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<生年月日> 1968年1月4日 (57歳)
<出身地> 愛知県小牧市 これまでに住んだ所: 愛知県小牧市,北鎌倉,兵庫県三田市,西宮市,愛知県春日井市
<出身校など>
小牧市立南小学校 成長が遅く身長が低かったのでいつも前から2,3番目、運動神経ゼロのいじめられっ子。 極度の引っ込み思案。 よくお漏らししていた。
虫取りが大好きでそのころまだ舗装が少ない郊外の野原を駆け回っていた。家族でよく山登りに行き、渓流で遊んだ。
小牧市立応時中学校 美術部で仲間ができ、美術・技術に開眼。 音楽と体育は1とか2だが、他はほぼオール5だった。
そのころ(1980年代初頭)ブームだったTVゲームやアニメに影響を受け、ラジオや無線にも興味を持つ。
私立滝高校 勉強はやれば成果が出た。大学受験は人生でほぼ唯一の成功体験だった。
今思えば、ご多分に漏れず、この小中高での体験が、その後の人生を決定付けたと言っていい。
大人になっても内向的な性格は変えることができず、知らず知らずのうちに追い求めている興味もこの頃のものだ。
名古屋大学・大学院 工学部電気電子学科 (1986〜1992)
美術部での制作と酒とクルマの自由で放埓な日々。 大学受験の反動が出たかもしれない。
大学: 小川研究室 両眼立体視のシステム構築(NTSCインターレース切り替え)。箱庭効果の研究。
大学院: 杉江研究室 複数のマイクとドップラー効果を用いた移動体の音源定位の研究。瞬間パワースペクトル信号処理。
三菱電機株式会社 鎌倉の家電の研究所に配属。 数年でスマートホン(1994年当時の)の開発で関西の通信機工場に長期出張の後転勤。
携帯電話は北米アナログ・デジタル、国内PDC、第三世代携帯電話の開発に10年あまり従事。(1997〜2007)
高周波電子回路、信号処理、基板設計、ASICやLSIの設計開発、F/Wの開発などを専門とする。
このころの開発は、入社時の理想である「新しい技術を使って製品開発をするチームの一体感」そのものの、苦しくも充実したものだった。
今では考えられないが、一日に万台単位での生産開始時に不具合が治らず三日三晩寝ずに仕事をしたこともある。
その携帯電話の事業撤退は人生最大の挫折であった。最後の会社の昼礼で大勢の前で泣き崩れたことを覚えている。
その後、名古屋に帰り、FA事業に関わる制御機器の開発に従事し、はや17年。(2008〜2025)
EMCや光学を使った通信技術などを習得、デザイン志向、マーケティング、開発管理などでも活動。生成AIもかじっている。
FA機器の開発では、携帯電話で培った技術はギャップがあり活用できなかった。その代わり事業はモノづくりへの貢献という満足感があった。
どちらにせよ、世界をドライブする技術や事業は10年単位で移ろうことを実感した。インターネット,GPS,携帯電話,PDA,スマホ,生成AI・・・
製品開発・ 事業メインでやってきた自分なので、長い会社生活の中で何回も挫折が訪れている。
その中でも、一貫しているのは「SOTA」=State Of The Artという考え方だろう。やはり新しい技術で夢を追い求めていたい。
<趣味など>
フライフィッシング
幼少期に渓流で遊んだ体験が忘れられず、渓流に行けて末永くたしなめるアクティビティ、独自の世界観や文化を持つフライフィッシングを選択。
健康を維持できるスポーツであると共に、他人と競うことも無く自然にアクセスでき美しい魚と出会えるご褒美まである。
難しいが美しいラインの軌跡を描くフライキャスティング,美しいタックルとスタイル。手先の器用さを発揮できるフライタイイングなどすべてが好ましい。
1995年に仲間とパンツ一丁で木曽の山岳渓流に入った時からフライフィッシングを開始。
2003年に阿寒湖,2007年にニュージーランドに遠征した時からほぼフライフィッシング専門になったが、仕事や子育てなどで忙しくほとんどやれず。
2015年くらいからプロショップに通って本格的に始動。名古屋港や浜名湖などのソルトも開始。そのためフライフィッシング歴は自称10年としている。
2022年に奄美大島,2025年に北海道へ遠征。 今もシーズン中に行けるチャンスを見計らって釣行している。フライフィッシングは僕の人生の一部になった。
プラモデル
中学時代にガンプラに出会いその魅力に取りつかれる。その時はキット自体も自分のテクニックも満足できる仕上がりにはほど遠い出来だった。
百円玉を数枚握って近所の模型屋に通ったのを覚えている。エアブラシは高価過ぎて買えず、筆塗りムラムラコテコテになるのがイヤだった。
プラモデルに限らず、そのころの(手が出ない高価なものは特に)玩具や電化製品達には、言い知れぬ魅力や匂いがあって深い可能性を感じたものだ。
2010年代に子育てがひと段落してオヤジモデラーとして復活。 老後に子供の頃やり残したことを始める人は多いが自分もその一人である。
キットも隔世の進化を遂げ、テクニックや道具も揃い、やっと満足なものを作ることができるようになった。
二次元のアニメよりも、三次元のプラモデルの方が精密でかっこ良くてリアリティがある時代。
今もフライフィッシングのシーズンオフには、マスターグレードを数体改造や全塗装で仕上げるくらいのペースで制作しています。
絵画・美術
学生時代は主に美術部に所属。油絵から水彩、アクリル画までを制作。アニメや漫画を描いていたこともある。
社会人になってからはほとんど制作をしていないのですが、美意識には少々の自信があり、そのうち復活すると思います。
水墨や焼き物にもトライしたいです。
トレッキング
2020年代に入り、足腰の衰えも実感してきて、夫婦で楽しめてかつ健康維持にも役立ちそうなトレッキングを始める。
低山から始め、フライフィッシングのオフシーズンのスノートレッキングなどもトライしている。
若い時にはMTBツーリングやスキーもやった。こう見ると図らずもアウトドア派である。
ゴルフ
会社のパワハラ(笑)で始める羽目に。もともと球技が超苦手ですが、難しくも面白いために適度にハマっている。
ただし、頭悪く運動神経ゼロのため上達しない。まだ平均スコアは120前後。無理なく修行し、無理なく楽しむことがモットーと言い訳している。
パソコン
中学時代にNECの親戚のおじさんに買ってもらったPC-6001。BASICやニーモニックで友達にやらせるゲームなどを作っていた。
PC6601から9801を経てIBM,SOTEC,DELLなどのWindowsマシンを年々購入したり組み立てたり、四苦八苦して使用中。
90年代にはビーガー鳴るモデムで「パソコン通信」から始まったネット時代となり、大学ではUNIXを使っていた。
2000年代にはマイホームデザイナー、Shadeなどの3DCADで遊び、SecondLifeにハマり、リンデンスクリプトも使っていた。
PCで何がしたかったかって? 今思えば最初から自分なりのサイバー空間をプロデュースしたかったということですね。
読書・音楽・映画など
おしなべてブルーバックス的な本を常に読んでいます。最近は地学(地質学)、量子力学や宇宙論・生物論など、
わからないものはわからないなりに興味があり、多分世の中の成り立ちをほんの少し知れることに幸福感を感じます。
石ころから宇宙、生物・・・それらを理解することで人生の意味とは何なのか、あるはずの無いものを考え続けているのです。
好きな作家などは 寺田虎彦、池澤夏樹、奥泉光、養老孟子、福岡伸一など。考え方や感受性に共感を覚えます。
純粋に絵を動かすことに感動を覚えて好きになったアニメは、宮崎駿を天才とあがめ、ジブリを深堀しています。
好きな音楽:
YMOの高橋幸宏は特別に好きだった。アルバムはサントラ含め全部持っている。お気に入りのアルバムはOnce A Fool。
自分の美意識やライフスタイル、考え方に強く大きく、そして軽く、影響を受けています。
宇多田ヒカル,中島みゆき、、具島直子,原田知世、、姫神,喜多朗などもよく聴いてました。
最近は ぷにぷに電機,DEDEMOUSE,サカナクション,常田大希,澤野弘之などをYoutubeMusicで流してます。
これまでに行った国:
ニュージーランド,シカゴ,サンディエゴ,ダラス,フランスパリ・レンヌ,ドイツニュルンベルグ他,ポーランド,イギリス(マンチェスター)
イタリア各地,インド(ムンバイ・プネ),北京,上海,台湾(台北台中)
いずれも旅行や出張で訪れたものですが、(国内で)転勤の多かった会社生活含めて今の自分の考え方に大きな影響を与えています。