誘惑 〜表
--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--
理解不能なもの
理解する気も起きない
一方的なもの
受け入れる気などない
一欠片もある筈がない
--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--
海を渡ってくる男がいる。
それも戦いではなく、別の理由でだ。
『アンタに会いに来た』
馬鹿としか言い様が無い。
初めて聞いた時には、呆れる以外なかった。
何を好き好んで、現在は同盟を結んでいるとはいえ。
つい最近まで、瀬戸海を挟んで戦っていたというのに。
つくづく、この男の思考は読めぬ。
否、理解出来ぬ。
本人自身がいう鬼だからだろうか。
馬鹿げた事を嬉々として言い放ち、奇異な振る舞いを平気でする。
そして、何が楽しいのか、常に笑っている。
周りに人を置いて。
それは、良い。
男の好き勝手にすれば良い。
だが、それに我を巻き込むなと。
何度も繰り返し、告げているというのに。
一向に、止めようとせぬのが気に喰わぬ。
いっそ、その喉元に手刀を決めてやれば、口を効かなくなるか。
「なあに、物騒なコト考えてんだよ、アンタは」
「何の事だ」
「口に出さなくたって判るって」
「………」
「その顔見りゃあよ」
眉が寄る。
この、如何にも何でも知っているという態度に。
むかついて仕方あらぬ。
「偶にしか来れねえんだしよ、もっとこうさあ」
「…何が言いたい」
「機嫌良く出迎えてくれたってバチ当たらねえぜ?」
「…戯けた事を」
睨もうと、遠ざけようとも。
一つも懲りずに、傍に近付いてくる男。
まるで、寄り添う様に。
「なあなあ」
「何ぞ」
「今度はさ、アンタが俺んトコに遊びに来いよ」
「冗談は好かぬ」
「違うって、本気だって」
「なら尚更だ」
「ナンでだよ」
「理由があらぬ」
「あるって」
この堂々巡りの会話も慣れたとはいえ、疲れる。
無駄なものでしか無いというのに、付き合わされる身にも…。
なってみろっ!
「なあなあ、いいだろぉ」
「………」
「ん? ナンだ?」
「あらぬっ」
あまりのしつこさに、堪忍袋の緒が切れるというものだ。
我らしくなく、声を荒げた事も。
男から離れる為、己から動いた事も。
「毛利?」
隻眼を瞬かせて、我を見る男に。
効果があったのを確信して、我は踵を返した。
これ以上、付き合う事など無い。
今まで通り、切り捨てれば良いだけの事なのだ。
あとは、その通りにすれば良い。
我は男から、長曾我部から背を向け足を進めた。
そこへ。
「ちょーっと、待ったあ」
耳が痛くなる程の煩い声と共に、手首がいきなり握られた。
「貴様、何をする」
「まだ、返事貰ってねえだろ」
「断った筈だ」
「そんなコト言うなよ、いいじゃねえか」
「煩い、離せ」
「駄目だ、来るって返事をくれるまで離さねえ」
顳が痛む。この話の通じ無さに。
この執拗さは、どのようにしたら振り払えるのだ。
「なあ、毛利いいだろ?」
「…一度だけぞ」
「ホントかっ」
「その代わり、二度は行かぬ」
「ああ、判ったっ」
此奴は童子と同じか。
一度、気を済ませてやれば良い、のか。
満面の笑みを浮かべて、我へと向かい合う男を見ると。
溜息すら、馬鹿らしくなる。
「約束な」
握られていた手を引き上げられる。
そこへ、男は己の唇を触れさせてきた。
息と温もりが、生温く触れてくる。
「絶対だぞ、約束したからな」
懲りない念押しに、我は無言で頷いていた。
2011.11.30 back
元親×元就
呟きでリクエストしたら描いて頂けた素敵絵に
触発されて書きましたv 指先へのkissですvv