我々の認識の一切の可能的対象の総括は、いわば『見せかけの』地平圏をもつような一つの平らかな表面になぞらえることができる。そしてかかる地平圏はこの表面の全範囲を包括していて、さきに無条件的全体性の理性概念と名づけたところのものに相当する。

この無条件的全体性という理念に、経験的に達することは不可能である。またこの理性概念をなんらかの原理に従ってア・プリオリに規定しようと試みたが、かかる試みはすべて失敗に終わった。しかし我々の純粋理性の一切の問題は、この地平線の外にあるもの、或いは少なくともその限界線上にあるものに関係しているのである。

高名なデヴィッド・ヒュームは、人間理性のかかる地理学者の一人であった。彼はこれらの諸問題を、理性の地平圏のそとへ追い出すことによって一切の問題を解決し得たと考えた、しかし彼はこの地平圏そのものを規定することができなかった。

(I.カント 「純粋理性批判」 岩波書店・下巻58p)