山野ビッグバンドコンテスト(06.8.25)

 

 今年も8/19,20日と山野ビッグバンドコンテストの審査員を勤めさせていただきました。今月発売のスイングジャーナルにも講評を掲載していますが、わたしなりの今年の感想を書いておきたいと思います。

 毎年思う事ですが、学生ビッグバンドのレベルは年々上がる一方で、本当に頼もしい限りです。
 10位以内に入った学校はほとんど常連校でしたが、その順序については結構びっくりされた方もあるかと思います。 特に、明大ビッグサウンズ、早大、慶応ライトが共に3位以内を逃したということは、ここ数年では大変珍しいことです。どの3校も演奏内容は例年どおり大変良かったと思いますが、上位3校に比べるとややこじんまりまとまってしまっていたような気もします。
 ただ、点数は9人の審査員の平均点で100点満点でつけるのですが、一位から十位までの本当に僅差で、小数点単位で順位が変わってくるので、学生の皆さんにはあまり順番にはこだわらないでいただきたいと思います。

 各学校について印象に残ったことを書いておきたいと思います。一位の同志社は1日目の真ん中あたりに出場したのですが、演奏が終わった時点で、“今年は多分これ以上の演奏は出ないだろう”と思ったくらい、音楽的コンセプト、ソリスト、アンサンブル、セクションバランス、ステージング等あらゆる面で完璧な演奏でした。2位の国立音大は、楽器がうまくてアンサンブルが完璧なのは例年どおりですが、これだけの実力があれば、いくらでも安全策もとれるのに、15分でたった1曲の組曲、しかもOBによるオリジナルアレンジ、と常に新しいものに挑戦する姿勢に大変感心しました。3位の大阪大学は、“演奏している側も楽しく、聴いている側も楽しく”というジャズ、特にビッグバンドの理想的な形を具体的に見せてくれました。
 5位の青山学院は、毎年ギル・エバンスを取りあげているわけですが、ただギル・エバンスを真似ているだけでなく、現代のギル、青学のギル、という自分たちなりの新しい価値を付け加えているところが評価されたのだと思います。同じような意味で、毎年エリントンの作品をとりあげる京都大学も今年は特に良かったと思います。ギルやエリントンは、ベイシーなどに比べて取りあげる学校が他に非常に少ないことをみてもわかるように、解釈が大変難しく、付け焼き刃では絶対にできません。毎年先輩から後輩へと長年の研究の成果を受け渡しながら、その伝統に少しずつ自分たち独自のテイストをつけ加えていっているのだろうなあ、と思います。
 

 8位の東工大は、今年もパーカッションが入った本格的なラテンで会場を盛り上げてくれました。ラテンというのも、その独特なリズムには、色々な細かい決まりがあり、日常から研究し、取り組んでいない限り、絶対に体得できないもので、バンドカラーを守りながらも、自分たちの代ならではの新しい価値観を付け加える姿勢には感心しました。同じように、毎年ラテン作品に取り組んでいる、日大リズムも、管楽器とリズム楽器のバランスがとても良く、素晴らしかったです。
 9位の天理大学は、とにかくリズム・セクションが強力にスイングしていました。特にドラムとベースのコンビネイションが素晴らしいのが、審査員の中で話題になり、“ソロをとっていないのでソリスト賞をあげられないけれど、とにかく何らかの形で誉めてあげたい”ということで、急遽、“審査員特別賞”という新たな賞を設けてしまったくらいです。10位の学習院もリズムセクションのまとまりが抜群に良いため、全体がすっきりまとまっていました。
 

 1位、3位、9位に関西の大学が入ったわけですが、それ以外でも今年は関西勢に勢いがあって、立命館、神戸、甲南などの学校も高い評価でした。全体に関西系の大学は、“シビアなコンテストではあっても、まずは聴いている側に楽しんでもらう”“そのためにはまず自分が率先して楽しむ”というとても当然乍ら、いざとなるとなかなかできないことをとを無理なく自然体で実践しています。普段から“ボケとツッコミ”でコミュニケーション能力を鍛え、“受けてナンボ”を身上とする関西人マインドは、ジャズの精神と、大いに通ずるものがありそうです。
 関東の大学では中央大、和光大が、いわゆるダンスバンド時代のオールドスタイルの曲をとりあげていて、でも、決して古くさい感じはなく、皆がシビアな方向へ行きがちなコンテストの場にあって、逆にとても新鮮で個性的な印象を受けました。
 

 コンテストもこれだけレベルが上がると、どうしても“わたしたちはこんなにうまいんですよ”ということを強調したくなり、技術偏重になりがちです。ただ技術面的なことばかりにこだわると、肝心の“スイングする躍動感を伝える”“聴く側に楽しんでもらう”というジャズの絶対の基本がおろそかになりかねません。学生の皆さんには、演奏する側の熱気や波動が、ステージ上だけにとどまらず、聴いているこちら側にどれだけ届いているか、ということを常に意識していただきたいと思います。山野コンテストはコンテストではありますが、同時に、毎年2000人以上のビッグバンドファンが楽しみにしているコンサートなのですから。
 

 (写真は8/3ルディー・ヴァンゲルダースタジオでの録音風景。フロントの3人は、左からクリス・ポッター、ライアン・カイザー、近藤和彦。そういえば、近藤さんはかつて山野で最優秀ソリスト賞を受賞したのでした。以下録音風景は全て常磐武彦氏撮影。)
 

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親王様誕生に思う事(06.9.20)

 

 最近、紀子様の男児ご出産が話題になりましたが、あのニュースを聞いて思い出した光景があります。

 わたしにも秋篠宮家と同様、年子の妹と歳の離れた弟がいます。弟が産まれた時にはわたしは既に6歳になっていて、その日のことははっきり覚えています。
 母が弟を出産するために入院している間、わたしと妹は母の実家に預けられていました。弟が産まれた、という第一報が入った瞬間、祖母は“男の子で良かったわー。また女の子かと思って心配していたのよー”と電話口で泣き出したのです。

 その時の、こどもなりに感じた“なんだかなー”という違和感を久しぶりに思い出しました。この時の祖母が母方の祖母というのもネックで、彼女にとっては、やはり娘が嫁ぎ先で、嫁ぎ先の名字を残せる男の子を産むのが重要なことだと思っているんだろうな、と感じました。
 我が家のような名家でも何でもない庶民の家でも、そんなことを気にするのだから、これが皇室となったら、国民総姑・小姑状態で、一大事となるのは当然のことでしょう。

 今回の騒動を見ていると、あれから既に30数年がたっているにもかかわらず、世間の感覚というのは、意外に変わっていないものだなあ、と思います。
 まあ、あの時の祖母は明治生まれの人ですから、“男の子で良かった”発言も問題なし、という感覚だったのでしょう。(もっともその場に居合わせたのは、6歳の孫ひとり、ということで、彼女にしてみれば充分オフレコ発言のつもりだったのかもしれませんが)
 しかし、今の時代、マスコミは“男の子だったら良いのに”みたいなことを公然とは言えないので、“男の子だったら経済効果は数倍”とか“新聞の誌面の扱いが倍”とか、まわりくどい表現を使ったりして、これでは、皇族の方々のご負担は、ますます大きいのでは、と思います。皇室の女性というのは、本当に大変ですね。 

 (写真は8/3ルディー・ヴァンゲルダースタジオでの録音風景。上記の写真を別の角度から見たところ。左側のピアノは、ルディーが1990年頃買った本番用のコンサートグランドで、この写真で私が、弾いているのは、それ以前使われていたピアノ。現在はリハーサルピアノとして使われているが、このピアノはパウエル、エバンス、モンク、エリントン、ベイシー、ハンコック、マッコイ・・・等あらゆるピアニストが録音に使ったもの。“処女航海”も“クール・ストラッティン”も“至上の愛”も全てこのピアノから産まれたのです。)
 

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<NY録音報告その1>伝説の人、ルディー・ヴァン・ゲルダー(06.9.26)

 

 今回のレコーディングはNYのかなり有名なミュージシャンと共演したわけですが、それでも、このレコーディングについて話す時、まず誰からも一番に聞かれるのは、“ルディー・ヴァン・ゲルダーってどんな人なの?”ということです。
 ジャズ界で、ルディーほど、有名で、けれど実体が謎に包まれている人は少ないのではないでしょうか。その一番の理由は、彼が一度も来日したことがないこと。何度もオファーはあったのですが、全部断ってきたようです。彼はスタジオから遠いところに外出することはほとんどないようで、“日本どころか、僕はカリフフォルニアにも行ったことがないんだからね。”とご本人は笑っておられました。
 つまり、こちらからスタジオに出向かない限り、ルディーには会えない訳です。わたしは、1997年と今年の2回もルディーに録音していただく、という幸運を得、一緒にレストランに行って食事をしたり、という貴重な体験もしました。皆さんによく聞かれる質問に、わたしが知っている範囲内でお答えしたいと思います。

 <ルディー・ヴァン・ゲルダーっていくつなの?>
 さあ?ご自分では絶対自分の歳をおっしゃらないですが、彼が1954年からエンジニアとして活動をしていること、その前に視力検査技師としてのキャリアもあることなどを考えると、80歳を超えているかもしれないですね。わたしがびっくりしたのは、彼が前回お会いした9年前から見ても全く外見が変わっていなかったこと。前回彼ととった写真(このHPのRecordig In NYの項を参照してください)と上記の写真を比べてみていただいてもこれがお世辞でもなんでもないことが分かると思います。(それに比べて、わたしは・・・・?)

 <ルディー・ヴァン・ゲルダーは昔ながらの方法で録音しているの?>
 ルディーは50-60年代の一連の名作を手がけていることから、今だに現役で活動しているというと驚かれることもあります。彼は、しかし、実は大変な新しもの好きで、新しい録音関係の機材が出ると、真っ先に買うそうです。ですから、録音機材も録音方法も現在の最先端のやり方で行われています。決して<昔の名前で出ています>ではなく、今でも、エンジニア界の第一人者なのです。

<ルディー・ヴァン・ゲルダーは日本に対してどう思っているの?>
 ルディーの対日感情(?)は大変良く、東芝EMIに一連のRVGブルーノートリマスタリングシリーズなどを頼まれたことには、大変恩義を感じているそうです。彼は前にも書いたように、新しいものが好きなので、過去に自分が手がけた名作に、新しい技術を加えるリマスターという作業は大いに好きなようです。アメリカやヨーロッパからもそういう仕事が来ない訳ではないそうですが、自分がしてきた仕事をここまでリスペクトしてくれるのは日本だけだとご本人自ら仰っていました。
 確かに日本人は裏方好きというか職人好きなところがあって、ルディーに対する関心は高いですよね。最近の“Swing Journal"や"Playboy日本版"でもルディー特集が大きく出ていましたが、そういう雑誌に掲載される事も嬉しいらしく、スタジオに大切そうに置かれていました。

<ルディー・ヴァン・ゲルダーは気難しいって本当?>
 普段は至って気さくな普通のオジサンです。今回も前回も彼が気難しいという風には感じませんでした。ただ、確かにこと仕事になると、その完璧主義者ぶりから気難しいという評判がたってしまうのかもしれません。

 普段比較的穏やかなルディーが怒る典型的な要因はいくつかあるそうです。1.ピアノを大切に扱わない。2.スタジオに入る時間を守らない。3.リハーサルをきちんとしていないなど、演奏内容が良くない。4.スタジオ内でタバコを吸う。
 1については、ルディーの録音用のピアノ(90年に購入されたスタインウエイのコンサートグランド)はきちんと調律してあって、少しの狂いも生じさせたくないので、“リハーサルの時には絶対使うな”と言っています。
 わたしが一日のセッションの最後にピアノソロ曲を録音しようとしたら、“今日一日使って狂いが生じているピアノで最後にソロピアノを録音したりしないでくれ”と拒否されました。今日一日って、5曲を2テイクずつ録音したくらいなんですけど・・・・。
 結局ソロピアノだけ全く別の日に録音したわけですが、その時も“練習はリハーサル用のピアノ(このピアノが50-80年代数々の名作の録音に使われたスタインウエイなわけですが)でしてね”と言われていました。が、わたしとしては、やはり、録音用のピアノで音を試しておきたいですよね?それで、コッソリ(?)本番用のピアノで練習していたら、ルディーが血相を変えて飛んで来て一言、“そのピアノは録音用以外には使うな!!”と言われてしまいました。
 また、リハ用のピアノの譜面台の上で、ちょっとしたメモを楽譜に書き込んだだけでも、“ピアノの上でものを書かないで”とすぐ注意されました。こうしてきちんと管理されているだけあって、このリハ用のスタインウエイは50年代から様々なセッションに使われてきたにしては、今だに素晴らしい状態にあります。
 ここまで大切にしているピアノ(現在はリハ用に使われている方)の蓋の裏に、ある時、モンクがタバコ片手に(!)勝手に自分のサインを書いてしまったそうで、これを発見した時のルディーの激怒ぶりは今だに語りぐさになっているそうです。もちろん、ルディーはこれを消そうとしたそうですが、何で書いたのか、消す事ができないまま、今でもサインはそこに存在しています。

<ルディー・ヴァン・ゲルダ・スタジオってどんなところ?>
 スタジオは、ニュージャージーの普通の住宅街の中にあり、ドアをあけるとそこがもうスタジオです。ルディーはスタジオの2階に住んでいるのです。天井が高く、自然なリバーブが得られるように計算された作りです。最初からアコースティック・ジャズを扱うためだけの目的で設計されているので、色々なジャンルの音楽を録ることを目的としてビルの中に作られた、マンハッタンにある数々の有名スタジオとは相当雰囲気が違います。
 また、ここではルディー以外の人が録音することはありません。(逆にルディーは頼まれても他のスタジオにエンジニアとして出張するということはありません)そして、ルディーは、録音、ミックス、マスターまで一環して自分で行う仕事しか受けません。アシスタントも、1989年からモーリーン・シックラーを使っていますが、彼女以外のアシスタントはひとりも使ったことがないそうです。こういった徹底して一環した仕事ぶりが、“ルディーらしい音”を生み出すのだと思います。

<最近のルディーの音ってどんな特徴があるの?>
 今回ミックスが終わった段階の曲をかけてみて、他のジャズのCDなどと比較してみるのですが、やはり、“音の広がり”“空間の広がり”が素晴らしい、というのが特徴だと思います。それぞれの楽器が生き生きとした“ナマの音”で録音されているのですが、特にジャズの命ともいえる、シンバルレガートのクリアな美しさには驚かされます。
 そして、あそこまでこだわっているピアノは・・・・・やはり録音してみると本当にキレイな音です。ピアニスト冥利につきます。97年の録音の時もそうでしたが、ここに来ると、ピアノソロを1曲は入れたくなるのです。
 

(写真は8/3ルディー・ヴァンゲルダースタジオでルディ、わたし、ドン・シックラー。一連の写真を撮って下さった常磐武彦氏のHPの“Music Photo”というコーナーにルディーに関するとても詳細な取材手記があります。)
 

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