私がむーみんを描く訳。


そもそも私は「ムーミンってカバだろ?」と思っていたくらい ムーミンに関しては無関心だった。かなり昔にアニメでやっていた時も 別によく観ていたという記憶も無ければ、原作本を読んだ事もいまだに無い・・。

「Y」という奴が非常にムーミンが好きで、ちょっと描いてみせると 非常に喜んだ。(なにしろフィンランドのムーミンワールドまで行くような奴) 喜ばれればなんだかこっちも気持ちがいいので また描いてみせる。そんな繰り返し。もちろん当時はまだパソコンを持っておらず、ただ 紙にちょろちょろっと描く程度のものだった。

最初の頃に私が描いたムーミンには、ちゃんと白目と黒目があって、当時 リメイクされたアニメのムーミンに似せて描こうという意識があったものの・・・ いつの頃だか「目を点で描く」ようになってからかなり独特になっていった。

かなり独特になっていっても、それでも喜ぶY。 もはや原作のムーミンとは遠くかけ離れたムーミン。 羽が生えて飛ぶわ、五平餅やとろろご飯は食うわ、着ぐるみはきるわで、 児童文学としてムーミンが好きな人には少々不愉快だと思われるかもしれない。 実際、一度だけそういったメールを頂いた事もあった。

以前は本物のムーミンを「ムーミン」、私の描いたモノを「むうみん」と 漠然と区別して表記していたが、それを解った人は居ないだろう・・。 それでは解りにくいのと、山桂氏が単純に「むうみんらしきもの」を略した「むうらし」というのを ぽろっと書いたのが気に入ったので、現在はそう表記して区別している。


私の描くムーミンはY以外の知り合い全員にはあまりにも不評だった。・・いや不評というより 完全に皆呆れていた。何を馬鹿みたいなのを描いてるのん、といった感じの事を遠回しに 言われた事もあった。私の絵に関する自信はすでに崩壊しており、 人間性をも評価される由も無い私にしてみればそれが当然だと思わずにはいられなかった。

とはいうものの、これらの絵は人からそこまで馬鹿にされてしまうモノなんだろうかと 心の隅で疑問に思っていたのも事実。 1996年ネットミーティングというのにはまった。ネット上で複数の人間とチャットができ なおかつホワイトボードで絵をリアルタイムで描き、見る事ができるものだった。

そこで何人かで描いて遊んでる時に、たまたまそこにムーミンが好きだという方が居て、 だったらとその独特なムーミンなんぞも描いてみた事があり、意外にも割と喜んで貰えた。 喜んでもらえたのに気を良くして、ほとんど思いつきで私はこのHPを作った・・。



さて。
当初は一万アクセスぐらい行けばいいなと思っていたこのページ、開設から二年後の1998年9月30日に なんとか一万アクセスに達し、その二年後の2000年8月18日に5万アクセス、 2002年2月18日には10万アクセスと、 私自身は宣伝というものを全くせず、一応と思って登録したYahooとプロバイダDTIの会員のページに紹介文を書いただけで、 意外と回ったものだと思うカウンタ。もっともちゃんと絵を見て行った人がどれくらい居たかは謎だが。 今はどうもYahooに登録というのも簡単じゃないようだ、昔はわりとすんなり登録できたんだが。

カウンタが恐ろしく回ったのは一時期山桂氏のページのトップにリンクが張られていたのが理由のほとんど全てであり、 なんでこんな絵のページにこんなに人が見に来てんのという雰囲気丸出しの人などには これを言うと納得してもらえたりする。まあそんなものだろう。。

その当時は相互リンクは礼儀みたいな雰囲気があったので、開設した当時はリンクをしてくれれば すべて相互リンクにしようと決めていたし実際にしていたのだが、ある程度ここのカウンタが回り始めた時期がとにかく酷かった。 「むうらし」には実は全く興味は無く、宣伝のため、相互リンクしてもらうためだけ、としか思えないリンクを張る人も居て随分困った。 今はもう相互リンクはしていない。頼まれてもしない。もう今現在ではたいした意味もないしね。 掲示板にはほぼ毎日書き込みがあるという異常な事態だった。今じゃ考えられないが。

開設した当時の漠然とした目標みたいなものは、僅かでも口コミで見に来てくれた方が居たことで達成できたように思う。 いや、一応続ける気ではいるが、以前も現在も更新はずっと同じ、思いつきでやってゆきたいと思っている。


さて、実は今現在は件のYという人物とも疎遠になってしまい、今むうらしを描く意味は完全に失われている。 実際に描く機会もなくなり、全く描いていない状態。ただ書き溜めたスケッチブックだけは残っているので、 追々何とかしようと思う。ただまあ、リアクションの無いままこういう絵を描き続けるのはかなりしんどいかもしれない。





もどりましょ