ジャズ楽屋話(98.6.16)

 

 6月14日に浜松ジャズフェスティバルに出演させていただきました。
 今回のテーマは“アンサンブルの楽しみ”。私の9人編成のオーケストラのほか、弾き語りの綾戸智絵さん、渋谷毅オーケストラ、前田憲男オーケストラが出演しました。
 これだけの大所帯のアンサンブルが一同に集うことはなかなかないでしょう。この日出演した管楽器プレイヤーは、トランペットが6人、トロンボーンが6人、サックスが12人。若手からベテランまで、各世代を代表するプレイヤーばかりですし、お互いによく仕事で一緒になる仲ですから、楽屋は相当盛り上がっていました。
 

 楽器1本で生活を支えている管楽器プレイヤーの、楽器に対する入れ込みようというのは相当なもので、こういう機会には、自然に楽器ごとに集まってしまうようです。お互いの楽器を交換して試奏しあい、マウスピースやリードはどこのメーカーのものが良いか、とか最近発見した替え指のやり方は、など、部外者には決してわからない情報を交換しあっていました。音質改善のために歯を矯正する話まで出ていて、本当にみんな少しでもより良い音を得るために真剣なんだなあ、と思わせます。
 ピアノは会場にあるものを弾くしかないわけで、ピアニストどうしではあまりこういった楽器そのものの話題は出ないようです。
 

 でも、ミュージシャンは楽屋で音楽の話ばかりをしていると思うのは大間違い。今回は、W杯日本-アルゼンチン戦当日だったということもあり、サッカーの話題でも盛り上がりました。
 前田さんの楽屋でも、詳しいミュージシャンが、“オフサイドとはどういうルールか”という試合直前講義をしていたようですが、私たちの楽屋では、“いかにして日本戦のチケットを手に入れたか(実話)”という話が中心でした。
 私たちのグループのメンバーのO氏は、大のサッカーファンで、日本チームを応援しに18日からフランスへ行くのですが、(今回の浜松の仕事がなければアルゼンチン戦から見る意気込みだったようです)例によって“実はチケットが手に入っていませんでした”騒動に巻き込まれてしまったようなのです。
 彼の状況は、“チケットは何とかなる”“やっぱりダメみたい”の電話がかかってくる繰り返しで、毎晩二転三転し、ようやく購入当初より悪い席位置ながら、対クロアチア、ジャマイカ両戦の入場券を確保したそうなのです。
 

 でも結局チケットの現物が彼の手元に有るわけではないので、絶対安心というわけにはいかないとか。色々な意味で日本にとってはスリル満点のW杯なのですね。

    目次へ

  

ハママツで考えた(98.6.21)

 

 6月14日の浜松ジャズフェスティバルには、約2000人のお客様がいらして下さったそうです。
 現在の日本で、ジャズで2000人クラスの集客ができるのは、ナベサダ、ヒノテルといった一部のスター級の数人だけでしょう。私たちが人前で演奏するのには慣れている、とはいっても、普段は数十人単位の方の前で演奏していることが多いわけです。まあ、3ー400人クラスの小ホールでの演奏、というのは時々ありますが、今回の浜松アクトホールのように、2300人収容の本格的コンサートホールでの演奏というのは、滅多にないことです。
 

 だから、今回のコンサートでは、“あれだけの大きなホールでの演奏、アガったりしないのですか?”と色々な方に聞かれました。
 自分ではアガる、といった意識はなかったつもりですが、メンバーの楽屋での第一声は“あー緊張した!!”というものでした。
 管楽器のメンバーは、他の(ジャズ以外の)アーティストのサポートなどで、武道館クラスの舞台にも立っている方ばかりでしたから、大ホールには慣れているはずです。それでも彼等に言わせると、自分がソロを吹いているときに、全員の目が一斉に自分だけに向けられるのを感じたりするのは、ジャズ特有のもので、やはり緊張するのだそうです。
 よく考えてみればピアニストの私は、お客様には殆ど背中を向けていて、直接観客と向き合う形ではないですよね。また、ピアノ、ベース、ドラムというのは大体曲をとおして常に演奏しています。でも、管楽器に関しては、他のプレイヤーがソロをとっている間は、休んでいるわけです。ミュージシャンにとって、演奏さえしていれば落ち着いているのに、演奏していない時間は却って緊張する、ということはあり得そうです。
 

 ところで、今回、わたしのグループは割合演奏し慣れた曲を3曲と、新曲2曲を演奏しました。こんな大舞台で、新曲は危険かな、と不安に思っていたのですが、結果としては、新曲の方がうまくいったような気がするのです。
 慣れた曲は、いつもどおりにやればいいさ、という気持ちで演奏していると、普段は絶対間違えないようなところでミス(といっても一般の観客の方にもバレるといった規模のミスではありませんでしたが)が出ます。やはり、ライブハウスで演奏している時とは多少違う意識が働いていたのは、感じました。決して普段の演奏で手を抜いている、という意味ではないのですが、普段は“何となく通っている”ところが、こういうところではうまくいかなかったりします。完璧に仕上がっているという自信がもてないと、大ステージでは通用しないな、と実感しました。
 逆に、新曲は、慣れていない分注意深く演奏するので、大舞台で普段より気が張っているのが、プラスに作用したように思うのです。
 

 今回1曲は、トランペットの松島啓之フューチャーもののバラードでした。バンド全体の更に前、ステージ最前列にセッティングされたソロマイクで彼が全面的にソロをとるわけです。松島氏は“最高に緊張して、足が震えた”と言っていました。彼くらい大ホールの経験を積んでいても、慣れる、ということはないようです。
 でも彼の演奏は普段にも増して大変素晴しいものでした。ステージで緊張するのは悪いことではないのでしょう。一流のプレイヤーは、その緊張感を良い方のテンションに替えて、いつも以上のプレイをするのでしょうね。

 (写真は、6/8ピットインにて。“まるたんぼ”氏撮影、ただし画質を落としています。今後彼によるメンバーの写真も紹介していきます。)

  目次へ

  

奇蹟は起きなかった(98.6.30)

 

 1年以上前から、日本中を大騒ぎさせていたW杯への参加が、先日終わってしまいました。
 “情けない”“最悪”等の声がしきりに聞かれますが、よく考えてみると、3敗というのは、一番高い確率で起り得る、当然の結果に落ち着いたということ。奇蹟は起きなかった、というだけのことでしょう。岡田監督も辞めたければ辞めるのは構わないのですが、こと“奇蹟が起こらなかった”ことに対しては、責任をとる必要は全くないと思うのです。
 

 今回、“勝てるはずの試合に勝てなかった”ということがあちこちで言われています。でも、そう?サッカーには全く素人の私ですが、試合を見ていて、第1・2戦は勿論のこと、ジャマイカ戦でさえ、日本が勝てるはずとは、とても思えなかったのですけれど。
 素人のくせに、と言われてしまいそうですが、私は常々、どんな分野でも、素人の意見というのはかなり的を得ているのではないか、と思っています。
 たとえば、私だったら、評論家の先生に“彼女のプレイはかくかくでしかじかだから、良くない”と論理的に言われるより、ジャズをほとんど知らないリスナーに、“普段ジャズを聴いていないので、理由はわからないけど、何となく面白くない演奏だった”と言われてしまうほうが、余程マズいのではないか、と思うのです。
 

 それにしても、どうして私たちは、自分のことに対しては、甘くなってしまうのでしょうか。マスコミは、たとえば、お隣の韓国については、以前から“強豪国に囲まれた組に入って、今回も1勝もできないだろう”と大変冷静に想定していました。(そして実際そのとおりになったわけですが。)どうして、日本だけが、いきなり強豪国に勝てるかも、などと予想したのでしょう。
 自分の胸に手をあててみれば、やはり同様の甘えがあります。突然本番でいつも以上のプレイができるのではないか。普通だったら絶対間に合わない時間しか残されていない締切に、何とか間に合わせられるんじゃないか。自分にだけは奇蹟が起るのではないか、と。
 

 今回のW杯のように、“奇蹟が起こる”場合を先に期待してしまうのは、やはり良い結果を生まないようです。何事も“自分の実力に見合った、順当な結果しか起らない”と胆に命ずるべきなのでしょう。そういう気持ちで精一杯努力しているところに、何かの拍子に、奇蹟というのが起きるのではないでしょうか。
 奇蹟は、起こすものではなく、起きるもの、なのでしょうね。

    目次へ

  

住民税はこういうところに使って(98.7.11)

 

 先日、“七夕ビッグバンドフェスティバル”という、毎年恒例のフェスティバルに参加させていただきました。
 これは“川崎市民プラザ”というところで、例年七夕時期の日曜日に行われているもの。今年は、10個の社会人ビッグバンドの演奏のあと、お手本演奏ということで“内堀勝ビッグバンド”がトリを勤めました。
 

 “川崎市民プラザ”は、日本庭園や市民プールやセミナールームを併設した、市の巨大文化施設。ステージも大変大きく、屋根が有るだけの半野外状態の客席は、観客が思い思いの好きな場所でステージを楽しめるような作りになっています。入場無料で出入りは自由。当日はビールやらジュースやらおつまみ類の屋台も出ているので、家族でくつろぎながら、ビッグバンドを楽しめる贅沢なものです。
 演奏がビッグバンド、というのは大変良いことだと思います。ジャズファンにとっては、ビッグバンドは特殊な形態のものと思われがちですが、一般の方にとっては、アンサンブル中心で、迫力満点のビッグバンドの方が、とっつき易く、無条件に楽しめると思うからです。
 社会人ビッグバンドは、アマチュアとはいえ、どのバンドも大変高いレベルにあり、例年どんどん向上しているようです。また、メンバーが、忙しい中、仕事や家族を犠牲にして、集まって練習しているだけのことはあって、演奏から“ジャズが好きで好きでたまらない”という気迫と情熱が伝わってくるのには、頭の下がる思いです。
 

 ジャズといえば、マニアだけが聴くもの。子供は連れていきにくい。また、夏のジャズフェスイティバルも目玉は海外の有名アーチストで、高いお金を払って聴きにいくもの。そういったイメージがありがちではないでしょうか。
 このフェスティバルの素晴しいところは、こういったイメージとは裏腹に、プールで泳いだ帰りちょっと家族で寄っていこうか、というとても気軽なノリでジャズを聴いてもらえるところです。
 

 日本では音楽は“わざわざ聴きにいくもの”ですが、こんな日常生活に根差したジャズフェスティバルがもっと増えても良いのではないでしょうか。今回いらしてくださった知人が、“こんなフェスティバルをやってくれるなら多少住民税が高くても納得するんだけど”とおっしゃていましたが、まさに、同感です。

  目次へ