「13階段」

 高野和明

 講談社

  今年の江戸川乱歩賞受賞作です。
 タイトルの「13階段」というのは,もちろん死刑台への階段の比喩ですが,日本では実際に死刑台への階段が13階段であったことはないそうです。  しかし,実際に処刑を行うときに必要な手続きは13あるのだそうですが−

 物語のあらすじはこんなぐあいです。
 主人公は松山刑務所の中年の刑務官とその刑務所にいた元受刑者の若者。 刑務官は今の仕事に疑問を抱いて転職を図ろうとしており,そして元受刑 者は傷害致死で入獄したものの,仮出獄が認められて故郷へ帰ろうとして います。その元受刑者の人柄に目をつけて,刑務官が自分が今誘われてい る仕事へ彼を誘います。仕事の内容は,ある死刑囚の冤罪をはらすこと。 その死刑囚は千葉県内でおきた強盗殺人事件の容疑者であったのですが, 捕まる直前にバイクで交通事故を起こしており,そのショックにより事件 当時の記憶を失っています。つまり,この容疑者はこの殺人事件の容疑に 対して何も反論することができないのです。
 しかし不思議なことがありました。この仕事は,とある弁護士を通じた 匿名の依頼者より行われているのですが,その報酬は二千万円とかなりの 高額なのです。
 しかしその報酬があれば二人の今後の生活が保障されます。そこで二人 はこの依頼を受け,捜査を開始します。ところが,その殺人事件が起きた 場所というのは,その元受刑者が昔,一度だけ彼女とふたりで家出をして, 補導されたところであったのです。さらにそこは,元受刑者が起こした傷 害致死事件の被害者の出身地でもあったのです。
 そして,二人が捜査を続けていくうちに,意外な事実が−

 とりあえずまだネタバレはなしということで(^_^;)。それはともかく。
 この物語でまず読ませるのは,刑務官の苦悩です。とくに死刑を執行す る立場,つまり,仕事として人を殺さなければならない人間としての苦悩 がよく描かれています。
 ただ,こうは思うのです。死刑制度に対する反対の根拠のひとつとして, 死刑執行人の苦悩を上げる場合があります。が,やはりそれは間違いでは ないかと思うのです。確かに人を殺すことを職業としなければならないと いうのは想像できないことです。そこにはこの物語にあるように計り知れ ない苦悩というものがあるでしょう。そしてそれは死刑という制度が存続 する限り,誰かが必ず負わなければならないものです。−しかし,だから といってそれで死刑を取りやめなければならないのかというと,やはりそ れは違うように思うのです。
 おそらく作者もそこらへんは理解しているようで,刑務官の苦悩は描く ものの,それがそのまま死刑反対に結びついているかというとそうではな いようです。

 ここで私自身ちょっと気になっているのは,この死刑執行人の苦悩とい うのは,外国ではどうなのかなということです。例えばアメリカや中国と いった国ではどうなんでしょうか。自分が正義の側に立っており,そして この処刑はその正義を実現するために必要なものであると考えたときに, それらの国々の処刑人はどう考えるのか。  例えばオクラホマ州の爆破事件の犯人だったティモシー・マクベイ死刑 囚の処刑を考えると,このような苦悩というのは日本独自のものなのかと 考えたりするのですが。
 また,死刑の執行は,実際に死刑を執行する人間だけでなく,それを命 令する立場の人間にとっても,やはり同じ苦悩はあるようです。
 この物語でも取り上げられていますが,歴代の法務大臣のなかで,自ら の宗教(確か浄土真宗だった)を理由に,死刑の命令書にサインをしなか った大臣という人もいました。
 しかし,それは,この物語のなかでも触れられていますが,やはり法律 の要請するところに違反しているのです。
 苦悩は確かにあるでしょう。しかし,それはそれとして死刑制度そのも のの存続とは別に考えなければならないことではないかと思うのです。  それはおそらくこの社会を構成する人間ひとりひとりが考えなければな らない問題なのだと思います。この物語はそのことを啓蒙するものではあ るといえるのではないでしょうか。
 そして,もうひとつ重要なことがあります。それは,刑罰というものそれ自体のことです。刑罰とはどのようなものであるべきなのか。それは犯 罪というものに対しての応報であるべきなのか,それとも二度と犯罪を犯 さないようにする教育であるべきなのか。それらの間でとまどう刑務官の 苦悩というものが伝わってくるものとなっています。
 俗にこういうことがいわれています。それは,刑務所というものは,小 悪人を極悪人に変えてしまうところだ,というものです。  現在の刑罰は,ほんとうにそれぞれの犯した罪に対して正しいものとい えるのかどうか,そして,犯した罪に対しての応報を旨とすべきなのか, それとも,そのような罪を二度と犯さないような教育を旨とすべきなのか。 過去これは刑法論者間で激論が交わされたと聞きますが,これは刑法を取 り扱う者だけが考えるものではなく,社会を構成する人々みんなが考えな ければならないことなのではないか,と思えます。
 ただ,このような問題はひとり日本だけの問題ではなく,世界中どの国 であってもやはり起きている問題なのではないかとも思えます。
 そして,この物語の中でいくつも触れられている法律とその執行の矛盾 点−例えば,重大な犯罪をいくつも犯した人間ほど,死刑になる期間が延 び,その逆な方がかえって早く死刑されていまいやすい,など−も,一人 日本だけの問題ではないのではないか,と私は考えますが,どうでしょう か。  てなところで,物語そのものの感想ですが。
 まあ,改めてみてみるとアラはそれなりにあったりはします。登場人物 がやはり偏っていること−例えば,依頼のあった事件の被害者が保護司だ ったりとか−,二人の捜査に協力する検察官がちょっと「いい人」過ぎた りとか(^_^;),ネタバレになるので詳しくは書きませんが,真犯人の造形 も,ううむちょっといまいち無理がないかな,とか(^_^;)。
 しかし,それらはあまり大きな瑕疵とはいえません。全体的に良くでき ている物語であると思います。

 去年の乱歩賞受賞作よりはこちらのほうがだいぶ上ではないかなという のがとりあえずの私の感想です。