迷宮入り初めて物語


シ|シャーロックホームズ伯爵令嬢誘拐事件
Holmes' s the kidnap case of the count lady

TOWACHIKI
FAMILY COMPUTER
1986

ジャンル| アクションアドベンチャー
目的| 誘拐された伯爵令嬢の発見



窓の格子の向こうは霧につつまれ、何も見えない、そうここは霧のロンドン、ベーカー街。ロッキングチェアに揺られながらパイプをふかすホームズが住むところ。

シャーロックホームズは、コナンドイルが1887年に「緋色の研究」でデビューさせた英国紳士私立探偵である。コカイン、ニコチン中毒でもある。シャーロックホームズの研究家、シャーロッキアンによると、1854年1月6日が彼がこの世に生を受けた日だという。

そして1986年クリスマス商戦を目前に、優に百年の時を超え、このイギリスから遥か西に位置する日本で、ファミコンの中の人工言語空間に突如蘇った。

当時のファミコンのアドベンチャーゲームの状況は夜明けを迎えてはいなかった。83年から86年までにリリースされた数は、アクションジャンルの107本と比較して、85年11月のポートピア連続殺人事件をかわきりに8本(そのうえ、うち一本は個性豊かな謎の数々により様々な議論を巻き起こしたたけしの挑戦状)を数えるにとどまっていた。そしてそのアドベンチャーでも、推理小説ファンの好みに合いそうなものはさらに限られていた。推理小説ファンはファミコンというプラットフォームの中では飢餓状態に置かれていた。

太平洋を挟んでカリフォルニアと向かい合う、やわらかな日差しの中の静岡県にある少年がいた。小学3年生の時に、友人とどっちが先にホームズシリーズを読破するかという意義深い戦いに勝利を収めた(相手が先に飽きたとも言う)その少年は、その状況を苦々しく思っていた。なぜ、アドベンチャーゲームがでないのだ、メジャーなホームズくらいあってもいいじゃないか。ぼくは、推理力を試したいのだ。そんな彼がこのシャーロックホームズ伯爵令嬢殺人事件の購入に踏み切ってしまったことは、ある意味で歴史の必然であったと言えよう。

伯爵令嬢誘拐事件はホームズの全集(聖典)の中には調べてみた範囲ではそのタイトルを発見できず、おそらくオリジナルであろう、ともかく少年はゲームを始めた。さぁ、伯爵令嬢待っていろよ、この少年ホームズが君を救ってやるからね。意欲の点では問題はなかった。

ところで、少年にはホームズに対してずっと抱いていた一つの謎があった。ホームズはいったい何をしてお金を稼いでいるのだろうか、私立探偵の収入はロンドンの中年男性が日に3度のコカインを買っても賄うほどの収入をもたらすものなのだろうか。その謎の答えがこのソフトの中にあった。

伯爵令嬢誘拐事件にはアクションの要素がある。武道に興味があったホームズは、殴る蹴るという点にかけても卓越している。そこで、ロンドンの舗装されたストリートを歩いていると、不意に理由も分からず襲ってくるロンドン子がいるので彼ら蹴り殺し、資本を得ることにした。

そうすることにより、一人あたり30ポンド手に入るのだ。ドットが荒いゲーム画面では見えないが、おそらく解像度をあげることができれば、蹴り殺して道に倒れたロンドン市民のポケットに手を入れ財布を探る姿があるのかもしれない。そうでなければどう30ポンドを得ているのだろう。謎を解決し、伯爵令嬢を助けだすためには、キックキック。・・・なにかが間違っている。Aボタンでロンドン市民をタイミングよく蹴り続けながら少年は思った。

キックとピストルの日々に疲れはて、少年はこの謎が彼には重すぎたことを悟った。ごめんね、君を救えなかった。彼のカートリッジの中にはいまだ囚われの伯爵令嬢が彼の助けを待っているのだろうか?伯爵令嬢殺人事件の謎が難しいというよりも、このソフトの存在自体が濃い謎につつまれていた。そして、初めての迷宮入り物件として、少年の心の奥底のエックスファイルにそっとしまわれることになった。


bitnik.jp
1998