| ■タージマハル |
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2日間の滞在中、4回タージマハルを訪れた。
@ 雨のタージマハル
A 川岸から見た夕刻のタージマハル
B 早朝、川の対岸から見た霧に浮かぶタージマハル
C 夕陽を浴びてピンク色に輝くタージマハル
皆、それなりに趣があるが、最高に気に入ったのは、Cである
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@ 雨のタージ(13日 昼12時頃)
初日はあいにくの空模様。途中から小雨が降り出した。市内観光はそこそこにして、タージマハルへ向かった。入り口にはカービン銃をもった兵士がガードしていた。ここもテロの危険があるとのこと
巨大なメインゲイト
巨大な門をくぐると、数百メートル先に左右対称のきれいなタージマハルが現れた。まず大きな建物であることに驚かされた。塔の下の人間が米粒のように感じられる。高さは約70メートル。両サイドの高い円柱と前にある水路が、建物をバランス良く引き立たせていた。
塔内に入ると、壁面は精緻な彫刻で覆われていた。塔内は土足禁止、撮影も禁止。マハルの棺が地下に納められていた。
壁面のレリーフ
敷地内を一周してから、傘をさしたまま待たせたリキシャに乗って町の散策に出かけた。
突然大雨が降り出してきたので、近くのレストランで遅い昼食をとった。レストランの名前は「マヤ」。小さなホテルが経営するレストラン。料理もとても美味しく、値段もリーズナブルで、店内も清潔。翌日の昼もここでとった。また、宿泊代も、泊まったホテルの10分の1の値段であった。
その後も雨が降り続いたため、一旦ホテルに帰り、しばらく休憩した。
A 川岸から見たタージ(13日 夕刻5時頃)
1時間ほどすると雨も小降りとなってきた。夕方には、川岸からタージの写真を撮ることを予定していたので、それまでアグラー城(これも世界遺産)とヒンズー寺院を見学することにした。

アグラー城
ホテルからアグラー城まではリキシャで約20分ほど。城内には入らず、高台と入り口付近から外観だけを見学し、次のヒンズー寺院に向かった。
ヒンズーの寺院はこれと言って見る物はなかったので、、早めに引き上げ、付近の市場をぶらぶらした。路地の両側には小さなお店が並び、食べ物、日用雑貨、床屋とあらゆるものがあり、沢山の人々でごった返していた。
日没が迫ってきたので、一旦ホテルに帰り、急ぎ、川岸に向かった。
川岸に向かう道路では多くの人々が路上生活をしていた。さらに、川岸に行くと、あたり一面にはゴミが山のように散乱し、大きな牛の死骸が放置され、犬やカラスが死体をあさっていた。あたりはひどい悪臭が漂っていた。
ゴミの山を抜けて川に到着したが、その川にもゴミが散乱し、ここでも多数のカラスや野良犬がそれを漁っていた。あたかも地獄に迷い込んだような雰囲気。その1キロほど先にはタージマハルが夕陽を浴びて輝いていた。
ゴミの山とタージマハル、この二つは、インドの貧富社会を象徴するような光景であった

川岸のタージマハル
B 早朝のタージ(14日 朝5時30分頃)
翌朝の5時に起床。ホテルのタクシーを使って、対岸(川を挟んだ反対側)に出かけた。
対岸に着くと、丁度、太陽が水平線から顔を出し始めた。川付近は薄い霧に覆われ、左からの低い太陽を浴びて、タージマハルがぼんやりと浮かび上がっていた。静かな水面には、左右、上下が逆さまになったタージマハルが写り込んでいた。

日の出とタージマハル

C 夕陽を浴びたタージマハル(14日 午後5時30分)
ファテーブル・シークリー(古都)を見てから、夕刻5時20分にアグラーに帰ってきた。丁度夕焼けが始める時刻。ホテルに寄らず慌ててタージマハルに出かけた。5分後には夕陽は水平線に隠れてしまった。わずか5分間であったが、夕陽を浴びてピンク色に輝く、タージマハルを見ることができた。この世のものとは思えない美しさがあった。


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| ■ファテーブル・シークリー |
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ファテーブル・シークリーは、、アグラの南西に位置し、アグラーからは車で約1時間。1571年、この地に都が移されたが、水不足が原因で僅か14年で見捨てられてしまった古都である(世界遺産) |
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前日にホテルの車を予約をしておいた。1日貸し切って約8000円ほど。 ファテーブル・シークリーは、赤レンガ造りの壮大な建物群。イスラムとヒンズー文化が融合した建築物としても有名である。

訪れる人も少ない赤茶けた建物は、権力者の栄枯盛衰を象徴するかのように、哀愁に満ちていた。

すぐ隣には、インドでも最大級のイスラム寺院があったが、車から見学するにとどめた。
興味深かったのは、往復した道のりで見かけた人々の生活風景。女性の殆どがカラフルなサリーを身につけていた。時折、顔を隠したイスラムの女性にも出会った。皆、活力にあふれ、生き生きと暮らしていた。

道路を行き交うトラクターやトラックは何故か極彩色の派手な色で塗られていた。トラクターはバス代わりなのか、沢山の人でどれも満載状態。
極彩色のサリーと派手な色のトラクターが妙にインド的であり、田舎の風景とマッチしていた。

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| ■インドの結婚式 |
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インドでは、ホテルを貸し切りにして、数百万円、或いはそれ以上の費用をかけて豪華な結婚式を挙げる人がいる。
他方で、路上で生活する人、物乞いをする人も沢山見かけた。
豪華な結婚式を見て、インドにおける残酷なまでの格差を実感した。
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アグラーとニューデリーでは、2度結婚式に巡り会えた。
結婚式が行われると、ホテル全体がお祭り騒ぎとなる。ホテルのロビーは豪華なサリー姿の女性でごった返していた。

馬に乗った新郎登場
夜の9時頃になると、新郎新婦が登場し、結婚式はクライマックスに達した。外では花火が打ち上げられ、数百人の人々が、楽団を先頭にしてホテルの入り口に進行してくる。華やかに飾られた馬車に乗った人々、音楽に合わせて踊る人々。行列でホテルの入り口通路は埋め尽くされた。

結婚式は誰でも参加できる。ジーパンとセーターでは失礼かと思ったが、見学に行くと、喜んでパーティに参加させてくれた。インドでは、多数の人が参加する結婚式ほど豪華であり、遠方からの来客は大歓迎されるとのこと。新郎新婦だけでなく、サリーで着飾った若い女性の正装写真もとらせてもらった。ラッキー。

新郎新婦

正装したインド女性 とても綺麗でした。
披露宴は早朝の未明まで延々と続き、深夜まで音楽がホテル内に響き渡っていた。
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インドの交通事情は最悪である。交通ルールは無いにひとしい。
ここではレンタカーを借りるなどと考えない方がよい。タクシーに乗るのも極力避けた方が無難である。
写真は輪タク。
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輪タクとリキシャ
車の大半は、輪タク(昔のオート三輪車)とリキシャ(自転車で引っ張る人力車)。
タクシーと言っても、日本の軽自動車のバンを改造したもの。それも使い古されたぼろぼろの車両。中型タクシーはもちろん、日本の小型タクシーはまず無いと思った方がよい。5つ星ホテルでタクシーを呼んでも、来るのは軽のバンである。
これらの車両が、クラクションを鳴らし続けて、猛スピード走り回っている。通行人もあたりかまわず道路を横断してくる。数十センチの空きがあれば、輪タクが無理矢理と割り込んでくる。ベンツなどの高級車も見かけたが、ボディは傷だらけで、無傷な車はほとんど無かった。
交通が渋滞すれば、反対車線や一方通行でも平気で走行してしまう。信号無視などはあたりまえ。輪タクには何度が乗ったが、命がけであった。
郊外の道路では何度か大きな交通事故を目撃した。
また、交通整理をしていた警官が、こん棒をもって、輪タクのボンネットを力任せに殴りつけているのも目撃した。
インドの交通事情は言葉では表現出来ない程にひどく、交通ルールは無いに等しい。家族とインドに来ても、決してタクシーに乗せようとは思わない。それほどひどい交通マナーと交通事情である。

町中の雑踏
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交通渋滞
ファテーブル・シークリー(古都)に向かう途中で、大型トラックが上下2車線の道路を塞いで止まっていた。
左側に停車していると、後続車両が右の対向車線にもどんどん入って来た。トラックを挟んだ向こう側でも同様の光景。結局、トラックを間に、全ての車線が車で埋め尽くされてしまった。その後、トラックが移動しても、身動きがとれない。この渋滞で1時間以上も無駄にしてしまった。
両車線を埋め尽くせば、身動きがとれなくなるのは誰でも予測できる。
日本では、どんなにひどい渋滞の時でも、だれも対向車線には進入しない。
しかし、インドでは当たり前。その結果、どうなろうと誰も考えようとしない。それでも何とかなってしまう。インド的と言えばその通りである。 |

上下車線を埋めつくした車輌
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| ■ダマシ行為の数々 |
インド滞在中は、散々な目にあった。騙された自分に責任があることは間違いない。
しかし、インドのダマシは極めて知能犯的で、悪質である。服装だけを見れば、誰もが立派な紳士と信じてしまう。話し方も巧みで、しかも人の心理を巧みについてくる。人を疑うことになれていない日本人などイチコロである。
以下、騙し行為の数々を列挙します。
騙されたことを書くのは自分の馬鹿さ加減をしめすことになり恥ずかしい限りですが、同じ被害に遭わないようにとの意味を込めて記載します。参考にして下さい。
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悪徳旅行業者
@ 1回名のダマシ行為
タージマハルに行く前日の2時過ぎに、チケットを買いにホテルからタクシーに乗ってニューデリー駅に出かけた。運転手は駅の手前で私を降車させた。これが、悲劇の始まりであった。
外人専用のチケットセンターがどこかわからない。たまたま通りかかったスーツを着た紳士に訪ねたところ、5分ほど先の事務所に連れて行かれた。
入り口には人相の悪い男が二人たっていて、二階に案内された。田舎にある不動産の雰囲気。チケット売り場でないことは一目瞭然。
デスクに座っていた男がどこに行くのかと訪ねてきた。眼孔の鋭い、どうみても駅の職員とは思えない風貌。男は、ここは政府が経営する店だから心配しないようにと名刺を差し出した。名刺には政府登録らしきことが記載されていた。名刺をくれというと、男は名刺を直ぐに引っ込めてしまった。この時点で詐欺商法と確信した。男は執拗にチケットの購入とホテルの予約を迫ってきた。
とっさに、「駅の外人専用のチケット売り場で友達と待ち合わせているが、通行人に聞いたところ、ここを案内された、友達が待っているので、駅にいかないと困る」と説明し、どうにかその店をでることが出来た。帰り際に店内を見回すと、人相のよくない男が数人1階でたむろしていた。
急いで外にでて、足早でその場を離れた。
A 2回目のダマシ行為
しばらく歩いていると、さらに何人かの男が声をかけてきた。全て無視して歩き続けた。
ウロウロしていると、一人の男が、「外国人はDPD???でしかチケットは買えない。」「ここからタクシーで数分のところにある」と言ってきた。また騙されると思い、無視したが、その男は、
「DPD???は、午後5時には閉まってしまう。今は4時45分なので、急いで行けば、チケットを買うことができる。」
「信用しなくても良いが、駅はいつでも開いている。まず、そちらに行って、ダメなら駅でチケットを買えばいい。」
とたたみかけてきた。そこまで言われると、きっとそうに違いないと思わずにいられなかった。その男が手配してくれたタクシーにのり、「DPD???」に向かった。
ところが、タクシーが連れて行ったところは、同じく悪徳旅行業者。輪タクに20ルピーを渡し、釣り銭も受け取らず、その場から走り去った。
B 3回目のダマシ行為
自分がどこにいるか皆目わからない。しばらく歩いていると、今度は若い学生風の男が声をかけてきた。
真面目そうな学生だったので、事情を説明すると、「インチキ旅行会社が沢山あるので注意するように」 とアドバイスをしてくれた。「その場所に行くには、歩くと相当時間がかかるので、タクシーを止めてあげるので、それに乗っていくように」とのこと、親切に甘えて、輪タクに乗りこんだ。
ところらが、そのタクシーが連れて行ったところも、別の悪徳旅行業者であった
頭に血が上り、何も冷静には考えられない。しばらく歩くと、さっきの若者がまた声をかけてきた。一切無視して歩き続けたが、その男は執拗についてきたので、「インド人は信用しない。勝手にしてくれ」と大声で怒鳴ったところ、その男はあきらめたのかやっといなくなった。
既に2時間以上くも連れ回されている。ここまで騙される自分が情けないと思うとともに、もう、チケットは買えないかもしれないとの不安をひしひしと感じた。
喉もカラカラ。市場近くの屋台でオレンジを買って喉を潤した。オレンジをかじりながら考えた。このままブザマな状態でホテルに帰るわけには行かない。何があっても、絶対にチケットを買ってやる。決意を新たにして、オレンジをかじりながら暫く歩き続けた。
駅に向かって歩き続けたが、なかなかつくことが出来ない。やむなく街角に止まっていた輪タクを捕まえ、やっとの思いでニューデリー駅にたどり着いた。時計は6時を回っていた。
連れ回された時間は3時間以上。騙されて乗った輪タクは4回、払った料金は100ルピーを超えていた(輪タクの料金はせいぜい10ルピー)。
C 外人チケットセンター
駅前にいたお巡りさんに教えてもらい、やっと駅の2階にある外人チケットカウンターを見つけた。駅前からここに来るまでの数分間、何人もの男が、チケット売り場はこちらだ、あちらだと、別のビルに連れて行こうと寄ってきた。ひどい。ひどすぎる。ぶん殴ってやりたい気分。ぐっと我慢をした。
二階のチケット売り場に行くと、数名の白人がチケットを買っていた。10分ほどまって駅員からタージマハルへの往復チケットを買った。値段は、朝食と夕食付の往復で2400円と格安。
駅員に、悪徳業者に連れ回され、ここにたどり着くのに3時間以上かかったと話したところ、駅員は同情してくれたが、あまり驚いている様子はなかった。「インドでは騙される人が悪い」。そう思っているような受け答えであった。
D まとめ
アグラーからの帰り、ニューデリー駅の2階通路を通ると、沢山の悪徳業者がたむろしていた。彼らは、列車が到着するたびに、二階からカモとなる乗客を物色し、見つかると、プラットホームに降りていっては、執拗に荷物の運搬、ホテルの案内、タクシーの勧誘を行っていた。
バックを持った小ぎれいな服を着た日本人、特に一人旅行の日本人(私)は、まさに、ネギを背負ったカモ、格好のターゲットであることを知らされた。
ニューデリー駅は、日本でいう東京駅。このような場所で観光客相手のひどい騙し行為が横行している。タクシーにも安心して乗れない。駅周辺は、無政府、無秩序状態である。
インド政府は一体何をしているのか。政府の無能さに怒りさえ覚えた。
それと同時に、単にガイドブック一冊を頼りに、チケットを買おうとした自分の無知さ加減を後悔した。
インド旅行を予定している人は、事前に十分な情報を得てから行動するようにしないと、ひどい目にあいます。 |
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その他のダマシ行為
@ 悪徳レストラン
アグラーで、リキシャにレストランに連れて行ってもらったが、そこでは、コーヒーカップぐらいの器に、数点の料理が運ばれてきた。しかも値段はホテル並。店員が白々しく「味はどうか」と聞いてきたので、日本語で「非常にまずい。詐欺だ」と答えた。相手は言葉がわからず喜んでいた。
A 写真案内人
タージマハルで写真をとっていると、男が親切に撮影ポイントを案内してくれた。撮影が終わるとチップを要求されたので渡すと、少ないと文句を言われた。

B シルクの雨カッパ
雨が降ったので、雨合羽を買いたいとリキシャに伝えると、高級シルク店に連行され、シルク製品の購入を執拗に要求された。最後にはシルクの雨合羽をつくってやると言われた。信じられない。
E ズボン
雨で濡れたジーパンの代わりに、ホテル内のショップでズボンを買ったところ、縫い目がほころびていた。しかも値段は日本並み。
F リキシャ
雨が降っていたので、タージマハル内でリキシャに乗ったが、降車時に、乗るときに決めた値段の5倍を要求された。多少のチップをあげて断った。
G 俺の傘
タージマハルで、ホテルから借りた傘を差していたところ、見知らぬ男から、自分が貸した傘だから返せと執拗に要求された。
H 無効チケット
チケットタクシーに乗ったが、降車時点で、チケットは無効であると言われ、数倍の値段を要求された。ここでも多少のチップを上げて、断った(チケット制タクシーは定額制でチップも不要)。
I インドのコーラ
郊外の食堂でペプシコーラーを頼んだら、何故かビンの飲み口が汚れていた。そのまま飲まずに放置した。
郊外の食堂
J いい加減なタクシー
ニューデリで日本食レストランに行ったところ、見知らぬ場所で降ろされてしまった。近くのホテルに駆け込み、30分遅れでレストランにたどり着いた。
その他、インドで騙されたことは数え切れない。いろいろと旅行をしたが、今まで行った国でインドは最低である。日本人だけがねらわれる訳ではない。タージマハルからの帰りに、知り合った白人も、ヒドイダマシ行為に激怒していた。
インドで騙されないようにするには、次のことを心がけるとよい。そうすれば、多少は被害を軽減できる。
@ 情報収集
人に物を聞くことを最小限にとどめる。事前にチケットやホテルも必ず予約すること。もし予約していない場合でも、外人チケットセンターや公認の旅行センターの所在場所、開いている時間、連絡先等、詳細な情報を事前に確認しておくこと。
A 尋ねる相手を選ぶ
仮に、観光地や駅で、人に道を尋ねる場合は、親子連れ、女性、ポリス以外には聞いてはいけない。紳士と思われる服装をしていても、決して信用してはいけない。特に、日本に行ったことがあるなどと話しかけてくる男性は要注意である。
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| ■JTBの対応) |
今回のインド旅行の主催会社はJTB。料金も決して安くはなかった。
ニューデリー空港にいた野良牛
タージ・マハルへのオプショナルツアーは、帰国日に予定されていたため、利用することができない。そこで、JTBの係員に、有料でもいいからと、チケットとホテルのの手配を頼んだところ、人がいないので手配することは出来ないと、あっさりと断られてしまった。現地のツアー会社を利用してチケットだけでも手配できないか、費用は負担するからと頼んだが、それも出来ないと断られた。
確かに、チケット等を手配し、事故でも起きたら、責任問題となる危険があり、旅行会社としては、そのようなことは避けたい気持ちはわかる。
しかし、添乗員は、私が、インドに来たのは始めてであることも知っていた。それでも、何のアドバイスも、協力もしようとはしなかった。結局、一人でチケットとホテルの手配をせざるをえず、前述の通りのひどい経験を強いられてしまった。自己責任と言えばその通りであるが、何のための添乗員なのかと疑問を感じた。
また、JTBは、ホテルのツアーデスクを使って、何種類かの土産(紅茶セット等)を販売していた。ツアー客は競って購入していた。
しかし、JTBが売っていた土産物は、アグラーで買った土産の数倍の値段であった。
会社である以上、多少の利益を上げてもやむを得ない。しかし、土産を買うことが出来ないことを見越して、現地価格の数倍の値段で売りつけるのは、日本人客の無知と時間がないことに乗じた詐欺行為といわれても仕方がない。
利益のためには詐欺まがいのことを平気で行い、しかも利益の見込まれないチケット購入等には、一切協力しない添乗員の姿勢に、強い憤りを禁じ得なかった。 |
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| ■まとめ |
日本では、道を聞けば皆親切に教えてくれるし、電車に荷物を忘れても、駅に行けば戻ってくることが多い。でもよく考えると、それが世界の常識とは思えない。
数億の人々がひしめいている国では、日々生きることに必死である。生きていくためには、人のことを考えたり、思いやる余裕などない。これが、発展途上国の現状ではないかと思われる。
特に、インドでは強固なカースト制度が根強く残っている。このような身分制社会の中で生き残るためには、時には、人の無知や失敗を利用することも必要となるのではないか。

日本の生活に慣れた自分が、日本的発想で、ガイドブック1冊をもって、十分な準備もしないで、見知らぬ国に出かければ、現地の人のカモになるのは至極当然である。騙されたことを怒るよりも、まず、自分自身の無知と甘さを反省しなければならない。
旅行記では、縷々だまされたことを書きつづったが、今はそのように反省しています。同時に、日本でも、安全を含め、日本的なよさが無くならないことを願っています。
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