「貴方に花を」 五
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ちくりと痛みを伴う感情
何故と裡に問う
答が判っていても
判っているのに
繰り返し問うてしまう
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いつもの事だ。
長曾我部が安芸を訪れた際は、いつも宴会となる。
最初の頃は、同盟国に対する歓待だった筈が。
いつの間にか、無礼講の呈を様するようになっておる。
夜半まで続くその大騒ぎに、我は最後までおった事は無い。
早々に、退出する。
当然だ。付き合ってなどいられるか。あの様に場に。
騒がしいのは、好まぬ。
我の私室から遠く離れた場所を使っておるので、騒がしい音は届かぬ。
その為、室に戻ると、安堵する。
何が楽しいのか。何が面白いのか。
何故、あの様に騒ぎ立てるのか判らぬ。
長曾我部という男は…。
何かも違い過ぎるの、だ。
我とあの男は、相容れぬ。
それは判っておる。それが事実なだけだ。
なのに、我は長曾我部を気に掛ける。
一々、その言動に神経を尖らせる。
相手にしなければ良いと云うのに。
そこまで考え、我は頭を軽く振る。
思考を四散させる。
無為だ。考えても詮無いと、何度思った事か。
それを無駄に繰り返している己が、腹立たしい。
囚われるものなど、要らぬと云うのに。
我には、だ。
我には何も要らぬ。
この安芸さえ、毛利の家さえ、守る事さえ出来れば。
何も要らぬのだ。
「毛利」
…なのに。
呼ばれた声に、我は振り返ってしまっていた。
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「月…キレイだよな」
「満月ではないがな」
「それはそれで、風情があるじゃねえか」
隣に座る長曾我部は、手酌で酒を呑み続けている。
我の部屋で。
障子を開け、夜空の月を見上げながら。
酒宴を抜け出して来た長曾我部は、礼をもう一度云いたかったと云い出してきた。
何の事かと思えば、忘れていった物を我を預かっていた事に対してだった。
そう云われ、件の翡翠の珠を我は思い出す。
美しい物であった。長曾我部が気に入っているのが、珍しく判る程の物だった。
お宝お宝と、騒ぐだけの男かと思っていた。
執着はなく、ただ次々に目新しい物に目を向けるだけの。
「ホントさ、ありがとな」
「既に何遍も聞いておる」
「でもさ、云いてえんだよ、マジ、諦めかけてたからよ」
「ならば、国元に厳重に保管でもしておけ」
「それは、つまんねえって」
「何故だ」
「こうして、手元に置いてあるのがイイんだって、いつでも愛でられる」
「酔狂な」
かもな、と云ってから、長曾我部は苦笑いを浮かべた。
我の方を見、隻眼を細めて。
「なあ」
「何ぞ」
「アンタも偶には呑まねえか」
「…酒か」
「偶にはってのだったら、イイだろ」
理屈が判らぬ。だが、それよりも判らぬのは、我が手渡された杯を取った事だ。
手に取った杯に、酒が酌まれてゆく。
ほんの少し香る、酒精が鼻につく。
良い…香りだ。
一口、杯の縁の口をつけ、ゆっくり酒を含む。
「どうだ?」
「…美味い」
「だろ? これだったら、アンタの口でも合うと思ったんだ」
「我の?」
「アンタと酒を呑んでみたくてよ、色々探してみたんだ」
「…そうか」
長曾我部の隻眼が、今度は嬉しそうに笑う。
海の蒼の色が、嬉しそうに揺れる。
―――我は酩酊しておるのか。
視界がふらりとする。裏を探る思考が動かぬ。
足止めをされている様な、歩を進むのを躊躇う様な。
だが。
それを厭う、己がおらぬ。
理性がゆっくりと剥がれて落ちてゆく。
それを目で追う事も、手で掴もうとも思わぬ。
ただ。
今、目の前に居る男に、長曾我部に、我を手を伸ばした。
「…長曾我部」
「ん? どうした、毛利?」
返答の代わりに、我の手が長曾我部の服の袖を掴む。
力を込める。指先に。掌に。
「長曾我部」
そして、もう一度、我は長曾我部の名を呼んだ。
己から身体を傾けながら。
2012.08.23 back
元親×元就
忘れ物が何か一つの切っ掛けになったのか…どうか…
BGMはミクの【貴方に花を 私に唄を】でどうぞv