常套句 i


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考える事を放棄したい
何も考えずに
ただ心の儘に
貴方を好きでいられたら
どんなに良いだろうか

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政略結婚だ。
それ以外、何モンでもねえ。
国の当主だ。正室がそうなるのは仕方ねえ。
そんなの判ってる。
その分、側室を好みで揃えときゃイイってだけだ。
と、ココで俺は一人をいいコトにおっきな溜息を吐いた。
頭では判ってる。
幾らでも判ってる。
長曾我部の嫡男で生まれ、国を親父から継いだ時から。
一々、説明されなくたって判ってた。
俺個人の自由は、本来はねえ。
ワガママは言える。それを通せる。
それはある程度まで、だけどな。
無茶も無謀も許される。許容範囲を超えなけりゃ。
別にそれはイイんだ。
立場を理解してっから、納得もしてる。
俺には俺が背負うモンを判ってる。
だから、瀬戸海を挟んだ向こうの国の人間を娶るには、文句はねえ。
それで、同盟を組むんだ。
戦国の世じゃ、常套手段だろ。
婚姻って名目の人質なんか。
しかも、こっちの方が娶るんだから、あっちからの輿入れなんだから。
どう考えたって、有利だろ。
後は子さえ成せばイイ。
血の繋がりを作っとけば。
そうして受けた婚姻だった。
中国の毛利家から差し出された女を。

毛利元就、ってゆー戦場で何回も闘いを繰り返した相手を。
俺は嫁として娶るコトになった。


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「兄貴、大丈夫か?」
「大丈夫も何も、決めたコトだしな。ま、どうにかなんだろ」
「こっちは心配してるってのになあ」
「本当、兄貴らしいな」
「これも国主の務めだろ」
「まあ、そうなんだけどな」
「心配は心配つーか、何しろ…」
「相手が相手だからさ」
「その相手だから、こうした方がイイんだって。そうだろうが」
「それは判ってるって、でもな」
「兄貴一人に背負わすのがなあ」

兄弟三人の酒盛り中。
親貞と親泰が交互に心配してくる。
まあ、心配すんなって方が無理なのは判ってる。
中国との同盟を組むのはイイが、所詮は敵国だ。
何時、どうなるかなんて判らねえ。
情勢は簡単に覆る。
けど、そん時はそん時だ。何とかするさ。
それよりも、こいつ等が心配してんのはそれだけじゃねえからなあ。

「毛利…元就、だしなあ」
「冷血通り越して、血も涙もないんだろ」
「それが兄貴の嫁さん…」
「…俺達の義姉さんになるってのがなあ」
「おいおい、俺より自分らの心配かよ」

二人のあまりの落ち込みに、軽口で明るく云ってやると。
二人が同時に、俺へと真剣な眼を向けてきた。

「違うって。兄貴にはさ、好いた女を娶って欲しかったんだ」
「そうだよ。嫁くらい好きな相手とさ」
「沢山さ、責任負わせてるだろ、だからせめてさ」
「相愛の相手とさ添い遂げて貰えたらなって」

ああ、俺はイイ身内を持ったもんだ。
この二人の弟の為ってのでも、イイと思ったぞ。
毛利家との婚姻が。
こいつ等の為になら、上手くやってやるってな。
相手がどんなんでも構わねえ。
最初っから、政治絡みの婚姻だ。
割り切るのも、楽チンだ。
ありがとな。お前達のおかげで腹が括れたわ。
大丈夫だ。
安心しろ。
俺は両腕を伸ばして、親貞と親泰の頭をがしがしと撫でてやった。
犠牲だなんて思わねえ。
これは俺だけが出来るコトのひとつだ。
婚姻なんて何でもねえ。
気にすんな、と俺は心配症の弟二人に笑ってやった。


それから、一月後。
約束通りに、中国から毛利元就が輿入れて来た。
派手さはなく、逆に質素過ぎて驚いた。
いや、そんなコトよりも。

「元就と申します。末永く、どうぞ宜しくお願い致します」

上座の俺の前、深々と頭を下げた謙虚な従順な姿に。
俺は心底、驚いた。
何とか、態度には出さず、目を見開き掛けたのを寸で、抑えた。
一体、ドコをどうやったら、死ねと俺に刃を向けてきた女と同一人物に見えるってんだ。
戦装束から花嫁衣装に着替えた女は、楚々とした人形の様で。
目を奪われる程、綺麗だ。
綺麗過ぎて、人でねえ様な気もした。
狐に化かされてる気にも、なる程にな。

「ああ、こっちこそヨロシクな」
「はい」

毛利…いや、元就。
俺のトコに嫁いできた女に。
俺は俄然興味が湧いてきた。
喰われてたまるモンか。
ぜってえに、俺が喰ってやる。
どうせ、腹ん中で謀はしてんだろう。
アンタの策略には、決して嵌らねえからよ、と。
俺は顔を上げた、元就に思いっ切り笑い掛けてやった。





2012.10.28
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元親×にょ元就のお話です
アニキ視点
四国と中国間の婚姻での同盟からです