96/02/18 23:40:43 1772              台湾美人姉妹@(長文)

 週末の仕事帰りにいつも寄っている、新宿の場末のクラブ「マウーン」に行く

 と、新しい女の子が入っていた。彼女は、あまり綺麗とはいえない店の、薄暗

 がりの中でも、そうとう美しい人であることが分かり、その異彩に圧倒されて

 か、話しかける客も少なかった。

 私は、いつも話をしている、四〇くらいのおばちゃんホステスと談笑しながら、

 それとなく彼女のことを聞いてみると、おばちゃんはニヤリと笑い、「リュウ

 ちゃん、この人があんたに興味があるって。」などと言いながら、彼女をテー

 ブルに呼んでくれた。私は、おばちゃんの気の回し過ぎに照れながら、この美

 しい人と会話の機会が得られたことに、内心高揚を覚えた。

 彼女は台湾の人で、パトロンとも言える日本人の口利きで日本に来たが、すぐ

 その日本人に飽きられたのか、疎遠になってしまい、収入の途が途絶えたこと、

 彼女が日本に来ることができたのを機会に、妹も呼んで日本語学校に通わせて

 しまっているので、働かなくてはならないことなどを、カタコトの日本語で話

 した。

 彼女はこんなところで新しいパトロンでも探しているのか、とも思い、私は老

 舗ながら貧乏な出版社に勤めている安サラリーマンであること、ここに来るお

 客はだいたい似たような連中であることなどを話したが、彼女は、別にアテが

 外れた、という様子を見せるでもなかった。

 ただ、私が西荻窪に住んでいることや、最近熱帯魚に興味があることを話すと、

 「ああ、近くに住んでいるのね。妹が熱帯魚好きなの。何かあったらよろしく

 ね。」などと言ってコースターに電話番号を書いて渡してくれたので、ついつ

 い私も電話番号を教えてしまった。


 いがP


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96/02/18 23:41:45 1772              台湾美人姉妹A(長文)

 出版の会社に入って7年目ともなると、偉そうに編集者の仲間入りをする。

 私も昨年、ちょうど三〇路に入った頃、社内でも準主力とされる雑誌の編集者

 に選ばれた。

 編集者ともなれば、付き合いも広がる。

 私は、表紙をお願いしているデザイナーに連れられ、生涯初めて銀座という街

 へ足を運んだ。案内されたのは、デザイナーが集まるという会員制のクラブで、

 その街には同様に、漫画家が集まる店、作家が集まる店、ひいては、経済団体

 の役員が集まる店・・・などがあるという。

 店では、打ち合わせと称することを3時間ほどしたのだが、仕事の話をしたの

 は実質10分程度で、その他の時間は先輩編集者とデザイナーの持ち上げ合戦

 に費やされた。

 そんな街に出入するようになったからと言って、別に私のステイタスが上がっ

 た訳でも何でもなく、一歩店を出れば安サラリーマンに戻る。仕事は増えたが、

 この不況でろくに広告収入もあがらず、当然給料も上がらない。

 夜の10時頃仕事を終えると、10時40分頃に西荻窪に着き、商店街のコン

 ビニで立ち読みをして、パンと牛乳を買って帰宅し、深夜のニュース番組を尻

 目にユニットバスに入り、寝て、起きて、朝のニュース番組を尻目にパンを牛

 乳で流し込み、仕事に出かける・・・サラリーマンになって以来、このような

 生活をずっと続けている。

 私が西荻窪に住んでいるのは、大学を卒業た頃からである。と言っても、就職

 を機に会社の近くに住もうという殊勝な気持ちからではなく、当時付き合って

 いた女が東京女子大学の学生だったので、少しでも彼女の近くに居たいと思っ

 たからだ。

 その彼女にも、勤め初めてから半年ほどで、「あなた、就職してからつまらな

 くなった。」との理由であっさりふられてしまった。私自身は別段学生の頃と

 比べて何ら変わったところはないと思うのだが、彼女にとってはつまらない人

 間になってしまったようで、こればかりはどうしようもない。その後何回も話

 し合いを試みたが、一度下された人の評価を変えるのは至難の技だ、というこ

 とが分かった、という成果しか得られなかった。その後、彼女は学園祭で知り

 合ったという、国立大出の商社員と結婚してどこか外国へ行ってしまったと、

 後で学校の後輩に聞いた。

 それならそうと言えばよいものを、いたずらに内省した俺の時間を返せ、と言

 っても、それはしょうがないことだ。

 あっさりアテが外れながらも、そこに住み続けているのは、引っ越しが面倒く

 さいというだけではなく、都心にそこそこ近いながら、閑静な住宅街である、

 というところか。何も積極的に理由付けをする必要もないのだが。


 いがP


^
96/02/18 23:42:23 1772              台湾美人姉妹B(長文)

 忙しいことと、金がなかったことで、しばらく「マウーン」へ行かなくなって

 三ヶ月ほどたったある日曜日の夕方、万年床に横たわり、洋画のVTRを朦朧

 と眺めていると、くだんのリュウさんから電話が入った。

 妹が熱帯魚を見て欲しいというのである。

 私は、そそくさと彼女のアパートへ行き、玄関のチャイムを鳴らすと、双子と

 見まごうような美しい妹が「いらっしゃい。」と言ってドアを開けて迎えてく

 れた。

 ただ、あえて姉と違うところは、多少あどけない風情があった。姉ほどの苦労

 はしていないのであろう。

 姉の入れてくれた、訳の分からないお茶を飲みながら、私は姉妹と談笑した。

 妹は、日本語の学校に行っているが、日常日本人と話す機会が乏しいとか、近

 所に知り合いがいなくて寂しい、姉と一緒に働きたいが、姉に止められている、

 などと言う話をしていたが、私はただ適当に相鎚を打ってへらへらしながら、

 「何やってんだろうか、俺は。」などとぼんやり思っていた。

 そうして、熱帯魚の話などそこそこに(本当はロクに知らないのであるが)、

 「面倒をみている暇もあまりないし、ポイントも稼げて一石二鳥かな」という

 思惑から、私の飼っている熱帯魚をプレゼントしようなどということになり、

 その日のうちに全部譲ってしまい、また、高かった水槽も貸してやろうと言っ

 て渡してしまった。

 姉妹が喜んだことは言うまでもない。


 いがP

96/02/24 13:09:23 1772              台湾美人姉妹C(長文)

 彼女達は、長身痩躯という言葉がぴったりと似合った。

 私の身長は約170センチ弱で、男性としてはさほど高い方ではないが、彼女

 達はその私と同じくらいの高さはあった。頭は小さく、手足は伸びやかで、こ

 れが騎馬民族というものかと、私は民族の違いをまざまざと見せつけられる思

 いがした。目は切れ長であるが、つり上がっている訳でもなく、表情は優しく

 柔和であった。

 もちろん、最近では雑誌のグラビア等で我国のモデル達の異民族ぶりを見せつ

 けられてはいるものの、実際にその異形を目の当たりにできるのは彼女達だけ

 である。

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 熱帯魚を譲った日から、私は彼女達姉妹のことを、ふと考えていることが多く

 なった。

 仕事中、ボールペンを取ろうとした瞬間や、ワープロを起ちあげる瞬間など、

 ちょっとした動作をするときに、ふと、彼女達のことを考えている自分に気が

 付くのである。家に帰ったら帰ったで、いつもはとっとと寝てしまうのだが、

 彼女達から電話が架かってくるのではないか、と期待してしばらく意味もなく

 起きていることもあった。

 そんなある日、私は印刷所まで出かけて徹夜で校正をする仕事(これを「主張

 校正」と言うのであるが)を終え、朝の7時頃に西荻に戻った。そして、疲れ

 きった神経を少しづつほぐすかのように、ポットのコーヒーの香りを感じなが

 ら、いつものコンビニで立ち読みをしていると、どうしたことか、これまでに

 なかった激しい感情が沸き起こってきた。

 私は、下らない見出しの並ぶ三流雑誌のページを摘みながら、今すぐ、彼女達

 に会いたい、という衝動にかられた。

 この間は、結構もてなしてくれたじゃないか、部屋はすぐ近くだ、行ってしま

 え、という声が内心から聞こえた。私はその言葉に唆されるように、すぐ歩を

 進めそうになった。しかし、一方でそれを、こんな時間に行って一体何をする

 つもりだ。衝動的に行動してはロクなことはあるまい。と、必死に諌める声が

 聞こえ、私の体を硬直させた。

 しばらくの後、内心の葛藤は「行かない」派が勝利を収め、私の体は解放され

 た。掌がうっすらと汗ばんでいるのに気付き、だらしなくコートで拭った。

 学生の時分は、気心の知れた女友達の部屋などを、やましい気持ちもなく気軽

 に訪ねることができた。就職してから、ずいぶんと不自由な人間になったもの

 である。

 私はアパートに帰ると、憔悴しきって、ろくに着替えもせずに冷たい布団に潜

 り込んだ。布団の中から、印刷所の、機械油とインクの混ざったような、独特

 な匂いが漂ってきた。


 いがP


96/02/24 21:32:39 1772              台湾美人姉妹D(長文)

 どのくらい眠ったろうか、私は電話の音に起こされた。

 枕元の時計を見ると、午後4時を少し回ったくらいである。

 私は朦朧とした意識の中で手探りで受話器を取ると、リュウ姉妹の妹の声が飛

 び込んできた。

 「センちゃん、すぐ来てくれますか。」

 私は頭の中に電気が走ったように感じ、覚醒し、動揺した。

 「どうしたの。こんな時間に・・・あ、でもこんな時間という程でもないか。

 あ、いや、でもやっぱり、普通はこんな時間にはいないよな。」

 「どうしたの。センちゃん。」

 「あ、いや、何でもない。今、起きたばっかりだから。で、どうしたの。何か

 あったの。」

 「うん。悲しいこと。来て。センちゃん。」

 「分かった。」

 本当は良く分からないが、彼女の声からはただならぬ雰囲気がうかがえた。

 私は、顔を洗い、歯を磨き、髭をそり、髪に櫛をかけた。これらの行為を電光

 石火の如くやり遂げたのであるが、私はこれまで、これら一連の作業を同時に

 したことはない。例えば、髭をそるのは3日に一回である。要するに、めいい

 っぱい、メカシ込んだのだ。

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 アパートの玄関のチャイムを鳴らすと、妹がすっとドアを開けた。これまで何

 度も思い出していた彼女の顔がそこにあった。

 部屋に入ると、彼女は物憂げな表情で私に近づくと、右手を私の背中に回し、

 躰を預けてきた。

 私は突然の出来事に体をこわばらせた。

 「・・・どうしたの。」

 「センちゃん、死んでしまったの。」

 「・・・! 誰が。」

 「センちゃんからもらった熱帯魚、みんな死んでしまった。」

 私は、なぁんだ、と思ったが、口には出さなかった。

 「そう、それは残念だったね。」

 「今日、学校から帰ったら死んでいたの。」

 「ああ・・・僕が飼っていたときに、飼い方が悪かったから。ロクに面倒も看

 なかったし。」

 これは本心だった。

 「いいえ、私がいい加減だったから。ご免なさい。」

 彼女は少し泣いているようだった。

 彼女のどこか不思議な、芳わしい髪の香りが私の鼻をくすぐった。

 その時私は・・・私の心の中のナイフがぎらぎらと研ぎ澄まされ、このまま彼

 女に切りかかる寸前で、ぐっと堪えている状態だった。私は自分自身に向かっ

 て、このまま彼女の耳元に向かって、「『好きだ。』と言え」と叫んでいた。

 「どうした、言え。本当に好きなんじゃないのか。」と。


 いがP



96/02/27 00:09:56 1772              台湾美人姉妹E(長文)

 しかし私は、またもや内心からの諌めの声によりより硬直したままであった。

 私はこれまで衝動的な行動により不利益を被ることが多かった。しかし、その

 一方で、あの時すぐ行動していればこのような不利益な結果は生じなかったろ

 う・・・ということも多かった。

 どちらの場合が多かったのか、統計なんぞとっていないので良く分からないが、

 ある局面に立ったとき、以前は行動する方を選択していた場合が多かったと思

 う。それは、周囲からの要求が高くなるにつれ、被る不利益の量や質も変わっ

 てきていることに関係することだろう。

 ともかく私は動けなかった。

 ・・・彼女はすっとその身を私から離すと言った。

 「お墓作りましょう。」

 その間、ほんの僅かな時間であったが、私には非常に長い拘束時間に感じられ

 た。

 硬直が解けた私の口から、ふとこぼれた。

 「・・・お姉さんは?」

 それは的外れな言葉であったが、何となく先ほどから気になっていたことでも

 あった。

 「働いてる。」

 「へぇ。昼も働いているの? どこで。」

 「喫茶店。でも、夜のお店の人には、電話とかで聞かれても、そのお店は教え

 ちゃいけないって言われているの。」

 「あ、そう。まぁ、別にいいけど。」

 「センちゃん、ちょっと残念?」

 「ははは。まあね。」

 「しつこい人がいるからって。」

 「ああ・・・そうなんだ。なるほどね。」

 「ねぇ、お墓作りましょう。」

 「・・・そうだね。」

 私は、アパートの裏の猫の額ほどの空間に、アパートの住人が帰ってきて怪訝

 に思われるのではないかとびくびくしながら、妹と一緒に、死んだ熱帯魚を埋

 葬した。

 姉の帰りを待とうとも考えたが、少し恐いような気もして、私はすぐに帰るこ

 とにした。それは、よく考えてみれば私と彼女達はそれほどよく知った間柄で

 もないであって、そのような人間が自分の知らぬ間に部屋にいるということに、

 姉が必ずしも快くは思わないであろうと思われたからだ。


 いがP


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96/03/01 20:51:31 1772              私も読んでいます。王貞治(嘘)

 台湾美人姉妹、いいね。面白いよ。

 僕も美人は好きだな。

 最近の若い選手諸君は、内気な子が多いけど、僕が若い頃は美人と見ればすぐ

 声をかけたもんさ。

 声をかけないなんて、女性に対して失礼だよ。

 バッティングと一緒だね。

 綺麗な女性が来たら声をかける、というのと、

 良い球が来たら打つ、といのは、微妙に関係しているんだよ。

 してないね。

 ちょっと、無理があったね。悪かった。謝るよ。

 でもね、要は、生まれつきモテる奴はモテるし、打てる奴は打てるんだ。

 もっとも、球界広しと言えど、両方備えているのは僕くらいのものさ。

 そう、僕は夜でもホームラン王と呼ばれていたんだ。

 真ん中の一本足打法、性界の王、なんてね。

 それじゃあ、僕はもう帰るけど、バンホーテンココアよろしく。


 ああ、これはチョーさんのCMだったね。/世界の王


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96/03/04 01:01:12 1772              台湾美人姉妹F(長文)

 私が「センちゃん」と呼ばれているのは、名前に「セン」という音が入ってい

 る訳でも千昌夫に似ている訳でもない。これは高校時代に付けられた、「せん

 ずり」から来ているアダ名である。かと言って、クラスの連中にマスターベー

 ションを目撃された訳でもない。どうやら、私はその当時から、あたかも一本

 抜いた後のような、そこはかとない虚脱感を漂わせていたようなのである。

 今では、そんないわれを離れて、センちゃんというアダ名だけが一人歩きして

 使われている。

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 私は、人混みの中で姉妹の姿を見ることが多くなった。とは言え、彼女達が増

 殖した訳ではなく、少しでも似た風貌の女性がいると、一瞬、彼女達に見えて

 しまうのである。

 例えば、ホームで中央線の電車を待っていると、通過した車両に彼女達(ある

 いはその一方)がいたような気がして、乗り込んでその車両にたどり着くと、

 全く違う女性だったり。それは、コンビニの中の女性でも、道路の反対側を歩

 いている女性でも起こり得た。

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 久しぶりに時間と金に余裕ができたので、週末のある日、「マウーン」のドア

 を押した。大抵、忙しいか、暇でも金がないかのどちらかであるが、どうした

 天の配剤か、たまにはこういうこともある。真面目にやっていてよかったと思

 える時である・・・というほどでもないが。

 リュウさんはしばらく見ない内に店の雰囲気になじんで、常連客と静かに談笑

 していた。私は、その馴れた感じに少し寂しい気がしたが、平静を装ってテー

 ブルに着いた。俺が寂しく思ったところで何の意味もないじゃないか、などと

 腹の奥で呟いてみると余計いらいらしたが、いらいらが憤懣に変わるまでもな

 く、ほどなく彼女が来てくれた。

 しかし、緊張して、なかなか話のきっかけが掴めずに、したくもない仕事の話

 に始終してしまい、彼女にも「そう、大変ね。」「それはセンちゃんが悪いん

 じゃないよ。全然。」などと適当な相づちを打たせてしまった。

 店を出た時、「今日は失敗した。」と思わず漏らした。


 いがP


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96/03/04 01:02:03 1772              台湾美人姉妹G(長文)

 しかし、その夜、リュウさんは電話をくれた。

 「遅くにご免なさいね。今日は来てくれてありがとう。」

 「いえいえ。こちらこそ。久しぶりにリュウさんとお話しができて楽しかった

 ですよ。」

 「はっはっは。そんなことないでしょう。そうそう、このあいだ、家に来てく

 れたんだって。」

 「うん。熱帯魚もったいないことしたね。」

 「ご免なさいね。つまらないことで妹が呼んじゃって。さっきお店でお詫びし

 ようかと思ったんだけど、ああいうところで家に来たとかそういう話まずいか

 ら。」

 「なるほどね・・・。妹さん、どうしてるの。」

 「ああ、しばらくしょげてたけど、新しいの買ってあげたから、大丈夫よ。」

 「というか、今はどうしてるの。」

 「ああ、もう寝てるよ。」

 「そうだろうね。こんな時間だからね。」

 「センちゃん、妹に興味あるのね。」

 「いやぁ、そうじゃなくてさ。」

 「妹はだめだよ。妹は、お金ある人と結婚するんだから。センちゃん、お金な

 いだろう。」

 「ないよ。」

 「ははは。センちゃん、良い人だね。私、センちゃん好きだけど、センちゃん

 は私のことあんまり好きじゃないでしょ。」

 「いや、そんなことない。」

 「私、雑だからね。思ったこと言っちゃうから。本当言うとね、センちゃん、

 あんまり感情表に出さないから、妹はそういう人好きじゃないみたい。何考え

 ているか分からないって。センちゃん、あんまり怒ったりしないの。」

 「怒ってもしょうがないからね。お金のない人、って言われても、それは本当

 のことだし、怒ってもお金が増えるわけでもないし。」

 「それはそうね。」

 「それに・・・まぁ、別にこれくらいでいいと思っているから。これくらい貰

 えて、これくらいの生活ができればいいと思っているんだ。これ以上の収入を

 得るためだけに、これ以上の別な何かをする、ということも考えていないよ。

 やるなら、今の仕事の中で、もっとできることをやる。まだまだ何もできてい

 ないから。それでも、お金、お金という人がいたら、それは価値観が違うんだ

 から、これも怒ってもしょうがない。たまたまお金を例にしたけど、その他の

 ことも同じだね。」

 「何か、若い人じゃないみたいね。やっぱり、私の見込んだとおりの安全な男

 だね。センちゃん。最初見たときからこの人なら大丈夫だと思ったの。それで

 妹に会わせたの。日本に来てボーイフレンドくらいは必要でしょう。」

 「そうかい。」

 「でもね、それ以上はだめだよ。」

 「それは分からないよ。」

 「分かるよ。センちゃん、そんなことしないでしょ。」

 「うーん・・・(私はいつぞやの夜のことを思い出した)・・・そうだな。」

 「でしょう。それから、センちゃん、妹に日本語教えてよ。」

 「あなたが教えればいいじゃない。すごく上手いよ。」

 「うん、というか、私は言葉覚えないとご飯食べれなかったから。妹は教養で

 やってるから、日本語。やっぱり、しょうがない。」

 「なるほどね。」


 いがP


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96/03/10 12:28:43 1772              台湾美人姉妹H(長文)

 姉妹の姉の電話によって心のポコチンを去勢されたことから、少し気が楽にな

 り、以前よりもフランクに彼女達と付き合えるようになった。

 つまり、姉から私達の関係に一線を画されたことにより、自分の位置がはっき

 りした結果、「この人達とはそうならないのだ。」と自分に言い聞かせること

 により、ぎらぎらした心の葛藤から少し解放されたのだ。それは私の本心から

 すれば望ましい状態でなかったが、私はその位置にいる心地よさを選んだ。

 少しくたびれていたのかもしれない。

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 月に1、2回ではあるが、私は休日などに姉妹の部屋に立ち寄るようになった。

 働き者の姉は不在がちで、私と妹は近所の商店街で買い物をし、夕飯の支度を

 して姉の帰りを待った。

 その間、私と妹は何をする訳でもなく、コタツに入ってTVを漫然と眺めてい

 た。姉に日本語の先生を請われたからではないが、問われれば言葉の意味を教

 える。しかし、普段自分で何気なく使っている言葉であっても、改めて意味を

 問われると答に窮することもままある。

 「大ボケ」などはよく聞くがどういう意味だろうか。

 「大ボケ」は、漫才から生まれた言葉である。日本には漫才というお笑いの文

 化があり、それは「ボケ役」と「ツッコミ役」で成り立っている。すなわち、

 ボケ役が一般的に常識とされていることから外れたことを言ったり、奇行を見

 せたりすることに対して、客の代弁者であるツッコミ役がそれをたしなめ、客

 との均衡を保ちながら対話を進める話芸である。そこから派生して、誰かが馬

 鹿なことを言ったような場合に「大ボケをかます」などと表現されるようにな

 り、生まれつきの性格から、自分が言っていることが変なことであると気が付

 かないで変なことを言う場合を「天然ボケ」などと言うようになった・・・な

 どと一生懸命考えて答えたが、本当言うと正解かどうかは確信がもてない。

 「皮肉」などはとうとううまく答えらなかった。「あてこすり」などと言って

 も余計分かるまい。

 直接、言葉には関係ないが、TVの観覧客が笑っているのを、これは何が面白

 いのか、と問われるのも答に窮する。ネタの説明ほど虚しいものはない。また、

 プロが一般参加者や通行人をプライバシーを踏み越えてネタの道具として利用

 するような場合など、私自身面白いとは思わない場合が多いので、その面白さ

 の説明はさらに困難を極める。

 まぁ、面白くない、観客の声も大方アフレコだ、と言ってもよいのだが。

 しかし、いつぞや姉の言った、「感情を表に出さない」とか「何を考えている

 か分からない」といった言葉が引っかかっていたのかもしれない。

 無味乾燥の、つまらない人間だと思われるのではないか、という脅迫観念が、

 私を無意識に、誠実な解説者にさせていた。

 割と厄介な役である。はたから見れば、単にへらへらしているだけだが、こん

 なに考えてTVを観たことはこれまであるまい。

 不毛であることは分かっているのだが。


 いがP


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96/03/17 23:07:22 1772              台湾美人姉妹I(長文)

 私はコタツに横たわり、頬杖をついてTVを眺めている妹の後ろ姿をぼんやり

 と眺めていた。

 妹は黒いセーターがよく似合った。腕捲くりをした黒のセーターから細く白い

 腕がすっと伸びて、白い瓜実顔の顎を支えていた。同じく衿から伸びた白いう

 なじや束ねた髪などを、私はぼんやりと眺めていたのだ。

 先に述べたように、私に発問をするため時折振り向くので、その気配がした瞬

 間に、私は視線をTV画面にさっと切り換え、それから、振り向いて話し始め

 た彼女に目を向けるといった、アクロな目の動きをした。

 じっと見ていることを悟られることに、まだ少し不安があったのだ。

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 姉が帰ってくると、空気がぱっと華やいだ。

 姉は元気な人で、夕食を3人でとっているときも、私達に豊富な話題を提供し

 てくれた。それは時として、昼間バイトしている喫茶店の日常的な風景−例え

 ば、お店の人やその日に来た客のこと、店長からもらった土産のことなど−と

 いった、たわいのない話であったが、彼女の明るい人柄で楽しく仕事をしてい

 ることが伺え、こちらまでその楽しさのおすそ分けを頂いているようで、つつ

 ましい食卓も楽しむことができた。

 食事が済むと、彼女らと一緒に洗い物などを済ませ、一服して帰った。私が帰

 る同じころ、姉は「マウーン」に出かけたが、私はもう店には行かなかった。

 彼女が自分以外の男と談笑している姿を受け入れる寛容さは、もう失せていた。

 別に付き合っている訳ではないのだが。

 そうとも知らず、何度か彼女から店に誘われたが、その度に「意地悪だな。リ

 ュウさん、僕がいつもお金無いこと知っているくせに。」などと言ってごまか

 した。

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 私は自分の部屋に帰ると、見もしないTVをつけ、こたつに両足を突っ込んで、

 仰向けに寝ころび、漫然と彼女達とのやりとりを思い出していた。

 そして、その度に、彼女達との、そのような関係を永久に続けていけたなら、

 どんなに幸せだろうかと思った。

 胸の上に乗せた、薄っぺらの灰皿の底の、ほのかな温かさを感じながら・・・。


 いがP


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96/06/26 00:11:06 1772              台湾美人姉妹J(長文)

 彼女たちとのそんな生活を続けて何か月が過ぎただろうか。

 私は彼女たちのいずれかに対して手紙を書いた。

 何度も何度も書き直した。

 彼女たちに理解できるレベルの日本語でありながら、それでいて自分の気持

 ちをちゃんと伝えることができる文章というのはとても難しかったのだ。

 書いているうちに感情がほとばしり、支離滅裂な文章になったこともあった。

 凝り過ぎて、彼女たちの日本語のレベルを無視した文章になったこともあった。

 分かりやすく書こうとし過ぎて、まるで自分の気持ちが出ていない文章になっ

 たこともあった。

 日頃何気なく生産している「文章」というものを、これほど一言一言の言葉

 を選んで編んで書いたことはなかった。

 しかし、私は彼女たちのいずれかに対して、どうしても気持ちを伝えたかっ

 たのだ。

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 リュウさん。

 私はあなたのことがとても好きです。

 あなたは、私のことが好きですか。

 私はいつもあなたのことを考えています。

 仕事をしているときも、部屋に一人でいるときも、あなたのことを考えてい

 るのです。

 私はあなたのことを考えているとき、いつも自分の胸に向かって、「おまえ

 は、彼女のことが好きなのか。」と、聞きます。すると、「ああ、好きだ。」

 という、自信に満ちた答えが返ってきます。

 それは、あなたと出会ってからずっとそうです。

 そして、これからも、ずっとそうです。

 私の気持ちは変わりません。

 どうかリュウさん、私と結婚して下さい。

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 結婚という言葉を入れるについては相当迷った。それが具体的にどういうもの

 であるか良く分からないが、何か乗り越えるべき大きな困難があることは容易

 に予想できたからだ。

 彼女はこの二文字をすぐに理解できるだろうか。あるいは、辞書を引いてみる

 かもしれない。そしてその意味を理解したとき、彼女はどういう表情をするの

 だろうか。

 私はこの手紙を入れた封筒に、姉妹のいずれかの名前を書くと、深夜にもかか

 わらず彼女達のアパートに向かった。

 彼女達が寝ているうちに、ドアのポストにそっとこの手紙を差し込んでおこう

 と思ったからだ。

 私は懐に手紙を入れて一歩外に出ると、高校生の頃、始めて好きな女性に自分

 の気持ちを伝えようとした時の感情が胸一杯に広がった。爛れきった人間だと

 思っていた自分であるが、このような感情を変わらずもっていたという事実に

 少し救われた気がした。

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 いがP


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96/06/30 23:36:09 1772              台湾美人姉妹K(長文)

 私は、夜道を彼女達のアパートに向かいながら胸の辺りに何度も触れて、そこ

 に確かに手紙のあることを確認した。ふと、懐にあいくちでも忍ばせているよ

 うな気分になった。

 彼女達のアパートのある善福寺にさしかかると、周囲に濃い空気が流れはじめ

 た。それは、他でもない私の内心から発生しているものである。

 既に終バスの去ったバス停のベンチでダベリ合う女子大生、煌々と光るコンビ

 ニエンスストア、善福寺のゆるやかな坂道・・・

 私はいつもこの道を通りながら、うきうきしたような、もの悲しいような、恐

 いような、逃げたいような、けだるいような、ぎらぎらしたような、そんな気

 持ちがない混ぜになったような、不思議な気持ちを抱いていた。

 そして今、それに加えて心音が高まり、掌にじっとりと汗が滲むのが分かった。

 この手紙を出した後には、この気持ちから解放されるだろうか。

 その結果がどうあれ。

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 彼女達のアパートの玄関先にたどり着くと、私はギクリとした。

 玄関のドアに付いている郵便受けから郵便物が溢れ出ていたのだ。

 それは私にとってとても異常なことで、何かとんでもない、非常に嫌なことが

 起こったのではないかと、直感的に感じた。

 私は郵便受けの入り口から部屋の中を覗こうとしたが、まるで見えないので断

 念し、アパートの表に回り込んで窓越しに部屋の中を探ろうとしたが、ついぞ

 使われたところを見たことがない雨戸が閉まっており、その目論見は見事に外

 された。そこで窓に近づき、ほんの僅かな雨戸の隙間から部屋の中を覗くと、

 非常に狭い視野からではあるが、そこには人が住んでいる気配が全く無いとい

 うことが容易に分かった。家財道具が一つも無かったのだ。

 私は目の前が大きく傾き始めたことが分かり、はっと我にかえった。そして前

 かがみになり、両の膝に手を当てると、そのままの格好でしばらく動けなくな

 った。すぐに全身から血の気が引いていくことが分かり、夜風が頬に冷たく感

 じられた。

 そうして、まるでものを考えられる状態ではない頭を振り絞り、一体何が起こ

 ったのかを、とにかくそれだけを理解しようとしていたのだ。

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 いがP


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96/07/01 00:28:03 1772              台湾美人姉妹/最終話(長文)

 私はふと思いついたように大通りに出るとタクシーを拾い、新宿に向かった。

 そして着くなり、「マウーン」の扉を押した。

 マサエさんが私の顔を見るなり言った。

 「あら、センちゃん。久しぶり。どうしたのこんな時間に? もう閉める時間

 よ。」

 「リュウさんは?」

 「え?」

 「リュウさんはいないの?」

 「リュウちゃん? あなた知らないの? あの子国に帰えっちゃったわよ。」

 「!・・・・」

 「あら。ひょっとしてあなたもお金騙されたの。」

 「お金?」

 「あの子、方々のお客さんからお金借りたままさっさと帰えっちゃったのよ。

 それで暫く大変だったんだから。こっちは。」

 「俺は・・・お金は関係ないけど・・・とにかく帰えっちゃったんだね。」

 「そうよ。」

 「連絡先は分からないかな。」

 「そんなの、こっちが知りたいくらいよ。」

 「はぁ・・・。」

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 その後、私はどうやって帰ったのかも分からないが、とにかく自室の万年床に

 うつ伏せに倒れていた。何か、胸が大きく裂け、そこからどんどんと血が流れ

 て布団に染み込んでいくような、堪え難い喪失感に打ちのめされていた。

 そのまま朝を迎えた私は編集後記だけを会社にFAXで送り、しばらく風邪だ

 と嘘をついて会社を休んだ。

 こんなことをしたのは入社以来初めてのことだ。

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 それ以来、会社に出てもまるで仕事に身が入らない様子の私を、上の方が雑誌

 が向いていないのではないかと判断したようで、私はそれまでいた花形の雑誌

 を外され、園芸愛好家向けの雑誌に異動になり、全国のお花畑から大手の花屋

 のイベントまで取材にあけくれるようになった。

 しかし、そのことは別段私に挫折感を与えるようなことはなかった。

 雑誌の仕事さえできれば、その雑誌が社内で花形であろうがなかろうが、どう

 でもよかったのだ。

 そんなことで、そこで何年か過ごすうち、当初は全く知らなかった花の新しい

 品種、農家、大学の研究所やその手の業界の流通の仕組みなどに明るくなり、

 イベントのキャンギャルなどを誘っては「**出版の花グモ」などと有り難い

 レッテルなどを貼られるようになっていた。

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 その日も正月だというのに帰省もせず、落ち目の鉄鋼会社が工場跡地で蘭のビ

 ニール栽培を手がけて成功したという取材に出かけていた。

 アパートに帰ると、玄関の郵便受けに封筒が入っていた。それは、リュウさん

 姉妹からの年賀状だった。

 そこには何年も前に突然日本を去ったいきさつも、私に対する侘びも一切書か

 れておらず、簡単な彼女達の近況が書かれていた。

 妹は、日本から中古自動車を輸入しているという貿易商と結婚し、姉は父親と

 一緒に、その関連会社(その中古自動車をレンタルしている会社らしい)の役

 員をしており、大いに会社をもり立てているようだった。

 返事を書こうにも、「拝啓ますますご清祥のこととお喜び申し上げます」みた

 いな文章しか全く浮かんでこないので、そのままにした。

 彼女達の事業のために、日本の馬鹿な酔客から巻き上げた金も役に立っている

 んだろうか。いいじゃないの。どうせ飲んじまう金なんだから。

 苦笑いすると、下着姿になって万年床に転がり、枕許の読みかけの本を取り上

 げて眺め始めた。

 こうしているうちに眠くなって、暫く眠って・・・夜中に起き出してラーメン

 屋に行ってチャーハンと餃子を食ってビールを飲んで・・・帰って原稿書いて

 また少し寝て出社して・・・と、おそるべきことに私の未来は既に決まってい

 るのだ!

 別に恐れることではないが。

 とか思っているうちにも本の字が霞んできた。

 みなさん、お休みなさい。

 これで私の下らない恋物語はおしまいです。

 さようなら。

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 あ、そうだ! 水槽をやられた!/いがP