レコーディング裏話その1---そもそもなんでオーケストラなの?(01.8.4)

 

 レコーディングについて書く書くと言いながら、レコーディング関連の雑事の忙しさに紛れて、あっという間に2か月が過ぎてしまいました。先日やっとレコーディングの最終段階である、マスタリングも終えたので、今回の経過について御報告したいと思います。
 

 まず、わたしが一番聞かれるのが、何故16(曲によっては17)人編成のビッグバンドで録音したのか、ということ。“守屋さんのピアノが聴きたいんだから、できればピアノトリオでやってほしかった”などと大変嬉しいことを言って下さる方もいます。
 で、その答えなんですが、わたしは別にビッグバンド形式にこだわっているわけでは全然ないんです。音楽家としては、ピアノソロもトリオもカルテットもオーケストラもそれぞれ同程度にとても大切な演奏形態だと思っています。
 ただ、物事にはタイミングがあります。前回NYで現地のミュージシャンとCDを制作したのも、そういう気持ちからだったのですが、わたしは、やはり、若くて無理のきくうちに大変なことをやっておくに越したことはないと思っています。16人もの第一線ミュージシャンを数日間拘束して、スタジオ録音をする、というのは相当な時間とお金と労力のいることです。やってみようという気があるうちに、やっておかないと、自分の気力的に無理になってしまいます。
 

 タイミングといえば、このオーケストラに参加してくれているメンバーは、みんな30代から40代の一番充実した時期にいます。ほとんどわたしが長年つき合ってきて、お互いの成長の過程もよく知っているミュージシャンばかりです。あまりに素晴らしいプレイヤーばかりで、現在まで一緒にやってくれているからといって、今後もずっと一緒に演奏していけるかどうかはわからないのです。やはり、今ここで現在の状況を記録しておくことは大切なことでしょう。
 あまりにおこがましい言い方かもしれませんが、“今、日本にはこんなに素晴らしいプレイヤーがたくさんいるんだよ!”ということを発信したい、というのも今回の録音の動機のひとつです。
 

 レコーディングの話が出たのは昨年の12月の終わり頃。
 その時は、常に見通しが甘いわたしは、“ビッグバンドのレコーディングって大変そうけど、まあ何とかなるだろう”と思っていました。しかし、実際に動き出してみて、現実がここまで大変だとは思いませんでした。
 

 ビッグバンドとなれば、1曲に16のパートがあるわけで、作曲やアレンジにはとても時間がかかります。それに加えてスケジュールのこと、録音形式のこと、スタジオやプロデューサーとの契約のこと、など音楽とは直接関係ない難題が次々にふりかかってきて、3月頃には、“もうこれはわたしの能力範囲では絶対無理。やっぱりわたしごときに16人も集めてのビッグバンドの録音なんて最初から荷が重すぎ!!”と現実を悟りました。とはいうものの、この時点では、多忙極まるメンバーのスケジュールを全員押さえてしまっていたので、今さら投げ出せない。やるしかない、という状況でした。
 

 こんなに大変だと最初から知っていたら、絶対にオーケストラのレコーディングなどやらなかったでしょう。でも、結果としてレコーディングはできたわけだから、やはり、無理のきくうちに、大変なことから勢いでやってしまう、というのは正解だったのかもしれません。
 

(写真は録音メンバーの全員集合写真。飯島立士氏撮影。)
 

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レコーディング裏話その2---プロデューサーとは(01.8.5)

 

 今日本で一番有名なプロデューサーといえば、つんくかコムロといったところでしょうか。プロデューサーという言葉自体は流行っているようですが、実際何をする人なのかというのは、定義があるようでないですよね。
 

 わたしはピアニストやアレンジャーとしてはそれなりに経験がありますが、いわゆるバンドリーダーとしてはまだまだひよっこです。特にレコーディングというシチュエイションでは、ピアノを弾くのが精一杯で、とても演奏しながら全体のサウンドに気を配るだけの余裕はありません。
 ビッグバンドの録音の場合、たとえば、ブラスセクションは出来が良かったけれど、サックスセクションはやり直したい、などということがよくあります。でも、時間は限られているわけですから、そのテイクをOKとするか、もう一度やり直すか、誰かが的確な判断を瞬時に下さなければいけないわけです。
 そこで、完全に信頼できるリーダー役が必要なわけですが、今回のメンバー全員が納得してついていける人となると、なかなか日本で探すのが難しい。というわけで、今回はドン・シックラー氏を招聘して全体のコンダクトとプロデュースをお願いすることにしました。
 彼は有名なトランペッターであり、アレンジャーなのですが、プロデューサーとしても、ジョー・ヘンダーソンのヴァーブ盤のプロデュースなどでグラミ−賞を複数受賞しています。
 

 彼のやり方で素晴らしいと思うのは、指示の出し方がとても具体的で論理的だということです。例えば、録音でまず1テイクをとってみる。すると、“今度はブラスはここを、サックスはここを、ドラムはここをこういう風に変えて録ってみよう。”という言い方をする。これだと、メンバー全員が自分の演奏のどこを変えれば全体が良くなるのかがわかるので、次に修正すべきポイントが明確になり、集中力をコントロールしやすくなるのです。
 これが、きちんと全体を把握できる人がいない場合、“なーんか雰囲気違うんだけど・・・。とにかくもう一度やってみよう。”という風に問題点が曖昧になってしまう。これだと、それぞれが不安を抱えたまま次のテイクを録音することになってしまい、その繰り返しが疲労感を蓄積させてしまうわけです。
 また、この曲はもう1回やればもっと良いテイクがとれるとか、これ以上やっても良くならないとかいった打ち切りどころの判断も実に的確でスピーディーなので、ミュージシャンも迷いなく自分のプレイに集中できたと思います。この“迷いがない”って最も大切かつ難しいことなんです。
 

 今回は、リハーサルと録音だけでなく、ミキシング、テイクの選択、曲順決めまで、全てドンが立ち合ってくれたお陰で色々なことがスムーズにいったと思います。
 そして、一番良かったことは、彼がわたしの音楽と、このオーケストラの演奏を心から愛してくれているのが伝わってきたこと。彼がメンバーの中で一番といって良いくらい、楽しんでコンダクトをしているので、プレイヤー側も、レコーディング特有の堅苦しさや緊張感は最小限にして演奏に臨めたのではないかと思います。
 

 ドンには、“こんな素晴らしいグループをコンダクトする機会を与えてくれてありがとう”と感謝されました。とにかく、彼には、その優れたプロデュース能力でこのグループの潜在能力を十二分に引き出してもらった気がします。
 

  (写真は譜面打ち合わせ中のドンとわたし。飯島立士氏撮影。)
 

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レコーディング裏話その3---CDの適性時間とは?(01.8.7)

 

 CDって物理的には七十数分まで音が入るそうです。だから、時々裏ジャケットに“Over 70 minuets of music”とか“別テイク3曲入り!”と書いて宣伝しているCDがありますよね。でも、それって本当の意味でのサービスになっているんでしょうか。
 

 わたしは音楽を集中して聴ける時間ってせいぜい50分くらいまでかな、と思っています。(もちろん、ライブのような生演奏は別)その点、四十数分までしか入らない、しかもA面B面に別れているLPの方が理にかなっているような気もします。
 また、別テイクというのも曲者で、マイルスやビル・エバンスなどの未発表テイクが死後どんどん出てきているけれど、録音時点で本人が出さない、と決めたテイクをむやみに復活させるのって、良い面ばかりとはいえないんじゃないんでしょうか。
 もちろん、わたしのようなミュージシャンにとっては、別テイクはとてもありがたい研究材料で、個人的にはとても嬉しいんですけど、純粋に作品として観賞する場合は、却って全体の流れを分断する危険性さえあると思うんです。
 

 という割には、前回のCDも57分台でしたが、あれでも、13曲録音したうち、4曲は、出来は悪くなかったけれど、長くなりすぎないように、と収録しなかったのです。
 今回は10曲録音して、1、2曲捨てるつもりでした。というのも、録音してみると“これはちょっと人前に出すには・・・”といういまいちな曲が出てくる場合があるので、やや余裕をもって多めに録音したのです。
 けれど、実際録音してみると、10曲とも完璧な出来かどうかはともかくとして、CDとして残すにはちょっと、と思ってしまうようほど出来の悪い曲はありませんでした。特に、このグループでは、特定の誰かがソリスト、ということではなく、ほぼ全員がソロをとっています。録音では、平均してひとり1曲しかソロをとっていないということで、どれかの曲をボツにしてしまうと、ある人のソロが全くなくなってしまうのです。
 今回はメンバー全員、ボツにしてしまうには、あまりにも惜しい素晴らしいソロをとってくれましたし、それ以外にも色々な要素を検討して、10曲全部を収録することにしました。時間は63分くらい、とちょっと長目(もっとも最近のジャズのCDの傾向は70分くらいが当たり前という感じなので、最近のものとしては別に長い方ではないんですが)ですが、ぜひおつき合いください。
 

 わたしは夜寝る時にCDをかけて寝ます。寝付きの良い私は、1曲目が終わる前、どころか1曲目のイントロ部分で眠ってしまうので、この“おやすみ用CD”は、毎晩聴いている割に、1曲目の後半以降に何が入っているのか、今だに謎なのです。
 ぜひ、わたしのCDを“おやすみ用CD”にしないでいただきたいと思います。もっとも、ビッグバンドのCDをかけて元気良く寝よう、という人もあまりいないと思いますが。
 

  (写真はスタジオの録音風景。飯島立士氏撮影。)
 

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レコーディング裏話その4---“カバティーナ”を知っていますか(01.8.10)

 

 というわけで、CDは10曲入りなのですが、そのうち7曲がわたしのオリジナルで、3曲が人の曲をアレンジしたものです。
 

 “えー、スタンダードがたった3曲?もっと有名なビッグバンドのスタンダード曲が、聴きたあーーい”という声も聞こえてきそうですが・・・。でも、秋吉敏子だってボブ.ミンツァーだって、マリア・シュナイダーだって、CDはオリジナル曲がほとんどでしょう。大体ねー、ジャズファンは有名なスタンダードさえ入ってりゃ安心して買う、っていう態度が問題。わたしなんて、コンポーザーとして勝負しちゃうんだから、つべこべ言わずに黙ってわたしのオリジナルをお聴き!!ビシッ!(ムチの音)
 ・・・なんていう自信はあるはずもなく。確かにアメリカのビッグバンドはオリジナルの善し悪しで評価されやすい面がありますが、ここは日本だし、既にアレンジャーとしての名声を確立した名手の作品と、わたしの作品を比較しても仕方ありません。
 わたしとしても、正直いえば、半分くらいはスタンダードものでまとめたかったし、スタンダードアレンジもののレパートリーだって結構あるんですけど、なぜかオリジナルの方が仕上がりが良いんですよね。やっぱり作曲から自分でした方が個性を出し易いというか。
 

 結局最終的に、2曲のスタンダードを選曲したんですが、これがエリントンとモンクという、ややキビシ目の路線。なので、もう1曲は思いきって、たとえば映画音楽のような、誰でも知っているやさしい曲にしようと思いました。
 映画音楽といえば、わたしは前々から“ディア・ハンター”のテーマ曲“カバティーナ”が気になっていました。映画自体も素晴らしいですが、ギターで演奏されるテーマがとにかくきれいで印象的な曲で、これをビッグバンドにしてみようと思いたった時は、我ながら良いアイディアだと思いました。
 けれど、譜面を持っていってみると、メンバーの中にはこの曲を知っている人はあまりいないみたいでした。
 ドンは、“これって日本の民謡?”とか言っているし、ミキサーのジム・アンダーソンにいたっては、ペンシルバニア(この映画の舞台となる土地)出身にもかかわらず、この曲を知らなかったそうです。
 

 超有名曲をサービス選曲したつもりだったのに、ちっともサービスになっていなかったということでしょうか。
 ところで、不思議なのは、この曲を知らないと言った人も、ほとんど映画は見ていたという事実です。“ディア・ハンター”はアカデミ−賞を何部門も制覇した、70年代を代表する名画のひとつですものね。あの映画を見たら、このテーマ曲は忘れようがないはず、と思うんですが。
 

  (写真は真剣にコンダクトしているドンと横でチャチャを入れているわたし。ドンがみんなをまとめてくれているのを良いことに、完全にリラックス・モードに入っているのがわかる。誰のレコーディングなんだ。飯島立士氏撮影。)
 

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