「貴方に花を」 九


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期待しない
願わない
欲しがらない
全て無に期すものだけ
だから心を殺してしまおう

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音沙汰が無くなった。
同盟国としての諸処の連絡は、当然ある。
無くなったのは、長曾我部個人からの連絡だ。
覚悟していたものが、きただけだ。
その時が。

三月経ち、それから一月一月と時が過ぎ。
半年、長曾我部は以前の様に訪れなくなった。
これで良い、と。
何度も己の心の内で、繰り返す。

あの夜の事は。
あの一時だけ受け入れたものだ。
その後に拒否をしたのも、我だ。
長曾我部の眸が、無言で訴えてきたのを無視もした。
あった事を無かったものにした。
その一択以外選ぶものはなかった。

そして、結果が出た。
我の望んでいた通りの。
国は落ち着いておる。
毛利の家も安寧しておる。
些末な事はあるが、概ね何の問題も無い。
我は、我の為すべき事を為していた。

安芸の国主として。

個人の感情は要らぬ。
駒として動く。
我は、それで良いのだ。
我は、この儘を貫いていけば良いのだ。

『毛利』

我は振り向かぬ。
その声には。もう二度と。


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平穏など、長く続くものではない。
この戦国の乱世で、一時的な平和など。
焦臭い情報が錯綜し、他国の動向に神経を尖らせる。
国の守りを堅め、息を潜める。無駄な戦いを避ける為に。
我は天下などに興味は無い。
しかし、それは他へは通用せぬ。
だから、降り掛かる火の粉は払う。
安芸を毛利を守る為に。

しかし、豊臣の力は大き過ぎた。
人海に依る殲滅戦。
その上の奇襲。
包囲網を真綿を締める如く狭めてくる。
そして、同盟国との分断。
四国と完全に切り離された。

続々と報告させる戦況は、時間の問題であった。
渦に飲み込まれるのは、必至であろう。
簡単に飲み込まれはせぬが。
無駄な抵抗と笑えば笑え。
我の、毛利元就としての矜恃は折れぬ。

「殿っ」
「何ぞ」
「四国が…長曾我部が落ちましたっ」
「そうか」

目を閉じ、大きく息を吸う。
ゆっくりと、その息を吐き出し、我は輪刀を握る掌に力を込める。

長曾我部。
先に逝ったか。
何を思うた? 最後に貴様は何を考えた?
そんな詮無い事が浮かぶ。
二度と聞く機会など無い所為なのか。
後悔なのか。未練なのか。
今となっては、この儘、判らぬ儘で良い。
我らしくもないのは、承知だ。

「我が出る」
「はいっ」

立ち上がり、周囲を見渡さず、前のみを見据え。
我は歩き出す。手に足に力を込め。
揺るがぬ。決して、我は。
死は恐れぬ。惜しむ事もあらぬ。
それこそ、今更の事だ。
毛利の駒、その一つであれば良いのだ。

一歩進む事に、幾ばくかの感情を削ぎ落とす。
躊躇いも、荒ぶりも、起伏を捨てる。
そして、凪だけが我の中へ残ってゆく。

長曾我部。

云っても良いか。
口にせぬ。思うだけだが。

貴様が我へと向けたもの。
同じものだったのだ、と。
我から返す事が出来ぬものであったとしても。
同じものであった、と。
届かぬ、が。
それでも、同じであった事に。
我は…。


意識が沈む。生から死へと移行していく。
そして、我の目から何もかも消えていった。





2012.09.19
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元親×元就
戦国の世です、最後の時です
BGMはミクの【貴方に花を 私に唄を】でどうぞv