MAGIC --- A fantastic comedy by G.K.Chesterton

「魔術 ― ある幻想的な喜劇 」(G.K.チェスタトン)

(1923 年ロンドンで Martin Secker から出版された 150 部限定本から翻訳しました)

登場人物

公爵
グリムソープ医師
司祭シリル・スミス様
モリス・カーレオン
ヘイスティングス(公爵の秘書)
謎の男
パトリシア・カーレオン

場所:公爵の応接間にて

序幕

情景:細い若い木々の植え込みが雨に煙る黄昏時。 森の花々が幹の間の大地に模様を作つてゐる。

「謎の男」登場。頭巾の外套に身を包んでゐる。 服装は現代かまたは別の時代に属するようでもあり、 円錐形の頭巾は深くかぶられてゐるので、その顔はほとんど見えない。

女性の声が遠くから聞こえて来る。半ば歌ふやうな、 半ば唱へるやうで、はつきりとは意味がとれない。 外套姿はその頭を起こし、興味を引かれて耳を傾ける。 歌が近付いて来て、「パトリシア・カーレオン嬢」登場。 彼女は浅黒く、ほっそりとして、夢見るやうな風情。 芸術的に装つてゐるものの、髪はやや乱れてゐて、 折り取つた花枝を手に持つてゐる。 彼女は謎の男に気付かない。 彼は興味を持つて彼女を見てゐるが、動く様子はない。 突然、彼女は彼に気付き、振り返る。

パトリシア: まあ、貴方は誰?

謎の男: ああ、私は誰でせう?(と自分につぶやき、 杖で地面に図を描く)

私は帽子を持つてゐる、でもかぶらない;
私は剣を持つてゐる、でもそれで戰ひはしない、
そして私の鞄の中にはいつも、
一組のトランプが。でもそれで遊びはしない

パトリシア: 貴方は何者?何を言ってるの?

謎の男: これは妖精たちの言葉です、イヴの娘の!

パトリシア: でも妖精つて貴方みたいのぢやないと思つてたわ。 それにどうして、貴方は私より背が高いぢやないの。

謎の男: 我々はさうなりたいと思ふ身の丈なのですよ。 しかし、神ならぬ人々と交わるときには、 小鬼は大きくではなく、小さく姿をかえるのです

パトリシア: じやあ、妖精たちは人間より大きいつてことなの?

謎の男: 人間の娘よ、もし汝が妖精の真の姿を見るなら、 彼の頭は星々の上に探し、彼の足は海の底に求むべきであらう。 乳母は汝に妖精たちはあまりに小さいので見えないのだと 教へてきたのだね。しかし、私は汝に教へやう、 妖精たちはあまりに大き過ぎて見えないのだ。 彼等はその前では巨人たちも小人同然の古い神々なのだからね。 彼等はこの世の基本元素であり、 彼等の誰もがこの世界そのものより巨大なのだよ。 そして、汝等は団栗の中や唐傘茸の中やらに妖精を探して、 どうして見えないのかしらと不思議がつてゐると言ふわけだよ。

パトリシア: でも、貴方は人間の男の形と大きさをしてるわね?

謎の男: それは人間の女と話してゐるからだよ。

パトリシア: (畏怖に打たれ、たじろぎながら) 話してゐるうちに、 だんだん貴方が大きく見えてきたわ…

(場面は暗転、序幕の場、公爵の応接間へ移る。 開いたフランス窓、 または、庭とほど近い家が見えるほど十分大きい窓のある一室。 時は夜、向ひの家に赤い灯が燈つてゐる。 「司祭シリル・スミス様」が帽子と傘を傍らに座つてゐて、 明らかに客人と見ゆる。 彼は徹底したドッグカラー(長襟)の高教派の若者で、 あらゆる意味で抑制された狂信者。 またキリスト教社会主義者の類の一人であり、 真剣に司祭職を果たしてゐる。 彼は正直な男であり、もちろんうすのろではない。
「ヘイスティングス氏」が紙束を手に入つて来る
)

ヘイスティングス: やあ、こんばんは。貴方がスミスさんですね。 (少し間。)司祭様と言ふべきでしたな、もちろん。

スミス: 私は司祭です。

ヘイスティングス: 私は公爵の秘書をしております。 公爵様は早急に貴方にお会いしたいが、 とお告げするやうにとのことでございます。 と言ふのも、今、お医者様と約束しておりますので。

スミス: 公爵は御病気ですか?

ヘイスティングス: (笑ふ)いいえ、いいえ。 お医者様は公爵に何やら助けを求めて来られたのです。 公爵は決して病気になりません。

スミス: お医者様は今、公爵と?

ヘイスティングス: いやどうして、厳密に申せば、彼はおりません。 お医者様はそのお申し出に必要な書類を取りに 行つてしまはれました。 しかし、それほど遠くではありません。 貴方にも見へるでせう。 ほら、あの地所の端の方に見える赤い灯がさうですよ。

スミス: はい、さうですか。大変ありがたうございます。 必要なだけお待ちすることとしませう。

ヘイスティングス: (嬉しさうに、)いや、それほど長くはなりますまい。 (退出)

(「医師グリムソープ博士」が開いた書類を読みながら、 庭の窓から入つて来る。 彼は古いタイプの実際家で、まさにいわゆる紳士、 僅かに古風なスタイルの服装。 およそ六十歳くらいで、 ハクスレイ一族の友人かもしれない。)

医師: (書類を巻きながら、)失礼します。 ここに誰かがゐるとは気付きませんで。

スミス: (親しげに、)いえ、こちらこそ。 新しい聖職者は常に期待されることを期待できないものです。 私はただ公爵に少し地元の問題でお会いしに来ただけでして。

医師: (微笑みながら、)そしてそう、奇しくも、私もでして。 我々は二人とも彼の耳を引つぱつて押さへつけておくべきですかな。

スミス: おお、私に関する限りはそんなつもりは全くありません。 教会区で模範的なパブを始めるために、 ここに参上した次第です。 つまり簡単に申せば、寄付のお願ひに参つたのです。

医師: (恐しい顔になつて) そして、もしそれが叶ひましたら、 私は教会区に模範的なパブを建設することに反対する 嘆願書に署名いたしますぞ。 我々の立場の類似は刻々と増してますな。

スミス: いかにも。我々は双子に違ひありません。

医師: (さらに上機嫌に、) よろしい、模範的なパブとは何ですかな? おもちやのおつもりで?

スミス: 私が思ふには、英国人が礼儀正しく飲物を求め、 礼儀正しく飲むことのできる場所ですね。 貴方はそれをおもちやと申されますか?

医師: いいえ。私はそれを奇術のトリックだと言つておるのですよ。 いや、貴方の御衣裳に弁明すれば、奇跡、と申しませうか。

スミス: 私の僧服に対する弁明は受け入れませう。 私は僧侶としての義務を果たしてゐるだけです。 教会はいかにして人々に断食させる権限を持てるのですか、 もし御馳走を許さないのでしたら?

医師: (苦々しげに、) そして、貴方がたは人々に御馳走を与へて、 医者の私のところに治せと送り込むのですな。

スミス: いかにも。そして、貴方がたが彼等を治して、 僧侶の私のところに埋葬せよと送り込むのですな。

医師: (しばらく間。その後、笑ふ) よからう、貴方は全ての古い教義の固まりでおられる。 貴方が古臭い冗談の固まりなのも、もつともですな。

スミス: (同じく笑ふ) ところで、 貴方は哀れな人々がつつましく酒を飲むべきことを 奇術のトリックと申されましたね。

医師: 私なら、アルコールが食べ物ではない、 と言ふことは化学における発見と呼びますな。

スミス: 貴方は自分自身、ワインを飲まれないですか?

医師: (少し驚いて、) ワインを飲む!いかにも、 他に何を飲むと言ふのですか?

スミス: それで礼儀正しく酒を飲むことは 貴方も出来る奇術のトリックなのですか、結局?

医師: (まだ上機嫌で、) よろしい、よろしい、そう望みませう。 奇術のトリックについて話しましたから、 魔法やらその類のことがここで今日の午後起こりますよ。

スミス: 魔法? 実際に? それは何です?

(ヘイスティングスが両手に一通ずつ手紙を持つて入つてくる)

ヘイスティングス: 公爵様がただ今、お会いになられます。 何よりまず、御用件を処理するやうにと、 私にお言ひつけになりました。 (と、二人それぞれに小切手を渡す)

スミス: (鋭く医師に振り返つて、) なんと、これは素晴しいこと。公爵から新しいパブに 50ポンド御寄進いただきました。

ヘイスティングス: 公爵様は非常にリベラルな御方ですから。 (と、書類を集める)

医師: (彼の小切手を確認して) なんと、これはまた奇妙。 公爵は新しいパブの建設反対団体にも50ポンドを下されたぞ。

ヘイスティングス: 公爵様は非常にリベラルな心をお持ちですから。 (退出)

スミス: (小切手を見つめながら) リベラルな心!…私なら放心と呼びますね。

医師: (座つて葉巻に火を点ける) ええ、確かにね。 公爵は病んでおられるに違いないですな (と、葉巻を口にくわへ、しばらく間をおいて) …放心症を。または妥協の固まりなのか。 貴方はこの種の人間をお知りでないですかな? 犬の五つの最高の品種のことを話しておくと、 必ず雑種を買って来てしまふやうな。 公爵はまさにそんな人で、 それに、いつも誰もかも喜ばさうとしているのでせう。 そして結局、誰も喜ばせずに終わつてしまふ。

スミス: 確かに、その類のことを存じてゐると思ひます。

医師: 喩へば、こんな手品の話はいかがです。 貴方は公爵と一緒に暮らすことになつてゐる二人の被後見人を御存じですな。

スミス: ええ。アイルランドから来た甥と姪にあたる方達のことは 聞き及んでおります。

医師: 姪御さんはアイルランドから数ヶ月前に来られたのですが、 甥御さんは今夜アメリカから帰つて来られる。 (と、突然立ち上がり、部屋の中を歩く。) 私は貴方にそのことについて全部お話ししませう。 貴方の結構なパブのことはさておき、 貴方は正気な人だと私には見受けられますからな。 そして、 私が求めてゐるのは、 今夜一緒にゐてくれる全く正気な人間なのだと、 思つてゐるのですよ。

スミス: (同じく立ちあがつて) もちろんですとも。御承知かも知れませんが、 貴方が私の結構なパブに反対するためだけに ここに来たのではないだろう、と思つてゐました。

医師: (興奮を抑えつつ大股に歩いて、) よろしい、貴方の御推察の通りです。 実は、 私は公爵のアイルランドにゐる兄弟のかかりつけの医者なのです。 その家族のことは大変良く知つております。

スミス: (静かに、) それは貴方がその家族について何かおかしなことを知つてゐると、 さう言うことですか?

医師: いかにも。彼等は妖精やらその類のものを見るのです。

スミス: そして、医学的な見地からすれば、 妖精を見ると言ふことは、 蛇を見たと言ふのとは大いに違ふことを意味する、 と考へてよろしいですね?

医師: (苦い笑みを浮かべて) さよう。彼等はアイルランドで見たのですな。 アイルランドで妖精を見ると言ふのは、 まさに正しいことだと思ひます。 モンテカルロで博打をする、と言ふやうなもので、 まつたく期待通りですな。 しかし、私は断固として、 このイギリスで彼等が妖精を見ることとは、 一線を画したい。 彼等の幽霊やら小鬼やら魔女やらを 哀れな公爵の裏庭や私自身の赤い灯の家に 持ち込むことだけには断固として反対です。 それは私の無能を意味しますからな。

スミス: しかし、 この部屋とあの貴方の灯の間なら、 公爵の姪御さん甥御さんが魔女やら妖精やらを見ても、 もつともなことに思へますね。 (と、庭への窓のところまで歩き、外を見る。)

医師: まあ、甥の方はアメリカにゐたのですから。 貴方もアメリカで妖精を見ることはできるとは思ひますまい。 しかるに、この家族にはこの類の迷信がありまして、 娘の方については安心できんのですよ。

スミス: おやおや、彼女が一体何をしでかすと言ふのですか?

医師: ああ、彼女は今夜、公園と森を歩いてゐますよ。 選んで霧の夜をね。彼女が言ふには、ケルトの黄昏、 ださうだがね。私自身はケルトの黄昏には何の用もないが。 胸の上にのしかかつて来るやうだしね。 しかし、もつと悪いのは、 彼女が誰それ、小鬼だか魔法使ひやらそんなものに逢ふ話ばかり、 いつもしてゐることですよ。 まつたくそれが気に入りませんな。

スミス: そのことを公爵にお話しになりましたか?

医師: (凄みのある笑みを浮かべて、) おお、もちろん。公爵に話しましたとも。 その結果が手品師ですよ。

スミス: (驚いて、) 手品師。

医師: (葉巻を灰皿において、) 公爵は名状し難いお人です。 やがて彼がやつて来ますから、御自身で御判断ください。 彼の前に事実やら何か考へやらをぶらさげてごらんなさい、 彼がその中からつまみ出して来るものと言つたら、 いつも何の関係もないことなんですからな。 誰かまともな他の人に、 妖精を夢見る娘と アメリカから来たその実際家の兄のことを話してごらんなさい、 何か明白な方法に落ち着いて、満足するでせうよ。 つまり彼女をアメリカに送るか、 アイルランドに妖精と一緒に住ませとくんですな。 ところが、 今や公爵は奇術がこの状況にぴつたり来ると考へているんです。 それが物事を明るくして、 信ずる者の超自然現象への興味を、 信じない者の気の効いたものへの興味をいくらか満足させるだらう、 と彼は漠然と考へてゐるのだと思ひますな。 実際問題として、 信じない者は手品師のペテンだと考へるでせうし、 信じる者も手品師をペテンだと思ふでせうな。 結局、手品師は誰も満足させない。 それが公爵を満足させるわけですよ。

(「公爵」がヘイスティングスを伴ひ、書類を持つて入つて来る。 公爵は健康さうで上機嫌。ツイードの服を着て、 いくらか彷徨ふやうな目をしてゐる。 昨今の貴族階級の中では、 公爵が、愚かではあるが、 立派な紳士であることを述べておく必要があるだらう。 )

公爵: お早う、スミスさん。 待たせたままで本当に申しわけなかつた。 が、今日の我々は全く忙しいと言ふべきでせう。 (書類とともにテーブルの向かふに行つた ヘイスティングの方に向き直つて、) 君はカーレオン氏が今夜来ることを知つてゐるな?

ヘイスティングス: はい、公爵様。カーレオン氏の列車はもうすぐ到着するでせう。 既に馬車を手配してございます。

公爵: ありがたう。 (二人の方に振り向いて、) 私の甥、グリムソープ先生、モリスだよ。 御存知のやうに、カーレオン嬢のアメリカの兄だ。 彼はあちこちで偉いことをやつておると聞いてゐるよ。 石油とか、そんなものだ。 時代について行かねば、な!

医師: スミスさんは、時代について行くことには、 賛成しないかも知れませんな。

公爵: おお、そんな! 進歩だよ、君、進歩! もちろん、君がいかに忙しいか知つてゐるよ。 君は働き過ぎるべきではないさ、もちろん。 ヘイスティングスが言ふには、 君は私のその手の寄付金を笑つてゐるさうだね。 よからう、よからう、 私は問題の両面を見ると言ふことを信じてゐるのだよ。 側面と言ふやつだよ、オールド・バッフルの言ふところの。 側面さ。 (腕で包み込むやうな手振り。) 君は慎しく飲む傾向を代表し、 君の方法で善行をなす。 こちらの先生は全く飲まない傾向を代表し、 彼の方法で善行をなす。 我々は古のブリトン人にはなれないんだよ。

(間延びした謎めいた沈黙、 いつも公爵の思考の連想、または非連想の飛躍の後に続く。)

スミス: (ようやく、静かに) 古のブリトン人…?

医師: (スミス氏に低い声で、) 気にしない。あれはただの寛大さだよ。

公爵: (あい変わらず元気良く、) あなたが例のもののために用意した場所を見ましたよ、スミスさん。 大変よかつた。本当に良いものでしたよ、実際。 民衆のための芸術、でせう? 私は特に、西の扉の上の木工が気に入つたよ。 新しい種類の木目を使つてゐるのが嬉しかつた。 …なぜか、それがフランス革命を思ひ起こさせるんだなあ。

(また沈黙。公爵が部屋のなかをぶらぶら歩いてゐる間、 スミス氏は医師に低い声で話しかける。)

スミス: あれがフランス革命を思ひ起こさせますか?

医師: 他の何でも同じですよ。公爵様は私に何も思ひ起こさせませんがね。

(若く非常に高いアメリカ人の声が庭で呼んでゐるのが聞こえてくる。 「すみません、誰かこのトランクを一つ持つてくれませんか?」)

(ヘイスティングス氏が庭に出て行き、 「モリス・カーレオン」を連れて来る。 非常に若い男で、ほとんど少年と言つたところだが、 非常に落ちついたアメリカ風の服装と物腰。 肌は浅黒く、小柄で、活動的。 そして、 彼のアメリカ式の内側の人種型はアイルランド人である。)

モリス: (ユーモラスに頭を窓から入れて、) ここかな、公爵様はここにおられますか?

医師: (彼の一番近くにゐる。重々しい声で、) ええ、ただ一人ね。

モリス: とにかく、彼が私の会ひたい人と見受けます。 私は彼の甥なんです。

(公爵は、前景で黙考してゐて、 そちらを半分しか見てゐなかつたが、 その声に振り向いて、あたたかくモリスと握手する。)

公爵: 会へて嬉しいよ、君。 君はずいぶんと上手くやつてるらしいじやないか?

モリス: (笑ふ。) ええ、非常にね、公爵。 未だにポール・T・ヴァンダムのために上手くやつてます、 多分。 私はやつの鉱山をアリゾナで掘つてゐるんですよ、 御存知でせうが。

公爵: (機敏に頭を振つて、) おお、なんと進取の男だ。 これぞ私の言つてゐた進歩的な方法だよ。 こいつは金で巨大な善行をやつてのけるに違ひない。 我々はもうスペインの異端審問に戻るわけにはいかん。

(沈黙。その間、他の三人は互ひを見あふ。)

モリス: (沈黙を破つて、) で、パトリシアはどうしてますか?

公爵: (少しぼんやりして) ああ、元気だ、と思ふね。彼女は…
(少し躊躇する。)

モリス: (微笑んで) それはよかつた。で、パトリシアはどこに?

(少し当惑した間、そして医師が話し出す。)

医師: カーレオン嬢は散歩中だと思ひますな。

(モリスは庭への窓のところに行き、外を見る。)

モリス: 散歩にはえらく寒い夜を選んだもんですね。 私の妹はいつも気分転換にこんな夜に散歩するんですか? しかも霧の夜に?

医師: (少しの間のあと) 私に言はせてもらへば、あなたと同意見ですな。 私はしばしば妹さんに、 こんな天気に外出することには反対だと忠告させてもらつてゐますよ

公爵: (両手を大きく広げて振りながら) 芸術家の気質なんだよ! 私がいつも芸術的な気質と呼んでゐるものさ! ワーズワースとか、ね、さう言ふものさ。
(沈黙。)

モリス: (彼を見つめて) さう言ふなんです?

公爵: (熱心に講義を続けて) どうして、全て気質だよ、君。 妖精を見るのが彼女の気質なのさ。 私は二十回も庭の全部を周つてみたが、 一匹の妖精も見られなかつたが。 そうさ、魔法使ひだとか、 彼女が呼んでるものが何であらうが、 そのやうなものが。 彼女にとつては、そこに誰かがゐるんだらう。 我々にとつては、そこに誰もゐないかも知れん。 君には見えるかね?

モリス: (段々と興奮して) そこに誰かですつて?どう言ふ意味です?

公爵: (快活に、) まあ、君はそれを人間とは呼べないだらうね。

モリス: (激しく、) 人間!

公爵: まあ、オールド・バッフルが良く言つたものだが、 人間とは何かね?

モリス: (アメリカのアクセントも激しく、) お願ひですから、公爵、 そのオールド・バッフルのことは放つておいて下さい。 貴方は、誰がいまいましくも冷静に、 そんなことを言ふとおつしやるのですか、つまり…

公爵: いや、人間ではないよ、君。 奇術師だよ、神秘的なやつさ、御存知のやうに。

スミス: 人間ではない、しかし呪医です。

医師: (恐い顔で、) 私もその仲間ですな。

モリス: でも、あなたは神秘的には見えませんね、先生。
(彼は指を噛み、休みなく部屋を行つたり来たりし始める)

公爵: よろしい、御存知のやうに、芸術的気質とは…

モリス: (突然振り帰つて) いい加減にして下さい、公爵! ほとんどの商業については、我々は非常に進んだ国でせう。 しかし、これらの道徳面においては、 大変に遅れた国であることに我々は満足してゐます。 あなたが私に、 自分の妹がこんな夜に森の中を歩き周ることが気に入るかと尋ねるなら、 もちろん、その答は否です!

公爵: 君達アメリカ人は私が期待したほど進んではゐないんじや ないかと心配だよ。 だつて、オールド・バッフルが良く言つたものだが…

(彼が話してゐるとき、 遠くから庭で歌う声が聞こえてくる。 その声は段々と近くなり、 スミスは突然、医師の方に振り返る。)

スミス: あの声は誰ですか?

医師: その診断は私の関知する所ではありませんな!

モリス: (窓辺に歩み寄つて) 面倒はおかけしません。あれが誰か分かりました。

パトリシア・カーレオン、登場

(未だ、動揺しつつ)パトリシア!どこにゐたいんだい?

パトリシア: (疲れたやうに) ああ!妖精国にゐたの。

医師: (あたたかく) それで、それはどの辺りにあるんです?

パトリシア: むしろ、それは他の場所とは違ふの。 それはどこにもないし、貴方たちのゐるどこでもあるのよ。

モリス: (鋭く) そこには住人がゐるのかい?

パトリシア: 大抵、二人だけね。それ自身とその影と。 でも、彼が私の影なのか、私が彼の影なのか、 決して見分けることはできないの。

モリス: 彼?誰のことだい?

パトリシア: (初めて彼のいらだちを理解したやうに、 微笑んで、) まあ、モリス。堅苦しく考へないでいいのよ。 彼は人間ではないんだから。

モリス: 彼の名前はなんだい?

パトリシア: 私達はその場所では名前がないの。 彼の名前を知つてしまつたら、 貴方は決して誰も実際には知ることができないのよ。

モリス: 彼はどんな風なんだい?

パトリシア: 私は黄昏の中で彼に会ふだけなの。 彼は長い外套をまとつてゐて、 乳母の話に出て来たやうに、 尖つた帽子か頭巾をかぶつてゐるわ。 ときどき、 私がここで窓の外を眺めてゐると、 彼が影のやうにこの家の周りを通り過ぎるのが見えるわ。 彼の尖つた頭巾や、 日の入りや月の出る明りの中に暗い影が。

スミス: 彼はどんなことを話すのですか?

パトリシア: 彼は私に真実を話すんです。 とても沢山の真実を。彼は魔法使ひなんです。

モリス: 君はどうやつて彼が魔法使ひだつて知つたんだい? そいつは君をトリックで騙してるんじやないかと思ふんだ。

パトリシア: 何のトリックも使はなかつたなら、彼は魔法使ひだわね。 でも一度彼は小石をつまみあげて、 それを空に投げたの。 それは鳥のやうに天まで飛び上がつて行つたわ。

モリス: それが彼を魔法使ひだつて思つた最初かい?

パトリシア: まあ、違ふわ。初めて会つたとき、 彼は草の上に円とかと五芒星とかを書いて、 妖精の言葉で話してゐたわ。

モリス: (疑ひ深く、) 君は妖精の言葉を知つてるのかい?

パトリシア: それを聞くまでは知らなかつたわ。

モリス: (妹のためであるかのやうに声をひそめる。 しかし、実際は完全に忍耐を失なつてゐて、 自分で思つてゐるよりはずつと大声で話してゐる。) いいかい、パトリシア。 この種のことが限度を越えやうとしてゐるやうに思ふんだ。 僕は君にいまいましい放浪者や、 占い師の仲間に巻きこまれて欲しくないんだよ、 妖精についての二流の詩を読んだせゐで。 もし、このジプシーやら彼が何であらうが、 また君に迷惑をかけるやうなら…

医師: (手をモリスの肩に置いて) ねえ、君、詩についてはもう少し寛容にならなければね。 我々は石油のみでは生きられないんだから。

公爵: まさしく、まさしく。 そしてアイルランド人であること、 知らないかね、ケルト人であること、 オールド・バッフルが良く言つたものだが、 素敵な歌たち、君は知つてるだろ、 格子縞の肩掛のアイルランド娘についてのね、 それに、女妖精バンシー! (周りは深い溜息) 哀れな古ぼけたグラッドストン!
(毎度の沈黙)

スミス: (医師に話しかける) 貴方自身は家庭の迷信は健康に悪いとお考へですか?

医師: 家庭の迷信は家庭の喧嘩争ひよりはましだと思ひますな。 (気安げにパトリシアに歩みよる) 若いと言ふことは、そして、 星やら夕日やらを未だに見るとは素晴しいことですな。 我々、老ひぼれたちは貴方の物の見方が少々 ― その、混乱しても、厳格になり過ぎるべきではありません。 さうでせう? 星々が間違ひで草原の上に逃げても、 一度や二度、陽が東に落ちてもね。 我々は「貴方のお好きな夢を」を言ふにとどめるべきです。 全ての人類のために夢見て下さい。 もはや夢を見られない我々のために夢を見て下さい。 しかし、その違ひをはつきりと忘れないやうにね。

パトリシア: 違ひつて何ですの?

医師: 美しい物事と、実際に存在する物事との間の違ひですよ。 私の家の扉の赤い灯は美しくはない。 でも、そこにあります。 金や銀の星々が見えなくなつてゐるときも、 貴方でもそれがそこにあることを嬉しく思ふでせう。 私は今や年寄ですが、 私の赤い星を見つけて喜ぶ人もまだゐるのです。 彼等が賢い人たちだとは言ひませんがな。

パトリシア: (いくらか心を動かされて) ええ、貴方様が誰にも良いお方だと存じておりますわ。 でも、貴方様は赤い灯よりも長く光り続ける、 空に浮かぶ精神的な星々が存在するとは思ひませんの?

スミス: (断固として) そうです。それが恒星ですよ。

医師: あの赤い灯は私が生きてゐる間は続きます。

公爵: 首都よ!どうして、それはテニスンのやうなんだ。 (一同沈黙。) 私が学生だつた頃を思ひ出すに…

(赤い灯が消える。誰も見てゐなかつたが、 パトリシアが最初に気付いて、興奮して指差す。)

モリス: 一体なんだい?

パトリシア: 赤い星がなくなつたわ!

モリス: 馬鹿な!(庭窓に駆けよる) 誰かが前に立つただけさ。 ねえ、公爵、誰かが庭に立つてゐますよ。

パトリシア: (おだやかに) 彼が庭を歩いてゐたとさつき私が言つたでせう。

モリス: あれが君の占い師だとすれば…
(庭の中に消える。医師も後を追ふ。)

公爵: (見つめる) 庭に誰かが!まつたく、このローマ平原… (沈黙。)
(モリスが再び現れる。息を切らしてゐる)

モリス: すばしこい奴だな、君の友人は。 影のやうに僕の手からするりと逃げた。

パトリシア: 彼は影だと言つたでせう。

モリス: たしかに、影狩りになりさうだよ。 角灯はありますか、公爵?

パトリシア: まあ、手間をかけることはないわ。 私が呼べば彼は来ますもの。

(と、彼女は庭に出て、半ば歌うやうな、 意味の取れない言葉で呼ぶ。 最初の場での彼女の歌に似てゐる。 赤い灯が再び現れて、 何かが近付く、 落葉を踏む音が微かに聞こへてくる。 尖つた頭巾の外套姿の「謎の男」が庭窓の外に立つのが見える。 )

パトリシア: どのドアからでも中に入つて良いわよ。
(その姿が部屋に入つて来る)

モリス: (庭窓を後ろ手に閉めて) さあ、魔法使ひめ、捕まへたぞ。 ペテン師だと分かつてるんだからな。

スミス: (静かに) 失礼ですが、我々にはさう分かつてゐるとは思ひませんね。 私自身については、 こちらの先生の不可知論だかを認めたいです。

モリス: (興奮し、ほとんどうなるやうに振り向いて) 貴方がたがどんなよた話を支持しやうが知りませんよ。

スミス: 私は全ての人がその権利を持つことを支持します。 おそらく、全ての人が権利を持つ唯一のことを。

モリス: それは何です?

スミス:証拠不十分は罰せず、ですよ。 貴方の上司、石油の億万長者でも、 その権利はありますよ。 彼よりもつと必要なんぢやないかと思ひますが。

モリス: この問題については、ほとんど疑ふ余地なしですよ。 もう十分過ぎるくらいこの手のやからは見てきましたからね。 女の子達に石を消せると言つてお金を騙しとるやうな輩ですよ。

医師: (謎の男に向かつて) 貴方は石を消せると言つたのですかな?

謎の男: ええ。私は石を消せます。

モリス: (乱暴に) こいつは時計と鎖の消し方も知つてゐるごろつきだと思ふね。

謎の男: ええ。時計と鎖を消す方法も知つてゐます。

モリス: それぢや、自分を消すのも上手なんだらう?

謎の男: さう言ふこともしたことがあります。

モリス: (鼻を鳴らして) 今、消えて見せられるかい?

謎の男: (しばらく考へた後) いいえ、代わりに出現してみせませう。 (頭巾を後ろに外すと、知的な風貌の男の顔が出てくる。 若いが、いくらか疲れて見える。 外套を脱ぎ捨てると、完璧に現代的な夜会服。 公爵の方に向かつて進み、時計を取り出す。) こんばんは、公爵様。 パフォーマンスをするのが少し早過ぎたんじやないですか? でも、この紳士が(とモリスを身振りで示す) 始まるのを待ち切れなかつたやうで。

公爵: (途方に暮れた様子) おお、こんばんは。どうして、実際、、、ええと君は。

謎の男: (一礼して) はい。私が奇術師です。
(パトリシアを除いて、一同曖昧な笑ひ。 他の者達が談笑する中、パトリシアに近づく。)

謎の男: (とても申し訳なささうに) 魔法使ひぢやなくて、本当にすみません。

パトリシア: 貴方が盗人だつたら良かつたのに。

謎の男: 私は盗みより重い犯罪をおかしましたかね。

パトリシア: 貴方はこの世で最も残酷な罪をおかしたと思ふわ、 さう言ふのがあるの。

謎の男: 一番残酷な犯罪とは何です?

パトリシア: 子供のおもちやを盗むこと。

謎の男: とすると、私は何を盗んだと?

パトリシア: お伽話よ。


― 幕 ―

First Edition: 24 Dec. 2003, translated by Keisuke HARA (Copyleft)
(Email: kshara@mars.dti.ne.jp)
corrected version: 25 Dec. 2003