あなたは
人目ですよ;_;/H なんか自分の限界を感じました。あまり気にしてませんが。
単発小拙4 K子の肖像(タイトルに意味なし) 乎簾壁 斉 この絵に特に意味はないです;_;→ |
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彼女に出会ったのは、終電に乗り遅れた池袋駅だった。
東上線は本当に終電が早いので、気をつけてはいたのだけれど、高校時代の友だちとの忘年会だってことも手伝って、その日はいつになく深酒してしまったのだった。
そういうわけで、僕はゆっくりとシャッターの降りて行く改札の前で、これから寒い中数時間を過ごさなければならないことと、急にもどってきた酔いとで、ふらふらとへたりこんでしまった。
最悪だ。吐き気がする。酔った勢いでその辺にぶちまけてやろうかと思ったが、最後の自制心が働いて、なんとかそれだけは思いとどまった。
たしか、西口出たすぐのところに、公衆トイレがあったはずだ。物凄く汚いけど、しかたない。
ところが、僕は肝心なことを忘れていた。
そう、地上への出口は、大きい場所を除いてほとんど終電前に閉まってしまうのだ。
当然、その細い出口もシャッターに閉ざされていた。
そこで一気に気が抜けたのだろう、胃の中からむせかえるものをおさえることはできなかった。
あたりに派手に反吐をぶちまけて、なおもえずきながらあたりを見回す。
さいわいにも、人通りはないようだ。まあ、閉鎖した通路の奥に来るような人間は、そうはいないだろう。
と、思ったそのとき、背中から声をかけられた。
「大丈夫ですか? なにか拭くものを貸しましょうか?」
僕は驚いて、思わず後ろを振り返った。
ちょうど照明を背負う形になって、あまりよく見えなかったけれど、そこに立っていたのは、薄い桃色のコートを身に着けた女の人だった。背は意外に高い。僕の鼻のあたりくらいまではあったんじゃないかと思う。髪の毛はセミショートで、軽くカールがかかっている。小さな卵型の輪郭に、つりあがりぎみの目は切れ長で、一重ぎみの奥二重も、かえって彼女の顔を魅力的に見せている。
いわゆる美人じゃないが、僕の好みのタイプだった。
ばつの悪い思いと、もどした苦痛のせいですっかり酔いの吹き飛んだ僕は、わけのわからない答えを返すと、あわてて彼女の脇を通り抜けようとした。
うかつにも、僕は靴の裏に自分の戻した物がべっとりとへばりついていることを忘れていた。そして、地下街の床はそういった類と非常に相性がよかった。
天地が逆転する。ありふれた表現だが、目の前に火花が散った。まさに、それがぴったりだった。
気がつくと、心配そうな顔が上からのぞきこんでいた。
薄い色のルージュを引いて、軽くファンデーションをのばしてはいるが、ほとんど化粧っけのない彼女は、どきりとするほどきれいだった。
いや、すくなくともそのときはそう思った。
「大丈夫? 頭打ったみたいだけど、人呼ぼうか?」
僕は痛む頭をさすりながら、ふらふらと立ち上がった。といっても、痛みの半分は酒のせいだ。後頭部にこぶができていたが、かえってこういうときはこの方がいい。
「い、いや、大丈夫です。すいません、あわてちゃって」
「……でも、頭ですから、気をつけた方がいいですよ」
「いや……」
僕は恥ずかしさで照れ笑いを浮かべながら、彼女に頭を下げて行こうとした。
「あ、待って」
彼女の声に、僕は振り返った。
「コート、ひどいことになってますよ」
あわてて背中に触ってみる。言葉にしたくない感触が背中じゅうに広がっていた。
「あーあ。これ、買ったばかりなのにな」
苦笑を浮かべて彼女を見た。
彼女も苦笑を浮かべると、僕に歩み寄ってきた。
「クリーニングしないと、本当にだめになっちゃいますよ。これ、ブランド物でしょ? イタリアの。染みにでもなったら大変」
「あ、いや、そんな、見ず知らずの人に――」
「でも、あたしが声をかけたせいのようなものですから……それに、朝までヒマなんですよ、あたし」
そう言いながら笑う彼女は、駐車場から締め出されたのだと言う。知人のパーティですこしばかり飲みすぎた彼女は、その駐車場が夜一二時を過ぎると車の出入口が閉鎖されることをすっかり忘れていたのだ。
「代行業者の人には文句言われちゃうし、どうしようかと思って、その辺を歩いてたんです」
「でも、真面目なんですね。普通は、運転して帰っちゃうものでしょう?」
僕が言うと、彼女は笑って答えた。
「あたし、飲むとちょっと大胆になっちゃうんですよ。ああ、運転がね。だから、飲んだ自分を信用してないの。主人は最初から乗るなって言うんだけど」
そこで僕は天国から叩き落とされる気分を味わった。
そりゃあ、そうか。これだけきれいな人に、相手がいないはずがない。
ちらりと盗み見た彼女の左手には、しっかりと銀色のリングが光っていた。
「ま、とにかく、それクリーニングに出しましょう。二四時間営業の店知ってるのよ。ちょっと遠いけど、どうせ時間はあるんだし」
僕はちょっとだけ傷ついた気分で、でも、他にすることもなくって、結局彼女についていくことにした。
夜の池袋西口は、意外に暗かった。以前は不夜城だったこの場所も、不景気風が吹き荒れているんだろう。ぽつぽつ飲み屋の明かりはついているが、どこか活気がないように思える。
寒波のせいで、ひどく冷えこむ道を僕らはならんで歩いた。長い沈黙の後、彼女がぽつりと口を開いた。
「あなた、いくつ?」
「え、ちょうど二〇歳です」
「そうなんだ……学生さん?」
「いいえ、働いてますよ。こう見えても地方公務員なんです」
あまり楽しい職場じゃない。大学行っておけばどんなによかったと思ったことか。
彼女は楽しげに笑うと、すっと背筋を伸ばすようにして言った。
「じゃあ、あたしお姉さんよね。二五だから」
「あっ、そうなんですか」
われながらなんとも間の抜けた返事だった。
「じゃあ、お姉さんの顔に免じて、クリーニング代はあたし持ちってことにしてね。いいわね」
僕は、しげしげと彼女の顔を見返した。
「そんな、悪いですよ。理由もないし」
「いいのよ。こう見えても、あたしすこしはお金あるんだから」
僕はなおも断ろうとしたが、彼女は、にっこり笑うと、立てた人差し指を小さく振った。
「おねーさんの顔を潰すつもり?」
しかたなく、僕はうなずいた。正直に言えば、その時の僕は帰りの電車賃以外の持ち合わせがなかった。だから、本当はじつにありがたい話だったのだけれど、やっぱりそこはそれ、見ず知らずの人におごられっぱなしというわけにもいかない。すくなくとも、はいそうですかと飛びつくほど、僕は恥知らずじゃないつもりだ。
「でも、借りを作りっぱなしってのはいやなので……その……」
彼女は、どきりとするような笑顔を浮かべて、僕を見た。
「わかったわ。じゃあ、朝までつきあってよ? ひとりで朝まで待つって、退屈ですもんね」
「え、ええ、そんなことなら」
それから僕らは、水商売の人向けに営業しているのだろう、小さなクリーニング屋にコートを預けると、ふたたび夜の街にさまよい出た。
「さて、どこ行きましょうか? どっちにしろ、その格好じゃどこか入らないと」
「あ……でも僕、持ち合わせが全然ないんで」
彼女は、顔をしかめて僕を見返した。もっとも、口元にはいたずらっぽい笑みが浮かんではいたが。
「野暮なこと言わないの。これも、クリーニング代のようなものだと思ってよ」
「でも、そこまでしてもらっちゃうと……」
彼女はふんと鼻息を出すと、小さく笑った。
「じゃあ、あたしの車に行きましょう。人は入れるから、中ですごせばすこしは寒さもまぎれるし、なにか羽織るものも見つかると思うし」
僕はその提案にうなずいた。彼女とふたりきりで狭い車の中にいるなんて、ちょっとどきどきものだったが、僕はその先になにもないことをよく知っていた。
いや、身体は勝手に反応して、全身をどきどきと熱いものが駆け巡ってはいたけれども。すくなくとも、手を伸ばせば届くところに相手の身体があっても、そこに手を伸ばしてはいけないものだと思っていた。
地下駐車場には、まったく人気がなかった。本当は、人の出入口も閉鎖することになっているのだが、ひとつだけ鍵のかけられない扉があるのだ。僕たちはそこから入り込むと、駐車場のかなり奥に置かれている彼女の車へと向かった。
驚いたことに、彼女の車はベンツだった。小型ではあったが、僕のような安月給にはとても買えるような代物ではない。
僕は緊張しながら、先に乗り込んだ彼女が開いてくれた助手席から車内に乗り込んだ。
身体を包みこむようなシートに身を沈めると、僕はほうっと息を吐き出した。
「いい車ですねえ。こんなの、当分買えそうにないけど」
「あたしだって。主人のお金ですもの」
彼女は、ほんのすこしシートを後ろに倒すと、ぼんやりと天井を見つめながら言った。
「あ、たぶん、後ろのシートに膝掛けかなにかがあるはずだから、それでも被ってるといいわ。本当はヒーター入れればいいんでしょうけど、エンジンかけて見つかるのもいやだし……寒ければ入れるけど?」
僕はかぶりを振ると、身をのばして後部座席の毛織の膝掛けを取った。
その時だった。
その気はなかったのだ。ただ、狭い車内で、無理な姿勢をとったせいで、彼女の身体のどこかに、僕の、その、股間が触れていた。ほんの一瞬のことだったけど、たちまち、固くしこって行くのがわかる。
だめだ、と心の中でつぶやきながら、僕は膝掛けを抱えてシートに腰を落とした。でも、意に反して、僕のあそこはどうしようもないほどに固くなって行く。
恥ずかしさで、顔が紅潮するのがわかった。なんとか気づかれまいと思うほど、身体が熱く火照ってくる。
その僕を、隣の運転席で不思議そうに彼女が見た。
「どうかしたの?」
僕は彼女の顔をまともに見られなくて、思わず彼女の膝あたりに視線を落とした。
それがいけなかった。
彼女の短めのコートは、シートに座った時になにかに引っかかったのだろう、下のタイトスカートと一緒にかなりきわどいところまでめくれ上がっていたのだ。
僕は、自分の身体を抑えることができなかった。もちろん、彼女に襲いかかるなどということは論外だが、このまま彼女と一緒にいるわけにはいかなかった。
せめて適当な場所で、欲望を発散させなければ。
「ご、ごめんなさい、ちょっとお手洗いに……」
「あ、そう?」
あわてて車を転がり出ると、僕はトイレを探して駆け回った。どうせ誰も見ていないのだし、どこでやってもいいようなものだったのだが、その時の僕にはそんなことを考える余裕すらなかったのだった。
ようやくのことで照明の落ちたトイレを見つけて、個室に入り込む。
薄闇が、かえって想像力をかきたてた。
こらえきれなくなった僕は、あわてたようにジッパーを引きずり降ろすと、こちこちになったものを引き出した。あわてて、いつものように上下にしごきはじめる。
しごきながら、僕は、彼女のことを思った。
現実の彼女はもちろんそんなことするわけないのだけれど、自分からスカートをたくし上げ、白いパンティがすこし透けるように湿らせて、僕に向かって腰を突き出すところを想像する。
僕は、その湿った部分に指を這わせると、ゆっくりと全体を引き降ろす……彼女がなまめかしい声をあげる。
あっ。
熱い快感が腰から背筋を駆け上がった。それまで、どうしようもないまでに高まっていた身体の熱が、さっと醒めて行く。
「ばあか。彼女の前で発情したりしたら、それこそあの人に申し訳ないじゃないか」
空想の中で彼女に入るまで行けなかったことがほんのわずか残念だったけれど、それを言うならさっき会ったばかりの、それも人の奥さんをつかまえて自分でするなんて、愚劣もいいところだった。
特に、ひとりでしたあとはそう思う気持ちが強かった。友だちもそう言ってたから、男の生理のようなものなんだろう。
とにかく僕はトイレットペーパーで処理をして、水を流してから軽くなった足取りで車に戻ろうとした。
そこに、彼女が立っていた。
男子トイレの入り口だった。
口元には、あいかわらずいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「遅いと思って見に来たんだけど……気持ちよかった?」
どきりとした。顔が熱くなる。
「す、すすみません」
彼女はちょっとだけ怒ったような顔をしてから、首を振った。
「まあ、いいわ。それに、あたしに魅力を感じてくれたっての、悪い気はしないし」
僕は、ちょっとだけ救われた気分になって彼女を見た。
そのとき、どういうわけか、僕には彼女がとてつもなくいやらしいものに思えた。コートも、その下からのぞいているスカートもちっとも乱れていない。彼女はただそこに立っているだけだ。
それなのに。
「もどりましょ? ここ、寒いもんね」
僕は小さくうなずくと、彼女の後をついて歩き始めた。
欲望が、また鎌首をもたげ始めた。
したばっかりだってのに!
それでも、一度したおかげで、なんとか自制心だけは残っていた。時計を見る。あと2時間強。そうすれば、始発が動く。なに、とりとめもない話でもしていれば、すぐに時間なんかたつさ。
僕は、自分の中の獣を、甘く見ていた。
いまにして思えば、そういうことなのだった。
彼女はふたたび運転席におさまると、さっきのことはすっかり忘れたように、僕に向かって話しかけてきた。
「やっぱり、エンジンかけないと冷えるでしょ?」
「え、いや、そんな」
「いいのよ。あたしもちょっと寒いと思ってたんだ」
言うと、彼女はエンジンキーを差し込んでスターターを回した。1、2度回すと、重い音をたててエンジンが回り始める。
「これでよしと。ちょっとすれば、ヒーターが入るからね」
彼女の言う通り、ヒーターの温風がすぐに循環しはじめた。温度設定を最高にしてあるせいで、汗ばむような風が流れてくる。
「いやねえ、どうしてこうちょうどいい感じにならないのかしら」
彼女はそう言うと、コートの前を外し始めた。白いタートルネックのセーター姿になると、彼女は無雑作にコートを後ろのシートに放った。
僕は、白いセーターの上に浮かび上がった、形のいい胸から目を離すことができなかった。もうすこしでこちらの視線に気づかれるというところで、必死に視線を引き剥がす。
「どうしたの?」
不思議に粘りつくような声で、彼女が言った。
いや、僕がそう感じているだけなんだ。
実際、見返した彼女の表情は、さっきまでとちっとも変わっていない。
そのときだった。彼女の左手が、不自然に動くのが見えたような気がした。
目だけを動かしてその手の先を見た僕は、思わず目を見開いていた。彼女の手は、スカートの上から、ちょうど股間のあたりを触っていたのだ。ほんの一瞬、しかし明らかに曲げられた指先が、あの部分を刺激するようにスカートの上をなでる。僕も、たまに自分の物の居場所が悪いと、素早く指で場所を直すけれど、ちょうどそんな動きだ。
そう。それでも、一度だけなら、見間違いか、偶然の動作が欲望で目の曇った僕にそう思い込ませたと考えただろう。
でも、一度だけではなかった。
彼女は何度もスカートの上から、自分に触っていた。
一度などは、露骨に自分の部分を、指で刺激していた。
僕は驚いて彼女の顔を見上げた。
彼女の表情はやっぱり変わっていなかった。ほんのわずか、顔が上気しているように思えたが、それは暑くなってきた空気のせいと言えなくもない。
僕がふたたび彼女の膝元に視線をもどすと、いつの間にか、彼女の手はそこから消えていた。
何度ちらちらと視線をやっても、彼女の部分に指が戻ってくることはなかった。
やっぱり、僕の思い過ごしだったのだ。
そう思った。
「本当にどうしたの? おかしいわよ」
つんとする匂いが鼻につくような気がした。気のせいだとは思ったが、意識すればするほど、匂いが鼻についた。
「なんだか疲れたみたいで。深酒のしすぎみたいです」
僕はうそをついていた。僕の中で、凄まじい渇望の声が渦巻いていた。固く、固くしこっている。あれから一〇分くらいしか過ぎていないのに、欲望の核がどす黒く大きくなっていく。
でも、それは僕にとって、たまらなく甘美な誘惑でもあった。
「あ、あの」
言いながら、僕は彼女に向かって身をひねった。彼女も、驚いたように僕の方を向いた。
なにげなく出た手が、彼女の手に触れていた。
暖かかった。
それが、僕の中のなにかを壊した。
「どうしたの?」
僕の表情を見て、驚いたように彼女は言った。
わからないのか? 逃げろ、そうしないと、僕は……。
けれども、彼女はまるでこの場から逃げることなど思いつきもしないかのように、呆然と僕の顔を見つめたままだった。と、僕の視界の端で、彼女の手がふたたびスカートの上に動いた。
僕は、今度ははっきりと意志をもって左手を彼女に向かって突き出していた。その手が、彼女の胸に触れる。身体の中で、なにかが沸騰した。
「ちょ、ちょっと待って」
ようやく、彼女は僕がなにを考えているのかに気づいたようだった。
僕は、どこにそんな力があったのかわからないほどの腕力で、彼女の肩をおさえこむと、シートの背もたれに押しつけた。
いらだたしげにあたりを探ると、彼女の向こう側にあったレバーを引き上げる。ガクンという感触があって、小さな悲鳴を上げながら彼女は仰向けになった。
彼女は、なんとか僕から逃れようと、座席を上へずれていった。だが、その動きは、彼女のスカートをめくり上げ、想像とは違うベージュ色の下着と、ストッキングをあらわにしただけだった。
ほとんど肌の色と見分けがつかない下着の先端が、ほんのわずか、湿っていた。
僕は、有無を言わさず、その湿りの中心に指を触れた。
人肌の暖かさと、ぬめりの感じられる湿り気を指先に感じたとたん、Gパンの中身が、弾けそうになった。
彼女は驚きに目を見開きながら、わずかに開かれた唇から、ほうっと熱い息をもらした。
「感じてるんじゃないか!」
脈絡のない言葉が口をついた。
「誘ってたんだろ! それなのに、人のオナニーを見物して!」
オナニーの言葉に力を入れた。それが、とてもいやらしく思えたからだ。目の前の女を、言葉で汚してやりたかった。きっと、彼女も喜ぶはずなんだ。
「自分だってオナニーしてるじゃないか! 指でやってるじゃないか!」
パンティの上から、まさぐる指に力が入った。どこになにがあるのか、そのときの僕にはなにもわかっていなかった。実物は不鮮明な写真を見たことがあるだけだった。
けれど、僕の不器用な指と、凄まじいまでの欲望の衝動が、彼女の身体にも火を付けていたようだった。
「お願い、やめて、ねえ、だめよ、こんなこと」
言いながら、彼女の言葉の端々には、熱い吐息が混じっていた。指の動きに合わせて、彼女の身体が小刻みに動くのがわかる。
「だめだ! 感じてるんだろ? 本当のこと言えよ!」
彼女はいやいやをするように首を振った。狭い車内で身を乗り出すようにして、僕は彼女の中心を責めた。
すでにじっとりと湿り気の広がった下着と腿の隙間から、僕は指を滑り込ませた。
その下には、ぬるりとした暖かいものがあった。
あまりいい印象のなかったヘアも、こうしていると、たまらなくすてきだった。
僕は、夢中になって彼女をいじった。
もはや、彼女の口からは支離滅裂な言葉しかもれていなかった。大半は熱い息と、悲鳴のような声だけである。
僕は残った左手を彼女のセーターを持ち上げている山の上に置くと、回すようにもみしだきはじめた。彼女の悲鳴が、より高く、切れ切れになってゆく。右手の先に感じる湿り気の量が、さらに増えたように感じた。
「……だ、だめよ、ね、ね?」
最後の抵抗でもするかのように、彼女はせつなげな目線を僕に送った。
それに答えるかわりに、僕は荒々しく彼女の唇をふさいだ。
驚いたように、彼女の唇が閉じられる。キスすら知らなかった僕は、それで満足して顔を引こうとした。
ところが。
突然、唇を割って、生暖かい、やわらかいものが、僕の口の中に侵入してきた。同時に、吸い付くような感触が、僕の唇に広がる。気がつくと、彼女の手は、僕の頭と背中をしっかりと抱え込んでいた。
「ね、ね、お願い、ダメよ、でも……ああ、でも、いい、お願い、ねえ」
最初のお願いと、次のお願いは、明らかに違うものだった。
彼女は僕のぱんぱんになった股間に手を這わせると、バンドを外し、ジッパーを下げた。
「えっ?」
「……入れて」
「なに? 聞こえない」
あまりに小さな彼女の声に、僕は本気で聞き返した。
「意地悪しないで。あなたのを、あたしに入れてよ。もう、がまんできない、気が狂いそうなの!」
僕はようやく解放された自分のものをぼんやりと見つめると、戸惑ったように彼女を見た。
「お願いよう! 入れて、ねえ、あなたのおちんちんを、あたしのまんこに、入れて、入れて欲しいの! あたしをめちゃくちゃにして、ねえ」
普段なら失笑するような言葉だった。それが、魔力を持ったように僕の情動に火を付けた。
僕は激しく鼻を鳴らしながら、彼女の上にまたがった。両脚で彼女の足をはさむようにしたとたん、彼女はいらだたしげに、僕の足の間から自分の両脚を引き抜いた。
「だめよ。そんなんじゃ、入れられないでしょう」
言いながら、彼女は自分の両脚を高く持ち上げた。
入れて欲しいんだ。
その時、僕は彼女の気持ちを実感した。
僕は、彼女のパンティを引き下ろすのも忘れて、指で隙間を作ると、その間から挿し込んだ。場所はよくわかっていなかったが、パンティと、彼女の手に導かれて、僕は彼女に入り込んだ。
彼女の口から悲鳴がもれた。
僕が動く前から、彼女は自分の快楽を楽しむように、腰を動かし始めていた。それにつられて僕も腰を動かす。ふたりの結合が束の間姿をあらわし、ふたたび没する。そのたびに、頭の芯がきいんとなるような、びちゃびちゃぬるぬるという音が車内に響く。
彼女は甲高い声を上げながら、持ち上げた両脚を僕の腰に絡めてきた。
僕はわけもわからずにただ獣のように腰を振りながら、彼女の中を往復した。胸をつかんだ手は、荒々しく動き、何度も唇を重ねあわせた。
やがて、熱いものが股間をせりあがってきた。中にするのはいけないことだとわかっていたが、僕にはどうすることもできなかった。
「あ、ま、待って!」
熱い塊が、彼女の中でほとばしった。一瞬の快楽が、僕の全身を焼き尽くす。
僕はぐったりとなると、彼女の上から力なく身体を動かそうとした。
「ご……ごめんなさい」
「……謝ったってだめよ」
彼女は、唇をかみしめるように言った。
「あ、あたし、あなたを誘ってなんかないわ。そりゃ、気持ちよかったわよ。あの人より、ずっとよかったわよ。でも、そんなことじゃないわ」
僕は彼女の乱れた髪をそっと顔の上からはらうと、ほんとうにすまない気持ちになって言った。
「ごめんなさい。本当に。気が済むようにしてくださっていいです。警察に行けと言うんなら……」
「そんなことしたら、主人にばれちゃうわ」
僕ははっとした。そうだ、どうしてそんなことにも気づかないのか。
彼女の目に光るものを見て、僕はいたたまれない気持ちになった。
助手席に戻った僕を無視するように、彼女は汚れた下着を脱ぎ始めた。白濁したものは、彼女のスカートにもついている。彼女は、ダッシュボードから濡れティッシュを取り出すと、のろのろとそれをぬぐい始めた。
身につけたままではきれいにぬぐえないことに気づくと、彼女は、スカートまで取った。
「あ、あの」
彼女は僕を暗い目で見返すと、力のない声で言った。
「いいじゃないの。べつにもう気にするようなことじゃないんだし」
彼女はスカートを持ち上げると、濡れティッシュを押し当てて拭き取り始めた。
むき出しの彼女の部分が、うつろに揺れた。ヘアはきれいに切りそろえてある。あんなふうに刈ってあるなんて、初めて見たが、下の方だけを長めにのばし、上の方を微妙に残してそってあるその部分は、ひどくなまめかしかった。
僕は、またも固くなっているのを感じた。
でも、もうできない。二度の放出は、さすがに僕の獣を抑え込んでいた。
ふと上げた視線が合って、僕は、どうしていいのかわからなくなっていた。その間に耐えきれず、曖昧な笑みを浮かべる。なんとも間抜けなことだ。それしか反応のしようがないのか、おれは!
「だめ……。お願い。もっとしてほしいの。あなただけいって、ずるいわ。あたし、まだ、ほら、こんなに熱いの」
彼女は潤んだ目で僕を見ると、スカートを押しのけ、僕の手を彼女の部分にあてた。僕の出したものと、なにより彼女の気持ちで、あそこは触るだけで音をたてそうなほどだった。
戸惑う僕に、彼女は唇を押し当ててきた。濃厚なキスのあと、僕はズボンを脱ぎ捨てると、セーターとブラを外した彼女の上にのしかかった。多少のためらいはあったが、彼女の上にまたがれば、さっきの衝動が戻ってくるのに時間はかからなかった。
「ここがクリトリスよ……しながら、ここを指でして。おねがい」
彼女の導くままに指を触れると、彼女の身体が大きくそった。息もできないらしい。
しばらくして、長い吐息の後、彼女は本当にうれしそうに僕を見た。
「もっと、もっと。お願い、もっとして」
僕は彼女の中に入りながら、指先を彼女の中心に触れた。
物凄い反応だった。
いつまでやっても、彼女はうれしそうに声を上げた。
「ああ、ああ、いいわ、お願い、いい」
強く、自分のものが締め付けられる感じがあった。僕は、ふたたび彼女の中に放出していた。
「気持ち……よかった?」
僕に向かって彼女はうなずくと、すっかり小さくなった僕にぼんやりと目を向けた。
「まだ、大丈夫よね?」
「えっ」
彼女はそれ以上の返事を待たず、僕の下半身まで身体をずらすと、口にふくんだ。汚いからと言っても、彼女はきかなかった。
すぐに、僕は天をさしてそそり立っていた。
「すごいね。きみ、うれしい」
彼女は鼻声で言うと、僕の下で身体を反転させた。
「後ろからして。ね、後ろから」
僕はなにも言わず、彼女の背中に身体を重ねると、熱く湿った部分に突き立てた。何度も出入りすると、彼女はさっきに負けない大きな声で、すすり泣き始めた。
先の反り返った部分が入り口をかすめるたび、その声は思わずあたりを見回すほどに高まった。
それから、彼女は僕を下にすると、その上で腰を揺すり始めた。僕はそのまま身体を起こして、胸に手をのばした。
「胸、もっと触って。すごくいいの」
唇を尖った乳首にあて、激しくもみしだく。想像よりも全然抵抗のないそれは、僕の手の中でゼリーかなにかのように躍った。
「……いいよ、中で、あなたも気持ちよくなって」
僕は、彼女の悲鳴を聞きながら、腰の熱いものを一気にほとばしらせていた。
朝もやの中、僕を家まで送りながら、彼女は言った。
「あたし、ずっと自分が変だってこと、気づいてたの」
「えっ」
「初めての人は主人だったわ。最初は痛かったけど、二、三回するうちに、夢中になっっちゃったのはあたしの方だったの。あんまりあたしが激しいんで、主人の方がいやになっちゃったみたいで。彼は、そういうの、嫌いなの」
僕は、彼女の言葉に半ば嫉妬を覚えながら、ただ黙って聞いていた。彼女の「主人」の言葉には、彼女の思いがあふれていた。本当に、彼女は旦那さんが好きなのだ。
彼女は、僕の返事を待つふうでもなく、話を続けた。
「それから、あたしは、ずっと自分を持て余してたわ。夜出歩いてたのだって、浮気する気はなかったけど、誰か、あたしを慰めてくれる人がいるんじゃないかって。もちろん、あたし、そんな度胸はないし、いけないことだってこともわかってた。だから、ただ夜出歩いて、お酒を飲んだり、いろいろな人とお話したり……あ、いろいろな人って、ずっと年上のまじめな人たちよ。あたしとおなじくらいの人に声をかけたの、あなたが初めてだったのよ」
自分をどうすればいいのかわからないまま、彼女は夜の街をこの一年近く、ずっとさまよってきたのだという。
「主人がいなければ、あたし、あなたと……でも、ごめんなさい。あたし、あなたも好きだけど、主人しかいないの。主人なしの暮らしなんか考えられない」
「本当にお好きなんですね」
「だから、あたし、死んでしまいたい。でも、セックスは好き。こうやっていても、あなたのがまた欲しくなってきちゃうの……ああ、だめ」
彼女は、震え出しそうになる手を必死でおさえると、突然ブレーキを踏んだ。
いつの間にか、あたりの風景は見覚えのある駅前に変わっていた。
「……着いたけど、家の前まで送りましょうか?」
彼女は、なにごともなかったように笑顔を浮かべると、僕の顔を見た。
でも、僕にはわかった。ほんのわずか、わななくように声が震えている。おしっこをこらえているように、彼女の膝が震えているのがわかった。もちろん、おしっこなんかじゃないことはよくわかっていた。
僕は首を振ると、ドアを開いて外へ出た。
「今日はどうもすいませんでした。送ってもらって、本当にありがとうございます」
「クリーニング、取りに行くの忘れないようにね?」
僕がうなずくと、彼女は魅力的な笑みを浮かべて、小さく首をかしげた。
走り去るベンツの影を、僕はなんとも言えない気持ちでいつまでも見送っていた。
彼女から電話が入ったのは、それから一週間ほどしてからのことだった。
クリーニングの伝票に書いた電話番号を見て、かけてきたらしい。お金を払ってくれたのは彼女だったから、伝票も彼女の手に渡されていたのだ。さいわい、クリーニング屋の人が僕の顔を覚えてくれていたので、コートの引き取りには手間取らなかったのだけれど。
『今度の三連休に、主人や友だちと一緒に、群馬の方に行くことになったの。スキー場や温泉もあるリゾートなんだけど、どうかしら?』
どうして僕を誘ってくれるのか、とたずねると、彼女は一瞬黙り込んだ。
「ぼ、僕はいいですけど、本当にいいんですか?」
『え、ええ。一緒に行く人がたりなくって、学校の後輩ってことにしたのよ。できたら、お友だちも連れてきてくれないかしら?』
電話の向こうの彼女の声が鼻にかかったように感じたのは、僕の気のせいではなかったと思う。
僕はひとまず誘いを受けると、友だちに電話をかけて回った。
いきなりのことに、乗ってくる友人は誰もいなかった。
結局、僕はばつの悪い思いをしながら、彼女の旦那さんの車に同乗させてもらうことになっていた。人数が中途半端で、借りる予定の大型ワゴンをキャンセルしてしまったからだった。
彼女のご主人は、本当にいい人だった。一流商社のいわゆるエリート社員だが、そういったところを鼻にかけるそぶりもなく、彼女の後輩だといううそを、本気で信用しているようだった。
そして、なにより、彼の若い奥さんを、心の底から愛していた。
僕は、群馬の高原に着くまでの間、広いベンツのシートの中でずっと小さくなってすごした。
昼過ぎになって、僕らは高原のリゾートホテルに到着した。
それは、ドラマかなにかに出てくるような、質素ではあるけれどおそろしく高そうな場所で、すぐ近くにはホテルと経営がおなじ温泉風呂まであった。
僕に割り当てられたのは、ただひとり独身を貫いているご主人の同僚の人とおなじ部屋だった。面白い人だったが、どうやら若い僕よりも仲間との賭け麻雀の方に関心があるらしく、ほんの短い間話をした後、すぐに部屋から出て行ってしまった。
僕は結局することもなく、かといって旦那さんの前で彼女に話し掛けるわけにもいかず、ふと思いついて温泉へと向かった。
温泉は露天風呂だった。大浴場から表に出られるようになっていて、自然石を利用してかなり大きな風呂場が作られていた。
「ねえ」
ひとりで湯船につかっていた僕は、突然響いた彼女の声に、どきりとして沈みこんだ。
見回しても、彼女の姿はどこにもない。
よく調べてみると、露天風呂には女湯との間に細い隙間があって、そこには仕切りのために大ぶりの石がいくつかはめこまれているだけだった。その隙間から向こうをのぞくのは無理があったが、声はよく通るというわけだった。
「ねえ、あなた」
その声とともに、大浴場に通じるドアが開いて、彼女の旦那さんがやってくるのが見えた。
彼は僕を見つけて笑うと、片手を上げて挨拶してきた。
「ねえってば」
ようやく彼女の声に気づくと、彼は女湯の方を向いて、僕と一緒にいることを告げた。その声には、ほんのわずかいらだちのような響きが感じられた。
「あっ、彼がいるの?」
旦那さんの言葉に、彼女は困ったように答えた。
彼女が旦那さんになにを期待していたのか、僕にはよくわかっていた。
そして、旦那さんがどう答えているのかも。
ひとしきり世間話をした後、旦那さんは僕より先に上がって行った。
僕はため息をついた。彼女がかわいそうだった。本当は、旦那さんが答えてあげるのが一番なのに。それなら、彼女も何の問題もなく楽しめるというのに。
「ねえ、まだいるの?」
わずかに薄暗くなりはじめたころ、湯船につかりながらぼんやりとそんなことを考えていると、ふたたび彼女の声が響いた。それは、ご主人に向けられた言葉ではなく、明らかに僕に対する口調だった。
「え、ええ」
「そう。あの人が出て行ったのはわかったけど、あなたが出た感じがしなかったから」
静かな声だった。
「……こっちに来ない?」
僕は苦笑した。
「冗談はやめてくださいよ。人に見られたら大変ですよ」
「大丈夫よ。ここ、毎年来てるけど、この時間はめったにお風呂には人が来ないの」
鼓動が高鳴るのがわかった。
「そんな……」
「いいじゃない? お風呂に一緒に入るくらい」
僕はどぎまぎしながら、女湯との間の岩場をよじのぼった。外から見れば丸見えだったけれど、本当にあたりには人影ひとつなかった。あたりを埋め尽す、純白の新雪が目にまぶしい。
彼女は、所在なげに湯船の端に浸かっていた。
僕はその隣に腰を降ろすと、身体を丸めるようにして湯に浸かった。
「ご主人さん、だめなんですか?」
彼女はなにも答えなかった。
「ご、ごめんなさい。そんな立ち入ったこと聞くつもりは」
その時だった。湯の底についた手の上に、やわらかくて小さなものが重なってきた。
「ごめんね。あたし、あの人大好きなの。愛してるの。でも、あなたのが欲しいの。そうしないと、あたし、好きでもない人と寝ちゃいそうなの」
それが誰なのか、なんとなくわかるような気がした。
彼女は潤んだ目で僕を見た。
「ね、ね、ここで、ね?」
「そんな――」
でも、僕の身体はすでに期待にうちふるえていた。湯の中で固く、固くそそり立ったものが天を衝く。自分がこんなになるなんて、僕にも信じられなかった。
「うそつき」
彼女はくすっと笑うと、僕を手で包みこみながら、唇を重ねてきた。
僕は唇を放すと、小柄な彼女の身体を持ち上げて湯船の縁に腰掛けさせた。そのまま、彼女の身体の敏感な場所を愛撫しながら、顔を寄せる。
「寒くない?」
彼女は小さくうなずいた。
「ちょっとだけ」
「じゃ、ちょっとだけ待って」
僕は彼女を大きく開くと、彼女の中心に舌を這わせた。鋭くひっと声を上げて、彼女は身をそらせた。舌に触れたぬるついた感触は、明らかに温泉のものではなかった。
彼女は、僕に触れただけでもうあふれさせてしまったようだった。
僕は彼女の胸に左手を置くと、右手を添えてそっと彼女に入った。本当に、本当にうれしそうに彼女がため息をつく。そう、彼女は、このために生きているんだ。
そのまま彼女を抱えると、僕はふたたび湯船に身体を沈めた。
岩に彼女の身体があたらないように注意しながら、僕は彼女の中で動き始めた。狂ったような声を上げると、彼女は僕の背中に爪を立てた。
次第に、僕は動きを激しくしていった。彼女は小刻みに悲鳴を上げる。あれから、結局旦那さんには相手にしてもらえなかったに違いない。忙しいからって、あんまりだった。
彼女の唇から、旦那さんの名前がもれた。僕は、心臓にナイフを突き立てられたような衝撃を受けたが、それを振り払うように彼女の中に思い切り突き立てた。彼女の言葉が、わけのわからないものになって行く。
僕の腰の動きに合わせて、彼女の腰も激しく動いた。
湯船の湯が、大きく波打つ。
僕は、腰にせりあがってきた熱いものを感じると、素早く彼女を持ち上げて、自分を抜き取った。さすがに、何度も彼女の中で終わるわけにはいかない。そのときにふたりがつながった部分のたてたものすごくいやらしい音に、彼女は思わず声をあげた。
そのときだった。
がらがらと扉の開く音がして、女の人の声が聞こえてきた。僕らは、あわてて岩陰に身を隠した。果てようとしていた自分が、急に醒めてしぼんで行くのがわかった。彼女も、かすかに目を開いて、驚きの表情を作っていた。
「ど、どうしよう、あんなに人が入ってくるなんて」
「そうだね」
狭い岩の隙間に身をひそめながら、僕らは身体を密着させて息を殺していた。
こんな状況だっていうのに、僕はまたいきり立ち始めていた。もともと終わってはいなかったので、あっという間のことだった。
固いものを腰のあたりに感じて、振り返った彼女の目はいやらしく細められていた。それがまた、僕をより固くした。
彼女は、狭い場所で身をよじるようにして僕に向かって腰を持ち上げた。その中央には、僕を欲しがるように開きかけた唇があった。その中から、一筋、つとなにかがながれ落ちた。
こらえきれなくなった僕は、彼女の中に突き立てていた。彼女は、声を上げないように自分の腕を噛んでいる。僕はそっとその腕をどけると、かわりに自分の腕を差し出した。
「そんな跡をつけたら、旦那さんが変に思うよ」
彼女は涙を浮かべながら、僕の腕に口をつけた。切なげに低いうなり声をあげながら、何度も唇をおしつける。僕は、そんな彼女をいじらしく思いながら、激しく後ろから彼女を責めた。
「中で、いいの。ちゃんと、飲んでるから」
今度こそと思った瞬間、まるで僕が感じていることがわかっているように、彼女は言った。僕はうなずくと、かわりに彼女の中心に指を走らせた。思わず上がりそうになった悲鳴を僕の腕で抑えると、彼女は激しく腰を前後に動かした。
指先に当たった彼女の中心が、やっぱり固くなっている。
本当に、本当に感じてるんだ。
頭の芯が白くなって、そのまま僕は彼女の中で果てた。
「あら、こんなところでなにやってるの?」
その声は、彼女の旦那さんの同僚の奥さんのものだった。
好みのタイプではなかったが、美人だと言うなら彼女の方がよほど美人だった。
僕たちは、見られていた。
奥さんの目が細められる。
「あら、そういうことだったの」
彼女はそう言って僕らをしばらく見つめていたが、微笑して岩場の向こうに姿を消した。
しばらくして、人の気配が出て行くのがわかった。
僕らは、岩陰で身を寄せあって身体を震わせていた。
けれども、恐れていたことはなにも起きてはいなかった。
その奥さんは、僕らを見ても顔色ひとつ変えなかった。もちろん、噂もなにも流れてはいない。彼女を迎えた旦那さんは、奥さんの長湯を叱ったが、それは彼女の身体を心配してのことだった。
例の奥さんに呼び出されたのは、その夜も遅くなってのことだった。
「彼女が誘ったんでしょう? やっぱり、彼女はそういうタイプだと思ったのよね」
浴衣に身を包んだ奥さんは、彼女よりはるかに艶っぽかった。
僕がしどろもどろになりながら説明すると、彼女は真顔でうなずいた。
「わかるわ。彼、そういう人だもの。ちょっとお固いのよね。禁欲的なのが好きな女もいるけど、どんなコだって、けっして嫌いってわけじゃないのよ。もちろん、しなけりゃ気が狂っちゃうっていうほど極端なのは珍しいけど」
僕はほっとすると、彼女にさっきのことは黙っているように頼んだ。
「そうね……ふたりのためにはその方がいいでしょうけど、いつまでもあなたとってわけにもいかないでしょう。彼女も、あなたが好きなのよ。旦那とおなじくらいね。そのうち、修羅場になるのは目に見えてるわ」
言われるとその通りだった。彼女も、僕も、がまんできなくなるだろう。
「でね、いい考えがあるのよ」
そう言った彼女の目が、さっき露天風呂で見たときとおなじように細められた。
夜中に、ふたりの部屋から見えるベランダで、僕は例の奥さんに呼び出された。
彼女の旦那さんは、徹マンの最中だった。
僕はひどい罪悪感を感じながら、彼女と一緒に、凍てつく夜気の中に出た。
見ると、部屋には電灯がともっていて、旦那さんが雑誌かなにかを読んでいるようだった。彼女はその近くで、所在なげに座っている。
僕は駆け出して行ってやりたかったけれど、必死でその衝動をおさえた。
ベランダには、小さな植物園があった。その中なら、裸になっても大丈夫だった。
奥さんはどこから手に入れたのか、植物園の鍵を開けると、僕をそっと手招きした。
「あなた、結構気に入ってたのよね。なんなら、本気になってもいいわよ。そろそろあのダメ亭主とも別れようと思ってたしね」
わざと照明をつけて、ふたりにはっきりと僕らの姿を見せるようにすると、彼女は浴衣の帯びをほどいた。その下にはなにも着けていなかった。
目の前の彼女は二〇代後半といった雰囲気だったが、体つきは、いささか幼さの残るあの人に比べると、いかにも成熟した大人の女性だった。ヘアは、形良く手入れされていて、中央の縦筋を隠すように生えているだけだった。
ごくりと生唾を飲み込む音が、はっきりと響いた。彼女が笑う。
「まあ、あんなに激しいことしてるくせに、意外に初心なのね」
言いながら、彼女の手が僕の浴衣の胸元にのびた。僕は、どうすることもできなくて、ただ、ちょっとだけ後ろを振り返った。彼女の旦那さんと目が合ったような気がした。いや、彼は間違いなく僕らを見ている。その目はかすかに見開かれ、驚きに口が半開きになっている。
「いい? 彼に火を付けるくらい激しくやらなきゃダメよ。まあ、あなたなら大丈夫だと思うけど。素質あるわよ」
どうやら、彼女は僕らのしていたことを、かなり詳細に見ていたらしかった。
「ねえ、あたしをこのままにしておくつもり?」
その言葉ですっかり頭に血が昇った僕は、彼女の形のいい胸にむしゃぶりついた。ほんのわずか垂れぎみではあったが、大きめの乳輪も気にならなかった。乳首はもう固くなっていて、ヘアにもなにか光るものが見えた。
僕はもうわけがわからなくなって、彼女の下腹部に手を這わせた。彼女の全身が一瞬痙攣する。
「すごい。さすがに経験を積んだだけはあるね。どこが感じるか、わかってるもの」
彼女は楽しげに笑うと、切なそうなため息をもらしはじめた。あの人よりずっと明るい声だった。本当に、楽しんでいる。
僕は彼女にキスの雨を降らせながら、鉢植えが置いてある架台に両手をつかせた。すでに、十分潤っている彼女は、期待するような目で僕を見た。
「あたし、後ろから大好き」
かちかちにしこった僕は、彼女に後ろから入れた。彼女のあそこはあの人よりほんのすこし狭く、入りにくかったが、十分に固くなった僕と、十分に受け入れ態勢のできた彼女は、すんなり結ばれていた。
いきなり、あの部分がいやらしい音をたてた。したたるくらい、彼女は濡れていたのだ。そして、僕の段差のある部分が、内側をこすって空気をかきだしたのである。おならのような音と、湿ったくちゃくちゃという音が同時にして、それがふたりをより高めた。
一度達していた僕は、そう簡単には果てなかった。彼女は満足げに後ろからされていたが、僕を器用に引き寄せると、そっと耳打ちした。
「ねえ、変えましょうよ」
僕はうなずいて、彼女を持ち上げた。あの人よりちょっと小柄な彼女は、あっさりと持ち上がった。彼女を仰向けにすると、反り返ったものをすっかり充血した彼女の唇の間に突き入れる。悲鳴に近い声がもれたが、やっぱりその声には低い笑い声が含まれていた。
「すごい、すごい、すごい、気持ちいい、気持ちいい」
彼女は単調な言葉を繰り返しながら、本当にうれしそうに僕に腰を打ちつけてきた。腰がとろけそうになりながら、僕も応じる。
「犯して、もっともっと、あたしをむりやりしてると思って! もっと荒々しくして、おねがい」
彼女の発した犯すという言葉に、僕はひどい興奮を覚えた。
僕らは、それから体位を入れ替えて激しくセックスした。僕は、彼女の中を何度も往復した。彼女の奥に何度も当たるたび、彼女は本当にうれしそうな声を上げた。
そして、気がつくと、あの人たちの部屋の電気は消えていた。
「ごめんね、あたし、責任とったげるからね」
彼女は、真顔で僕の顔を見つめていた。
「あのコには無理だけど、あたしなら、旦那を適当にあしらいながら、あんたとつきあってあげられると思うわ。あんたに本当の恋人ができるまで、ね」
彼女は、上気した顔で、息をあらげながら、しかし冷静にそう言った。
「でもほんとはね、こうしたかったのはあたしの方なの。あたしはあのコみたいにしなきゃ狂っちゃうほどじゃないけど、好きな人とするのは大好きなのよ。いまだって、ほんとは、こんなこと言ってないで、もっと楽しみたいのよ。もう、溶けちゃいそうなんだもん」
僕は、まだ彼女とつながっていることに気がついた。
「ね」
帰りの車の中で、あの人は本当にうれしそうに旦那さんに寄り添っていた。行きの時なら、僕は暗い気持ちでそれをながめていただろう。
でも、いまはその気持ちはなかった。
なぜか乗り込んできた彼女が僕の隣で、いたずらっぽく笑った。
僕は、みょうにどきりとして、前からは見えないように、彼女の間に手を置いた。彼女も、うれしそうに僕の上に手を置いた。
こういう関係も、まあ、悪くないのかも知れない。
終わりかも;_;/わかんないけど