「貴方に花を」 七


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思い通りにならない事など
今までにいくらでもあった
どうしようもない事
どうにもならない事
それらは全て諦めでやり過ごしてきた

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目を覚ますと、目の前に眠っている長曾我部が居た。
昨夜の事が思い出される。
夢だと片付けてしまうには、生々しい記憶となっている。
しかし。
夢だったと、そうしてしまわねばならぬ。

酒の所為、だと。
覚えていないのだ、と。
何もなかったのだ、と。
全て、封じなければならない。

静かに眠る長曾我部の顔を見る。
眼帯が外れていた。
引き攣れている、瞼を覆う傷が見えた。
深い寝息なのを確認し、恐る恐る、指でその傷に触る。
目を覚ますなと、願いながら。
息を潜め、それでも止まらぬ己の指を長曾我部の傷に添わせる。

………。

湧き上がってくる感情を押し潰す。
形にはせぬ。
言葉にもせぬ。
この感情に、名など付けぬ。
何もなかったのだ、と。夢だったのだと。
己に言い聞かせる。強く。

日が昇り始めていた。
室の中が明るくなり始めている。
長曾我部の顔もはっきりと見える。
我は目を閉じ、深い息を飲み込み、静かに身を起こす。
音を立てぬよう、立ち上がり、もう一度長曾我部を見る。
起きる気配が無いのを確認し、我は室を出る。

身体の奥に残る熱を。
今だけ、と。
言い訳をし、我は室を出た。
長曾我部を残し、て。


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何事もなかったのだから、記憶がなくて当然だ。
長曾我部には、酒で酔い潰れ、眠ってしまったので、室を明け渡したと。
説明をした。
これ以外の理由など、あらぬ。
我は別の室で、眠ったのだと。
長曾我部に云い、己には事実と認識させた。

『済まねえ』
『別によい、気にしておらぬ』

何かを確認したがっていた長曾我部だったが、それを我は聞かなかった。
水を向ける事も、聞く耳も、持たぬとしていた。
云ってどうなる?
夢なのだ。忘れてしまう。
現実にあった事などではない、夢だった、のだからな。

全て、夢、なのだ。
そう、もう一度、己に言い聞かせる。
長曾我部の物言いたげな視線に、屈服せぬ為にも。

『あのよ、…毛利』
『何ぞ』
『迷惑掛けちまってホント済まねえ』
『もうよいと云っておる』
『うん…そうなんだけどよ』

水を向けられるのを待っている長曾我部を我は敢えて無視をする。
口にすれば、そこから細い糸を手繰るように、長曾我部は何かを掴もうとするであろう。
だからこそ、何も口にはせぬ。

いいや、何もなかったのだ。
故に、口にする事など無いのだ。一つも。

『これに懲りたなら、二度と深酒などせねばよい』
『あっ………えーと、うん、そうだな。気を付けるよ』
『口先だけのものにならぬようにな』
『…ちゃんと、反省してるって』

長曾我部からは、踏み込めぬ。
我は、踏み込ませぬ。決して。
何事もなかったのだから、な。
聞かれる事も、話す事も何もあらぬ。

…無い、のだ。

『じゃ、毛利、今度来る時はナンか詫びの品でも持ってくるな』
『要らぬ』
『そんなコト云うなって、迷惑掛けちまったんだからよ、俺の気持ちってコトで』
『要らぬ』
『毛利〜』

形で残る物など要らぬ。
ましてや、昨夜の詫びの品など欲しくなどない。
手放せなくなる物など、我には必要の無いものなのだ。
執着も、未練も、全てだ。
我に感情など不必要でしかあらぬ。

『絶対、持ってくっからな』
『それより、さっさと帰国せよ、国主であろうが』
『…判ってる、って』
『しっかりと自覚せよ』
『…してるって』

早く帰れ。
帰るの、だ。
何も無かったのだからな。
我達の間には。

『んじゃ、次、来る時は絶対に持ってくっからな』
『無駄だ』
『ナンでだよー』
『我は受け取らぬ』

切りの無い押し問答に、長曾我部が苦虫を潰した顔をしたが。
一歩も譲る気は無い我は、波立ちそうな感情を抑え。
長曾我部を中国の国主として、見送った。





2012.08.30
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元親×元就
後悔なのか、意地なのか、凝り固まってます、ナリ様
BGMはミクの【貴方に花を 私に唄を】でどうぞv