「貴方に花を」 三
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会わなければ
落ち着くのではないかと
期待していた
しかしそれが間違いだったと
気付いてしまった
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長曾我部が自国へと帰り、妙に居城の中が静かとなった。
本来の在るべき姿に戻っただけだと、云うのに。
何故、落ち着かぬ気分になるのだ。
我は。
長曾我部の騒がしさに慣れてしまったのか。
それはそれで、腹立たしい。
静寂を取り戻した、そう思えば良いと云うのに。
「元就様」
「何ぞ」
「こちらの物が客室に在りまして、長曾我部殿のお忘れ物かと」
家臣が伺うように持ってきた物は、確かに長曾我部の物だろうと推測される。
紫紺の布に包まれた翡翠の珠。
掌に乗る大きさであった。
忘れていくなど、あの虚けが。
お宝お宝と、普段から騒いでいながら、こうして忘れるなど。
呆れるしかない。
「如何致しましょう」
指示を待つ家臣から目を離し、我は暫し、その珠を睨む。
存在を主張しているのが、何とも気に食わぬ。
この小さな大きさの物が。
「お送り致しましょうか」
「…よい、我が預かる」
「はっ?」
「我が預かると云った」
「御意、では保管用の箱をご用意致します」
「うむ」
我の返答の意外さに、驚いたのだろう。
当然だ。
我が打ち捨てるかと思い、先に送り返すという選択を口にしたのだろうからな。
しかし、動揺を一瞬で消し、次の行動に移る姿勢は良い。
無駄が無い。
「では、箱の用意が出来ましたらお持ち致します」
丁寧に頭を下げ、退出して行くのを見送り。
我は手の中にある珠をもう一度見た。
硬質であり、珠の為滑らかな曲線を持ち、ひんやりとしている。
掌の上で転がす。
何の音もせぬ。ただ、転がるだけだ。
何処までも翡翠の色を浮かべながら。
何故、忘れていった。
何故、置いていった。
長曾我部の考える事は、不可解だ。
考えるだけ、無駄だと判っておる。
なのに、たった一つのこの珠の存在で、長曾我部の事を考えてしまうなど。
我らしくない。
そうだ、我らしくなどない。
手元に、長曾我部の物を置くなどと。
『ナンで、いつも土産モン受け取ってくれねえんだよぉ』
『要らぬからだ』
『イイじゃねえか、物に罪はねえだろうが』
『要らぬものは要らぬ』
『ナンだよー、ケチ臭えなぁ』
長曾我部は土産と称し、色々な物を持ち込んできていた。
それを我は一度も受け取った事は無い。
形のある物を手元になど、したくはないのだ。
個人的な物など。
珠を布へと戻す。
そして、布でくるみ、我の視界から消す。
焦燥感を拭う為に。
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箱の蓋を開けなければ良い。
蓋をした儘ならば、それを見る事は無い。
つまり、触れなければ良い、筈なのだ。
なのに、我はあれから事ある毎に箱から珠を取り出し、掌に乗せていた。
預かり物を無くしていないという確認を理由にしていた。
しかも、それを一々己に言い訳しながら。
嫌気が差す。
それでも、珠を見る事を我は止められないでいた。
翡翠の色を凝縮した深みのある色合いを持つ、珠に。
我は固執をしていた。
いくら、頭で否定しようとも、意識は向いている。
その珠に。
何故という答も、判っておる。
ただ、認めたくないという一点のみで。
預かるという大義名分の手前、珠は我の室の文机に置かれている。
静かに、鎮座しておる。
我以外は誰も触れぬ。
触れさせぬ。本来の持ち主に返すまでは、と。
正論を翳す。
我は一体、何を望んでいるのだろうか、と。
自問自答する。
今更の事を。
判っておる。
答など、判り切っている。
認めたくなど無い、と軋んでいるだけなのだ。
だが、認めたとしてどうなる。
どうなるものではないのも、判り切っているのだ。
ならば、何もせぬという選択肢を我は選べば良いのだ。
…そう、と判っておる。
やはり感情というものは厄介でしかあらぬ。
満たしてやらねば、いつまでも切望する。
己自身だと、尚更に我欲が強まってゆく。
日に日に…。
長曾我部。
海の向こうにいる男に。
向いてしまう情を。
我はどうするか、決めねばならぬ…な。
2012.08.15 back
元親×元就
アニキの忘れ物に、ナリ様色々苦悩中
BGMはミクの【貴方に花を 私に唄を】でどうぞv