インターネット時代の「知的生産の技術」

[2004-11-29]

知的生産の技術

紀田順一郎さんによれば、江戸時代は和紙を細長い短冊にしてメモを書き、付箋や栞として使っていた。栞の元祖は木の枝で、最初に日本で実行したのは菅原道真ということらしい。記憶と連携した、いわば索引カードの役割を果たしていた。( 「情報カード」応用のA ・B ・C、「学問の本質は引用にある」- カードの役割と意味-) このように何時の時代にも人間は情報や知識を取り扱うために工夫をしてきたということになる。「知的生産の技術」( 梅棹1969) においてはB6 カードが情報の記録・整理に用いられた。今から30-40 年前のことで、まだパーソナルコンピュータやインターネットは存在しなかった。情報量の増大によって整理学の必要性を日本で最初に説いたのは、1963年に出版された加藤秀俊さんの「整理学」である。1965年には「図書」に梅棹忠夫さんの「知的生産の技術」の連載が始まり、1969年に岩波新書に「知的生産の技術」としてまとめられる。この本は40年近くも版を重ねて、各種の個人的情報処理ノウハウ書にバイブルとして引用されている。「知的生産の技術」は用語として定着し、情報処理関連の一つのカテゴリーとして確立したのである。

知的生産の強力な道具としてのコンピュータ

1988年の梅棹忠夫編「私の知的生産の技術」には、ご自身が『「知的生産の技術」その後』を前書きのような形で書かれている。「知的生産の技術」(1969)から約20年後、コピー機械の発達と、ワープロ、パソコンの出現について述べられているが、単に肯定的なものではない。コピー機械については「情報の共有ができるようになり、消滅・散逸をふせぐ強力な手段ができた」と肯定的である。ワープロについては日本語を機械にのせたことを評価しているが、知的生産の技術における役わりについては疑問を呈している。コンピューターに関しては、「コンピューターそのものがよりいっそう人間的なものになることによって、知的生産の強力な道具となることを確信しているのであるが、現状はまだその域に達していない。」とされている。特にカードとの関連において、「情報蓄積に対しては、データベースの作成も容易で、コンピューターとのつながりもきわめて自然であるが、発想定着のためのデータベースはまだ洗練されているとはいえない。それはコンピューターに入りにくい部分である。・・・それを定着するためには、やはり手帳かカードが必要である。」

カード型データベース

「知的生産の技術」においては道具としてB6 カードと分かち書きによるカナタイプライターの使用が提案された。これはワードプロセッサーになり、パーソナルコンピューター上のカード型データベースに変貌していく。1997年に出版された中野不二男さんの『メモの技術- パソコンで「知的生産」- 』に梅棹忠夫さんは「パソコン版京大型カードのすすめ」を寄せている。「知識や情報を規格化し、ちいさな単位にしたうえで記入する京大型カードは、コンピュータの処理システムそのものである。原理的にはまったくおなじなのだ。その意味ではハイパーカードといってよい。」カード型データベースは京大式カードをPCに移植したようなものである。データベースの問題点は、データベースのインターフェースを通してしか、データにアクセスできないことである。最近は、データベースに蓄積されたデータを自在に取り扱ったり、自在にデータを格納したりする仕組みが欲しいと感じることが多い。

発想定着型データベース

さて、Webの情報やデスクトップに置かれた情報を有機的に結びつけるための仕組みとして適したものは何だろう。梅棹先生は、発想定着型データベースをPC上に構築することを求めておられるように思える。1990年代に起こったインターネットの大衆化は人間が生産する情報量の急激な増大をもたらし、年々その伸びは飛躍的なものである。新しい技術の出現に応じて、知的生産の技術も変貌を遂げてきているのであるが、インターネット時代に対応した知的生産の技術はどうあるべきであろうか。テキスト処理の技術を知的生産の技術に適用するとどのようになるか考えてみるのは大変有意義である。また、インターネットの情報を知的生産に活用するという視点からも考えてみたいと考えている。パーソナルコンピュータとインターネットを120%活用することによって、新しい知的生産の技術を見出すことができるかもしれない。「実践実用Perl」の第7章ではその枠組みとして、スケジュールや備忘録としてのメモに加えて、Webブラウザ上で取り扱う情報に「メモ」を付与することができる「メモる」システムを構築した。これを小さな一歩として、発想定着型データベースとしてさらに発展させていきたい。

記憶と想起の回路

インターネットとパーソナル・コンピュータが一般に普及して、世界がWebを通して一つになろうとしている。言語の壁はあるが、それを乗り越えさえすれば、世界の人々の活動の成果の多くをデスクトップから享受することができる。発信されるニュース、数多くの文献やソフトウェアを元に、自ら新たな情報を生み出して発信することが可能になっている。この世界の豊穣な果実を食するためには、Web とデスクトップを融合する仕組みを作り、Web とデスクトップに記憶の回路を張り巡らせる必要がある。これを実現するためのキーとなる発明はハイパーテキストと正規表現によるパターンマッチングである。ハイパーテキストは記憶と想起を補強するための最高のアイデアであり、正規表現によるパターンマッチングは記憶と想起の回路を紡ぎだす触媒のような役割を果たすのである。