跳ね馬


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空、高く響く、号令

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目の前に立つ、男の全てに俺は目を瞠った。
ちっこいは、細いは、美人だわでマジ驚いた。
女か、と疑ったが。
その冷たい響きの良い声に、直ぐ男と知れた。

中国の大毛利。
その頂点の大将で、毛利元就。
噂は散々、聞いた。
この戦乱の世に相応しい極悪非道なモンをそれこそ一杯な。
俺だってどんな噂が流れているか知らないが。
コイツよりはマシな筈だ。

【冷酷非道】

国の民を守るのが、国主の責任だ。
それを駒と言い捨てる神経が、先ず信じられねぇ。
俺とは相容れない。
そんな胸糞悪さを実物を見る前から感じていた。

「アンタが毛利元就か」

俺の声掛けに、殺気が泡だったのを確かに見た。
眉が跳ね上がり、見据えてくる目には剣呑さを乗せて。
青白い容貌が、感情を根刮ぎ削ぎ落としていた。

けど、削ぎ落とすって事は元の感情はあるって事だよな。
だったら、揺さぶってやっか、と思い付いた。
そん時、どんな顔を見せる?
そん時を想像すると、ぞくぞくした。

氷の面と名高い、その顔がどんな風になるか。
口の端が上がる。
これから起こる事を想像すると、楽しくって仕方がねぇ。

「なあ、毛利さんよ、さっさと降参しても構わないんだぜ」
「戯言を」
「俺には敵わないぜ」
「小賢しい」

流石、挑発に容易くは乗ってくんねぇか。
丸い刀を俺に向けて、構えてくる姿は微動だにしない。
こっちの動きを逐一計算してやがる。

盤上の駆け引きの様に、先の先まで見据えているんだろう。
あのちっこい頭ん中で。

「んじゃま、一丁やらせて貰おうっか」
「無駄口を叩くな」

ひゅん、と空を切った音を避ける。
毛利の持つ刀が俺を狙ってきた。

「危っねぇなあ」
「ちっ」

はぁ?
舌打ちしたぞ、コイツ。
しかも、品のねぇのを。
もしかすっと…かなりの根性悪か?
ふーん、だったらこっちもこっちで、やらせて貰うぜ。

俺は肩に担いでいた碇槍を高く持ち上げ、勢いを付けて振り回した。


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俺とは全く違う戦い方だった。
目を奪われるつーか、力押しでの俺に対し、力を流す。
鋭さはあるが、掴み切れない蝶の様だった。
ここが、戦場と忘れる舞を踊る様な。

逸らすのが勿体ねぇ視線と刃のぶつかり合う甲高い音。
それだけが存在する空間の中で、2人きりで戦う高揚感。

はっきり言って、気持ち良かった。
背負ってるモンが全部吹っ飛んでく。
血がざわめく。
腕が鳴る。
笑みが浮かび、舌舐めづりした。

「アンタ、いいなっ、俺のモンになれよっ」
「戯けた事をっ」
「本気だってっ」
「この賊がっ」

息が上がる。
けど、至近距離で交わす言葉が面白い。
人形じゃない証拠が次々と俺の前に晒されていく。
眉間に皺を寄せ、ぎりぎりと視線に嫌悪を乗せ。
肩で息をするのを叱咤する様に、ぴんと姿勢を伸ばす。

アンタ、本当、いいぜ。
見れば見る程、ぞくぞくする。

何をどうすっか、なんて思考はもうねぇ。
本能で身体が動く。
ぶつかり合う事に、歓喜してた。

ガッツン!!!!!

互いの得物が小気味良い音を立てて、手から離れた。
一瞬の間合いの後、毛利が俺の顔目掛けて、拳で殴り込んできた。
顔を殴られる代わりに、俺は毛利の足を払い。
2人して、その場にぶっ倒れた。

――ああ、空が蒼いや。良い天気だ。

横目でチラリと見ると、毛利も同じ様にひっくり返ってた。
荒い息が聞こえてきてっから、大丈夫だろう。
もお、指一本動かすのがイヤなくらい疲れてた。
向こうも同じだろう。

「…毛利さん、よ」
「……何だ」
「あいこにしようぜ、んで、又やろう」
「…………」
「約束な」
「勝手にしろ」


あはは。大声で笑い飛ばしたい気分だ。
気持ちいい。

歯車が噛み合ったのを感じた。
一個で回っていたのが、二個で回り出す。
その確信に、俺は大きく息を吸い込んだ。

風の匂いと一緒に。
これから起こる楽しさに心を馳せながら。






2010.06.29
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