HANABI


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更々と
澄んだ水の様に
指の隙間から流れ落ちて
消えてゆく
掴まえる事の出来ない花火の光の様に

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「長曾我部?」

あまりにも静かなので、後ろを振り向くと。
先程まで確かに起きていた、長曾我部が眠っていた。
大きな図体で。
四肢を伸ばし、俯せで眠っておる。
その姿を見ると、寝首を掻く気も失せる。
蹴り飛ばしたくはなるが、面倒なのでせぬ。

いつもの奇天烈な様相ではなく、こちらで用意した物を着ている。
長曾我部の身体に合わせ、誂えた着物を。
寛いでいるというよりも、油断しきっている。
此奴は、何故こうも我を無条件に信じるのか。
痴れ者の一言では済まぬ程に。
我へと近付いてくる。目の前に立つ。
破願し、笑いながら手を差し出してくる。
意味が判らぬと言おうが、撥ね退けようが。
懲りる事を知らぬ。
ひたすら、我へと告げてくる。

『俺はアンタに惚れてんだ、毛利』

履き違え様のない、真っ直ぐに言葉に。
我は一度も、返事を返した事は無いが。
長曾我部も、返事を強要してきた事は無い。
ただ、笑っておる。へらへら、と。
さも…いや、いい。栓の無い事だ。

立ち上がり、傍へと寄り、座る。
起きる気配が無いのを確認し、その寝顔を眺めてやる。
滅多にあらぬからな。ほんの気紛れだ。
銀の髪へと手を伸ばす。
意外にも、柔らかな感触に目を細める。
てっきり、ごわついているものだろうと思っていたのでな。
不思議なものだ。

今、こうして此奴が居る事にも。
我がそれを許している事にも。
次があるかどうかも知れないと判っている事にも。
理由など要らぬと思ってしまっている。
長曾我部の所為で。

『逢いたいんだよ、俺はアンタに逢いたいから来るんだ』

我は、その言葉に拒めなくなっている。
繰り返し、囁かれ浸透した長曾我部の言葉に。

しかし、判っているのか、長曾我部。
今の世を。互いの立場を。
明日など判らぬ、そんな時勢をと、問うた時に。

『だから、今なんだろうがよ』

そう答えおった。この馬鹿は。
そして、我は一笑に付そうとしたが、出来なかった。

もう一度。又、もう一度、と。
長曾我部は時間を作り、我の元へと来る。
次への口約束をし、海へと出る。
保証など出来ぬものを絶対だと言って残してゆく。
信じてなどおらぬ。
捨て置いておる。
必要など無いと。
我を我である為に、保つ為に。
だと云うのに。

『それでいいって。アンタはアンタのままでいてくれりゃ、俺はいいさ』

真顔で云われ、我は呆れたものだった。
そして、それでも良いと思った己に。
無意味だと思えなくなっている己にも。


「…ん、どした?」
「起きたか」

髪を撫でていた所為か、長曾我部が目を覚ました。
その手を止める事はしなかったが。

「どした、機嫌いいなあ…まさか、夢じゃねえよな」
「夢かどうか、その頬を抓ってやろう」
「それは勘弁。折角、いい気分なんだからさ」
「おい、何をする」
「いいじゃねえか」

俯せの身体で這いずり、長曾我部は頭を我の膝の上に乗せた。
重みが掛かる。
今、ここに居ると。
我は髪を又撫で始めた。

「…ホント、機嫌いいんだな」
「悪いか」
「悪くねえって」
「そうか」
「最高だ」

膝に懐く長曾我部の髪を我は撫で続けた。
別れは来る。
それは確実に。
いつ、どのような形でも。
だが、それまでならば、許されるだろう。
…甘い事だ。無為に出来ぬ。

「まだ、もう少しな…」

手を取られ、指へと長曾我部の唇が触れてくる。
その温かさに、軽く食はまれる感触に我は目を細めた。

「…後少し、な」
「ああ」
「だからさ、それまでさ」

その先を聞きたいとは思わぬ。
長曾我部が口にせず、濁す言葉は。

「元就」

呼ばれ、伸ばされた手に促され儘。
我は長曾我部へと屈み込み、唇を重ねた。
明日を掻き消して。
今だけなのだと、己に強く言い聞かせて。

…元親。





2012.05.18
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元親×元就
先の未来を判っていても一時寄り添う瀬戸内の2人
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