常套句 viii


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説明が出来ない
理路整然にも出来ない
何かが狂わされていく
軌道修正が不可能な方向へと
それを止める術もなく

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何が起きているのだろう、か。
我は何をされている?
我は何をしている…のだろう。

縋っておる。
長曾我部に。

抱き寄せられた腕の中、その腕に我は掴まっている。
息が詰まる。
息が出来ぬ。
苦しい…息苦しい。
あまりにも、近すぎるのだ。肌と肌が触れ合っている。
他人の体温など知るものではなかった我に取って、この体勢は居たたまれぬ。

「元就」

背を抱き止められ、引き寄せられ、耳元へと囁かれる。
己の名だというのに、身体が震える。応えを返す事も出来ぬ。
我は必死に、長曾我部の腕へと掴まっていた。

「可愛いなあ、アンタ」
「…可愛い?」
「ああ、可愛いじゃねえか。こんなに緊張し捲っててよ」

緊張? 我が、か?
何故、そんな事をせねばならぬのだ。長曾我部相手に。
初夜だから、とでも言うのか。
これは単なる通過儀式の一つであろう。
婚姻という名の同盟の為の、ものの筈だ。
故に、我が長曾我部に対し緊張などと。
する訳が…。

「初めてだもんな、緊張するって。俺もしてるしよ」
「そなたが?」
「そりゃあな、するって。ほら、聞いてみ」

いきなり頭を掌で引き寄せられた。
我の片耳が、長曾我部の胸に当たるようにと。

「な? 聞こえんだろ? 全然、俺の心の臓、落ち着いてねえだろ?」

確かに。
直接に聞こえてくる音は大きく、忙しなく、落ち着いておらぬ。
我はゆっくりと顔を上げ、上から我を見ている長曾我部を見た。
笑みを浮かべている。我へと嬉しそうに。
疑問が湧く。明確でない疑問ばかりが。
何故、とそればかりで、何を我は長曾我部へと問いたいのかさえも判らぬ。
一体、我に何が起きているというのだ。

「可愛いなあ、こんな可愛いとは思わなかったぜ」
「な、何を…」

今度は両の掌で、顔を掬われる。視線が合う。
逸らす事も逃げる事も考える前に、口吸いが為された。
思わず目を瞑ると、熱が吹き込まれてくる。
いきなりの熱さに、上体が揺れ、崩れそうになる。
それを支えようと、身体に力を込めようとするのが悉く失敗している。
我に何が起きているのだ。
こんな我など。

「可愛がってやっから」
「………」
「うん、と大事にしてやる、目一杯甘やかしてやる」
「………」
「だから、俺に惚れちまいな。なっ、元就」

我は目を瞠った。あまりの勝手な言い草に。
何を言っておるのだ。
政略の婚姻に必要など無い事を云うなど。
これでは、ただの男と女ではないか。
我に必要無い。毛利元就には。

「いいから、余計なコトは考えんなって」
「我は…」
「そんな顔しても無駄だって、俺は容赦しねえよ」
「いっ…やっ…」

どさりと大きな音を立てて、その場に押し倒された。
褥の中、逃げ場など無い。
覚悟など疾うにしていた。
この身など、家の為の道具の一つと。
それがこの土壇場で。

「大丈夫だ。安心してろって」

胸元の袷が緩められ、長曾我部の頭がそこに乗せられる。
先程の我と同じ様に、長曾我部は我の心の臓の音を聞いている。

「出来るだけ優しくすっけどよ」
「え?」
「遣りすぎたらゴメンな、先に謝っておくわ」

言っている事が二転三転過ぎる。
この儘では一体どんな事になってしまうか。
釘を刺さねばと身体を起こそうとしたが、長曾我部の目が合った瞬間に。
全て、無に帰した。
初めて、真っ正面から見る長曾我部の目は、青く、海の凪の様に。
我は捉えてしまった。
囚われてしまった。

…この夜、我は流された。情に。


そう自覚したのは、夜が明け、長曾我部の、夫の腕の中で目覚めた時だった。
何とも言えぬ感情を抱いている己に途惑いながらも。
簡単には流されてはやらぬと、これも一興かと思ってしまっていた。
但し、当初の目的は決して忘れぬと、己に言い聞かせつつ。
我はまだ眠る長曾我部へと微笑んだ。

覚悟せよ、と声にはせずに。





2013.05.22
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元親×にょ元就のお話です
ナリ様視点
最終話〜無事に事は済んだかなあ〜