山野の思い出(03.8.30)

 

 今年も“山野ビッグバンドコンテスト”の審査員を勤めさせていただいた。どの学校もとにかく素晴らしくて、それぞれの演奏について書きたいことはたくさんあるのだが、立場上、細かいコメントができないので、ここではわたしがはじめて“山野ビッグバンドコンテスト”に触れた(1年生だったので出演はしていない)時の思い出について書いてみたいと思う。
 今年の演奏については、“スイングジャーナル10月号(9月半ば発売)”に詳細な講評を書いたので、そちらを御参照ください。
 

 わたしが1年生の時、はじめて国立音大が山野に出演した。山野に音楽大学が出演するのは始めてのことで、“一体どんな演奏をするんだろう”と、みんな興味津々、優勝を狙っている早稲田ハイソサエティー・オーケストラの先輩たちなどは戦々兢々だった。
 で、その演奏を聴き終って、そのあまりの素晴らしさに先輩たちは顔が真っ青だった。わたしはまだ1年生でジャズのことなど全くわかっていなかったが、それでも“この演奏は他の学校とは何かが本質的に違う・・・”と思わざるを得なかった。そして、国立は当然のごとく、初出場でいきなり優勝し、今は審査員でもある、あの本田雅人(AS)氏が最優秀ソリスト賞をとったのであった。
 

 当時のわたしの知識では具体的にわからなかったが、今ならはっきり、国立音大だけ何が違っていたのかがわかる。要するに“楽器がうまい”のである。
 もちろん、楽器の技術があることが即音楽性の全てにつながるわけではないし、国立音大のバンドにも時代によって波はあるから、国立音大がその後、常に3位以内に入ってくる、というわけではない。しかし、いつ聴いてもこの学校の人たちは“楽器がうまい”。そして、それはスタート時点で、他校よりかなり先にいっているということで、凄く有利なことだなあ、と毎年羨ましく思う。
 

 さて、この年、もうひとつの話題は大阪大学の初参加であった。当時は、今ほど地方の学校が多数参加していなかったのである。阪大の演奏は、内容も素晴らしかったが、そのパフォーマンスには度胆を抜かれた。最後の最後、全員で一番盛り上がるテュッティー部分で、トロンボーンとトランペット全員のベルから万国旗が出てきたのである。コンテストで振り付け付きで演奏、というのもこの学校で始めてみた。
 

 それ以来、阪大は、たとえ、2分音符が160以上の超速超絶技巧のサックスソリでも、8小節程度の休みがあれば、必ず何らかの“芸”を出す。他の学校が目を三角にして必死になる場面で、何でそんな余裕があるのだろうか。これは当時のわたしには非常に疑問だったが、今考えれば答えは簡単、“関西人だから”。どんなにシビアな演奏中でも、隙あらばウケを狙う、というのは他の関西方面の大学にも共通の特徴である。
 今年も阪大は、ピアノソロのところで、トランペットセクションが、シンクロナイズドスイミングの芸を出していたが(想像できます?)、そんなことをして、ピアニストに失礼とは思わないのだろうか!?と思う時点で、わたしはもう典型的関東人なのであろう。
 

 ところで、“国立音大のように、音楽が専門の学校が、一般大学と同じ立場で山野に出て良いのか?”という議論は当時も今も少なからずある。それに対して必ず出てくる、“でも箱根駅伝に日体大出場してるし。”という意見は的を得ているようないないような、ビミョーなものがありますね。
 

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2004年、年始特集。ジャズピアノを始めるには?(04.1.8)

 

 こういうHPを持っていると、“ジャズピアノを始めてみたいのですが、どうしたら良いですか”という質問メイルを知らない方からいただくことがとても多いのです。ジャズに興味をもつ方が増えているのは大変嬉しいことで、ぜひお答えしたいのですが、非常に漠然とした質問で、答え出すとかなり長くなるため、新年にあたって、ここでわたしなりに“ジャズピアノへの第一歩”についてまとめてみたいと思います。
 以下に書くことは、わたしが多くの方にジャズを教えている過程で常々考えていることです。ピアノに限らず、全ての楽器に通じることだと思いますので、御興味のある方は参考になさってください。質問などは掲示板やメイルにて受け付けます。
 

1.ジャズピアノを始めたいと思うきっかけには大きく分けて2種類あるようです。
 

 ひとつは、子供の頃からピアノに親しんできたが、大人になって今更クラシックでもないので、ジャズピアノを始めてみたいと思う方。ふたつめは、ピアノは殆ど弾いたことがないけど、ジャズが大好きで、聴いているだけでは飽き足らず、自分でも弾いてみたくなったという方。
 

 わたしは色々な場所でピアノを教えていますが、わたしのところに習いに来る方の90%以上が前者です。“お稽古事としてピアノを子供の頃から習ってきた”という人口は、特に日本の女性ではとても多いようです。それに比べて、“ジャズが大好きで子供の頃から聴いてきた”という人口は少ないようですね。ふたつめのグループの方はとても珍しいですが、男性や、やや年配の方に見受けられることが多いです。
 

 前者のグループと後者のグループでは教え方がまるで違ってきます。前者のグループの方は楽器は弾けるけれど、弾くべきイメージが頭にないので、そのイメージの部分を教えることになります。後者のグループの方は弾くべきイメージはあるのだけれど、それが具体化できないわけで、具体化のための楽器のテクニックの方を中心に教えることになります。
 

2.ジャズピアノとクラシックピアノの一番大きな違いは何だと思いますか。
 

 “リズム”と“使う音”という答えが普通だと思います。確かにクラシックとジャズではこの2要素は違います。しかし、実はこの2点については、一般に思われている程本質的な差はなく、ジャズは極めれば極める程、非常にクラシックに接近していくのではないかと思います。
 

 わたしは“ジャズとクラシックの差異”は少なくともピアノに関しては、“ソロかアンサンブルか”の違いが大きいと思っています。もちろんクラシックピアノにもアンサンブルものはたくさんあるし、ジャズにもソロピアノというジャンルがありますが、基本的にクラシックピアノはソロを基本とするものであり、ジャズはベースやドラム、管楽器やボーカルなど、他楽器とのアンサンブルが主体となるものだと思っています。
 

 ということは、ジャズを始めるにあたって、まず、“仲間を見つける”ということが一番の早道だということです。多くの大学には“ジャズ研究会”のようなサークルがあって、大抵は、他大学の学生や学生以外の人も受け付けています。地域的つながりによるジャズファンの集いのようなものも結構ありますし、ジャズ雑誌にも“仲間募集”記事が掲載されています。
 

3.ジャズは独学できますか。
 

 独学は可能ですが、上記に書いたように、アンサンブル音楽である以上、仲間を見つけて一緒にやっていった方が上達が早いのは事実だと思います。なかなか最初から仲間が見つけられない場合は、ジャズ・スクールに習いにいくのも良いと思います。そこでジャズ仲間に出会える可能性も高いですし。
 

 “ジャズ・ライフ”というジャズ雑誌の広告ページにはほとんどのジャズ・スクールの広告が出ています。初心者向けの気軽に行けるところから、プロを目指す人のための高額で高度な学校まで種々ありますが、今はどこの学校もお試しレッスンのようなものを設けていますので、じっくり選ぶことができると思います。
 また、大抵のジャズ・ミュージシャンは教える仕事をしているので、好きなピアニストがいたら、その方のライブに行って直接レッスンを受けられるか聞いてみるのも良い方法だと思います。ジャズはクラシックのように、確立された教育法やメソッドというのがまだないので、先生によって相当教え方が異なることは事実です。
 

4.良いジャズ・テキストはありますか。
 

 わたしがジャズを始めた頃は、ジャズについて書かれた良い本というのがほとんどなく、わたし自身は、テキストのようなものを使って勉強していません。
 しかし、最近はさすがにジャズも研究されてきて、興味を持つ方も多いためか、良い本も増えて来ていますね。ジャズ教育に関しては一日の長があるアメリカの各種教則本も、日本語に訳したものが次々輸入されています。一流のプレイヤーが演奏するマイナス・ワンCDなども種類が豊富になってきました。
 銀座の山野楽器の楽譜売り場など、大きなところにはほとんどの本が置いてありますので、手にとって色々調べてみてください。インターネット経由でも手に入り易くなりました。
 

5.誰でもアドリブができるようになりますか。
 

 アドリブ(即興演奏)って凄いですよね。特別な才能の持ち主だけがあんな凄いことができるんだろう、というイメージが一般的だと思いますし、わたしもはじめてジャズを聴いた頃はそう思っていました。
 しかし、最近わたしは“正しい方法で学べば、誰でも最低限のアドリブはできるようになる”と考えています。何をもって“アドリブができるようになった”と定義するかは難しいところですが。
 

 ただし、それが3ヶ月でできてしまう方と、数年以上かかる方とがいるのは事実です。また、何事もそうだと思いますが、楽器は少しずつだんだんうまくなるものではなく、ある日突然できるようになるものなので、こちらから見ると、“もうちょっとでアドリブができるようになるのになあ”というところで諦めて辞めてしまう方が多いのは残念なことです。
 

6.ジャズ理論って難しくてなかなかわからないのですが、理論も知っている必要がありますか。
 

 理論を完璧に知っていても、全くアドリブも作曲もできない、ということは十分あり得ます。逆に理論はほとんど知らないのに、アドリブも作曲もできる人もいます。ジャズを演奏するにあたって、理論は必要条件の一種ですが、十分条件ではないのです。
 まあ、とりあえず、初心者のうちは、理論は知っているに越したことはない、というものだと思います。ただし、ジャズを始めるにあたって、コードの知識だけは持っていないと話になりません。難しいテンションなどはともかく、最低限のコードに関する知識は絶対に必要です。この程度のことは簡単に独学できます。
 

7.コピー集はどう使えば良いのですか。
 

 最近は、たとえばビル・エバンスやチック・コリアなど、偉大のピアニストの演奏をそのまま譜面におこしたものが出版されています。
 しかし、コピー集も誰かが耳でとったものなので、間違いはあるし、それをそのまま弾いてもあまり役に立たない様な気がします。やはり苦労して自分の耳でとったものしか本当には身につかないのではないでしょうか。なぜなら、ジャズはもともと譜面で(目で)弾くものではなく、耳が頼りのものだからです。
 コピー集は有名なピアニストの奏法上の特徴が知りたい時など、理論的な分析には役に立つと思います。その際、必ずCDと合わせて、よく音を聴きながら使うようにしましょう。
 

8.コピーばかりしていると、自分独自の個性がなくなるのであまりしない方が良い、という説もありますが。
 

 確かに非常に高いレベルでその可能性はなくはないかもしれません。
 しかし、残念ながらわたしたち日本人の身体の中にはジャズの“4ビート”という感覚がもともと備わっているわけではありません。(赤ちゃんの頃からジャズに親しんでいる特殊な環境の人は除く)
 だから、まず、偉大な人の真似、コピーから始める以外、ジャズの修得方法はないと思います。それに、たとえば、オスカー・ピーターソンを死にものぐるいでコピーしてそっくり真似しても、到底オスカー・ピーターソンの演奏にはなりようもなく(あんなテクニックと手の大きさを持った人ってまずいないし)、“その人の個性たっぷりのピーターソン”になると思うので、心配は全くいらないと思います。
 

9.ある程度の年になってからでもジャズピアノを始められますか。
 

 確かに、楽器は早くから始めた方が上達が早いのは事実です。
 しかし、ジャズは“技術レベルが全て”というジャンルの音楽ではないので、その気になれば、いくつからでも始められます。誰でもその人にとって“今”が一番若いわけですから、思い立った時に思いきって始めた方が良いのではないかと思います。少なくとも、弾いていて自分が楽しめる(実はこれがとっても難しいことなのですが)演奏はいくつから始めても、やる気さえあれば十分可能だと思います。
 

10.逆にいくつからジャズを始められますか。
 

 今まで、日本ではジャズはサークル活動などを通して大学から、始める人が多かったと思います。
 しかし、最近は中学・高校でもジャズ・ビッグバンドに取り組む学校が少しずつ増えて来ました。こどもというのは、指導者の言うことを全く疑わずにそのまま受け取ります。だから、正しく指導すると、本当にびっくりするほど早く上達します。耳も感性も柔軟なので“ジャズとは何ぞや”“4ビートとは”“テンションとは”などという先入観を持たずに、それこそ普段聴いているJ-POPと同次元のノリでジャズを捕らえることができるからです。大学からジャズを始めたわたしにとっては羨ましい限りです。
 先程ジャズはいくつになっても始められると書きましたが、わたしの経験によると、自我が確立する18才より前にジャズに触れるのと、その後から触れるのにはやはり違いがあります。わたしはここ数年、自治体関係の依頼で10-18才のこどもたちにビッグバンドを教えていますが、今後この分野についてはますます力を入れていくつもりでいます。
 

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2004年、年始特集その2。ジャズ・アレンジとは?(04.1.14)

 

 先日のエトセトラにも関連することですが、“ジャズピアノを始めるには”という質問とともに、常々多くの方からいただくのが“アレンジはどうやって勉強したら良いですか”という質問です。ジャズピアノを教えるのも難しいですが、アレンジを教えるのはもっと難しいですねー。次にアレンジに関してわたしが日頃考えていることを書いてみたいと思います。
 

11.そもそもアレンジの定義とは何でしょう。
 

 “理論(Theory)”と“編曲(Arrange)”と“作曲(Composition)”と“即興演奏(Improvisation)”。これら4つは似ているようで、非なるものです。
 なぜこんな当たり前のことから書き始めるかというと、大抵の音楽は以上の“理論・編曲”と“作曲”と“演奏”の3つの分野をそれぞれの専門科が担当することが多いからです。ポップスでは、作曲・演奏を同じ人が行うことはよくありますが、それでも編曲者は別にいることが多いものです。
 

 それに比べて、ジャズは上記の要素をひとりのミュージシャンが行うことが多いため、これらの分野の区分けが曖昧になっていると思います。どの分野もそれぞれ他の分野の要素を含んでいますが、他と違う要素も含んでいます。特に、理論と編曲は混同されがちだと思いますが、編曲は理論の応用・実践編であり、やはり区別して考えた方が良いと思います。編曲するにはある程度理論が必要ですが、理論を完璧に知っていれば、編曲ができるというものではない、という関係です。
 同様に、編曲ができたからといって作曲ができるというものでもないし、作曲ができれば即興演奏ができるというものでももちろんありません。
 

12.良いアレンジのテキストはありますか。
 

 アレンジに関しては、わたしは北川祐著“実用ジャズ講座2/アレンジ編”という本で勉強しました。大変素晴らしい著作で、今わたしが大学で教えている理論の講座もこれをベースにして教えています。しかし、残念なことに、現在廃刊で、北川さんの手許にももうないそうです。内容が高度なため、そこまで必要な人が少なく、当時としては、需要が少なかったのでしょう。
 理論書では日本でも最近わかりやすい本がたくさん出ていますが、アレンジについてわかりやすく書いてある本は少ないので残念です。しかし、最近では、アメリカの名アレンジャーの著作を直訳したものの中に、とても良いものがありますので、参考にしてください。
 

13.アレンジは独学できますか。
 

 “理論”は確実に独学できます。そのための良いテキストも揃っています
 しかし、“アレンジ”はどうでしょう。前にも書きましたが、ジャズの一番の特徴は、“アンサンブルを前提とする”ということです。やはり、演奏されて始めて、完成するのがジャズ・アレンジなのではないでしょうか。
 

 “アレンジ”のセンスとは結局バランス感覚に負うところが大きいと思います。各種楽器の音色・音域・音数等の組み合わせ、構成感などの微妙なバランスは、実際に音に出してみないとわからないところが、たくさんあります。また、ミュージシャンの力量によってアレンジが生きたり死んだりしますが、“演奏者を想定して書く”こともアレンジの大切な要素なのです。
 

 ジャズでは、演奏もアレンジもある程度までは十分独学できますが、あるレベル以上になると独学が難しくなるというのがわたしの考えです。アレンジを勉強するには演奏の時と同様、“自分の音楽を演奏してくれる親しい音楽仲間をなるべくたくさん作る”のが早道なのです。
 

14.理論を知らなくても、アレンジはできますか。
 

 意外なことに答えはYESです。わたしがかつてカーラ・ブレイにインタビューした時に、非常に印象深く感じた彼女の言葉を引用しましょう。
 

 “わたしは、誰かに作曲や編曲を習ったことはないし、音楽学校に行ったことがないどころか、普通の学校でさえ15才でドロップアウトしているの。
 だからわたしは何も知らないのだけど、知識がないって素晴しいことよ。それは自分の中にビッグ・スペースがあるということで、自分がやりたいように出来る、ってことなのよ。‘これは正しくて、これは間違っている’なんて余計な知識に脅かされることなくね。”
 

   ・・・どうです。素晴らしいでしょう!ただし、彼女は父親もミュージシャンでこどもの頃から教会でオルガンを弾いていた環境にあったそうです。1晩でポール・ブレイのLP1枚分の作曲をしてしまったこともあるそうですし、そういう天才の言うことを、一般論にあてはめて考えるのは大いに危険でしょう。
 

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