【しるし】 一


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知らない
知らなかった
こんなにこんなにも
欲しいものがひとつある事を

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「よし、これで同盟の締結完了だ。これから宜しくな、毛利」

対峙した席の向こう側から、大らかな笑みと共に差し出されてきた大きな掌に。
我は頷く事だけが、精一杯だった。
調印をしたのだ、握手など必要など無い、と。
膝の上に置いた拳を解いてはいけないと、己に言い聞かせた。
力を入れず、平静を保って。

ただ、向けられた笑みから、眸を逸らす事に。
一瞬の躊躇いと羞じらいを感じ、息を止めてしまった。
長曾我部の蒼い眸を見つめ返してしまった。


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四国、長曾我部の国と長い間の争いから停戦を結ぶ事となった。
戦乱の世が完全に落ち着いた訳では無いが、これ以上の争いは無駄だと両国で判断した為だった。
そして、平穏を選び、友好という建前を持続させる事となった。

――中国の、毛利の為に。

我の今までは、その為に有り。
これからも、その為に或る。
それで良いと、考えていた。揺るぐ事なく。
それこそ、長い間。
…そうであった。
長曾我部という男に会うまでは。


瀬戸内の海を挟んだ四国の国主は、自ら鬼と名乗る風変わりな男だ。
理解が及ばず、己とは相容れぬと思っていた。関わりなど要らぬと。
距離を置いていた筈だ。
それが。
それを易々と越えてきた、長曾我部は。

『細っこいなあ、ちゃんと食ってんのか、アンタは』
『無理し過ぎだって、倒れるぞ、このまんまだと』
『もっと家臣を信用してやれよ、大丈夫だって』

…余計なお世話というものを口にしてきた。
だから、全て拒否してきたというのに。
気付くと、我は長曾我部を気に掛けるようになっていた。

我とは違う。
懸け離れ過ぎたものを持つ男。
羨ましいとは思わぬ。無駄だ。

『毛利は何が好きなんだ。今度、土産に持って来てやるよ』
『いいだろ、別に。気にすんなって』
『あんま考え過ぎも良くねえぞ。肩の力抜けばいいんだよ』

対等とは思わぬ。
しかし、同じ国主という立場を持つ。
その所為だったのだろうか。
…よく判らぬ。今となっては。
長曾我部に、我は心惹かれていた。
いけない事と判りながら、止められないでいた。

だから、我は何度も己を律した。
心を無理に抑え付けようとも無駄なのを知った後で。
それならばと、隠す事に徹した。

告げぬ。決して。
もし伝えたとして、一体どうなる。
どうにもならぬだろう。
伝えた後の事など考えたくも無い。
我は、これ以上の関係を望む事などしない。
国同士の繋がりさえあれば、良い。
さすれば、長曾我部との繋がりは切れる事も無い。

良いのだ、これで。


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「なあ、毛利」
「何ぞ」
「今度さ、俺んトコに遊びに来ねえか」
「そなたの国にか? 何故だ?」
「えーと、いや…そんな大した理由なんてねえけどよ」
「ならば…」
「だからさ、いつも俺がコッチ来てんじゃねえか。
 偶には毛利が俺んトコに来てもいいじゃないかって思ってよ」

散歩と称して、城から我を引っ張り出した長曾我部に急に話を振られ。
我は意図が掴めず、返事に窮した。
確かに、長曾我部の方が訪ねてくる方が多い。
しかし、それは何かと理由付けをして長曾我部が頻繁に訪れてくるのだ。
止める間も無く。

「なあなあ、いいだろ?」
「我は忙しい」
「えー、そんなコト言わずにさあ」
「無理だ」

そう無理だ。
過度の接触は避けねばならぬ。
こうして、長曾我部が訪ねて来る事を密かに喜んでしまっているのだ。
表に出さぬようにしているのだ。

「毛利ってばよお」
「行かぬ」
「ナンでだよお」

言えぬ。
言うわけにはいかぬ。
これ以上聞くな、長曾我部。

「帰る」
「あ、一寸待てってば毛利っ」

保っているものが崩れるのを畏れ、我は長曾我部から離れる。
踵を返し、後ろを見ずに、城へと早足で戻った。
言葉を飲み込む為に、唇をきつく結んで。





2011.06.18
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元親×元就♀、一周年アンケートの纏めネタからですv
両想いなのに擦れ違いばっかな四国と中国の国主の話
先ずは、元就視点でv