SW9-1

SWリプレイ小説Vol.9−3

英雄組曲・冒険という夢 第三楽章 夢の終焉


間奏曲

『ハドア・ゲラルクの魔法装置』

天にあるは遊星
下りて光は流星
地を砕くは隕石
これらが一つであることを
ハドア・ゲラルクはつきとめし
これらが一つであることを
彼が魔法装置は明らかにする
三つの魔晶石輝くとき
装置は遊星に呼びかける
遊星は応えて流星となり
流星は地に降り注いで隕石となる
力を恐れた王帝は
ハドアを刑し、三つの魔晶石を天に封ず
しかし、ハドアは言い残す
暗黒の太陽を横切って、三つの星落ちるとき
星は星を呼ばん
地上は鉄槌に打ちひしがれん

 エレミアの北、悪意の砂漠の二つ名を持つカーン砂漠の何処かにある古代魔法王国カストゥールの遺跡でフォウリーらとリファニーの一行は数日を過ごした。
その間”守護者達”との交流によって、古代王国の事を朧気ながら知ることが出来た。
と言っても魔法文化のことではなく、生活様式や政治形態などのことをであるが。
それでも文献にしたら、今までに書かれたどのようなカストゥールの本よりも、貴重なものになることは間違いないだろう。 何せその時代に生きていた者達の話を聞いているのだから。
また守護者達の方も今の時代の事にかなり興味持っているらしく、こちらの質問が途切れると逆に質問を浴びせるほどであった。 彼らにしても古代王国滅亡以後の世界の話を聞くまたとない好機であったに違いない。
 その様なことがあり、時間は瞬く間に過ぎさっていった。
生命のクリスタルが発動してより七日後、”守護者達”は再びピラミッドを封印し、棺の中で眠りについた。 もっともフォウリーらが壊した扉や、魔獣達の死骸を片付けた後での話であるが。
 彼女らもピラミッドを後にして、オランへと帰還の途についた。 少し離れると、もう遺跡は姿を隠してしまった。
おそらくもう二度と見ることはない、そして数少ないであろう古代王国の生き残り達の事を思いながら、振り返ることなく砂漠を進んでいった。
 いや、正確には砂漠を進んでいったのではなかった。
雨が降ったためか、見渡す限り一面緑豊かな美しい草原になっていたのである。 悪意の砂漠と恐れられている所とはとても思えなかった。
エルフィーネ曰く、おそらく歪んでいた精霊力が一時的にバランスを取り戻したのだろうと言うことであった。
 その夜、星空の下でキャンプをしていたフォウリーらは、夜中夜警をしていたエルフィーネらによって全員が叩き起こされた。 がさごそって音がするの、と言うエルフィーネの言葉通り、確かに何処で何かがうごめいているような音が砂漠に響いていた。 もっともその音に始めに気が付いたのソアラであったが。
 やがて辺りを警戒しているフォウリーらから少し離れた場所に、地中から何かが現れた。
それは小山ほどもあろう、大きな昆虫のようであった。
「ジャイアント・アントライオン!!」
 それを見たエルフィーネは驚いたようにそう声を上げた。 彼女らは蟻地獄の巣の近くにキャンプをしていたのであろうか。
襲ってくるかと思われたジャイアント・アントライオンは意外にも彼女らに気付いていない、というか無視しているようであった。 ただ地面に横たわってじっとしているのだ。
 どうしたものかと見守るフォウリーらの目の前で、ジャイアント・アントライオンの背中が割れ、その背中から青白い光を放つ美しい生物が現れたのである。
「な‥‥なんじゃありゃ?!」
 ロッキッキーはそれを指で示して思わずそう呟いた。 それは、姿は人間に良く似ていて、身長も人間と同じくらいだった。
ほっそりとした体つきで、服は着ていなかったが、性別は良く分からなかった。
腰まで届く長い金髪で、頭から2本の触覚が生えていた。 背中には差し渡し3メートルはあろうかという透き通った羽根が生えていて、ちょうどフェアリーを大きくしたようなそんな感じを思わせた。
またその羽根は、蒼く眩い光の紋様に彩られていた。
「ジャイアント・アントライオンの成虫です。すごい、この目で羽化の瞬間を見れるなんて‥‥。」
 興奮のためかそう言ったリファニーの声は少し上擦っていた。
「あれがあの醜い蟻地獄なのか?」
 ルーズは信じられないと言うような感じでそう呟いた。 その思いは誰だって同じであろう。
「ねぇ、貴方私の言葉分かる?」
 それを端的に行動で示したのはエルフィーネであった。> あまりに人間に似ているので、もしかしたら言葉が通じると思ったのだろう。
だが”それ”はエルフィーネの声を無視した。 やがてその成虫は羽を広げ、夜空へと飛び上がった。
その一匹だけでなく、草原のあちこちから青白い光が飛び上がり、しまいには幾百幾千という光の群れになって砂漠の空を乱舞した。
彼らはしばし自然の芸術に目を奪われていた。

 翌日の昼過ぎ、今までフォウリーらを照りつけていた太陽の光が急に翳り、辺りが薄暗くなった。 草原へと変わった砂漠を歩いていた彼女らは不審がって顔を上げてみたら、なんとも異様な光景を目の当たりにすることになった。
なんと太陽の姿が黒く浸食されて行くのを目の当たりにしたのだ。
「太陽が黒く欠けていく?」
 今まで日食を見たこと無いのだろうか、エルフィーネが半ば呆然として呟いた。
「日食です。」
 その彼女に言うわけでもないだろうが、ザンがそう呟いた。 その間にも太陽はみるみる黒く欠けていき、やがて最後に抵抗するように一瞬輝くと、暗黒に飲み込まれてしまった。
「不吉な事‥‥。」
 リファニーは先ほどまでの残滓すら無くなった黒い太陽をじっと睨んでそう呟いた。
たしかに太陽が全て欠けてしまう日食など不吉の極地の出来事であった。 だが凶事を予感させる現象はそれだけでは終わらなかった。 その黒い太陽を横切るように三筋の流星が空を駆けていった。
そして流星はまったく同じ方向に落ちていくように消えていった。 そしてやがて太陽は光を取り戻し、日食は終わりを告げた。
「日食なんて不吉だな。」
 普段は縁起など担がないロッキッキーも、今回ばかりは神妙そうな表情でそうフォウリーへとそう言った。
「まったくね。過去の文献にも吉事としては載っていないはずだしね。」
 フォウリーも神妙そうな声でそう呟いた。 だが彼女たちは日食中の太陽を横切った三筋の流星の事にまでは思い当たらなかったようだ。
「三つの流星が黒い太陽を横切ったね。」
 誰に言うわけでも無くそう呟いたルーズであったが、隣にいたエルフィーネにはもちろん聞こえたようだ。
「『ハドア・ゲラルクの魔法装置』ね。」
 エルフィーネの方の表情も真剣そのものであった。
「貴方達もそう考えますか。」
 ザンが後ろからそう言った。 ソアラも彼の横で真剣な表情でじっとエルフィーネらを見ていた。
「何?そのなんとかの魔法装置って。」
 初めて聞く単語にフォウリーはそう尋ねた。
「そう言う題の詩があるの。聞きたい?」
 そう応えてからエルフィーネはフォウリーにそう尋ねた。
彼女が頷いたのを見て、エルフィーネは『ハドア・ゲラルクの魔法装置』の全文をそらんじた。
フォウリーやロッキッキーは、詩文の内容と、そして今の現象との符合に、驚きとそして衝撃を受けたようだ。
「その詩文が現実になろうとしているの?でもそんな‥‥。」
 フォウリーの方はいまいち信用したくないようだ。
「リファニーさんならもっと詳しく知っているんじゃありませんか?」
 そう言ってザンは彼女の方を見た。 だがリファニーは、表情が青ざめ、今にも倒れんばかりに体が震えていた。
「どうしたのですか、気分でも悪いのですか?」
 心配そうにザンがそう声をかけた。 だが彼女は何の反応も示さなかった。
「皆さん、すぐにオランの賢者の学院まで戻りましょう。何か、とてつもない何かが起ころうとしているのかも知れません。」
 訝しげに見るフォウリーらに対し、不意にリファニーはぐっと手を握りしめるとそうフォウリーらへと言った。 どうやら先ほどのザンの声は聞こえていなかったようだ。
しかも彼女はそう言うとさっさと歩き始めてしまったのだ。
虚を突かれたようなフォウリーらであったが、すぐさま彼女の後を追った。

 数日後フォウリーら一行はようやく悪意の砂漠を抜け出し、エレミアの街へとたどり着いた。
砂漠より抜け出たのはエレミアよりもう少し北側の街道であったが、何とかその日の内にエレミアの街へとたどり着くことが出来た。
 フォウリーらはすぐさまフォウリーの実家に転がり込み、日食のことについての聞き込みを始めた。 もっとも聞き込みをしたのはフォウリーで、その対象はフォウリーの弟であったが。
しかしフォウリーの家はエレミアでは平均的な貴族武官で、それほど情報を収集できる立場ではなかった。 それ故にエレミアの賢者達が日食の後から活発に動いている、ぐらいのことしか分からなかった。
しょうがなくその夜はどんちゃん騒ぎをして、久しぶりの平和を楽しんだ彼女らであった。

 エレミアを立ってより3週間後、ようやくオランへと帰り着いたフォウリーらはその足で”賢者の学院”へと向かった。 賢者の学院自体何やら騒然としていたが、ともかくも彼らはすぐさまクロードロットの元へと赴いた。
彼は前と同じように知識の塔の14階の私室にいたが、フォウリーらの訪問を知ると快く自らの私室へと迎え入れた。 何か考え込んでいたようであったが、リファニーが彼女らと共にいるのを見ると、その場に人がいるにも関わらず、孫娘と祖父は感動の再会を行ったのだ。
その後でフォウリーらはクロードロットから約束の謝礼を受け取った。
 そして彼女たちとそしてリファニーはクロードロットに誰にも言わないという約束を取り付けた後で、遺跡のこと、そして守護者達のことを話した。
古代王国の生き残りという守護者の存在と、天候を操ることの出来る装置には、クロードロットは興味をそそられたようだが、あえてその詳しい内容を聞き出そうとはしなかった。
その”守護者達”の意見を尊重するとのことであった。 この話は賢者の学院でも最高機密にされ、百年後再び大異変がこの世界を襲うまでの間封印されることになった。
もちろんフォウリーらの方もこれ以上誰にも話さないという約束をさせられたが。
「所で聞きたいことがあるの。」
 カーン砂漠の事が一段落した後で、フォウリーは切り出した。
「何かな、冒険者よ。」
 クロードロットは深々と安楽椅子にもたれ掛かりながらそう呟いた。
「導師なら分かっているはずよ。この前の日食の事を聞きたいの。一体何が起こったの?そして何が起ころうとしているの?」
 フォウリーは一歩クロードロットの方に近付いてそう言った。
その言葉にクロードロットは真剣な視線をフォウリーらへと向け、そして何かを確認するようにリファニーを見た。 そして彼女が頷くのを見て、クロードロットはその重そうな口を開いた。
「君達になら任せられるのかもしれんな。よろしい‥‥私の後に着いてきてくれ。」
 クロードロットはそう言うと立ち上がった。 フォウリーらは彼とリファニーに先導されながら、知識の塔を後にした。
 クロードロットに連れられたフォウリーら一行はそのまま別の塔へと案内された。
不思議がる仲間にザンがそっとここは真理の塔と呼ばれている塔で、大賢者マナ=ライを始め多くの賢者達の研究所があるところです、と耳打ちした。
「この部屋へ。」
 真理の塔の何階なのだろうか、ともかくも少なからぬ階段を上った後で、フォウリー達は一つの部屋へと通された。
その部屋は十数人ほどが入れる様になっている部屋で、おそらく会議室か何かのようであった。
そしてその部屋に彼女らが入ったとき、そこは無人ではなかった。 その部屋の円形の机の一番奥の席に一人の老人が座っていたのであった。
「‥‥!!”大賢者にして至高の魔術師”マナ=ライ最高導師。」
 何気なくその人物を見たザンは、その人物の正体を知ったとき、戦慄にも似た感情が雷のように体中を走り抜けたのを感じた。
「あれが‥‥マナ=ライか。」
 出てもいない汗を拭うようにしてロッキッキーはそう呟いた。
「”大賢者にして至高の魔術師”マナ=ライ、今回の憂慮すべき事態を必ず救えるであろう者達を連れて参りました。」
 クロードロットはそう言ってフォウリーらを示した。 反射的に全員が会釈をしていた。
マナ=ライは椅子より立ち上がり、まるで鑑定するようにフォウリーらを眺めた。
「なるほどの‥‥。”悪意の砂漠”よりそなたの孫娘を助けた者達と言う訳だな、”知らぬ事なき”クロードロットよ。」
 マナ=ライは瞬時に彼らの関係を見抜いた。
「はい、その通りです。」
「あの砂漠から戻ってこれるような者達なら、役不足という事はあるまい。よろしい、冒険者達よ、席に着いてくれたまえ。」
 マナ=ライはフォウリーらを認めたようである。 そう言って彼らに円卓の椅子を勧めた。
フォウリーらが椅子に座ると、彼女らに対面するようにマナ=ライ、クロードロット、そしてリファニーが席に着いた。
「諸君は『ハドア・ゲラルクの魔法装置』という詩文を知っておるかね?」
 全員が席に着いたのを見て、マナ=ライはまずそう尋ねた。
「知ってるわ、”天にあるは流星”ってやつでしょ。」
 フォウリーより先にエルフィーネがそう応えた。 彼女の未だ幼い感覚がそうさせたようである。
「そうだ。ではその詩文に語られている”魔法装置”なる物がどのような物かは知っておるかな?」
 マナ=ライは頷いた後でさらにそう尋ねた。 だがその事に関しては誰も知っている者はいなかった。
「その”魔法装置”とは天から自在にアレクラストの任意の場所に流星雨を降らせることが出来るという、とてつもない威力を秘めた装置なのだ。」
 マナ=ライは深いしわが刻まれた顔にさらにしわを作りながらそう言った。
「‥‥”メテオ・ストライク”の様な物ですか?」
 ザンはそう究極の攻撃魔法と言われる魔法の名を挙げた。
「本質的には同じであろう。何故ならばハドア・ゲラルクはメテオ・ストライクの創設者でもあるからだ。だが彼の創った魔法装置の威力ともなると、もはや我々の想像の域を超えておる。」
 マナ=ライは疲れた風に頭を振った。 今年は災害の当たり年なのかも知れなかった。
”大異変”に続き”ハドア・ゲラルクの魔法装置”とは。
「その魔法装置のことについては分かりました。で、私たちに何をしろと?」
 フォウリーはある程度堅い口調でそう言った。
彼女とて、何を依頼されようとしているのか、思い当たらないわけではなかった。
「その”魔法装置”が復活しようとしている。君たちにはその阻止を依頼したい。」
 マナ=ライは両手をテーブルで組み、そう言って彼らを見た。
やはり、と仲間達の誰しもが内心考えた。 小声で彼女らはささやきあうが、前回と同様絶対に無理、という様なことでは無さそうだ。
「分かりました。
その依頼お受けいたします。」
 パーティー内での話がまとまった後でフォウリーはそうマナ=ライへと言った。
「ありがとう、冒険者達よ。」
 見守っていたマナ=ライはほっとしたようにそう言った。 もし断られれば、彼らは大事な時間を浪費することになるからである。
「その復活する場所は分からないのか?」
 この大国オランにおいて国王から一目も二目も置かれている人物に対しても、ソアラの口調はいつもと変わらずぶっきらぼうだった。
「わかっておる。オランとアノスの国境線とブラードとソーミーとを結ぶ街道が交差しておる付近だ。」
 マナ=ライはその卓越した占星術によって、このオランにいながら流星の落ちた場所を突き止めていたのである。
「ならブラードを目指せばいい訳か。」
 ロッキッキーは何気なくそう呟いた。
「ブラードに行くのなら用心した方がよい。日食のあった日にドラゴンが飛来したという話だ。しかもその後ブラードと連絡がとれん。2,3日後には使者が派遣されるが、おそらく‥‥。」
 その呟きが聞こえたのか、クロードロットがそう言った。
「ドラゴンってあのドラゴンですか?」
 ザンが驚いたようにそう聞き返した。
「そうだ。まさかドレイクと言うことは無いだろうが、それでも街一つ・・・となると恐らくエルダーの、それもかなりの歳の竜であろうが。」
 クロードロットはそう言ったが、レッサーですら彼らの手に負えるかどうか分からないのに、それよりも強大な力をもつエルダーやドレイクに出会ったなら死を覚悟するしかないだろう。
魔法装置の復活阻止の前になにやら大きな壁がたちふさがったように感じられて、フォウリーらは沈黙してしまった。
「報酬はこの”学院”に保管されている幾多の魔法の品物を幾つか渡そう。それでよろしいかな?」
 門外不出の品が多い学院の宝とも言うべき物を彼らへと渡そうとマナ=ライは言っているのである。 この依頼がいかに危険度が高いかを物語っているようでもあった。
「それでよろしいです。」
 気が付いたようにフォウリーは頷いた。
「それでは済まぬが早々にも発ってくれぬか?事態は一刻を争うのでな。」
 マナ=ライはそう言ったが、それは命令に近いものであったようだ。
頷いてフォウリーらは賢者の学院を辞し、オランの街で旅に必要な物を買い揃えると、一路ブラードへと出発した。

 アレクラスト一の巨大都市オランを出て、海岸線を南東に進むと2週間ほどでオラン王国第二の都市ブラードへとたどり着くことが出来る。 このまま進めばアノスへと到ることが出来る”雲の上の街道”を行くフォウリーらの視界に、日を追う事に着の身着のままで彼女らとは反対方向へと向かう集団に出会うことが多くなった。
最初の内は無視していたフォウリーらであったが、その数があまりにも多くなったので、不審に思い話を聞いてみることにした。
 彼らは元はブラードの住人だったが、街をドラゴンに焼き払われたので、しょうがなくオランへと向かっているとのことであった。 どうやらクロードロットの最悪の予想は的中してしまったようだ。
もはや難民と化した彼らは、フォウリーらがブラードへと向かうというと、無気力そうに首を振り、やめた方がいいと呟くばかりであった。
避難民の一団と分かれたフォウリーらは、一抹の不安を感じながらブラードを目指して街道を進んでいくのであった。
 そして彼らのたどり着いたブラードの街はフォウリーらの想像通り、一面の焼け野原と化していた。
その光景にしばし唖然とした彼女らであったが、ともかくもドラゴンや流星についての情報を集めなければならなかった。
 焼けた街を再建する、という志に燃えた者達が結構いたので、情報収集の方はかなり楽に行うことが出来た。
流星については日食と同時に見た、ぐらいのことしか集まらなかった。 そのすぐ後にドラゴンが現れたのだから当然と言えば当然だが。
しかしそのドラゴンについてはかなり詳しく知ることが出来た。 パニックに襲われていても、意外と覚えているものであった。
 それの大きさはおよそ20メートルほどであった。その竜はリザードマンらが使う言葉で”天をも焦がす”コーラスアスと名乗った後、ブラードの住人に自らの代わりにグロザムル山脈にある塔から魔法装置を持ってこいと要求したらしい。
だがどうやら”彼”は要求を果たせるだけの能力を持つ望みの代理人を見つけることが出来なかったようだ。 甚だ迷惑なことだがその腹いせに街を焼き払い、グロザムル山脈の方へ飛び去っていったらしいのだ。
「許せませんね。」
 その話を聞いてザンはそう言ったが、他の者はなかなか彼に同意し難かった。 高い知能を持つ所から見て、どうやら相手はエルダーであるらしいからだ。
「‥‥まあ、とにかくその塔とやらに行ってみましょう。」
 フォウリーはザンの発言を無視するようにそう言った。
彼らはもう少し詳しくドラゴンの話の内容を聞き、この街より4日ほど山に分け入った所にその塔があることを聞き出した。
彼女らはその塔を目指して、木々が鬱蒼と生い茂るグロザムル山脈へと分け入っていくのであった。

 ブラードを発ってより2日目のことであった。 先頭を行くフォウリーが空に不審な黒点を発見した。
彼女らはその場に立ち止まり、ある場所を中心に旋回しているようにも見えるその物体を観察しだした。
どうやらドラゴンがゆっくりと旋回しているらしかった。
「あのドラゴンがブラードを焼き払った奴か?」
 ソアラは憮然とした表情のままそうフォウリーへと尋ねた。
「どうかしらね。」
 無論彼女にも分かるわけ無いので、適当にそう呟いた。 しかしドラゴンはなぜあんな所を旋回しているのであろうか。
「なんでドラゴンはあんな所を飛んでいるのかな?」
 不可解そうにルーズがそう呟いた。
「何かあるのかも知れませんね。」
 ザンがそれに応えたが、それがなんなのかの明言は避けたようだ。
そこでふとフォウリーはある事を思いついた。 自分は便利な魔法の品物を持っていることを思い出したのだ。
「ちょっと待って。
今見てみるから。」
 彼女はそういうと、荷物の中から小さな水晶の球を取り出した。
「”遠見の水晶球”ですか。」
 さすがにザンはそれを知っていた。
「そうよ。
これなら見えるんじゃなくて。」
 そう言った彼女は右手に水晶をのせると、囁くようにマジック・ワードを唱えた。 それに呼応するように水晶球は鈍く光り、ぼんやりと何かを映し出した。 やがて水晶の中の像は焦点を結び、はっきりとした映像となった。
その水晶に映し出されたのは、空を旋回する巨大なドラゴンと、その下にある幾つかの円柱状の塔であった。
やがて水晶の映像はぼやけて、そして消えていった。
「その塔が魔法装置のある所かな?」
 後ろから覗き込んでいたエルフィーネはそう言った。
「恐らくそうでしょうね。あのドラゴンがブラードの街を襲った奴ならね。」
 フォウリーは水晶球をしまいつつそう応えた。
「エルダー種のドラゴンがこの近辺に2匹もいちゃたまらないよ。」
 冗談では無いという風にルーズはそう言った。
「ルーズの言うことにも一理ありますね。恐らく街を襲ったドラゴンと同一でしょう。」
 ザンもルーズの考えには賛成のようだ。
「じゃあ、目指すはあの塔ってわけだな。」
 ソアラはドラゴンの旋回する下にある塔を睨みつつそう呟いた。 もっとも彼の視力が幾ら人並み外れていても、さすがにここからでは見ることは出来なかった。
「じゃあ、とっとと先に行きましょうか。」
 荷物をしまい終えたフォウリーはそう言った。
彼女らは魔法装置の眠る塔を目指して、さらに街道を進んでいくのであった。

 ブラードを発ってより3日目も何事もなく暮れていった。
ハドア・ゲラルクの魔法装置の復活を阻止すべく、グロザムル山脈の街道を進むフォウリーら一行は野営のための準備をしていた。 野営、といってもそんな大げさなものではなかった。
たき火を中心に、テントを持っている者はテントを張り、持っていない者は木の根元など適当な所に毛布などを敷いて寝床を作ったりするだけであった。
 乾燥肉などの保存食と、森の中で見つけた木の実などで質素な夕食を済ますと、彼女らは夜警と就寝の二組に分かれた。
前半に寝るのはフォウリー、エルフィーネ、ソアラの3人であった。 後の3人は未明頃まで火を絶やさぬように気を付けながら、退屈な見張りを行うのであった。
 もうそろそろ秋も暮れようかという季節なので地面の冷たさが気になるのだが、横になってしまえばもう関係はなかった。
エルフィーネらはものの5分もしないうちに寝息を立て始めたのである。 微かな梟の鳴き声と風にそよぐ木の葉の擦れる音を聞きながら、ザンらは欠伸を噛みしめつつ辺りに目を向けていた。
 異常に始めに気が付いたのはロッキッキーであった。 彼の耳は常人なら感づかぬであろう微かな音を聞き逃さなかった。
「気を付けろ。何かが近付いてきてやがる。」
 ロッキッキーは囁くほどの声で、他の2人、ルーズとザンにそう呟いた。
「何かって‥‥敵か?」
 剣の感触を確かめながらルーズはそう聞き返した。
「俺はそう思うぜ。こんな山奥で夜中こそこそと動いているような輩に善人はいそうにねぇからな。」
 自分たちのことを棚に上げて、ロッキッキーは嘲笑気味にそう呟いた。
「まあ手に負えそうになかったら彼女らを起こしましょうか。」
 なるべくならそうしたくないと思いつつ、ザンはそう言った。 彼らはフォウリーの寝起きの悪さというものを知っていたのだ。
しかも睡眠が中断されたときの彼女の凶暴さも身を持って知っていた。
 不意に木の葉が大きな音を立てた。
どうやらその誰かが木上から地面に降り立ったようだ。 そして近付いてきたそれらを見たとき、彼らは後で自分に降り懸かるであろう災難よりも、寝ている者達を起こすことにしたようだ。
姿を見せたのは漆黒の肌を持つエルフの集団だったのだから。 そうしたのはロッキッキーらが気付いたのを悟り、奇襲が成功しなかったからであろう。
そして奇襲でなくとも彼らを殺せるという自信の現れでもあった。
「ザン、寝てる奴等をすみやかに起こしてくれ。」
 レイピアを抜いてロッキッキーはそう呟いた。
「分かりました。」
 ザンはすぐさま眠りの精霊に捕らえられている3人を、いつもの方法で起こして回った。 文句を言いながら起き出した彼女たちは、ダークエルフの集団を見てすぐに状況を把握した。
フォウリーはすぐさまロッキッキーらの所へと駆け寄り、他の2人は手早く鎧を身につけた。
その瞬間に奇妙な雄叫びを上げ、ダークエルフ達はこちらへと切りかかってきた。
森の中でのフォウリーらに圧倒的に不利な戦闘は始まった。
 姿を見せたダークエルフは6人であった。
かなり高位の精霊使いがいると見えて、ダークエルフの体は光の膜に覆われていた。
「バルキリー・ブレッシング!かなりの精霊使いがいる見たいね。」
 彼らの体を見たエルフィーネはそう言って舌打ちした。
精霊魔法の一つであるバルキリー・ブレッシングは、体を全攻撃に対するダメージを吸収する光の膜で包み込み、かなりのダメージを無効に出来る厄介な魔法である。 勇気を司る戦乙女の精霊をその源としているので、もちろん男性にしか使うことが出来ない魔法である。
それにしてもかなり精霊魔法に熟達していなければならなく、エルフィーネとほぼ同等くらいの力はありそうであった。 その魔法のせいで戦いは長期化していった。
 途中ロッキッキーが敵の欲望を増幅させる魔法にかかり、戦闘そっちのけでエルフィーネの荷物を貴重品探して目当てに漁り始めた。
エルフィーネの後頭部への強烈な一撃にもやめなかったぐらいだから、よっぽど彼の金銭欲は根が深いのだろう。 もっとも仲間3人にしている借金のせいという話しもあるが。
 フォウリー達は何とかダークエルフの襲撃を退けることが出来たものの、こちらも心身ともにかなりの深手を負った。 その夜はエルフィーネが森の精霊王エントの力を借りて、草木で出来た天然のドームを作った。
彼女らは夜警も立てずにその中で睡眠を貪るのであった。

 翌朝軽い食事を済ませたフォウリーら一行は、空を旋回するドラゴンの巨大さが分かるほどの距離に近付いていることに気が付いた。 まだ相当の距離があるにも関わらず、耳を澄ませばその羽音まで聞こえてきそうであった。
もう少し見晴らしのいい所まで行けば、魔法装置の眠る塔とやらも見られそうであった。
「慎重に行かないとね、昨晩のこともあるし。」
 フォウリーはしばし飛翔する竜を見上げた後でそう仲間達へと呟いた。 それは他の者達にとっても同じであろう。
 鬱蒼と生い茂る森の中を進んでいった彼女らが、目的地である塔へとたどり着いたのはその日の昼頃であった。 彼らの目の前に現れた塔は地中にでも埋まっていたのか、所々に土がこびり着いていた。
塔の形は幾つかの円柱を組み合わせた不思議な形をしており、この塔自体が奇妙な雰囲気を持ち合わせていた。
 塔へとたどり着いたフォウリー達は何とかしてドラゴンと接触しないように、見付からないように塔に忍び込もうとしたが、ドラゴンの方は彼らの方を感知していたようで、塔の入り口の前あたりに堂々と立ちふさがっていた。
「どうするの?これじゃあ、いつまで経っても塔に入れっこないよ。」
 森の木々に身を隠しながらしばらく待っていたフォウリー達であったが、まずエルフィーネの忍耐力が途切れたようだ。
「どうするって‥‥、待つのが嫌なら堂々と出て行くしかないわよ。」
 フォウリーは困惑気味の表情でそう返した。 決断しなければならない自分の立場を、こんな時は疎ましく思うのかも知れなかった。
「まあ、いきなり戦闘にはなりませんよ。少なくともあのドラゴンは自分の代わりに塔に入る人間を捜していたんですからね。」
 ザンが補足するようにそう続けた。 もっとも見付かっていたときの事は口にしなかった。
「じゃあ、行きましょうよ。待ってても多分退かないわよ、あれ。」
 エルフィーネはドラゴンの方を示しながらそう言った。 相手に見付からないところではいくらでも非礼にも無礼にも出来る彼女であった。
「そうだな。ともかくも話し合いの余地があるようだし、それに恐らく俺達に気付いているぞ。」
 ソアラもまたエルフィーネに倣ったかのようにドラゴンを指し示した。
「そこまで言うのなら行きましょう。
ただし、堂々と!」
 フォウリーもそこまで言われては決断するしかなかった。 6人は内心の恐怖と畏怖を押し隠して、森の中から姿を現した。
 姿を現した人間に、誇り高き竜は首をもたげ、血を連想させる深紅の両眼を向けた。
精神の弱き者ならば、まるで心臓を冷たき手で掴まれたような恐怖を感じたであろうほどの視線であった。 だが、フォウリーらは少なくとも表面上は感情はおくびにも出さなかった。
竜は翼をはためかせるように大きく広げた。
『余は”天をも焦がす”コーラスアス。余は問う。汝らが余が待ち望みし者達か?』
 そして聞く者を恐怖に落とし入れる様な野太い声でそう語りかけてきた。 ルーズが素早く共通語に訳したが、その高慢さに一瞬彼女らは鼻白んだ。
だがともかくもドラゴンと争うのは良策ではないと踏んだ彼女らは、なるべく低姿勢で話を聞くことにした。
「そうよ。何をすればいいの?」
 フォウリーは一瞬心に鎌首をもたげた好戦心を何とか押し込めると、感情を含まない口調でそう言った。
すぐにその言葉をルーズがリザードマン語へと訳す。
『余は汝らに望む。この塔に入り、余のために魔法装置を持ってくるのだ。小さく脆弱にして地に縛られ、熱に弱き者どもよ。』
 それを聞いた後ドラゴンは再び重苦しい声を発した。 そして僅かに首を動かし、自らの後ろにある塔を示した。
「分かったわ。所でこの塔に入るのは私達が最初なの?」
 フォウリーはこの場はどうにか”竜殺し”の称号を得たいとする気持ちを落ちつかせることが出来た。 ドラゴンに対する低姿勢も情報収集のためと思えば、それほど苦になるものではなかった。
『汝らの前に古の魔法使いが創りし巨大なミスリルの像をしたがえし者、神話の時に邪神に魂を売り渡し黒きエルフども、汝らと同じ熱に弱き者ども、不死なる者の王が塔に入るのを見た。』
 ドラゴンは指折り数えるように、そう応えた。
「‥‥そう。なら私達も中に入らせて貰うわ。」
 先に中に入った錚々たるメンバーに少し不安を感じながらも、フォウリーはそうドラゴンへと言った。 本当は退け、と言いたくてしょうがなかったのだが、もちろん言うはずもなかった。
『熱に弱き者どもよ。余は望む、余の意思が貴ばれんことを。』
 ドラゴンは最後にそう言うと、翼を羽ばたかせ、空へと飛び上がった。
フォウリーらはその下を、心の中で罵声を浴びせながら、両開きの扉を抜けて、中へと入っていった。

 高慢なドラゴンが空中から見守る中、両開きの扉を開けたのはロッキッキーであった。
扉の向こうはかなり大きな円形の部屋であった。 だがその部屋は無人ではなかった。 もっと正確に言えば無生物では無かったのだ。
フォウリーらは彼らの開け放した扉の光が差し込まない、部屋の奥の方に大きな赤い目が光っていたのである。
それを見たエルフィーネ、ソアラ、ロッキッキーは激しい恐怖に襲われた。 この場から逃げ出したい衝動に駆られたが、恐怖のために体が麻痺してそれすらかなわなかった。
「どうしたの?ちょっと!」
 様子のおかしい3人にフォウリーはそう話しかけたが、誰も返事すらしなかった。
ただ瞳を見開いて、その赤い目玉を凝視しているだけであった。 彼らの小刻みに体が震えているのが見て取れた。
「どうやらあの目には見る者を恐怖で麻痺させる力があるみたいですね。」
 ザンはそう言ってすっと視線を逸らした。
それが引き金になったかどうかは分からないが、その目がゆっくりとフォウリーらの方に近付いてきた。 当初彼女らはそれが何かの目ではないかと思っていたようだがそうではなく、まさしく目玉の化け物であったのだ。
そういう魔獣がいる、という話は聞いたことはあるものの、一体どういう物なのか、名前すら分からないのだ。
と、突然目玉の化け物はその目から光線がフォウリーらめがけて発射された。
「きゃ?」
 慌てて避けようとしたものの避けきれるものではなかった。 だがどうやら彼女らには効果を発揮しなかったようである。
「気持ち悪いけど‥‥やるしかないわね!」
 そう言ってフォウリーは茫然自失の3人を抜かして、その目玉の化け物を攻撃し始めた。
 戦いはなかなか熾烈を極めたが、多くの喜劇の要素もまた含んでいた。
魔獣の目から発射される光線の種類は実に多彩で、麻痺や睡眠、または洗脳などがあった。 何とか巨大な赤い目の化け物を倒したものの、フォウリーとルーズは今だ洗脳されたままで、互いを敵だと勘違いし、しばらく茶番とも言うべき味方同士の戦闘が続いた。
恐怖の対象が居なくなったことでようやくエルフィーネら3人も麻痺から回復した。
ただ肉体的、精神的な疲れはどうしようもなく、フォウリーらはしばらくそこで休憩をすることにした。
 目玉の化け物を倒してから小一時間ほど休憩した頃であろうか、円形の部屋の奥の方に不意に何かが転移してきた。
そこに現れたのは一人のエルフと、そして眩いばかりの光沢を放つ巨大なゴーレムであった。
外へと通づるドアの付近で休息を取っていたフォウリーらは突然のことに戸惑ったが、相手の方もそれは同じだったようだ。 だが魔術師らしきそのエルフの風貌といい、その狡賢そうな表情といい、何よりも怪しげなゴーレムを連れているところを見ると、どうしても善人には見えなかった。
しかもコーラスアスが言っていた彼女らの塔に前に入った者の一集団ではなかろうか。
どうせライバルである、今の内に叩いていても損はない。 幾つかの事情により、フォウリーらは即座に戦いを決意した。
 目配せをかわした後で、警戒したようにこちらを見るそのエルフのゴーレム使いに、フォウリー、ロッキッキー、ルーズは切りかかった。
そのエルフは一瞬戸惑ったものの、すぐにゴーレムに敵を倒すよう下位古代語で命令を下した。
ゴーレムはうなり声すら上げずに、悠然とフォウリーらと守るべき主人の間に入った。
 先の魔獣との疲れが抜けていなかったのであろうか、それとも実力なのであろうか、フォウリーとロッキッキーがまず床と不本意な口づけを交わした。
死んではいないようだが、もう戦うことは不可能であろう。
彼女らの白兵戦能力は大幅に減少したが、だがなおもゴーレムは目の前にうごめいている者どもを蹴散らさんとしていた。
残った四人の誰もが敗北を、そして死すら逃れえないものと少なからず感じていた。
自らの無謀を悔いている者もあったであろう。
だが、よほど縁がないはずのものである”死”を身近に感じて、プライドを捨てたのはエルフィーネであった。
彼女は持っていたレイピアを投げ捨てると、そのゴーレム使いへと叫んだ。
「まって、私達の負けよ。いきなり襲いかかったことは謝るわ。でもこの塔にはダークエルフやノーライフキングが居るって聞いていたから、それで襲いかかったの。どんな条件でも飲むわ。だから私達を殺さないで!」
 エルフィーネはそう言ったがもちろん誇張も多い。 しかも降伏するのはこの場だけであり、隙あらば‥‥ぐらいは考えているだろう。
エルフィーネに追随するようにルーズ、ソアラ、ザンも、同様の行為を行った。 そしてあるいは彼女以上にプライドを捨てて、命請いをした。
そのゴーレム使いは眉をひそめたものの、ともかくもゴーレムの動きを止めた。
「お前達は確かに降伏するのだな?」
 無感情な口調で彼はそう尋ねた。
「ええ。命の保証が得られるならね。」
 エルフィーネは眉をしかめ、それが譲れない条件だという風に応えた。
「なら、我が僕となり、私に隷属する事を誓うか?」
 男は指を口元に当てて少し考えた後、そう尋ねた。 相変わらずゴーレムは彼女らとその男との間に立ち、無表情に彼女らを眺めていた。
「ええ、誓うわ。」
 口先だけの約束なら、彼女はいくらでもしただろう。 そう言って頷いて見せた。
だが男の方は彼女の言葉を素直には信じなかった。
「そこの倒れている2人を治せ。その後で、”ギアス”を掛けさせて貰う。」
 まるでごみでも見るように倒れているフォウリーとロッキッキーを一瞥した後でそう言った。
神聖魔法を使える2人が2人とも倒れているので、しょうがなくエルフィーネが精霊の力を借りて彼女らの傷を癒した。 そして簡単に経過を説明すると、フォウリーらも渋々ながら受け入れたようだ。
「では、力を抜け。決して抵抗しようなどと思うな。」
 男は重々しい口調でそう言うと彼女らに近付いてきた。 まずはエルフィーネであった。
男は彼女の肩に手を置くと、重々しく上位古代語を唱え始めた。
『全能なるマナの名において命ずる。汝、我、デルマストに背くべからず。』
 同じ事を以下全員に繰り返したのであった。
強靭な精神力を持っているのか、それともかなり魔法に精通しているのであろうか。
6人に”ギアス”を掛け終わった後でもそれほど疲れた様子は見えなかった。 ただ、フォウリーらの中で、ザンとエルフィーネだけがその”ギアス”をはねのけていた。
常日頃魔法に接している彼女らだから跳ね返せたのであろうか。
否、恐らく運が良かっただけであろう。 それを表しているのが、魔法の失敗にデルマストが気付かなかったことである。
 デルマストはその後で、彼らに対し情報の提供を命じた。
もちろん彼女らは拒めるはずが無く、今回のことについて彼女らが知っている全てのことを彼へと聞かせた。 だが彼女らがバグベアード、先ほどの目玉の化け物を倒したことにはさすがに驚いたらしい。 あの化け物はある程度の力をこちら側が示すと、自然に退いてくれると言うのだ。 つまり試練を受けようとする者の力量を試している、といった所であろうか。
だがフォウリーらにはそうはとても見えなかったが。
「では我の代わりにこの塔を探索し、”鍵”となる魔晶石を探してくるのだ。」
 話を聞き終えた後で、デルマストはそう命じた。 口々に了承の言葉は発しなかったものの、彼女らは建物の探索を始めることにした。
 まず彼女らは自分たちが今いる部屋の探索をすることにした。 あらためて見回してみると、その部屋は不自然であった。
直径がおよそ100メートルくらいあるのも、また壁などで区切られていない一つの部屋であることもそうであるが、それ以上にその部屋から通じる階段や通路らしきものが一つもないのである。
ただ外へと通じる扉と、そして扉の反対側の奥にある4つの魔法陣しかなかった。
「これは‥‥ゲートね。」
 フォウリーは直径が2メートルほどのそれらの魔法陣を示しながらそうザンへと尋ねた。
「ええ、そうですね。」
 一目見た後でザンはそう応えた。
賢者の学院にいたときに教わったものとそっくりなので、間違うはずもなかった。
「と言うことは、どこかに通じてると言うことだね。」
 もっともらしくルーズが頷いた。
確かにゲートは一つだけでは意味をなさない。 対になって初めてゲートとしての機能を持つのである。
「じゃあ乗ってみれば?何処に通じているか分かるんじゃない?」
 無責任にそう言ったのはエルフィーネであった。 まあ確かに理屈ではその通りであろう。
そして他にめぼしいもののないこの部屋では、どうやらゲートに乗るしかないようである。
「どれが良いと思う?」
 フォウリーは4つのゲートを示して、そうロッキッキーへと尋ねた。
ゲートはいかにも標準的なものが3つと、なにやら豪華に装飾されたものが1つあった。
「‥‥とりあえずこの一番豪華そうな奴は抜かして、こいつかな?」
 そう言ってロッキッキーが選んだのは、向かって一番右の奴であった。
「そう、じゃあ乗ってみてよ。」
 フォウリーはそう言った。
彼に尋ねたときからそのつもりであったのだろう。 ロッキッキーの方も達観したように素直にゲートへと乗った。
だが、何も起こらなかった。 相変わらず彼の姿がそこにあったからだ。
ロッキッキーは首を傾げてゲートから離れた。
「おかしいね。壊れてるのかな?」
 事の次第を見守ろうとしていたエルフィーネは、不思議そうな表情でそう呟いた。
「なあ、さっきっから気になっているんだが、そこの所に何か銘板らしきものがないか?」
 そこでソアラがそう言って、床の一部分を示した。 確かに模様と壁との境目ぐらいに小さな銘板が打ちつけてあった。
「えーと、これは下位古代語ですね。‥‥”星界を求める試練を我に”と書かれていますね。」
 ザンが銘板に書かれている言葉を共通語へと訳した。
「マジックワードね。」
 フォウリーは納得したように頷いた。
要するにこの言葉を唱えれば、ゲートが作動する仕掛けになっているのだろう。
「じゃあ今度はみんなで行くわよ。」
 フォウリーはそう言って自らが最初にゲートに乗った。 そう言われては他の者も乗らぬわけには行かず、渋々と魔法陣の上に乗った。
何とか全員がゲートに乗ったのを確認すると、フォウリーはザンを促した。
「さあ、言葉を唱えてよ。」
「分かりました。」
 ザンは頷いて一度深呼吸をすると、慎重に先ほどの言葉を唱えた。
『星界を求める試練を我に。』
 彼の言葉が終わると同時に魔法陣が光ったかと思うと次の瞬間眩い閃光を放った。
「うおっ?」
 光はゲート上の6人を包み込み、やがて彼らの姿が消えるのと同時に消滅した。
後には狂えるゴーレム使いとその僕、そして静寂と薄暗さのみが残されるだけであった。

 フォウリーらの転移先は、6人の誰もが見たことのない所であった。 そこは塔の外壁と同じ様な物で囲まれている部屋であった。
大きさは縦が5メートルほど、横が10メートルほどで、彼女ら6人が悠々入れるほどの大きさがあった。
南側が弧に反っていることから、恐らく塔のどこかの最南端なのであろう。 北側の壁には巨大な扉があり、そして東側の壁には銘板が取り付けてあった。
 とりあえずフォウリーらは銘板の前へと集まった。
「ザン、訳して。」
 一目見て下位古代語だと分かったフォウリーは、自らが訳そうなどという素振りは微塵にも見せなかった。
「はい、分かりました。えーと、”道を抜けよ”。これだけですね。」
 ザンの方も頷いて、銘板の文を共通語に訳した。
「道って何のことだろうね。」
 それを聞いたエルフィーネは隣のロッキッキーへと尋ねてみた。
「さあな。あの扉のことじゃねえのか?」
 彼はそう言って北側の扉を示した。
「ロッキッキー、とりあえず扉を調べてよ。」
 彼女らの会話を聞いていたかどうかは知らないが、フォウリーはそうロッキッキーへと言った。
「あいよ。」
 彼はエルフィーネとの会話を断ち切ると、扉へと向かった。 いつものように扉を調べた彼であったが、特に不審なところを見いだせなかった。
「平気だな。何もねぇよ。」
 ロッキッキーはフォウリーへとそう言った。
「そう、なら行きましょう。」
 フォウリーはそう言うと重そうな扉を押し開けた。
 扉の向こうは幅が5メートルほどの通路になっていた。
フォウリーとソアラを先頭に道なりに進んでいく彼女らであった。 通路はどうやら地を走る蛇を図案化したような、180度の折り返しの連続であった。
それ故に道は一本道にも関わらず、なかなか部屋などにたどり着かなかった。
どれほど進んだ頃であろうか、不意に突き当たりの壁に一枚の銘板が打ちつけられているのを先頭のソアラが見つけた。 だが下位古代語で書かれているので、彼には読むことが出来なかった。
「えーと、”振り返るな”と書かれていますね。」
 ソアラに促されたザンがそう共通語に訳した。
「振り返るな‥‥ね。どういう意味かしら。」
 フォウリーは沸き上がる好奇心のためかそう呟いた。
「ありがちにモンスターか何かが襲って来るんじゃないの?」
 エルフィーネはそう言った。
だが面白そうな口調とは裏腹に、彼女は決して振り返ろうとはしなかった。 他人が不幸になるのはどうって事はないが、自らにそれが降り懸かるのはいやなのである。
「ともかくも振り返らない方が得策なんじゃない?」
 塔の中に入ってから出会ったものに懲りているのか、ルーズは否定的であった。
「そうね。振り返ってもし何か面倒なことが起こったら嫌だものね。みんな、振り替えらないようにね。」
 フォウリーは仲間の方を見ないでそう言った。
彼女は一番前にいるので仲間を見ることは、つまり振り返ることになってしまうのである。
6人は絶対に後ろを振り返らないようにしながらゆっくりと慎重に進んでいった。
 しばらく進むと、通路は行き止まった。
正確には一枚の壁にその行く手を阻まれたのだ。
彼らの進路を阻んだ壁には、一枚の大きな銘板が打ちつけられていた。
「”回り道は危険が多い”と書かれていますね。」
 フォウリーに促されるまでもなく、そうザンが訳した。
もっとも他にも下位古代語を読むことの出来る者はいるのだが、その人物はザンに任せたきりでそしらぬ顔をしていた。
「どういう事かしら?」
 フォウリーはそう言って首を傾げた。
「さあな。今の道が”回り道”だったのかな?」
 ソアラも首を傾げてそう言った。
「うーーん、でも納得行かないわ。>振り返っちゃいけないなら、後戻りは出来ないのに、行き止まりなんて。」
 銘板を睨み付けてエルフィーネはそう言った。
口調に幾分愚痴がこもっているように聞こえた。
「そうね。じゃあ、ロッキッキー調べてよ。」
 エルフィーネの言葉にも一理あるとあると思ったフォウリーはそう彼へと言った。
「へいへい。」
 彼は自分の分担について不満を感じてはいたが不平を言うつもりはなかったので、そう言うと主に銘板のある壁あたりを集中的に調べ始めた。
結果はすぐに成果という形で彼らの前に姿を見せた。 銘板の下に巧妙に隠された扉を、ロッキッキーが見つけたのである。
「扉があったぜ。」
 得意げにロッキッキーはそう言うと、扉を押し開いて見せた。
その向こうには今までと同じくらいの広さの扉がずっと続いていた。
「‥よし。じゃあ行きましょうか。」
 一瞬迷ったフォウリーであったが、すぐにそう言って扉をくぐった。
後の者も積極的にしろ消極的にしろ、彼女の後を追うしかなかった。
 その隠されし通路は全くの期待はずれでしかなかった。 結局始めの部屋から出た辺りにつながっていたのである。
「どうしましょうか。」
 この辺りの全ての探索を終えたと感じたザンがそうフォウリーへと尋ねた。
「どうしましょうって、戻って言うしかないでしょう。ここには何もありませんでしたよって。」
 フォウリーはなるべくあのゴーレム使いのことを考えないようにして、そう答えた。
刃向かおうと考えただけで、ギアスにかかった者達は耐え難い苦痛が体中を走り抜けるのだから。
「あんまり会いたくないんだけどな。」
 そのギアスを跳ね返しているエルフィーネはいたって自分に素直である。
だがギアスにかかっていないことを言っていないので、仲間には素直じゃ無さそうである。
「そうも言ってられないだろう?戻ろうよ。」
 自分の身が可愛いルーズはそうエルフィーネを窘め、フォウリーの案に賛同した。
「じゃあ、行きましょうか。」
 フォウリーらはそれぞれにゲートに乗り、目玉の化け物のいた部屋へと戻るのであった。

 デルマストの所へ戻り、事の次第を報告すると、彼はそんなはずはないと怒りだした。
彼の話によると各々の試練の塔には、それぞれ鍵となる魔晶石が一個ずつあるはずで、少なくともそれがあった後くらいはあるはずだ、と言うのである。
フォウリーらはデルマストの怒声を背に、もう一度一番右のゲートからその試練の塔とやらへと飛ぶのであった。
 先の塔へと飛んだフォウリーらは、やはり始めの部屋が怪しいのではないか、と言うところで落ちついた。 先ほどは北側にある扉のことかと思っていたが、銘板の示す”道”とはどうも違うようであった。
この部屋を徹底的に調べるためにロッキッキーと、そしてザンの2人に隅々まで調べて貰ったが、特に何も無さそうだと自信無さげに呟いた。
「そんなはず無いわ。大きさから見てもこの部屋に何かあるはずよ。」
 フォウリーは怒ったようにそう叫ぶと、腹いせに銘板の下の壁を思いきり蹴り飛ばした。
それで蝶番がいかれたのか、それとも鍵が壊れたのか、何かが折れる音と共に、完全にカモフラージュされていたはずの隠し扉が向こう側へと倒れた。
「ほらね。」
 そこにいた全ての者が唖然としたが、我に返ったフォウリーは得意げにそう言った。
「‥‥罠があったらどうするつもりだったの?」
 唖然とした表情のままでエルフィーネはそうフォウリーへと問うた。
「さ、さあ、行くわよ。」
 フォウリーはわざとらしく聞こえない振りをすると、自らが率先して壊れた隠し扉を抜けた。 その後を溜息混じりに仲間達が追っていった。
通路の幅自体は、今までのものと変わらなかった。 ただ左回りに大きく円を描いているようであった。
右手の壁は感じから外壁であることが見て取れた。
「さっきの九十九折りの道の外側をさらにぐるっと回っているのですね。」
 ザンが納得したようにそう呟いた。
「道は登りだな。この分だと一周くらいで恐らく上の階に着くな。」
 通路の勾配と先ほどの天井の高さを考えながら、ロッキッキーはそう言った。
 ロッキッキーの予想通り、およそ1周ほど回ったところで、彼女らは小さな部屋へとたどり着いた。
その部屋は南北に細長い部屋で、一番北側の壁に扉があるだけの簡素な部屋であった。 部屋と言うよりは通路と言った方が的確かも知れなかった。
「ロッキッキー、扉。」
 フォウリーは言うのも面倒だと言う感じの口調でそう扉を示した。
「はいはい。」
 ロッキッキーはやれやれと言った感じで扉を調べに行った。 だが特に何もおかしいところは無かった。
そうロッキッキーが言うと、近くにいたソアラが無造作に扉を開けた。 それほど彼を信用しているのか、それともただ単にずぼらなだけなのか。
ロッキッキー以外の全員が、恐らく後者であると思っているだろう。
 扉の向こうもまた同じ様な通路であった。 ただその通路は東西に伸びていて、ソアラが顔を覗かせたのはちょうどその中間あたりであった。
危険の無さそうなことを確認してから、フォウリーらはばらばらと扉を抜けた。
「あっ、向こうに扉がある。」
 エルフィーネはそう言って西側の通路を示した。
確かに北側の壁のもっとも西よりに、今抜けたのと同じ様な扉があった。
その扉をロッキッキーが調べて、罠その他が無いことを確認した後で、ソアラが開けて仲間達が次々に扉を抜けた。
 今度は南北に長い部屋であった。
そして彼女らが今入ってきた扉と、そして北の壁に扉があるだけの、またもや通路という感じの部屋であった。
「何にもないね。」
 期待はずれと言うようにエルフィーネはそう呟いた。
「まだ扉があんだろう、向こうによ。」
 ロッキッキーが彼女を戒めるように北側の扉を示してそう言った。
「じゃあとっとと調べてきなさいよ、借金だらけの男。」
 エルフィーネは素気なくそう言い放った。
「ちっ、わあったよ。」
 口の中でぶつぶつ文句を言いながら、勿論借金の弱みがあるので大きな声では言えないので、ロッキッキーは一人扉を調べに行った。 だが今回も罠もなく、鍵もかかっていなかった。
− 妙だな‥‥。もとからないっつうよりは、何かこう誰かが外した後っていう感じだな。
 ロッキッキーはその事に奇妙な違和感を覚えつつも、仲間にはその事に関しては何も言わなかった。
「罠はねぇぜ、鍵もかかってねぇ。」
 仲間にはただそれだけを言っただけであった。
「よし、じゃあ開けるぞ。」
 ソアラがそう言って無造作に開けた。
 扉の向こうはまたも通路であった。 今度は始めと同じように東西に伸びており、南の壁の東西の端に扉が一つずつ付いているだけのまたもや殺風景な石造りの物であった。
もっとももしこのパーティーに今ドワーフがいたなら、塔の作りについて何やらうんちくを垂れる所であろうが。
 この通路には何も無いとみたフォウリーらはそのまま東のはじの扉へと急いだ。 この扉もまた先ほどと同じ様な感じの物であったので、ロッキッキーは調べもせずに大丈夫だから開けて見ろと無責任に言い放った。
もっともエルフィーネやフォウリーは彼の言うことを信用しないので、今回もまたソアラが開けることになった。
もっともすぐにロッキッキーが正しかったことが証明されたが。
「見ろ、俺の言ったとおり罠も何もなかったじゃねぇか。」
 得意げにそう言ったロッキッキーに対し、すぐにエルフィーネが口を開く。
「貴方はいつもがいつもだから。一回当たったぐらいで、そんなに威張れないでしょ。」
 済ました顔でエルフィーネはそう言った。
「なにぃ?!」
 かみつかんばかりの勢いのロッキッキーをフォウリーが制した。
「静かに!この部屋は少し雰囲気が違うわ。」
 扉の所から中を覗き込んでいたフォウリーはそう呟いた。 その部屋の雰囲気は彼女が言うとおり確かに違っていた。
部屋自体は先ほどの南北に長いものと同じ大きさであったが、西の壁に大きな両開きの扉が備え付けられていたのである。
静かに、と言ってもプレートメイルやチェインメイルの輩がいるので騒々しいことには変わり無いが、それでも出来るだけ静かに部屋の中へと入っていった。
 フォウリーとエルフィーネ、それにソアラ、ルーズの金属鎧組は今入ってきた扉の近くでとりあえず待機し、ロッキッキー、ザンの2人がその両開きの装飾豊かな扉を調べる事になった。
4人の見守る中、ロッキッキーとザンは忍び足で扉へと近づき、まずロッキッキーがそっと扉へと片耳を押しつけた。

彼に言わせれば、自分の発する音よりも、フォウリーらの微かに擦れる鎧の音の方がうるさかったという慎重さであったのだ。 だが彼の耳には特に何も聞き取れなかった。
フォウリーらに向かって何も無さそうだと手振りで示すと、続いて扉の罠を調べ始めた。
彼の勘は確かに罠があると言っていた。 だが実際には罠の”わ”の字すら彼は見いだすことは出来なかった。
一瞬だけ険しい顔をした後で、彼はザンに調べるように示した。 他人が調べれば自分とは違う結果が出るだろう事を期待してのことだ。
だがザンの方も結果は同じであった。
無いと言うよりは分からないと言う、極めて判断の難しい結果であった。
このまま突き進んでも良いのだが、先ほどゴーレムにのされた苦い経験が彼の心を無意識に押し止めていた。
− 慎重に越したこたぁねぇな。
 ロッキッキーはそう思い立つと、フォウリーらにはもうしばらく待つように示し、ザンには盗賊のみが分かる手話で、魔法によって中を調べろと伝えた。
− 魔法と言われましても‥‥。
 ザンはいつもの彼ならぬ慎重さ、この時は過ぎていて憶病に映った、に眉をひそめたが、ともかくも言われるとおりにした。
踊るような手振りと、人に聞こえるぎりぎりの声量で詠うような上位古代語の後で、彼は目の前の壁を透明化する魔法を唱えた。
『シー・スルー。』
 もっとも誰の目にも透明化するわけではない。
術者であるザンの目にのみ、目の前の壁はまるでクリスタルのように透明な壁と化すのである。
闇ですらこの魔法は見据えることが出来るのだ。
 じっと壁を見つめるザンの目には巨大な祭場のような広間と、何かを奉っているらしき祭壇、そして疲れたように眠るダークエルフの集団が見えていた。
ロッキッキーの慎重さは、まったく正しい方向に報われたわけである。
− 敵が向こうにいる。
 ザンは手話でそれだけをロッキッキーに伝えた。 もともと彼らはそれほど高度な会話が出来るほど、手話を覚えたわけではない。
意思を伝える手段としての手話ではそれくらいが精一杯であった。
頷いたロッキッキーはザンを促すと、忍び足でフォウリーらの所へと戻ってきた。
「どうだった?」
 必要最小限の声でフォウリーはそう2人へと尋ねた。
「ダークエルフが8人ほどいますね。」
 ザンもまた小さな声でそう応えた。
ダークエルフと聞いて、辺りの雰囲気になにかぴりぴりしたものが漂った。
「後、何か祭壇らしきものがありますね。おそらく‥‥。」
「さっきのやつれたおっさんが言っていた魔晶石のもの‥‥か。」
 ザンの言葉をソアラが先に言った。 ザンも黙って頷く。
「ともかく、行くしかないようね。」
 フォウリーは眉間にしわを寄せてそう言った。
昨晩のダークエルフの襲撃がまだ脳裏に焼き付いていた。
彼女らは出来るだけ音を立てないようにしながら、そうは言っても所詮は無駄な努力であったが、慎重に両開きの扉へと近付いていった。
− 罠は?
 扉の前に立ったフォウリーは扉を示し、身ぶりと視線でロッキッキーにそう尋ねた。< 無い、という様に彼が首を振ったので、フォウリーはぐっと取っ手を握り、両開きの扉を押し広げた‥‥、つもりだったが扉にはどうやら鍵がかかっていたようだ。
しかも最悪なことに扉の向こう側で騒々しく鈴が鳴るのが聞こえてきた。
本来ならロッキッキーを責めるところであるが、とりあえず今はそんな状況ではなかった。
フォウリーは扉が開かないのを知ると、2,3度扉へと蹴りを加えた。
加重に耐えきれなくなった蝶番が飛び、派手な音を立てて扉は向こう側へと倒れた。
 もうもうと埃の立ち上がる部屋の中を見た彼女らは、すでに奇襲の時期を失っていたことを知った。
中のダークエルフは完全に武装を整えて、隊列を組んでこちらを待っていたのである。
『かかれ!!』
 フォウリー達が劣勢であると判断するやいなや、ダークエルフは長らしき者の号令一下猛然と彼女らに襲いかかってきた。
「ザン、エルフィーネ!援護を!!」
 先にしておけば良かったという後悔を滲ませつつ、フォウリーは剣を抜いた。
 戦いは終始ダークエルフの方が押し気味に進めていった。 何よりも彼女らを手間取らせたのが、昨晩と同じようにバルキリーブレッシングの魔法であった。
しかも先の狂えるゴーレム使いデルマストとの戦闘の後なので、その時と比べて格段に魔法力の差があったのだ。
何とか2匹は倒したものの、フォウリーらの方も満身創痍で絶体絶命という窮地であった。
 と、そこへ不意にデルマストとその僕のゴーレムが姿を見せたのだ。
勿論フォウリーらの窮地を予感したとかそう言うわけではなく、ただ彼女らが遅いのでしびれを切らしてやってきたという次第であったのだ。 フォウリーらとダークエルフとの戦闘を見て一瞬眉をひそめたものの、彼自身は戦闘に参加する意思は当初無かった。
だが冷静に状況を判断した結果どうやらここが彼の欲する魔晶石の祭壇であるらしいこと、どうやらそれをダークエルフが持っていること、そしてフォウリーらがまだ道具として利用価値がありそうだと言うことを判断すると、ゴーレムにダークエルフを蹴散らすよう命令を下した。
いかなダークエルフといえども、ミスリルで出来たゴーレムを倒すことなど不可能に近かった。 フォウリーらがあれほど苦戦していたのが嘘のように、ゴーレムはあっさりとダークエルフらを蹴散らした。
全てのダークエルフをなぎ倒したゴーレムは、何事もなかったかのように主の元へと戻った。
後には8つのダークエルフの死体と、満身創痍のフォウリーらが残るだけであった。
「おい、そいつらの体を調べろ。魔晶石を持っているはずだ。」
 デルマストは顔色一つ変えずにそう死したダークエルフらを示した。
フォウリーらは逆らって自らの忍耐を試そうなどという気は毛頭無かったので、戦闘で疲れた体を引きずってダークエルフの死体を調べ始めた。 程なく死体の一つからそれとおぼしき拳大の魔晶石が見付かった。
「これですか?」
 見つけたルーズは力無げにそれを持ち上げてデルマストへと見せた。 人のために働くと言うことほど無益な事はないと心底思っていることだろう。
「おお、そうだ。早くここへ持ってこい。」
 デルマストの顔に初めて表情らしいものが浮かんだ。
もっともフォウリーらに言わせればだからどうしたという事であろうが。 ルーズは言われるままにデルマストの元へと行き、魔晶石を手渡した。
デルマストはそれを手に持ち、本物であると確かめると満足げに頷いた。
そして大切そうにマントの内側へとしまい込んだ。
「お前達、さっさと残りの一つを手に入れてこい。」
 彼女らの事など考えもしないでそう言い放った。
「待って。少し休ませて貰えない?魔法が使えなくては戦えないわ。」
 エルフィーネは疲れた表情のままそうデルマストへと言った。
デルマストは冷ややかな目でエルフィーネを見たが、その申し出を拒絶はしなかった。
「いいだろう。私は先ほどの部屋で待っている。なるべく早くに残りの一つを探せ。」
 彼はそう言うとゴーレムを連れてその場から立ち去った。
「はあ。ようやく人心地着けるわね。」
 フォウリーはそう言うと座り込んでしまった。 他の者もつられたように床へと座り出す。
「ねぇ、せめて隣の部屋まで行かない?こんな所で寝るのはいやよ。」
 その仲間達にエルフィーネはそう提案した。
彼女が寝ようとしていることに少し驚いたが、それよりも彼女の言い分の方こそがもっともであろう。
「そうですね。こんな死体のあるところではおちおち休めませんね。」
 ザンはそう言って一度沈めた腰をもう一度浮かした。 仲間達もやれやれと言った様子で立ち上がった。
その後でフォウリーらは隣の部屋へと移動し、扉を閉めた後でしばしの休息を楽しむのであった。

 フォウリー、エルフィーネ、ロッキッキーの3人が少しの仮眠を取った後、彼女らの一行は今来た道を戻り、移送の扉を使って一番始めの部屋へと戻った。
部屋の中央付近にはデルマストがミスリルゴーレムと共にいた。
彼は僅かに顔を動かしてフォウリーらを認めると、急かすように少しだけ顎をしゃくった。
彼らはぞろぞろと右端から2番目のゲートへと乗ると、ザンがコマンドワードを唱えた。
床の魔法陣に沿って光が発し、それは6人の姿を飲み込むと、再び沈黙した。
 ゲートに封じ込められし魔力によって6人が転移したのは小さな小部屋であった。
ただ先ほど転移したものよりは幾分こちらの方が大きいようだ。 北側に扉が一つあるだけの他は何もない石造りの部屋であった。
「さっきとあんまり変わらないね。」
 少し寝てかなり疲労も回復したエルフィーネの口調は明るかった。
場所が場所で無ければ、期待はずれの名所を見た時の感想とも思えそうな、そんな口調であった。
「そうね。」
 応えたフォウリーの声はいたって素気なかった。
「銘板がありますね。」
 2人の会話など聞こえていないかのようにザンがそう呟いた。
確かに部屋の南側に小さく、そして年月のためにくすんだ色をした銘板が打ちつけられていた。
「本当だ。‥‥下位古代語で書かれてるね。」
 ルーズは銘板を覗き込んでそう呟いた。
「ザン。」
 フォウリーは煩わしげにそう呟いたのみであったが、フォウリーの言いたいことを彼は理解した。
「えーと‥‥、”知を求めし者へ”と書かれていますね。」
 ザンはそう下位古代語を共通語へと訳した。
「知を求めし者へ‥‥?どういう意味だろう。」
 ソアラは首をひねって銘板を覗き込んだ。 が、銘板からは書かれている事以外のことは読みとれなかった。
「まあ進んでみたら分かるよ。」
 いたって楽天的にルーズはそう言った。
これがもし財宝があると銘板に書かれていたら、そういう態度はとれなかったであろうが。
「まあ、どうでも良いでしょう。別に私達は”知”を求めているわけではないわ。」
 フォウリーの方も特に興味はないようであった。
勿論エルフィーネや、知識神ラーダの敬虔な僕であるはずのロッキッキーも同様の様子であった。
興味があるのはザンとそれと強いてソアラぐらいであろうか。
「そうですね。」
 ザンは諦めにも似た口調でそう言った。
「さっ、これから貴方の出番よ。」
 エルフィーネはそう言ってロッキッキーの肩を叩いた。
「あいよ。」
 ロッキッキーはそう言って扉へと近付いていった。
その後を仲間達が続いていった。
ロッキッキーはいつものように扉の前に座り込み、丹念に調べ始めた。 だが彼の綿密な、それでいて適当な調査では特に罠は見受けられなかった。
鍵も掛かっていなさそうである。
「特に何もねぇな。罠も鍵もよ。」
 彼は立ち上がって振り向くとそう言った。
「よし。じゃあ開けるぞ。」
 ロッキッキーと場所を入れ代わったソアラが扉を押し開けた。 扉の向こうには何かがいた。
それらは扉が開けられたのに気付くと、視線をそちらへと向けた。
そのらんと輝く赤い目に見つめられたソアラは不快な、何か言い様のない感覚に襲われた。
「どうしたの?」
 扉を開けたまま硬直したように動かないソアラにフォウリーがそう声を掛けた。
「何かいる。」
 ソアラは視線すら動かさないで、いや動かせない状態でそう応えた。
他の者は何気なく、もちろん物理的な攻撃には十分に警戒はしていたが、扉の向こうを覗いた。
ソアラの言うとおり、そこには青白い、ひどく不健康そうな肌と、赤く輝く目を持った人の様な一団がいた。
「アンデット!!」
 その者達に負の精霊の力を感じたエルフィーネは小さくそう呟いた。
「レッサー・ヴァンパイアですね。」
 その外見と不死の生命体であるというからザンがそれの正体に思い当たった。
「強い?」
 フォウリーはそれだけを尋ねた。
「視線に相手を恐怖に陥れる力がありますが、それに負けなければそうでもありませんね。もちろん咬まれてはいけませんし、普通の武器は効きませんけどね。」
 ザンは素早くそれだけの蘊蓄を呟いた。
「じゃあ、行くわよ!!」
 フォウリーはそう言ってこちらへと近付いてくるレッサー・ヴァンパイア共に向かって走り出した。 その後をルーズとソアラ、そしてロッキッキーが続いた。
 そのレッサー・ヴァンパイア共はその服装からしてどうやら冒険者らしかった。
彼らの前にこの塔に入った一行であろうか。 だとすれば一体何によって吸血鬼とされたのだろうか。
コーラスアスの言っていた不死の王だろうか。
 戦闘自体はそれほど長く続いたわけではなかった。 これが生身の冒険者対生身の冒険者などであれば、こうも簡単には片が付かなかったであろう。
魂にかけられた呪縛から解放され、レッサー・ヴァンパイアの体は崩れさり、後にはいくばかの土と、彼らが使用していた武具だけが散乱した。
フォウリーらは僅かの時間だけその冒険者らの冥福を祈ると、その部屋の北側の壁にあった両開きの扉を抜けていった。
 扉の向こうは通路と言っても良いような極端に横に細長い部屋であった。 扉は北面に3つ、今彼らが抜けてきたのをが1つ、計4つあった。
「どれから行くんだ?」
 扉の他に何もないのを確認して、ソアラがそうフォウリーへと尋ねた。
「そうね、セオリーだと真ん中が怪しいわね。」
 フォウリーはそう応えた。
もっとも3つの内の真ん中の扉は今抜けてきた物と同じ様な両開きの扉で、その両脇の扉は一枚の扉であるのだから、だれでも真ん中が怪しいと思うであろうが。
「じゃあ、やっぱり両脇の部屋からだね。」
 ルーズは冒険者の心得に添った事を言った。
「そうだな、何かお宝ぐれぇはあるかもしんねぇしな。」
 ロッキッキーは顎の辺りを撫でながらそう追随した。
「そうだね。早く借金を返して貰わないといけないしね。」
 エルフィーネはロッキッキーの方を見ながら真面目な表情でそう言って一人頷いた。
「じゃあ、左から行きましょうか。」
 フォウリーはそう言って自らの左側、西側の扉を示した。 勿論仲間達に異論があるはずもなかった。
 いつものようにロッキッキーが示された扉を調べ、そしてソアラがそれを開けて、彼とフォウリーがまず踏み込んだ。
ついでロッキッキー、ザン、エルフィーネ、そしてルーズがそれに続いた。
部屋は6メートル四方ぐらいの広さであろうか。 フォウリーとソアラが油断無く部屋の中を見回すが、北側の壁の方に置かれている宝箱のほかは、特にめぼしい物すら置いていなかった。
6人は慎重に宝箱の所へと集まった。
「やっぱりあったね。」
 へたくそな口笛を吹いた後で、嬉しそうにルーズはそう言った。
「何が入っているのかな?」
 エルフィーネもこの塔に入って初めての宝箱にちょっと期待しているようだ。
「さあ、早く調べてよ。」
 沸き上がる期待感を抑えきれずにそうロッキッキーを急かした。
「はいはい。」
 しょうがないという風にロッキッキーは宝箱を調べ始めた。 仲間達が見守る中、ロッキッキーは宝箱の近辺を調べていたが、やがて立ち上がり首を横に振った。
「罠なんかはねぇみてぇだけどよ、残念ながら俺様じゃあ開けられねぇよ。」
 ロッキッキーはお手上げと言った感じでそう言った。
「久しぶりなもんだから腕がにぶってんじゃないの?」
 非難するような目つきでエルフィーネはそう言った。
「違ぇよ!!魔法の鍵なんだよ!!」
 ロッキッキーはそう弁明した。
「じゃあ、ザン。早く開けてよ。」
 それを聞いた途端、まるで興味を失ったかのようにエルフィーネはロッキッキーからザンへと視線を移した。
「はあ、分かりました。」
 内心の苦笑を隠しつつ、宝箱へと近付くとザンは手早く魔法を唱えた。
『アンロック!』
 かちり、という音こそしなかったものの、どうやら宝箱の鍵は開いたようであった。
待ちきれなくなったようにエルフィーネがザンを押しのけて宝箱の蓋を開けた。 幸いにもロッキッキーの調査は正しかったようだ。
罠のような物もなく、蓋は開いたのだから。
中には、色の違う魔晶石より少し大きめの水晶石が大切そうに2個置かれていた。
「何?これ。」
 エルフィーネは不思議そうな表情でそう呟いた。
「おや、珍しいですね。闇晶石と雷晶石ですよ。」
 覗き込んだザンがそう応えた。
「闇晶石と雷晶石?何なのそれ?」
 視線を彼の方へと移して、エルフィーネはそう尋ねた。
「闇晶石は古代語魔法の”ダークネス”、雷晶石は”ライトニング”の魔力が込められているんですよ。」
 ザンはそうクリスタルを示しながらそう言った。
「ふーん。」
 期待していた割にはあまり面白味のない物と分かったので、エルフィーネの返事は素気なかった。
「私が闇晶石を貰うわね。」
 後ろで聞いていたフォウリーがそう言って黒色のクリスタルを取った。
「じゃあこっちは俺が貰ってもいいか?」
 ソアラがそう言って仲間を見回したが、誰も何も言わなかった。 彼もまた手を伸ばして宝箱の中から黄色のクリスタルを取り出した。
「他に何かないかな?」
 エルフィーネは未練ありげに宝箱の蓋を調べようと、内側の方を触った。
と、途端に後ろでがちり、という音が響いた。
どうやら扉の鍵が閉まったらしかった。
「何かに引っかかったんじゃないの?」
 貴方のせいよ、という思いを込めた視線と共に、皮肉っぽくフォウリーはエルフィーネに対しそう口にした。
「別に引っかかってないと思うよ。時間で閉まるんじゃないの?」
 あくまで自分に何か原因があったとは認めなかった。
「どっちでもいいけどとりあえず調べてみたら?」
 ルーズはその場を取りなすようにそう提案した。
「それもそうね。」
 フォウリーもそれには賛同した。
彼女に促されたロッキッキーが扉を調べに行くが、扉は彼には開けられない類の鍵で施錠されていた。 結局ザンの魔法の力で鍵を開け、ようやく6人は部屋から抜け出せるのであった。
 細長い部屋へと戻ったフォウリーら一行はそのまま一番東側の扉へと向かった。 結局ここの扉もザンの魔法によって開け、彼女らはとっと扉を抜けていった。
その部屋の作りは一番西の部屋と一緒であった。
宝箱が一つあるところも、置いてある位置も、それ以外何もないところもまったく一緒であった。
「ほら、早く調べてよ。」
 先ほどクリスタルを貰っていないエルフィーネは今度こそと期待しているようであった。
「はいはい。」
 ロッキッキーはやれやれと言った様子で手早く宝箱とその近辺を調べた。
だが鍵開けはまたもザンに任すことになった。
「魔法の施錠ばっかだなあ。」
 ロッキッキーは眉をひそめてそう言ったが、内心はさぞ自分の手間が省けることを喜んでいるだろう。
「それでは開けますよ。」
 もはや鍵開けぐらいで精神の疲れを感じることはほとんど無くなっていたので、彼自身それほど苦ではなかったが、やはりこうも数が続くと嫌になってくるものである。
そんな気持ちの中であったが、どうにか集中は出来たようだ。 詠唱が終わると同時に、かちりという金属音が宝箱から聞こえてきた。
「何が入ってるのかな?」
 早速エルフィーネが宝箱を開けた。
が、こちらの宝箱にも色の付いたクリスタルが2個入っているだけであった。
「またクリスタルだけなのー?」
 エルフィーネはいたって不満そうである。
「まあとにかく無いよりましだよ。」
 ルーズは彼女へとそう言ったが、もちろん何の慰めにもならなかった。 もっとも彼の方も慰めようなどとは思っていなかっただろうが。
ともかくも虹色のクリスタル、光晶石はエルフィーネが、琥珀色のクリスタル、土晶石はルーズが貰うことになった。
後にはもう何も無さそうだったので、フォウリーらはこの部屋を後にするのであった。
もちろん今回はエルフィーネは余計なことは一切しなかった。

 三つの扉の内の真ん中、両開きの扉の前へと立ったフォウリーらは、いつものようにロッキッキーが調べた後でいつものようにソアラが扉を開け、そしてその豪華な扉を抜けた。
部屋の大きさは左右の部屋を合わせたよりもなお大きそうであった。
調度品その他の類は一切なかった。 部屋の中央奥にあるゲートを除いて。
フォウリーらはばらばらとゲートの周りへと集まった。 彼らがこの塔まで飛んできたゲートと同じ物であった。
「乗るんだろう?」
 ソアラはいつもと変わらぬ表情でそうフォウリーへと言った。
「ええ。」
 フォウリーはそう言って頷いた。
「じゃあ、行きますか。」
 ザンのその言葉を合図に彼女ら6人は一斉にゲートへと足を踏み入れた。
このゲートは合い言葉ではなく、誰かが乗ると作動するタイプの物であったようだ。
ゲートを描く古代語と幾何学模様の線上から青白い光が放たれ、上に乗る6人を包み込み一瞬白い光が弾けたかと思うともうそこには何もいなかった。
ただゲートだけが何事もなかったかのように、次なる来訪者を待ち受けていた。
 光に包まれたフォウリーらはその眩さに目すら開けていられなかった。
自らの体重が一瞬無に帰したような嫌な感覚の後、閃光は次第に薄れていった。
閉じた瞼の下から彼らを包んでいた魔法の光が和らいだことを確認すると、まずソアラがその両眼を開けた。
続いてフォウリー、ルーズ、ロッキッキー、ザンが瞼を開き、そして最後にエルフィーネがその紫色の瞳を見せた。
 彼らのいる部屋はゲートに乗った部屋よりは一回り半ほど大きかった。
例によって調度品はただの一つもなく、ただ目の前の壁に両開きの扉と、そして彼らのいる場所にあるゲートだけが装飾の全てであった。
「行きましょう。」
 この部屋にはさしたるものは無いと踏んだフォウリーはそう言って一歩扉の方へと足を踏み出した。
他の者達もそれに続こうとしたとき、不意にその扉が開いた。 無論勝手に開いたのではなく、向こう側にいた者が扉を開けてこの部屋へと入ってきたのだ。
その人物は黒いローブとフードに身を固め、まがまがしい雰囲気のする杖を持ち、青白い肌、赤い目、そして歪んだような笑みを浮かべた口元からは僅かに牙らしい物が見えかくれしていた。
− 何、この親父は?
 血色の悪いことと着ている物を除けば何処にでもいそうな風貌の人物にエルフィーネは不謹慎にもそんなこと考えた。
だが、自らすぐにその考えを打ち消した。
彼女の目に自然ならざる、つまり負の生命を持つ者の証とも言うべき黄色いオーラ、負の生命の精霊が映ったのだ。
「気を付けて!あれ、アンデットよ!!」
 エルフィーネはそう仲間達に注意を促した。
「まさか!ノーライフキング!!」
 その風貌と、そしてコーラスアスの話から、ザンは目の前のものが何であるのかを察し、そして戦慄した。
古代王国時代の死霊魔術師が今は失われた魔法を使って、永遠に続く負の生命を得た究極のアンデット、ノーライフキング。
 その固有名詞を聞いて、フォウリーらは思わず騒然となった。 言葉が分かったのか、それとも態度でフォウリーらを見くびったのか、ノーライフキングはゆっくりと彼女らの方へと近付いてきた。
慌ててフォウリーらは剣を構えるが、ノーライフキングはその歩みを止めなかった。
逆にその赤い目から放たれる凍てつくような視線の力によって、ソアラとルーズが恐怖に捕らわれてしまった。
「ソアラ!ルーズ!」
 頭を抱えて座り込んでしまった2人をフォウリーは叱咤するように叫んだ。
だがその叫びもなんら効果をもたらさなかった。
浮足だった彼女らに、悠然と、しかし猛然とノーライフキングは襲いかかってきた。
このノーライフキングは先の冒険者らしき者との戦闘で、その前の目玉の化け物との戦闘で精神力を使い果たしていた。
故に彼の巨大な魔法力をもってすれば瞬時に彼女らを灰と化すことも可能であった。だがあえて接近戦を挑んできたのは、失った精神力を回復するためであった。 少なくとも自らの精神力が回復するまではこの者達を殺してはならぬと言う思いを感じていたようだ。
そして結局はそれが彼の敗北につながった。
 ザンとエルフィーネ、それにロッキッキーによる多くの魔法と、そしてフォウリーらによる幾多の打撃とが結局ノーライフキングを打ち破ることとなった。 フォウリーの渾身の一撃が確実にノーライフキングの負の生命を削ったのである。
『ぎあああああーーーーー。』
 身も心も凍り付くような絶叫をあげると、ノーライフキングの体は崩れさり、靄と化して四散した。 そして奴が今までいた辺りに魔晶石が転がり落ちた。
 フォウリーはそれを拾い上げて大きく息を付いた。
だが不死の王にとってそれは本当の意味での死ではないことを彼らは知っていた。 その魔物は彼自身以外は知らぬ場所にある”邪な土”の所へと戻り、一昼夜を経て再び甦ることを。
そして真に奴を倒すにはその”邪な土”を”寝床”から取り除いた上で倒さねばならないことを。 だがともかくもこれで奴は少なくとも一昼夜は無力である。 だがその時間はフォウリーらには決して十分では無いだろう。
「さあ、行くわよ。ロッキッキー、扉を調べて。」
 精神的、肉体的な疲れを振り払うかの様にフォウリーはそう言った。
「鬼だよなぁー。こちとら消耗しきってるのによぉ。」
 文句を言いながらも自らの仕事を放棄しないところがまた彼らしかった。 他の仲間も疲れた体に鞭打って扉の周りへと集まった。
そして彼が何もないと太鼓判を押した扉をソアラが押し開いた。
 扉の向こうは細長い通路のような部屋であった。 今抜けた扉の目の前にまた同じ様な扉があった。
今と同じようにロッキッキーが調べ、そしてまたソアラが押し開けた。
 扉の向こうは巨大な空間になっていた。
横幅は30メートルほど、縦幅は20メートルほどはあろうか。
だがその巨大な部屋にも部屋の北側の中央付近に祭壇らしき台が置かれているだけであった。
「おそらくここがその魔晶石が置かれていた部屋だね。」
 ルーズはそう言ってフォウリーの荷物を示した。
「じゃあ、特に何もねぇな。」
 ロッキッキーの方も部屋の巨大さと簡素さに調べる気力も失せていた。 そう言い終えるとどっと床へと座り込んでしまった。
他の者もそれに倣ったかのように次々と座り込んでしまった。 一応最後の魔晶石を手に入れたのだが、それをすぐにゴーレム使いに渡しに行く気はないようであった。
フォウリーらをギアスの激痛が捕らえないのは、故意にそうしているのではなく、疲れていてそれ所では無いからであった。
 だがギアスに縛られていないエルフィーネなどは、苦労して手に入れたそれを渡そうなどとは微塵にも考えていないようであった。 けれども先に6人がかりで戦って負けているので、力任せは無益なことは悟っていた。
今度はあのゴーレム使いも命請いを受け入れはしないだろうから。
− となると後は精霊達の力を借りるしかないか‥‥。何かいいの、あったかな?
 エルフィーネは空中を見つめながら自らの扱える精霊魔法を思い出していた。  もう一人のギアスに捕らわれていない人物、ザンの方はさしたる事を考えてはいなかった。
もともと魔術師であるのでギアスの苦痛がどんなものかは想像することが出来るのだ。
それ故にフォウリーら、もちろんエルフィーネも彼はかかっていると思っていた、にその様な思いをさせないためにも、ゴーレム使いに従う方がいいと考えていたのだ。
もっともエルフィーネがかかってないと知っていたら今少しほど考えが変わっていたかも知れないが。
 他の4人は勿論逆らおうなどと考えてはいなかった。
そう思っただけで自らの体を激痛が走ることを知っていたからだ。 ただ働かされているという屈辱感は少なからぬ感じていたようだ。
もし今ギアスの効力が切れたとしたら、再び戦いを挑むのは間違いないだろう。 結果は別にしてだが。
 ともかくも小一時間ほどの休憩の間に彼らの疲労も幾らか回復したようだ。
エルフィーネの方も何か良い案を思いついたようだが、事情を知らないロッキッキーはにんまりと笑みを浮かべた彼女を少し気味悪げに見ていた。
「さあ、戻りましょうか。」
 フォウリーはそう言って重い腰を上げた。
「ねぇ、私に魔晶石を持たせて。」
 立ち上がったフォウリーの所へと近付いて、エルフィーネはそう言った。 そして右手をフォウリーの方へと差し出した。
「別にいいけど‥‥。どうしたの急に?」
 フォウリーは彼女へと魔晶石を渡しつつそう聞いた。
「私があれに渡してあげようと思ってさ。」
 懐に魔晶石をしまい込みながらエルフィーネは笑みを浮かべた顔でそう言った。 フォウリーはちょっと首を傾げたが、それ以上の詮索はしなかった。
「さあ、行きましょう。」
 フォウリーとソアラを先頭に彼女ら一行は、今着た道を戻っていくのであった。

 始めの塔にある巨大な広間で数時間の時を待つことなど、狂えるゴーレム使い、デルマストにとってはそれほど苦なものではなかった。 フォウリーらの無能さに対する焦燥感は無論あったが、まだ何よりも人間の”駒”としては使えるということもまた知っていた。
− 一生道具として使ってやっても良いな‥‥。
 彼は僅かに口元を歪ませた。
それに彼女らがたとえ他の者の手にかかって死んでも彼と彼の自慢であるミスリル製のゴーレムは無傷であり、またその相手には少なからぬ傷を負わせているだろうから、なんら損があるはずもなかった。
ともかくも彼はゴーレムに寄り掛かりながら、瞳を閉じ、じっと何かがゲートを用いて転移してくるのを待っていた。
 彼の閉じていた目に瞼越しに閃光が飛び込んできた。 何者かがゲートを用いたのだ。
彼は目を開けて手をかざすと、すぐにゴーレムへと命令を与えられる体勢で転移が終了するのを待った。
ゲートの上に姿を現したのは、彼の忠実なる僕共であった。
「魔晶石は見付かったのか?」
 彼は無表情にそう呟いた。
「ええ。」
 フォウリーは煩わしげに頷いた。
「こちらへと持ってこい。」
 デルマストはあまり感動した様子を見せずにそう命令した。 フォウリーに促されたエルフィーネは、ロッキッキーとルーズに付いてくるように視線と表情で示すとゆっくりと前へ進み出た。
「早く渡せ。」
 わざと表情を消したエルフィーネが前に立つとデルマストは少しいらだたしげにそう言った。
「分かったわ。」
 エルフィーネはそう言って懐から魔晶石を取り出しデルマストの方へと差し出した。
その時彼女の首に掛かるペンダントが僅かに揺れた。
「おお‥‥、それだ。ついに3つ我の元へとそろったか。」
 さすがに目の前に3つ目、最後の魔晶石を見せられて、興奮したのか僅かに声が震えていた。
そして魔晶石を受け取ろうと僅かに震える手を伸ばし、エルフィーネの手から魔晶石を奪った瞬間、彼女の手がデルマストの手を握った。 誰しもにとってもそれは意外な出来事であった。
驚愕したデルマストが行動を起こそうとするまでに僅かの時間があった。
そしてそれでエルフィーネには十分であった。
『安らかなる眠りをもたらす精霊サンドマンよ。この者の心に忍び込み、永遠の眠りを授けてあげて。』
 彼女は素早く精霊語でそう呟いた。
− 精霊‥魔‥‥法‥‥‥か‥‥‥‥。
 デルマストは必死になって心に忍び込んでくる眠気に抗しようとしたが、それ以上にエルフィーネの集中力の方が勝った。
手に持った魔晶石が甲高い音を立てて床に転がったかと思うと、彼自身も次の瞬間だらしなく床へと崩れ落ちた。
「ふうーーー。」
 それを見てエルフィーネは大きく息を付いた。
「‥‥なんなんだ?」
 一部始終見ていたロッキッキーは唖然とした表情でそう呟いた。 いや、他の者達も同様の表情で彼女を見ていた。
「見ての通りよ。彼は眠りについたの、永遠のね。」
 彼女はそう言ってウインクして見せた。
「ギアスに抵抗していたのですね。」
 後ろの方で見ていたザンが気が付いたようにそう言った。
「まあね。」
 彼女は得意げにそう応えた。 そこで気付いたように床に落ちていた魔晶石を拾った。
「貴方にしては珍しいですね。一人で行動を起こすなんて。」
 ザンの方は妙なところに感心しているようだ。
「言い方が気になるけど、まあ良いわ。さ、早い所、こいつから魔晶石を貰っちゃお。」
 エルフィーネはそう言ってしゃがみ込み、デルマストの懐をまさぐった。
だが、彼女はここで大きなミスを犯していた。
「あっ、あったあった。」
 彼女はデルマストの懐から革袋を取り出した。
が、その時永遠の眠りについたはずのデルマストの目が開いたのである。
「?!」
 一瞬驚愕したエルフィーネであったが、この時は防衛本能が彼女を助けるべく作動した。
魔晶石の入った革袋を持ったまま、彼女を後ろへと飛び退かせたのである。 その場所はすなわち、ロッキッキーとルーズの後ろであった。
 彼女が持つ革袋を見て瞬時にして全てを悟ったデルマストは激しい怒りに誘われた。
だがそれ以上に激しい戦慄に襲われていた。
今までのエルフィーネの行動と自らの目の前に立つ2人の男を見て、自らのかけたギアスがこいつらの誰にもかかっていないものと勘違いしたのである。 そして彼の頼みの綱であるゴーレムは離れたところにいた。
すぐに呼んだとしても彼の元までたどり着くのは、こいつらが彼の心臓にその剣を突き刺すのに十分な時間だろう。
魔晶石、すなわちハドア・ゲラルクの魔法装置は喉から手が出るほど欲しいが、そのために命を捨てようとは彼は思っていなかった。
すぐに彼は絶体絶命の窮地に立った、と彼は思っていた、自らを救うべく一つの魔法を発動させた。
それは瞬間移動の魔法であった。
彼の体は魔法が発動すると同時にその場より姿を消した。 後にミスリル製のゴーレムを残して‥‥。
 それを見てエルフィーネはへなへなとその場に座り込んだ。
そしてこの危機を作りだした原因をじっと睨み付けた。 その効力内にいる者全てを目覚めさせる魔法の道具、目覚めのペンダントを。
「どうなってるの?」
 何だか驚きの連続ね、そんな思いを胸にフォウリーがおそらくは事情を知っているであろうエルフィーネに説明を求めた。
「これしてるの忘れてただけ。」
 エルフィーネはそう言って彼女に目覚めのペンダントを見せ、力無い笑みを見せた。
「”目覚めのペンダント”ね。」
 フォウリーは納得したようだ。
「まったく、だからあん時俺様に渡しておけば良かったんだ。」
 ロッキッキーはしかめっ面でそう言った。 ダークエルフの魔法に踊らされたときの事を言っているようであった。
「それとこれとは話が別よ。」
 エルフィーネはそう言って彼の目に映らないようにペンダントを服の中へとしまった。
「あのさぁ、あのゴーレム使いさあすぐに戻って来やしないかな。」
 ルーズが心配そうにそう口にした。
奴のギアスに4人も掛かっている状態は依然としてそのままなので、体勢を立て直したデルマストが戻ってきたら確かにやばい状態になるだろう。
「そうね、確かにやばいかも。」
 フォウリーもあのゴーレム使いに対しては、そう言う態度をとらざるを得なかった。
「なるべく早い方がいい。」
 ソアラがそう言って、豪華なゲートを示した。
「そうですね。それになるべく早く”ハドア・ゲラルクの魔法装置”とやらを見てみたいですからね。」
 ザンの方も好奇心を抑えきれないようだ。
「じゃあ、乗りましょうか。」
 フォウリーはそう言って先頭を切って歩きだそうとする。
「待って。これ渡しとくよ。」
 そのフォウリーを呼び止めて、エルフィーネは手に持っていた三つの魔晶石を手渡した。
「どうして?」
 怪訝げな顔でフォウリーはエルフィーネを見た。
「だって何かあったら嫌じゃん。」
 エルフィーネはそう言って人の悪そうな笑みを見せた。 魔晶石を持っていることによって、彼女の身だけに何かが起きることを警戒しているのだろう。
− 私はどうなってもいいのかしら?
 一瞬そんな考えが浮かんだが、ともかくも信頼してくれているんだろうと思い直し、仲間達を引き連れてゲートへと歩いていった。
「良い?乗るわよ。」
 フォウリーはゲートの周りに集まった仲間達に対してそう聞いた。 各々は神妙な面もちで頷いただけであった。
「せーの!」
 彼女のかけ声と共に、6人は一斉にゲートへと飛び乗った。 途端にゲートが作動し、眩いばかりの魔法の光が6人を包み込んだ。
やがて光は消え、エルフィーネ、ロッキッキー、ザン、ソアラ、ルーズは恐る恐る目を開けた。
そこは、彼らが今まで居た所であった。 慌てて周りを見回した彼女らであったが、すぐに仲間が一人少ない事に気が付いた。
そう、フォウリーの姿だけ忽然と消えていたのだ。
「どうやら三つの魔晶石を持った者だけに対して有効だったようですね。」
 ザンは何やら納得したように一人そう呟いた。 ともかくもエルフィーネの読みは正しかったのである。
「待つしかないか。」
 半ば心配そうな視線をあらぬ方向に向けつつ、ソアラはそう呟いた。 確かに彼女らには何処に跳ばされたか分からないフォウリーの帰還を信じて待つしか無いように思えた。
残された5人はまるで出かけた母の帰りを待つ子のように、ゲートの周りにそれぞれ座り込んだ。

 移送の扉から発せられる光に、目を閉じて身を任せていたフォウリーは、まるで自らの体が自分の物ではなくなったかのような、そんな気分が悪くなるような感覚に襲われるのを感じた。
気丈にもそれを振り払おうとしたフォウリーをあざ笑うかのようにその感覚は急速に彼女の全身に浸透していった。 彼女が耐えられる限界まで達する寸前に、潮が引くかのような勢いで消え、気が付くと彼女を包んでいた光の衣は消え失せていた。
仲間達とこのゲートを作った者に対して罵声を浴びせよう、そう思って目を開いた彼女は思わず呆然とした。 自らがたった一人、見知らぬ所へと立っていたからであった。
− エルフィーネの勘が当たった見たいね‥‥。
 しばらくしてそう結論づけたフォウリーは知らず知らずの内に苦笑している自分に気が付き、再度苦笑した。
「ともかくも私一人で”魔法装置”を取りに行かなければいけないみたいね。」
 そう独語してみても誰か応えてくれる者がいるわけではなかった。
「ちょっと、装備的に心細いなぁ。もう一度帰れるかな?」
 フォウリーはそんなことを呟きながら一度ゲートを出て、再度乗った。 途端にゲートから光が漏れ、彼女の体を包み込んだ。
− 良かった。一方通行じゃなくて。
 その光に包まれながらフォウリーはほっと胸をなで下ろした。 だが彼女は気付かなかった。
薄ら闇の中で、彼女を見つめていた二つの瞳に。

 幾つかの襲撃の可能性に怯えながらフォウリーの帰還を待っていたエルフィーネら5人は幾ばかの時間も過ぎない内に再びゲートが閃光を放ったので、期待と警戒を胸にじっとゲートを見つめていた。
光の収まった後には、見慣れた女性がそこに立っていた。
「フォウリー?!もう手に入れてきたの?」
 ぴんと両耳を立てて、エルフィーネはそう言って駆け寄った。
「まだ‥‥よ。まさか私だけが跳ぶとは思わなかったから。休息と準備をしに戻ってきたの。」
 フォウリーは苦笑しながらそう言った。
「準備とは?」
 不思議そうにザンが聞き返した。
「そうね。みんなの魔法の道具を私に貸してくれる?」
 ちょっと考えた後でそうフォウリーは仲間達に言った。
仲間達の中には渋そうな表情をした者もいたがだれも拒んだりはせず、それぞれに魔法のアイテムを出し合った。
もっとも仲間内では魔法のアイテムのシェアはほとんどフォウリーが占めているので、魔晶石とかそんな類の物が大半であった。
「じゃあ行って来るね。」
 それらの物をしっかりと持ったフォウリーは、仲間達に軽くそう言うと、もう一度ゲートの上に乗った。
再び閃光がほとばしり、フォウリーを包み込んだ瞬間に彼女諸とも消滅した。
「一人で大丈夫ですかね?」
 それを見送ったザンが心配そうにそう呟いた。
「さあ?でも信じるしかねぇべよ。」
 ロッキッキーはあまり彼に似合わない言葉をそう呟いた。 もっとも本人もそう思ったのか、言い終わった後で一瞬だけ笑みをこぼした。
だがすぐに険しい表情に戻った。
「持ってる者しかいけないしね。」
 ルーズはそう言ったが、それがただ事実のみを言っているのか、自分が行けなくて悔しがっているのか、ほっとしているのかは他の者には不明瞭であった。
「まあ今度はすぐには帰ってこないでしょ。」
 エルフィーネはそう言うと壁際の所で座り込んだ。 他の者達も彼女の近くにそれぞれに腰を下ろした。

 ゲートによって再び何処だか分からない場所、アレクラスト大陸内かも怪しい所へ連れてこられたフォウリーはゲートの光が消えた後あらためて辺りを見回してみた。
先ほど来たときは気が付かなかったが、どうやら大きな広間にいるらしかった。 それも大きな塔の1フロアらしいのだ。
というのも彼女が立つゲートはその南端に位置しているらしく、南側には緩やかな弧を描く石壁がそびえているのだ。
そして同じく天井も見受けられた。 ただドワーフならぬ彼女の目ではその材質が何なのかまでは知ることは出来なかった。
だが今までに見たことのない材質であることは分かった。
「さて来たは良いけれど、一体何処に行けばいいのやら。」
 ゲートの上でそんなことを呟いた彼女の目に、ふと薄ら明かりの中に浮かぶ小さな光点が二つ見えた。 それは今いる場所よりまっすぐ北に向かったところにあった。
− 何かしら?
 首を傾げたフォウリーであったが、他を見回して他に目を引く物が無いことを確認すると、その二つの明かり目指して歩いていくことにした。
 二つの光点へと歩いていく、途中からフォウリーは首を傾げざるをえなかった。 このうすら明かりの下とはいえ、もうそろそろ光点の正体が分かっても良さそうな距離に来ているはずである。
確かに近付いた感はあるのだが、相変わらず二つの光点は光点のままであった。
− この薄闇、自然の物じゃなさそうね。
 彼女はそう結論せざるを得なかった。
もう数メートルほどで光点にたどり着くかという矢先に、彼女を覆っていた薄闇は突然払われた。
薄闇に慣れていたフォウリーは思わず眩しそうに目を細め、手をかざした。 もしその光点が生物の何かで、敵であったなら、彼女の命はなかったであろう。 だが彼女の目が眩んでいる間、何も起こらなかった。
 ようやく目が明かりに慣れたとき、ようやく先ほどの光点の正体が分かった。 それはライオンの身体に鷲の翼が生え、美しい人間のような顔をした幻獣の澄んだ瞳であったのだ。 それは巨大な台座の上に座していた。
そしてその向こうにおそらく上に通ずるであろう階段が見えた。
「スフィンクス‥‥。」
 フォウリーは思わずそう呟いた。 古代王国の魔術師たちによって知識の守護者と定められた名高き幻獣の名を彼女は知っていた。
そしてその強さも。
『汝、我が主たるハドア・ゲラルクが作りたもう魔法装置を望む者か。』
 スフィンクスは目の前に立ったまま動かないフォウリーに対し、澄んだ声でそう問うた。
『ええ、そうよ。』
 フォウリーもまたスフィンクスと同じ言葉、下位古代語でそう応えた。
『汝にはその資格ある。ならば、汝、我が主たるハドア・ゲラルクが定めし四つの試練を受けよ。』
 スフィンクスは表情を変えずにそう言った。
『四つの試練?』
 半ば問いかけるようにフォウリーは独白した。 だがスフィンクスはそれには応えなかった。
『汝、我に掛かりし制約を解け。』
 スフィンクスは静かにそう言った。
『制約?』
 それこそフォウリーは首をひねった。 この幻獣は何かの制約を受けているのだろうか。
少なくとも表面上はなんら変わったところはなかった。 もっとも彼女は以前にスフィンクスを見たことがあるわけではないので、本当にそうなのかはよく分からなかったが。
しばらく考えてもフォウリーには分からなかった。 もともと誰かに掛かった制約など、第三者には分からないのが普通なのだ。
『私には分からないわ。』
 フォウリーはそう言って首を横に振った。
− ザン達がいたらもしかしたら分かるのかも知れないけど。
 フォウリーはふとそう思ったが、それは彼らの知識をすこし過大評価しているだろう。
『汝、この試練を越えねば次の試練受けることかなわず。』
 淡々とスフィンクスはそう語った。
『どうしても通しては貰えないのかしら?』
 フォウリーは真摯に幻獣を見つめてそう尋ねた。 悩んだせいか少し苛立っているようである。
『汝の願い、叶わず。』
 無情にもスフィンクスはそう応えた。
『そう‥‥。ならば腕ずくでも通して貰うわ!』
 フォウリーはそう叫んで剣を抜いた。 それを見てスフィンクスもゆっくりと立ち上がった。
「行くわよ!!」
 この言葉はスフィンクスには通じなかっただろう。 彼女はそう叫ぶと剣を構えて階段を守る幻獣へと切りかかった。
スフィンクスもまたその場で彼女を迎えうった。
 その力の強大さを持って知られるスフィンクスも、もはや英雄と言われるべき技爾を持ったフォウリーの強敵ではなかった。
もっとも階段を守るという使命が幻獣の力をかなり削いだことも否めない事実であろう。
ともかくもスフィンクスは自らの血で作られた小さな池にその巨体を横たえた。 自らの死が近付いているというのにスフィンクスは不思議と安らかな表情をしていた。
幻獣は僅かに残った力を振り絞って自らを打ち倒した人間の方へ顔を向けた。
『汝‥‥、一つ‥目の試‥‥練、果た‥し‥‥たり。』
 スフィンクスは今にも消え入りそうな声でそう呟いた。 口から一筋の血が垂れていた。
『えっ?』
 そう言われたフォウリーの方が戸惑ってしまった。 すでに剣は体内に格納していた。
『我‥に掛けら‥‥れし制約‥は、死によっての‥‥み解かれ‥る。汝、第一‥の試練、果たした‥‥り‥‥。』
 スフィンクスはそう言い終えるとその瞳を閉じた。そのおそらく数百年に及んだであろう生涯を今ここで閉じたのである。 フォウリーはほんの数瞬だけ目を閉じて、屍と化した幻獣のために祈ると、上へと通ずる階段を昇っていった。
後に残されたスフィンクスの死体はやがて空に溶けるように消えていった。

 上へと続く階段は一度踊り場に出て、方向を180度変えた。
ただ前だけを見つめて階段を上るフォウリーが40段ほど段数を数えた頃、ようやく次のフロアへと上がることが出来た。 このフロアも円形をしており、大きさ的には下の階と同じ大きさであった。
 このフロアで目を引くのは、彼女がいる階段からまっすぐ南に向けて絨毯でも敷いたかのように石製の床の色が違った。
作った者の趣味なのだろうか、床の色は紅い色をしており、縁は金色で装飾してあった。 一瞬見ただけでは本当に紅い絨毯が敷いてあると思うほどのものであった。
また部屋の中央付近に三体の相当に古びている騎士の格好をした甲冑が、まるで彼女を出迎えるかのように置かれているだけで、後は特に何もなかった。
− あの甲冑に何かありそうね‥‥。
 フォウリーは至極当然にそう思ったものの、ここで永久に立ち止まっているわけには行かなかった。 意を決した彼女が一歩紅い石畳に足を出した矢先、何処からともなく彼女に声が掛けられた。
『魔を退けよ。』
 声は下位古代語でそれだけを言った。
『貴方は誰なの?魔を退けるってどう言うこと?』
 慌ててフォウリーはそう聞き返したが返答は無かった。 待つのも無駄と悟るとフォウリーは一度頭を振って、中断した歩みを再開した。
 甲冑に近付くに連れて、フォウリーの緊張の度合いは増した。 が、その速度が決して落ちないところがいかにも彼女らしかった。
それでもさすがに甲冑との間合いが数メートルともなると、一度立ち止まって様子を伺いざるを得なかった。
「やっぱり魔ってこれかなぁ?」
 心中とは裏腹に緊張感のかけらもない言葉を発して甲冑を見たその矢先、彼女は三体の甲冑の兜の奥に赤い瞳がらんと輝いたのを見逃さなかった。 フォウリーは数歩分飛びずさりつつ剣を手の中に出現させた。
 甲冑の方も今まで地に刺すように持っていた大型の両手剣を鎧を軋ませながら構えると、その錆びた鎧の姿からは想像も付かないほどすさまじい勢いで彼女へと迫ってきた。
− アンデット・ナイトって奴ね!
 フォウリーはその格好から敵の名前を記憶から呼び起こすことに成功した。
− やる、しかないか!
 フォウリーはむしろ積極的にアンデット・ナイトへと切りかかった。
 3対1の見物人がいない死闘は、フォウリーの勝利によって終わりを告げた。 アンデット・ナイトたちは傷つき、切り裂かれた鎧を石畳に散乱させ、その負の生命を終えていた。
不思議なことに後にはその鎧しか残されなかった。
「ふう‥‥。何とか勝てたわね。」
 フォウリーはそう呟いて大きく息を付いた。 先ほどのスフィンクスとのような1対1の戦いならともかく、複数対1ともなると総合力としての敵の強さは単純な倍数ではすまないのである。
もし彼女が”騎士”として戦っていたら決して勝てなかったであろう。> 冒険者なればこそだ。
だが別に騎士を卑下しているわけではない。 人間タイプのモンスターとの、また人間との1対1の戦いならば、おそらく騎士が最強だからだ。
戦いの質、戦法の質の違いが大きい、というだけなのだ。
「さて、でも何処に行けばいいのやら。」
 アンデット・ナイトを倒したフォウリーは改めて辺りを見回した。 下の階と違って階段があるわけではなかった。
と、不意に部屋の南側の床の一部分が光を発し始めた。
− 何?
 その柔らかい光はまるで鼓動するように強く、弱く点滅し、フォウリーを誘っているようであった。 彼女は魅入られたかのようにゆっくりと光へと近付いていった。
 光の正体は、石畳に浮き出たゲートであった。 その紋様の部分が淡い光を放っていたのだ。
だがその光もフォウリーが近付くに連れて弱くなり、やがて発しなくなってしまった。
− 乗れってことかしらね。
 フォウリーはゲートの横で乗ることを一瞬躊躇したが、他に目を引く物がないので意を決して乗ってみた。 と、同時にまたゲートから光が溢れだし、彼女の身体を包み込むと、やがて彼女諸とも消滅した。
後には錆びた鎧が幾つか残るだけであった。

 彼女は再び同じ様な石造りの広間へと転移した。 不思議なことに彼女をここまで導いたゲートは、もう役目が終わったと言わんばかりに薄れてやがて消えてしまった。
「一方通行‥‥みたいね。」
 ちょっと不安そうな表情で彼女はそう呟いて、今までゲートが描かれていた場所を見た。
だが彼女がいくら願ってもゲートは姿を現そうとはしないだろう。 フォウリーは一つ息を付くと辺りを見回した。
このフロアも今までの物と変わらないだろう大きさがあった。 彼女がこのフロアの南端に転移してきたのだ。
どうやら先のアンデット・ナイトのいたフロアの一階上、と言った感じであろうか。
だが今までのフロア以上に閑散としていた。 つまり彼女以外には石造りの床と壁と天井しか無いのである。
この様子を見てフォウリーはふと気が付いた。
− そういえば今までの階の光源って何だったんだろう?
 確かに彼女の疑問通り、ランプや蝋燭、窓といった光源となりそうなものはこのフロアにはなかった。 まるで壁や天井が光っているようでもあったが、それもどうも違うようである。
言うならば空気全体が光を帯びているというか、風景全体がその色彩であるというか、何かそんな感じであった。
− まあ良いか。何が光源でも物が見えることには変わりないしね。
 フォウリーはそう割り切って一歩足を踏み出した。 その時また彼女の耳に、先程と同じ声質の”声”が響いた。
『見えざるものを退けよ。』
 ”声”はそう下位古代語で伝えた。
何を言っても応えないだろうと思ったフォウリーは口を開かずに、ただ剣を抜いただけであった。
不意にフォウリーの視界が霞んだ。
いや、もっと正確に言うならばフォウリーの視界の一部分が霞んだのである。
− 何?!
 フォウリーがそう思うより早く、それは彼女めがけて突き進んできた。
「うっ?!」
 咄嗟に口を右の二の腕で抑え、それが通り過ぎるのと同時に振り返った。 それはしばらく進んだ所で止まり、姿が変わらないにも関わらず、フォウリーにはそれが振り返ったことが分かった。
− ストーカーってやつ?
 フォウリーは目を凝らしながらそう思った。
彼女の目には風景が霞がかった様にしか見えなかったが、もし常人が見たらそれすらも分からなかったであろう。 それ程までにその霞は微々たるものであった。
もっとも辺りが単一の色彩だから目立つのかも知れないが。
 その透明なガス状の生物は、フォウリーの考え通りストーカーであったが、単なるストーカーではなかった。
それの身体は致死性の猛毒ガスで作られているのである。 おそらくそれを作った魔術師は、暗黒神の高位の僕であったのだろうか。
彼らの使う魔法にデスという空気を猛毒の霧に魔法があるからだ。
 フォウリーは剣を正眼に構えてぐっと相手の出方をうかがった。
デス・ストーカーの方もまたフォウリーを伺っているようだ。 もしストーカーが実体化していたなら、血走った目を持つ巨人の姿が浮かび上がったことだろう。
だがさすがにストーカーはその様なことをしなかった。 実体化はすなわちストーカーとしての利点を失うことになる。
それくらいのことをわきまえる知能は持っていた。 そして自らの身体を形成する致死性のガスにも自信を持っていた。
一瞬煙が旋風に迷い込んだように蠢くと、再びフォウリーへと素早い動きで迫ってきた。
 ストーカーは幾つかの誤算をした。
まず、フォウリーの剣が魔法を帯びた剣であったこと、そして彼女の技爾を見くびっていたこと、そして自らの身体でもある猛毒ガスを信じ切っていたことである。
彼の身体を構成する毒ガスは常人には即座に死を与えるが、並外れた体力を持った者には時として毒としての意味を成さないのである。
彼女もその一人であったのだろう。 だが彼には後悔する間は与えられなかった。
フォウリーの剣が振りかぶられ、すれ違い際に決して切れるはずのない彼の身体を切り裂いたのである。
そしてそれは致命傷となった。 ガス状のままの彼は断末魔の声すらあげられずに、無毒なガスとなり空気中に溶けていった。
もはや敵が生きていないことを肌で感じたフォウリーは剣を収めると大きく深呼吸をした。 まるで空気の存在をありがたがるかのように何度も、何度も。
「これで三つ目も終わりね。」
 フォウリーはそう呟くと辺りを見回した。 案の定部屋の北端に今まではなかったはずのゲートが姿を見せていた。
近付いたフォウリーは今度は躊躇わずにゲートへと乗った。
途端に辺りに光がほとばしり、フォウリーの身体を包み込んだ。
やがてゲートは光に包み込まれた彼女の身体をどん欲にも飲み干すと、自らの発した光もまた全てのみ干した。
そして最後は自らも飲み干したかのように、ゲートの姿はかき消えた。

 光の中でじっと目を閉じていたフォウリーは、やがて瞼の向こうの閃光が消え去ったのに気が付いた。 静かに開けたフォウリーの目には今までとは少し違った風景が飛び込んできた。
といっても周りの壁や天井は今まで通りの石壁で特に変わった雰囲気は無かった。 部屋も今までと同じ大きさの円形のもので、彼女はその南端に立っていた。
では何が違うのか。
それはこの部屋の北側には祭壇があり、その上に彼女がどうにか担げそうなほどの大きさの何か得体の知れない箱のようなものが置かれているのだ。
− あれが魔法装置?
 フォウリーはもう少しよく見ようと近付こうとしてふと足を止めた。 いつの間にか彼女と祭壇との間に5つの人影が現れていたのである。
それはフォウリーがこの数年一緒に冒険をしている者達であった。
「貴方達‥‥。」
 どうして此処へ、と続けようとして、フォウリーはその言葉を飲み込んだ。 仲間達全員がまるで能面のように感情のない顔に、無機質な笑みを浮かべていたからである。
− こいつらは敵!
 彼女はようやく目の前の者達が仲間の姿を借りた敵であることに気が付いた。
もっとも表情の無機質さばかりに目が行っていたので、彼女はそいつらの服装や髪型などが先程まで一緒にいた仲間達のそれと幾らか違うことまでに気が付かなかった。
それはフォウリーの記憶の中にある仲間達の姿がそいつらに反映されたためだが、もちろんフォウリーは知る由もなかった。
 仲間の姿を借りた5人の輩のうちのロッキッキー、ルーズ、ソアラのもどきはその笑みを浮かべたまま、剣を抜き、彼女の方へと近付いてきた。 それに気付いたフォウリーはハッとして剣を構えた。
そして5対1のフォウリーにとっては不利な戦闘が始まった。
5人のもどきが使った戦法も、彼女らがよく使う基本に添っていた。 彼女らのよく使う戦法とはルーズ、ソアラ、ロッキッキーとそして彼女が肉弾戦をもって敵に当たり、それをザンとエルフィーネの2人が魔法の力で適当に援護するといったものであった。 だがもどきの戦法はそれに酷似していたが、一部無謀さも兼ね備えていた。
肉弾戦にエルフィーネが加わっていたのである。
その分だけ、たとえ僅かにしろ、フォウリーには戦略的につらい戦いになるのであった。
 先鋒の4人と何とか渡り合いながらフォウリーは愕然としていた。
仲間として戦っているときはさしてその強さを感じなかったが、いざ真剣に渡り合うとなると戦慄が体中にぴりぴりくるほどの強さであったのだ。 それでも彼らの個々の技爾はまだフォウリーには及ばなかったであろう。
だが4人同時に相手するともなると、戦いが長引けば長引くほど彼女には不利にだけであった。
 だがそれでも幾つかの幸運と言うべきか、状況が彼女に味方していた。 それはもどきの装備が本物が持つ物に比べて決定的に貧弱であったことである。 いかに彼女と言えど、魔法の武具を持った者4人とでは渡り合えなかったであろう。
それに乱戦となっているので、後ろに控えているザンもどきが殺傷力の強い魔法を使えなかったことである。 後は4人全体に拘らず、一人一人を確実に潰していけば、とりあえず今の状態からは脱却出来るだろう。
 フォウリーはまずソアラのもどきから狙いを定めた。 3人の中で一番体術が劣っていたからである。
だがなかなか思うようには行かなかった。 ソアラの腕が彼女の思っていたよりも上がっていたこともあるが、何よりも他の3人にまで気を配らなければいけないからだ。
そのせいか、意図していなかったエルフィーネもどきに怪我を負わせる一場面もあった。
逆にフォウリーがプレートメイルでなかったら、敵の武器が強力であったなら、フォウリーの体はまず切り裂かれていただろう。
− 負けるわけには行かない!ラーダよ、我に力を!!
 フォウリーはそう自分自身を鼓舞していた。 4体1の戦いの様はまるで剣舞を見ているような華やかさがあった。
もっとも舞の失敗は即、死を意味する危険な舞であったが。
 双方とも致命傷は与えられないまま戦いはこのまま膠着状態に陥るかと思われたとき、戦いの局面は大きく動いた。
何と対峙したままのフォウリーと4人のもどきに向かって、ザンもどきがスリープ・クラウドの魔法を放ったのである。
魔法にかかるか、かからないかはかける者とかけられる者とのいわば精神力の対決である。
不意の魔法攻撃に集中の足らなかったフォウリーは、ザンもどきの魔法に抗しきれなかった。
剣先を眠らなかったもどき達に向けたまま、まず右膝が地に落ちた。
次いで左膝も落ち、ついに彼女の体も地に崩れ落ちた。
− 唯一の救いは、死ぬとき痛みを感じない事ね。
 フォウリーは急速に彼女の意識を飲みこまんとする睡魔の中でフォウリーはそんなことを考えた。 やがて彼女の意識は完全に睡魔へと飲み込まれてしまった。

 夢の世界の中、一人の女性の”意識”が、柔らかい光の中で微睡んでいた。
どれくらいの時間微睡んでいたのだろうか、不意にその意識は見えぬ水面へと向かって上昇していった。
どれくらいの時間が過ぎたのであろうか、意識がようやく水面へとたどり着き、その上へ顔を出したとき、彼女は目を覚ました。 その女性、フォウリー・アシャンティーは石畳の部屋に倒れ伏していた自分の姿に、一瞬状況を把握できぬような表情を見せた後、ばっと立ち上がった。
そして彼女は不思議そうに辺りを見回した。 その場所は彼女が眠りの雲の魔法に捕らえられた場所と寸分変わらなかった。
少なくとも星界の星々になったわけでは無さそうである。
− 何故私を殺さなかったの?
 彼女は首を右手でさすりつつ、そう自問した。 が、勿論答えなど出るはずもなかった。
ただ一つ言えることは、彼女が敗北を喫したと言うことである。
 不意に彼女の視界の一部が揺らいだ。 彼女は瞬時に反応し、後ろに飛びずさりつつ、剣を構えた。
が、現れたのは少なくとも生敵ではなかったようだ。 半分透き通るような体をした初老の男性が魔法装置らしき”もの”の前に姿を見せたのである。
男は一目で魔術師と分かる服装をしており、また何よりも自信に満ち溢れた顔をしていた。
そのせいか、本来の年よりも幾分若く見えるであろう。
『四つの試練見事果たした。』
 その男は剣を構えたままのフォウリーの方を見据えつつ、讃えるようにそう言った。
その言葉が下位古代語であった事でフォウリーは、その人物が誰であるかを察した。
「ハドア・ゲラルク‥‥。」
 その人物の名をフォウリーはそう呟いた。
『お前には我が最高傑作である魔法装置を受け取る資格がある。第一の試練では知を見せ、また情けで戦いに手を抜くことがなかった。第二の試練ではお前の純粋なる力を見せて貰った。第三の試練では鍛えぬかれた感覚を見せた貰った。そして第四の試練では、力のためには仲間や恋人、家族すらも切り捨てられるお前の覚悟を見せて貰った。もっとももし汝がその者の影を殺したならば、本体もまた死しているであろうがな。』
 彼女の呟きなど意に介さず、ハドア・ゲラルクはそう淡々と語った。 フォウリーは何かを叫ぼうとしたが、首を振ってやめてしまった。
目の前にいるハドア・ゲラルクは幻影であり、本人はとうの昔に死んでいるのだから。
『さあ、魔法装置を受け取るがよい。この装置の力をもてば、世界はお主の物にもなりうるだろう。』
 ハドア・ゲラルクの幻影はそう言い終えるとともに揺らぎ、消え去った。 フォウリーはしばらく考えたが、やがて祭壇に奉られている魔法装置を手にした。
重量減少の魔法がかけられているのか、大きさの割には思いの外軽かった。 彼女はそれを持つときびすを返し、今来た道を戻り始めた。
仲間の元へと帰るために。

 フォウリーが彼女を待つ仲間達の所へと戻ってきたのは、彼女が消えてから数時間後のことであった。
その間、待っていたエルフィーネらが危惧していたゴーレム使いデルマストなどの襲撃もなく、いたって平和な時間を過ごしていた。
あまりの平和さと退屈さに、エルフィーネなどは壁によりかかったまま、うつらうつらしていたほどである。 だが、その彼女もゲートが閃光を放ち始めると飛び起き、手をかざしながら期待と警戒とを混ぜ合わせた視線をじっとゲートへと向けていた。 いや、彼女だけでなく他の者全てが、そうであったのだ。
そして、彼女らの期待に添うように、光が消えた後、そこに立っていたのはフォウリーであった。
「ただいま、みんな。」
 瞳を開けたフォウリーは仲間達の視線が集まっているのを見て、そう言った。
「フォウリー。無事に戻ってきたんだね。」
 そう言って駆け寄ろうとして、エルフィーネは彼女が大きな箱を持っていることに気が付いた。
「‥‥それが魔法装置?」
 半ば呆然とした表情でエルフィーネはその箱を示した。
「ええ、そうよ。正真正銘本物のハドア・ゲラルクの魔法装置。」
 その箱を地面へと降ろした後で彼女は誇るわけでもなく、いつもと同じ口調でそう言った。
「やりましたね。」
 それを聞いてザンの方も興奮の色を隠せなかった。 目の前に伝説の魔法使いの遺した魔法装置があるのだ。
魔術を学んだ者として、至極当然の反応と言えた。
「でもさあ、やっぱりあの竜に渡すのかな?」
 心配そうにルーズがそう尋ねた。
彼の今の心境は、苦労して手に入れた物を手放したくないと言う気持ちと、ドラゴンと争いたくはないという気持ちが混じりあって微妙なカクテルを作っていた。
彼にとっては竜殺しの称号よりも命の方が大事なのだろう。
「もったいないな。」
 いつもと少し違った口調でソアラがそう呟いた。
「確かにな。こんなお宝を渡さなきゃいけねぇなんてな。」
 ロッキッキーもふてぶてしい表情でそう頷いた。
エルフィーネも賛同するように頷いていた。
「でしょう。そこで相談があるのだけれど‥‥、みんな竜殺しの称号が欲しくない?」
 仲間のその言葉を聞いて決心が付いたのか、フォウリーはそう彼らへと尋ねた。 彼女としてはもしかしたら始めからそのつもりだったのかも知れなかった。
仲間達は一瞬彼女の言葉を理解し得なかった。
「‥‥あのドラゴンと戦うって事?」
 始めにその意味を察したのはルーズであった。
「そう、その通りよ。」
 フォウリーは大きく頷いて見せた。
「確かにくれてやるにはもったいねぇ代物だけどな。」
 ロッキッキーは険しい表情でそう言った。 彼には判断がつきかねていた。 いや、他の者たちも同様であろう。
「‥‥簡単な選択ですね。あのドラゴンに装置を渡すか、拒むか。結局装置を担いで外に出るしか街に帰る方法はないのですから。」
 ザンは問題を簡潔なものにした。 彼は言わなかったが他に幾つかの方法がある。
たとえば彼の扱える魔法の中の”テレポート”を使う方法などは有意義なものであろう。
同様な魔法は神官達の扱う物にもある。 だが、魔法装置に拘りたい気持ちがその事を彼に口に出させなかった。
しかしその彼の言葉を聞いても、まだ仲間達には迷いの色が浮かんでいた。
「もう一度言うわ。竜殺しの称号が欲しくない?」
 フォウリーは敢えてもう一度言った。
「‥‥そうね。戦ってみるのも悪くないかも。勝敗は分からないけどね。」
 エルフィーネがまずフォウリーの方になびいた。
もっとも他に魔法装置を持ち帰る方法が浮かばなかったせいもあるが。 そして彼女が竜との戦闘の方に傾くと、あとは雪崩のように全員がそちら側に傾いた。
「でも、勝算は?」
 最後までそう言って渋ったのはルーズであった。
「そうね、戦闘が始まったら魔法の加護を全員にかけ、後は一丸となって戦うしかないわね。」
 フォウリーは頬に手を当てて少し考えた後、そう言った。 結局竜を倒す確実な方法を持っているわけではないのだ。
「行き当たりばったりか。」
 そう呟いたロッキッキーの声は仲間達に届くには小さすぎたようだ。
「それと出来るだけ攻撃用の魔法を出し惜しみしないで。分かった、エルフィーネ?」
 最後の部分だけをエルフの少女へと向けた。
「分かってるわよ。まだ死にたくないからね。」
 エルフィーネは抗議するように口をとんがらせて、そう言った。
「じゃあ、扉の所まで行くわよ。ソアラ、装置よろしくね。」
 フォウリーはそう言うとさっさと自分は歩き出してしまった。 ソアラは文句も言わず箱を持ち、大きさに似合わない軽さにちょっと眉をひそめたが、他の者も慌ててフォウリーを追った。
 扉の隙間からロッキッキーが外を覗いてみたが、やはりまだドラゴンは扉の前に陣取っているようであった。
「じゃあ、みんな、さっきの事を忘れずに。戦闘が始まったら、出来るだけ魔法の加護をそれぞれにかけて。」
 フォウリーはそう言ってザンとロッキッキーを見た。
彼ら2人に任せようと言うのだ。
「おめぇもちゃんとやれよ。」
 フォウリーに対してそうロッキッキーが間髪入れずに言った。
神聖魔法にも”プロテクティブ・サークル”という対炎用の魔法があるのだ。
「分かってるわよ。」
 自分の考えを見透かされたためか、彼女はちょっと拗ねたようにそう言った。
「と、その前に皆さんにかかっているギアスを解きましょう。」
 ザンは不意にそう言った。
「そんなことが出来るの?」
 そう聞いたのはエルフィーネである。
何故なら他の者はいまだにギアスに捕らわれているので、その様な考えすら持てないからだ。
「ええ。」
 ザンはそう頷いた。
もし戦闘の最中にデルマストが戻ってきたための用心だろうか。 おそらく今まで忘れていたという可能性のが高いが。
『ディスペル・オーダー。』
 今までに見たことのない手振りと聞いたことのない詠唱をザンは見せた。
デルマストのギアスにかかっていた4人の体から、何かとは言えないがともかくも引っかかっていた物が取れたような、そんな感じと共に魔法の呪縛はかき消えた。
「さあ、行きましょう。」
 精神的な重荷が軽くなったことで口調まで軽くなったフォウリーは、そう言って扉を押し開いた。
仲間達もその後に続いた。

 コーラスアスはじっと塔の前の広場で蹲っていた。 ただ首だけは扉の方へ向け、赤く光る目でじっとそれを眺めていた。
彼は特にフォウリーらには期待してはいなかった。
詰まるところ誰かが魔法装置を手に入れ、外に出てきたとき、それを奪ってやろうと考えていたのだ。 それ故、フォウリーらが魔法装置らしき物を持って外に出てきたとき、意外そうな感情を持った。
もっともドラゴンにその様な感情があったとしての話だが。
 フォウリーらはじっとこちらを見つめる竜の赤い眼差しに屈することなく、竜の少し手前まで進んだ。> そこでソアラは魔法装置を地へと降ろした。
「さあ、これが”ハドア・ゲラルクの魔法装置”よ。」
 フォウリーがそう叫んだのをすぐにルーズがリザードマン語へと訳した。
『汝ら、さすがは余の見込んだだけはある。さあ、それを余の所へ。』
 フォウリーらにはその声は少し上擦ったように聞こえた。
ドラゴンも伝説の魔法装置を前にしては興奮するのだろうか。
「その前に、私達への謝礼は?」
 フォウリーはそう言った。
『謝礼だと?』
 ドラゴンの口調は一気に不機嫌さを増した。
「そうよ。こちらも命がけで魔法装置を持ってきたのだから、それ相応の報酬を貰わないとね。」
 フォウリーの方もそれを承知でそう言っているのだ。 もっともそれを訳しているルーズの方は、なるべく穏和にしようとしたがそもそもリザードマン語は人間や亜人の言葉と違ってそれほど高度な言い回しなどは出来なのだ。
『思い上がるな、熱に弱き者どもよ。汝らを殺さぬのが謝礼だと思え。』
 吼えるようにドラゴンはそう叫んだ。
怒りがこみ上げてきているのか、口元辺りからちろちろと炎の断片が顔を覗かせていた。
「それでは渡せないわね。望みの謝礼をいただけないと。」
 フォウリーはすでに戦闘状態に入っていた。
後は剣を出現させるだけである。 他の者も段々とばらけ、ドラゴンに半包囲網を布いているのにコーラスアスは気が付いたであろうか。
『余は不快なり。汝ら、魔法装置を置いてすぐに立ち去れ。』
 ドラゴンの深紅の目が憎悪のために激しく光っていた。
「いやですわ。何故なら私らの欲しい報酬は”竜殺し”の称号ですから。」
 フォウリーはそう丁寧そうな言葉で言い放つと、剣を出現させた。 他の者も剣を抜き、また魔法の詠唱を始めた。
竜の方はその言葉の意味することを、大きく咆哮を上げた。
『汝ら、死を賜わん。』
 ドラゴンはそう言うと大きく翼を広げた。
− まずい!
 慌ててフォウリーやソアラ、それにルーズらが切りかかろうとするが、寸での所で空へと舞い上がられてしまった。
「みんなばらけて!エルフィーネ、ザン、魔法を!!」
 内心自らの読みの甘さを嘆きつつも彼女はそう最低限の命令を下した。 当の2人の魔法はその時すでに詠唱が終わろうとしていた。
『風の精霊王よ。貴方の旋風で私の敵をほふって頂戴!』
 エルフィーネの呼びかけが終わるのと同時に空中のドラゴンの居る辺りに一つの竜巻が姿を現した。
その竜巻は真空の刃でドラゴンの体を切り刻むと消滅した。 普通の剣では傷つける事すら叶わぬドラゴンの体に多くの切り傷が付けられたが、一つ一つの傷は浅く、致命傷にはほど遠かった。
『アッシド・クラウド。』
 酸性の魔法の雲がドラゴンを襲うが、これも致命傷にはなり得なかった。 逆にドラゴンのファイア・ブレスを吹き付けられただけで、パーティーの全員が瀕死になってしまった。
 結局フォウリーらはすぐに命請いをすることになった。 コーラスアスの方としては、こ奴等の全てを喰らってやりたかっただろうが、魔法装置を壊すと言われては受け入れるしかなかった。
彼には分からなかったが、魔法装置は人間の力ぐらいでは壊れはしないのだ。
フォウリーらはコーラスアスが彼女らの逃げる時間として与えた僅かな時間の内に森の中へと逃げ込んでいった。
 その後コーラスアスは器用に魔法装置を口にくわえると、悠々と何処かへと飛び去っていった。 しばらくは自らの巣で受けた傷を治すのに専念するだろう。
その後で腹いせにどこかの街を襲うかも知れないが、それはフォウリーらにはどうしようもないことであった。

 ハドア・ゲラルクの魔法装置が封印された塔から、森を抜け、復興中のブラードを抜け、オランへとたどり着いたのは、ドラゴンとの無謀な戦闘から20日が過ぎていた。
オランの街が彼女らが旅だったときに比べて雑然としているのは、ブラードの難民が流れ込み、住人が一気に増えたせいであろう。
 フォウリーらは街門を抜けたその足で賢者の学院へと向かった。 幾つかの簡単な事情を真理の塔の一階で説明すると、程なくマナ=ライとクロードロットの待つ部屋へと通された。 勿論門を通る度に何度も一階で手渡された通行証を見せなければならなかったが。
 マナ=ライと、クロードロットは魔法装置を持ち帰ることに失敗したことを聞いたときには落胆の色を隠せなかったが、それで彼女らを責めるようなことはしなかった。 彼らの予想以上に多くの者が”魔法装置”を狙っていたのを知ったからである。
魔法装置を持って帰ることには失敗したものの、少なくともそれを破壊的に使おうとする勢力から守ったことを評価はしてくれたようだ。 魔法のアイテム、とまではいかなかったが、幾らかの謝礼を都合してくれた。
 ただ、フォウリーらの去り際にマナ=ライが漏らした呟きは果たして彼女らに聞こえたであろうか。
「我々はその竜に対して早急に手を打たねばならんかもしれん。いや、それとも災いの元を持ち去った竜に感謝すべきか‥‥。」
 そう彼は呟いたのだ‥‥。
 少なくともフォウリーらは表面上は何も反応を示さず、賢者の学院を後にした。 しばらくぶりに冒険者の宿”蒼き星”で緊張感の無い夜を迎えるために‥‥。
 一匹の紅き目を持つ巨大な竜がある険しさと高さを持って知られる山の中腹の自らの巣で、まるで腹に卵を温めるかのように巨体に比べたら小さな箱を抱いていた。 その洞窟のさらに奥には、彼が今まで集めた財宝が山のように積まれていた。
彼は今満足していた。
古代王国の時代より彼がコレクションに加えたいと思っていた”ハドア・ゲラルクの魔法装置”が今彼の物となったのだから。 いずれは飽きるかも知れないが、少なくとも今彼は至福の時に浸っていた。
この後、この魔法装置がどういう運命をたどるか、それは定かではなかった。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1994

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

FIN・・・・

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