常套句 ii


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表面だけを繕う
深層部分には目を向けず
意識を逸らす
そう努力し続ける
自分を保つ為に

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この戦国の世に。
女の身で生まれたのは、仕方あらぬ。
選べる物では無いのだから、嘆くだけ無駄と云うものだ。
生まれ落ちたのが、毛利の家であるならば女と云えど、必然的に役目が伴う。
それは幼い頃より云い含められてきたものであるから、抵抗など無い。
義務と思うおておる。
政治の道具として、嫁ぐ事は。
何処へ嫁ごうが、問題は無い。出来るだけ優位に、駆け引きの手段にすれば良いのだ。
相手など問題では無い。
ただ、我は女の身でありながら戦場へと立った。
兄の代わりとして、そうせねばならぬ事情の為に。
国を守る為、家を守る為に、我は戦装束を身に付けた。
乳母などは嘆いたが、我は密かに昂揚していた。
守られるだけの立場からの解放が、心地良かった。
戦場に赴き、生死の境を潜り抜ける。
城の中、奥深くに居るだけであったら味わえないものだった。
あの男と刃を交わした事は。


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「…本気か?」
「はい、本気で御座います、兄上」

兄の顔が苦渋に歪む。
けれど、我は意志を変える気はなく、その儘、兄へと視線を固定する。

「確かに、それならば地盤が固まるが…」
「どうぞ、そのお役目を我に」
「しかし…」
「我も兄上、貴方様の駒の一つであります」
「元就」
「お国の為、お家の為になりますならば、この身如何様にもお使い下さいませ」

丁寧に頭を下げる。
兄に有無を云わさぬ為にも。
周りの家臣達からの、賞賛の声を引き出す為にも。
これで決まるであろう。
我の輿入れ先が。
嫁ぐ事に文句は云わぬ。その代わり、その先は我が決める。

「判った。では、その様に申し入れよう」
「はい」
「本当の良いのだな、元就」
「はい」

楚々と丁寧に、返事を返す。
これで良い。我の思惑通りに事が進むであろう。
勿論、我自身でも進めるつもりである。
四国の主、長曾我部の元へ嫁ぐ事を。


四国の地へと降り立つと、国主自身が我を迎えに出ていた。
大柄な男だ。
船の上から見下ろしても、存在が目立っておった。
こうして、目の前にすると余計に際立つ。
戦場で何度も対峙したが、その時とは又違う印象で。

「ようこそ、四国へ。田舎で驚いたろう」
「はい」
「はは、正直だな、アンタ。こうゆう時は思ってても口にはしねえもんだぜ」
「はい」

背も高い男が、身体を屈めて我の顔を覗き込んでくる。
その不躾な様に、眉を軽く顰めておく。
周りの家臣達より、緊張が伝わってくる。
一色触発にならぬ様にと、気を遣っているのであろう。
我は内心で、密やかに笑った。
この位の事で、揺るがぬ。
互いの首を獲ろうとしていたのだ。少し前までは。
煮え湯を飲ませられた事も、飲まし返してやった事もある相手なのだ。
挑発に容易く乗るなど、せぬわ。
愚かな事だ。

「ま、アンタの国元みてえにはいかねえが、そこんトコは我慢してくれ」
「はい」
「要望がありゃ出来るだけ聞いてやる」
「はい」
「だから、さっさとこの国に慣れろ。なっ」
「はい、判りました」

低く力強い声が、楽しそうに笑う。
この男の判らぬところだ。
大らかなのか、馬鹿なのか。
ほぼ、馬鹿だろうと我は思っておるが。
単純過ぎるが、侮れぬ。
気は抜かぬ。決してな。

「ほいよ」
「何でしょう」
「手」
「手、ですか?」

長曾我部の手が我へと差し出される。
意図が読めぬ。
首を傾げると、手首を掴まれた。

「何を」
「手、繋ぐんだよ、こうやってな」

言葉と同時に、手を握られた。
長曾我部の手の中に、我の手が。
あの巨大な得物を悠々と扱う手は固く、大きい。
そして、温かいものであった。
普段ならば、即座に手を引き抜くであろう。
その無礼な手を叩くであろう。
しかし、我はそれをせず、長曾我部の手に己の手を委ねてみた。

さあ、どう出るであろうか、この男は。

繋がれた手をその儘に、我は長曾我部を見上げ微笑んでみた。
青の目の中を覗き込む様、見つめながら。





2012.10.29
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元親×にょ元就のお話です
ナリ視点
結構楽し気に輿入れしてます