花冠

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伸ばすことのできない 手
発することのできない 声

貴方が 欲しかったのに
そう 望んでいたのに

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『元就』

我の名を呼ぶ。
そして、頭を――髪を撫でる。

長曾我部は、いつも、そうする。
我が、不快を顕わにしても、笑いながら。
大きな無骨な手で、童子にするように撫でてくる。

『よせ』
『いいだろ、減るもんじゃなし』
『よせと、言っている』
『俺がしたいんだ、諦めろ』

髪が一房、耳へと掛けられる。
頬へと、堅い指が触れてくる。
そして、輪郭を辿る。

『何をしている』
『お前を確かめてる』

問いへの答が、理解出来ず、睨み付けると。
顎を掬われ、口吻けられる。

『…元就』

触れるだけの口吻けの後。
抱き締められる。
背へと回された腕に、引き寄せられ。
胸の中へと、抱き締められる、と。
心の蔵の音が聞こえる。

それに、我は安堵する。
安堵していた。
長曾我部は、生きている、と。

生きて…。


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豊臣の軍との戦いだった。
同盟を組んでいる四国と迎え討った。
苦戦を強いられたが、勝利した。

それで、終結だった。
…筈、だった。

損害を調べ、体制を元に戻さなければならない。
一刻も早く。
次に備えて。

早く早く早く…急がねばならない、と判っているのに。


「…長曾我部?」

長身の体躯が、仰向けに倒れている。
隻眼が閉じられた儘、開かない。
聞こえていた、ヒューヒューと唇から漏れていた音が聞こえない。

「長曾我部…」

しゃがみ込んだ膝の上、長曾我部の頭を乗せる。
力無く、重い。
眼は開かれない。


先程、目の前で起きた光景を思い出す。
庇われた。
我は、長曾我部の身体に庇われたのだ。

広い、背中が目の前にあった。
突き刺さっている矢と飛び散る血飛沫。
呻き声と怒号。

長曾我部の唇が動いたのが、見えた。
我の名を呼んでいるのが、判った。
我の無事を知って、笑って…長曾我部の身体は倒れた。

そして…。


「…………」

両腕で、長曾我部の頭を抱き抱える。
まだ、温かいというのに、一つ眸は開かれない。
いつも奴が我にしていた様に、髪を撫でても。
指を眼帯の上に、頬の筋に這わしても。
何をしても、長曾我部の眸は閉じられた儘だ。

(…………)

声が詰まる。
喉から言葉が出ない。
叫びたいというのに、罵りたいというのに。
お前の名を呼びたいと、いうのに…。


遠く、勝ち鬨の声が聞こえている。
我の耳を素通りして。

元親。
我の名を呼べ。
もう一度。
あと一度で、良いから。

元親。
逝くな。
我を置いて。
我を一人にするな。


音にならない言葉を噛み。
腕の中の、長曾我部の首を抱き締めた。
嘘吐き、との呟きと共に。


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ごめん。
ごめんな。
ごめんな…元就。

考えるより先に、身体が動いていた。
お前を守りたかった。
どんな事からも。

自己満足だ。
俺の。
お前を守りたいという、俺だけの。

声を出したい…お前の名前を呼びたい。
手を伸ばしたい…お前の髪を撫でたい。
それが…出来なくなるんだ、な。
せめて、これだけを伝えたい…が。
もう、目は開かなかった…………。


…ごめんな。
…愛してるから。
――――――――――元就。






2010.04.10
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元親×元就、元親死にネタ
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