鋭い振動を感じたが、それが何なのか2人には分からなかった。
水中でもがいたせいか2人の体は重なり合うことなく底に落ちた。 だが、こんな状態では魔法を使うことも出来ない。
彼女らは息苦しさを感じながら仲間の助けを待つだけしか出来ないのだ。 水面を必死になって泳ぐザンを恨めしそうに見ながら、彼女らは仲間達の救援を待った。
 2人が水底に沈んでから20秒ほどで仲間達は泉へとたどり着いた。
「ザン!」
 泉のへりの所までたどり着いていたザンをすぐさま助け出すと、彼を除いた3人は泉の中を覗き込んだ。
それを認めたエルフィーネとルーズは速く助けてくれるようにジェスチャーを繰り返したが、それはそれで物笑いの種になるほど滑稽であった。
「ちっ、いつまでも見てるわけにはいかねぇか。」
 ロッキッキーはそう言って荷物やその他、泳ぐのに邪魔になりそうなものを外し始めた。 フォウリーとソアラは金属鎧なので結局彼が行くしか無いのであろう。
もっともフォウリーの場合、鎧は有って無い様なものなのだが、この時の彼は迂闊にもその事に気付かなかった。
「エルフィーネがいれば平気なのにね。」
 フォウリーは沈んでいる彼女を見ながらそう言った。 水中でも呼吸することの出来る魔法が有る、と以前彼女が言っていたのを覚えていたのであろう。
もっとも彼女が今、ソアラかロッキッキー、またはザンの代わりにフォウリーの横にいても彼女は素気なくこう言うだろう。
水の精霊がいないから無理よ、と。
「そいじゃあ、助けに行ってやるか。」
 彼は腕を振り回して体をほぐすと、ロープを腰に結びつけそのまま泉へと飛び込んだ。
だが2メートルほど潜った頃であろうか、突然彼の体に鋭い痛みが走った。 体の幾ヶ所から血が滲み、ロープも切れてしまった。
− ちっ、何かありやがる。
 彼は一瞬躊躇ったもののすぐに壁を蹴り、一気に水底まで潜り込んだ。
彼はまずエルフィーネを助け起こした。 その間襲ってくる見えない何かに苦労しながらも、どうにか彼女を壁際へと立たせた。
そして彼女の体を持ち上げ、何とか上のフォウリーらにエルフィーネの手を掴ませた。 後はフォウリーとソアラが彼女を引き上げた。
ルーズの方も同様にして泉より引き上げさせた。最後に自分も水底を蹴り、また新たに傷を受けながらも水面に顔を出した。
そして縁まで泳いでソアラに引っ張り上げて貰った。
 その後で水に濡れた4人は適当に服を変えたり、水を絞ったりなどを始めた。
「いやー、参った。水の中に何か仕掛けがありやがるぜ。何カ所か切られちまった。」
 手の甲に出来た傷をなめながら、上半身裸のロッキッキーは隣のソアラへとそう言った。
それだけではなく体中に幾つかの傷が出来ていた。彼の革の鎧では、水の中の何か、おそらく見えない剣か何か、を防ぎきれなかったのであろう。
「あのさ‥‥助けてくれてありがと。治してあげようか、その傷?」
 それを聞いてか、少し神妙な表情でそうエルフィーネは話しかけた。
「ああん?良いって事よ、これくらいな。」
 振り向いて答えたロッキッキーはいつもと変わらなかった。
「そうだよね、あんたみたいな血の気の多い奴は幾らか抜いた方がいいもんね。」
 途端に彼女の方もいつもの調子に戻ったようだ。
「なんだと?あーあ、やっぱりお前だけ助けんじゃなかった。」
 ロッキッキーはわざとらしくため息をついてそう呟いた。
「ふん。」
 エルフィーネはふてくされたようにそっぽを向いた。だが心の中でもう一度だけ、礼を呟いていた。
「さあ、もう一度さっきの所まで戻りましょう。」
 仲間たちの服の方が一段落したのをみて、フォウリーはそう言って立ち上がった。
そして彼女らは先ほど開けた扉へと向かうのであった。

 扉の向こうには今までと同じように水色のクリスタルが一つはまってるだけであった。 色は水色で、彼女らの思ったとおりそこにはウンディーネが封印されていた。一応部屋の中を探索したものの何も見つけることは出来なかった。
フォウリー達は一旦三叉路へと戻り、西へと続く通路へと入っていった。
 通路の先には先ほどと同じ様な扉がまた作られていた。
もはやこの向こうに何もない、と思っている者はいないであろう。
炎、土、水と来たので最後はやはり風であろうか。
 この扉も魔法の施錠がなされていたので、それをザンが魔法で外し、そしてフォウリーが扉を開けた。
扉は音もなく押し開かれた。
その途端に彼女は何かに襲われた。
「ぐうっ?」
 強烈な打撃を腹部、ただし鎧の上から受けて、思わず声を上げてしまった。 だが彼女はその相手を見ることが出来ず、当然仲間達は彼女が何故声を上げたのか分からなかった。
「どうしたの?」
 フォウリーに走る緊張を知らないエルフィーネが不思議そうな顔でそう尋ねた。
「離れて、敵よ!」
 剣を出現させてフォウリーは短くそう応えた。 エルフィーネは首を傾げつつもさっとフォウリーより離れた。
この辺は条件反射というか、ともかく彼女の反応は素早かった。 一方のフォウリーはもう一度見えない何かの攻撃を喰らっていた。
だが鎧のお陰で大した傷は受けなかった。
 勝負は一瞬に決まった。
気合い一閃空を走らせたフォウリーの剣がそれの体を確実にとらえたのだ。 それは断末魔の声を上げ、それきりであった。
「やったのか?」
 ソアラが警戒した表情のままでそう尋ねた。
「多分‥‥。」
 相手が見えないのだから彼女はそう応えるしかなかった。 もっともそれなりの手応えは感じたので、最低でも怪我は負っている事は確実であった。
しばらく待って、もうそれ以上の攻撃がないことを確認すると、その時になってようやく扉の向こうへと踏み込んだ。 部屋の向こうは、予想通り青色をしたクリスタルが一個壁にはまっているだけであった。
エルフィーネ曰く、シルフが住んでるよ、とのことであった。 しかし風乙女達は別に住んでいるわけではないと思うのだが。
 部屋の中を探索したが、クリスタルの他はやはり何もなかった。
「この調子じゃ、この遺跡にゃあんまりいいもんはなさそうだな。」
 ロッキッキーはつまらなそうにそう呟いた。
「ねぇ、もうそろそろリファニーを助けにいかない?」
 遺跡の探索に飽きたのか、エルフィーネはそう言い出した。
「‥‥そうね。大方調べたし、そろそろ行きましょうか。」
 フォウリーもその提案に賛成のようだ。だがバジリスクと戦うにしては、緊張感に欠けるような決め方であった。
「本当に戦うのですか?」
 魔獣としてのバジリスクを少しは知っているザンがそう尋ねた。
「それが目的なんだから、当たり前でしょ。」
 フォウリーにそう言われると、ザンとしては承服するしかなかった。
− 戦うべきか、戦わぬべきか、結構難しい問題だよね。
 仲間達のやりとりを聞きながらひとりルーズはそんなことを考えていた。
結局バジリスクのもとへ行くことになり、彼女たちは風のクリスタルの部屋を後にするのであった。

 激戦が予想されたバジリスクとの戦闘は、拍子抜けるほどあっけないものであった。
フォウリー達は剣すら抜かずにバジリスクの驚異を取り除いてしまったのだ。エルフィーネの魔法の力によって。
夢の精霊の力に2匹のバジリスクは抗しえなかったのだ。後はフォウリーとソアラが一匹づつとどめをさし、それでおしまいであった。
    ただバジリスクの血が猛毒である事を知らなかった2人は手から体中に広がる激痛に耐え、先ほどの泉まで剣に付いた血を洗い流しに走ったが。
 その間にロッキッキーを先頭にして、バジリスクの巣の探索が始まった。まず彼らの目を引いたのは、部屋の東側の壁際にある一体の石像であった。
その顔立ちは十分に美しいと言え、そしてどこか知的な雰囲気をも漂わせていた。
「これがリファニー?」
 エルフィーネはそう呟いた。
その石像の娘はクロードロットの言っていた人相と一致するし、何よりも先ほど見つけた彼女の日記に書かれていたではないか。だが、いざ石像を目の前にすると、たとえ真実であってもにわかにそれが人間であったとは信じがたかった。
「多分な。」
 ロッキッキーも彼女と同じ感触を受けたのか、そう応えるに留まった。
「人が石像になるのですか。」
 ザンの方も同意見のようだ。
「でもさ、ともかく事実は事実だよ。で、どうやって助けるの?」
 ルーズにとっては人が石化するという現象はあまり重要なようでなかった。目の前の石像がリファニーであるという事実だけが重要なのだ。
「とりあえずフォウリーとソアラが来るのを待とうよ。」
 エルフィーネの案は消極的なものだが、悪い案ではなかった。
彼女ら4人は2人の仲間が帰ってくるのをしばらくの間待つのであった。
その間に暇を持て余したルーズが永遠に目覚める事の無い2匹、おそらく夫婦のバジリスクの付近に何かを見つけたようだ。
「ねぇ、何か宝石みたいなのがあるよ。」
 ルーズはそう言ってから思わず舌打った。独り占めしてしまおうかと思ったのだが、もう後の祭りであった。
「ほんと?」
 その言葉に反応したのは、エルフィーネとそしてロッキッキーであった。2人はすぐにルーズのもとへと駆け寄った。
「ああ。ほら、それだよ。」
 内心の後悔など微塵にも感じさせない笑顔で、ルーズは巣の一点を指し示した。
確かにそこには直径20センチほどの青く美しい色をした珠が、片方のバジリスクの腹に大切そうに抱えられていた。
「翡翠の珠か?」
 見た目をそのままロッキッキーは口にした。確かにそう見えなくもないが、バジリスクが宝物をため込むという話など聞いたこともなかった。
「違うんじゃない?何か生きてるみたいよ。」
 知られざる生命の精霊の動きを感じてエルフィーネはそう否定した。だがそれが生き物として、一体何なのか彼女らには皆目見当が付かなかった。
「それはバジリスクエッグですよ。」
 いつの間に来たのか後ろからザンがそう話しかけた。
「エッグって‥‥。これ、バジリスクの卵なの?」
 エルフィーネはその美しき珠を示してそう呟いた。信じられぬと言った表情をしていた。
他の2人の内、ルーズの方はそういえばそうだね、という顔をしていたが、ロッキッキーの方はエルフィーネと同じく驚いたようだ。
「結構珍しいんじゃねぇのか?」
 ロッキッキーは卵を見ながらザンにそう尋ねた。
「でしょうね。かく言う私も実物を見たのは初めてです。」
 ザンは素直に頷いた。
「高く売れるかな?」
 ルーズはそうザンに尋ねた。
「珍しい物を集めているような好事家なら買ってくれるかも知れませんが、どうでしょうかね。」
 ルーズの言葉にザンはやや否定的なようだ。
「うーん。あんまり儲かりそうにないなあ。」
 そんなことを呟いてルーズは卵を持ってかえることを諦めたようだ。ロッキッキーやエルフィーネの方も同様であった。
もっともエルフィーネの方は頼まれたって持っていくのは嫌、というに違いないが。
結局バジリスクの卵はそのままにされることになった。親を失ったその卵の子にとって、その事は果たして吉なのだろうか凶なのだろうか。
 ようやく戻ってきたフォウリーとソアラに簡単に石像のことと卵のことを報告した。
やはり卵の方は放置されることとなったが、石像の方は相談の結果、ロッキッキーが神の力を借りて癒すことになった。ロッキッキーは神妙な面もちで石像の前に立った。
彼の使おうとする”神の奇跡”はかなり高位の司祭でなければ使えないものである。それ故に失敗の可能性も高く、何よりも治るとは限らないのである。
彼は静かに神聖語の詠唱を始めた。
その静かな、そして荘厳な口調に、他の者達にも緊張がみなぎった。
『偉大なる知識の神ラーダよ、魔獣の力により石と化した我が友リファニーの体を柔らかき、美しき肉体へと癒したまえ。』
 ロッキッキーの詠唱が終わると同時にリファニーの石像は眩き光を発した。光が消えた次の瞬間にはリファニーの体は生身へと戻り、そして支えを失ったかのように前のめりに倒れようとした。
慌てて近くにいたロッキッキーとソアラが彼女の体を抱えた。そしてゆっくりと床に寝かせた。
ローブに被われているとは言え、そのふくよかさが分かる胸が微かに上下しているので、死んでいるという事はないだろうが、なかなか目を覚ましそうにはなかった。

彼らはしばらくそこで彼女の回復を待つことにした。
 しばしの休息を持て余したザンは何気なく天井を見上げた。彼は一瞬怪訝そうな顔を見せた。
何故ならば天井には直径2メートルほどの穴がぽっかりと空いていたのだ。
「フォウリー、天井に穴が開いているのですが。」
 ザンはすぐさまそう言ってフォウリーに知らせた。
「あら、本当だわ。」
 つられたように見上げたフォウリーもその穴の存在を見つけた。もちろん暇を持て余していた彼女らはすぐさまその穴を調べることにするのであった。
この部屋の天井までの高さはおよそ3メートルほどである。
生身の人間がどうにかしてその穴に昇るのはおそらく不可能であろう。結局ザンがフライトの呪文でロープを持って上がることになった。
「少し離れていてください。」
 エムをエルフィーネへと渡したザンはそう言って仲間達を下がらせ、古代語の詠唱を始めた。詠唱を終え、ロープをしっかりと持つと、彼は心の中で”浮け”と念じた。
途端に彼の体は重力に抗ってふわりと浮き上がった。ザンは仲間達の見守る中、慎重に天井の穴を目指していった。
 穴の上は下の部屋より一回りほど小さな部屋になっていた。
ただ部屋の隅から隅まで、また床から天井までびっしりと木箱が積み上げられているので、部屋の大きさはザンの推測に過ぎないのだが。
また部屋の南東の隅には何やら銀色の小箱が置かれていた。
− 何でしょうかね、あの箱は?
 もちろん彼は自分から近付こうとはしなかった。
ロープを手近な木箱にくくりつけ、下で待っているロッキッキーに合図を送ると、ロープの根本を支えた。
軽々とロープを伝って、ロッキッキーはその部屋へと昇ってきた。
そしてザンが促すより速く、その銀の小箱に気が付いた。
「何だ、あの箱は?」
 ロッキッキーは小箱を示しながら、ザンにそう尋ねた。
が、無論彼の方も分かるはずが無かった。
「宝箱‥‥とも違うみてぇだしなぁ。」
 そんなことを呟いてロッキッキーはいつもの調子で小箱へと近付いた。
ザンの見守る中小箱から1メートルほどに近付いた時、不意に小箱が閃光を発した。
「!?」
 その次の瞬間には、それは光の球となってロッキッキーへとぶち当たった。
思わず彼はうめき声を上げた。
光の放たれた瞬間ザンは僅かな魔力を小箱より感じた。
そして放たれた物は確かに”エネルギーボルト”であった。
− あれは‥‥魔法のトラップ?
 ザンはそう考えた。
ともかくも侵入者を撃退する物であることには間違いないようであった。
「ロッキッキー、戻ってください!」
 ザンは必要最小限の事を彼へと叫んだ。ロッキッキーの方も転がりながらザンの元へと戻ってきた。
「なんだい、ありゃあ。えらい目にあっちまったぜ。」
 ロッキッキーは腹部の辺りをさすりながらそう言った。
「魔法のトラップのようですね。気付かなくて済みません。」
 ザンはそう言って軽く頭を下げた。
「良いって事よ。それより解除できるのか?」
 ロッキッキーは笑った後、真剣な顔でそう尋ねた。
「やってみましょう。」
 ザンは頷いて呪文の詠唱を始めた。
『全能なるマナよ、彼の物に古の魔法使いが掛けし魔法の戒めを、その力を持ちて解きたまえ。』
 詠唱が終わっても小箱には特に変化は見られなかった。
「成功か?」
 ロッキッキーが心配そうな表情でそう尋ねた。だがザンの方は自らの魔法に確かな手応えを感じていた。
彼は頷くと無造作に小箱へと近付いた。結果は、ザンの感じたとおりであった。
小箱はもはやただの小箱に過ぎなくなっていた。
「さあ、部屋の探索をしましょう。」
 ロッキッキーの方を振り返り、ザンはそう言った。
 その部屋はどうやら食料庫として使われているようであった。部屋中に積まれた木箱にはパンや乾燥肉などの食料がびっしりつまっているのだ。
だがそのどれも腐っていないので、誰かが、おそらく砂漠の民が食料庫として使用しているのだろうか。けれども神聖なる場所にその様なことをするのだろうか。
結局誰が何の目的で置いたか分からない食料を、帰りの旅路のために全員が持てるだけ持っていくことになった。その後、リファニーが回復するのを待って、まだ遺跡の探索していない箇所へと向かうこととなった。
しばらく後でリファニーを加えたフォウリーら一行は、大ピラミッドの方へと向かうのであった。
 バジリスクの部屋を出たフォウリーらは、先ほどの無限に続いているように見える階段を下りてみることにした。
相変わらず聞こえる不気味な野獣のうなり声に眉をひそめながらも、彼女らは一段一段慎重に降りていった。階段の終わりは唐突だった。
ものの数十段しか降りないうちに、降り終えてしまったのである。驚いて振り返った彼女らの目には、上の通路もちゃんと見て取れた。
しかも不気味なうなり声すら聞こえなくなっているのだ。
「‥‥どうやら幻影だったようね。」
 フォウリーはそう結論づけた。
「その様ですね。」
 ザンも苦笑しながら頷いた。
「なーんだ、怖がって損しちゃった。」
 うなり声が消えた途端に今までの静かな様子は何処へやら、すぐにそう呟いたエルフィーネであった。
「ともかくも進んでみよう。」
 ソアラはそう言ってまだ続く通路の奥を示した。
「そうね、行きましょう。」
 フォウリーは頷いて先頭に立って歩き始めた。他の者もそれに続いた。
通路はしばらく行くと南の方に曲がっていた。
 そしてすぐに部屋へとつながっていたのだ。部屋は一辺が8メートルほどの正方形をしており、天井の高さはその半分くらいであった。
床の中央には直径2メートルほどの穴が開いており、その向こう側に何やら奇妙な石像があぐらをかいて座っていた。
「変な石像。」
 エルフィーネは腕が十二本もある巨人の石像を見て、そう呟いた。
その精巧さ、質感からいってもよほどの名工の作なのだろうが、よほどの好事家でなければこんなの物は欲しがらないだろう。
「まったく、本当に異様だぜ。」
 ロッキッキーもその石像を見てそう呟いた。
「一体何を型どった物なんでしょうかね?」
 ザンも石像を見ながらそう言った。確かに想像だけでこれだけの石像を細部まで細かく仕上げることは不可能であろう。
「ヘカトンケイレスという巨人の一種ですよ。千手巨人とも言われていますが、深い地下迷宮などで財宝や古代王国カストゥールの秘密などを守っているそうです。しかし何にしてもかなり珍しい巨人種ですわ。」
 ザンに対してリファニーがそう説明した。
幾人かは財宝とか古代王国の秘密とかに惹かれたようだが、石像には関係のない話であろう。ザンの方は一瞬困ったような表情をした後、そうですかと当たり障りのない返事を返した。
「まあどうでも良い事よ。それよりも穴の底に何かあるかしら。」
 フォウリーは石像には全然興味を示さなかった。一人そう呟きながら穴の淵へと近寄った。
途端に、まるでそれを待っていたかのように大地が揺れだした。
「なっ、何?」
 フォウリーはその場に踏みとどまって、戸惑いつつそう口にした。
「地、地震だ!」
 壁にしがみつきながらルーズがそう叫んだ。確かにそれは地震であった。
しかもかなり大規模なもので、フォウリー達は床にしゃがみ込むか、壁に寄り掛からなければならないほどの揺れであった。
ぱらぱらと頭上から砂と埃が舞落ち、彼女らに遺跡が崩壊するのでは、という不安を抱かせた。10分も20分も揺れた様な感じだが実際には1分程の揺れの間、何とか遺跡の方は持ちこたえたようだ。
 その間エルフィーネは精霊力の異常な増加を肌で感じていた。
− これは知られざる生命の精霊?
 頭を抱えて蹲りながら彼女はその異常な精霊力の正体を見いだした。だがそれ以上のことはしなかった。
他の者も彼女の感じたその精霊力を感じることが出来た。もちろん精霊力としてではなく、不思議な力が体の中に沸き上がるという感じでだ。
「ふう。なんとか収まった様ね。」
 よろよろと立ち上がりながらフォウリーはそう言って息を着いた。
「そうだな。」
 肩や頭の埃を払いながらソアラはそう頷いた。
「クロードロット師の言っていた”異変”ですかね。」
 抱えていたエムを放してザンはそう独白するように呟いた。
「さあねぇ。」
 肩に止まった梟の頭を撫でてルーズは首をひねった。それを真似てかライスも首を回した。
「ちょっ‥‥と、石像を見て!」
 異常なほどの強い精霊力を感じて辺りを見回していた、エルフィーネの驚きに満ちた声が仲間達の耳に届いた。
その声に仲間達は先ほどの12本の腕を持つ巨人の石像の方を向いた。しかし石像はそこにはなかった。
変わりに石像とうりふたつの姿をした、生身の巨人がそこにいたのである。
「どういう‥‥事だ?」
 ロッキッキーのもっともな問いに誰一人答えることが出来なかった。
 驚愕の視線を向けるフォウリーらの前でその巨人はゆっくりとその瞳を開けた。巨人の方もまた自らの他に何かがこの部屋にいることに驚いたようであった。
そしてすぐさま憤った表情になり、彼らに激しい言葉をたたきつけた。
『お主ら財宝を狙った盗賊だな。けしからん奴らめ!この神聖な場所からとっとと出て行け!!』
 巨人はジャイアント語でそう彼らへと命じた。
フォウリーやエルフィーネらには理解できない言葉であったが、すぐにルーズがそっと共通語に訳した。
それを聞いて一瞬呆気にとられたもののフォウリーらは慌てて弁明した。
「私達は盗賊ではないわ。友人を捜してこの遺跡へと来たの。でも勝手に入ったことは謝るわ。」
 リファニーを示しながら話すフォウリーのその言葉を、ルーズがジャイアント語へと通訳した。
巨人の方も聞き慣れぬ言葉をフォウリーがしゃべったので少し驚いたようだが、訳されたものを聞き、納得したように頷いた。
『その様なことならしょうがないな。だがなるべく早く立ち去るように。』
 どうやら物わかりが悪い、と言うわけでは無さそうである。
「あの、少し聞きたいのですが、この建物は一体何なのでしょうか?」
 興味を抑え切れぬといった表情でリファニーはそう巨人へと尋ねた。
『このピラミッドは気象をコントロールする施設なのだ。自然の精霊力のバランスを回復させ、異常気象を抑える力がある。かつてはこのような施設が世界各地に幾つもあったのだが、今でも残っているのは、おそらくここだけだろう。』
 巨人はそう答えたが、その最後は言葉の分からぬ者が聞いても寂しげであった。もしかしたらこの巨人は古代王国時代からの生き残りなのかも知れなかった。
「異常気象を抑えるって言ったわよね。この建物にそんな力が、技術があるの?」
 巨人の言葉を聞いてフォウリーはそう尋ねた。多少今の異変についての事を考えているようである。
『そうだ。数百年前、アレクラスト大陸を支配していたカストゥール王国が滅亡の危機に瀕したとき、良識ある魔術師達は心を痛めた。王国が滅びるのは、時代の流れで仕方のないことかも知れない。だが、気象コントロールの技術が失われるために、多くの民衆が災害に苦しめられるのは、何としてでも避けたい。そしてそれにはピラミッドを管理する者が必要だ。彼ら6人の魔術師たちはそう決意して、このピラミッドにこもり、黄金の棺の中で眠りについた。百年に一度、天の星々が不吉な配置になり、アレクラスト大陸を異常気象が襲う時、彼らは七日間だけよみがえり、ピラミッドのパワーを使って気象をコントロールする。そして危機が過ぎ去ったら、彼らはまた百年の眠りにつくのだ。』
 巨人は流暢な口調でそう答えた。通訳するルーズの方もそのあまりの速さに必死であった。
「この一つだけでその異常気象とやらを抑えられるのか?」
 そう聞いたのはソアラであった。ルーズの訳を聞いた巨人は黙って首を横に振る。
『もちろん、このピラミッド1基だけでは、アレクラスト全土の気象を完全にコントロールすることは出来ない。せいぜい被害を半分に抑えられるだけだろう。それでもたいしたことだ。一万人死ぬはずの所を、五千人で済む。‥‥五千人の命を救うことが出来るのだ。』
 巨人は力強い口調でそう語った。
一万人だろうが五千人だろうが死ぬことには変わりがない、と皮肉っぽく思うのはエルフィーネだけであろうか。 それでもやらないよりは、よほどましなのだが。
否、巨人の方もエルフィーネが思ったような違和感を抱えつつもやっていかねばならないので、口調が強くなっているのかも知れなかった。
「そういえば貴方の名を聞いてませんね。」
 思い出したようにザンがそう言った。
『我が名はバウル。彼ら”守護者たち”に奉仕する者だ。彼らのために働き、彼らを守るのが任務だ。さあ、分かったなら私の邪魔をしないでくれ。これから上の部屋に行って、ご主人様たちを起こさなくてはならないのだから。』
 そう言ったバウルの語尾に何処かでごとごとと重い何かの動く音、そしてすさまじい動物の悲鳴が重なった。
「なっ、何?」
 エルフィーネは思わず隣のフォウリーに抱きついてしまう程の驚きようであった。
「上からだわ。行ってみましょう。」
 フォウリーらはばっとその部屋から駆け出した。
『まて。私も行こう。』
 その後を這い蹲ったバウルがゆっくりと追っていった。

 悲鳴の元らしき所はすぐに分かった。
バウルの言う”守護者”達の棺のある円形の部屋へと続く階段の罠が作動していたのである。
その罠とは通路の両側の壁がまるで万力のように罠にかかった哀れな者を押しつぶすというものであった。
その罠に何かが引っかかりそして潰されたようで、壁の隙間から赤い血が流れ出ていた。
おそらく先の悲鳴はその何かが発した断末魔の悲鳴であったのだろう。
「この罠はどうやって解除するんだ?」
 一応罠等の専門家であるロッキッキーはバウルにそう尋ねた。もちろんルーズを通してであるが。
『一分ほどで自動的に解除されるはずなのだが‥‥。』
 バウルはそう言って動き出す気配のない壁を見つめた。
『向こう側にあるスイッチに何か異常があったのかもしれん。』
「ここからじゃあどうしても解除できないの?」
 エルフィーネがじれったそうにそう尋ねた。
バウルは険しい顔で首を横に振った。
『無理だ。しかしそれよりも厄介なことになった。このままこの罠が解除されなければ、私は守護者達を起こすことが出来ない。』
「そうなると‥‥どうなるの?」
 エルフィーネは何処と無く不安そうな表情でそう尋ねた。
『異変の力を弱めることが出来ない。つまり本来なら助けられる多くの人々が死なねばならない。』
 バウルは焦燥をあらわにしてそう言った。
「エルフィーネ。魔法は?」
 フォウリーは石壁をこつこつと叩いてそう呟いた。地の精霊の力を借りて穴を開けられないかと尋ねているのだ。
『無理だ、土の精霊の力などこの中ではおよばん。魔法を遮断する特殊な材質で作られているのだ。』
 フォウリーの意を察したバウルがエルフィーネより先にそう答えた。
「何か方法はねぇのか。」
 いらついたようにロッキッキーがそう言った。
『もはや方法は一つしかない。いったん外に出て大ピラミッドの東面にある入り口から中にはいるしかない。』
 バウルは大層な感じでそう言ったが、聞いたフォウリーらは拍子抜けたようだ。そんな簡単な方法があるなら始めから言えばいいのに、と何人かは思っただろう。
「ピラミッドの東面に、入り口があるのね?」
 フォウリーは念を押すようにそう言った 『ああ、そうだ。そして済まないがよろしく頼む。私が行くと足手まといになるだろうから、ここで待っている。』
 バウルはそう言って頭を下げた。
確かに通路を這い蹲って進まねばならないバウルを連れていったら、時間ばかりが掛かるだけであろう。
「分かったわ。さあ、行きましょう。」
 フォウリーは仲間を促し、バウルが見送る中で通路を戻っていった。

 フォウリーらは大ピラミッドから小ピラミッドに抜け、さらに秘密の通路から遺跡の外へと這い出た。
途中二度ほどジャイアント・スコルピオに襲われたが、エルフィーネの魔法によって二度とも撃退した。
遺跡の外へと出てみると、すでに異変がかなり進行しているのが良く分かった。
空は厚い雲に覆われ、風が強くなっており、雨が降り始めていた。
どうやら嵐が近付いているようであった。
無論ここだけでなく、アレクラスト大陸各地で同様の異常気象が起こっているのだろう。
「かなり”異変”が進行しているようだな。」
 空を睨みながらソアラはそう呟いた。
彼は気候の異常を肌で感じとったのだ。
「すでに何処かで被害が出ているかも知れません。」
 自体を重く見たのか、それとも祖父の影響からか、くっと唇を噛みしめてリファニーはそう呟いた。
「早く行きましょう。」
 フォウリーはそう言って仲間を急かした。
彼女らは小ピラミッドの脇を抜け、大ピラミッドの方へ行こうとしたが、大ピラミッドの周りに多くの人間が集まっているのに気付き、慌てて小ピラミッドの影に身を隠した。
「何なのよ、あいつらは。」
 自分らの方も急いでいるのでエルフィーネの口調は決して好意的ではなかった。
もちろんその集団が十分怪しすぎたからでもあるが。
「‥‥あの服装!砂漠の民ですね。」
 その集団を観察していたザンがそう答えた。
「砂漠の民って、あの砂漠の民?」
 エルフィーネは悪い冗談だと言わんばかりであった。
見た所、砂漠の民は老若男女全てが集まっており、何かの呪文であろうか一心不乱に詠唱しているのである。 何処からどう見ても儀式以外の何物でもなかった。
砂漠の民は儀式を見たよそ者は決して生かしては帰さないと言うではないか。
「最悪だわね。」
 舌打ってフォウリーはそう言った。
「どうすんだ。いかに俺でもあれじゃあ近づけねぇぞ。」
 先手を打ったようにロッキッキーはそう言った。
小ピラミッド以降には身を隠すところが何もないのである。 いくらロッキッキーといえども、近付くことすら無理であろう。
それにあれほどの人数がいては、魔法で姿を隠しても、大ピラミッドまでたどり着くのは困難であろう。
「話し合いってのは駄目?」
 控えめにルーズがそう提案した。
「さあ。何なら自分でやってみたら。」
 フォウリーにそう言われて、ルーズはあっさりと自分の案を捨ててしまった。 彼女らの話し合いはそこから膠着状態に陥ってしまった。
それを打破したのはエルフィーネであった。
「ねぇ、バウルさんなら何とかなるんじゃない。一応遺跡の番人だしさ。」
 エルフィーネはそう提案した。
「うーん‥‥そうね。じゃあいったん戻りましょうか。」
 フォウリーは少し考えたが、結局代案が浮かばなかったので、エルフィーネの案に乗ることにした。 幾らか強くなった雨の中、彼女らは今来た道を戻っていくのであった。
 生命のクリスタルの部屋の前に戻っていたバウルに事情を説明し、渋る彼を連れ出すように小ピラミッドの影へと再び戻ってきた。
だがそこまできて、不意に天啓とも言うべき記憶がリファニーの脳裏に甦った。
「バウル、顔を見せないで!それから‥‥貴方と貴方も。」
 彼女はバウルに小さな、しかし鋭い声でそう言った後、エルフィーネとロッキッキーにも同様の指示を出した。
言われた3人は3人とも思わず身を伏せるが、すぐにエルフィーネは不満そうな顔を見せた。
「どうして頭なんか下げなきゃいけないのよ?!」
 唇をとんがらせてエルフィーネはリファニーにくってかかった。
「無益な争いを起こさないためよ。」
 リファニーの方はいたって冷静であった。
「どう言うことだ?」
 渋い顔でそう聞き返したのは、これまた指名を受けたロッキッキーである。
「彼らはかなり閉鎖的な部族なのよ。人間ですらおいそれと彼らと接することは出来ないのに、エルフやハーフ・エルフ、はてはヘカトンケイレスが顔を見せでもしたら、問答無用で戦闘になるわ。」
 リファニーは砂漠の民の方を示しながらそう言った。
しかし彼女の記憶には少し間違いがある。 ハーフ・エルフは姿を見せても平気なのであった。
「確かにそうでしたね。普通なら彼らの儀式を見ただけで殺されてしまうような所ですからね。」
 ザンも彼らの事を思い出したかしたようだ。
「じゃあどうすればいいのよ?」
 そうは聞いてもエルフィーネの方は感情が全然収まらなかった。 いや、エルフを認めないという事に関してむしろ怒りを感じていた。
だがその事に関してはリファニーは首を横に振った。
彼女とてそこまでは思いつかなかった。
フォウリーらにリファニーとバウルを加えた一行は、そこでしばし議論を重ねた。
 だが結局これは、と思える案は出てこなかった。そしてこういった時の方法というのは一つであろう。
「しょうがないわ。強行突破よ。」
 フォウリーはそう言ってすくっと立ち上がった。
他の者は不安そうに彼女を見るが、彼らとて良い案があるわけではなかった。
結局、フォウリーの言った通りにすることになった。
ただバウルの足の速さでは足手まといにしかならないので、彼とそれとリファニーには罠の階段の所で待っていて貰うことになった。
2人が秘密の通路に消えるのを待ってから、フォウリーらは一斉に小ピラミッドの影から飛び出した。
そして一目散に大ピラミッドの東面目指して走り出した。
 もちろん彼らは、すぐにピラミッドの前で詠唱を行っている砂漠の民たちに見付かった。
当初は驚きが、ついで怒りが彼らを支配し、神への祈りは一時中断され、砂漠の民たちは雄叫びをあげて駆け寄るフォウリーらを威嚇した。
それでも余所者の珍入者達が止まらないことを知ると、族長らしき男の号令一下砂漠の民たちは高度な攻撃用の精霊魔法を次々に放った。
魔法が雨霰と降りしきる中、砂漠の民の魔法戦士の一人が放った”バルキリーズ・ジャベリン”がエルフィーネの腹部を貫いた。
「うっ‥‥。」
 思わずそう呻いて倒れかかった彼女の心に、大きな殺意が芽生えた。すぐさま体勢を立て直すと、彼女は精霊語を口にした。
精霊語を解する者なら、彼女が何をしたか分かったであろう。
エルフィーネは風の精霊王の力の一部をこの地に召喚しようというのだ。
その数瞬後には、砂漠の民たちが密集していた辺りに、精霊王は召喚され、嵐となって過ぎ去っていった。彼女の魔法は多くの非戦闘民を虐殺し、まさに阿鼻叫喚といった世界をそこに出現させてしまった。
「くっ‥‥。」
 その光景を見て一瞬怒りに我を忘れたことを悔いながらも、彼女は仲間達を追ってピラミッドの東面にぽっかり現れた、おそらくザンが開けたのだろう、扉へと向かった。
だがその彼女を、族長はそのまま行かせはしなかった。
ようやく仲間の待つ扉へとたどり着いたエルフィーネめがけて、渾身の”バルキリーズ・ジャベリン”を放ったのである。
「きゃあ?!」
 寸分の狂い違わず、体を回避不能の槍に貫かれた彼女は、扉を前にして力つきて倒れてしまった。
だが彼女の幸運は扉の向こう、すぐ近くに仲間達がいたことであった。
扉の真ん前で倒れたエルフィーネを、フォウリーが中へと引っ張りあげた。
「扉閉めて!速く!!」
 フォウリーがそう叫ぶと同時にソアラとルーズが扉を閉め、最後にザンが魔法で施錠をした。
間一髪で何とか砂漠の民たちを振り切ることが出来たようだ。
しばらくは扉の前をうろついているであろうが、”神聖な場所”へは彼らは踏み込んでは来ないだろう。
魔法の力でエルフィーネを回復させた後、フォウリーらはピラミッドの奥へと足を踏み入れるのであった。

 東面の入り口は円形の棺のある部屋より少し上の付近にあった。先ほど骸骨の幽霊を見て、引き返した階段を上った辺りである。
もちろん階段を下りるとき幽霊など出ては来ず、無限に降りる階段と同じように幻影であったらしかった。
だがその事に関して文句を言うよりも、とりあえずバウルとリファニーを迎えに行くことが先決であった。棺と噴水のある円形の部屋を通り、彼女らは罠のある階段へと急いだ。
 その場にたどり着いたとき、エルフィーネとフォウリーは思わず顔を背けた。 男達も顔こそ背けなかったものの、唖然としたことは確かであった。
この階段の罠を作動させたのは、一匹のジャイアント・リザードであった。
おそらくジャイアント・スコルピオンと一緒に石化されていた奴であろう。 その不運なリザードは体の後ろ半分を壁に挟まれて死んでいたのだ。
死体の周りには何とかして罠から逃れようとしたのか、もがいた後が見て取れた。
「‥‥ロッキッキー、罠のスイッチを探して。」
 何とか衝撃から立ち直ったフォウリーはそう呟いた。
「ああ‥‥。」
 彼はそう答えると、一瞬だけリザードの死体に目を向けた後、壁際へと座り込んだ。
スイッチ自体はすぐに見つけることが出来た。 リザードの鼻先辺りの壁に巧妙に隠されていた。
おそらくリザードがもがいたときに鼻か何かをぶつけたのであろう。
ロッキッキーは罠のないことを確認してからスイッチを入れた状態にした。
「おわったぜ。」
 そう言ってロッキッキーが立ち上がるのとほぼ同時に、階段の所の壁ががたごとと左右に開いていった。
そしてその向こうには心配そうな表情のリファニーとそしてバウルがいた。 リファニーはリザードの死体を見たときに一瞬だけ視線を逸らしたが、後はもう平常通りであった。
バウルの方はむしろそのリザードに怒りを感じているようであったので、一瞥をくれただけでもう気にもしなかった。
『さあ、急いでご主人様を目覚めさせねば。異変はすでに始まっている。』
 バウルはそう言って這いずるように階段を上ってきた。途中死体をごみでもどけるように階段の脇にどけてだが。
「私達、その儀式とやらを見させて貰ってもよろしいかしら。」
 そのまま進もうとするバウルにフォウリーはそう尋ねた。
理由は幾つかあるが、やはり砂漠の民たちのほとぼりが冷めるまで、身を隠していたいと言うのが一番大きなものであろう。
『‥‥私とご主人の邪魔をしなければいいだろう。』
 振り返ったバウルはしばらく考えた様子だが、借りがあると思ったのだろうか、そう言った。
そしてまた這い蹲って先を急いだ。 その後をフォウリーら7人も着いていった。

 棺の間へと来たバウルは、入り口付近でフォウリーらを待つよう示すと、自らは部屋の中へと入っていった。 そして一つ一つの棺の前でおそらく合い言葉であろう言葉を発し、重そうな蓋をそれぞれずらしていった。
蓋が開いた棺から順に人間が起き出してきた。 彼らは二度、三度確かめるように体を動かすと、フォウリー達や、彼らを起こしたバウルにすら目もくれず、次々に部屋を出ていった。
やがて部屋には六つの空になった棺と、フォウリーら、それにバウルのみが残された。
「彼らが”守護者”ですか?」
 ザンがそうバウルへと尋ねた。
『ああ、そうだ。』
 バウルは頷いた。
少し不敬な彼の言い方にむっと来たようだが、その事に関しては何も言わなかった。
「彼らは何処に行ったの?」
 フォウリーはあっと言う間に姿を消した6人の男女を思い浮かべながらそう尋ねた。
『自らの担当するクリスタルの部屋へと向かわれたのだ。もうすでに儀式を始めておられるだろう。』
 バウルはそう説明した。
おそらく彼女らがひどい目にあった精霊を封じ込めたクリスタルのある部屋の事だろう。
「儀式ってどのくらいかかるの?」
 時間を気にしているのはもちろんエルフィーネである。
『二日ほどかかる。その間は儀式に集中していなければならないので、主人達は誰の相手もなさらない。』
 バウルはそう言って首を横に振った。 エルフィーネが彼らと話したいと勘違いしたいのだろう。
もちろん何かをいいたげなエルフィーネであったが、外をうろついているであろう砂漠の民たちのことを考えると、彼の不興を買うことは出来なかったので何も言わなかった。
「あの‥‥儀式が終わるまでここにいてもよろしいですか?彼らと少し話がしたいので。」
 そう言ったのはリファニーである。
もっとも彼女の口調と素振りからは、もし駄目だと言われても居座ると気であるといった感じが見て取れた。
『それはかまわんが、くれぐれも主人の邪魔をしないように。』
 バウルは再度そう言って念を押した。
 彼らはこうしてつかの間、古代王国滅亡以後、おそらく初めてのこの遺跡の客人となるのであった。

 儀式は正確に48時間後に終わりを告げた。 守護者達は次々と部屋から姿を表したが、誰もがぐったりとしていた。 おそらく不眠不休で儀式を続けていたのであろう。
彼らは一旦棺の中に戻ると、睡眠をむさぼり始めた。 丸二日間待ち続けていたフォウリーらはさらに待たされることになったのである。
だが確かに儀式の効果は如実に現れているようであった。 儀式が始まった当初はあんなに荒れていた天気が、今は嘘のように穏やかで、雲の隙間から青空すら見えるのだから。
 およそ6時間後、守護者達はまるで謀ったように6人が一斉に目覚めた。 そしてフォウリーらの姿がまだあるのを知ると、そこで初めてバウルに説明を求めた。
彼の簡単な説明で事情をほぼ把握した守護者達は、彼女らに対し自らの名を名乗りそして口々に礼を言った。
フォウリーらもそれぞれに自己紹介をした。
「それよりも儀式はうまく行ったのですか?」
 その後で心配げな表情で、ザンはそう守護者達に尋ねた。 あるいは失礼な質問であったかも知れないが、彼らは怒りはしなかった。
「おそらくコントロールはうまくいったと思う。異常気象はかなり防げたはずだ。もちろん災害を完全に防げなかったから、あちこちで死者は出ただろが、それでも何もしなかったよりははるかにましだ。」
 守護者の一人の初老の男性、バグラフがそう答えた。 バウルが答えと事とほぼ同じであったが、彼はもっと自らの行為の有意義さを信じていた。
「そうですか。」
 ともかくもザンはほっとしたようであった。
しかしその後のしばしの沈黙の後、完全に質問者と回答者の立場は逆転してしまった。
守護者達は非情に好奇心が旺盛で、自らが眠りについていた百年間の世界の変化のことを非情に知りたがったのだ。 そして特に興味を抱いているのは、オランの魔術師ギルドが古代カストゥール王国の謎を何処まで解明したか、と言うことであった。
それらのことについては、”賢者の学院”の高位の賢者であるリファニーと出身者であるザンが主に答えて、後の者は補足程度に2、3口をはさんだだけであった。
守護者らの質問が一段落した後で、それを待っていたかのようにリファニーが口を開いた。
「私達はもっと古代カストゥール王国のことを知りたいのです。あなた方の知っている王国の秘密をどうか話してくれませんか?」
 彼女の願いに守護者らは首を横に振った。
「いや、君たちは一歩ずつ、自分たちの力で学んでいく方がいい。我々の魔法の技術は、君たちのそれよりも進みすぎている。君たちが我々の知識をいきなり手に入れても、うまく使いこなせず、かえって社会が混乱してしまうだろう。たとえば、このピラミッドの力にしても、悪用すれば世界を破壊する武器になるのだからね。」
 バグラフはリファニーに諭すようにそう言った。
確かに気象を操れるこの遺跡の強大な力は、この世界を破壊して有り余るものであろう。
「魔法は力だ。力は使い方を誤れば暴走する。カストゥール王国はそのために滅びた‥‥。君たちにその二の舞を踏んで欲しくない。慎重に、少しずつ、使い方を学んでいって欲しいのだ。」
 カインズという壮年の男性がそうつけ加えた。
「そうですね、貴方の言うとおりです。」
 リファニーはそう答えた。
自分の考えより、彼らの考えの方が正しいことを悟ったのだ。
「4日後には、私達は再びこのピラミッドを封印し、百年の眠りにつくわ。次に目覚めるときには、人々がもう少し賢くなり、偉大な魔法の力を使いこなすことが出来るようになっているかも知れないわね。そうなったら、このピラミッドの秘密を公開しても良いと思うわ。私達もこの孤独な使命から解き放たれるのね。」
 初老の女性、メイリムはそう呟いた。
自らが選んだ道とはいえ、すでに知り合いは無く、いや故国すらない今の自分の身に一抹の寂しさを感じているのだろうか。
「私達は生きてないわね。」
 時を超えた使命の雄大さに想いを馳せながらフォウリーはそう独語した。
もっともエルフィーネとロッキッキー、それにもしかしたらザンとリファニーは次の異変まで生きていられるであろうが。
「君たちにお願いする。このピラミッドの中で見たことは、誰にも話さないでほしいのだ。財宝目当ての愚かな侵入者に入ってこられては困る。少なくともあと百年は、我々のことは秘密にしておきたいのだ。」
 バグラフはそう言って頭を下げた。
しかしそれはフォウリーらの大部分に、死の旅路まで秘密を持って行けと言っているようなものであった。
「分かったわ。それは約束するわ。」
 フォウリーはそう言って頷いた。 仲間達も渋い表情の者もいたが、ともかくも全員が了承した。
「ありがとう、冒険者たち。その代償と言っては何だが、先ほどのお礼も兼ねて謝礼をしようと思うが‥‥。」
 バグラフはそう言って他の守護者達を見回した。 彼らの方も異存がないようだ。
「済みません、御好意に甘えます。」
 フォウリーらはそれぞれに自らの欲しいものを上げていった。
守護者達は最大限彼らの希望に添ってくれ、中にはなかなか決まらない者もいたが、どうにか全員が謝礼を受け取ることが出来た。
もっともルーズの剣は呪われている、と教えられたとき、彼は報酬の代わりにその呪いを解いて貰うことにしたようだが。 呪いを解いて貰った彼はもう二度とその剣の触ろうとせず、仲間から予備の武具を譲り受けていたが。
そして、砂漠の民達の復讐をかわすため、彼らはもうしばらくピラミッドの中で過ごすのであった。
 冒険はともかくも終わり、冒険者達は古代王国の遺跡の中でゆっくりと傷ついた心身を癒すのであった。
だがまだ彼女らは知らなかった。 世界を揺るがさんとする運命が再び何処かで動き始めていることに‥‥。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1994

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

To be continued.....
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